苗字がほぼ同じですが、ご容赦を。
「誰かの為になりたいって言う思いが、間違いの筈がない」
昔、助けてもらった人に言われた言葉。
もう顔も覚えてないし、名前も分からない。『ヒーロー』だったのかも分からない。
調べたけど誰もピンと来なかった。
しかし、その言葉と頭に置かれた手の温かさと力強さは今でもはっきりと覚えている。
それだけで十分だった。
いや……それだけは忘れてはいけない。
だから、前に進めるのだ。
千葉県、植蘭中学。
下校前のHR。
3年生の教室では教師が教壇に立って、生徒達を見回していた。
「え~、さて。これからお前達に進路希望のプリントを配るぞ~。まぁ……全員ヒーロー科だよな!!」
『イエーーーーイ!!』
真面目な顔からお道化た笑顔になって、教師は肩を竦める。
それに大多数の生徒達はハイテンションで叫ぶ。
「まぁ、でもどの高校に行くかは大事だからな!改めて考えろよ!」
プリントを配りながら、教師が生徒達に声を掛ける。
しかし、配り終えるとギン!と1人の生徒を睨みつける。
「拳暴!!この後、職員室に来い!話がある!」
その言葉に生徒達が1人の生徒に注目する。
ミディアムウルフカットの黒髪に190cm近くのやや細身の男。
それだけならば普通の青年だが、彼には異質ともいえる特徴があった。
顔の上半分を覆う赤い武骨なヴェネチアンマスク。
クラスメイトは誰も彼の仮面をしている理由も、仮面の下の素顔を知らない。
担任も理由は知っているが、素顔までは知らないらしい。
名前は
学校一の問題児とされている。
「またケンカ?」
「なんで謹慎にも退学にもならねぇの?」
「なんか警察や教育委員会に知り合いがいて、卒業させてくれって言われてるらしいぜ?」
「嘘ぉ!?ズルゥ!」
ヒソヒソと会話をする生徒達。
戦慈は頻繁にケンカ騒動を起こし、よく警察に厄介になってる。しかし、何故か退学どころか謹慎にもならず、反省文程度で終わっている。
学校内でケンカは起こさないし授業もサボったことはないが、無口でほとんど誰とも話さず、仮面で表情なども分からないので誰も近寄らなかった。
「あいつ、卒業したら即行ヴィランになりそうじゃない?一佳」
「やめなよ」
「でも、実際そうじゃん。そうなったらこの中学の評判下がるし、一佳も大変だよ?雄英受けるんでしょ?」
「ケンカかどうかも分かんないし、その程度で雄英が問題視するわけないだろ?」
戦慈の反対側の席で友人と話す茶髪のサイドテールの女生徒。
拳藤一佳。
クラス委員長で成績優秀。現3年生で絶対に雄英に受かると言われている才女である。心が広く、姉御肌で男女関係なく人気がある。
そんな一佳でも、戦慈とはあまり話せていない。
噂は聞いているが、何一つ確証はない。一度戦慈に問い詰めたこともあるが、戦慈は何も語らなかった。それ以降も時折声を掛けるが、まともに返事が返ってきたことはない。
なので未だに戦慈は謎の男なのだ。
教師陣は戦慈を退学にしたいというのは知っている。
しかし校長が全く頭を縦に振らず、謹慎すらも認めないらしい。
そのため、先ほどの警察や教育委員会の噂が出てきたのだ。
(ケンカばっかりしてるにしては学校では何もしないし、他の不良連中とは誰ともつるんでないんだよな……)
一佳は学校での戦慈の様子を見る限りでは、噂通りとは思えなかった。
しかし、本人に聞いても答えてくれるとは思えない。教師に聞いても分かるわけもない。
一佳は妙にモヤモヤして、顔を顰めるのだった。
夜。
一佳は友人と共に予備校に通った帰りで、1人夜道を歩いていた。
「何とかA判定だな。そろそろ実技試験についても考えていかないとな」
模試の結果を思い出しながら、グッ!と右手を握り締める。
「キャアアアアア!?」
「!!」
突如女性の叫び声がして、一佳は衝動的に駆け出す。
声の発生元は路地裏だった。
そこでは4人の男がOLと思われる女性の服を脱がそうとしていた。
「お前ら!何してるんだ!」
「あぁ?」
一佳が怒鳴ると、男達が顔を向ける。
「なんだ?ガキかよ」
「いや、でも可愛くね?」
「そうだなぁ。おっとぉ!危ないなぁ!」
「ひぃ!?」
女性の服を掴んでいた男が服から手を放して、ニヤニヤしながら両手に棘を生やして女性の顔に突きつける。
「っ!」
「動くなよ?声も出すなよ?逃げるのはいいけどな。この女は諦めな」
「両手を上げな!携帯触られても困るからな!」
「くそ……!」
一佳は顔を顰めながら両手を上げる。
もう1人の男が一佳に近づきながら両手の爪を伸ばして尖らせる。
「ひひひ♪」
「っ!(どうすれば……!流石に『個性』使っても、あの人の所に行く前にやられる……!)」
女性の所までは5m以上は離れている。その間には男が2人。どう考えても2人を倒して女性の元に行く前に、あの棘が女性の顔に刺さる。
ヒーローが運良く通る可能性は低い。先ほどの悲鳴が他の人にも聞こえていることを祈るしかなかった。
その時、路地裏の奥から猛スピードで人影が現れて、女性に棘を突き付けていた男を突き飛ばした。
「ぐぇ!?」
「え!?だ、誰だ!?」
突き飛ばされた男の近くにいた男が慌てながら構える。
現れた人影は左肩を突き出す形で立っており、姿勢を戻しながら女性を庇う様に立つ。
その者は顔の上半分に赤い仮面をつけている長身の男だった。
「お、お前……!」
一佳は戦慈の姿に目を見開いて驚く。
戦慈は右肩に掛けていた学生鞄を下ろしながら、女性に声を掛ける。
「……反対側は誰もいねぇ。走れ」
「あ、ありがとうございます!!」
女性は涙を流し、胸元を隠しながら走り出す。
男達は女性の後姿を苦々しく見送りながら、戦慈を睨む。
「て、てめぇ……!」
「赤い仮面の男……っ!こいつ!?噂になってるヴィジランテだ!」
「こ、こいつが!?」
「学生じゃねぇかよ!」
「ヴィジランテ?あいつが?」
一佳が男達の言葉に驚いていると、戦慈は一番近くにいた男の顔に目を向けたと思った瞬間、その男の左頬に右ストレートを叩き込んだ。
「ぶべ!?」
殴られた男は吹き飛んで壁に激突して崩れ落ちる。
「や、野郎!」
「女だ!女を盾にしろ!」
「っ!」
男達は後退りしながら一佳を捕らえようと動き出す。
一佳が構えると、戦慈が飛び出して一佳に一番近い爪長男に向かう。その間にいる男達は慌てて避けてしまったため、止められることなく戦慈は爪長男に辿り着く。
戦慈は後ろから右手で爪長男の襟を掴み、引っ張り上げる。爪長男は持ち上げられたことでパニックになり、抵抗が出来なかった。戦慈は左手で爪長男の左腕を掴み、背負い投げの如く爪長男をうつ伏せに地面に叩きつける。
「がぁ!?」
「は、速えぇ!?」
「け、拳暴……」
「邪魔だ。とっとと失せろ」
「けど……!」
残った男達は戦慈の動きに慄く。
戦慈は一佳に顔を向けることなく立ち去るように声を掛ける。しかし一佳はそんなことは出来なかった。
「チクショウが!!」
棘男は腕全体に棘を生やし、残った1人はポケットからバタフライナイフを取り出して構える。
一佳はそれに目を見開くが、戦慈はビビることなく拳を構えて飛び出す。
戦慈の行動に逆に慌てる男達。棘男が両腕を振り上げて戦慈に殴りかかる。戦慈の顔を挟み込むように棘の両腕が迫り、一佳が声を上げる。
「危ない!!」
「死ねぇ!」
「ふん」
戦慈は両腕を掲げて、棘の腕を防ぐ。棘が刺さり、両腕から血が噴き出す。それでも戦慈は止まらず、棘男の頭に頭突きを叩きつける。
「ごぉえ!?だぁ!?」
棘男は衝撃にぐらついた隙を突かれて、腹部に膝蹴りを叩き込まれて、くの字で後ろに吹き飛んでゴロゴロと転がる。
「ひぃ!?」
「……なんて奴……」
「動くな!警察だ!」
「「!?」」
残った男は完全に戦意を失って尻餅をつく。
一佳は戦慈の無茶苦茶な戦い方に顔を引きつかせる。
そこに警察達が駆けつけて、警棒を構える。戦慈がやって来た路地裏の奥からも警官達が現れて、男達を囲む。
戦慈は警察を見て、構えを解く。
すぐさま警察が男達を捕縛していく。戦慈と一佳も警察に事情聴取ということで声を掛けられる。
「拳暴。腕は大丈夫なのか?」
「ああ。問題ねぇ」
「問題あるだろ。血が出てるんだよ?」
「もう止まってる」
「こらぁ!!戦慈ぃ!!」
「!?」
現れたのはスーツを着た40歳くらいの男と制服を着た30歳くらいの婦警。
「お前はまた1人で暴れよって!警察かヒーローを待てと何度言えば憶える!」
「……それじゃ遅ぇんだっていつも言ってんだろうが。それに通報もしただろ」
「それこそ声でも出して人を呼べと……!」
「まぁまぁ、
「ぐぬぬ……!」
婦警に宥められて、鞘伏は歯軋りをして唸る。
その様子に婦警は苦笑して、一佳に顔を向ける。
「あら?その制服は戦慈君と同じ中学?」
「あ、はい。拳暴とは同じクラスです」
「あら!そうなの!だから戦慈君、飛び込んだの?」
「ちげぇ」
「す、すいません。私が通報もせずに飛び込んで、女の人を人質に取られてしまって……」
「そこに戦慈が割り込んできたのか?」
「そうです」
頭を下げる一佳に鞘伏達はニヤニヤしながら戦慈を見る。
戦慈は不機嫌そうに舌打ちをして歩き出す。
「あ、拳暴……」
「事情聴取は終わっただろ?もう帰るぞ」
「……まぁ、今回はいいだろう。だが戦慈!次はちゃんと周囲に助けを求めるんだぞ!!いいな!!」
「ふん」
戦慈は鞘伏の言葉に返事をせずに歩き出す。
一佳はその背中を心配そうに見送って、鞘伏達に顔を向ける。
「お2人は拳暴とはどんな関係なんですか?」
「ん?俺らか?……まぁ、あいつの監督者みてぇなもんだな」
一佳の言葉に鞘伏は右手で顎を擦りながら答える。
その答えに一佳は首を傾げ、それに婦警が眉尻を下げて続ける。
「戦慈君は両親がいないし、施設でも孤立してるらしくてね。しかも、今回みたいなことをよくしてるから、尚更ね」
「え……?」
「あいつの正義感や行動力はいいもんだけどなぁ。だからって中学生のガキがヴィジランテ活動してんのを褒めるわけにはいかねぇだろ?まぁ、悪いことはしてねぇから善意の行動としてるがな」
「……あいつはケンカをしてるんじゃなくて、ヒーロー活動をしてたんですか?」
「あ?」
婦警の言葉に目を見開く一佳。
それに気づかずにガリガリと後頭部を掻きながらボヤく鞘伏の言葉に、一佳は疑問をぶつける。
その質問に鞘伏達は訝しむように一佳を見る。
「ケンカぁ?まぁ、あれだってケンカっちゃあケンカだけどな」
「あの子はさっきみたいに誰かを助けようとしない限り、ケンカなんてしたことないわよ。私達が知る限りわね」
「だな」
「……そんな……」
鞘伏達の言葉に衝撃を受ける一佳。
その様子に鞘伏は首を傾げる。
「知らなかったのか?校長には伝えてるはずだが……」
「……はい。校長先生があいつの処分を許さないってのは聞いてますけど、それは警察や教育委員の人が止めてるからだって」
「そりゃ止めるだろうよ。殴ったとはいえ人助けしたんだから。本来なら表彰されてるのに、あいつが拒否するし、こうやって先走るから今はある意味問題児ではあるがよ」
「でも、あの子が暴れるときは大抵警察やヒーローが間に合わないときですけどね」
「まぁな。だからある意味問題児だって言ってんだろ?」
「……学校では全部ケンカってことになってます。教師に目の敵にされて、周りからはヴィラン予備軍みたいな噂されて……」
一佳の言葉に鞘伏達は目を見開く。
「んなわけあるか!俺達やあいつを知ってる警官やヒーローは、早くあいつにヒーローになって欲しいっていつも話してるくらいだ」
「オールマイトの後を継ぐ男だって言われてるわよ。あの子のおかげでこの街でどれだけ被害者が減ったことか」
「全くだ。あいつが傷つく度に、その何倍の人間が無傷でいられたことか」
「……」
心外とばかりな鞘伏達の言葉に両手を握り締める一佳。
ここまで言われるほど凄い事をしているのに、学校では何一つそんな事実は伝わらない。それどころか悪者扱いだ。
何故言い返さないのかと思ったが、すぐにその理由に思い至る。
本来ならば戦慈の行動は『違法』なのである。中学生で鞘伏達がおり、人助けしかしていないから逮捕されないだけ。
それを戦慈は理解しているのだ。だから自慢もしないし、学校での悪評も受け入れているのだ。そして、誰も巻き込まないために1人でいるのだ。
「……なんで拳暴はそこまで?」
「さぁな。まぁ……そこは過去が関わってんだろうけどな」
「そこは私達じゃ話せないわね」
「ですよね」
一佳は2人に改めて礼を言い、帰路に就く。
自分の視野があまりにも狭かったことを思い知った一佳。
今のままでは雄英に行ってもダメだと、もっと視野を広げようと決意したのだった。
戦慈は自身の部屋に帰ってきた。
施設の職員はもはや戦慈に目を向けもしないが、もう慣れっこなので戦慈も気にしない。高校に入れば施設を出る気であるというのもある。
「……また穴が開いたか」
穴だらけになった制服の袖を見て、ため息を吐く。
そして部屋についているシャワーを浴びる。
傷がないことを確認すると、部屋着に着替えて浴室を出る。
「……何してんだ?」
「……裁縫」
部屋の床で正座しているのは小柄な女子。前髪を揃えた黒髪ショートパーマで140cmの女の子。
クラスは違うが戦慈や一佳と同級生だ。
今は破れた戦慈の制服を縫って、穴を塞いでいる。
「……怪我」
「してねぇ」
「……この穴」
「見えんだろ?治ってる」
「……ならいい」
裁縫をしながら目だけで戦慈の腕を見て頷く。
里琴はいつも頼まれもせずに戦慈の破れた制服を縫っている。部屋の鍵をどうやって開けているのかは未だに謎だが。
2人は小学1年の頃からこの施設で一緒に育ってきた。
「……届いた」
「ん?」
里琴が机に目を向け、戦慈もそれに続くと机の上に大きめの封筒が置いてあった。
そこには『雄英高校入試資料(出願書同封)』と書かれていた。
「すまん。で?なんで2つあんだ?」
「……里琴の」
「受けんのか?」
「……うん」
手元を見ながら頷く里琴。
戦慈はそれ以上何も言わず、椅子に座って封を開けて中を見る。
「……授業は土曜日までギッシリ。行事もガッツリだな」
「……いいこと」
「そうか?」
「……もう無理」
「……まぁな」
里琴は「ヴィジランテ活動はもう無理」と言いたいのだ。長年の付き合いで言いたいことが分かった戦慈が腕を組んで少し顔を顰める。
もちろん里琴も戦慈の活動を知っている。何故それを続けるのかも、何故それを始めたのかも知っている。
「……なればいい」
「……そうだな」
ヒーローになればいい。
戦慈はそう言われたことが分かった。
それに頷きながらも、戦慈は資料を読み続ける。
その後会話はなかったが、互いにいることに違和感を持たない戦慈と里琴。
こうして戦慈達も雄英を目指して動き出した。