『拳』のヒーローアカデミア!   作:岡の夢部

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拳の十三 大きな差

 レクリエーションも終了し、スタジアム内ではいよいよトーナメントを始める準備が整う。

 

「オッケー。もうほぼ完成」

『センキュー!セメントス!』

 

 セメントスがコンクリートを操作して、リングを作り出していた。

 約10m四方のラインに囲まれ、リングの四隅では炎が上がっている。

 まさしく決戦の舞台だった。

 

『ヘイガイズ!!アーユーレディ!?色々やってきましたが、結局これだぜガチンコ勝負!!』

 

 プレゼントマイクの声に歓声が増す。

 その歓声を生徒達はクラス毎に指定された観客席で聞いており、自身も盛り上がっていた。

 

「来た来た来たああ!!」

「出たかったなー」

「ですなー」

 

 鉄哲が前のめりで叫び、その横で骨抜がポロリと呟き、宍田がそれに頷く。

 

『頼れるのは己のみ!!ヒーローでなくともそんなことばっかりだ!分かるよな!心・技・体に知恵知識!総動員して駆けあがれ!!』

 

「初っ端から盛り上がりそうだな」

「相手次第じゃね?」

「緑谷って奴ぁよくわかんねぇからなぁ」

 

 泡瀬もワクワクした様子でリングを見つめ、隣で円場が首を傾げる。それに鎌切が頷きながら、戦慈の対戦相手の事を思い出す。

 それに他の者達も同意するように頷く。

 結局緑谷は『個性』を使ったところを見ることはなかった。そのため、戦闘スタイルがよく分からないのだ。

 

『ここで新しいゲストをお迎えするぜ!さっきまでA組担任イレイザーヘッドに解説してもらってたが、不公平じゃん!!ってリスナーからの苦情が来たので、この方を連行してきたぜ!1ねーん!B組ー!君らのブラドキングせんせーい!!』

『どんな紹介だよ』

『オッホン!よろしく頼む』

『ってぇことで!!ここからは両組担任に、解説を頼むぜぇ!気合入れろよ!生徒共!!』

 

 ブラドの解説参戦に鉄哲()()が気合を入れる。

 一佳は苦笑し、里琴と茨は特に変わらず。戦慈はもちろん一回戦なので、観客席にはいない。いても、リアクションはなかっただろうが。

 

 そして、それぞれの入り口から戦慈と緑谷が現れる。

 

『ルールは簡単!相手を場外に落とすか、戦闘不能にする、降参させても勝ちのガチンコだ!!ケガ上等!こちとらリカバリーガールが待機してっから!道徳倫理は一旦捨てておけ!だが、まぁ命に関わるよーなのはクソだぜ!アウト!!ヒーローはヴィランを捕まえるために拳を使うのだ!!』

 

『おっと、もう一個!!場外を示すラインだがぁ、()()()()()()()()()!!むやみやたらに飛び回るんじゃねぇぞ!?』 

 

「……どんだけ~」

「まぁ、このルールだと、里琴が有利すぎるからなぁ」

 

 里琴が落ち込んだように声を上げると、切奈が苦笑しながら理由を推測する。

 その内容に全員が同意するように頷いているが。

 

『それじゃあ!!一回戦!!障害物競走終盤以外、あんまりパッとしてねぇな!A組 緑谷出久!!』

 

『バーサス!!スゲェ筈なのに巻空のアッシーイメージが強烈!!B組 拳暴戦慈!!』

 

 酷い紹介をされながら、2人はまっすぐ対戦相手を見つめている。

 戦慈はジャージの前を開けており、両手をズボンのポケットに入れて立っている。

 緑谷は手を解しながら、緊張した顔で戦慈を観察している。

 

(拳暴君……!『個性』でも、技術でも間違いなく僕より上。というか……僕が勝ってるところなんて全くない。それだけでも厳しいのに、僕は未だに《ワン・フォー・オール》を使いこなせない。……またお母さんやオールマイト、皆を心配させてしまうだろうけど……。100%で行くしかない!!なんとかその隙を作る!!)

 

 緑谷は覚悟を決めて構える。それを見た戦慈も手をポケットから出して、僅かに腰を据える。

 

 その様子を観客席でA組、B組も緊張が増しながら見つめていた。

 

「デク君……!」

「お互いに超パワーの使い手だが……」

「緑谷は反動で骨折してしまうハイリスクを抱えている」

「けど、その分1発でも当たればデケェはずだ……!」

「ケロ」

「……ふん」

 

 麗日と飯田は不安げに緑谷を見つめ、飯田の隣で常闇が腕を組んで、緑谷の不安要素を語る。

 それに切島が策とも言えない策を呟き、蛙吹が頷く。

 爆豪は顔を顰めて腕を組み、ふんぞり返りながら見つめている。

 

「障害物競争の結果を見れば、スピードでは拳暴が上だね」

「しかし、彼は騎馬戦で指だけでかなりの衝撃波を放ったそうだ。油断はできない」

「けど、その指は負傷しているみたいだな。反動がデカいか……」

「ならば拳暴氏の方に分がかなりありますな」

 

 物間が顎に手を当てて、思い出しながら呟く。それに騎馬戦で対峙した庄田が真剣な目でリングを見ながら答え、それを鱗が腕を組んで推測し、宍田がまとめる。

 一佳と里琴は特に問題なさげに見つめている。

 

『それじゃあいくぜぇ!!レディィィイイ!!』

 

 戦慈と緑谷は互いに腰を更に据える。

 そして観客全員が前のめりになる。

 

『START!!!』

 

 合図と同時に戦慈が飛び出し、一気に緑谷に迫りながら右腕を振り被る。

 緑谷は想像以上の速さに目を見開いて、慌てて左に飛び出す。直後に緑谷が立っていた場所に、戦慈の拳が突き刺さる。

 緑谷は前転して、すぐさま起き上がって後ろを振り返る。

 

 そこには左拳を振り被った戦慈がいた。

 

「っっ!?」

「おお!」

 

 緑谷は目を見開いて反射的に両腕をクロスして顔の前に掲げる。直後、そこに衝撃が走り、後ろに吹き飛ばされる。

 緑谷は痛みと衝撃に呻きながら両手で地面を掻き、場外を免れる。そして戦慈の姿も見ずに、すぐさま両足で踏み込んでただただ必死に右に飛ぶ。

 その真後ろを戦慈の右アッパーが通り過ぎる。

 緑谷はまた前転し、すぐさまリング中央を目指して横に飛ぶ。今度は前転せずに両腕を軸に滑るように振り返る。

 戦慈は足を止めており、ゆっくりと緑谷に振り返っていた。

 

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……はぁ!……」

 

 緑谷は僅か1分足らずで息が荒れ、両腕は痺れていた。

 

『拳!暴!圧倒おお!!』

『……やはり身体能力では拳暴が数枚上手だな』

『そのようだな。だが、本番はここからだ』

 

 ブラドの言葉の直後、戦慈の体が一回り膨れ、髪が逆立つ。

 それに緑谷やB組以外の観客達は目を見開く。

 

「いつまでも逃げれると思うなよ?」

「っ!?」

「早くしねぇと」

 

 戦慈は軽く踏み込んだだけで、先ほどよりも速度を上げて緑谷の目の前に迫った。

 

「!!?」

「終わっちまうぞ」

 

 戦慈は緑谷の顔を挟むように両拳を振るう。緑谷は両腕で防ごうとするが、当たる直前で拳が止まる。

 戦慈は右脚を振り、がら空きになっている緑谷の脇腹に蹴りを叩き込む。

 

「がぁ!?」

 

 もちろん緑谷は耐えることなど出来ずに横に吹き飛ばされて、地面を転がる。

 戦慈は飛び出して、一瞬で緑谷の真上に空中で逆立ちするように移動する。

 

 緑谷は慌てて這い蹲ってでも逃げようとするが、戦慈はなんと空中で逆立ちしたまま連続で拳を放つ。

 

ダダダダダダダダダ!!!

 

「だ!?ぐっ!?が!?」

 

 緑谷は体を丸めて耐える。

 戦慈は緑谷や地面を殴った勢いで空中での姿勢と高さを維持する。

 

『はああああ!!?何がどうなったらああなるんだよおおお!?』

 

 その光景を里琴を除く全員が唖然と見ていた。

 

「デク君!!」

「な、なんだよ!?あのバケモンは!?」

「スピードもパワーも上がっている……!緑谷くん……!」

「……っ!なにやってんだよ……!クソデク……!」

 

 麗日は泣きそうな顔で叫び、切島は目を見開いて思わず叫び、飯田が戦慈の力に慄き、爆豪は盛大に顔を顰めてリングを睨む。

 

 緑谷が入ってきたリングの入り口ではオールマイトも目を見開いて、戦いを見つめていた。

 

「あ、あそこまで拳暴少年と差があるとは……!?緑谷少年……!!」

 

 

 戦慈が攻撃をやめて、体が倒れ始める。

 

「づああああ!!」

「!!」

「スマーーッシュゥ!!!」

 

 その時、緑谷が叫びながら飛び起きて、左手を強く握り締めて力を込めて、戦慈の腹部に左アッパーを叩き込む。

 戦慈はくの字に体を曲げる。

 

『決まったぁ!!緑谷の反撃ぃ!!』

 

 緑谷の攻撃に観客が湧き上がる。

 しかし、突如戦慈が体を起こして、右脚を振り被る。

 

「オォラァ!!」

 

 そして右脚を振り抜く。緑谷は振り上げていた左腕で咄嗟にガードしたが、あまりのパワーにガードした腕ごと顔に叩きつけられて、後ろに吹き飛ぶ。

 

「ぶぁ!!」

 

 戦慈は脚を振り上げた勢いで、頭が上になり、そのまま何事もなかったかのように着地する。

 

『ピンピンしてるー!?そんでまたデカくなってるーー!?』

 

 緑谷は地面を転がって、ラインギリギリで何とか止まる。

 戦慈の体はまた一回り大きくなっていた。ゆっくりと緑谷に歩み寄っていく。

 

「はぁ!…はぁ!…はぁ!…はぁ!…ゴホッゴホッ!」

「……大した力だったぜ?けどよ、テメェ最後に力抜きやがったな?」

「っ!?」

 

 戦慈の言葉に蹲っている緑谷はビクッ!と体が跳ねる。

 その反応にそれが事実だと認識する戦慈。そして緑谷の包帯が巻かれた左指を見る。

 

「テメェ……力が制御出来てねぇんだな?」

「……ぐ」

 

 緑谷は顔を顰めてフラつきながら立ち上がる。

 その目はまだ死んでいない。

 

「……」

「はぁ!……はぁ!……はぁ!……」

 

 戦慈は腕を組んで、緑谷を見下ろす。

 その姿に観客達は首を傾げる。

 

「なんで終わらせないんだ?」

「もう無理だろ」 

 

 戦慈は観客席から聞こえる騒めきを無視して、小さくため息を吐く。

 

「……てめぇは力を込めるとき、何を考えてやがる?」

「え……?」

「その使いきれねぇ力を使うとき、どんなイメージをしてんのかって聞いてんだよ」

「……で、電子レンジ。腕を卵に見立てて、割れないイメージを……」

「……よくそれでやって来れたなオイ」

 

 戦慈は緑谷の言葉に呆れる。

 緑谷や周囲は戦慈の突然の言葉に首を傾げる。

 

「そ、それが何?」

「てめぇは普通に走るとき、同じイメージをするか?」

「え?それは……しないけど……」

「なんでだ?同じ『力』だぜ?」

「っ!?」

「てめぇは特別に考えすぎなんだよ。『個性』を。何でかは知らねぇが。まぁ、その立ったばっかの赤ん坊みてぇな状況のせいかもしれねぇがな」

 

 戦慈の言葉に緑谷も試合であることを忘れて、思考の渦に飛び込む。

 

『もしもーし!試合中だぜー!』 

 

 プレゼントマイクの声に戦慈は腕を組んだまま、実況席を見る。

 

「力もろくに使えねぇ赤ん坊って分かった以上、殴る気がしねぇ。戦う以前の問題じゃねぇか。俺はガキを殴る趣味はねぇよ」

 

 戦慈はそう答えると、再び緑谷を見る。

 

「力を生み出しているのは『筋肉』だ。じゃあ、その筋肉を動かしているのは何だ?筋肉を強くするのは何だ?」

「……動かす?強くする?」

「まぁ、流石に答えが出るまで待つ気はねぇ。答えは『神経』と『血液』だ。その2つがなけりゃ、俺達はこの『力』を振るえねぇ」

 

 戦慈の言葉に緑谷はその言葉の意味を考える。

 戦慈はそれも無視して言葉を続ける。

 

「腕を使うとき、神経も血液もいきなり肩から動くのか?違う。脊髄や全身を巡ってるはずだ。『力』もそうだ。全身を巡って、使いたいところに集める。いきなり0から力を、しかも使いたいところから出すから壊れんだ。てめぇは俺と違って《強靭》さもなければ、《自己治癒》もねぇんだ。いきなり肩から力を爆発させて、腕が保つわけねぇだろ」

「……全身を……巡って」

 

『なんか急に師匠と弟子になっちまったぜ?お2人さんよ』

『……まぁ、緑谷は確かに『個性』のコントロールが課題だったが……』

『確かに拳暴程、的確にアドバイスできる者はいないだろうな』 

『緑谷は拳暴にヒーロー科にいることを遠回りに馬鹿にされたのに気づいてねぇのか?』

『気づいてないから、ああなってるんだろ』

 

 実況席の声に戦慈は肩を竦める。

 緑谷はそんな声は全く聞こえてなかった。

 

(全身を巡って……。でも、この力は明確に意識してから使ってる。だから、巡らせるにしたって……ん?待てよ。使()()()()?そうか!)

 

 緑谷はハッ!としたように目を見開く。

 その様子を見逃さなかった戦慈は、腕を解いて僅かに腰を据える。

 それに観客達も緑谷の様子に気づく。

 

(いきなりスイッチを入れて、箇所を限定してたから爆発して壊れる!だから……常に全身に巡らせる!!)

 

 突如、緑谷の全身からスパークのようなものが迸る。

 

 その様子に全員が目を見開く。

 

「全身……常時5%強化……!」

「……ふん。小学生くらいにはなったかよ。……行くぞ」

「!!」

 

 戦慈は僅かに笑みを浮かべながら、右ストレートを放つ。

 

 それを緑谷は、見事に躱して一気に戦慈の懐に潜り込んだ。

 

「はああ!!スマーーッシュ!!」

 

 そして再び戦慈の腹部に右ストレートを叩き込む。

 しかし、戦慈はそれを腹筋で受け止める。

 

「!?」

「残念だが、パワーが足りてねぇ」

 

 戦慈の右フックが、緑谷の脇腹に突き刺さる。

 緑谷はまた横に吹き飛ばされる。しかし、今度は空中で体勢を整えて、左手を戦慈に向けて突き出す。

 すでに緑谷に向かって駆け出していた戦慈は、僅かに目を見開く。緑谷は殴られる直前に横に飛び、わざと吹き飛ばされたのだ。それでもかなりのダメージが入ったが。

 

「あああ!!」

 

 緑谷は叫びながら包帯が巻かれた左人差し指を弾いて、衝撃波を飛ばした。それによりまた指が折れ曲がる。

 

「甘めぇ!!」

 

 戦慈は右腕を振るい、同じく衝撃波を放つ。緑谷の衝撃波は掻き消されて、今度は緑谷に襲い掛かる。

 

「っ!?づああああ!!!」

 

ドン!ドン!ドン!

 

 緑谷は左中指、薬指、小指を弾いて、連続で衝撃波を放ち、相殺する。しかし、弾いた指は全てグシャグシャになる。

 

「……馬鹿が」

 

 戦慈は吐き捨てながら緑谷に迫り、顔目掛けて右ストレートを放つ。

 

 それを左脚を引いて半身になり紙一重で躱した緑谷は、そのまま戦慈の右腕を抱えて、戦慈に背中を向ける。

 

「でああああ!!!」

「!?」

 

 そして、目を見開いて叫びながら、戦慈を背負い投げた。

 

『うおおお!?投げたああ!!』

 

 巨体になっている戦慈が投げられる光景に観客達は目を見開く。

 

 誰もが戦慈が背中から叩きつけられる光景が頭に浮かぶ。一佳でさえも。

 唯1人、里琴を除いて。 

 

 戦慈が空中で逆さまになった時、

 

「オオオオオ!!!」

 

 戦慈が吠えて、右手で緑谷のジャージを掴む。

 

「っ!?なぁ!?」

「オオオオ!!!」

 

 戦慈は吠えながら、腹筋と背筋に力を込めて、無理矢理()()()()()()()()()()()()

 その右腕には、緑谷が掴まれていた。

 

 何が起こったのか。

 ほとんどの観客は理解が出来なかった。

 

 先ほどまで投げられていたはずの戦慈が、いつまにか空中で緑谷を背負い投げていた。 

 

 戦慈はそのまま右腕を振り下ろし、緑谷を背中から叩きつける。

 

「がっはっ!?」

 

 

『何が起こったぁ!?投げたのは緑谷なのに、投げられたのも緑谷だぁ!?わけわかんねえええ!?』

『……緑谷の狙いは悪くはなかったが……』

『ああ、それを拳暴が力で無理矢理乗り越えただけだ。あの判断力と実行力は、やはり経験によるものだろうな』

 

「デク君!!」

「……マジかよ」

「あの背負い投げは完ぺきだったのに……!?」

「空中の……あの状況から……!?」

「どんだけだよ!?」

「もう……もう……あんなの……!!」

 

 麗日はもはや飛び出しそうな勢いで手すりに駆け寄り、切島はもはや顔が引きつるしかなかった。

 飯田や八百万もあの体勢から反撃できるとは思っておらず、衝撃を受ける。

 上鳴も叫び、峰田が震えながら声を上げ、そして叫ぶ。

 

「オールマイトじゃんかよおおお!?」

 

 その峰田の叫びは隣のB組にも届く。

 B組の面々ももはや顔を引きつらせるしかなかった。

 

「戦闘訓練なんて、もう参考にならねぇじゃん……」

「あははは……」

「……暴走してなくてもハンパねぇな」

「……あそこまでなんて」

「やばすぎ」

「ん」

 

 鱗は顔を青くして呟き、物間も顔を引きつかせながら笑い、鉄哲は改めて戦慈の実力を思い知る。

 一佳も顔を引きつかせ、柳の言葉に唯も頷く。

 里琴だけはいつもどおりの無表情。だが、その両脚は少しプラプラさせており、僅かに上機嫌であることが伺える。誰も気づいてはいないが。

 

「……戦慈が1位」

 

 小さく、宣誓の言葉を繰り返す。

 

「……戦慈が最強」

 

 そしてまた小さく呟く。 

 その視線は戦慈にくぎ付けで、瞳には熱が籠っていた。

 

 

 

 戦慈は緑谷を見下ろす。

 緑谷は荒く息を吐いて、未だに起き上がれない。

 

「教えとくぜ。俺はまだパワーが上がる」

「はぁ!……はぁ!……はぁ!…っ!?」

「これ以上になると、常に衝撃波が出ちまうんでな。出来れば、降参してほしいんだがな。てめぇじゃ、まだ俺には勝てねぇのは分かってんだろ?」

「くっ……!」

 

 緑谷は顔を顰めながら、力を振り絞って立ち上がる。

 ダメージで足が震えながらも、しっかりと戦慈を睨み返す。

 

「僕に……期待してくれてる人がいる……!」

 

 戦慈はそれを黙って聞いている。

 

「君にはまだまだ届かないかもしれない……!けど!!」

 

 緑谷は右手を握り締めて、戦慈に向かって叫ぶ。

 

「諦める理由には絶対にならない!!僕は……負けられないんだぁ!!」

「……そうかよ」

 

 戦慈はそれを聞いて背中を向けて歩き出す。

 そして緑谷の反対側に立つ。

 

「……?」

「これで最後だ。今から全力でてめぇを殴る」

「!!」

「てめぇは好きにしな」

 

 戦慈は右手を握り締めて腕を引き、左脚を前に出して体重を掛ける。

 それに緑谷も同じく左脚を踏み出して、右腕を引く。

 

 その瞬間、2人は確かに笑みを浮かべていた。

 

「「オオオオオオ!!!」」

 

 同時に叫び、足を踏み込む。

 2人の左脚ズボンの裾が弾け飛ぶ。

 

 そして同時に飛び出す。

 

バキッ

 

 緑谷の左脚から不穏な音がするが、緑谷は歯を食いしばって右手を握り締めて力を籠める。

 

 そして同時に腕を振り抜き、リングの真ん中で拳がぶつかり合う。

 

 

ドオオォン!!

 

 

 巨大な爆発音と衝撃波がスタジアム内に吹き荒れる。

 それにミッドナイトも吹き飛ばされる。

 

「いやあああ!?」

「おおおお!?」

「きゃあああ!?」

「殴り合いだろおお!?」

 

 観客席でも悲鳴が上がり、衝撃波に耐える。

 

『……拳合わせただけでコレかよ……』

『それだけのパワーだったんだろ』

『本当に末恐ろしいな』

『で!?生きてっか!?』

 

 プレゼントマイクの声に全員がリングに注目する。

 ミッドナイトも頭を擦りながら、起き上がる。

 

 その視線の先には、

 

 リングの端で緑谷の胸元を掴んで立っている戦慈の姿だった。

 

 2人がぶつかったと思われるリングの中央付近は大きくヒビ割れていた。

 

 緑谷は気絶しているようで、戦慈に無抵抗で捕まれており、顔を俯かせている。右腕はボロボロで赤く腫れあがっており、ぶら下がっている。

 

『……どういう状況だ?』

『足元見ろアホウ』

 

 その言葉に全員が目を向けると、緑谷と戦慈の間にラインが引かれていた。

 

 それを確認したミッドナイトは、ビシ!と鞭で戦慈を指す。

 

「緑谷君、場外!!拳暴君、二回戦進出!!」

 

 ミッドナイトの宣言と同時に大歓声が巻き起こる。

 

『なんか途中で色々あったけど!!拳暴!!終始圧倒ーー!!二回戦進出だああ!!』

『まぁ、緑谷には荷が重かったな』

 

 戦慈は緑谷を左肩に担ぐ。

 

「拳暴君?」

「リカバリーガールのとこに連れていく。構わねぇだろ?」

「いいの?」

「構わねぇよ」

 

 戦慈はミッドナイトに頷いて、足元を見る。

 ミッドナイトもそれにつられて足元を見る。

 

 そこには地面を抉った線があり、それはリングの中央付近から場外まで続いていた。それは緑谷が気絶していたと思われる場所だった。

 

「……これって」

「ああ、コイツ、右脚1本で最後まで踏ん張り続けやがった。左脚も折れて、右脚を折りながらな」

「!!」

 

 ミッドナイトは目を見開いて、緑谷の脚に目を向ける。

 その両脚は両方とも変な形に曲がっており、右靴に関しては底がすり減って破れていた。

 

「コイツも十分バケモンだ。かなり歪んでやがるがな」

 

 そう言って、戦慈はリングを降りて通路へと向かう。

 

『戦った相手を労う美しいフレンドシップ!!激闘を魅せた2人にもう一度クラップユアハンズ!!』

 

 プレゼントマイクの言葉に観客席から大きな拍手が巻き起こる。

 

 戦慈はそれに特に反応することなく、通路へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 リカバリーガール出張所。

 

 緑谷はベッドで寝ており、リカバリーガールの診察を受けていた。

 

「無茶するねぇ。やりすぎだよ。この子も、あんたも」

「ふん」

 

 戦慈は椅子に座っており、リカバリーガールの言葉に肩を竦める。

 

 すると、そこに麗日達や一佳達が駆けつけてきた。

 

「デク君!!」

「緑谷君!!」

 

 麗日、飯田、蛙吹、峰田、切島は緑谷に駆け寄る。

 そして戦慈には里琴、一佳、唯、柳、切奈、鱗、鉄哲が駆け寄る。

 

「なんだい。大勢だねぇ」

「リカバリーガール。緑谷君の容体は?」

「……左手指、右腕、左脚は粉砕骨折。右脚はそこまでではないが骨折はしてるね。全身ボロボロだよ。流石に今日で完治は無理だね」

「そんな……!?」

 

 リカバリーガールの言葉に戦慈と里琴以外の者達は目を見開く。

 一佳は眉尻を下げて、戦慈に目を向ける。

 

「拳暴は?大丈夫なのか?」

「問題ねぇよ」

「嘘つくんじゃないよ。右腕、折れてるんだろ?」

「「「「え!?」」」」

 

 リカバリーガールの言葉に再び全員が目を見開いて、戦慈の右腕に目を向ける。

 戦慈の右腕は確かに赤くなっており、ぶら下がっていた。

 戦慈は舌打ちをして、立ち上がる。

 

「ちっ。……問題ねぇよ。すぐに治る」

「何言ってんだい。この前よりも酷いじゃないかい。先にあんたの方を治療するよ。それだったら二回戦には動かせるようになるだろうさ」 

「治療は受けろ。拳暴」

「……はぁ」

「……お馬鹿」

 

 リカバリーガールの言葉に、一佳は目を鋭くして戦慈を睨みながら声を掛ける。

 戦慈はため息を吐いて、椅子に座り直す。

 それにホッと息を吐く一佳。

 

「ほら。上着脱ぎな」

「なんでだよ」

「一応全身診るからだよ」

「……だりぃ」

 

 戦慈は渋々ジャージとシャツを脱ぐ。

 唯達やA組の面々は、戦慈の上半身の傷を見て目を見開く。

 

「おいおい……なんだよ、その傷……!?」

「あん?別にガキの頃に無茶しただけだ。ソイツ見れば分かんだろ」

「あ……」

「ほら、治療するから一度出ていきな!」

 

 切島の言葉に戦慈は緑谷を指差す。

 それに麗日達もなんとなく納得すると、リカバリーガールに追い出される。

 

「全く。それで?腕以外は?」

「だから、問題ねぇ。さっさとやってくれ」

「やれやれ。まぁ、確かに他は軽い炎症程度だね。じゃあ行くよ。チユーーーー!!」

 

 リカバリーガールの治療?を受けて、戦慈は右腕を確かめる。特に違和感も痛みもなかった。

 戦慈はシャツを着て、ボロボロのジャージを羽織る。

 そこに緑谷が目を覚ました。

 

「う……あ……ここ…は?いっつ!?」

「動くんじゃないよ。救護室だよ。大人しくしな」

「……あ、拳暴…くん」

 

 リカバリーガールの言葉に緑谷は大人しくして、目だけで周囲を見る。

 そして戦慈の姿を見つけて、結果をなんとなく悟った。

 

「敗けた……」

「そりゃな。手足が砕けて戦える奴なんざ、俺は知らん」

「そっか……」

 

 戦慈の言葉に悔し気に目を閉じる緑谷。

 戦慈は緑谷に背を向けたまま、緑谷に声を掛ける。

 

「てめぇが本気でヒーロー目指す気なら、ちゃんと戦い方を考えろ」

「え?」

「本気で殴る度に毎回リカバリーガールに頼る気か?そんな奴はヒーローじゃねぇ。自殺志願者だ。気づいてるか、いないかの差だ。誰がそんな奴に助けを求めるんだよ。応援すると思ってんだよ。死ぬかもしれんヒーローなんざ、今の世界にはいらねぇよ」

「っ……!」

「てめぇは俺、そしてオールマイトとはちげぇ。俺だってオールマイトみてぇには戦えるなんて思っちゃいねぇ。自分に合った戦い方を探せ。今のままのてめぇが強くなっても、何度やったところで負ける気がしねぇよ」

「自分に……合った……」

「じゃあな」

 

 戦慈は言うだけ言って、そのまま部屋を出る。

 

 廊下には麗日達がいた。

 

「……終わった?」

「俺はな」

「それにしても拳暴の腕を折るなんてよぉ。あいつもスゲェ奴なんだな!」

「けど、ボロボロになるのは嫌」

「ん」

 

 鉄哲が緑谷を褒めるが、柳が首を横に振り、それに唯も同意する。

 それに戦慈は肩を竦める。

 

「今のままじゃ、プロになってもすぐに引退だろうぜ。怪我でな。リカバリーガールだって完璧じゃねぇんだ」

 

 その言葉に麗日達の顔が曇る。

 

「……きっかけはくれてやった。それでもまだオールマイトを追いかけてぇだけなら、てめぇらがちゃんと殴ってやれ。俺はガキを殴る気はねぇ」

「え?」

「……拳暴」

「着替えてくる」

 

 戦慈の言葉に麗日達が目を見開く。

 一佳は微笑んで戦慈を見る。戦慈が緑谷や麗日達を気遣った言葉であるのは間違いないからだ。

 戦慈はそれ以上は何も言わず、更衣室に向かう。それに里琴達も後を追う。

 

 麗日達はそれを見送る。

 

「……オールマイトを追いかけたいだけなら…か」

「確かに緑谷君はオールマイトを目標にしているからな。オールマイトに目を掛けてもらっているのもあるのだろうが」

「それに固執してはいけないってことね。確かに緑谷ちゃんとオールマイトは別人なんだもの」

「それを気づかせるのは仲間の俺達ってことだな!」

 

 戦慈の言葉を振り返り、自分達ももっと緑谷のために出来ることをすべきであると気づかされる。

 麗日達は切島の言葉に頷いて、再び救護室に入るのであった。

 

 

 

 戦慈は鉄哲達と別れて、更衣室で新しいジャージに着替える。

 着替え終えて、外に出ると里琴と一佳が待っていた。

 

「試合は大丈夫なのかよ?」

「まだ修繕中だよ」

「……暴れすぎ」

「うるせぇよ」

 

 観客席に向かう戦慈達。

 

「けど、腕を犠牲にしたとはいえ、拳暴の腕を砕くなんてなぁ」

「……あれは互いの衝撃波がぶつかり合ったせいだろうぜ。全力でぶっ放したもんが一瞬跳ね返ってくるんだ。そりゃ、折れるだろうよ」

「……お馬鹿」

「うるせぇよ」

 

 里琴の言葉に戦慈は顔を顰める。

 里琴の横を歩く一佳は苦笑する。

 

「お前がまさか指導するなんてなぁ」

「ふん。あんな弱ぇ状態で戦われるのがイライラしただけだ。『個性』持て余してるアホ共より質がわりぃ」

「……昔にそっくり」

「うるせぇよ」

「昔?」

「……その体の傷をつけまくったとき」

 

 里琴の言葉に一佳はようやく納得する。

 何故そんなことをしていたのかはまだ詳しくは知らないが、それでもかなり無茶をしたのだろうというのは良く分かる。

 戦慈の《自己治癒》でも消えなかった傷。

 それは先ほど緑谷にも負けないほどの重傷だったに違いない。

 里琴以外近くにいる者がいなくなるほどに苛烈だったようで、鞘伏達も深く関わったのはその後かららしい。

 

 それが緑谷と重なったということだろう。

 

「あいつからすりゃあ、余計なお世話だったかもしれねぇがな」

 

 戦慈は肩を竦める。

 それに一佳は胸の奥が少しだけ温かくなる。

 

(やっぱり、良い奴だよな) 

 

「良い事じゃないか」

「あん?」

 

「余計なお世話が出来るってのはさ。ヒーローにとって大事なことだよ、きっと」

 

「……ふん」

「……負け」

「うっせぇ」

 

 優しい笑みを浮かべている一佳の言葉に、戦慈は口をへの字にして、恥ずかしさを誤魔化すように前を見る。

 それを里琴にいじられて、顔を顰める戦慈。

 

 一佳は里琴と顔を見合わせて微笑む。

 

 その時、里琴も僅かに微笑んだように見えたのは、きっと見間違いではないと思う一佳だった。 

 

 




まだオールマイトと絡まない(-_-;)

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