I・アイランドから帰って2日。
ちなみに林間合宿まで後2日である。
戦慈や里琴はI・アイランドの疲労も消え、林間合宿の準備も終えてのんびりしていた。
一佳は林間合宿前ということで実家に戻っており、今日はいない。
と言っても、戦慈と里琴はいつも通りに過ごしていた。
すると、部屋のチャイムが鳴る。
2人は首を傾げて、戦慈が立ち上がってドアへと向かう。
そしてドアを開ける。
「オッス、拳暴おお!!特訓行くぞおお!!」
「は?」
開けた瞬間、鉄哲が両拳を構えて叫んだ。
突然の鉄哲の登場と叫びに戦慈は唖然として、部屋にいてウトウトしていた里琴はビクゥ!と驚いて体が跳ねる。
すると鉄哲の後ろから骨抜が顔を出す。
「鉄哲、いきなり叫ぶなよ」
「いきなりなんだよ……」
「いやな、今日これから男子で集まって、学校で特訓しようってなったんだよ。それで誘いに来た」
「林間合宿前に気合を入れようぜ!」
骨抜の説明と鉄哲の気合に、戦慈は呆れながらも訪問理由には納得した。
「特訓って何すんだよ?」
「んなもん筋トレと殴り合いに決まってんだろ!!」
「林間合宿前だろうが」
「殴り合いはともかく、筋トレや『個性』の特訓を皆でやろうってことだよ。1人でやるよりは色んなインスピレーションを貰えそうだってな」
「なるほどな」
鉄哲は論外だが、骨抜の言葉には説得力があった。
「それに今まではあんまり男子で集まるってなかったしな」
「あん?買いもんとか行ったんじゃないのかよ?」
「全員集まらなかったんだよ。今回は全員集まれそうでさ。だから誘いに来た。もちろん巻空も一緒でもいいぜ」
「……まぁ、俺は今日暇だから構わねぇがな」
「……構わない」
戦慈が振り返ると、里琴の声が聞こえてくる。
ということで、戦慈と里琴は仕度をして学校に向かうことになった。
学校へと向かう戦慈達4人。
「I・アイランドは大変だったみたいだな」
「まぁな」
骨抜の言葉に戦慈は肩を竦める。
ちなみにジャージは破れたら困るので、破れても構わないスポーツウェアを持っていくことになった。
鉄哲は戦慈達の少し前を大股で歩いている。
出会い頭の叫びと言い、いつも以上に気合が入っているように見える。
「……鉄哲の奴はどうしたんだ?」
「あ~……なんかI・アイランドの事件から、あんな感じなんだよ。……オールマイトだけで解決した感じに報道されてるけど、ぶっちゃけお前らも戦ったんだろ?爆豪や轟に切島もいたって聞いたしな。鉄哲もそれに感づいてんだよ」
「……なるほどな」
骨抜は言いにくそうに眉間に皺を寄せながら理由を話す。
鉄哲や骨抜達は当時、ホテルにいた。
警備マシンのこともあって大人しくしていたが、鉄哲は今にも飛び出しそうだった。
特にセントラルタワー屋上から轟音が聞こえた際は、鉄哲は走り出して骨抜や泡瀬達に羽交い絞めにされて止められたのだ。
事件解決を聞いた時、鉄哲は「また何も出来なかった……!」と顔を顰めて悔しがっていた。
それを骨抜達は心配そうに見つめていた。
その帰りの飛行機で骨抜が今日の特訓を提案したのだ。
「まぁ、人一倍仲間思いだし、熱い奴だしな。期末試験でも思ったように動けなかったみたいだし、お前らやA組の奴らが活躍して焦ってるんだろうな」
「……俺らが異常だと思うけどな」
「俺もそう言ったんだけどよ。悔しいもんは悔しいんだろ」
特に鉄哲は戦慈をライバル視していた。
最初の戦闘訓練から期末試験まで、ずっと戦慈は最前線で戦い続けていた。敵連合の戦いも2度退けて、しかも期末ではハンデありとは言え、オールマイトと互角に戦っていた。
それに比べて、自分は何も成長した気がしていない。それが鉄哲の不安を煽っているのだ。
職場体験で一度は戦慈との差を受け入れたが、やはり悔しいものは悔しい。
「ってわけで、付き合ってくれ」
「分かったよ」
「……がんば」
そして戦慈達は学校に着いて、更衣室で着替える。
更衣室には泡瀬達も来ていた。
「おう。なんかお久」
「全員、暇なのか?」
「拳暴もだろ。まぁ、来週から林間合宿だしな。あんまり変なことして失敗したくなかったんだよな」
回原が手を上げて挨拶し、戦慈が着替えながら言うと円場が肩を竦めて答える。
「凡戸はI・アイランドに行かなかったのか」
「うん。溜まってたプラモ作ってたんだぁ」
「回原とかおニューのカメラ持ってたのに、見れなかったもんな」
「ホントな……。はぁ~、溜めてた小遣いほぼ使ったってのになぁ」
それぞれ夏休みの過ごし方で話が盛り上がる。
もちろん一番話題に上るのはI・アイランドだ。
「ところでI・アイランドで何かいいアイテムは見つけたのですかな?」
「いや。俺らに合うもんはなかったな。と言っても全部見て回れたわけじゃねぇけど」
「まぁ、そうだよな。俺らも2日くらいかけて回るつもりだったし」
宍田の言葉に首を横に振り、その答えに鱗も腕を組んで頷く。
そこに物間が肩を竦めて声を掛ける。
「それにしても、まさかまたヴィランに襲われるなんてね。パーティー会場にはオールマイトや爆豪達A組もいたんだろう?保須市の面々もいたらしいし、本当に彼らはトラブルを引き寄せるねぇ」
「拳暴もいたけどね」
「別に爆豪達だって巻き込まれたくて巻き込まれたわけじゃねぇだろぉ」
庄田と鎌切が呆れたように言う。
実際のところ、一番初めに首を突っ込んだのは戦慈なのだが。
物間の気を逸らそうとしたのか、円場が戦慈に声をかける。
「そう言えばパーティーにも出たんだろ?巻空や拳藤達も」
「会場のロビーに集まったところで事件が起きたから、会場には結局は入れてねぇな」
「そうなのか……。でも拳藤達のドレス姿とか見たんだろ?」
「まぁな」
「あ、マジで!?どうだった!?」
一佳達のドレス姿を見たという戦慈の言葉に、回原が興奮気味に声を上げる。
「まぁ、綺麗だったぜ」
「あの拳藤や巻空がドレスねぇ。馬子にも衣装って奴かな」
「伝えといてやるぜ」
「あははは!やめてくれ。手刀や竜巻じゃすまなさそうだ」
「写真とかないのか?」
「里琴なら持ってると思うぜ」
物間が肩を竦めながら言い、戦慈が里琴に伝えると言う。
物間は冷や汗を掻きながら、すぐさま降参とばかりに両手を上げる。
そこに骨抜が首を傾げて尋ねるが、戦慈は肩を竦める。
その後も戦慈達は他愛無い話をしながら、体育館γに向かった。
戦慈達が体育館に入って、準備運動をしていると里琴もやってきた。
「で、どうするんだ?」
泡瀬が骨抜に訊ねる。
「とりあえず、全員で筋トレしようぜ。走り込みとか腕立てとか」
「よっしゃあ!競争だな!」
「鉄哲。ここで無理すると林間合宿に響くよ」
骨抜の提案に鉄哲が吠えるが、物間が抑えようとする。
しかし、
「なら、腕立てに腹筋と走り込みの4セットで勝負だ!腕立て30回、腹筋50回、体育館10周を4セット!」
「一番遅い奴は全員にアイスな!」
「あ、『個性』無しな。拳暴はパワー溜め過ぎないように」
「まぁ、注意はする」
何故か泡瀬と回原も乗り気になっている。
骨抜が注意点を上げて、戦慈に声を掛ける。
戦慈は『個性』をコントロールは出来ないので、パワーの調整が難しい。戦慈は肩を竦めて答える。
物間は小さくため息を吐いて首を横に振るが、他の者達は意外にも気合を入れていた。
最初は腕立て伏せからだ。
里琴が審判を務めることになった。しかし、里琴は何故か戦慈の背中の上にいた。
「おい」
「……ハンデ」
「なんでだよ」
「……よ~い、スタート」
「てめぇ……!」
戦慈の苦情をスルーして、スタートの合図をする里琴。
周囲も戦慈の境遇を無視して、猛烈な勢いで腕立てを始める。
戦慈も顔を顰めながら、渋々始める。
「ぬぅおりゃアアアアアア!!」
「ビリだけは御免だぜ!」
「同じく!」
鉄哲はどう見ても後を考えていないペースで腕立てをしており、その勢いに引っ張られるように回原や骨抜達もハイペースで腕立てをする。
「僕は、あまり、こういう、体育会系、じゃない、んだけどな!」
「ヤバ、もう、腕、プルプル、してきたかも!」
「それは早すぎじゃないかい?」
「よいしょー、よいしょー」
物間は文句を言いながらも付き合い、吹出はもうすでに限界を感じ始めており、庄田が呆れていた。
凡戸はその隣でマイペースに腕立てをしていた。
そして腹筋へと移行する者が出始める。
腹筋は太ももを床と直角に曲げて、足は床に並行に伸ばすやり方である。
これも鉄哲は尻が飛び上がりそうな勢いで行う。
「負けねぇええ!」
戦慈も腹筋に移行していたが、マイペースに進めていた。
ちなみに里琴は戦慈の足に座っていた。
「……負けてる」
「筋トレで競争しても意味ねぇだろうが。早けりゃいいってもんじゃねぇ」
ハイペースに行ったところで、それはただエネルギーを消費するだけで筋肉にはならない場合が多い。
戦慈の場合はパワーが溜まり、自己治癒されるだけだ。なので戦慈はしっかりと筋トレ効果がある範囲で早く行っていた。
そんなことに気づきもせず、鉄哲は腹筋を終えて立ち上がり、全力で走り出す。
鉄哲から少し遅れて泡瀬や回原も走り出し、宍田、円場、鎌切、骨抜、戦慈の順で走り出す。
里琴はそのまま戦慈の首にぶら下がっており、もはや審判の意味を成してはいない。もちろん誰もツッコまない。
鉄哲は全力疾走を続けている。
泡瀬達も全力で走って追いかけていた。
走り込みを始めた物間は近くにいた庄田や吹出、凡戸に声を掛ける。
「ちょっといいかい?」
「ん?」
「なに?」
そして物間はある提案を行う。
庄田は僅かに顔を顰めるが、吹出と凡戸は同意したので物間は提案を実行に移した。
その後も鉄哲を先頭に筋トレ競争は続いていた。
しかし、最初から全力で走り続けていたので鉄哲、泡瀬、回原は汗だくで明らかにペースが落ちていた。
戦慈は途中溜まったパワーを放出しながら、ジワジワと鉄哲達に追いついて行く。宍田や鎌切、骨抜、鱗、円場も少しずつペースを上げて鉄哲達に迫っていた。
「負けねぇええ!!」
それでも鉄哲は叫んでペースを上げようとする。
「あ、相変わらずの気迫だな……!」
「まぁ、鉄哲だしな……!」
泡瀬と回原は汗だくで鉄哲を追いかけていた。
今は最後の走り込みである。
泡瀬と回原はすでに宍田と鎌切、鱗に追い抜かれており、真後ろに骨抜と戦慈、円場がいる。
「ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!」
鉄哲は歯を食いしばって全力で走り続ける。
後ろから近づいてくる気配を感じる。
「負けねぇ……!ここで負けられるかああ!!」
鉄哲はいつの間にかゴール場所を示すように立っている里琴を目指して、必死に脚を動かす。
「さらに……向こうへーー!!」
鉄哲は叫びながら飛び込むように里琴の横を通り過ぎる。
その直後に宍田と鱗がゴールする。
「ぜぇ!はぁ!ぜぇ!ぜぇ!」
「鉄哲氏。その気迫はお見事ですが、その状態でこの後保ちますかな?」
「も……保たせる……!」
「もう少し後を考えようぜぇ」
鉄哲はうつ伏せのまま荒く息を吐き、息も絶え絶えに宍田の問いに答える。
宍田と鎌切が呆れながら、鉄哲を運んで道を開ける。
戦慈達もゴールして、ビリになる者を見ようと待つ。
そして、最後にゴールしたのは物間、吹出、凡戸だった。
3人は息を合わせたように同時にゴールした。
「おやおや、ビリが3人になってしまったね。いや、それ以前にこれってビリって言えるのかい?ってことは、ビリはなし?あれれれ?これってアイスを奢る必要はないよねぇ!!」
物間は「あははは!」と笑いながら、屁理屈を叫ぶ。
それに戦慈や骨抜達は呆れるのみで、あくまでも競争心を煽るためのものなので無理に奢らせる気はないから問題ないと言えばない。
納得出来るかと言えば微妙だが。
しかし、そこに正義の裁きが下る。
「……主犯は?」
里琴が吹出と凡戸に訊ねる。
もちろん2人は物間に顔を向ける。
物間は堂々と立って、腕を組んで不敵に笑っている。
「……じゃ、物間がアイス」
「あれれれぇ!?なぁんで僕が奢ることになるんだい!?僕は別にビリじゃないよね!?」
「……3人がビリ。……で、お前が主犯。……だからお前の奢り」
「えぇ~!?それって不公平じゃないかい!?僕が主犯だって言う証拠はどこだい?まさか2人の証言だけで決めるのかい!?」
「……私は審判。状況証拠で十分。……故にお前が奢り」
飾りの審判が判決を下す。
もちろん里琴はただ嫌がらせがしたいだけである。
そして、物間も受けて立つとばかりに挑発するように答える。
「あれれれぇ!?ヒーローを目指す者がそんなことでいいのかな!?」
「物間。それ、ブーメランになるぞ」
骨抜が冷静にツッコむ。
物間は一瞬固まったが、すぐに再起動する。
「それでもこんな決め方していいのかなぁ!?それに吹出と凡戸だって、この作戦に乗ったんだよ!?なぁんで僕だけなのかな!?」
「……だから主犯。……主犯の罪が一番重いのは当然」
「そうだな。じゃ、奢りは物間で」
「「「異議なし」」」
里琴の審判に泡瀬が乗り、他の男子達も頷く。
戦慈は呆れて眺めており、鉄哲は未だに復活出来ず話に参加出来ない。
結果、物間が巻き込んだ吹出と凡戸、トップの鉄哲にアイスを奢ることで話がまとまった。
物間はそれが落としどころと思って諦めた。
「で、次はどうするんだ?」
「『個性』の練習しようぜ。それが一番の目的だろ?」
円場が骨抜に訊ねると、鱗が提案する。
それに他の者達も頷くも、回原が声を上げる。
「でも、個々にやるのか?」
「それじゃあ、つまらないだろ。だから、似た系統の奴同士で練習したり、簡単な模擬戦でもどうかと思ってたんだ」
骨抜の言葉に宍田達は頷く。
その言葉に鉄哲がガバ!と起き上がる。
「じゃあ、拳暴、宍田!俺と戦おうぜ!」
「あん?」
「それは構いませんが……怪我で済みますかな?」
「リカバリーガールがいるか分からないぜ?いても診てもらえるかどうか……」
「大丈夫だって!程々にすっからよ!」
「さっきの筋トレ見てて、そう思えると思うか?」
泡瀬と回原が呆れたように鉄哲を見ていたが、そこは制限時間を設定して、あまりにも危険と判断された場合、里琴と周囲が止める事で納得した。
ということで、戦慈、鉄哲、宍田、回原、鱗、物間の6人で組み手をすることになった。
鎌切は『個性』《刃鋭》の関係上、やめておくことにした。その代わり円場と吹出と練習するらしい。
骨抜、泡瀬、凡戸、庄田は観戦しながら『個性』の練習や筋トレをすることになった。
最初の組み合わせは戦慈と宍田である。
「胸をお借りしますぞ!拳暴氏イイイ!!」
さっそくビースト化してハイテンションになった宍田が叫ぶ。
それに戦慈は拳を構えることで応える。
鉄哲達は壁際に下がって観戦することになった。
「やっちまえ宍田ぁ!気張れよ拳暴ぉ!」
鉄哲が叫ぶと、審判役の里琴が右手を上げる。
戦慈は僅かに腰を屈め、宍田も構える。
そして里琴の右手が降ろされる。
「ガアアアア!!」
宍田が速攻とばかりに飛び出し、戦慈は迎え撃とうと脇を締めて構える。
宍田は右腕を振り被って、全力で振り下ろす。
戦慈は半身になって躱し、すかさず宍田の右腕を掴んで後ろに放り投げる。
「ヌウウ!!」
宍田はすぐに体勢を立て直して、再び突撃する。
戦慈も前に出て、拳の乱打を放つ。宍田は両腕を交えてガードしながら、無理矢理突破する。
「ちっ!」
「拳暴氏は速攻が有効ですなアアア!!」
期末試験で露呈した戦慈の弱点を容赦なく攻める宍田。
宍田は左拳で殴りかかる。しかし、戦慈は屈みながら右脚を振り抜いて足払いを放つ。宍田は姿勢を崩しながらも片足で跳び上がる。
宍田は両手を組んで叩きつけるように振り下ろす。戦慈はバク転して躱し、宍田の両手が床に叩きつけられた瞬間を狙って、宍田に殴りかかる。
戦慈の拳は宍田の顔に当たり、吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「グゥ!?」
「速攻を意識するなら、もう少し攻撃の手数を増やすか、俺の隙を作ることだな」
戦慈は体が一回り大きくしながら構える。
宍田は立ち上がって顔を顰める。
「宍田ああ!!動き回れぇ!!」
そこに鉄哲が叫ぶ。
その声に宍田はなにやらハッとして、すぐさま思いっきり飛び上がる。
天井までほぼ一瞬で飛び上がった宍田は、天井を蹴って戦慈の背後に降り立つ。戦慈は後ろ回し蹴りを放つが、宍田はすぐさま横に跳んで躱し、また壁を蹴り上げて天井まで飛ぶ。
今度は壁に向かって飛び、また壁に向かって飛び移る。
「撹乱のつもりか?」
戦慈は宍田の動きを先読みして、壁に取り付いた瞬間の隙が出来た宍田を狙って飛び上がる。宍田は戦慈から視線を外しており、その宍田の背中目掛けて右拳を振り抜く。
しかし、宍田は見えているかのように真上に飛び上がって躱す。
「っ!」
「がはは!吾輩は耳と鼻が利くのですなアア!!」
宍田は強化された聴覚と嗅覚で、戦慈の動きを把握していたのだ。そして、天井を蹴って勢いよく戦慈に向かって突撃する。
戦慈は空中にいたため動きに制限があった。
「オラァ!!」
しかし、戦慈は壁に向かって衝撃波を放って方向を変えて飛ぶ。
宍田はその直後に突撃し、躱されてしまう。
「ぬぅ!」
「期末でオールマイトがやってた方法だね」
「空中でも隙減ったのかよ」
宍田は顔を顰めて、物間が顎に手を当てて戦慈が使った躱し方を推測し、鱗が腕を組んで唸る。
「……そこまで~」
そこに里琴が終了を告げる。
戦慈は構えを解いて、宍田も体を戻す。
「最後は少し焦ったぜ」
「いやいや。やはりまだまだですな」
「けど、方向性は見えたんじゃねぇか?」
「そうですな」
何か手応えを感じたようで満足げに頷く宍田。
次は鉄哲と回原の番となった。
「やったるぜぇ!!」
「骨を折らないでくれよ~」
ガン!と拳を合わせる鉄哲に、回原は少し呆れながらストレッチをする。
「いくら《旋回》でも鉄哲の体にはそう簡単にはダメージが入らないな。サポートアイテムもないし」
「だな」
骨抜の言葉に泡瀬が頷く。
いくらドリルのように回転できると言っても、生身のままだ。鉄の体を持つ鉄哲にはやや不利である。
「……始め」
「行くぜエエエエ!!」
開始の合図と同時に鉄哲は駆け出して、体を鉄化しながら回原に殴りかかる。
「相変わらず真っ向勝負だな!」
「それが俺だあああ!!」
全力で右ストレートを放つ鉄哲。
その拳が回原に当たる直前、
「甘いぜ、鉄哲ぅ!!」
回原は首から下を回転させて、鉄哲の拳を受け流す。
「!?」
鉄哲は目を見開くが、回原はさらにそのまま鉄哲の腕を滑る様に移動する。
背後に回る直前に回転を止めて、鉄哲の右腕を両手で掴む。
そして、今度は上半身だけ回転させて、鉄哲を振り回す。
「うおりゃああ!!」
「なああ!?」
ジャイアントスイングのように振り回される鉄哲。
回原は上半身を傾けて、鉄哲を背中から床に叩きつける。
「がぁ!!」
鉄哲は衝撃に呻く。
しかし、回原は手を緩めない。すかさず鉄哲の両脚を脇に抱えて、また上半身だけを回転させて今度こそジャンアイントスイングを放つ。
回原はそのまま壁に向かって走り、鉄哲を壁に叩きつける。
「ぐぅ!?」
「どうだ?鉄哲!」
回原は脚を放して、距離を取る。
鉄哲は回転と叩きつけられた衝撃で、ふらつきながら起き上がる。
「やるな。当たり所を見極めることが出来れば、ほぼ攻撃をいなすことが出来るのか」
「首が回らないから、回原は目を回さねぇのが強みだな」
「しかも、移動も出来るんだもんな」
戦慈が感心したように呟き、鱗と泡瀬も回原の戦い方に感心する。
回原は両腕を回転させながら、ふらついている鉄哲に走り迫る。
鉄哲はふらつきながら構える。拳を振り被った回原を見て、防御しようと両腕を交えようとするが、回原はまた上半身を回転させて拳のスピードを上げる。
回転した拳は鉄哲の防御をすり抜けて顔面にヒットする。鉄哲は僅かにたじろぐが、そこに再び回転した腕が薙ぐように叩きつけられ、さらに再び回転した拳が鉄哲の肩に当たる。
回原は上半身を回転させることによって、ラッシュを放つことが出来るのだ。しかも回転しているので、まさにドリルのようにストレートパンチはガードをこじ開け、ラリアットや裏拳は防ごうにも弾かれてしまう。
意外と隙が無い攻防が出来る回原であった。
「移動にスピードがねぇのが隙ではあるか」
「それに宍田や拳暴のように拳が大きいといなすにも限度があるし、パワーもあると無理矢理押し通されて弾けないしね。後は遠距離攻撃を始めるわけでもない」
「しかし、鉄哲氏は思ったより相性が悪いですな」
「鉄哲は硬さを活かせないと、厳しいからなぁ」
戦慈の推測に、物間も付け加える。
宍田が唸りながら顎に手を当て、鱗も腕を組んで眉間に皺を寄せる。
鉄哲は想像以上の回原の実力に顔を顰める。
(くっそぉ……!フォースカインドさんと同じだ。『個性』はシンプルだけど、使い方で厄介なんてレベルじゃなくなる!)
特に鉄哲のように接近戦タイプの『個性』相手に発揮することが多いのだ。
鉄哲も同じタイプだが、鉄哲の『個性』《スティール》は工夫し辛いので攻撃パターンが増えない。なので自分の攻撃を一度攻略されると、一気に有効打が出し辛くなるのだ。
「でも、負けねぇエエエ!!」
それでも鉄哲は拳を握って走り出す。
回原は両腕を回転させて迎え撃つ。
鉄哲は右ストレートを放つ。回原は両腕を交えて防御しようと構える。
しかし、鉄哲の拳は当たる直前に、手を開いて回転している左腕に掴みかかった。
「はぁ!?」
ギャリリリリリ!!と鉄哲の右手から音が響く。それでも手を放さない。
「アッチィイイ!けど、捕まえたああ!!」
摩擦熱に叫びながら、鉄哲は左拳を構える。
「それはこっちも同じだ!」
回原は空いている手で鉄哲の右腕を掴み、また上半身を回転させようとする。
「オラアアア!!」
その瞬間、鉄哲が前に飛び出して回原の顔を目掛けて頭突きを放つ。
回原は避けれずにズガン!と顔面に鉄の頭突きを浴びる。
「へぶっ!?」
衝撃とダメージで回転が止まり、掴んでいた手を放して後ろに倒れ込んでいく回原。
そこに鉄哲が構えていた左拳を回原の胸元に叩き込む。それと同時に鉄哲も手を放す。
回原は後ろに吹き飛んで床を転がる。
「……そこまで。……鉄哲の勝ち」
「よっしゃああ!!」
里琴がこれ以上は危険と判断し、一番有効打を与えた鉄哲の勝利を宣言する。
鉄哲が雄たけびを上げて、回原は鼻を押さえて立ち上がる。
「っつぅ~……気合で乗り越え過ぎだぜ」
「大丈夫かい?」
回原がやや涙目になって痛みに耐えていると、物間が近づいてくる。
「ああ、鼻血は出てねぇ」
「それはよかった。それにしても相変わらず無茶をするねぇ。鉄哲は」
「模擬戦だからこそ無茶をしねぇと、本番でも出来ねぇ!」
物間は近づいてきた鉄哲に呆れたように言う。
鉄哲は拳を握って、力強く答える。
正論のような暴論に、回原と物間はもはや苦笑しか出来なかった。
「まぁ、お疲れ様。少し休みなよ」
物間は鉄哲と回原の肩をポンとして、ストレッチをしている鱗に顔を向ける。
次は物間と鱗の模擬戦である。
「頑張れよ!」
「負けたらアイス奢れよ」
「おや、じゃあ勝つしかないね」
物間は肩を竦めて、鱗と向かい合う。
「……始め」
里琴が開始の合図をする。
それと同時に鱗が両腕にウロコを纏って、物間に向かって飛ばす。コスチューム無しでも発射できるが、指向性と威力は低くなる。
「ふっ」
物間は迫るウロコを見つめながら不敵に笑う。
すると物間の体が鉄色に変わり、ウロコがキキキキキン!と体に当たって弾かれる。
「げっ!いつの間に!?」
「さっきだよ。ああ、ところで上に気を付けてね」
「上?」
鱗が顔を顰めると、物間は上を指差す。
鱗は素直に訝しみながら上を向くと、突如足元がグニャリと柔らかくなる。
「うえ!?なんだ!?」
「あ?俺の《柔化》か?」
「そ、回原達に近づくときにね」
「あ~、肩叩かれたな」
鱗が慌てると、骨抜が首を傾げる。それに物間が鱗に歩み寄りながら言う。
鱗は抜け出そうともがくが、もちろん抜け出せるわけはない。
物間はその様子をニヤつきながら眺めており、鱗の目の前まで来る。
「さて、どうする?」
「……降参だな。流石にこの状況で勝てる手がねぇ」
鱗はため息を吐いて降参を告げる。
無理に抜け出すことは可能だが、それを物間が大人しく見てるわけないし、《スティール》を破るだけの攻撃となると流石に怪我をしそうだった。
物間は床を柔らかくしてから鱗を引っ張り上げる。
その後は相手を変えながら模擬戦をしたり、骨抜達の『個性』の特訓を手伝ったりして過ごす。
鎌切は円場がドンドン作っていく空気の壁を切り裂くことで、自身の刃の強度を上げて、円場の《空気凝固》の硬度も上げる特訓。
吹出は岩のような擬音を飛ばして、骨抜が柔らかくしたり、鉄哲が受け止める。
泡瀬と凡戸は吹出や骨抜、物間が作った瓦礫を接合して、それを戦慈や鉄哲が壊して、またくっつけていく。
庄田は拳大の瓦礫に衝撃を加え、それを宍田が投げて《ツインインパクト》を発動する。そして、無作為に軌道を変える瓦礫を鱗がウロコを飛ばしたり、殴って壊す。
里琴も竜巻を放って、鉄哲や宍田達が耐える訓練などを手伝っていた。
鉄哲は全員の特訓に何かしら参加して、動き続けていた。
するとそこにブラドが現れる。
「お前達!もう終了の時間だぞ!」
「えっ!?もうっすか!?」
鉄哲が目を見開いて驚く。時計を見ると17時を回っていた。
しかし、鉄哲はまだ動き足りなかった。
「その意気込みは嬉しいが、林間合宿にその疲れを持ち込むんじゃないぞ。林間合宿はもっと辛いんだからな。泣き言は受け付けん」
「……うっす」
ブラドの言葉に鉄哲は渋々頷く。
それにブラドは僅かに眉間に皺を寄せて、鉄哲に声を掛ける。
「鉄哲」
「はい?」
「必ずしもピンチを経験すれば強くなるわけじゃない。そこを間違えるな」
ブラドの言葉に鉄哲は顔を上げる。
「確かにピンチは力を引き出すきっかけにはなるだろう。しかし、俺達ヒーローは
「ピンチをピンチと思わない……」
「そうだ。そのためにはピンチを味わうことで伸ばすんじゃない。今までの授業のように、今日のように、地道な日々の鍛錬こそが近道だ」
「先生……!」
「鉄哲。お前の力は【鉄】だ!鉄はいきなり硬くはならん!何度も火に当てられ、槌で叩かれることで強くなり硬くなる!今抱えている焦りも悔しさも、努力を続けていれば、必ずお前の強さとなる!」
ブラドの言葉に鉄哲は両手を握り締めて更なる努力を誓う。
その様子に骨抜達も少しホッとする。
その後、シャワーを浴びて、帰り支度をする一同。
「じゃ、次は林間合宿だな」
「頑張ろうぜ!」
「ですな!」
気合を入れ直して、解散する一同。
鉄哲は骨抜や泡瀬達と帰路に就く。戦慈と里琴はすでに帰っていた。
そこに物間が近づいてくる。
「鉄哲」
「ん?」
「はい、これ」
物間は鉄哲にアイスを手渡す。学校の購買で購入したのだ。
「筋トレで1番になった景品」
「サンキュ!」
「おお、ホントに買ってきたのか」
「あの頑張りには報いるべきだと思ってね」
骨抜が思わず驚くと、物間は肩を竦めて答える。
そして、鉄哲に声を掛ける。
「鉄哲」
「ん?」
早速アイスをかじっていた鉄哲は首を傾げる。
「林間合宿、頑張ってA組を見返してやろう。君なら出来るさ」
「物間……おう!お前も頑張れよ!」
「1人赤点だしな」
「あははは!そこは言わない約束じゃないかなぁ!」
鉄哲が頷き返すと、骨抜が茶化して物間がやけくそ気味に笑う。
そして物間はそのまま去っていった。
「あいつももう少し素直になればいいのにな」
「仲間想いなのにな」
骨抜達は物間に呆れながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。
そして鉄哲に顔を向ける。
「まぁ、物間の言う通り、俺らも見返してやろうぜ。俺達だって雄英生だってな」
「おうよぉ!頑張ろうぜ!」
鉄哲はニィ!と笑みを浮かべる。
その顔にはもう焦りは浮かんでいなかった。
とあるビルにて。
「ウォルフラムは捕まったか。残念なことだ」
「オールマイトが現れては仕方あるまいよ。運が無かったのぅ」
薄暗い部屋の中に響く声。
「いやいや、ドクター。僕が残念だって言ってるのは、真実を知ったオールマイトの絶望した顔が見られなかったことさ」
椅子に座って、体に様々なチューブが取り付けられている男。
オール・フォー・ワン。
《ワン・フォー・オール》の生みの親にして、《ワン・フォー・オール》の宿敵。
オールマイトに倒されて、オールマイトに致命傷と言える怪我を与えた男である。
「かつての相棒であり、親友のデヴィット・シールドが自分のために犯罪に手を染め、そしてそれを自分の手で叩き潰す。さぞ、心が痛んだだろうねぇ。あの笑みはどう歪んだのか、本当に見れなくて残念だよ」
「やれやれ。そのためにあの男を使い潰したのか。中々に強いヴィランだったと思ったのだが」
「確かに彼は強いし、頭も回る。けど、今の僕達にはまだ要らないよ。弔が従えるには、
オール・フォー・ワンはウォルフラムの逮捕を一切悔やむことはなかった。
『個性』を分け与えたのは、ただのオールマイトへの嫌がらせに過ぎないからだ。
「で?俺をわざわざここに呼んだ理由をそろそろ教えてくれよ。ボス」
今まで壁際で大人しくしていたディスペが気だるげに声を上げる。
「ああ、悪いね。君にお願いしたいことがあってね」
「お願い?」
ディスペは首を傾げる。頼み事ならわざわざ呼び出す必要はないと考えたからだ。
「ここに呼んだのは、弔達にはまだ内緒にしといてほしいからさ。電話だと誰が聞いてるか分からないからね」
「……厄介事か?」
「いやいや、むしろ簡単さ。1人、港まで迎えに行ってほしいのさ。そろそろ着くはずだからね」
「迎え?」
ディスペは更に訝しむ。
迎えなら黒霧の方が向いているからだ。
自分に頼む理由が思い浮かばない。
「黒霧は例の準備で動いててね」
「……分かったよ。で?どんな奴だ?」
「『アイアン・メイデン』。聞いたことあるだろ?」
「……本気か?」
ディスペは告げられた名前に固まる。ドクターも僅かに目を見開く。
「昔、少し世話をしたことがあってね。今回、少し手伝ってもらえることになったんだ。これが写真だよ」
オール・フォー・ワンは写真を投げる。
ディスペは投げられた写真を手に取り、写っている人物を見る。
「……こんなに若い奴だったのか」
「まぁね。密航で来てるから、早めに迎えに行ってもらえるかい?」
「まぁ、下手したら騒ぎになるな。了解した」
ディスペは小さくため息を吐いて、部屋を後にしようとする。
「そういえば、弔と新しい仲間達は仲良く出来そうかい?」
「あ?……まだ微妙だな。まぁ、新参連中も作戦が近いから、今は大人しくしてるぜ」
「そうか……。ようやく弔が考えて動き出したんだ。悪いけど黒霧と共にサポートしてやってくれ」
「無茶言うぜ。こちとらエルジェベートとマスキュラーだけで精一杯だよ」
肩を竦めながら答えたディスペは、扉を開けて去っていく。
「……アイアン・メイデンまで呼びつけるとはな。過剰戦力ではないか?」
「別に構わないよ。別に死人が増えるなんて僕達が気にすることじゃない。気にすることはオールマイトが苦しむことさ」
オール・フォー・ワンはむしろ楽しそうに言う。
これから起こる騒動によって苦しむオールマイトの顔を思い浮かべて。
ヴィラン達もまた力を増していく。
こうして戦慈達は波乱の林間合宿を迎えるのであった。