『個性』伸ばしの特訓を始めた戦慈達。
昼休憩を迎えて、おにぎりを貰って疲れている体に無理矢理胃に流し込む一佳達。
「う、腕が上がらん……」
一佳は腕をプルプルさせながらおにぎりを食べるのに苦労する。
「ん……」
唯はもはやどこか遠くを眺めて黄昏ながらハムハムとおにぎりを食べている。もはや人形にしか見えない。
そして、里琴は顔を真っ白にしてピクリともせずに横たわっている。もはや人形にしか見えない。
切奈、茨、柳、ポニーはそんな3人を憐れみの目で見つめていた。
「唯はともかく一佳と里琴は大変そうだねぇ」
「特に里琴の場合は食べるのが勧められない」
「とりあえず水分は摂らないと脱水症状になってしまいますよ?」
その近くでは男子陣もボロボロの姿で呆然と食事をしていた。
特に男子陣で比較的元気なのは凡戸と骨抜だけで、残りの男子陣の世話をしていた。
「お~い、大丈夫か~」
「……し……ぬぅ……」
「シュー……シュー……」
泡瀬は手足をピクピク震わせながら呻いており、円場は酸素ボンベが口から離せない。
その隣で鎌切も項垂れており、庄田もチョビチョビとおにぎりを食べている。
吹出はもう声が枯れて出ない。しかし、吹出は顔でコミュニケーションできるので、そこまで意思疎通に困らない。
宍田、回原、鱗、物間は単純に体力の限界だった。
そして、鉄哲は、
「あぐ!はぐ!ゴクゴク!あぐ!はぐ!んぐ!」
次々とおにぎりを口に放り込んでは、鉄分込みのドリンクを豪快に飲んでおにぎりを流し込んでいる。
「……よくそこまで食べれるな」
「んぐ……ぷはぁ!食わねぇと力が出ねぇ!この後もまだまだ特訓は続くんだ!強くなるためには食わねぇとなぁ!」
回原の言葉に鉄哲はいつも通りのテンションで答える。
「こいつ、確か竈に放り込まれてたよな?」
「竈の熱で気合に火が点いたんだろ」
「流石鉄の男」
誰よりも酷い特訓をしていた鉄哲が一番元気に食事をしていることに回原は呆れ、骨抜も食事をしながら肩を竦める。
そこにようやく食事を始めた鱗が苦笑しながら言う。
その時、宍田が周囲を見渡して首を傾げる。
「拳暴氏の姿が見えませんな」
「ああ、あいつなら特訓してた場所で食べるってよ」
「そうなのか?」
「見に行ったら、漫画みたいなギプスを体中に着けててよ。しかもフルパワー状態で。発散しようにもギプスのせいで出し切れなくて、ギプスを外そうにも体がデカくなったせいで外しにくくなったらしいぜ」
「……哀れですな」
骨抜の言葉に宍田や回原達は戦慈を同情する。
しかし、宍田は直後「もしや、そのギプス。我らまで着けるように言われないだろうか?」と不吉なことを思い浮かべてしまった。
戦慈はギプスをしたまま食事をしていた。
「……普通に動く分には問題ねぇが……これで本当に上手く行くのか?」
動かす度にギシギシ鳴るギプスを見下ろしながらため息を吐く。
「まぁ、やらねぇよりはいいか。それに1人でゆっくり考えたいこともあったしな」
ペットボトルの水を飲みながら、考え事を始める戦慈。
その考えたいこととは「オールマイトと自分の差」である。
「『個性』も出来ることも似てる。しかもオールマイトは弱って来てる。なのに、全く勝てる気がしねぇ……」
経験の差が大きいというのが一番だろう。
それにオールマイトのパワーが元々とてつもなく大きかったのもある。
しかし、それを除いてもオールマイトに勝てるイメージが浮かばないのだ。
「緑谷だって体が壊れるのを度外視すりゃあ、あのI・アイランドみてぇな力が出せる。けど、緑谷にはそこまで怖さを感じねぇ」
パワーだけを見れば、緑谷も十分脅威だ。
もし『個性』を使いこなせれば、オールマイトにも匹敵する実力になると戦慈は考えている。
しかし、例えそうなっても緑谷と向かい合うことに怖さはない。
一度勝っているからか?
いや。だとしても『個性』を使いこなせる緑谷との戦いなら、体育祭の試合はもはや参考にもならないだろう。
なのに、オールマイトと向かい合うような恐怖や緊張は湧かない。
そして、それは戦慈にも当てはまる。
戦慈の戦い方は「オールマイトみたい」と言われることが多い。もちろん、実際は程遠いが。
しかし、実際に戦慈は敵連合に『仮想オールマイト』とされている。
オールマイトを狙わずに、自分を狙う理由は何か。
そこに答えがある気がした。
オールマイトに勝ちたいなら、例え負けると分かっていてもオールマイトに脳無を嗾け続ければいいだけだ。
黒霧がいるのだから、ギリギリで回収するには苦労しないはず。『個性』を発動した黒霧には攻撃が通じないのだから。
もちろんオールマイトのスピードなら、一瞬で《ワープゲート》に飛び込めるかもしれないが。
しかし、脳無は最悪損切出来る様子も見られているため、脳無を必ず回収しなければいけないわけではないはずだ。大事なのは戦闘データであるはずだからだ。
だから戦慈には狙われるだけの何かがなく、オールマイトには敵連合すらギリギリまで避けたくなる何かがあるのだ。
「まぁ、そう簡単に分かるもんじゃねぇか……」
やはり答えなど出るわけもなく、小さくため息を吐く戦慈。
『休憩終了!さぁ、特訓再開だよ!』
不意打ちの如く、頭にマンダレイの声が響く。
戦慈はペットボトルを置いて、立ち上がる。
そしてまた体の動きを意識しながら、シャドーを再開するのだった。
一佳達もフラフラと立ち上がる。
そこにブラドがやってくる。
「拳藤、腕はどうだ?」
「……ちょっと力が入れづらいです」
「そうか。じゃあ、内容を変える」
ブラドの言葉に一佳は首を傾げる。
すると、ブラドが岩壁を指差す。
「壁を殴りつける瞬間に発動して、腕を引くときに解除する特訓だ。これで発動時間の短縮とヒット&アウェイをしやすくなるはずだ」
「……はい」
納得はしたが、この疲れた腕でやるのは流石に鬼畜だと思ってしまった一佳。
顔に出ていたのかブラドが腕を組んで、
「腕が疲れているからこそ、殴り方が効率的になる。最初はゆっくりでいいから、発動と解除のタイミングに慣れていけ」
「はい」
ここまで言われたら、やるしかない。
一佳は顔を真剣な表情に変えて頷く。
ブラドは続いて里琴に顔を向ける。
里琴は未だに顔が白く、ややふらついている。
「巻空は駄目そうだな。よし、巻空。お前は飯田と同じで走り込みだ。凸凹の道を走って体力と体幹を鍛えるのと、その状態でも最低限動けるようにするぞ。拳暴や拳藤に毎回おんぶにだっこではいかん」
「……鬼教官」
里琴は苦情を言いながらも、ゆったりと走り出す。
それを見送った一佳は自分も特訓のために岩壁に向かうのであった。
唯の特訓は変わらず。
しかし、唯は八百万が大量に創造した『ヤオリョーシカ』を使っての特訓に変わってやる気を出している。
「ん!ん!ん!ん!ん!」
今やっているのはヤオリョーシカのサイズを変えて、出来る限りマトリョーシカを再現することである。
ピッタリ収まるようにしなければならないので細かな調整が求められるのだが、唯は午前とは違い目を輝かせて凄まじい集中力で進めていく。
柳、切奈は変わらず。
ポニーは今度は6本以上浮かせた状態で、並べられた高さが違う輪っかに角を通してコントロールを上げる練習に切り替えた。
操れる角が2本が限界のポニーは、顔に汗を浮かばせるほど集中して操っていく。
鉄哲は変わらず竈の中で踏ん張っている。
それどころか、今では向かってくる鉄球を殴り返し始めていた。
「オラァ!」
しかし、鉄球もまた竈の熱で高温になっており、殴り飛ばした鉄球からの熱で拳は痛みと熱さのダブルパンチを浴びる。
それでも鉄哲は殴り続ける。
「ぐぅ……!」
鉄哲は視界が歪み、足元がふらつくのを感じた。
限界だ。出なければいけない。
しかし、
「ま……だまだぁ!俺は限界を超えるぅ!!」
鉄哲は気合で継続しようとする。
その時、鉄球が背中に直撃する。
「ごぁ!?」
鉄哲は堪え切れずに倒れる。地面に倒れたことで熱量が上がる。
「ぐ……くっそぉ……!」
鉄哲は起き上がろうとするが、体の熱がどんどん上がっていき、息もし辛くなって意識が遠のいて行く。
(や……ば……!『個性』が……解け……!)
意識を失うと『個性』が解ける。
気合で意識を保とうとするが、流石にどうにもならない。
その時、扉が開き、赤い鞭のようなものが伸びてきて鉄哲の体に巻きつく。
鉄哲は勢いよく引っ張り出されて、地面を転がる。
更に体に水を掛けられて、全身からジュー!!と蒸気が上がって体が冷やされる。
「ぶっはぁ!!」
水ときれいな空気で一気に呼吸と意識が回復する。
視界も戻ってきた鉄哲は周囲を見渡すと、すぐ傍に顔を顰めてバケツを抱えているブラドが立っていた。
「せ……んせい……」
「鉄哲。この特訓を指示したとき、俺がお前に注意したことを覚えているか?」
「……」
「言ったはずだ。命を懸ける心意気で臨むのは構わんが、それは無茶をすることとは違うとな」
「……はい」
鉄哲は起き上がりながら頷く。
「特訓で全力を出せない奴は本番でも出せないというのは事実だ。しかし、だからと言って特訓で必要以上にボロボロになっては意味がない。この『個性』伸ばしは
「……はい」
「お前の『個性』は容量があるタイプだ。だからこそ、気合だけではなく見極めも必要となる。強くなりたいなら、しっかりとそこも伸ばしていけ」
「……はい!!」
ブラドの言葉を改めて心に刻んで頷く鉄哲。
それにブラドも笑みを浮かべて頷く。
少し休んだ鉄哲は、再び竈の中に入っていく。その後は中で倒れる事はなかった。
宍田と回原は引き続き、我ーズブートキャンプ中だった。
「よぉし!次は『個性』を発動した状態で続けるのだぁ!!」
「こ、『個性』を発動した状態で?」
「そうだ!伸ばせぇ!へぼ『個性』を!」
虎の言葉に緑谷達は戸惑いながらも『個性』を発動する。
「では、更にスピードを上げろぉ!!」
「「「え」」」
「疲れ切った程度で暴走、解除される『個性』に存在価値などない!!『個性』を使った状態での最高のパフォーマンスを常に自覚し、意識のギャップを埋めろ!」
普通時と『個性』発動時では体の動かし方も、動き方も違う。
そのギャップを無意識で切り替えられるようにしろということである。
特に緑谷と宍田は身体能力が格段に上がるので、地味に重要である。
回原は手足を回転させたことでのバランス感覚などを鍛えるためだ。
「どうしたぁ!?それでヴィランを倒すなど片腹痛ぁい!!プルスウルトラしろぉ!!」
「「「イエッサー!!!」」」
バシン!と拳を合わせながら虎が叫ぶのを見て、3人は力強く返事をする。
3人に関しては、虎はず~っと監督役をしているので他の生徒達とは完全に別世界になっていたのだが、誰も助ける事はなかった。
戦慈は汗を大量に流しながら、シャドーのスピードを上げていた。
しかし、
バァン!
「くっ!」
少しでも力強く腕を振ると、衝撃波が飛ぶ。
戦慈は顔を顰めるも焦らずに体を動かし続ける。
しかし、上手く行ってる気もしないので、苛立ちが溜まる。
そこに、
「拳暴」
相澤とピクシーボブが現れる。
戦慈は動きを止めて、顔を向ける。
「なんだ?」
「少し趣向を変える」
「あん?」
戦慈が訝しんでいると、ピクシーボブが土の壁を数枚生み出す。その土の壁には所々円形の色が違う箇所がある。
「この壁を殴れ。ただし、あの色が違う部分だけ壊すつもりでな」
「……なるほどな」
今までよりは分かりやすいので、戦慈はすぐさま土の壁に近づく。
そして、とりあえずまずは全力で殴ってみる。
「ふっ!」
色が違う部分を殴った瞬間、殴った土の壁だけでなく、その周囲の壁も数枚吹き飛ぶ。
「……はぁ」
「大量に出してやってください。多分すぐになくなるんで」
「りょ~かい!」
そして戦慈は次からは先ほどまでのシャドーのようにゆっくりと腕を動かして壁を殴る。
しかし、ちょっと加減を間違えると簡単に色が付いた場所どころか壁そのものが崩れてしまう。
「……なんかこのままだと殴り方変わりそうだぜって殴り方から考えればいいのか。もっと腰や肩にパワーを込めればいけるか?」
戦慈は殴るときのインパクトではなく、足や腰からもっと力を籠めれば動きは鋭くなり、放たれるパワーは減るのではと考える。
しかし、結局パワーは大して変わらず壁を吹き飛ばすだけだった。
確かに放たれる衝撃波は小さくなったが、足や腰、肩の回転を速めたことで結局速くなった分のパワーが乗るので意味はなかった。
「はぁ……」
ため息を吐き、また最初から始める戦慈。
こうして、それぞれに特訓を続けて行くのだった。