『拳』のヒーローアカデミア!   作:岡の夢部

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拳の五十九 男達の戦い

 突如決まったクラス男子対抗腕相撲勝負。

 

 目的がもはや不鮮明だが、それでも勝負となった以上は全力で戦うだけである。

 ということで、鉄哲達B組男子一同は風呂を早々に済ませて、やる気に満ちた顔でA組男子の大部屋へと向かう。

 戦慈は一番後ろで気だるげに歩いていた。

 

「……だりぃ」

 

 正直、肉もどっちでもいいし、プライドを賭ける気もない戦慈はただただ面倒だった。

 それでも1人だけ行かないのも後からグダグダ言われそうだった。主に爆豪や物間にであるが。

 

 ちなみに女性陣はこれから風呂である。と言っても、女性陣は腕相撲大会など全く興味がないようだったが。

 

 そして、鉄哲が勢いよくA組の大部屋の襖を開ける。

 

「たのもう!!」

 

 スパーーン!!と開け放たれた襖の先にはA組男子陣が並んで立っていた。

 向かい合う様にB組陣も中に入る。

 両陣営の間には高めの簡易テーブルが置かれていた。

 

「よお、来たな」

「待たせたな!」

 

 切島が手のひらに拳を叩きつけながら、ニッ!と笑い鉄哲に声を掛け、鉄哲も腕を組んでニッ!と笑い答える。

 次いで爆豪が物間に向かって、不敵な笑みを浮かべながら声を掛ける。

 

「はっ!ものまね野郎。よく逃げなかったな」

「今こそA組を叩き潰せるこのチャンスに逃げるわけないだろ?」

 

 物間も不敵に笑い返し、ビシッ!と指差しながら高らかに叫ぶ。

 

「勝利の豚肉を食べるのは僕達B組さ!君達A組が明日、羨ましそうに豚肉を見ている姿が目に浮かぶよ!負け犬の君達の姿がねぇ!!」

 

 もはやヴィランの抗争のようにしか見えなくなってきた爆豪と物間の挑発合戦。

 

 その様子に戦慈や鱗は呆れており、小さくため息を吐く。

 そこに飯田が両陣営の間に立つ。

 飯田はその性格上と委員長と言うことで審判役に任命された。

 物間がいつも通り「A組に有利じゃないのぉ!?」と言いがかりをつけたが、誰も同意する者はおらず無視された。

 

「では、さっそく腕相撲を始めよう。代表者は前に!!」

 

 飯田の進行に従って、両陣営からそれぞれ5人の男子が前に出る。

 『個性』使用不可の真剣勝負。5回戦行い、勝利数が多い方が勝ちのガチンコである。

 

 B組からは庄田、骨抜、宍田、泡瀬、鉄哲。

 A組からは尾白、障子、口田、切島、爆豪である。

 

 戦慈は「『個性』使えねぇなら、コントロール出来ねぇ俺が出ると反則になりかねねぇ」と言って辞退した。もちろん、面倒くさいのが一番の理由だが。それに体が膨れたら発散するのも面倒だった。

 戦慈が後ろで欠伸をしている姿を見た爆豪は眉間に皺を寄せるが、それ以上に納得出来ないことがあった。

 

「クソものまね野郎っ!!てめぇ、あれだけ煽っといて出て来ねぇのかよ!?」

 

 この騒動の発起人である物間がしれっと後ろで高みの見物的な視線で堂々と立っていた。

 物間は爆豪の当然の叫びにハッと鼻で笑い、

 

「僕が力自慢に見える?僕は戦略担当なんだよね」

 

 とことん挑発的に返す物間に、爆豪は更に怒りのボルテージを上げていく。

 ここまで来ると、爆豪以外のA組の面々も物間の肝の太さに呆れるを通り越して尊敬の念を抱き始めていた。

 しかし、その時、飯田がハッと時計を見て、あることに気づく。

 

「しまった!?切島くん、君達はそろそろ補習の時間ではないのかい!?」

「「「「あっ」」」」

 

 飯田の言葉に上鳴、砂藤、切島、瀬呂が声を上げる。

 そして、B組陣は物間に顔を向ける。

 

「まじかよ~!これからがいいところなんだぜ~!?」

「相澤先生に怒られたくねぇだろ?ほら、行くぞ」

「頑張れよ!」

 

 上鳴が名残惜しそうに頭を抱えるが、瀬呂に引っ張られて部屋を出る。砂藤はガッツポーズをして応援して、後に続く。

 問題は切島である。

 

「おい、クソ髪。どうすんだ?」

「だ、大丈夫!隙見て抜け出してくっから!」

「切島くん!補習はきちんと受けねば!」

「トイレの隙にちょこっと寄るだけなら大丈夫だろ!?」

 

 切島はそう答えながらバタバタと部屋を出て行く。

 その様子に物間が、

 

「あれれれれぇ!?こぉんなに補習がいるなんて!そして、代表者が1人不在なんて大丈夫なのかなぁ!?これはもう勝負は貰ったようなものだねぇ!!」

 

 と高笑いする。

 こればかりは爆豪でも反論できず、歯軋りをして物間を睨みつける。

 すると、物間はくるりと背を向ける。

 

「じゃ、そういうことで僕も補習に行ってくる。あとで抜け出してくるから」

 

 そう言って部屋を出て行く物間の後姿を、全員が微妙な眼差しで見送った。

 部屋が微妙な空気に包まれるが、そこに戦慈が口を開く。

 

「始めねぇのか?こっちだって時間は限られてんぞ」 

「そうだな!それでは早速始めよう!1回戦、尾白くん対庄田くん!」

 

 進行役の飯田が頷いて、最初の代表者の名前を上げる。

 戦慈は少し離れた場所に座って観戦することにした。

 

 庄田と尾白がテーブルの前に進み出る。

 

「よろしくね、尾白君」

「こちらこそ」

 

 2人は体育祭の騎馬戦で心操に操られながらも共に戦った仲である。

 互いに見た目は地味だが、スポーツマンシップに則る爽やかな2人だ。

 挨拶を終えた2人はテーブルに肘をついて手を合わせる。

 飯田が問題ないか確認して、組んだ手の上に手を乗せる。

 いよいよ始まる勝負に否が応でも緊張感が高まってきた両陣営。

 

「レディ……ゴーッ!!」

 

 飯田が合図と同時に手を上げる。

 その直後、勝負は一瞬で決着した。

 

「っ!?勝者、庄田くん!!」

「よっしゃあ!!」

「やったぜ、庄田!」

 

 勝ったのは庄田。

 尾白はあまりにも一瞬過ぎて唖然としており、庄田は少し照れ臭そうに、けど誇らし気に笑みを浮かべる。

 A組の面々もまさかの尾白の敗北に驚いていた。

 尾白は武術を嗜んでおり、素での戦闘能力はA組随一である。その尾白が負けるとは全く考えていなかったのだ。

 

「……まぁ、見た目からすれば仕方がねぇのかもしれねぇがな」

 

 戦慈はA組の表情からそう推測した。

 庄田は見た目は少しポッチャリしているが、『個性』の性質とボクシング好きなことから、ジャブを放つときのように素早く力を乗せるのが上手いのだ。恐らく尾白はその虚を突かれたことが敗因だ。

 

「次ぃ!!早くしろや!!」

 

 鉄哲達の盛り上がりにイラついた爆豪が叫ぶ。

 それに飯田が顔を顰めるも、進行を続ける。

 

「2回戦は障子くん対骨抜くんだ!」

「やっちまえ、骨抜!」

「このままストレート勝ちだぜ!」

「いや~、流石に障子は厳しいだろ」

 

 鉄哲や回原が叫ぶが、骨抜は障子相手に少し気遅れ気味だった。体格差があるので仕方がないことかもしれないが。

 すると、そこに緑谷がさりげなく近づいてくる。

 

「あ、あの……隣、いいかな?」

「好きにしろ」

「うん……」

 

 緑谷が戦慈の隣に座る。

 テーブルでは骨抜と障子の腕相撲が始まり、数秒腕をプルプルさせながら押し合っていたが、障子が勢いよくテーブルに骨抜の手を叩きつけて勝負を決める。

 今度はA組が盛り上がり、鉄哲達が悔しがる。

 爆豪が鉄哲達を見下すように鼻で笑い、鉄哲達の怒りにまた火を点ける。

 

「……ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……」

「あん?」

「洸汰君のことなんだけどさ」

「……洸汰?」

「ほら、マンダレイの従甥の……。小さな男の子」

「ああ、あのとんがり坊主か」

 

 洸汰とはマンダレイの従甥の5歳の男児だ。しかし、どうやらヒーローが嫌いのようで『ヒーローになる連中とつるむ気はねぇよ!』と刺々しい態度で雄英生に接している。

 ここにいるのも仕方がなくという感じで、マンダレイ達の言葉にも嫌々従ってる感じである。

 ヒーローを毛嫌いしているのにマンダレイといて、しかも従甥という微妙な関係から戦慈は何かしら事情があるのだろうと思って、無理に関わることはしなかった。

 しかし、どうやら緑谷はそれが気になるようだ。

 

「……洸汰君はさ、ヒーローだけでなく『個性』ありきの超人社会そのものを嫌っててさ。僕は何も洸汰君のためになるような事を言えなかったんだ」

「……」

「拳暴君なら、なんて声を掛けるのかなと思ってさ……」

「なんてってお前な……。なんで嫌ってんのかも分からねぇのに言えるわけねぇだろうが。ガキがあそこまで嫌うなんて相当な理由のはずだ。事情も知らねぇ無関係な人間が言って、変わるならプッシーキャッツがどうにかしてんだろ」

「……それも、そうだね……」

「お前はその理由知ってんだろ?だから、気になってる。違うか?」

「っ!!」

 

 緑谷は顔を強張らせて、俯いて小さく頷く。

 

 テーブルでは宍田と口田の対戦が始まろうとしていた。

 獣の体を持つのにインテリ風な宍田。そして、岩のような体を持っているのに引っ込み思案の口田の戦い。

 それでも見た目通り、力はある。

 

 それを眺めながら、緑谷はゆっくりと口を開く。

 

「実は……洸汰君の両親はヒーローで、2年くらい前にヴィランに殺されてるんだ」

「……」

 

 それだけで戦慈は理解出来た。

 しかし、それでも、

 

「俺やお前がそいつに掛けられる言葉はねぇよ。親の事なら尚更だろうが」

「……やっぱり、そう……だよね……」

 

 緑谷は項垂れるように、また顔を俯かせる。

 そして、俯いたまま捻り出すように続ける。

 

「……『個性』や社会に対して色々な考えがあって、僕の考えが正しいわけじゃないのは分かってる。けどさ……あそこまで否定すると洸汰君が辛いだけのような気がするんだ……」

 

 戦慈は腕を組んで、仮面の下から緑谷に目を向ける。

 そして、小さくため息を吐いて、

 

「死の受容のプロセスって知ってるか?」

「え?」

「人間が『死』に直面したときの精神面の過程の話だ」

 

 【キューブラー・ロスの死の受容過程】という医療界で注目されている一説である。

 いわく、人間は『死』を宣告されると5つの過程を辿るとされている。

 

 第1段階・【否認と孤立】:死が近い事実を受け入れられずに否定する。それにより他者から距離を置くことが多くなる。

 

 第2段階・【怒り】:何度も死の事実を突きつけられた結果、事実は受け入れても『なんで俺が!?』と怒りを感じる。

 

 第3段階・【取引】:どうにかして死を避けようと模索し、医者はもちろん果てには神にすら取引をする。

 

 第4段階・【抑うつ】:取引をしても死は避けられないと突きつけられ、絶望して無気力になってしまう。

 

 第5段階・【受容】:ようやく死を受け入れて、心に平穏が訪れて死を迎える準備を始める。

 

 これが医療界では余命の告知などで重要視されている。

 セカンドオピニオンなども良くも悪くも後押しするためのものだ。少しでも早く【受容】出来るようにと。

 もちろんこれは死や告知に関するだけではなく、一般的な病気の場合でも重要視されている。

 そして、これは患者本人だけではなく、その家族や親しい人物達にも当てはまる。

 

「そいつは1つ目と2つ目を行き来してる感じだな」

「【否認】と【怒り】……」

「で、普通なら3つ目の【取引】に行くんだろうが……。5歳のガキにそんなこと出来ると思うか?」

「……」

 

 答えは言うまでもなく、無理である。

 大人でさえそう簡単に受け入れられないのに、5歳の男児が理解して受け入れられるわけがない。

 

 戦慈は洸汰の言動は当然だと思った。

 【否認】と【怒り】を繰り返す。しかし、毎回同じ繰り返しはしないだろう。

 ならば、どうなるか。

 

 少しずつ【怒り】を向ける範囲が大きくなる、と考える。

 

 最初は『親を殺した犯人』。次は『犯人を生み出したヴィラン』という存在。そして『ヴィランを止められず、両親を助けてくれなかったヒーロー』。更に『ヴィランとヒーローを生み出した『個性』という力』。最後に『『個性』を認めている超人社会と人々』。

 

 最初から5歳児には【取引】するには重すぎる事実ばかりだ。

 しかし、それ故に【怒り】の矛先が大きくなりすぎてしまい、大人でも【取引】出来ないところまで苦しんでしまう。

 それを打ち砕くのは、簡単なことではない。

 ちょっと考えただけで出る答えなはずがない。 

 

「そいつにとっちゃあ、マンダレイ達や俺らは『命を捨てに行ってる大馬鹿野郎』にしか見えないんだろうな。だから、マンダレイ達にも心を開かねぇ。『近いうちに殺されていなくなるかもしれない』って思うとな。怖くて無理だろうよ」

「っ……!!」

 

 緑谷は洸汰の抱える苦しみが想像以上であることをようやく理解する。

 

 また失うかもしれない恐怖。

 

 それを克服するのは『個性』では無理だ。

 己の心でしか乗り越えられない。それもまた5歳児に求めるのは酷過ぎる。

 

「だから、俺らが言えることはねぇ」

「……」

 

 戦慈はそう言うしかない。

 全ての命を救えるヒーローがいないのと同じように、全ての心を救えるヒーローもいるわけがないのだから。

 

 緑谷は顔を顰めて、俯いたまま黙り込む。

 もう話すことはないと思った戦慈は腕相撲に意識を戻す。

 思ってた以上に宍田と口田は接戦のようだった。

 

「ヌゥガアアアアア!!」

「ウウウゥゥ……!!」

 

 宍田が雄たけびを上げながら力を籠めて、口田は呻きながらも懸命に耐えている。

 

「宍田ァアア!!押し切れエエエ!!」

「獣の本能見せてやれ!!」

「グンッ!て行って、ガン!てやっちゃえ!!」

 

 2人の気迫に引っ張られて鉄哲達の応援にも熱が入る。

 それはもちろんA組も同じだ。

 

「口田、蹂躙せよ!」

「耐えろー!」

「そっからぶっ殺せぇ!!」

 

 すると、宍田がスタミナ切れを起こしたのか、少しずつ口田が巻き返してきた。

 

「まだ行けるぞ、宍田!!負けんなー!」

「一気に行くんだ、口田!!」 

「輝いてるね☆」

 

 思ったより盛り上がっている試合に戦慈が感心していると、視界の端に気配を殺して部屋に入ってくる存在があった。

 それはすぅ~っとテーブルに近づくと、

 

「あ、虫だ」

「キャアアアアアア!!?」

 

 口田が突然に強烈な悲鳴を上げて飛び上がる。

 その瞬間、力を籠めていた宍田が一気に巻き消し、口田に勝利した。

 

「はああ!?て、てめぇ!!ものまね野郎!!」

「何かな?僕がどうしたんだい?」

 

 補習を抜け出してきた物間は爆豪の追及をまた躱す。

 口田は飯田の背中に隠れて、涙目でガタガタと震える。

 

「落ち着くんだ、口田くん!虫など見当たらないぞ?」

「あれれぇ?いたと思ったんだけど、見間違いだったかなぁ?」

「てめぇ、妨害だろーが!!」

 

 白々しい物間に再び爆豪が噛みつく。

 しかし、物間は道化のように両腕を広げる。

 

「おいおい、言いがかりはやめてくれよ。虫がいなかったって証拠もないし、それに彼の足元にいるなんてことも言ってないんだぜ?しかも、彼が虫嫌いだなんて知らなかったなぁ。それにしても、負けたらこっちのせいだなんて、まるで質の悪い輩みたいじゃないか。ああ、怖い怖い!!……じゃ、僕は補習に戻るから」

 

 もはや詐欺師にしか見えない答え方をして、物間は再び部屋を去っていく。

 爆豪の額にはピクピクと青筋が浮かんでおり、今にも爆発しそうだった。

 

「あぁ!?なんなんだ、あいつはぁ!!」

 

 その爆豪の言葉に答える者はいない。

 何故なら鉄哲達ですら『あいつは何がしたいんだ?』と思っているからだ。

 自分で煽っておきながら参戦せず、サラッと来ては応援ではなく反則行為をしてカッコつけて去っていく。

 意味が分からなかったが、あんな奴でもクラスメイトだ。爆豪に堂々と同意するわけにはいかない。

 間違いなく物間はB組だからこそ、まだ受け入れられている存在だろう。

 

 これで勝負は1対2で、B組優勢である。

 なんだかんだで口田の負けを受け入れるのだから、爆豪も根は真面目である。

 そして、4回戦なのだが。

 

「切島の奴、来ねぇな」

 

 鉄哲が心配そうに襖に目を向ける。

 

「……物間が抜け出したからじゃね?」

 

 そこに骨抜がボソッと言う。

 その言葉に庄田や鱗達も納得する。

 

「ああ……2人同時に抜け出すのは目立つだろうね」

「物間の奴……。まさかそれも狙ってやったんじゃ……」

 

 教師陣も今、ここで腕相撲大会をしているのを知っている。

 物間が言い出しっぺなのも知っているので、尚更抜け出しにくいのだろう。

 物間ならありうる。骨抜達はそう思った。

 

「どうする?」

 

 代表の泡瀬が飯田に訊ねる。

 

「そうだな……。抜け出すとは言っていたが、そうままならないだろう。そうすると先に爆豪くんと鉄哲くんの勝負をするか、もしくは新たな代表者を決めるかだな」

「俺は先にやってもいいぜ!」

 

 鉄哲が飯田とまだ来れない切島を気遣って、ニカッ!と男前に笑いながら声を掛ける。

 しかし、爆豪が、

 

「ざけんな。大将戦は一番最後だろうが」

「はぁ?なんでお前は自分の事ばっかなんだよ!!」

「うるせぇ」

 

 不遜な態度で言い張る爆豪に、鉄哲が再び食って掛かる。

 その直後に切島が飛び込んできた。

 

「わりぃ!遅くなった!」

「ちょうどこれからだぞ、切島くん!」

「勝敗は!?」

「こっちが負けてるな」

「マジか!?よし、さっさとやろうぜ!」

 

 障子の言葉に切島が気合を入れてテーブルに構える。

 泡瀬も気合を入れ直して、切島と手を組む。

 爆豪と鉄哲も黙って試合を見守る。

 

「レディ……ゴー!!」

 

 開始と同時に泡瀬が一気に切島の手をテーブル間近まで追い込む。

 

「っ!くっ……!」

「も、ら、う、ぜぇ!!」

 

 切島が歯を食いしばって全力で耐える。泡瀬も歯を食いしばりながら笑みを浮かべて力を入れていく。

 

「これで決めろ、泡瀬ー!!」

「行けー!」

 

 勝利が見えて盛り上がるB組。

 A組も負けじと応援する。

 

「切島、耐えて!」

 

 その時、

 

「切島!敗けたら死ね!」

『は?』 

 

 切島以外の全員が爆豪の一喝に一瞬気を取られた。もちろん泡瀬も。

 そのせいで力が緩んでしまい、一気に逆転負けしてしまう。

 

「げっ!?」

「ふぅ……応援ありがとな!」

 

 切島がやり切った顔で爆豪に礼を言う。

 応援と言う言葉に切島と爆豪以外の全員が「あれで応援なのか……?」と首を傾げるが。

 そして、いよいよ大将戦。

 

 気合に満ちた爆豪と鉄哲が不敵に笑いながらテーブルに進み出て、手を組む。

 

「瞬殺したるわ!」

「勝つのは俺達だぁ!」

「き、君達!まだ始まっていないぞ!少し力を抜きたまえ!」

 

 互いの手を握り潰すかのように力を籠めており、飯田が一度組み直させる。

 そして仕切り直して、飯田が2人の手の上に手を置く。

 最終決戦に両組は息を呑む。

 

「レディ……ゴー!!」

 

 出だしのスピードが勝ったのはやはり爆豪だ。

 先ほどの泡瀬のように鉄哲の手を一気にテーブルギリギリまで追い込む。

 鉄哲も切島のように耐え、少しずつ持ち直していく。

 

 その感触に爆豪は体育祭の試合を思い出す。

 

「今度はぁ……完璧に負かすぅ!!!」

「負けねぇよおおおお!!」

 

 叫びながら渾身の力を振り絞る爆豪と、それに呼応するように鉄哲も力を増していく。

 

「そのまま行けー!!爆豪!!」

「負けるな鉄哲ー!!」

 

 2人は腕や額に血管を浮かばせながら全力を出し続ける。

 ギシギシ!とテーブルも悲鳴を上げ始める。

 すると少しずつ爆豪が鉄哲を押していく。鉄哲の呼吸を完璧に見切って力が抜ける瞬間を狙っているのだ。

 

「っ……!」

 

 もはや鉄哲は声を出す余裕もない。

 

「まだ行ける!!鉄哲、頑張れ!!」

「負けんな!!」

「根性出せぇ!!」

 

「そのまま行け!」

「いっけぇ、爆豪!!」

 

 骨抜達は汗を出しながら全力で檄を飛ばし、切島達も興奮しながら応援する。

 鉄哲は全く押し返せない事実に悔し気に顔を歪めるが、それでも最後まで諦めない。

 爆豪が勝利を確信して、ヴィランも逃げ出すような笑みを浮かべて、最後の一押しを決めようとした時。

 

 突如、畳が揺らぎ爆豪の足が沈んで、バランスが崩れる。

 

「んなっ……!?」

「オオオッシャア!!」

 

 爆豪の異変に気づかなかった鉄哲は一気に爆豪の手をテーブルに叩きつける。

 その勢いを利用して、畳から足を引き抜く爆豪。

 

「っんだ、これ!!」

 

 爆豪の異変に気づいた飯田やA組陣が、歪んだ畳を見る。

 

「これは……《柔化》か!!」

 

 飯田の声に全員が骨抜を見る。

 しかし、骨抜は慌てて両手を上げて、ブンブン!と首を横に振る。

 

「お、俺じゃねぇよ!」

「って、ことは……」

「ぐぇっ!?」

 

 爆豪が何かに気づくと、入り口の方でカエルが潰されたような声がした。

 全員が目を向けると、そこには戦慈に後ろ襟を掴まれて持ち上げられている物間がいた。

 

「物間……!」

「やっぱ今のはテメェか、ものまね野郎!!」

「な、なんのことがぇ!?」

「いい加減にしやがれ」

 

 この期に及んで言い逃れしようとする物間の首を更に絞めつける戦慈。

 戦慈は物間が息を潜めて入ってきて、骨抜の肩にそっと触れて『個性』を使ったところまで全て見ていたのだ。

 

「てめぇなぁ……自分で勝負煽って、飯田が審判することに贔屓だなんだ言っときながら一番姑息なことしてんじゃねぇよ。これで勝って喜ぶ鉄哲達だとでも思ってんのか?反則で勝った豚肉食って喜んでたら、本当にクソじゃねぇか。しかも骨抜に疑いが向くように逃げようとしやがって」

「……」

 

 戦慈の言葉に目を逸らすしか出来なかった物間。

 鉄哲達も流石に容認できなかったのか、顔を顰めて頷いている。

 

「別に戦闘訓練とかだったら騙そうが何しようが構わねぇけどよ。『個性』禁止の真剣勝負って全員で決めたことに茶々入れんじゃねぇよ」

 

 そう言いながら、腕を回して背中側に物間を担ぐ。

 

「ぐぇ!?」

 

 物間は両手で襟を引っ張り窒息を防ぐ。

 

「こいつを補習室に叩き込んでくる。俺はそのまま抜けさせてもらうぜ。コーヒー淹れてぇしな」

「あっ!俺も戻らねぇと!」

 

 戦慈の言葉に切島も慌てて大部屋を飛び出していく。

 それに続いて戦慈も物間を担いだまま部屋を出て行く。

 

 戦慈は補習室に足を踏み入れて、ブラドに物間を渡す。

 

「やはり抜け出してたか……」

「……切島、お前もか?」

「え!?」

 

 相澤がギロリと切島を睨み、切島は冷や汗を流し始めて固まる。

 それに相澤は戦慈に顔を向ける。

 

「そこに切島はいたか?」

「さぁな。俺はこいつに気を取られたからな。あの人数の中に誰がいたかまで憶えてねぇよ」

「……そうか」

 

 あっけらかんと嘘をつく戦慈。

 それは相澤も見抜いたが、嘘だという証拠もないのでそれ以上追及はしなかった。

 

「じゃあ、俺はまた下でコーヒーでも淹れさせてもらうぜ」

「……分かった。片づけをしっかりな」

「分かってんよ」

 

 戦慈は補習室を後にして、器材と豆を持って食堂に向かった。その背中に切島が両手を合わせてペコペコしており、上鳴や芦戸達は意外そうな顔をして見送る。

 そして、物間は相澤の捕縛布で椅子に縛り付けられて、抜け出すことは出来なくなるのだった。

 

 ちなみに戦慈が抜けた後の鉄哲達は、仕切り直しということで枕投げを行うことにしたらしい。

 もちろん『個性』無しということだったが、全く勝負がつかず、苛立ちが限界を迎えた一同は「うっかり!」と称して『個性』をフル発動して戦い始める。

 飯田が声を枯らすまで注意していたが、ヒートアップしていた一同には届かず、枕と『個性』が部屋を飛び交う。鉄哲や庄田も注意していたが、残念ながら届かなかった。

 

 そこにあまりに騒ぎ過ぎだと判断した相澤とブラドが大部屋に入ると、2人の顔に勢いよく枕が当たり、全員が顔を真っ青にして固まることになる。

 しかもそこに虎がグルグル巻きにされて白目を剥いた峰田(誰もいないことに気づかなかった)が運ばれてきて、性懲りもなく女子風呂を覗こうとしていたと告げられる。しかもピッキングや電動ドリルなどの工具まで用意していたらしい。

 

 そのダブルパンチに相澤とブラドがブチギレする。

 

「何やってんだ、お前ら!!!俺は情けないぞ!!『個性』を使って勝負とは……!お前達は何のためにここに来たのか忘れたのか!?バカヤロー共が!!」

「自由時間は好きにしろって言ったがな、何をやってもいいってことじゃねぇぞ……?随分体力が余ってるみたいじゃないか?」

 

 額に青筋を浮かべて怒号を飛ばすブラドと、髪を逆立て目を赤く輝かせて睨みながら底冷えするような声で淡々と言う相澤。

 両極端の怒気に鉄哲達B組は泣きながら謝り、爆豪達A組は直立不動で顔を真っ青にしたまま硬直して震えていた。

 

「そんなに体力が余ってんのなら、明日のトレーニングメニューはお前らだけ倍だ。なぁ、ブラド」

「そうだな……!」

 

 もはやブラドは情けなさすぎて涙を流していた。

 

「そ、そんなぁ……!?」

 

 そこに思わず生徒の誰かが声を上げる。上げてしまった。

 相澤は声が聞こえた辺りをギロリと睨んで、

 

「まだ声を上げられるみたいだな。3倍だ」

「っ……!!」

 

 閻魔の判決に生徒達は涙と共に声を飲み込む。

 しかし、閻魔(相澤)はまだまだ止まらない。

 

「確か発端は明日の肉だったな?そんな争いのネタになるようなものがあるからいけない……。よって、お前達は明日の肉は抜き!!」

 

 トレーニング量は増えて、肉も抜き。

 まさに地獄に落とす判決である。

 

「そんなぁ!?」

「肉じゃがに肉がないなんて!?」

 

 流石に声を上げる生徒達だが、相澤とブラドには届かなかった。

 もちろん、物間も同じことが言い渡され、補習室から連行されて説教が始まる。

 そこに切島が「先生!俺も抜け出しました!!」と自白して、爆豪達と一緒に説教と罰を受けると言い放つ。

 

 一番哀れなのは審判の飯田と真面目に戦っていた鉄哲と庄田、そしてずっと観戦していたB組男子達だろう。

 しかし、止められなかったのも事実なので、大人しく説教を受ける。

 

 その様子をタンブラーを傾ける戦慈や上鳴、瀬呂、砂藤、そしてAB女性陣が呆れていたり、同情の目で見つめていた。

 

「馬鹿だねぇ……」

「説教と罰は免れたけどよぉ。補習は説教終わっても続くんだろ?喜べねぇなぁ」

「それな……」

「しばらく終わりそうにねぇな……」

「最悪~……」

「ドンマイ、三奈ちゃん」 

『ドンマイ(ですわ)』

「拳暴はちゃっかり免れてるんだな」

「ん」

「……カフェオレ」

「コーヒーは下にあるぞ」

「「「行く」」」

「あぁ、皆さん。しっかりと罰を受けて反省してください」

 

 切奈が呆れて、上鳴、瀬呂、砂藤が複雑な表情で怒られている面々を見つめる。

 完全に巻き込まれて補習が伸びたことに項垂れている芦戸に、A組女性陣が本気で憐れむ。

 一佳や唯達はちゃっかり免れている戦慈にジト目を向けていたが、コーヒーがあると聞くと怒られている面々の事をすぐに忘れる。

 茨は両手を組んで嘆いていたが、一佳達がコーヒーを飲みに食堂に向かうと聞くと、すぐに後に続くのだった。

 

 結局、勝負は強制的に幕を閉じ、何も得られないという結果に終わる男子達だった。

 

 何のためにあそこまで熱くなって戦っていたのか分からなくなった鉄哲達。

 

 しかし、ある意味高校生らしい思い出が出来たとも言える。

 

 

 この後に起こる悲劇が終わった時には、誰もがそう思うことになるだろう。

 

 世界の変革の狼煙が上がるまで、24時間を切っていた。

 




洸太君をようやく話題に出せました(-_-;)
ちょっと重い話ではありますがね。
次回は女子会編です。
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