『拳』のヒーローアカデミア!   作:岡の夢部

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拳の六十四 届かぬ手

「拳暴……!!」

 

 コンプレスを見下ろす戦慈の耳に声が届く。

 目を向けると、そこには円場を背負った轟、ボロボロの緑谷を背負った障子、麗日、蛙吹がいた。

 

 戦慈が声を掛けようと口を開いた時、倒れているコンプレスが飛び起きて、戦慈に右手を伸ばす。

 戦慈は素早く後ろに下がり、指を弾いて衝撃波を放つ。

 

「ぐぅ……!」

 

 一瞬、衝撃波の一部が掻き消されてビー玉のようなものが出現したが、全て掻き消せずにコンプレスは後ろに吹き飛ばされて樹に背中から叩きつけられる。

 その隙を戦慈は逃さずにコンプレスに詰め寄って、仮面の顔に右ストレートを鋭く叩き込んだ。

 

「っっ!!」

 

 仮面は粉々に吹き飛び、コンプレスは鼻血を流し白目を剥いて気絶して崩れ落ちる。

 直後、コンプレスの周囲の爆豪、常闇、そして里琴とラグドールが現れる。

 

 爆豪と常闇は周囲を見渡して戸惑っており、里琴は地面に倒れ、ラグドールも頭から血を流して倒れる。

 

「かっちゃん!常闇君!」

「巻空に、ラグドール……!?」

「ラグドール!血が!!」

 

 戦慈が里琴に歩み寄り、麗日と蛙吹がラグドールに近づく。

 

「……怪我はしてねぇか」

 

 戦慈は里琴の体を素早く確認して出血などがないか確認した。怪我などは見当たらないが、里琴の顔色は明らかに悪く、ぐったりとしている。

 

「……あのガスごと閉じ込められたせいか。くそっ!」

 

 戦慈は宍田達と同様に里琴もガスで意識を失っていると考えて舌打ちをする。

 麗日と蛙吹もラグドールの状態を確認して、慌てて声を上げる。

 

「あかん、傷が深い!」

「急いで手当てをしないと危険だわ!」

「怪我人が多すぎる!全員取り戻したんだ!急いで施設まで戻るぞ!!」

 

 轟が円場を背負い直して叫ぶ。

 それに全員が頷く。緑谷を常闇が背負い、ラグドールを障子が、また襲われた時のことを考えて里琴を麗日が背負うことにした。

 そして、走り出そうとした時、障子の耳に風を切り裂く音が聞こえた。

 

「っ!?何か来る!!」

「どけ!!」

「きゃあ!?」

「ケロッ!?」

「上だ!!避けろ!!」

『!?』

 

 障子が叫んだ直後、戦慈が麗日と蛙吹を押し飛ばして障子達に叫ぶ。

 

 次の瞬間、上空から剣が降り注ぎ、戦慈達に襲い掛かる。

 轟は慌てて、氷の壁を生み出して常闇達を守り、戦慈は拳を振って衝撃波を放ち、里琴、麗日、蛙吹を庇う。

 しかし、最初の数本が弾き切れず、右腕や左脚、そして脇腹に突き刺さる。

 

「ぐぅ!!」

「拳暴君!?」

「いいからとっとと逃げろ!!」

 

「逃がさん」

 

 戦慈が麗日達を逃がそうとすると、上空から声が響く。

 上を見上げると、メイデンが明らかに怒気を纏って空中に浮かんでおり、戦慈達を見下ろしていた。その周囲には大量の剣が浮かんでおり、切っ先が戦慈達に向けられていた。

 

「な……!?」

「ちっ!まだピンピンしてやがんのか……!」

「流石に少し驚かされたぞ。それでもあの程度で我が負けるわけなかろう……!!」

 

 戦慈は剣を引き抜いて、傷を癒していく。流石に今回は傷が深く、治癒に時間がかかる。

 その時、障子が背後の森に勢いよく振り返る。

 

「後ろにも誰かいるぞ!!」

「遅いですわ!」

「ぐあっ!」

「障子!?」 

 

 現れたのはエルジェベートだった。猛スピードで森から飛び出して、障子を殴り飛ばしてラグドールを脇に抱えて飛び上がる。

 

「ちぃ!」

「こっちを見ていていいのかしら?」

「なに……!?」

「かっちゃん!!後ろだ!!」

『!?』

 

 緑谷の声に戦慈達は弾かれるように爆豪のいる方向に顔を向ける。

 視界に飛び込んできたのは、倒したはずのコンプレスが爆豪を再びビー玉に閉じ込める瞬間だった。

 仮面も何故か元通りになっており、怪我もない。

 しかし、それ以上に戦慈達が混乱したのは、

 

 コンプレスが2人いることだった。

 

 爆豪を閉じ込めたコンプレスの近くに、気絶したコンプレスがいたのだ。

 

「2人……!?双子か!?」

「種明かしはしないぜ。()()()()()()()()からな」

「くそっ!!」

 

 戦慈が新しく現れたコンプレスに向かおうとすると、メイデンが再び剣を飛ばしてきたため、足を止めて剣に向かって衝撃波を放つ。

 蛙吹がコンプレスに舌を伸ばすが、コンプレスは軽やかに躱し、気絶しているコンプレスもビー玉に閉じ込める。

 

「悔しいが、この俺は無理出来ないからな。とっととトンズラだ!!」

「待てっ!!」

 

 コンプレスはそう言うと森の奥へと走り出す。

 障子達が追いかけようとするが、

 

「行かせん」

「オラァ!!」

 

 メイデンが再び剣を飛ばそうとした時、戦慈が先んじて衝撃波を飛ばして牽制する。

 

「やらせるかよぉ!!」

「ちっ……鬱陶しい奴だ」

「わたくしはコレを運びますわ。コレは閣下がご所望したモノですので」

「ああ」

 

 エルジェベートがラグドールを抱えたまま飛び出して、コンプレスが逃げだした方向に飛ぶ。

 戦慈は衝撃波を飛ばそうとするが、ラグドールに当たる危険性があることに一瞬躊躇し、その隙をメイデンに突かれて飛んでくる剣の対応に追われることになった。

 エルジェベートが森の上空に移動すると、コンプレスが飛び上がってきて、ラグドールを再び閉じ込める。そのままコンプレスはエルジェベートに抱えられて移動していく。

 

「奴らを追え!!あいつは俺が抑える!!」

「拳暴君……!」

「麗日!里琴を頼む!」

「わ、わかった!」

「無駄だ。その小娘はじきに死ぬ」

「……あ?」

 

 メイデンの言葉に戦慈がピクリとして動きを止める。

 メイデンは腕を組んで、戦慈を見下ろす。

 

「その小娘は鹵獲された時に一緒に入り込んだガスを吸い込み過ぎた。もはや助かるまい」

「そんな……!」

 

 麗日が背中でぐったりとしている里琴に目を向ける。その呼吸は確かに弱々しいものだった。

 

「その小娘が大事なら、共に死んだらどうだ?介錯は我が手伝ってやる」

「てめぇ……!っ!?」

 

 轟も顔に怒りを浮かべてメイデンを睨みつける。

 その時、

 

ブチッ。

 

 何かが切れるような音が緑谷達の耳に届く。

 直後、戦慈の体が震え始める。

 

「拳暴君……!」

 

 緑谷が声を掛けるも戦慈は一切反応を示さない。

 もう一度声を掛けようとした時、戦慈の体が一瞬一回り膨らんで肌が真っ赤に染まる。しかし、体はすぐに一回り縮む。髪は更に逆立って赤黒く染まる。

 

「け、拳暴君……!?」

「あれは……I・アイランドの……!」

「……例の暴走状態か」

 

 メイデンも戦慈の変化に雰囲気を変える。

 しかし、緑谷や轟は違和感を感じていた。

 

「?……前と……違う?」

 

 I・アイランドの時は体は更に大きくなっていた。それにもっと衝撃波が吹き荒れていた。

 だが、今の戦慈は体の色は変わったが、大きくもなっていないし、衝撃波も全く吹き荒れていない。それに以前よりも威圧感が強くなっている気がした。

 

「……」

 

 戦慈の変化が収まったと感じた直後、戦時が一瞬腰を屈めたかと思うと、その姿が消える。

 

「え?」

 

ガアアァン!!

 

「がぁっ!?」

 

「え!?」

 

 緑谷達が唖然とすると、上空から轟音が響いて悲鳴が聞こえる。

 上を見上げると、戦慈が上空に拳を振り抜いた体勢でおり、メイデンが勢いよく吹き飛ばされていた。

 それに目を見開くと、ドパン!という音と共に戦慈の姿がまた掻き消える。

 

 ドパン!ドパバン!!と連続で何かが弾ける音が響き、直後再び何かが殴られる音が響く。

 

「ぐあああ!?」

 

 メイデンがくの字になりながら緑谷達の上空に戻ってきた。

 直後、戦慈がメイデンの真上に両手を組んで振り上げた状態で現れて、メイデンを地面に叩きつける。

 

「きゃあ!?」

「凄い……!」

「っ!今の内だ!!早く奴らを追うぞ!」

「しかし、奴らは空を飛んでいるぞ!?」

「麗日さん!僕らを浮かして!」

「え!?」

「蛙吹さんは浮かした僕らを下で思いっきりぶん投げて!そしたら障子君は腕で軌道を修正しつつ僕らをけん引して!轟君は炎で推進力を!常闇君は轟君の炎を利用して《黒影》でヴィランを捕まえて!!」

「緑谷。お前はもう残ってろ。その怪我じゃもう……」

「怪我なんて、今は知らない。倒れてる皆に比べれば、これくらい……!」

 

 緑谷の決意の固い言葉に轟達も言葉を飲む。

 

「時間がない……!早く……!」

 

 その言葉に轟達も覚悟を決めて、準備を始める。

 麗日が浮かして轟、緑谷、障子、常闇の4人を蛙吹の舌で締め上げる。そして、蛙吹が勢いよく舌を振り上げて、4人を一気に投げ飛ばす。

 

「おおおおお!?」

 

 障子は轟と緑谷を脇に抱え、常闇が首元に抱き着いている。

 エルジェベートの姿を捉えた障子は声を張り上げる。

 

「いたぞ!!」

「っ!!行くぞ、常闇!」

「応!」

 

 轟が炎を放って、スピードを上げる。

 そして、常闇が黒影に呼びかける。

 

「黒影。まだ暴れ足りんのだろう?」

「当タリ前ダロ」

「奴らならば遠慮はいらぬ。暴れろ!!」

「ヨッシャーー!!俺ノ獲物ダーー!!」

 

 常闇の背中から巨大な黒影が飛び出す。

 常闇の《黒影》は闇が深いほど凶暴性と力が増す。先ほども暴走してしまったのだが、爆豪と轟のおかげで抑える事が出来た。

 それを今度は自ら解き放つ。といっても背後で轟の炎の明かりがあるので、それほどパワーは上がらないが。

 

 それでも黒影は猛スピードでエルジェベートとコンプレスに襲い掛かる。

 

「クライヤガレーー!!」

「っ!もう追いつかれましたの!?」

「来るぞ!」

「分かってますわ!!あなたはやられないでくださいましね!!」

 

 エルジェベートの体はすでに160cmほどまで縮んでいる。流石に戦慈の衝撃波の余波を何度も受けて、エネルギーの消耗は激しかった。

 そのため、思ったよりスピードが出ず、障子達の速度に目を見張る。

 伸びてきた黒影の腕を躱し、急旋回するも黒影はしつこく追ってくる。

 

「くっ!合流地点はわかりますわね!?」

「ああ!」

「森に降ろしますわ!一気に行きなさい!」

「仕方ねぇ!」

 

 エルジェベートは急降下して、コンプレスを森の中に降ろす。そして、迫ってきた黒影の腕を蹴り弾き、コンプレスが逃げる時間を稼ぐ。

 

「仮面のクソガキと言い……!ムカつくガキ共ですわねぇ!!」

「ドキヤガレーー!!」

「ぐぅ!?」

 

 黒影が両腕を突き出し、エルジェベートはそれを躱し切れずに受け止めようとするが想像以上のパワーに押し飛ばされる。

 そして、そのまま森が少し開けた場所の地面に叩きつけられる。

 

「がっ!?」

「なんだ?」

「長い腕だな!短ぇよ!」

 

 開けた場所にいたのは荼毘、全身タイツコスチュームの『トゥワイス』、ディスペ、そしてトガだった。

 黒影が叩きつけた場所が幸運にも敵連合の集合場所だったのだ。

 

 エルジェベートが叩きつけられた直後にコンプレスも合流した。

 

「ちっ!時間はまだか!?」

「もうすぐだが……どうやらそう簡単に帰してくれそうにないか」

 

 荼毘がコンプレスの言葉に答えながら、上を見上げる。

 そこには障子達の姿があり、障子達は勢いよく地面に着地する。

 

「どんぴしゃだ!」

 

 麗日は自分も浮かして、常闇がエルジェベートを叩きつけた瞬間に《無重力》を解除したのだ。

 見事追いついた障子達はコンプレスに向かって、飛び掛かる。

 その目の前を青い炎が出現して行く手を遮る。

 

「ミスターを守るぞ。コピーがやられちまったら、『個性』が解けちまう」

「そりゃヤバいな!問題ねぇよ!」

「きゃー!出久くん!」

「やれやれ……」

 

 荼毘の命令にトゥワイス達も動き出す。

 それを見た轟が氷結を放って、妨害しようとする。

 

「熱っつ!」

「冷たっ!」

「どっちだよお前ら……。割るぞ」

 

 真逆のリアクションをするトゥワイスとトガに呆れながら、ディスペが氷結に触れる。

 すると、氷結がガラスのようにバキン!と砕け散る。

 

「なんっ……!?」

「悪いな、エンデヴァーのガキ」

「くそっ!」

 

 轟は今度は炎を放つ。ディスペが炎に飲まれ、トゥワイスとトガは横に跳んで躱す。

 

「おい、ディスペ!?」

「問題ない」

「っ!!?がっ!」

 

 トゥワイスが呼びかけると、ディスペは全くの無傷で炎から顔を覗かせて拳を振るう。

 轟は目を見開いて固まり、頬を殴られて後ろに倒れる。

 

「轟!」

 

 常闇が黒影を操って、ディスペに攻撃を仕掛けるも黒影の攻撃はディスペの体をすり抜けた。

 

「なっ!?」

「悪いが、俺にお前らの『個性』は効かないんだよ」

「ぐっ!」

「障子、緑谷!」

「駄目だ!近づけん!」

「くそっ!」

 

 障子と緑谷は荼毘とトガに妨害され、轟と常闇の傍まで戻ってくる。

 緑谷達は荼毘達に囲まれて、身動きが取れなくなってしまう。

 

 エルジェベートも頭を押さえながら立ち上がり、緑谷達を睨みつける。

 

「このっ……!」

「メイデンはどうした?」

「あの仮面のガキを殺してるはずですわ」

「そうか」

「……そう上手くはいかねぇぞ」

「あ?」

 

 轟が注意を引くように口を開く。

 

「お前らが逃げた後、拳暴は広島で見せた力を出した。そう簡単に殺せると思うか?」

「広島の……?はっ!嘘ならもっとマシなものにしとけ。あいつが暴れて、こんなに静かなわけねぇだろ」

 

 ディスペは轟の言葉を一蹴する。

 しかし、それは直後に否定された。

 

 

ドッッッパアアアアアァァン!!!

 

 

「なぁ!?」

 

 巨大な轟音がして、驚くディスペ達。

 その直後、森から何かが吹っ飛んできて、エルジェベートとディスペの間を猛スピードで通り過ぎて地面を転がる。さらに森が吹き飛んで、全員が衝撃波に煽られる。

 

「ミスター!自分も閉じ込めろ!」

「すまねぇ!」

 

 荼毘が吹き飛びながら、コンプレスに声を掛ける。コンプレスは自分自身をビー玉に閉じ込めて身を守り、それを荼毘が回収する。

 トガはトゥワイスに助けられ、ディスペとエルジェベートも飛び下がって体勢を立て直す。

 轟や緑谷、常闇は黒影と障子に庇われて地面に伏せていた。

 

「なんだ……!?」

「今の攻撃は……!」

 

 衝撃波の嵐が収まって、顔を上げる緑谷達。

 森は完全に地面から抉られ、樹が薙ぎ倒されて散乱している。

 

「おいおい、なんだこれ!?大したことねぇな!」

「降ろしてください~」

 

 トゥワイスはトガを抱えたまま、惨状に慄く。

 その時、その造られた道を、物凄いスピードで何かが飛んできて、緑谷達の横で止まる。

 

「拳暴……君……」

 

 現れたのは戦慈。

 体から()()()()をあげている。目は完全に白目になっており、それでもまっすぐに敵連合を睨みつけている。

 その様子から、緑谷はやはり今までのように暴走しているようには見えなかった。

 

 ディスペ達も戦慈の登場に顔を顰める。

 

「ちっ。またコイツが一番の障害になるのか……!」

「メイデンは一体何を……!」

 

「ごふっ……!」

 

 ディスペ達の背後から咳き込んだ声が聞こえ、振り向く。

 そこにはメイデンがうつ伏せに倒れており、兜や鎧は砕けて素顔が露わになっている。

 

 毛先が銀で根元は黒のストレートヘアで褐色の肌をした女性。兜が完全に脱げると、左目が紫で、右眼が金のオッドアイが晒される。

 メイデンは口から血を吐き出し、立ち上がろうとしていた。

 

「メイデン……!?」

「あいつがあそこまで……!」

「おいおい、マズくねぇ?問題ねぇよ!」

「ちっ」

 

 荼毘が舌打ちして右手を戦慈に向ける。

 すると、戦慈が一瞬で荼毘の目の前に移動して、荼毘の鳩尾に拳を叩き込む。

 

「ごぇ!?」

 

 荼毘は一撃で崩れ落ちる。

 その動きにディスペ達は目を見開く。

 

「速っ!?遅ぇよ!」

「なんだ、こいつ……!」

「前と動きが違いますわよ!?」

 

 戦慈はディスペ達に顔を向ける。

 

「っ!がっ!?」

「ぎゃっ!?」

 

 戦慈の拳がディスペの頬に叩きつけられて、ディスペは地面に倒れる。続けて、エルジェベートの脇腹に拳を叩きつけて、エルジェベートは吹き飛んで樹に叩きつけられる。

 その動きも緑谷達はほとんど捕らえられなかった。

 

「あいつ……。一体どれだけのパワーを隠し持って……」

「……多分、違う……」

「何?」

 

 緑谷の言葉に轟達が緑谷を見る。

 

「拳暴君のあの紅い蒸気みたいなの……」

「あれがどうかしたのか?」

「拳暴君は今まで白い蒸気が出てたはずなんだ」

「あの力のせいか?」

「あの蒸気は《自己治癒》してるからだって聞いたことがある。だから、パワーが上がったところであんな色が出るのはおかしいと思うんだ」

 

 しかし、実際には紅い蒸気が出ている。

 そこから考えられることはなんだ?と緑谷は必死に考える。

 今の戦慈の状態はどう見ても普通じゃない。前の暴走の時もかなり体に負担がかかっていたと、緑谷はオールマイトから聞いたことがある。

 

「……もしかして……血?」

「なに?」

「あの色は血なのかもしれない。さっきから衝撃波が出てない。拳暴君の衝撃波は体に溜まったパワーが溢れ出していたもの。もし、それを完全にキレたことで無理矢理抑え込んでいるとしたら?そのパワーはどうなる?」

「っ!体の中でパワーが暴れて、体の内部を傷つけている……!?」

「それでその血が体の熱で蒸発して、あの蒸気として噴き出しているのだとしたら……!」

「止めないとあいつの体がヤバイってわけか……!」

 

 轟が結論を言い、歯を食いしばる。

 止めようにも、今の状況で止めればヴィランに殺されかねない。

 

 しかし、状況はさらに悪化する。

 森から灰色の肌をした脳無が現れたのだ。

 さらに、

 

「この……狂犬があああ!!!」

 

 メイデンが叫びながら立ち上がり、地面から大量の剣を作り出す。

 

「このアイアン・メイデンが……!オール・フォー・ワンの剣たる我が、貴様のような小僧に敗けるなど許されるものかあああ!!」

 

 メイデンの足元の地面が金属に変わっていく。半径5mの円状に広がり、そこから更に剣を生み出していく。さらに足元の金属が浮かび上がり、メイデンは宙に浮かんでいく。

 

「我は負けられぬ!負けられぬのだ!!」

 

 足元の金属がグニャグニャと歪み始めて、体に纏っていき再び鎧を身に纏う。

 

「【串刺し刑(インペィルメント)】!!」

 

 100を超える剣が一斉に戦慈に襲い掛かる。

 トゥワイスが慌てて荼毘を引きずって飛び退き、ディスペも戦慈から離れる。

 轟が氷結を放ち、戦慈を助けようとした時、

 

 戦慈の両腕がブレて、衝撃波の嵐が吹き荒れる。

 しかし、纏めて吹き飛ぶのではなく、1本1本物凄いスピードで弾かれていく。

 戦慈の腕はブレ続けており、そこから戦慈の両腕が高速で振るわれ続けているのが見て取れる。

 

「衝撃波を完全にコントロールしてる……!?」

「なんて奴だ……!」

 

 緑谷達は戦慈の技術に驚き、メイデンは小馬鹿にされているようで兜の下で歯軋りする。

 

「おのれぇ……!この――!」

 

 メイデンが再び怒りを口にしようとした時、メイデンの右胸と左脇腹に衝撃が突き刺さる。

 

「がっ!?」

 

 衝撃を受けた個所の鎧が砕け、メイデンは呻きながら地面に下り立つ。剣は動きを止めて、地面に落ちる。

 戦慈は表情を一切変えることもなく、両腕と両肩から紅い蒸気を更に噴き出して仁王立ちしている。

 

「が……あ、あの中を……ここまで正確に……衝撃波を……!?」

 

 メイデンはふらつきながら、戦慈の攻撃に慄く。

 その時、

 

バッキィイン!!

 

 メイデンの鎧が完全に砕け、地面に転がっている剣全てが砕け散った。

 

「っ!?が……!!」

 

 メイデンは目を見開いて、片膝をつく。

 

「なんだ?」

「容量限界かも……!今のうちにかっちゃんとラグドールを!!」

「分かった!!」

 

 常闇がメイデンの異変に眉を顰め、緑谷が叫ぶ。

 それに轟と障子が走り出し、緑谷達も後に続く。

 

 しかし、その前にディスペが立ち塞がり、戦慈には脳無が襲い掛かる。

 

「悪いが行かせねぇよ」

「邪魔だ!」

 

 轟が氷結を放つが、ディスペの体に触れた瞬間に砕ける。障子が《複製腕》を伸ばすも、これまたディスペの体に触れた瞬間『個性』が解除される。

 緑谷が《ワン・フォー・オール》を発動して突っ込み、蹴りを放つも軽々と腕で防がれてしまい、《黒影》もディスペの体をすり抜ける。

 

「なんだ、こいつは!?」

「言ったろ?俺に『個性』は効かねぇ」

「まさか……相澤先生と同じタイプの『個性』!?『個性』を無効にする『個性』!!」

 

 緑谷が目を見開いて、行きついた答えを言う。

 

「ほぉ、流石だな。俺の『個性』は《無効》。俺の体に『個性』由来の攻撃は通じねぇんだ」

 

 ディスペの言葉に緑谷達は目を見開く。

 

「さぁ、どうする?ヒーロー志望。ご自慢の武器が通じない俺に相手にどう戦う?」

 

 ディスペは挑発するように腕を広げる。

 それに緑谷達は悔し気に歯を食いしばる。

 

 その時、広間の中心に黒い靄が出現する。

 

「っ!?……ワープの……」

「合図から5分経ちました。行きますよ、皆さん」

「気を付けろよ、黒霧。アイツが更にヤバくなってやがるからな」

「ええ、少し見させていただきました。荼毘やエルジェベートはすでに回収しています」

「そうか。じゃあ、さっさと引き上げるか」

 

 トゥワイスやトガ、メイデンの近くにも黒い靄が出現する。

 

「とう!」

「ゴメンね。出久君、またね!」

 

 トゥワイスとトガは靄に飛び込んで消えていく。

 メイデンは立ち上がろうにも、すぐに崩れ落ちてしまう。

 

「っ!お……のれぇ……!」

「大丈夫ですか?アイアン・メイデン」

「……時間……切れ、だ……。情けないが……閣下のところに飛ばしてくれ……」

「分かりました。エルジェベートもそちらにいますので」

「覚えて……おけよ、小僧……!」

 

 メイデンは戦慈を睨みつけながら靄に包まれて消えていく。

 脳無を殴り飛ばし、トドメを刺そうとした戦慈の目の前にも黒い靄が立ち塞がる。

 戦慈はとっさに後ろに跳び下がる。

 

「っ!」

「ほぉ……。思ったより冷静ですね。以前は獣のようでしたが……」

 

 黒霧は戦慈を視ながら脳無を回収する。

 それを見た戦慈はディスペの目の前に移動する。

 

「げ!」

 

 ディスペはとっさに顔を両腕で庇う。直後、ディスペの上半身に高速のラッシュが叩きつけられる。

 ディスペは後ろに仰け反って、2mほど下がる。

 

「っつぅ~……!あっぶねぇな……!」

「拳暴の攻撃まで……!?」

「……今のって……」

 

 障子が目を見開いて驚くが、緑谷は今のを見て訝しむ。

 そして、すぐに先ほどのディスペの言葉を思い出して、ある推測を立てる。

 

「拳暴君!!そのまま殴り続けて!そいつは通常攻撃までは無効化できない!!」

「げ!っ!!ぐおおおお!?」

 

 緑谷が叫んだ内容にディスペが声を上げた直後、戦慈が再び猛攻を仕掛ける。

 

 緑谷の推測通り、ディスペの《無効》は『個性』因子由来の攻撃を無効化する。つまり、戦慈の衝撃波や《筋力増強》のパワーは無効化出来ても、戦慈本来のパワーは無効化できない。

 なので直接攻撃の場合、普通に殴られた分のダメージは入るのだ。

 

 そして、あくまでもディスペへのダメージが無効になるだけなので、戦慈の異常な身体能力を消せるわけではない。

 つまり、ダメージが弱まっても、一気に数十発も叩き込まれれば大ダメージである。

 

「ぐぇ……!」

 

 ディスペは数十発殴られて、後ろに大の字で倒れる。

 その時、

 

「いい加減にしやがれ、筋肉野郎」

 

 荼毘が再び黒靄から現れて、青い炎を放ってきた。

 その隙にディスペを回収する黒霧。そして、靄が小さくなり消えていく。

 

「くそっ!」

「かっちゃん!」

「もう無理だ。諦めな」

 

 青い炎を躱した轟達は悔しがる。

 荼毘が鼻で笑いながら言うと、戦慈が荼毘の後ろに回り込んで、荼毘の側頭部に拳を叩き込む。

 真横に吹き飛んだ荼毘は地面を転がり、仰向けで大の字に倒れる。

 

「ってぇ……。ははっ!こりゃスゲェパワーだな」

「何笑ってやがる……。もう逃げられねぇぞ」

 

 近くにいた轟が、笑う荼毘を見下ろしながら言う。

 荼毘はその言葉に再び鼻で笑う。

 

「まさか俺が本物だと思ってんのか?」

「……なんだと?」

「お前ら、ミスターが2人いたことに何も考えなかったのか?本気で双子だとでも思ってたのか?」

「っ!やっぱり、誰かの『個性』……!」

「そういうことだ」

 

 緑谷が顔を顰めながら言うと、荼毘の体がドロリと溶け始める。

 

「くくっ。哀しいなぁ、轟 焦凍」

 

「っ!」

 

「お前らの負けだよ。ヒーロー科。お前らの手は、もう爆豪には届かない」

 

 荼毘の体が完全に溶けて消える。

 

 残ったのは、勇敢に戦い抜くも無様に負けたヒーローの卵達のみ。

 

 その事実をようやく緑谷達は実感する。

 

「あ……ああ……」

 

 緑谷は膝から崩れ落ち、途端に今まで忘れていた腕の痛みが襲い掛かる。

 さらに一度取り戻した爆豪を再び連れ去られた屈辱に、心も締め付けられる。

 

「ああああああ!!!」

 

 緑谷は地面に額を着けて、痛みに叫ぶ。

 その姿に同じく悔しさを感じていた轟達は、その背中を見つめることしか出来なかった。

 

 そして、もう1人。

 

 戦慈は呆然と荒く息を吐いて立っていた。

 体も元に戻っており、全身から白い煙が立ち上がっている。

 

 意識は先ほどまでとは違う形でクリアになっていた。

 全身に痛みが走っているが、むしろ今はその痛みのおかげで冷静でいることが出来ている。

 

「……結局、肝心なところでまた暴走してただけかよ。広島でも、雄英の時も……」

 

 そして、何より戦慈の胸に突き刺さる緑谷と同じ事実。

 

「また俺は……守り切れなかった……」

 

 手が届いたはずの者達を、救けられなかった。

 

 里琴も、ラグドールも、そして爆豪も……。

 

「本当に……情けねぇ……」

 

 

 誰かを守るための力を身に着けるはずだった林間合宿は、自分達の無力さを最悪の形で見せつけられて、終わりを迎えたのだった。

 

 

 

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