『拳』のヒーローアカデミア!   作:岡の夢部

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拳の六十八 それぞれの思い

 世界を震撼させた一夜が明け、もちろん世界は表も裏も『神野区事件』一色に染まっている。

 

 ヒーローも、ヴィランも、一般人も、全ての人が世界の変革から目や耳を背けることは出来なかった。

 

 平和の象徴の引退。

 

 日本の平和を守り続けた抑止力の引退は、やはり衝撃をもたらした。

 

 喜べることではないが、嬉しい誤算として『雄英大失態』のニュースはほとんど触れられなくなった。

 

 理由はオール・フォー・ワンの存在である。

 エンデヴァーやベストジーニストが全く歯が立たず、オールマイトと互角に戦ったヴィラン。

 そんな者が敵連合のバックにいたと判明したことで、「じゃあ、雄英高校が後手に回っても仕方がないことなのではないか?」と言う意見が出るようになり、更に4月の雄英襲撃事件で一部から「マスコミもオール・フォー・ワンの手助けしたってことになるんじゃね?」とネットなどで呟かれるようになった。

 そのため、マスコミも雄英叩きを抑えて、神野区の戦いの事や今後のことについて特集することに力を入れた。

 

 そこを根津校長と警察の塚内が手を回して、戦慈に関する報道を控えてほしいと通達して受け入れさせた。

 もちろん、爆豪や他の生徒達への取材も。

 

 そのおかげか、今のところ雄英生達は表面上穏やかに過ごせている。

 

 

 

 緑谷達は数時間かけて、家路に就くことになった。

 爆豪も警察に一時保護してもらい、事情聴取を終え次第家に戻ることになるだろう。

 

「……爆豪の奴、大丈夫かな?静かだったけど」

「……仕方ありませんわよ。あれだけの大事になってしまったのですから」

「……そうだな」

 

 爆豪は闘いが終わった直後から一切口を開かず、静かに警察に保護された。

 切島や緑谷達は心配そうに見つめ、何か声を掛けようとしたが、自分達も衝撃を受け入れ切れていないのでどう声を掛けていいのかが分からなかった。

 

 爆豪が捕まったせいでオールマイトが引退をすることになり、ベストジーニストや多くの人が重傷を負った。

 

 このような声がいつ膨れ上がってもおかしくはない。

 多くの者が爆豪が悪いわけではないと分かっている。しかし、もしオールマイトが引退したことで何か事件に巻き込まれたら、そんな言葉が出てくる可能性は大いにある。

 

「それに拳暴君も大丈夫かな?……怪我もそうだけど」

「自分から飛び出して、戦ってしまったからな」

 

 緑谷と飯田が眉を顰める。

 

「けど、戦ってたところはカメラには映ってねぇし……」

「しかし、何故あそこにいたのかという疑問は当然出てくるでしょう。そうなれば、流石に誤魔化し切れるものではありませんわ」

「……そうだよね……」

「警察や学校がどこまであいつを庇ってくれるかだな。流石に何もお咎めなし……とはいかねぇかもな」

「それは俺達もだぞ。オールマイトが相澤先生や校長先生に報告しないとは思えない」

「だよなぁ……。まぁ、でも……。爆豪を救えたんだ!俺は後悔しねぇ!」

 

 切島はニッ!と笑みを浮かべる。

 やれることはやり切った。それで怒られるなら、仕方がない事だ。

 切島はそう受け入れていた。

 

 それに緑谷達も頷いて、とりあえず家路に就くことにした。

 胸の内にそれぞれの思いを秘めたまま。

 

 

 

 更にその2日後。

 

 里琴達のいる病院では待ち望んだ瞬間が訪れた。

 

「ん……」

 

 切奈が顔を顰めて、小さく声を上げる。

 それを聞いた一佳達が切奈のベッドに駆け寄る。

 

「切奈?切奈?」

 

 軽く肩を叩きながら、大声にならないように注意しながら声を掛ける一佳。

 すると、ゆっくりと切奈の目が開き、少しぼんやりとした様子で視線が右往左往して、一佳達を捉えてようやく意識がはっきりしてくる。

 

「あ……一…佳?」

「切奈!」

「ん!」

「よかったぁ~」

「切奈サーン!」

「皆……え?ここ……は?」

「病院だよ。東京の」

「病院?なんでって……あ、そうか……。私、合宿で……」 

 

 切奈は体を起こしながら、状況を把握する。

 数日振りに起きたせいで軽くめまいがして、慌ててポニーが背中を支える。

 

「無理だめデス!」

「そうだよ。もうちょっと横になってなよ」

「あはは……あんがと」

 

 切奈は言われた通りにベッドにまた横になる。

 横に目を向けると、まだ眠っている茨や里琴の姿が目に入る。

 

「まだ……茨達は……」

「……うん。でも、切奈が目覚めたんだ。きっともうすぐ起きるよ」

「ん」

「男子達も起き始めてるしね」

「男子達も……?……悪いけど……何がどうなったのか。聞いてもいい?」

「もちろん話すけど、まずは医者に診てもらって、切奈の家族に連絡して貰わないとな。それからでも遅くはないよ」

「……あんがと」

 

 一佳は病室を飛び出して、医者を呼びに行く。

 その後、改めて検査を受けて、特に異常がない事を確認される。

 もちろん、数日間昏睡状態だったので、もう少し入院しなければいけないが。

 

「良かった……」

「心配かけたね」

「いいよ。元気になってくれたんだし」

「でさ、話。聞いていい?」

「そんな焦らなくても……」

「……はぁ。あのねぇ一佳」

「ん?」

「顔、酷いよ。隈も出来てるし」

「え……」

「一佳ほどじゃないけど、唯達もやつれてるし……。私達のことだけじゃないでしょ?」

 

 回復したばかりの切奈に逆に心配されてしまう一佳達。

 特に一佳はこの数日、碌に寝れていない。戦慈のことはヒョウドルから「無事だけど、まだ連絡は許されてないの」と聞いており、無事であることはホッとするも、やはり心配でどうしても気になってしまう。

 里琴がまだ起きていないことも大きい。

 

「そんな顔の人達に心配されても休めないよ。だから話して」

「……うん」

 

 苦笑しながら言う切奈に、一佳は観念したように頷く。

 一佳や唯達は合宿の襲撃から話し始める。

 神野区についてはネットで流れている動画を見せて、所々補足していく形になり、最後の戦慈の所で一佳がまた涙ぐみ始める。

 

 全部聞き終えた切奈は眉間に全力で皺を寄せていた。

 

「……う~ん……どこからどう言ったらいいのか……」

 

 色々と感想が頭に浮かんでくる。

 しかし、とりあえず今は目の前の頑張り過ぎ屋に言うことにした。

 

 切奈は左手を切り離して、一佳の頭にチョップを叩き落とす。

 

「いたぁ!?」

「このバカチン。全く普段は勇ましいのに、惚れた男のことには女々しくなるとか乙女かっての」

「……乙女で悪いか」

「なに?一佳は拳暴のお嫁さんになりたくなったの?ヒーローじゃなくて?」

「そ、そんなわけないだろ!?」

「だったら、泣いてる場合じゃないでしょ?拳暴が返ってきた時に一発ぶん殴るくらいでいなよ。っていうか、一佳だけだよ。今回、拳暴の事をぶん殴って怒鳴っていいのはさ」

「え……?」

 

 一佳はきょとんと首を傾げる。

 切奈はチョップした左手で、一佳の頭をナデナデしながら優しく微笑む。

 

「私達の中で、里琴を除けば拳暴と一番過ごしてきたのは一佳でしょ?私は今回情けなく倒れてただけだし、唯達もちょっと弱い。オールマイトやブラド先生だって怒る立場だけど、拳暴に一番本気で怒っていいのは一佳だけだと私は思うよ?」

「ん」

「確かに」

「里琴をほったらかしにして、あんなところで格好つけてたけどさ。一佳は納得出来てるの?私も確かに凄いとは思うけど、全っ然納得出来てないよ?」

「……してない」

「でしょ?それを真正面から言えるのは、一佳だけだって言ってんの」

 

 トントントントンと左人差し指で一佳の額を軽く突く。

 一佳は大人しく切奈の指に突かれて、小さく頷く。

 

「……うん」

「言っとくけど……」

 

 切奈は首を浮かして、一佳の顔に詰め寄る。

 

「な、なに?」

「下手に日和ったりしたら……私は我慢しないよ?」

「……え?」

「里琴はともかく、一佳に遠慮しないって言ってんの。拳暴の隣、貰うかんね?」 

「えぇ!?!?」

「ん!?」

「あれま」

「ワァオ!」

 

 切奈の突然のライバル(?)宣言に、一佳と唯は大きく目を開いて固まる。

 

「林間合宿の女子会で、拳暴への気持ちに気づいたの一佳だけだと思ってんの?私達誰一人拳暴と付き合う気がないなんて言ってないかんね。里琴や一佳がいるから一歩下がってるだけ」

「え……」

「もうここまで来たら、中学からの付き合い程度なんてアドバンテージにならないよ。私達だって、拳暴のいいところ見てきたんだから。ここで日和られるなら拳暴を支えたいなんて言われても、任せられるわけないじゃん」

「うぅ……」

 

 畳みかけるように言う切奈の圧に、一佳は顔を赤くして唸りながら体を小さくする。

 まさかの人物からの、まさかの内容の口撃に一佳は防御するだけで精一杯だった。

 

「嫌だったら、分かってるよね?」

「……分かってる」

「なら、いいけど」

 

 切奈は首を戻す。

 一佳はふぅと息を吐いて、動悸を抑える。

 

 そこに看護師が声を掛けてきて、切奈の両親がやってきたことを伝えられる。

 切奈はここだと茨達の迷惑になるかもしれないので、談話室に行くことにした。

 点滴台を杖代わりにして、病室を出る。

 

「……はぁ……」

「……損な性格だね」

「ん?レイ子……」

 

 小さくため息を吐くと、柳が後ろから付いてきて声を掛けてくる。

 

「別に~。本当の事言っただけだしね~」

「ああ言えば、一佳は本気でやるって分かってるくせに。発破をかけるために、色々ぶっちゃけたんでしょ?」

「……まぁ、ねぇ……」

 

 切奈は苦笑しながらも少し泣きそうな顔を浮かべる。

 柳は優しく切奈の背中を撫でる。

 

「皆が大変な時に寝てた私が出来る事って、これくらいじゃん?」

「それされたら、私達の立場ないな~」

「今まで一佳元気づけてたんでしょ?十分十分!」

 

 仲間が命がけで戦ってるときに何も出来ずに倒れて足を引っ張り、世界が大変な時もベッドの上でただ寝ているだけ。

 無力を嘆くどころか、その無力を実感する機会さえなかった。

 戦場に立つことさえ出来なかった悔しさは、相当なものだった。

 

 戦慈のあの偉業や里琴、一佳のあそこまで弱っている姿を見て、その思いはさらに強まっていった。

 だから切奈は、せめて一佳だけでもと、自分の思いを曝け出して一佳の背中を押したのだ。

 

「やっぱさ……一佳じゃなきゃ拳暴には届かないよ」

「……だね」

「だから、一佳には頑張ってもらわないといけないの。……好きな人にこれ以上無茶してほしくないのは、私だって同じだよ。そのためなら、恋敵だって利用するよ。私はね」

 

 切奈は苦笑しながらはっきりと言う。

 柳は僅かに目を細めて、切奈の強さを心の底から尊敬する。

 

「皆が元気になったら、また皆で遊びに行こう。拳暴を荷物持ちにしてさ」

「くくっ!いいねぇ、それ。とことん買い物に付き合わせようかね」

 

 柳の提案に、切奈は心底楽しそうに笑って頷く。

 そして、柳は切奈を談話室まで送り届けて、病室に戻るのだった。

 

 

 切奈が目覚めて、数時間後に茨も目覚めた。

 切奈同様話を聞いて、涙を流して自分の無力さを嘆く茨を一佳達は必死に慰めて、共に強くなろうと声を掛ける。

 途中、顔を覗かせた泡瀬から男子は全員目覚めたことを伝えられ、残るは里琴だけとなった。

 

「里琴……」

「ヴィランの『個性』に閉じ込められてたからかな?」

「ん」

「かもねぇ」

 

 切奈や茨の家族は先ほど帰宅して、明日着替えを持ってきてくれることになった。

 退院後は一佳達同様、ホテルで過ごすことになった。

 

「何でも校長先生が今回の件で謝罪と今後について話があるんだって。なんか各家に手紙を送ったらしいよ?」

「話って……仮免試験のことかな?」

「しかし、ここで止めるのも、それはそれで危険なのでは?」

「ん」

「ヴィランズ逃げた人多いデス」

「だよな」

 

 オール・フォー・ワンを逮捕出来たとはいえ、実行部隊だった死柄木達は逃げ延びてしまった。

 特に死柄木と黒霧を逃がしたのは大きいだろう。

 オールマイトが引退したとはいえ、これで雄英から手を引くとは限らない。なので、仮免があった方がいい状況であることは変わりない。

 

「けど、間に合うのかな?」

「合宿も途中だったしねぇ」

「『個性』が伸びた気がしないデース」

「それ以前に心構えや緊急時の動き方なども学び直したいですね。……何も出来なかったので」

「ああ、もう。気にするなって」

 

 柳が首を傾げ、切奈とポニーも不安げに顔を顰めて、茨が『個性』以外にも学びたいことを挙げて合宿の事を思い出して落ち込み、一佳が苦笑しながら慰める。

 その時、病室のドアが開く。

 

「失礼するわよ」

「あ、ヒョウドル」

 

 入ってきたのはヒョウドル。

 ヒョウドルはまだ眠っている里琴の様子を窺って、小さくため息を吐く。

 

「後はこの子だけなのにねぇ。全く……一番早く目覚めてほしい子が一番最後って言うのが残酷よねぇ」

「あの……ヒョウドル。拳暴は……」

「もう退院しても全く問題なんだけどね。やらかしたことがやらかしたことだから。明日、雄英の校長やオールマイト達が顔を出して話をするらしいわ。その内容次第って感じね」

「そうですか……」

「安心なさい。退学とかにはならないわよ。今のあの子放り出せば、ホントに止める人がいないし、この子も飛び出しちゃいそうだしね」

 

 ヒョウドルは里琴の髪を撫でて、苦笑する。

 

「それにオールマイトや爆豪君……だっけ?2人が「スサノオがいなかったら逃げ出せなかった」って証言してるし、タイミングはベストジーニスト達がやられた後だから、緊急事態だったと言えるわ。その後も戦ってないしね。あのヴィラン相手だったら仕方がないって流れにはなってるわ。かなりのお説教は確実だけど、ね」

 

 ヒョウドルの言葉を聞いて、除籍の可能性が低いと分かってホッとする一佳達。

 そして柳がもう1つ気になっていることを質問する。

 

「あの……ミルコは?」

「あ~……あのバカね」

 

 ヒョウドルが思いっきりため息を吐く。

 それに一佳達は僅かに緊張するが、

 

「大丈夫。半年間の減俸で済んだわ。それと半年間の教育権剥奪ね」

「……それはいいんですか?」

「ん」

 

 一佳達は軽いのか重いのか分からずに首を傾げる。

 ヒョウドルは苦笑して、

 

「軽い方よ。今回はスサノオの脱走を許した事への処分だけ。神野区に行ったことは状況を鑑みて、お咎めなしよ」

 

 神野区の被害状況+オール・フォー・ワンの存在。さらに戦慈が現場にいた事を考慮して、ミルコが現場に訪れたことはむしろ称賛ものだったとされている。

 しかし、その前の戦慈を見失ったことに関しては、結果オーライだっただけなので処分を科すべきだとなった。

 なので、戦慈に関係する依頼だったため、教育権剥奪もプラスされたのだった。

 

「なるほど……」

「まぁ、本人は全く反省してないけどね。今は神野区の瓦礫撤去作業をさせてるわ」

 

 ヒョウドルの言葉に一佳達は苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

「この子が起きたら、私達は一応仕事終了。オールマイトが引退した今、ヴィランの動きが活発になる可能性があるから早く事務所に戻って体勢を整えないとね」

「……やっぱりこれから荒れますか?」

「荒れるわね。オールマイトが引退、ベストジーニストも長期療養、プッシーキャッツのラグドールは『個性』が使えなくなってチームは活動停止。その他のメンバーは問題ないけど、やっぱりたった1人のヴィランにいいようにやられた事実はかなり大きいわ」

「「「……」」」

「しかも敵連合は逃げ切り、脳無も大量に確保したけどもう製造できないのかどうかはまだ不明。ここで指定敵団体や新しい勢力が出てくる可能性は十分にありえるわ。ここからはヒーローの真価を問われるでしょうね」

 

 本来なら不安を煽るようなことを言うべきではないが、目の前の少女達の立ち位置、そして共にいる者達の事を考えて、正直に考えを述べるヒョウドル。

 一佳達はこれからのヒーロー界を引っ張る存在だ。

 特に敵連合との関係で今後も注目はされ続けることだろう。一佳達が歩む道はかなり困難なものになるはずだ。雄英はただでさえ厳しいことで有名なのだから。

 

 今回の事件のこともある。

 一佳達にはむしろ厳しい現実を教えた方が、今後のためになると考えたヒョウドルだった。

 

 ヒョウドルは一佳に小さいメモ用紙を渡す。

 

「これは?」

「私の連絡先よ。悩み事や聞きたいことがあったら遠慮なく連絡して頂戴。私もスサノオ達のこと、時々聞きたいしね」

 

 雰囲気を柔らかくするように、ウインクをしながら言うヒョウドル。

 それに一佳達も笑みを浮かべて、お礼を言う。

 

 その時、

 

「ん……うぅ……?」

 

 里琴が声を上げて、薄っすらと目を開ける。

 その瞬間、全員が里琴のベッドに詰め寄る。

 

「「「里琴!!」」」

「ん!!」

「……ど、こ?」

「病院だよ」

 

 一佳の言葉に里琴は虚ろな表情で視線を周囲に動かす。

 1分ほどすると意識と記憶がはっきりしてきたのか、目を見開いて勢いよく飛び起きる。

 

「……っ!!」

「大丈夫だ、里琴!!もう大丈夫だから!!」

「落ち着いてください!」

「シナトベ!分かる?ヒョウドルよ!私達が来てるから大丈夫よ!」

 

 一佳や茨が肩を抱き抱えるように押さえて落ち着かせる。

 ヒョウドルも里琴の頬に手を当てて、声を掛ける。

 ヒョウドルの姿を捉えた里琴は、落ち着きを取り戻して力が抜けたのか、ポフッとベッドに倒れる。

 

「……どれくらい?」

「え?あ、あぁ……6日くらいだよ」

「……そんなに?」

「ヴィランの有毒性ガスを大量に吸ったんだ。むしろ早い方だよ」

「シナトベ。体はどう?違和感ある?」

 

 ヒョウドルの質問に里琴は手足を軽く動かして、問題がないことを確かめる。

 

「……ん」

「そう、よかったわ。私は医者を呼んでくるついでに、ブラドキングに連絡してくるわ。あまり無理させないようにね」

「はい」

 

 ヒョウドルは早足に病室を後にする。

 里琴は周囲を見渡して、当然の質問をする。

 

「……戦慈は?」

 

 里琴の質問に一佳達は困ったように顔を見合わせる。

 それを見た瞬間、里琴は体を起こしてベッドを降りようとする。

 茨と切奈が慌てて止める。 

 

「まだ駄目です、巻空さん!安静にしていなければ!」

「それに拳暴はこの病院にはいないよ!」

「……どこ?」

「ちゃんと話すから。まずは診察を受けよ。な?」

「…………ん」

 

 里琴は渋々頷いて、大人しくベッドに座る。

 すぐに医師がやってきて、診察をしていく。

 バイタルサインは安定しており、後は食事を摂れるようになれば問題ないだろうとのことで、一佳達はホッと息を吐いて椅子やベッドに座り込む。

 

「……はよ」

 

 医師達が退出した途端、里琴が布団をポンポンと叩いて催促する。

 一佳達は顔を見合わせるも、すぐに覚悟を決めて頷き合う。

 

「じゃあ、最初から話すよ。落ち着いて最後まで聞くんだよ」

「……ん」

 

 真剣な表情の一佳の言葉に、里琴も大人しく頷く。

 そして、切奈達にしたような説明を丁寧にしていく。神野区事件やヒョウドルから聞いた話も補足して全て話した。

 

 話を聞き終えた里琴は表情に変化はなかったが、両目を大きく見開いて、明らかに瞳が震えていた。

 一佳達は里琴が言葉を発するまでは、無理に声を掛けず背中や両手を擦る。

 

 すると、里琴の右手を擦っていた一佳の手の甲に水滴が落ちてきた。

 

「え?……里琴?」

「……」

 

 俯いている里琴の顔を覗き込む一佳。

 すると、里琴の両目から大粒の涙が溢れ出していた。

 

「里琴……」

「う……うぅ……うあぁ……」

 

 徐々に涙の勢いは強くなり、里琴から声が溢れ出す。

 

「わ……私が……つ、捕まっ…たか、ら……ひっく!……私は……戦慈のっ……あぁ……力に…ならない……ど、いげ……ながっだのに゛……!」

 

「里琴、落ち着いて。里琴……!」

 

「私はぁ……!何も……で、でぎながっ……あぁ……ぅあああぁあぁ!!」

 

 里琴は両手で目元を覆って、感情を爆発させる。

 一佳や唯が慌てて左右から抱きしめ、茨や切奈達も背中や頭を撫でる。

 

「里琴!!」

「ん!!」

「大丈夫だよ。大丈夫だから」

「貴女は悪くありません。何も悪くないのです」

「責めちゃ駄目」

「巻空サン……!」

 

 一佳達も涙を浮かべて、必死に里琴を宥める。

 言葉でもなく、雰囲気でもなく、ここまで感情も声も爆発させた里琴を初めて見た。

 しかし、その理由を一佳達は容易に想像できる。

 むしろ、話す前にこうなる可能性を何故予想していなかったのかと自責の念に駆られる。

 

 里琴が一番感情を出すのは戦慈の事ばかりだったではないか。

 

 里琴が戦慈のために生きていることは分かっていたことではないか。

 

 なのに、何故この事態が予想できなかったのか。

 

「あああぁああぁ……!!」

 

 里琴の涙は止まらない。

 一佳達はただただ涙を堪えながら、必死に里琴を宥める。

 

 病室のドアにはヒョウドルがおり、ヒョウドルはドアを静かに閉めて誰も入れないように番をする。

 

「……全く。あんないい子達をあそこまで悲しませるなんて……。スサノオ、生半可な反省じゃ許さないわよ……!」

 

 その日、ヒョウドルは病院に頼み込んで一佳達を病室に泊めさせてもらうように手配する。

 一佳達は3つのベッドを繋がる様に並べて、6人で一緒に寝ることにした。

 里琴は泣き疲れて、すでに眠り込んでいたが、それでもまだ涙を流していた。

 一佳は里琴の涙を拭いながら、ある決心をする。

 

「拳暴……!今回ばっかりは、許さないからな……!」

 

 

 

 その翌日。

 戦慈は病院に監禁されたままだった。

 怪我は既に完治しており、ある程度事情聴取も終えているが、家に帰すわけにもいかず、里琴達のいる病院やホテルに連れて行くのも少し問題があるので、ここで監視の下過ごすことになっていた。

 

 携帯なども取り上げられ、テレビも見せてもらえないので、警官や医師から聞く以外に知る術はなかった。 

 

「失礼するぞ」

 

 個室の病室のドアが開けられて、入ってきたのはブラド、相澤、根津、未だ包帯を巻いているオールマイト、塚内、そして鞘伏だった。

 戦慈はベッドから立ち上がって、ブラド達と向かい合う。

 

「元気そうだな」

「まぁ、オールマイトよりはな」

 

 戦慈は肩を竦める。

 

「それで……俺の処分は決まったのか?」

「それについて君の話を直接聞きたいと思ったのさ」

 

 根津が穏やかな口調で、戦慈に話しかける。

 

「拳暴君。君は一体何故、あの現場へ行ったのかな?」

「決まってんだろ。敵連合を叩き潰すためだ」

「……警察やヒーローが動いているのは聞いてただろ。なんでわざわざお前が動く必要があった」

「イレイザー」

 

 相澤が戦慈を鋭く睨みつけながら言い放つ。

 ブラドが咎めるように名を呼ぶが、相澤は構わず睨みつけている。

 戦慈もそれをまっすぐに睨み返して、

 

「……自己満足さ。ただ、言っとくが俺はヒーローが問題なく終わらせてたら、大人しく帰るつもりだったぜ」

「それを信用しろと?」

「しなくていい。俺もあんたらを信用なんざしてなかったからな」

『!!』

 

 戦慈の言葉にブラド達は目を見開く。

 戦慈は腕を組んで、オールマイトを睨みつける。

 

「あんたらはオールマイトのその姿を知ってたんだろ?」

「……」

「言っとくが、俺や緑谷はその姿の事を林間合宿の前から知ってる。俺はI・アイランドで初めて知ったがな」

「……オールマイト……」

「……申し訳ない」

 

 塚内が呆れたようにオールマイトを見て、オールマイトは俯いて縮こまる。

 

「その時にオールマイトから戦える時間が1時間もない事も聞いた。だから、なんか嫌な予感がしたんだよ」

「他にもヒーローや警察がいたんだ。お前が出なければならん理由にはならんだろ」

「は?よく言うぜ。あの黒い脳無も出てたら、勝てたのかよ?あれを倒せたのは、ヒーローじゃオールマイトにエンデヴァーだけだ。そこに敵連合とあの黒幕野郎も加わってても勝てたのかよ?」

「それは……」

「神野区にはエルジェベートとあの鎧女もいなかった。もし、いたら爆豪どころか緑谷達だってヤバかったぜ?だから、俺はあの倉庫が吹っ飛ばされたから参戦したんだ。俺なら少しくらいやられようが、まだ戦えるからな。爆豪を逃がす時間くらいは稼げると判断した。少し巻き込まれて、体をデカくするのに時間かかったがな」

 

 戦慈の反論に全員が黙り込む。

 

「……俺は本気であんたらが上手くやれば何もしないつもりだったさ……」

 

 戦慈はゆっくりとオールマイト達に近づく。

 

「けどよぉ……いつもだ。いつもあんたらは俺の期待を裏切った……!」

 

 オールマイトの胸倉を掴んで、引き寄せる。

 

「おい!けんぼ――」

 

「俺に戦うなと言いながら、いつも来るのが遅い警察にヒーロー!! 雄英襲撃でも、広島でも、ヒーローは脳無に手も足も出ない! それどころかマスキュラー、エルジェベートにすら満足に勝てねぇ!! I・アイランドでもヒーロー共は無様に捕まり、緑谷や俺達が戦ってオールマイトの手助けをした!! そして、林間合宿でも!! 守ると言ったテメェらは何をしてやがった!! 宍田達がガスで倒れ、鉄哲や緑谷達が血を流しながら命がけで戦ってボロボロになって、里琴や爆豪が敵に攫われようとしてる間、あの鎧女に剣を突きつけられて刺されている時に、テメェらヒーローは何をしてやがったぁ!!!」

 

「……拳暴、少年……」

 

「言ったよな、オールマイト。俺は『この目に映る範囲の人だけは絶対に救けるって誓った』ってな」

 

「ああ……」

 

「俺は誰一人救けられなかったんだよ……!しかもだ、エルジェベートと鎧女は俺を殺しに来ていた。この事実が何を示すか分かるか?」

 

「……」

 

「俺を狙った連中のせいで!!里琴や骨抜達は俺のせいでああなった!!!」

 

「それは違う!!」

 

「じゃあ、なんで雄英でも、広島でも、林間合宿でも、俺は狙われた!?お前に似てるからか!?関係ねぇよ!!似てようが似てなかろうが、俺の力のせいであいつらは命の危険に晒された!!それはつまり、()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ!!違うか!!?」

 

「それ……は……」

 

「だから、ここで片を付けるべきだと思った!!これで例え雄英を追い出されようが、俺は敵連合を叩き潰したかった!!それで拳藤や鉄哲、緑谷達がこれ以上襲われることなくヒーローを目指せるなら、俺は構わないと思ってたんだよぉ!!!」

 

 戦慈の叫びにオールマイトはもちろん、根津やブラド達は何も言えなかった。

 

 言う資格はなかった。

 

 戦慈をここまで追い詰められるようなことになったのは、自分達大人が全て後手に回り、力が及ばなかったからだ。

 戦慈の強さや『個性』ばかりに目を向けていて、戦慈の心に目を向けていなかった。

 

 あの悲痛な過去を知っておきながら、それを乗り越えているように見ていた。

 しかし、今の姿と叫びを聞いて、ようやく気付いた。

 

 

 戦慈が誰かに弱音を吐いたことはあっただろうか。

 

 戦慈が強がることなく、本心を曝け出せる相手はいただろうか。

 

 ……誰も知らない。

 

 

 里琴は違う。もちろん、まだ他の者達よりは曝け出すことが出来ただろうが、全てではない。

 そうなれば一佳達も違うだろう。

 では、誰だ?

 

 両親はいない。

 施設に入っても、人に避けられていた。

 中学では鞘伏達がいたのだろうが、それでも弱音など言ったことはないだろう。

 では……いないではないか。

 

 戦慈を守るべき存在がいない。

 

 支える存在はいても、守ってくれる存在はいない。

 

 その事実を、大人はようやく知った。

 

「……すまない。私は、私達は、君を強く見過ぎていたようだ。強いヒーローになれるという期待を、押し付けていた」

 

 オールマイトが胸倉を掴む戦慈の手に、自分の手を重ねながら言う。

 

「すまない……」

 

 オールマイトは涙を流しながら、謝罪の言葉を述べる。

 戦慈は乱暴に手を放して、ベッドに座り込む。

 

「停学だろうが、謹慎だろうが好きにしろ。文句を言う気はねぇよ」

「……いや、その必要はないのさ。その資格が今の私達にはないのさ」

「……」

「君にはむしろ仮免を取得してほしい。いや、君達には、だね」

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

「1つは君の口から聞けたのさ。もう1つは、これからの事を伝えに来たのさ」

「これから?」

「今回の事件と、これまでの反省を持って、全寮制を導入することを決めたのさ」

「それで?」

「お前はもちろん、後見人である鞘伏さんにも同意がいるからな。まずはお前の話を聞いてからではないと、鞘伏さんは決められないだろ?」

 

 鞘伏はあくまで後見人。

 戦慈と里琴の行動全てに口出すことは難しい。

 そして、里琴は戦慈が行く所に行く。

 なので、戦慈に最初に決めさせる必要があるのだ。

 

「……どうせ帰るところはねぇし、このままずっと俺らの家を警察やヒーローに見回すわけにもいかねぇだろ」

「助かる」

「あ?」

「お前がもし学校を辞めるとなったら、巻空だけじゃない。他の連中にも少なくない影響が出る恐れがある」

 

 相澤の言葉を聞いて、戦慈はようやく相澤も付いてきた理由を理解した。

 

「爆豪、それと緑谷達が必要以上の責任を感じかねない。そうなれば、流石に仮免どころじゃないからな」

「B組はほぼ全員が集中できないだろうな。だから俺達はお前を説得に来たんだ。まぁ、お前への処罰も考える必要もあると思ってはいたが……」

「……今の話を聞いた限りでは、俺達の責任はかなり大きい。いますぐに決められることじゃない。それに仮免を取らせたいのは教師全員の意見だ。少なくともお前への処罰は仮免試験終了後になる」

「……好きにしな」

「塚内君。そういうことだから……」

「分かっているさ。彼の言う通り、今回の一連の事件は我々警察側のミスだ。彼の処罰は学校に一任しますよ。そもそも彼が戦った記録はないですしね」

「感謝します」

 

 ブラドが塚内に頭を下げる。

 

「ただ、君は連合の標的になっている可能性が高い。申し訳ないが、寮に入るまで家に帰すのは難しいかもしれない」

「構わねぇよ。これ以上迷惑をかけるつもりはねぇ」

「すまない」

「ああ、里琴の奴は昨日目覚めたぞ。他の子達もな」 

「……そうか」

「里琴の奴はここに連れてきても?」

「構いません。ただし、申し訳ないですが他の子達は控えさせてください。他の子達も寮生活に向けて準備もありますしね」

「分かりました」

 

 鞘伏と塚内が確認をし合う。

 そして、オールマイト達は病室を後にする。

 

 こうして、戦慈達はそれぞれの思いを胸に先に進む準備を始めるのだった。

 

 

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