『拳』のヒーローアカデミア!   作:岡の夢部

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京都アニメーション第一スタジオ放火事件。

被害に遭われた方々の一日も早い回復をお祈り申し上げます。

そして、悲しくも亡くられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

クラナド、けいおん、ハルヒなど多くの名作を生み出し、巡り合わせて頂いたこと、ただただ感謝しかありません。
今後の作品など気になることはありますが、今はただただ被害に遭われた方々の回復をお祈り致します。

頑張れ!


拳の七十 思いを新たに。新たな家へ

 8月中旬。

 

 雄英敷地内、校舎から徒歩5分。築3日。

 

 『ハイツアライアンス』。

 

 【1-B】と大きく玄関の上に描かれた建物。

 玄関横にはベンチが置かれており、周囲は生垣が囲まれている。

 

 同じ外観の建物が周囲にいくつもあり、他のクラスも今日入寮予定となっている。

 

 一佳達B組の者達も、寮の前で集合していた。

 しかし、その中に戦慈と里琴の姿はない。

 

「拳暴達はまだ警察にいるのか?」

「流石に今日は来るんじゃないか?」

「ブラド先生が連れてきてるんじゃないか?」

 

 骨抜達が首を傾げる。

 一佳達も少し不安そうに顔を見合わせている。

 物間が一佳達に訊ねる。

 

「拳藤達も何も聞いてないのかい?入寮に関する荷物だってあったはずだろ?」

「里琴とは一回だけメールできたけど、それ以降は連絡が取れてないんだ……。拳暴も携帯を没収されたままみたいだし……。2人の荷物に関しては、鞘伏さんや非番だった警察の人やヒーローが2人の部屋に来てて片付けてたよ」

「そうか……」

「じゃあ、やっぱりブラド先生が連れてくる感じか」

「ん」

「多分な」

 

 その時、ブラドが現れ、その背後に戦慈と里琴が付いてきていた。

 

「あ!!いた!!」

「おー!!久しぶりだな!」

「元気だったか!?」

「……おう」

「……ん」

 

 妙にハイテンションな泡瀬達に、戦慈は僅かに首を傾げながらも頷き、里琴はいつも通りの無表情で頷く。

 一佳達も戦慈と里琴の下に歩み寄る。

 

「もう体は大丈夫なのか?」

「ああ」

「……もち」

「よかった」

「ん」

「……超ヒマだった」

「携帯も外出も駄目だったんだって?」

「……ん」

 

 それぞれに2人に声を掛けていくB組の面々。

 しばし、ブラドはそれを微笑ましく見つめていたが、5分ほど経過した頃に声を掛ける。

 

「よし!久々に全員が揃って、色々と話したいこともあるだろうが、とりあえず寮と今後の予定について説明するぞ!」

 

 ブラドの言葉に全員が私語を止めて、ブラドに顔を向ける。

 しかし、

 

「先生」

 

 そこに一佳が真剣な表情で手を上げる。

 

「どうした?」

「その前にちょっとだけ時間貰っていいですか?」

「……まぁ、構わんが……」

「ありがとうございます。それと先に謝っときます。すいません」

「なに?」

「茨!」

「はい」

 

 突然の一佳の行動に女子陣以外の全員が訝しむが、その反応を無視して一佳は茨に声を掛ける。

 茨は特に疑問を呈さずに頷き、ツルの髪をうねらせ始める。

 そして、

 

「拳暴さん、失礼します」

「あ?っ!?おい!?」

 

 突如、戦慈に絡みついて、戦慈を持ち上げる。

 そして、すぐ横の芝生側に体を運ばれる。

 その行動にブラドや男性陣が目を見開いていると、さらに驚きの光景が目に入る。

 

 一佳が戦慈の前に移動して、

 

「拳暴」

「……なんだよ?」

「歯ぁ食いしばれ!!」

 

 一佳が右腕を振り被って、右拳を巨大化する。

 そして、全力で振り抜き、戦慈をぶん殴った。茨のツルは殴られる直前に解かれて、戦慈は後ろに吹き飛んで芝生を転がる。

 

「おお!?」

「け、拳藤……さん?」

「おやおや……」

「どうした!?」

「取陰達は何か知ってんのか?」

「まぁね。大丈夫だから、ちょっと見守ってあげて。ああ、先生ももうちょっとだけ待ってくださいよ。里琴もね」

 

 泡瀬や回原がややパニックになり、物間も一佳の行動に純粋に驚いていた。

 鉄哲も目を見開き、骨抜が切奈達に声を掛ける。

 尋ねられた切奈は苦笑しながら、ブラドや里琴を抑える。

 里琴は首を傾げ、ブラドは何となく察したので眉間に皺を寄せながらも頷いた。

 

 ブラドもヒョウドルから里琴が泣いたことは聞いていたのだ。それに一佳達が必死に慰めていたことも。恐らくその事だろうと推測する。

 ヒョウドルからも「その時は見守ってあげてくれない?スサノオとこの子達が今後も一緒に頑張るなら必要なことだと思うから」とも言われており、事情を聴いたブラドも教師としては間違っているかもしれないが、確かに必要かもしれないと納得していたのだ。

 なので、知らないところでやられるくらいなら、今自分の前で行われる方がまだいいと判断した。

 

 戦慈はゆっくりと起き上がる。

 その前に一佳がズンズン!と歩み寄って、戦慈の前に仁王立ちして睨みながら見下ろす。

 

「なんで私が怒ってるか分かるか?」

「……1人で飛び出したことだろ……」

「それもある。けど、一番はな。……お前の行動で里琴を泣かしたからだ!!」

 

 一佳は両手で戦慈の胸倉を掴み上げる。

 

「先生から聞いたよ。お前が何で飛び出して、何で戦ったのか」

「……」

「凄いと思ったよ。神野でだって人を救けて、本当に凄いと思ったよ。けどさ……けどさ!!それはまだ意識が戻らない里琴を放っておいて、里琴を泣かすことになってまで、お前がやらなきゃいけないことだったのか!?お前1人が戦って傷ついて敵連合を倒したとしても、それで雄英を除籍されたら、里琴や私達が良かったって喜ぶとでも思ったのか!?一番傷ついて私達を守ってくれたお前が雄英を辞めて、私達が納得出来ると思ってたのか!?」

「……」

「それは……それは絶対に違う!!絶対にお前は間違ってる!!自己犠牲だけのヒーローなんて絶対に間違ってるんだよ!!!」

 

 一佳は両目に涙を溜めながらも力強く叫ぶ。

 戦慈は抵抗せず、黙って一佳の叫びを聞いていた。

 

「里琴がお前を最強のヒーローだって言ってるのは知ってるだろ?……頼むよ、拳暴……!里琴だけは、里琴だけは裏切らないでくれよ……!私達だって頑張るからさ……。もっと……もっと頼ってくれよ……!」

「……」

「拳暴」

 

 一佳が言葉に詰まって顔を俯かせると、今度はブラドが戦慈に声を掛ける。

 

「入寮に当たって、皆と面談をした時。全員がお前を1人で戦わせたことを悔い、お前を救けられるように強くなりたいと言ったんだ」

 

 ブラドの言葉に鉄哲や泡瀬達が頷く。

 

「お前は1人じゃない。俺達教師を信じられないのなら、せめて仲間だけは信じて、頼れるようになってくれ」

「……」

 

 一佳は涙を拭って、真剣な顔で戦慈を見つめる。

 戦慈は数分座り込んだまま黙り、唐突に座り込んだまま頭を下げる。

 

「すまなかった……」

 

 戦慈の謝罪に、一佳は里琴に顔を向ける。

 里琴は一佳の視線を受けて、グ!っと親指を立てる。

 それに苦笑した一佳は、戦慈の後頭部をポンポンと軽く叩く。

 

「一緒に頑張ろうな」

「……ああ」

 

 戦慈は立ち上がって、皆がいる場所に戻る。

 

「……照れ屋」

「……うるせぇよ」

 

 里琴が揶揄い、戦慈は不本意そうに言い返すがその声に力はなかった。

 その様子に切奈達が声を出さずに顔を見合わせて笑う。

 

 そこにブラドがパンパンと両手を叩いて、注意を引く。

 

「よし!では、改めて、全員揃ったな!明日改めて詳しく説明するが、とりあえず簡単に今後の予定を伝える」

 

 ブラドの言葉に全員が私語を止める。

 

「教師内で会議を行った結果、明日からは引き続き仮免許取得を目指す。林間合宿の続きということになる」

「あれからもう2週間くらいかぁ……」

「やべ……。特訓した分覚えてっかな?」

 

 泡瀬が呟き、円場が林間合宿の地獄の特訓の事を思い出す。入院して意識が戻ってからは入寮の準備ばかりに気を取られていたので、『個性』伸ばしのことなどすっかり忘れていた。

 他の者達も不安を顔に浮かべる。

 

「今後の訓練については明日詳しく説明する。不安になるのは分かるが、今日はまずこの寮で安心して休める空間を作ることに集中してくれ。今日からはここがお前達の家になるのだからな。それじゃあ、中に入るぞ!」

 

 ブラドが意気揚々と中に入り、一佳達もそれに続く。

 

 中に入ると、テレビやソファー、テーブル、台所などが設置されている広い空間が目に入る。

 

「すっげー!」

「ホテルみたいだな!」

「ソファあるぜ」

「中庭もあるよ」

「広」

「ん」

「エレベーターまであるよ」

「凄いな」

「……豪華にするなら金をくれ」

「アホ言ってんじゃねぇよ」

 

 泡瀬と円場が興奮し、骨抜と庄田が家具や中庭を見て言い、切奈がエレベーターを見つけて目を見開く。

 一佳も感心しながら内装を見渡し、里琴が冗談か本気か分からないことを言って、戦慈がツッコむ。

 

「1階は共有スペースだ。奥には風呂と洗濯室、洗面所などもある。もちろん洗濯室も男女別だから安心してくれ。食事も基本はここだ。ランチラッシュが朝食も夕食も手配してくれる」

「ランチラッシュが3食!?ウハウハだね!」

「流石雄英って感じだね」

「キッチンについては自由に使ってもらって構わん。が、使ったなら掃除、片づけはしっかりとな。備品も丁寧に使うこと」

「お。ってことは拳暴のコーヒーもここで作ってもらえばいいねぇ」

 

 ブラドの説明に吹出が驚き、物間が至れり尽くせり感に肩を竦める。

 そして、キッチンも使っていことに切奈が戦慈のコーヒーの事を言い、女性陣が嬉しそうにする。

 

「そういえば……買い物とかってどうなんですか?」

「休日ならば届け出を出してくれれば特に制限はない。実家に帰って泊まる場合も同じだな」

「ってことはぁ買い溜めが重要だねぇ」

「ん」

 

 回原がブラドに外出について質問し、ブラドが答える。

 流石に授業がある時は終業時間が遅いので、外出は認められなかった。

 それに凡戸が顎に指を当てながら言い、唯が頷く。

 

「正面右側が女子棟、左側が男子棟だ。特に誰の部屋に行こうが問題はないが……巻空、あまり拳暴の部屋に入り浸らないように」

「……マジ卍」

「まぁまぁ、拳暴をここに引っ張り出せばいいじゃん」

「ん」

「……出てこいや」

「だからアホ言ってんじゃねぇよ」

 

「さて、お前達が気になっているであろう部屋割りがこれだ」

 

 ブラドがプリントを配り、全員が目を通す。

 

「1フロア4部屋。それが2~5階まである。部屋にはエアコン、冷蔵庫、トイレ、クローゼットが付いている」

「冷蔵庫まで!」

「トイレが部屋にってありがてぇな」

「女子棟はやっぱスッカスカだねぇ」

「まぁ、7人しかいないしね」

「ん」

 

 部屋割は以下の通りとなった。

 

男子棟2階:回原、鎌切、吹出、庄田

   3階:骨抜、泡瀬、  、戦慈

   4階:物間、鱗 、宍田、

   5階:  、凡戸、円場、鉄哲

 

女子棟2階:  、  、  、 

   3階:唯 、  、  、茨

   4階:一佳、  、里琴、柳

   5階:切奈、  、  、ポニー

 

「荷物や家具はすでに各部屋に運び込んである。では、この後は各自部屋を作るように。今日はこれにて解散!!」

 

『はい!!』

 

 こうして、各自の部屋作りが始まった。

 

 

 

 生徒達はジャージに着替えて、部屋の片づけを開始する。

 戦慈も部屋に置いてある段ボールを開けて、中身を取り出していく。

 と言っても、戦慈は元々娯楽的なものはほとんど持っていないので、カラーボックス2つに教科書やお気に入りの小説を詰めて、カラーボックスの上に唯からもらったマトリョーシカを飾る。

 次にクローゼットに服や制服、下着などを入れた衣装ケースを仕舞う。そして、ベッドやカーテンを整えて、空になった段ボールを片付けて部屋の真ん中に2畳分ほどのカーペットを敷いて折り畳み式テーブルを置く。

 2時間も経たずに、片づけが終了する。

 

 残ったのはサイフォン、コーヒーメーカー一式、コーヒーポット、タンブラーにコップに洗い物用具一式。そして、里琴や一佳が使ってたクッションだ。

 

「……はぁ」

 

 戦慈はため息を吐いて、クッションを抱えて部屋を出る。

 そして、女子棟の4階に行き、一佳の部屋をノックする。

 

「はい?」

 

 Tシャツとジャージ姿に着替えた一佳が扉を開ける。

 

「拳暴?」

「ほれ」

 

 戦慈は一佳にクッションを渡す。

 

「あ。わ、悪い……」

「構わねぇよ。じゃあな」

 

 戦慈はそのまま里琴の部屋に向かう。

 

「……ん」

「ほれ」

 

 里琴は戦慈からクッションを受け取る。

 

「……カーテン手伝え」

「……まぁ、いいけどよ」

 

 戦慈はため息を吐いて、頼まれるがままに里琴の部屋のカーテンを取り付ける。

 そこから更に棚や机の模様替えを手伝わされるも、里琴の体の小ささからよく手伝っていたので、戦慈は特に文句も言わずに手伝う。

 

「もういいか?」

「……ん」

 

 戦慈は里琴の部屋を後にして、1階に下りてキッチンに足を進める。

 コンロや棚、調理器具などを確認して回る。

 

「……そこまで物を置けるスペースはねぇか……」

「少し動かせば結構スペース出来るんじゃねぇか?」

「あん?」

 

 声がして振り向くと、骨抜と鱗が覗き込んでいた。

 

「終わったのか?」

「まぁな」

「そこまで荷物ないからな」

「で、この皿とかコップとか重ねたりして位置を変えれば、サイフォンとか豆くらいなら置けるだろ」

「鍋とかも使わねぇだろうし、纏めちまおう」

 

 骨抜や鱗が皿や鍋を一度取り出して、スペースを作ろうと手伝いを始める。

 戦慈も棚の中の物を取り出して、整理を手伝うのだった。

 

 

 その頃の唯。

 

「ん」

 

 部屋の片づけはほぼ終わったのだが、あるものの位置が決まらない。

 

 赤いダルマのマトリョーシカだ。

 

「ん~……。ん」

 

 衣装棚の上から、ベッドの頭元に移動する。

 

「ん~……」

 

 しかし、しっくりこないのか、眉間に皺を寄せて首を傾げる。

 そして、今度は机の上に移動させる。

 

「ん~……」

 

 しっくりこない。

 もう一度衣装棚の上に移動させる。

 

「……ん~……」

 

 やはりしっくりこないようだ。

 

 その後、約2時間。

 マトリョーシカの位置で悩み続ける唯であった。

 

 

 骨抜や鱗と共にキッチンを整理した戦慈は、部屋からサイフォン一式と豆を持ってきて棚へと仕舞う。

 

「コーヒー豆って冷蔵庫とかで保存しなくてもいいのか?」

「十分に密閉すりゃあ構わねぇがな。俺はあんまりしねぇ。しっかり空気を抜いて密閉すれば常温でも問題ねぇし、長期間保存するなら冷凍庫の方がいい」

「へぇ~」

「それにしても何種類あるんだ?」

 

 鱗の前には豆が保存されている容器は10個ほどあった。

 

「今、使ってるのは4種類だな」

「ってことは、ブレンドしてるのか?」

「ああ。そのままだったり、2種混ぜたり、3種混ぜたりしてる」

「本格的だな~」

「まぁ、趣味ってそんなもんだろ」

 

 想像以上のこだわりに鱗は感心やら呆れやらを浮かべ、骨抜は一定の理解を示す。

 すると、戦慈は2人に顔を向けて、

 

「どれか飲むか?手伝わせたしな」

「お、マジか。飲む飲む」

「じゃあ、コップ持ってくるわ」

「ああ」

 

 骨抜と鱗は一度部屋に戻る。

 戦慈はその間に準備を進めていく。今回はブレンドではなくストレートで作ることにして豆を挽き、サイフォンの準備を始めていく。

 

 2人がコップを持ってきて、すぐ近くのテーブルに座る。

 

「他の皆はまだ時間かかってるのか?」

「他の奴の部屋でも見に行ってんじゃないか?」

 

 鱗と骨抜はコーヒーを待ちながら、他の仲間達の姿が見えないことに首を傾げる。

 すでに日も暮れて来ており、もうすぐ夕食の時間である。

 しかし、誰も1階に下りて来ない。

 

 すると、

 

トトトトト!!

 

 と、里琴が猛烈な勢いでキッチンに飛び込んできた。

 その手にはタンブラーが握られていた。

 

「おお!?」

「無表情で来ると怖ぇな」

 

 鱗が驚き、骨抜が自分の顔を棚に上げて言う。

 

「……ん」

「今、あいつらの分作ってるから、そこに置いとけ」

「……ん」

 

 里琴は頷いて、タンブラーをキッチンカウンターの上に置く。

 すると、一佳達女性陣が呆れながら共同スペースに顔を出す。

 

「よくエレベーターの中から匂いに気づいたな……」

「まぁ、里琴だしねぇ」

「ん」

 

 里琴はエレベーター内で1階に着く直前にドア前に陣取って、空いた瞬間に飛び出していったのだ。

 それだけで戦慈がこの先にいるのだと、一佳達も理解した。

 切奈は周囲を見渡して骨抜達に訊ねる。

 

「他の男子は?」

「まだ下りて来ねぇな」

「誰かの部屋で盛り上がってるんじゃないか?」

「ふぅん。ってかサイフォン、ここに置くことにしたんだ」

「上の部屋に置いててもお湯沸かせねぇしな。いちいち持って下りてくるのもだりぃ」

「まぁ、そうだよな」

「それに壊さなきゃ、別に他の奴が使ってもらっても構わねぇよ」

「もっと使いやすいの無い?」

「拳藤がくれたコーヒーメーカーなら、まだ簡単だと思うぜ」

 

 骨抜が首を横に振り、鱗が首を傾げながら答える。

 切奈はそれに頷きながら、コーヒーを淹れている戦慈に声を掛ける。

 戦慈は頷いて答え、一佳が苦笑する。

 そして、戦慈の使ってもいいという言葉に、柳が訊ねる。

 流石に本格的なサイフォンをいきなり触る勇気はなかった。

 それに戦慈は棚から以前に一佳に貰ったサイフォン型コーヒーメーカーを取り出す。

 

「そっちは使わないのか?」

「使ってるぜ」

「え?そうなのか?」

 

 鱗が質問し、戦慈が答え、一佳が僅かに目を見開く。

 その反応に戦慈が呆れながら顔を向ける。

 

「お前のコーヒー作るときに使ってんだよ」

「え!?」

「お前の好みの豆は何となくわかったかんな。里琴のカフェオレとの豆とは違うし、別々に作るのに使ってたぜ」

 

 戦慈の言葉に一佳は思わず顔を赤くする。

 

「ほぉ~」

 

 切奈はニヤニヤとする。

 戦慈はその様子を見て更に呆れながら、

 

「あんだけ作って目の前で飲む姿を見りゃあ、バカでも好みくらい分かる」

「うぅ……」

 

 1人暮らしを始めた3月末から林間合宿で襲われるまで。

 ほぼ毎日コーヒーを作って、感想を言ってもらえ、飲む姿やその時の反応を見ていればある程度分かるに決まっている。

 特に近くに無表情な里琴がいるのだから。ある程度、相手の感情の変化には敏感になっている。

 一佳は里琴の次によく一緒にいるのだから、飲んだ時の反応を何度も見れば、どの豆のどのブレンドが好みなのかくらいは分かる。

 自分が好きなコーヒーに関わることならば尚更である。

 

「ほれ」

 

 戦慈が鱗と骨抜の前にコーヒーを置く。

 

「お!」

「サンキュー」

「砂糖と牛乳は自分で出せよ」

「おうって……あったか?」

「砂糖はあったぞ。牛乳は知らん」

「冷蔵庫の中にないの?」

 

 柳はキッチンに備え付けられている冷蔵庫を指差す。

 一佳が冷蔵庫を開ける。

 

「あ。あるよ。ん?紙?」

 

 牛乳を取り出して隣に来た唯に渡し、冷蔵庫内に置かれていた紙を取り出す。

 

「えっと……『牛乳や調味料などは担任教師に申請するように』だって」

「ここの冷蔵庫やキッチンにあるものは学校で用意してくれるってわけか」

「お~。マヨネーズとかドレッシングとか結構揃ってるねぇ」

「グレイト!」

 

 一佳の言葉に鱗が納得するように頷きながら、コーヒーに少量の牛乳を入れる。

 切奈とポニーが冷蔵庫を覗き込んで、充実している中身に感動の声を上げる。

 

「おお。マジで店の味だな」

「美味っ。確かにこのレベルが毎日飲めるなら、タンブラー渡すわ」

 

 骨抜と鱗が戦慈のコーヒーで感動する。

 それに何故か里琴が「……むふん」と胸を張る。

 

 その時、雄英ロボが「メシだ、コゾウ共!」と夕食を運んで来た。

 

 女性陣がそれを受け取って、配膳の準備をする。

 戦慈や骨抜達も手伝い、鱗が他の男性陣を呼びに行く。

 初めての寮での夕食は、生姜焼き定食だった。

 

「メシ~メシ~」

「タベオワッタラ、ソトニオイトケ」

「オノコシスンナヨ!」

 

 デッカイ炊飯器2つとみそ汁が入ったデッカイ鍋を運んできて、雄英ロボ達は去っていく。

 

「なんか斬新」

「ん」

「可愛いデス!」

「朝が大変そうですね」

「私達がね」

 

 去っていくロボ達を見送る柳達。

 朝は誰が起きれるのか分からないので、少し面倒だと思ったのだ。

 

「うおー!!飯だー!」

「腹減った~」

「3食ランチラッシュって豪華だな」

「全くですな」

 

 全員下りてきて、それぞれに座って食べ始める。

 テーブルは6人が限界なので、女性陣は里琴が戦慈と共に隣のテーブルに座る。

 

「なにかコーヒーの匂いもしますな」

「ああ、さっき俺と鱗が拳暴のコーヒー飲んでた」

「マジか」

「まだあんの?」

「今、作ったのはあと1人分だ」

「まだ作れるのかい?」

「……出来るが……流石に全員は時間かかるぞ」

 

 宍田がコーヒーの匂いに気づき、骨抜が答える。

 それを聞いた円場と回原が、戦慈に顔を向けて訊ねる。

 食べながら戦慈が答え、物間もまだあるのか訊ねて、戦慈は呆れながら答える。

 

 林間合宿の時のようにワイワイと盛り上がりながら食事を進めていくB組一同。

 戦慈と里琴のおかげで、食事が残ることはなく、キレイに炊飯器と鍋が空になる。

 

「うちはお残しは無縁そうだな」

「だね」

「ん」

「……あと10杯」

「まだいけるっしょ」

 

 一佳達は食器を片付けながら、苦笑する。

 ちなみに戦慈は早速コーヒーの追加を作り始めていた。

 

 もう一個のコーヒーメーカーと、職場体験や林間合宿で使っていた持ち運び用のコーヒーメーカーも持ち出してフル稼働でコーヒーを作っていた。

 

「流石にちょっと作らせ過ぎじゃないかい?」

「ん」

 

 切奈と唯が流石に戦慈に頼み過ぎではと思い、眉間に皺を寄せる。

 

「あれ?鉄哲は?」

「流石に拳暴に悪いって言って、骨抜や鱗達と一緒に風呂に行った」

「こういう時は空気読むの凄いよな。鉄哲って」 

 

 鉄哲、骨抜、鱗、庄田、吹出、凡戸は先に風呂に行ったようだった。

 残りのメンバーは鉄哲達が出てくるのを待ちながら、コーヒーを味わうことにしたようだ。

 

 順次、戦慈がコーヒーを淹れていく。

 

「美味~」

「だな」

「俺、缶コーヒーのブラックで苦手だったけど、コレ普通に飲めるな」

「缶コーヒーと一緒にすんなよぉ」

「香りも見事ですな」

「これは素晴らしいね」

 

 回原と泡瀬が美味そうに飲み、円場が少し驚いたように飲みながら言い、鎌切が呆れる。

 お坊ちゃまの宍田と見た目は似合う物間は優雅に飲み、コーヒーを味わう。

 

 一佳達はその様子を見つめながら、少しソワソワする。

 すると、

 

「ほれ」

 

 戦慈がトレーを一佳達の前に置く。トレーの上にはコーヒーカップが6つ並べられていた。

 

「え?」

「寮に備え付けられてたコップだ。自分らで洗って仕舞えよ。里琴、ほれ」

「……あざっす」

 

 一佳達が驚いていると、戦慈が肩を竦めながら答え、里琴にタンブラーを渡す。

 

「わ、悪い。ありがとな」

「サンキュー!」

「ん」

 

 戦慈は肩を竦めて、キッチンに戻る。

 一佳達は早速コーヒーを飲む。

 

「……あ」

 

 一口飲んで、一佳は僅かに目を見開く。

 

「ん?どしたの?」

「ん?」

「……いや、何でもないよ。やっぱ美味いなってさ……」

「一佳も久々だもんね」

「ん」

「やはり美味しいですね」

 

 切奈と唯が首を傾げるが、一佳は首を横に振ってコーヒーを味わう。

 

(……いつものコーヒーだ)

 

 一佳が一番好きな味。

 男子達が飲んでいるのはストレートだと言っていた。そして、里琴のカフェオレも作っていた。

 一佳が一番好きな味はブレンドだったはずだと、前に戦慈が出してくれた時に説明してくれたのを思い出す。

 

(わざわざ作ってくれたのか……)

 

 かなり手間なはずなのに、一切文句も言わずに、当たり前のように出してくれた。

 その事実だけで、心がポカッとするのを感じる一佳。

 

(やっぱり、このコーヒーが一番だな)

 

 そう感じた一佳は自然と笑みを浮かべる。

 

 明日からもまた頑張れる。

 

 そう思った一佳は、これからの寮生活や学校生活への不安が消えていくのを感じたのだった。

 

 




それぞれの部屋は今後少しずつ書いていきますので。

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