僕の家族   作:詠符音黎

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お買い物大作戦!

 太陽が燦々と輝くとある昼下がり。

 街と街を繋ぐ車の通りの少ない道路に一台のワゴン車が走っていた。そのワゴン車から、楽しそうな声が空に向かって響いている。

 

「見て見てマギルゥ! 雲があんなに長く伸びてるよ!」

「おおそうじゃの坊。ほれ、あそこを見てみぃ。鳥の大群じゃ」

「フィー! マギルゥ! 頭を車の外に出すんじゃないの!」

 

 ベルベットは、はしゃぎながら外の風景を見ようと車の窓から頭を出していたライフィセットとマギルゥを助手席から叱りつけた。

 今、ベルベット達はアイゼンの運転するワゴン車に乗っていた。

 アイゼンの隣の助手席に座るベルベット、そしてそのすぐ後ろの席に座っているライフィセットとマギルゥの他にもワゴン車には同乗者がいた。

 

「そうですよライフィセット! 今車が少ないからと言っても、車から頭を出すのは危険な行為です! マギルゥにつられてそんなことをしてはいけません!」

「まぁまぁいいじゃないか。男だったら一度は車の早さで受ける風をその体で浴びてみないとな、なあアイゼン!」

 

 ライフィセットを咎めた声の主はエレノア、逆にライフィセットを擁護しアイゼンに同意を求めたのはロクロウだった。

 二人はワゴン車の三列目、ライフィセットとマギルゥのさらに後ろに座っていた。

 

「そうだな、男なら多少の冒険や無茶はしておくものだ」

「そうだな、じゃないわよ! まったくもうこれだからうちの男連中は……」

 

 ベルベットは呆れながらも窓の外を見る。

 窓から見る風景は確かに美しい。長い長い雲が空の青に数本の線を描いている様は、まるで一つの絵画のようだ。

 だがベルベットの視線は空よりもその下、道路の先にある街へと向けられた。

 

「もうすぐね……」

 

 ベルベットは目線を隣町、さらにその中にあるであろう目的地へと向ける。

 

「スーパーかめにん、あと数分てところかしら」

 

 ベルベットはそう目的地の名前を呟きながら、ふと後ろの座席を見た。そこには、楽しげに話すライフィセット達四人の姿があった。

 

「まったく、どうしてこんな大所帯になったのかしら」

 

 そう言いながら、ベルベットはどうしてこうなったのかを思い出し始めるのであった。

 

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 

「ねぇアイゼン」

 

 日曜の朝のことである。

 ベルベットはソファーの上で横になっているアイゼンを見下ろしながら呼びかけた。

 

「ん? なんだベルベット」

「あんた今日暇よね?」

「ああ暇と言えば暇だが……どうした?」

「ちょっと頼み事があってね」

 

 そう言うと、ベルベットは体を起こしソファーに座りなおしているアイゼンに一枚のチラシを突き出した。

 

「ん? なんだこれは? スーパーかめにん開店二十周年記念セール……?」

「ええ、隣町のスーパーかめにんは知ってるでしょ? あのスーパーといいながらなんでも売ってる店。あそこが開店記念セールでいろいろと安く売るらしいの。それで、車を出してもらおうと思って」

 

 ベルベットの言葉を聞いて、アイゼンは納得したように「ああ……」と声を上げた。

 

「……ま、いいだろう。家事担当はベルベットの仕事だからな。そのベルベットからの要請なら、聞かないと後が怖い」

「ちょっと、それどういう意味」

 

 少し不機嫌そうな顔で聞くベルベットに対し、アイゼンは不敵に「ふっ」と一言笑い口元をニヤつかせるのみだった。

 その態度が納得いかないベルベットであったが、そこで悶着をしてもしょうがないと思い、そのまま話を進めることにする。

 

「……まあいいわ。そうと決まれば早く準備して。急いでいかないと人で混むはずだから」

「はいはい……」

 

 アイゼンがそう言いながら気だるそうにソファーから立ち上がる。

 そのときだった。

 

「ちょっとまてぇい!」

 

 二人を呼び止める大きな声が階段と居間を結ぶ扉の方から聞こえてきたのだ。二人が何事かとその声の方向を向くと、そこには片手を大きく突き出したマギルゥの姿があった。

 

「マギルゥ? どうしたのよ一体」

「ふふーん二人でなにやら密談をしている気配がしたから来てみれば、なんとこっそりあいびきとはのぅ? そのようなこと、例えお天道様が許してもこのマギルゥ様は許さんぞよー?」

 

 マギルゥの芝居がかった言い方と動きに、ベルベットとアイゼンは呆れた視線を送る。そして、

 

「……で、一応聞くけどつまり何が言いたいわけ」

 

 と冷たく返した。

 

「うむ。儂も連れてけー!」

 

 するとマギルゥは、今度はあっけらかんと言い放った。

 

「はぁ、そんなことだろうと思ったわよ……言っとくけど、別に買い物だけでどっかに遊びに行ったりしないわよ」

「別にそれでよいわー。最近ずっと家にいて退屈しておったのじゃ、とにかく刺激が欲しいのじゃよー」

 

 マギルゥがこういったことを言っているのに無視をしたら後々面倒なことになるのをベルベットもアイゼンも知っていた。

 そのため、ベルベットとアイゼンはお互いに顔を見合わせ、「はぁ……」と一つため息をついた後に、

 

「……いいわよ。でも、邪魔だけはしないでよね」

 

 とマギルゥがついてくることを了承した。

 

「なんじゃい! ひとをわんぱく小僧みたいに言いおって!」

「似たようなもんでしょ」

「だな」

「おお!? 儂の認識がなんだかおかしなことにー!?」

「はいはいそうですね」

「あの……」

 

 騒いでいるマギルゥを軽くいなしていると、今度はマギルゥの後ろから恐る恐るといった様子の声が聞こえてきた。

 マギルゥが居間の中に入りながら振り向くと、そこにいたのはライフィセットだった。

 

「あらフィー。どうしたの?」

「あの、僕も一緒に行っていい、かな?」

 

 ライフィセットはその後すぐに「あ! 邪魔ならいいんだけど!」と付け足した。

 

「あら、別にいいわよ」

 

 ベルベットは笑顔で即答した。

 

「ちょ、儂のときとあまりに対応が違うくないかえベルベットやー!?」

 

 マギルゥが驚きながらも抗議する。

 

「だってフィーが邪魔になるようなことするわけないでしょ。あんたと違って」

 

 ベルベットは半目でマギルゥを見て笑いながらそう言った。

 マギルゥはそんなベルベットに対しこれまた大げさなリアクションを取る。

 

「おお!? なんという態度の差……反対ー! 魔女差別反対ー!」

「はいはい」

「ベルベット、ありがとう!」

 

 ベルベットがマギルゥをいなしているとライフィセットがベルベットに対し笑顔で言う。

 それに対し、ベルベットもライフィセットに対して笑顔で返した。

 

「いいえ、でも荷物運びは手伝ってもらうわよ?」

「うん! もちろんだよ!」

「ふっ、そう即答できてこその男だぞライフィセット。よく言えたな」

 

 アイゼンがしたり顔でライフィセットに言う。どうもライフィセットの発言がアイゼンの男らしさの基準に適ったらしい。

 ライフィセットもアイゼンに褒められて嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ来るなら二人共早く準備してきなさい。と言っても、買い物に行くだけだから必要な準備なんて殆どないでしょうけど」

「あ、ちょっといいですか?」

 

 ベルベットがマギルゥとライフィセットを準備に行かせようとしたとき、またも新たな声が割って入ってきた。

 その声の主はライフィセットの後ろにすっと現れた。

 それはエレノアだった。側にはロクロウもいる。

 

「私も一緒に連れて行ってもらえますか? 実は少し欲しいものがあって」

「おいおい、みんなで行くんなら俺だけ置いてけぼりってことはないよなぁ?」

 

 真面目そうな笑みで言うエレノアと、対して面白そうだからという考えが透けて見えるロクロウの笑み。

 その二者の笑みを見て、ベルベットは軽くため息をついて、言った。

 

「……わかったわよ! もうみんなでいくから早く準備なさい!」

 

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 

「……なし崩しって感じねぇ」

「ん? 何か言ったか?」

 

 思い出し独り言を呟くベルベットに対し、アイゼンが聞く。それに対し、ベルベットは静かに頭を振った。

 

「いいえ何も。あ、そろそろ着くわね」

 

 ベルベットが言ったように、一行の車はすでにスーパーかめにんの駐車場についていた。駐車場には多くの車が止まっており止める場所を探すのに少しだけ苦労したが、車の台数にしてはわりとすぐに停車できる場所を見つけられたため、それほど時間はかからなかった。

 一行は車を止めると、一斉に車を降りる。

 

「おー! ついたのー!」

「マギルゥ、うるさいです」

 

 大きく背筋を伸ばしながら言うマギルゥをエレノアが諌める。その光景を見て、ライフィセットとロクロウは思わず笑い声を上げた。

 

「はいはい傾注傾注」

 

 そこで、ベルベットがパンパンと手を叩いて全員の注目を集める。

 

「それじゃあこれから買い物に行くわけだけど……それぞれきっと欲しいものがあるでしょうから、最初はみんな自由に行動していいわよ。その代わり、帰りには荷物運びを手伝ってもらうから。それとちゃんとお小遣いの範疇で買い物すること。オーバーは絶対にさせない。いいわね?」

 

「うん!」

「うむ!」

「おう!」

「分かりました」

 

 アイゼン以外のそれぞれが一言返事を返す。残ったアイゼンはと言うと、ベルベットの隣で少しばかり考え事をするように視線をずらしたかと思うと、ベルベットに耳打ちするかのように聞いてきた。

 

「……本当に全員バラバラでいいのか?」

 

 それに対し、ベルベットも小声で返す。

 

「ええ。何か一つの目標があるならいざしらず、このメンバーを一つにまとめ上げろって言われたらどう思う?」

「……無理だな」

 

 ベルベットの言葉にアイゼンは深く頷いた。

 

「でしょ? だから最初は好きに行動させて後でまとめて締め上げたほうが楽なの」

 

 ベルベットが悪い顔でそう言う姿に、アイゼンは苦笑いをした。

 

「それじゃあ行くわよ」

 

 ベルベットが全員に背を向け歩きながら告げる。

 こうして、ベルベット達一行の買い物大作戦が始まるのであった。

 

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 

「えーとあれも買ったこれも買ったそれから……」

 

 ベルベットは一人、買い物カゴが乗ったカートを動かしながら買ったものを確認していた。カゴには山のように買ったものが積まれており、この機に出来るだけ買えるものを買っておこうという算段が見て取れた。

 

「……ん? あれは……」

 

 と、そんなふうに考え事をしながら歩いていると、前方のお酒コーナーに見知った後ろ姿を見つけた。

 他の誰でもない、ロクロウだった。

 

「あらロクロウ」

「おうベルベット! 凄い買ったなぁ!」

 

 ロクロウはベルベットのカートに積まれている山を見ながら言った。その両手には酒瓶が握られている。

 

「まあね。しかしロクロウ、あんた……」

 

 ベルベットはロクロウの足元に置かれている買い物カゴを見る。

 そこにはベルベットほどではないにせよ酒が大量に入れられていた。

 その種類も豊富でビールに日本酒、ウィスキーなど様々だった。

 

「お、どうした?」

「…………」

「ベ、ベルベット……?」

 

 無言でロクロウを見るベルベットに、ロクロウはただならぬ気配を感じた。

 そして、二人の間に一瞬の沈黙ができたかと思うと、ベルベットが静かに口を開いた。

 

「……ロクロウ」

「お、おう」

「私、言ったわよね。お小遣いの範疇でって」

「あ、ああ……」

 

 ロクロウはだらりと冷や汗を流す。一方のベルベットは、冷たい視線でロクロウを突き刺していた。

 

「なのに、この量は何? これ、明らかにお小遣いの額じゃ買えないわよね?」

「あ、あーこれはその旨そうな酒がいくつかあったからつい……」

「つい、じゃないでしょ!」

「はい!」

 

 ベルベットが初めて発した怒りの篭った声に、ロクロウは体をビクリと反応させ気をつけの体制となる。

 

「言ったことはちゃんと守る! それができないと言うなら……」

 

 ベルベットはそこで一旦言葉を区切ると、左腕を顔の側まで上げ、バキボキと鳴らし始めた。

 

「わ、悪かったって! すぐ戻す! 戻すから!」

 

 ロクロウは急いでカゴの中の酒を元の棚に戻し始める。そうして、結果カゴにはお小遣いの範疇で収まる量の酒が置かれたのであった。

 

「……よろしい。というか、お酒ならいつも私が買ってきてあげてるでしょ。さらに飲むつもりだったの?」

 

「あ、ああ、酒はいくらあってもいいからな」

 

 酒を戻し終えたロクロウは、汗をかきながらもベルベットに言った。

 

「はぁ……」

 

 ベルベットはそんなロクロウに対しため息をつく。

 

「悪かったって。しかしベルベット、今月はいくらなんでも厳しくないか? 普段だったらもうちょっと融通を効かせてくれるじゃないか」

 

 ロクロウはバツの悪そうな顔をしながら言った。

 確かにロクロウの言うとおりでもある。ベルベットは普段ならいくらかお小遣いをオーバーしても大目に見てくれていた。ロクロウもそのつもりで酒を買い込んだのである。

 だがベルベットはふるふると頭を振った。

 

「今月は駄目なの」

「なんで」

「なんでもよ。とにかく、お酒はその量で我慢すること。いいわね」

「ああ、わかったよ」

 

 ベルベットはロクロウを言い包めると、再び自分の買い物に戻っていった。

 

 

 

「あら?」

 

 それから少しした後、ベルベットは再び知っている人影を見つけた。そこはスーパーなのになぜかある骨董品売り場であり、そこにいたのはアイゼンだった。

 アイゼンは難しそうな顔で骨董品売り場のものを見つめている。

 

「どうしたのアイゼン?」

「おお、ベルベットか」

 

 アイゼンはベルベットに話しかけられると、険しい表情のまま振り返った。

 

「これを見てくれ」

「これは……お皿?」

 

 そこにあるのは、いかにも古そうな皿だった。他にも並べられている骨董品の中でも、とりわけ古かった。

 

「どれどれ……げっ、アイゼン! これめちゃくちゃ高いじゃないの!」

 

 ベルベットは値札を見て驚愕する。

 その値札にはゼロが五つ以上あり、左端の数字も大きなものだった。

 

「ああ。しかし俺はこの皿にとても魂を惹かれるものを感じている。見ろ、この造形美! これはきっと名のある職人の手によるものに違いない。更にだ、この無骨さは一見簡素だが力強さというものが感じ取れ匠の業を感じざるを得ない」

 

 早口でまくし立てるアイゼンに、ベルベットは呆れた視線を送った。

 

「はぁ……あの、言っておくけど――」

 

「お小遣いの範疇で、だろう? わかっている。だが俺には今まで貯めこんできた小遣いはたんまりとある。こういうときのためにな。だからこそ、今これを買うべきか非常に悩んでいるのだ」

「やめときなさい」

 

 真剣な表情で語るアイゼンに、ベルベットはピシャリと言った。

 

「な!?」

「あんたねぇ、この前もそんなこと言って買った陶磁器、あれマギルゥの知り合いに鑑定してもらったら二束三文のペット用のお皿だったじゃないの。あれと同じ轍を踏みたいわけ?」

「し、しかしだ! 今回は確実に――」

「あんたの確実ほど当てにならないものはないわよ……ただでさえ死神がついてるなんて自分で言うほど運が悪いんだから」

「うぐ……!」

 

 アイゼンはベルベットに痛いところを突かれ、言葉を失っているようだった。さらにベルベットは畳み掛ける。

 

「それにね、今日はこういうときに貸す余分なお金は持ってきてないの。だから諦めなさい」

「うぐう、しかし……」

「ああもうじれったい! 男ならきっぱりと決断しなさい!」

 

 ベルベットの強い語気にアイゼンは完全に気後れしてしまう。普段は対等な関係であるベルベットとアイゼンだが、こうしてお金の絡んだときは、台所や家計を預かるベルベットに強く出られないのが彼らの中での常識であった。

 

「……ああ、分かった」

「そう、よか――」

「俺はこの皿を買う!」

「はああああああああああああああああ!?」

 

 ベルベットは思わず大声を上げてしまった。しかしアイゼンは構わず声を上げる。

 

「ちょうど財布にはギリギリコイツを買う金は入っている。俺は俺の選択を、自分の舵取りを信じる! 自分の決めた道だ、決して後悔はしないはずだ!」

 

「……はぁ」

 

 ベルベットは頭を抱えその日一番大きなため息をついた。

 そして、完全に呆れ返った表情でアイゼンを一瞥すると、アイゼンに背を向ける。

 

「……もう勝手にしなさい。あとでお小遣いをせびってきても知らないからね」

 

 ベルベットはアイゼンの選択に頭痛を感じながらも、その場を立ち去っていったのであった。

 

 

 

「ベルベット!」

「あら、エレノアじゃない」

 

 さらにその後のことである。殆ど必要なものを買い終えたベルベットのところに、エレノアが駆け寄ってきた。その手には、何冊かの本が抱えられている。

 

「買いたいものは買えたの?」

 

「はい! しかし本当にここは何でも揃っていますね。本当にスーパーなのでしょうか……」

「ははは……」

 

 ベルベットは苦笑いをする。本来スーパーに書籍などあるはずがない。しかしこのスーパーかめにんは名前こそスーパーであるが、内装は一つのデパートのようになっているのだ。

 なんでも揃っている雑貨屋と言ったほうがまだ正しいだろう。

 

「買いたいって言っていたもの、本だったのね」

「はい。ちょうど欲しい本があってもしやと思ったのですが……調度良くありました。値段もお小遣い内に揃えましたよ」

「よくできました。ロクロウやアイゼンに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだわ」

 

 そう言ってベルベットとエレノアは笑い合う。お互い一番年の近い女同士、家の仲でも近い距離にいるのがベルベットとエレノアだった。

 

「ロクロウとアイゼン、そのやっぱり駄目だったんですか……」

「ええまあね……」

「まったく、お金を計画的に使わないのは、理に反すると言うのに。あの二人ときたら」

 

 エレノアは眉間に皺を寄せながら言う。

 ベルベットはそのエレノアの言葉にウンウンと頷いた。

 だが、エレノアの手の動きを見た瞬間、ピタリとその頭を止める。

 

「……エレノア」

「はい、なんでしょうか?」

「今私のカゴから抜き出したものを出しなさい」

「……はい」

 

 ベルベットに厳しい目で言われたエレノアは、観念したようにしずかにそれを差し出した。

 それはほうれん草だった。

 

「……エレノア、好き嫌いするのは理に反すると思わない?」

「……はい、おっしゃるとおりです」

「よろしい」

 

 笑顔で迫るベルベットに、エレノアは申し訳無さそうに言った。

 エレノアはほうれん草が苦手である。食事に出されたときも必ず最後まで残し無理矢理食べさせられている。

 今回はそれを事前に抜き取ってしまおうとしたらしい。

 

「……はぁ。あなたも人の事言えないわね」

「返す言葉もありません……」

 

 ベルベットは呆れつつも、エレノアと分かれ最後の買い物をしにいった。

 

 

 

「……よし、全部買ったわね」

 

 ベルベットはカゴに積まれたものを見て言う。

 カゴにはさらに大きな山が出来ており、その重量はなかなかのものになっていた。

 

「六人で来たのも案外悪く無いわね。六人ならこの量でも簡単に運べるでしょう」

 

 そんなことを言ってカートを再び押し始めると、側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「本当にいいのマギルゥ!?」

「ああいいぞ。儂から坊へのプレゼントじゃ」

「……何やってるの、二人共」

 

 ベルベットはその声の方向にいる二人、マギルゥとライフィセットのところへと行き声を掛ける。

 

「あっ、ベルベット! 見て見て! マギルゥが僕にこれ買ってくれるんだって!」

 

 ライフィセットが指し示したのはロボットの玩具だった。今子供の間で人気の特撮ヒーローのロボットの玩具で、名を『砂浜戦隊サンオイルスターDXロボ』と言った。

 

「なるほどね……マギルゥ、あんたまたフィーに勝手に玩具やお菓子買い与えようとしてるでしょ」

「別によいではないかー儂のお金じゃしのー」

 

 ベルベットの言うように、マギルゥはライフィセットによくお菓子や玩具などを買い与えていた。ベルベットは悪い癖がつくからやめろと再三言っているのだが、マギルゥはそれを止めようとしない。

 

 マギルゥ曰く、「つい坊には甘くなってしまうんじゃよー」との事らしい。

 

「……もう何言っても駄目なんでしょうね」

「そじゃのー」

「だったら好きにしなさい。あんたの金をどう使おうとあんたの勝手だしね。でもフィー、タダでいつでも何かが貰えると思ったら大間違いだからね。あんたが変にねだっても、私は上げないわよ」

「うん、分かってるよベルベット。だからあとでお金をためてちゃんとマギルゥに返すつもりだから。これも今の手持ちじゃ買えないってだけで、あとでお小遣いをためて返すつもりだよ」

「そう。何もせずに何かを買ってもらう癖がついてないようでなによりだわ」

 

 ベルベットは笑ってライフィセットの頭を撫でる。そしてその後に、今度はマギルゥの方を見た。

 

「お? 儂も撫で撫でしてくれるのかえ?」

「あんたには――これよ!」

 

 そう言うと、ベルベットはマギルゥに左手でデコピンをした。

 

「いだぁ!?」

 

「本当に私の言うこと聞かないんだから。今回はこれですませてあげるけど、もっと痛い目に会いたくなかったら今度からはもうちょっと考えて買い物しなさい」

「おーいおいおい、ベルベットは厳しいのぅ……」

 

 マギルゥはあからさまな嘘泣きをし始めたが、ベルベットもライフィセットも完全に無視したため、マギルゥはすぐさま表情を戻した。

 

「ま、奇しくもこれで全員の買い物は見て回ったことになったのかしら。はぁ、なんだかどっと疲れたわね……」

 

 ベルベットは大きく肩を落としながら言った。

 

「大丈夫? ベルベット」

「ありがとうフィー、ええ、大丈夫。ちょっとみんなの経済観念に頭痛くなっただけだから」

 

 そう言ってベルベットはライフィセットに笑いかけた。

 

 その後、ベルベットはライフィセット、マギルゥと一緒にレジへと向かった。レジの近くではアイゼン、ロクロウ、エレノアが待っており、そのまますべての会計をレジで済ませた。

 そして、大量にある荷物を六人で均等に振り分け、車に運んでそのまま家に帰っていった。

 

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 

「ふぅ、疲れたのぅ」

 

 マギルゥは最後の荷物を車から家に運ぶと、大きく息を吐きながら言った。

 

「お疲れ様、マギルゥ」

 

 ライフィセットがマギルゥにタオルを手渡しながら言う。

 

「それほどの距離でもないでしょ」

「荷物が結構な量あったじゃろうが! よくお主らはあれを平気で運べるのぉ?」

「家事担当を舐めてもらっちゃ困るわよ」

 

 ベルベットは力こぶを作るように腕を曲げてみせた。

 

 他の面子も

 

「鍛えてるからな」

「同じく」

「学校で体育の成績はいい方ですから」

「僕だって男だからね。あれくらい軽いものだよ」

 

 と各々の理由を言っていった。

 

「なんじゃいなんじゃい! まるで儂だけ貧弱みたいな言い方じゃのぅ!」

「実際そうでしょ。この半ニート」

「うぐぅ!? ひどい言われようじゃ……」

 

 マギルゥはこれまた大げさに落ち込んだ様子を取る。だが、やはり誰も相手にしなかった。

 そのときだった。

 ピンポーンと、玄関のチャイムの音が鳴った。

 

「あれ、お客さんだよベルベット」

「あら、もしかして……」

 

 ベルベットはどうやら思い当たる節があるらしく、足早に玄関に向かった。そしてベルベットが玄関を開けると、そこにいたのはどうやら運送業者のようだった。

 

「こんにちわー、ライフィセットさんにお届けものですー」

「えっ、僕?」

 

 ライフィセットは驚く。ライフィセットは何かを買った覚えもないし、何かが来ると聞かされてもなかったのだ。

 

「ありがとう、はいお金」

 

 それなのにベルベットは、笑顔で荷物を受取ると代引きの金額を運送業者に渡した。ライフィセットのいる扉の近くからは見えづらかったが、それなりのお金が支払われていたようだった。

 運送業者が帰ると、ベルベットは運送業者から渡された箱を持って居間へと戻ってくる。

 

 そしてその箱を「はいフィー」と言ってライフィセットに渡した。

 

「えっと、ベルベットこれって……」

「いいから開けてみなさい」

 

 ベルベットは笑顔でライフィセットに言う。

 

 ライフィセットが不思議に思いつつも箱を開けると、そこには――

 

「うわぁ!? こ、これ! ベルベット!」

 

 そこに入っていたのは、角が三本ある昆虫の入れられたケースだった。

 

「ふふ、確か前に欲しがっていたでしょフィー。それは私からのプレゼント」

 

「い、いいのこれ!? 本当にいいの!?」

「ええ、この前あなた連続で学年トップの成績を出したでしょ? だから、そのお祝い」

「やった! やったー!」

 

 ライフィセットは普段見せないほどの喜びようを見せた。その様子に、周りの面子もにこやかな表情を浮かべる。

 

「よかったですね、ライフィセット」

「うん!」

 

 エレノアが優しい言葉を掛ける。

 

「なんじゃいなんじゃい、儂には金の使い方を考えろと言っておいて、自分はこういうサプライズを用意していとはのぅ」

「あんたと違って考えて買ったからね」

 

 マギルゥも口では憎まれ口を叩きながらもどこか嬉しそうだ。

 

「へぇ、なるほど、ベルベットが今月厳しかったのはこれが原因か。なるほど……」

 

 ロクロウは一人納得していた様子だった。

 

「ふむ、この角! まさに男のロマンだな!」

 

 ライフィセットと同じぐらい喜びを見せるアイゼン。

 皆がそれぞれ違う反応を示すも、ライフィセットの幸せを同じぐらいに幸せに感じているのは確かだった。

 

「それで、名前どうするの?」

「名前?」

 

 ベルベットがライフィセットに聞く。

 

「ええ、これからあなたのモノなんだから、名前を付けてあげないとね」

「うん! そうだなぁ……」

「おい、そもそもこいつはなんなんだ? クワガタか?」

「いや、カブトムシだろう。この凛々しい角こそその証明だ」

「いやぁクワガタじゃないか。この営利なハサミこそクワガタのハサミだろう」

 

 ロクロウとアイゼンが意見を対立させ、二人の間に妙に剣呑な雰囲気が流れ始める。

 だが女性陣はそんなことを気にせずに、ライフィセットと一緒にその昆虫を見ていた。

 

「で、なんなんですかベルベット。この昆虫の種類は」

「えーっと私そこまで詳しく調べてないのよね実は……グロッサアギトっていう名前だけで注文したから」

 

 その名からロクロウがクワガタだと言い出しかねなかったが、どうやらロクロウはアイゼンと言い合いになっていて気づいていないようだった。

 

「……決めた!」

 

 そこで、ライフィセットが大声を上げる。

 

「こいつはクワブト! ライフィセットオオクワブトだよ! それならロクロウとアイゼンも喧嘩しないでしょ?」

「……うむ」

「……そうだな、一時休戦ってことにすっか」

 

 アイゼンとロクロウは渋々とだがその提案を受けることにしたようだ。

 

「ふふ、男子とはげにくだらないことに熱をあげる生き物じゃのう」

「そうね、でも……」

 

 マギルゥとベルベットは楽しそうにクワブトを囲む男三人を見る。

 

「楽しそうだから、いいじゃない」

「よろしくね、クワブト!」

 

 ライフィセットはクワブトに向かって笑って言った。

 こうしてベルベット達に新たな家族が一匹、加わることとなったのであった。

 

 

 なお、クワブトの正体がカナブンであること、そしてアイゼンの買った皿が実は瑣末な安物であることが判明するのは、もう少し後の話である。

 

 

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