転生したらヤムチャがリボンズになった件   作:GT(EW版)

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 映画、私の予想より26倍ぐらい面白かったです!
 過度な期待はせずにおっかなびっくり観に行ったのですが本当におどれぇたぞ!
 あなたもどうぞ(露宣)



転生したヤムチャがコンプレックスを拗らせて暴走している件

 その存在は、未来を知っていた。

 未来だけではなく、過去の出来事から他の宇宙に至るまで、「特定の事象に関しては」あらゆる情報を知り尽くしていた。

 この世界が「ドラゴンボール」という創作の世界であり、前世の少年にはそれを物語として読んでいた前世があるのだ。

 少年は、物語を隅から隅まで繰り返し読んでいた。

 しかし彼は――彼という人格は元の少年とは違う感想を物語に抱いた。

 

 ――なんて、愚かな物語なのだろう。

 

 この世界で幾度となく争いを続ける登場人物たち――彼ら二次元(・・・)とは、何故こうも哀れなのだろうと。

 鏡に映る自分の姿――ヤムチャの顔を見て、彼は溜め息をつく。

 何故自分は二次元の、それもヤムチャなどという愚かな存在に生まれてきたのだろう。

 所詮は紙の上の存在……自分が薄っぺらな存在に思えてしまう。

 このヤムチャを強くする――そんな自分の存在すら、原作を思い出すほどに嫌悪していた。

 

 いつからだろうか?

 計画を進めていくうちに、ヤムチャ計画というものを企て、自分に託していった元少年の思いを、冷めた目で見るようになっている自分がいた。

 

 何故、少年はこんなことの為にこれほどの情熱を抱いていたのだろう?

 何故、少年はこんなにもドラゴンボールを愛していたのだろう?

 何故、ヤムチャはヘタレなのだろう?

 何故、ボクはこんな計画の為に生きているのだろう?

 

 ……所詮は二次元で、ボクとは住む世界も違うと言うのに。

 

 

 ただ、そんな鬱屈した思いが一転する日が訪れた。

 きっかけは計画の為、彼が一度だけ地球を訪れた日のことだ。

 宇宙一の天才科学者ドクター・ゲロに会いに行く為、彼はその研究所を探していた。

 

 しかし、時間を掛けてようやく見つけた研究所からは、人相の悪い黒服の男達から必死の形相で逃げ惑っていく双子の子供の姿があった。

 

 彼はその双子を――助けた。

 

 その時ばかりは計画のことを考えず、善意も悪意もない、ほんの気まぐれな行動だった。

 たとえば、通り道を横切っていく蟻の集団を避けていく程度の認識である。

 あるいは見るからにガラの悪い黒服たちを見て、この心に蓄積していた感情をぶつける丁度良いやつあたり相手だとでも思ったのかもしれない。

 

 彼は自らの腕力に任せて黒服の男達を一人残らず叩きのめすと、岩場の地面へと這い蹲らせた。

 そんな彼の姿を見上げる双子の目は、二つの感情が同時に宿っていた。

 何かに畏怖するような色を映している。

 

 ――そうか。

 

 君たちにとってボクは神か。

 それはそうだろう。

 ボクは君たちより文字通り、遥かに高い次元にいる存在なのだから。

 

 双子の無垢な視線を受けた彼は、自分の在り方がわかったような気がした。

 ヤムチャ計画の為ではない、彼自身の存在理由を得たのだ。

 歓喜と狂気の中で、彼は嘲笑う。

 自分こそが唯一、二次元世界に過ぎないこの物語を上の次元へ押し上げることができる上位者なのだと。

 

 

 原作(ドラゴンボール)を導く者……それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて魔人ブウを生み出し、全宇宙に未曾有の混乱をもたらした魔導師ビビディ。

 そのビビディの力を持ってしても魔人ブウの力を制御することは出来ず、疲弊したビビディはブウの封印を決意し、その隙を突いた界王神がビビティを殺害することによって宇宙の平和は辛くも守られた。

 

 しかし、魔導師ビビディにはバビディという息子がいた。

 

 その息子が父の意志を継ぐように、魔人ブウ復活の為宇宙を暗躍していたのだ。

 界王神はその企みを阻止する為に、再び下界へ赴いた。

 それは本来ならば破壊神が始末するべき案件なのかもしれないが、かの神が仕事をした場合にはそれはそれとして魔人ブウ以上に厄介なことになるかもしれないと言った思いもあったのか、若き界王神はあえて破壊神に頼ることをせずに、付き人のキビトを伴って二人でバビディの捜索を行っていた。

 

 ――そして、その選択が彼の命運を定めてしまう。

 

 

「やはりいましたか界王神」

「貴方はフリーザ!? なぜここに……っ」

 

 バビディを捜して訪れた辺境の惑星。そこにいたのはバビディではなく、宇宙の帝王だった。

 宇宙の帝王、フリーザである。その白い小さな身体からは、体格からは考えられないほどの禍々しく強大なエナジーが放たれている。

 しかもこの時、フリーザは馴染み深い第一形態ではなく、つい最近まで誰にも見せたことのなかった最終形態の姿で待機していたのだ。

 界王神がこの星に来ることを事前から知っていたように待ち構えていたその様子からは、彼が何らかの情報経路をもって界王神の動きを読んでいたことが窺えた。

 

 ――このエナジー……変身したフリーザが、これほどの力とは……!

 

 全宇宙の神である界王神は、フリーザのことももちろん知っていた。

 知っていた上で、造作もなく倒せる程度の存在だと見立てていたのである。

 しかし、と……界王神は目の前に立つ怪物の力に慄く。

 傲慢且つ高慢なフリーザの性格から判断して、彼が自主的にトレーニングを積むようなことはまずあり得ないと思っていたのだが、彼はその推測に反してさらなる力を得るために身体を鍛えていたらしい。

 今はまだあの魔人ブウほどではないが……フリーザもまた、十分に界王神を超える戦闘力を持つ存在だった。

 

「まさか、キビトと連絡が取れなくなったのは……!」

「キビト? ああ、あの赤い人ですか。彼なら死にましたよ」

「え」

 

 この星を訪れてから、手分けしてバビディを捜索をしていたキビトのエナジーが途絶えている。

 界王神を前にしたフリーザは、微笑みを浮かべながら、その理由を語った。

 

 

「僕が殺した」

 

 

 瞬間、界王神の心臓が弾け飛ぶ。

 貫かれたのだ。

 フリーザの指先から放たれた、一条のデスビームによって。

 ドサッと、愕然とした顔を浮かべながら界王神が仰向けに倒れていく。

 その顔には既に生気はなく、彼の命がたった一発の攻撃でこの世から消えたことを顕していた。

 

「ご臨終です」

 

 おーっほっほっほと満足そうに高笑いし、フリーザは背後に出現した黒髪の美青年に問いかける。

 

「リボンズさん、破壊神ビルスは消えましたか?」

 

 フリーザ軍参謀、リボンズ。

 数年前フリーザの前に現れ、その桁外れの知力、技術力によって有用性を示し続けた彼は、軍内でも異例のスピードで出世を続けていた。

 彼自身の戦闘力は大したものではないのだが、とにかく頭が切れるのだ。そしてフリーザさえも知らない膨大な知識量を持つ彼の頭脳は、軍内では非常に希少だった。

 

「ええ、たった今、消滅しました。こちらの動きに気づき天使と共に動いていたようですが、何分距離が遠すぎたようです」

「ふふ、ブザマだね。神ともあろうものが、この僕を見くびるからそうなるんだ」

 

 リボンズというこの部下――彼はまさしくエンジェルだと、フリーザは上機嫌に笑う。

 彼が来て以来、フリーザ軍の活動効率は飛躍的に上昇しており、フリーザもまた彼の言葉に耳を傾けてみた結果、破壊神ビルスの死と言う最高の結果を得ることができたのだ。

 「破壊神ビルスを殺す方法、お教えしましょうか?」と彼が話を持ちかけてきた時は、天使の囁きかと疑ったものだ。そしてそれは、間違いのない事実だった。

 

 彼の語る破壊神の弱点とは、対となる界王神を殺すことである。

 

 破壊神と創造神は二人で一つの存在である為に、どちらかが欠ければもう片方が消滅する仕組みになっているという話だった。

 界王神もまた当初のフリーザより高い戦闘力を持っていたが、それでも破壊神と比べれば遥かに劣る為、フリーザがほんの少しだけ鍛えれば簡単に倒せる相手だとリボンズは語った。

 しかもその界王神は先日から魔導師バビディを捜索する為、頻繁に下界へ降りており、彼を殺すなら今のタイミングがベストだという情報までもたらしてくれた。

 破壊神ビルスの脅威は、父コルドから言い聞かせられており、フリーザ自身もその身で味わされたことがある。かの神が表に現れることは滅多にないが、フリーザは常々その存在を目障りだと感じていたものだ。

 生まれながらの天才であるフリーザは今までトレーニングなどしたことがなかったが、「フリーザ様なら数日やれば十分でしょう」というリボンズの言葉を信じて試しに鍛えてみれば、これが想像以上の効果をもたらした。

 

 あまりにも呆気なく、父コルドや兄クウラさえも飛び越えた力を身につけたのだ。

 

 こういうのは私らしくありませんがねぇと自身の飛躍を実感しながらもトレーニングを切り上げたフリーザは、リボンズの案内の下、界王神の殺害へ向かい――今に至る。

 界王神の遺体を前に、フリーザは壇上で演説するように両手を広げながら言い放った。

 

「そうです! 宇宙の頂点に立つのは神ではありません。この私……フリーザ様だ!」

 

 呆気なさすぎてトレーニングの成果を試す戦いにもならなかったのが、唯一の不満か。

 たった数日でこれほどにまで強くなりすぎてしまった私なら、界王神狙いではなく直接破壊神を殺しに行っても良かったですねぇと思いながら第一形態に戻ったフリーザは、今回の神殺しの立役者であるリボンズの姿を一瞥する。

 そのリボンズは今、まるで砂漠のハイエナのように界王神の遺体へ手を伸ばすと、彼の両耳についていた耳飾りをテキパキとかすめ取っていた。

 

「おやリボンズさん、遺体漁りとは貴方も趣味が悪いですねぇ」

「申し訳ありません。このイヤリングが、一目見た時から気になっていたので」

「ホッホッホッ、構いませんよ。今回の報酬として、それも貴方に差し上げましょう」

「ありがとうございます」

 

 目の上のたんこぶが取り払われたことで、今のフリーザはすこぶる機嫌が良かった。

 普段なら意地汚いですよと部下の品の無い行動を咎めていたところかもしれないが、元々リボンズのことを気に入っていたのもあり今回は不問とする。

 実を言うとつい最近、彼が奨めてくれたエクササイズ法によって、このフリーザの身長が3㎝伸びたのだ。

 普段の働きぶりももちろんだが、そういった功績も残してきた部下には相応の寛大さを示すのが帝王の器だとフリーザは考えていた。

 

 そんなフリーザの目に人当たりのいい微笑みで返しながら、リボンズ――リボンズヤムチャは次の思考を浮かべた。

 

 

 ――ポタラが手に入ったし、予定を変更しようか。ヤムチャ・ティエリアーデも、そろそろ用済みかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原作で言うところのラディッツ戦は、孫悟空とラディッツが共倒れになるという概ね原作通りの結末を辿った。

 その戦いに、ヤムチャは参戦していない。ヤムチャもまた、天下一武道会が終了してから二年間神様に修行をつけてもらっていたこともありラディッツの「気」は感じていたものの、戦いの現場へ向かうには距離が遠く、間に合わなかったのだ。

 彼が到着した頃には既に決着がついた後で、一年後にサイヤ人という恐ろしい敵が二人現れることをピッコロから聞かされることとなった。

 そんなヤムチャは今、あえてクリリンや天津飯たちとは行かず、プーアルと共に訪れた荒野にて一心不乱に個人での修行に励んでいた。

 

「そうか……悟空は一年後に生き返るのか」

 

 悟空は今あの世の世界で「界王」という神様よりも偉い存在の元で修行をしており、一年後にドラゴンボールで生き返らせるという連絡がブルマから電話で寄越されてきた。この期に及んでもヤムチャのあがり症は相変わらず健在であったが、流石に何度も話したことのあるブルマやランチ、それも受話器越しでは発症することはなくなっていた。

 閑話休題。

 

 やはり孫悟空という男は、一度死んだ程度でへこたれる人間ではないらしい。

 

 死後の世界でもやる気満々な彼の姿が目に浮かぶようであり、ヤムチャは俺も負けていられないなと自身の修行に精を出した。

 一年後に現れるというサイヤ人……悟空の同胞らしいその二人のことはもちろんだが、ヤムチャは何より彼、孫悟空に成長の波から取り残されていく自分は見せたくないという思いが強くあった。

 故にヤムチャはプーアルに見守られる中で、拳を振るい、神経を研ぎ澄ませていく。

 そんな彼らの元へ気配もなく声が掛かったのは、その時だった。

 

「それは吉報だね」

「っ、誰だ!? 何故俺と同じ顔をしている!」

 

 丘の上に立ちながら、こちらを見下ろしてくるその人物の姿にヤムチャは驚愕に目を見開く。

 その声も顔も、ヤムチャの頬に刻まれた傷痕や微妙な髪型の違い以外、その人物はヤムチャとまったく同じ容姿をしていたのだ。

 

「それは僕が君の兄弟だからだよ」

「兄弟だと……!?」

 

 兄弟――彼から告げられた言葉にヤムチャが眉をひそめる。

 そんなヤムチャに、ヤムチャと同じ顔をした人間が耳当たりの良い声で続けた。

 

「名前はセル。セル・リジェネ・レジェッタ・ヤムチャ。セルリジェネでいいよ。君と同じ使命を持って生まれた、同タイプのヤムベイドだ」

「使命……ヤムベイド……? っうわああっ!?」

 

 彼が自らの正体を明かした瞬間、ヤムチャの頭脳に割れんばかりの痛みが響く。

 

 

 機械惑星のクローンプラントで生まれ、ポッドに乗せられ射出されていく光景。

 自身の母体であるビッグゲテスター・ヴェーダによって、「ヤムチャであれ」と命じられた記憶。

 この世界が「ドラゴンボール」という物語の世界であることも、全て――全て、思い出した。

 

 

 それは、ヤムベイドとして生まれたヤムチャ・ティエリアーデ本来の記憶だった。

 

 

「そんな……俺は……僕は……私は……!」

「ヤムチャ様!? 大丈夫ですか、ヤムチャ様!」

 

 今まで自分が人間であることを、ヤムチャであることを疑わずに生きていたヤムチャ・ティエリアーデは泣き崩れるように地に伏した。

 思えば、ピッコロ大魔王の攻撃を受けた時からその兆候はあった。

 夢の中で、おかしなビジョンを見たこともあった。

 薄々と感じ始めてはいたのだ。自分が普通の人間ではないことに。

 しかしそれでも、ヤムチャ・ティエリアーデという存在はそんな想像さえも及ばないほどに――酷く、歪な存在だった。

 

「思い出したようだね、ヤムチャ・ティエリアーデ。さあ、僕達の元へ帰ろう」

 

 真実を思い出したヤムチャティエリアに、セルリジェネが右手を差し伸べる。

 セル……セル・再生(リジェネ・レジェッタ)・ヤムチャというヤムベイドの存在は、リボンズヤムチャによって送り出された999体の中にはいなかった筈だ。

 しかしその名前に「セル」という人造人間編のラスボスの名がついていることから、何らかの因果関係があることが窺える。

 そんな「原作知識」が自分の中にあることもまた、ヤムチャには嘔吐感を覚えるほど気持ちの悪い感覚だった。

 

 

「……違う」

「ん?」

「サンキュー、プーアル……俺は大丈夫だ」

「ヤムチャ様……っ」

 

 気づけば、ヤムチャはそう呟いていた。

 違う。こんなものは認めない。全部まやかしだ。

 自分がこれまで生きていた世界は、決して空想の産物ではなく、れっきとした現実だった。

 ヤムチャ計画――その全貌を思い出したヤムチャが真っ先に抱いたのは、その計画を果たすべきヤムベイドとしての使命感ではない。

 

 その心に浮かんだのはまるで自分達のことをゲームの駒のように扱う元少年やリボンズヤムチャに対する激しい嫌悪感と、オオカミの咆哮のように熱く滾る反骨の炎だった。

 

「俺は教えられた! プーアルに、老師様に、クリリンやみんなに……そして、孫悟空にっ! あいつらの生き様の、その強さを!」

 

 ヤムチャは、あらん限りの声で叫んだ。

 ヤムチャ計画――俺は、そんなくだらない計画に手を貸すつもりはないと。

 自分の大切な仲間たちを、そんなものに付き合わせるつもりはないと。

 自分たちは漫画のキャラクターではなく、一人の人間だと。

 言い切って、ヤムチャは立ち上がり、セルリジェネの瞳を睨む。

 

「俺はヤムチャだ! 俺がヤムチャとして生きていたあの時間は、あんたらの手のひらや紙の上の物語なんかじゃなかった!」

 

 だから……そう言って、ヤムチャは拳を握り締め、構えた。

 

「俺はこれからも、ヤムチャとして生き続ける! がむしゃらなまでに!」

 

 構えた拳を突き出し、中指を立てて宣言する。

 それは原作にもある台詞を皮肉としてぶつけた、セルリジェネの裏にいるであろうヤムベイドの親玉に向けての叫びだった。

 

「あんたらのくだらねぇ計画の為にみんなの人生まで歪めるなら、俺は絶対に許さねぇ! 消えろヤムベイド! ぶっとばされんうちにな!!」

 

 ヤムチャティエリアはたった今、この時を持ってヤムチャとなることを選んだのだ。

 物語のキャラクターとしてではなく、自分自身の意志で。

 原作でもない。ヤムベイドでもない。彼はただ純粋なるヤムチャとして変革し、ヤムベイドと決裂した。

 そんなヤムチャの剣幕にセルリジェネは無表情を返し――次の瞬間、ヤムチャの脳に声が響いた。

 

『はははは!』

「っ……リボンズヤムチャ! ヴェーダの力か……!」

 

 宇宙のどこかに隠しているのであろうビッグゲテスター・ヴェーダ。その能力を使い、遠く離れた星からヤムチャの頭脳へ回線を開いたのである。

 リボンズヤムチャ。ヤムチャ計画の体現者であり、ヤムベイドの生みの親である彼はヤムチャに言った。

 

『どうやら君も、あの男に感化されてしまったようだね。孫悟空に……家族の幸せよりも自分の修行を優先して死んでいった、愚かな二次元(・・・)に!』

「貴様あああっ!!」

 

 孫悟空を、友を愚弄した。

 それも人としてではなく、絵のように扱って嘲笑う彼に、ヤムチャの怒りが頂点に達する。

 

 しかしヤムチャの振り上げた手が、誰かに下りることはなかった。

 

 彼が動き出すよりも速く、セルリジェネの右手がヤムチャの胸を刺し貫いていたのだ。

 ヤムチャというキャラクターが、原作でドクター・ゲロにやられたように。

 呆気なく、紙切れのように。

 

「っ……!」

「ヤムチャ様!? ヤムチャ様! しっかりしてください、ヤムチャ様ぁ……!」

『さようなら、ティエリア・アーデ。ヤムチャの役目は、ボクに返してもらうよ』

 

 グシャッと何かが潰れるような音が響く。

 セルリジェネが右手を引き抜くと、ヤムチャの身体は糸が切れたように倒れていった。

 間もなく呼吸を停止し、動かなくなる。

 泣き腫らしたプーアルが駆け寄るも……既に無機物となっていたヤムチャに、返事はなかった。

 

 

 

 そんな彼らの元から踵を返し、セルリジェネが瞳を閉じながら言う。

 どこか居たたまれないような雰囲気で放った、リボンズヤムチャへの問い掛けの言葉だった。

 

「……そう言えば、アニューは呼び戻したのかい?」

『トキトキ都から得られる情報は、十分に集まったからね。脱出の際にトランクスとのいざこざはあったけど、彼女にも脱出してもらった。リヴァイブやブリングたちも一緒だよ』

「ヤムチャマイスターの集結か。予定よりも随分早かったね。ティエリアとも、本来ならナメック星で合流する筈だった……何も、殺す必要はなかったんじゃないかな?」

『そうでもないさ。自力で記憶を取り戻し始めていた彼の動きは、少し不穏だったからね。現に彼は、ボクたちに反抗の意を示したじゃない?』

「ふーん……まあ、そういうことにしておくよ」

 

 ヤムチャの遺体にすがるように泣きつくプーアルの姿を見て、セルリジェネは依然変わらない表情を浮かべる。

 そんな彼はパッと見ただけではわからない程度に肩を竦めた後、その場から「瞬間移動」を発動し、朧のように立ち去っていった。

 

 

 

 

 ――元少年の企てたヤムチャ計画……それはリボンズヤムチャによる方針の変更によって、この時を境に大きく揺れ動くこととなる。

 

 

 

 

 そしてその歪みは後の「物語」にも、大きな影響をもたらした。

 

 

 

 

 その一つは――孫悟空が原作よりも圧倒的に強い姿で生き返ったことである。

 

 

 ――ヤムチャが消えた。

 

 友であり、最大のライバルと認めていた彼がラディッツよりも遥かに強い何者かによって倒されたという情報は界王星にいる悟空にも伝わり、その事実が悟空に激しい怒りと、より強い発奮を与えたのである。

 元々悟空はライバルであるヤムチャの存在により、原作よりもさらに強い刺激を受け、修行に精を出していた身である。

 もはや界王星での修行は界王様がドン引きするほど苛烈としたものとなり、悟空は既に死んでいる身でありながら、何度死の淵を彷徨ったかわからないほどだった。

 そして自らの身体を過酷に追い込めば追い込むほど、悟空の中にあるサイヤ人の血は彼の身体をより強く進化させていった。

 

 そしてその結果は、原作の展開をものの見事に崩壊させることとなった。

 まず一つ、

 

「ピッコロ、無事か? 仙豆だ、食え」

「孫……お前……」

「悟飯を助けてくれてありがとな。後は全部オラがやる!」

「おとうさぁんっ……!」

 

 ――ピッコロの生存である。

 

 悟空が原作より強くなった分、蛇の道を突破する時間が短縮され、本来なら悟飯を庇って死ぬ筈だったピッコロを致死前に助けることができた。

 これによって後にナメック星へ行く理由がなくなり、彼らのナメック星編は始まる前に無事終了することとなる。

 さらにもう一つ、

 

「カ……カカロット、てめぇ、なんで俺を……」

「おめえはどうしようもねぇワルだけどよ……身動き一つできねぇ奴に、わざわざとどめを刺すことはねぇだろ」

「動けないサイヤ人を助けるとは、やはり貴様は出来損ないだな、カカロット。弱い奴は死ぬ、それがサイヤ人のルールだ!」

「違う……オラは地球人だ!」

 

 ――ナッパが生き残った。

 

 原作よりも強い姿で帰ってきた悟空は、ナッパを投げ飛ばしてから放たれたベジータの攻撃に反応し、ナッパを担いで超スピードで救出したのである。

 それは誰より助けられたナッパが驚いた展開であり、彼は愕然とした目で悟空の姿を見上げていた。

 

 

 そんな悟空とベジータの限界を超えた熱い戦いは白熱を極めたが、次第に悟空が優勢に進んでいった。

 

「オラは赤ん坊の頃地球に送られて、本当に良かったと思ってるぞ! おめえみたいにならずに済んだんだからな!」

「馬鹿な……っ、貴様、この俺の戦闘力を!」

「オラはもう、人の命を見捨てたりしねぇっ! 界王拳!!」

 

 原作では三倍でようやくベジータの戦闘力18000を超える筈だったところを、悟空は二倍の界王拳で戦闘力20000を超えてみせた。

 そんな彼の脳裏に焼き付いているのは、今の自分のように拳を連打していく宿敵(とも)の姿だった。

 

「そうだろ? ヤムチャ!」

 

 天下一武道会でのヤムチャとの死闘を思い出しながら、悟空が叫ぶ。

 謎の男によって殺されたという彼は、どういうわけか自分と一緒に生き返ることができなかった。神様の話によれば、魂があの世にないとのことだ。

 

 彼の遺体も、まだ見ていない。

 

 だからか、悟空はまだ彼の――ヤムチャの生存を信じていた。

 信じているが、この戦いには来れないのであろうヤムチャの分まで背負うかのように、悟空はベジータを圧倒していく。

 

 そして追い詰められたベジータは原作通り大猿へと変身し、十倍になった戦闘力で今度は悟空が圧倒される側となった。

 

「尻尾をなくしたことを後悔するがいい!」

「大猿の化け物……!? なんてこった……じっちゃんを殺した化け物は、オラだったんか……!」

 

 大猿ベジータを相手にやや粘りを見せた悟空だが、6倍まで高めた界王拳でも力負けし、窮地に陥る。

 その際、原作ほど力の開きがない分大猿ベジータが油断のない機敏な動きで飛び回り、岩陰で尻尾を切る隙を窺っていたヤジロベーが動くに動けなかったのは皮肉な状況だった。

 

 やがて万策尽き、界王拳の反動で息も絶え絶えとなった悟空に向かって、大猿ベジータは地球ごと全てを吹き飛ばそうとギャリック砲の構えを取る。

 

「この地球ごと……宇宙の塵になれぇ!」

 

 そしてその瞬間――悟空の身体から黄金色の光が爆発した。

 

「そんなこと……させねぇぇっ!!」

「なに!?」

 

 悟空の黒髪が逆立ち、黄金色のおびただしいオーラが広がっていく。

 界王拳とは違う。大猿とも違う。

 一目見ただけで明らかに違うとわかる悟空の変化に、たった一つだけ思い当たる節のあったベジータが驚愕した。

 

「貴様、その姿は……まさか!?」

 

 落ちこぼれの下級戦士が……スーパーサイヤ人になったというのか!?

 そう叫ぶ大猿ベジータの腹を、黄金色に輝く悟空の鉄拳が打ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 そんなサイヤ人編のクライマックスパートを、ビッグゲテスター・ヴェーダに増設した大広間にて巨大なウインドウ画面から眺めながら、この場に集結した「ヤムチャマイスター」たちは思い思いの感想を口々に語っていた。

 

「リボンズ、あの孫悟空の変身は何かしら?」

「擬似(スーパー)サイヤ人……いわゆる、超サイヤ人の不完全体さ」

「あー、思い出した! スラッグの映画に出てきたアレね!」

「ふん……まだ、我々には遠く及ばん」

「ブリングの言う通りだな」

「それでもティエリア・アーデ一人の違いで、孫悟空がここまで強くなるとはね」

「君が恐れていたわけだ。早めに処分して良かったね、リボンズ」

 

 この時点では原作よりも強くなっている孫悟空。

 当初の計画よりも速く処分することになった、ヤムチャ・ティエリアーデ。

 そんな光景を前にして、これからどう計画を動かしていくのか……どこか微笑ましいものを見るような目で、セルリジェネがリボンズヤムチャの姿を見やる。

 

 しかしリボンズヤムチャの目線は今、広間に映し出されているウインドウ画面にのみ注がれていた。

 

「……孫……悟空……」

 

 彼が意図せず呟いたその名前には、様々な感情が入り乱れた混沌の思いが込められていた。

 

 

 

 

 




 
 【次回予告】
 ベジータが散る、ナッパが散る、フリーザが散る。生と死が交錯していく。
 次回、「転生したヤムチャが撃ち落とせない」――原作崩壊から二次創作へと至る変革期、その痛みに狼が呻く――

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