悟空たちは衝撃の真実を知ることとなった。
ヤムチャが本当は「ヤムチャ・ティエリアーデ」という名の人造人間、ヤムベイドであること。
その生みの親であるオリジナルヤムチャ、「リボンズヤムチャ」によってこの世界が狙われているということ。
そして、リボンズヤムチャがかつて生きていた外の世界では、この世界が「ドラゴンボール」という物語であり、創作だったということを。
いずれの話を語るにも、ヤムチャにとって並大抵の勇気ではなかった話だ。
自分が何者であるのか、普通の人間ではなかったこと。ヤムチャ自身は折り合いをつけた上でここへ戻ってきた身だが、彼らにどう受け止めてもらえるかは不安だったのだ。
ただ……幸にもここにいる人間は、それらのことを気にするような者たちではなかった。
「ふーん、色んな世界があるんだなぁ」
――とは、話を聞き終わった孫悟空が開口一番に放った言葉だ。
ヤムチャの話を聞いて、その内容をしっかりと理解しておきながらも、主人公である悟空を含め彼らの反応はどこまでも軽いものだった。
「まあ、そんなことはどうでもいいさ。それよりリボンズヤムチャってのが問題なんだろ? 強ぇんかそいつら?」
「どうでも良くなんかないでしょ! あんた相変わらず軽いわね。主人公のくせに」
「じゃあブルマは気にしてんのか?」
「それは気にするに……あれ? うーん、言われてみると割とどうでもいいわね。物語なんて言われてもピンと来ないし……あっ! 女優さんになったと思えばちょっと嬉しいかも!」
「はは……悟空やヤムチャさんは凄そうだけど、俺の活躍とかしょぼそうだな」
「いや、そんなことはないよ? 孫悟空の一番の仲間だったクリリンは、この中でも人気キャラの一人だった」
「わし! わしはどうだったんじゃ?」
「亀仙人は悟空たちに最後まで影響を与えていた、いい師匠キャラだったよ」
「ただのスケベ爺さんじゃなかったのね」
この世界が物語の世界であることを聞いて、彼らは思い思いに自らのポジションに対して口を開く。
言われてみれば創作の世界と言われても、確かに実感を持つことは難しいかもしれない。
ヤムチャ自身、ヤムベイドとして与えられたこの「メタ知識」を思い出した後も、彼らのことを物語のキャラクターだという認識で見たことは一度もなかった。
彼らはどこまでいっても自分が共に競い合ってきた仲間であり、ライバルであると――そこに二次元や三次元などという垣根はどこにもなかったのだ。
だが……
「な、なあ、お前ら……」
「どうしたヤムチャ?」
「俺、今すっげぇ勇気出して話したんだけどさ……俺のこと、もっとこう、ないのか?」
言い淀むヤムチャの心には、自分自身の真実を知った時から抱えていた迷いがあった。
自分がリボンズヤムチャの手でビッグゲテスター・ヴェーダという機械惑星によって作り出され、今まで本物のヤムチャとして成り代わっていた人造人間であることを。
ヤムチャは四年前、セルリジェネに対して自分がヤムチャであると頑なに言い切った。あの言葉は、確かに本当の気持ちだ。
しかしそれでも……今まで自分の周りにいた仲間たちがどう思うのかと、ずっと不安だったのかもしれない。
そんなヤムチャの心情を、一瞬だけ察したように悟空が眉を動かした。
普段は飄々としているように見えて、こう言った時には聡いところがある彼だ。そんな悟空が頭を掻きながら、困ったように笑いながら言い返した。
「って言われても、ヤムチャはヤムチャだろ? なあ?」
「もちろんよ。そのヤムベイド? とか言うのでも、今まで私たちと付き合ってきたヤムチャはあんたなんだし、何か変わるわけじゃないわよね。……寧ろそういう、ちょっと普通じゃない人って私好みよ?」
「ブルマ……」
どこまでも純粋な目でそう返す悟空に、追従するように言い放つブルマ。
特に長い付き合いである彼らの後ろではウーロンもうんうんと頷いており、彼らの後に天津飯が続いた。
「ここがお前の言う物語の世界だろうと、誰に見られていようと、俺たちが今まで積み重ねてきたものは何一つ変わりはせん。ヤムチャ、お前が積み重ねてきたものもな」
「天津飯……」
「そうじゃな。お前も悟空と同じじゃ。生まれがどうだろうと、今は誰よりも立派な地球人なんじゃ。あまり気にするでない」
「まあ、ここにいるのは俺以外普通じゃない人ばっかっすからねぇ」
「そうですか? クリリンさんもお鼻のところとか変わっていると思うんですけど……」
「馬鹿、生意気言うんじゃない」
「みんな……」
誰一人、だ。
彼らは誰一人として、ヤムチャの正体を知ったところで拒絶する者はいなかった。
ピッコロまでもが「ふん」、と何かを言いたげな顔でそっぽを向いたところを見て、ヤムチャの胸から強く熱いものが込み上がってきた。
「ほら、だから言ったじゃないですかヤムチャ様」
笑顔で寄り添うように、プーアルが言う。
ヤムベイド――ヤムチャ・ティエリアーデではない。
ここにいる皆が、彼のことを「ヤムチャ」として受け入れたのだ。
「……そうだな、プーアル。こいつらは、そういう連中だった」
これでは、一人悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
そんな己の弱さ、ヘタレさ加減に苦笑しながら「ヤムチャ」がプーアルの頭を撫でる。そんな彼の姿を、セルリジェネが微笑ましそうに眺めていた。
「ここで俺は変わる……」
この、普通じゃない奴らの中で。
「俺自身が、ヤムチャになる……」
ヤムチャでいい。
ヤムチャでいたい。
そんな己の心を真っ直ぐに肯定してくれた皆の思いを受けて、ヤムチャ・ティエリアーデはこの時、ヤムチャになった。
ゲンサクではなく、二次元でもなく――俺とヤムチャは変わる。
そう在りたいと、ヤムチャは誓った。
どこか憑き物が落ちたような顔で微笑むヤムチャに、同門の兄弟子であり弟分であるクリリンが訊ねた。
「そう言えば、ヤムチャさんはどうだったんですか? その……「ドラゴンボール」のヤムチャさんは」
「俺か?」
「きっと美味しいところを持っていくキャラだったんだろうなぁ、俺と違って」
「はは、そんなことはないさ」
まさかクリリンからゲンサクのヤムチャについて問われるとは思わず、ヤムチャはつい苦笑を浮かべてしまう。
その様子を見て同じく原作知識を持つセルリジェネが、さてどう答える?とでも言わんばかりに好奇心旺盛な目を覗かせていた。
あっ、私もそれ気になる!と、興味津々に話に入ってきたのはブルマだ。
そんな彼らの前で、ヤムチャは気恥ずかしい思いになりながら答えた。
「俺はな……」
そしてヤムチャは――ヤムチャを語った。
ヤムチャによって明かされた新たな脅威、ヤムベイド。
その親玉であるリボンズヤムチャという男は、かつてこの世界を「物語」として観測していた違う次元の存在だった。
そんな彼は自身がヤムチャというキャラクターに生まれた生の中である野望を抱く。
――それは即ち、彼の観測していた「物語」を自分色に染め上げるというものだった。
上位次元から来た存在である自分は絶対者であり、支配者だ。
そういった傲慢な思想を抱いた彼は手始めにこの宇宙の神「界王神」を殺害し、宇宙の支配者であるフリーザ一族を謀殺してみせた。
彼は自分こそが神となり、この世界を支配しようとしているのだ。
今の段階では、犠牲者はまだ少ないかもしれない。
しかし「界王神を殺した」という話がヤムチャから飛び出してきた時点で、宮殿から話を聞いていた地球の神様や、界王星から様子を窺っていた界王様が過呼吸になったほどである。
それが事実なら、リボンズヤムチャという者はこの宇宙にとってとてつもない災厄をもたらしかねない存在だと。界王神殺しを企てた時点で、彼らが警戒するには十分な相手だった。
「奴の目的は多分……悟空、お前だ」
「ん、オラか?」
「奴はどこまでいっても、この世界を物語の世界としか見ていない。だからまずはゲンサクの流れを変える為に、物語の主人公だったお前の人生を捻じ曲げようとする筈だ」
「……そうすっと、どうなるんだ?」
ヤムベイドとして「ヤムチャ計画」の全貌を知るヤムチャは、次に起こすであろうリボンズヤムチャの行動を予測する。
そして周囲にスパイカメラがないことを確認した上で、彼は言った。
「殺しに来るだろうな。多分、「人造人間編」が始まる三年後あたりに」
リボンズヤムチャは間違いなく悟空を殺しに来る。彼の目的がゲンサクを自分色に染め上げることならば、どうしても主人公である孫悟空の存在が邪魔になるからだ。
ここにいる者たちにはゲンサクだの登場人物だのということは一切ピンと来ていない様子だが、自らを上位次元の存在であると認識しているリボンズヤムチャはそういった偏った見方でしか人を見れない男だった。
穏やかではないその話を聞いて、しかし悟空はサイヤ人らしい好戦的な笑みを浮かべる。だが、話に聞くリボンズヤムチャの「今更な」行動を怪訝に思ったのか、彼は至極尤もな疑問を投げかけた。
「オラの命を狙ってくるってことか……ん? なら、なんで今までそうしなかったんだ? ヤムベイドって奴がみんなおめえぐらい強ぇなら、子供の頃とかに襲われたらひとたまりもなかったんじゃねぇか?」
話に聞くような狡猾で頭の回る人間であれば、わざわざ悟空が超サイヤ人になった今のタイミングで殺しに来るよりも、もっとやりやすいタイミングはいくらでもあった筈だ。
RPGのラスボスが、強くなった主人公としか戦わないのとは道理が違う。殺害に打って出るには粗末な計画に思えるそのやり方を不思議がる彼に、ヤムチャは言い辛そうに間を空けながら答えた。
「……奴は、お前をかませ犬にしようとしているんだ」
「かませいぬ?」
おそらくは、それこそがリボンズヤムチャの計画の根幹なのだろう。
そう思いながら、呆れたようにヤムチャが語る。
「さっき言ったけどな……ゲンサクでのヤムチャは、あんまりいい役回りじゃなかったんだ。よく新しい敵に倒されたり、敵の強さを引き立てる損なやられ役だったからな」
「おめえを見てると信じられねぇけど……それが、どうした?」
「……リボンズヤムチャはあのベジータと同じか、それ以上にプライドの高い奴だ。だからアイツは、自分がそんな「かませ犬」の立場になるのが嫌で……逆に、そのかませ犬に引き立てられる立場だったお前が許せないんだ」
かませ犬とは、弱すぎる者では務まらない役回りである。
そして引き立て役とは、ある程度強くなくては務まらない。
リボンズヤムチャが今まであえて悟空たちに攻撃を仕掛けてこなかったのは、弱すぎる相手では踏み台にもならないというセル戦での超ベジータにも似た理由だった。
しかし原作の超ベジータと決定的に違うのは、リボンズヤムチャの場合はそれが「主人公」という悟空の立場に対するコンプレックスを拗らせた結果であるということだ。
悟空をかませ犬にして己の計画を果たそうとするのは、彼なりの意趣返しのつもりなのだろう。彼を近くで監視していたことのあるセルリジェネが、ヤムチャの説明を引き継ぐように補足した。
「主人公である君を丁度いい強さの「かませ犬」に仕立て上げた後、そんな君を踏み台にして高みへと昇りつめていく。それが、彼の思惑なんだろうね」
「んー、よくわかんねぇなぁ」
「俺にだってわかんねぇよ、あいつの考えることは。ただ、ここにいるみんながまだ攻撃されていないのは、あえて見逃されているようなもんだと思っていい」
あるいはある程度強くなった悟空たちと戦うことによって、リボンズヤムチャには何か己をより強くするための算段をつけているのかもしれない。おそらくは、その線も高いだろう。
オリジナルヤムチャに生まれ変わった少年も、厄介な人格を作ってくれたもんだとヤムチャは苦虫を嚙み潰した。
「……気に入らんな」
まるで、自分たちが彼の敷いたレールを渡らされているような……そんな感覚を抱いたのだろう。それまで黙ってヤムチャの話を聞いていたピッコロが、嫌悪感を露わに呟いた。
その言葉に、ヤムチャが「初めて気が合ったな」と笑みを返した。
「だろう? 俺はムカつくからぶっ飛ばしてやろうと思ってるんだが……あんたもこの話に乗らないか、ピッコロ?」
「いいだろう。俺はこの地球の神のように、高いところから見下ろしている輩が嫌いなんでな」
「オラもやるぜ、ヤムチャ。要するにそのリボなんとかって奴は、オラが強くなんのをわざわざ待っててくれるぐらい自信があるってことだろ? オラを殺しに来るってんなら、受けて立つぞ」
「ほんっとうに相変わらずだな、お前は。頼もしい奴だよ」
「ってことでヤムチャ、仙豆も食ったし、今からいっちょやんねぇか? さらに強くなったおめえを見てからよ、ワクワクしてんだ!」
「ああ、久しぶりにやるか。俺も超サイヤ人になったお前にどこまで食い下がれるのか、試してみたかったからな!」
「呆れた……もう日が落ちるってのに、あんたらまだやるわけ? ヤムチャも久しぶりに会った彼女には、もっと話すことあるでしょ!」
「あ、あれ? 俺たちって別に付き合ってませんでしたよねっ!?」
「……ふん、いいわよ。あんたなんかよりイイ男見つけてやるんだから」
ヤムチャが真実を語った後も、彼らは至って平常運転だった一コマである。
それからの三年、地球はヤムチャの仮説通り、しばらく平和な時が続いた。
その間、原作の流れと決定的に違う展開が幾度となく訪れたこともあったが……その全てにはやはり、いずれもヤムチャを含むヤムベイドたちが起こした行動が関わっていた。
相違点1、「ナッパとベジータ」。
サイヤ人編を生き抜いた後、再び上司と部下の立場に戻りナメック星で暗躍していた二人。
ナメック星でのベジータは概ね原作通りの動きをしていたが、本来存在しないナッパは星を訪れていないクリリンと悟飯の代役をするような立ち回りでベジータを支援していた。
ただし、悟空がナメック星に来なかったことが影響し、彼らがギニュー特戦隊の面々を突破することは叶わなかった。原作通りグルドを瞬殺するところまではいけたのだが、やはりリクームが鬼門だったのだ。
尻尾を残していたナッパが大猿となることで、一時はどうにか食い下がることができた二人だが、数人がかりとあっては分が悪く、二人はせっかく手に入れたドラゴンボールを全て持っていかれることとなった。
ただ、ベジータもナッパも純粋エリートサイヤ人は伊達ではなかった。命からがらに特戦隊の目を盗み、辛くも生還することに成功する。
しかし逃走の最中、上空で繰り広げられるバーダック対フリーザの異次元の死闘を目にして力尽き意識を失ったのが、二人が過ごしたナメック星編の最後だった。
――その後、二人はナメック星の様子を見に来ていたヤムチャ・ティエリアーデに拾われ、同じく救出されていたナメック星人の生き残りと共に彼の宇宙船で地球へ向かうことになった。
しかし爆発するナメック星を脱出した後、ベジータとヤムチャだけは途中で宇宙船を降りることとなった。
始めはベジータが言った「地球人やナメック星人などと同じ船に乗っていられるか!」というわがままもといプライドたっての要望だったのだが、それを聞いたヤムチャが「お前が降りるなら俺も降りるわ」と言い、二人は地球の前に立ち寄った「ヤードラット星」で途中下車したのである。
残ったセルリジェネとナメック星人たち、そしてナッパは一足先に地球へと向かい、無事にたどり着いたのが一年前のことだった。
フリーザが死んでからクウラたちが地球を襲うまでの空白期間、ヤムチャはヤードラット星でベジータと修行していたのである。
ヤムチャがこれを語った時、「今のが一番おどれぇた!」と返したのが悟空である。
「だ、大丈夫だったんですか? あのベジータと一緒にいたなんて……って言うか、リジェネさんは前から地球にいたんですね」
「僕は普段から「気」を消しているからね。君たちが相手でも、そうそう見つかるヘマはしないさ」
ベジータの恐ろしさを知るクリリンや悟飯などは、「こいつマジか……」とでも言いたげな目でヤムチャを見つめていた。
そしてナメック星人たちが地球でひっそりと暮らしていたことは、ピッコロと悟飯だけは気づいていたようであり、既に彼らと会っていたらしい。
尤もヤムチャがそれに一枚噛んでいたことまでは、聞かされていなかったようだが。
「この前友達になったんです、デンデくんって言うんですけど」
「へぇ~、それは知らなかったなぁ。今度会ってもいいか?」
「うん! みんないい人ですよ!」
後に地球の神となるデンデとのファーストコンタクトは、地球で行われることとなった。ドドリアに殺されずに済んだのは、その時の彼がデンデではなく「気」を消していなかったナッパの存在に注意が向いていたからである。
デンデを含むナメック星人たちの生き残りは辺境の場所に自分たちで村を作って暮らしているらしく、ベジータはヤムチャと共にヤードラット星で修行した後、今は他所の星でフリーザ軍残党を潰し回っているらしい。
ならば、ナッパはどうしているのか? ヤムチャは彼を相手にした結果、餃子が死ぬことになったあのサイヤ人も地球にいるのかと某日天津飯に問い詰められ、セルリジェネが答えた。
「彼はもう、この地球で暴れ回ることはないんじゃないかな?」
「なんだと……?」
いつの間にかブルマの家に居座っていたセルリジェネが、ソファーの上で子猫を撫でながらナッパの近況を語る。
ナッパは確かに地球にいる。
しかし彼は、既に彼らの知るナッパではなかった。
「ナッパさん、今日もたくましいわねぇ」
「ほんと、相変わらずいい筋肉だわ。家のお店で働かない?」
ヤムチャとセルリジェネによる案内の下、天津飯とクリリンがナッパのいる場所へと足を運ぶと、そこには――いた。
田舎町の商店街で、恰幅の良いおばちゃんたちと談笑しているサイヤ人の姿がそこにあった。
「うちのガキ共が早く買ってこいってうるさいですからねぇ、すみませんがそろそろお暇させてもらいやす」
「あら! それは呼び止めてごめんなさいね」
「いえいえ、俺もつい調子に乗っちまって話し込んじまって!」
「まあ、お茶目さん!」
……えっ、あれナッパ? ナッパナンデ? ただの感じのいいおっちゃんじゃねぇか!
農夫の格好をしており、何の違和感もなく田舎の商店街に溶け込んでいるナッパの姿を見つけた時、天津飯たちは口をあんぐりとさせて硬直していた。
――そう、ナメック星から人知れず地球に降り立っていたナッパは、何故かものすごく穏やかになっていたのだ。
「どうやら彼は、ナメック星での戦いですっかり心を折られてしまったらしい」
ベジータに見捨てられ、消されそうになったところを下級戦士のカカロットに助けられた。
その後はナメック星のドラゴンボールを手に入れる為に、半ば強制的に再びベジータと組むことになった。
しかし二人で訪れたナメック星は苦難の連続であり、ザーボンやギニュー特戦隊との対峙では何度となく殺されかけた。
あまりにも惨めな戦い。
逃げることしか出来ない哀れな自分。
その時点でもはや、サイヤ人のエリート戦士として積み重ねてきた彼の自信は粉々である。
どうにか逃げ果せ、命だけは助かることができた。しかし、そこで彼が見たのが……
伝説の超サイヤ人と、自分たちが打倒を掲げていたフリーザによる異次元の激突である。
自分が滅多打ちにされたギニュー特戦隊すらも足元に及ばない、あまりにも圧倒的な力のぶつかり合いだった。
薄れゆく意識の中、微かに目を開けていたベジータなどは伝説の戦士の姿に死の恐怖と決定的な挫折を感じ、涙すら流していた。
だが涙を流すことができたベジータはまだ、強い心を持っていた。
同じく彼らの姿を見たナッパは――何もかも諦めてしまったのだから。
――もういいや。こんな化け物がいる宇宙で、戦闘民族なんて恥ずかしくてやってられるかと――。
より圧倒的な存在を目にした彼は己の矮小さを思い知り、ポッキリと心が折れてしまったのである。
ナッパは確かに生き残った。しかし、サイヤ人としてのナッパは間違いなく死んでしまったのだろう。
心が折れてしまった今のナッパには、再び地球を訪れたところでもはや暴れ回る気はなかった。
彼はナメック星でベジータから教えられた「気」のコントロールでギリギリまで戦闘力を抑えながら、ひっそりと寿命を全うすることにしたのである。
そんな彼の年齢も今では還暦に近く、その背中からは人生をやり切ったような男の哀愁が漂っていた。
「……どう言えばいいんだろうな、この気持ちは」
「今なら餃子の仇が討てるが、どうする天津飯?」
「……虚しい。虚しいだけだ。死んだ奴を殺すことなど、餃子も望まんだろう」
「そうか……良い奴だな、お前」
「ふっ、今の奴を倒すのは、武道家の誇りに反する。それだけだ」
変わり果てたナッパの姿を見た天津飯は、そう言って彼に対する仇討ちがもはや意味をなさなくなったことを悟り、複雑そうな顔で溜め息を吐いた。
決して恨みがなくなったわけではないが、武道家の誇りに忠実な性格が表れた姿だった。
――しかしこのナッパ、とんでもないところで「原作」と関係していた。
「おう! 帰ったぞラピス、ラズリ!」
「遅いんだよハゲ!」
「おいおい、今日がいつなのかわかってるのかよ」
「がはは、すまんすまん!」
ナッパの後をつけてみると、彼が帰宅した一軒家からは見目麗しい双子の少年たちが出迎えてきた。
その内、姉と思わしき口の悪い金髪美少女にはクリリンが思わず一目惚れする一幕があったが、そこは運命的なものなのかもしれない。
相違点その2、「人造人間17号と18号がドクター・ゲロに改造されなかった」。
17号はラピス、18号はラズリという名前の生身の人間として、二人とも人造人間になることなく平和に暮らしていたのである。
そんな二人が住んでいる家の中へ迎えられたナッパの姿は、まるで普通の気のいい父親のようだった。
もしもゲンサクのように改造されてしまうのなら……と双子の行く末を危惧していたヤムチャであったが、どういうわけか奇妙な形で杞憂に終わった瞬間である。
「こういうことに驚いてしまうあたり、ある意味ゲンサクって奴に拘っているのは、俺たちの方なのかもしれないな……」
「それは……どうだろうね」
――流石にこればかりはリボンズヤムチャにとっても計算外だったのではないか、とはヤムチャとセルリジェネの共通の認識だった。
しかし、これならば未来からトランクスが来ないわけだと納得し、安堵の息をついた。
そして最後の相違点3、「悟空が心臓病にならなかった」。
原作ではウイルス性の心臓病を患い、トランクスの未来では死に至ることとなった悲劇の出来事。
そのトランクスが未来から来なかったにも関わらず、この世界では心臓病のしの字さえ出てこなかった。
どうにも悟空が原作中で患うことになった心臓病はナメック星という慣れない環境で貰ってきたウイルスが元だったらしく、ナメック星に行くことすらなかったこの世界では彼が病気になる原因自体がなくなっていたようだ。
それもまた彼をかませ犬にする為にリボンズヤムチャが敷いたレールの一部だったのかは定かではないが、彼が病気にならないのならそれに越したことはないだろう。
念の為にトキトキ都から持って来ていた特効薬が無駄になったなと、嬉しい誤算にヤムチャは苦笑した。
そんな大きな三つの相違点を抱えながら、彼らは三年の時を過ごした。
そして、予想通りリボンズヤムチャが――動いた。
最初に被害を受けたのは、北の都だった。
17号と18号が誕生していない今、町を襲ったのは彼らではない。
ならば19号と20号ことドクター・ゲロか、とヤムチャたちが警戒しながら向かうと――そこには
「くそっ、ヤムベイドの仕業か!」
人造人間13号、14号、15号である。
いずれも劇場版ドラゴンボールZ「極限バトル!! 三大超サイヤ人」に登場したドクター・ゲロの人造人間だった。
ヤムチャはセルリジェネと共に、この三年の間でドクター・ゲロの捜索も並行して行っていた。しかし、原作で彼の隠れ家があったと思わしき場所は既に引き払われた後であり、もぬけの殻だったのだ。
おそらくは彼の科学力に目をつけたリボンズヤムチャが、彼に何かを吹き込んだか……あるいはその身を匿ったのだろう。
「ヤムチャ、こいつらとんでもなく強ぇぞ!」
「わかってる!」
三体の人造人間はやはり悟空を狙い、その命を奪おうとしていた。
ヤムチャから事前に何かが起こることを伝えられていた地球の戦士たちは即座に打って出たものの、凄まじい戦闘力を持つ彼らを相手に対抗できるのは悟空とヤムチャだけだった。
原作のようにネイルと同化していないピッコロでは、彼らの戦いについていけず真っ先にやられてしまう形となった。それでも登場する時だけはきっちり悟飯を助けていたあたり、いぶし銀的な活躍は光っていたが。
「ねえ! あんたは戦わないの!?」
「僕は戦闘タイプのヤムベイドじゃないからね」
「なによそれ!」
「というか、ティエリア……ヤムチャに止められているんだよね」
「ヤムチャに? どういうこと……?」
セルリジェネはどういうわけか、彼らの戦いを傍観するだけで戦おうとしなかった。
そんな彼の見つめる戦場の中で、悟空とヤムチャは三対二の戦いで劣勢に追い込まれていった。
――しかしその戦いは、直後に三対三となる。
13号との間で悟空を挟み撃ちにしようとしていた14号の突進を、突如として現れたもう一人の戦士が蹴り飛ばして叩き落したのである。
「おめえは……っ」
「来たのか……!」
思いがけない男の登場に驚く悟空と、喜びに頬を緩めるヤムチャ。
そんな二人の視線を受けながら、腕を組みながら地に下りた「M」の額が黄金に染まった。
「なんてザマだカカロット、ヤムチャ! 貴様らを倒すのはこの俺だということを忘れたか!」
――待望のベジータ登場である。
ヤードラット星でヤムチャと修行し、その後フリーザ軍の残党狩りを行っていた彼は新たな力――「超サイヤ人」となった自らの力を持って二人を倒す為に、「瞬間移動」で地球にやって来たのである。
そう、彼はヤードラット星での修行によって、原作では覚えていなかった「瞬間移動」をその身に引っ提げて復活したのである。
そして地球での屈辱とナメック星での屈辱、ヤムチャとの修行で味わわされた屈辱から発生した「自分への怒り」で目覚めたのである。超サイヤ人に。
「お前はベジータか。以前とはデータが違うな」
「邪魔な奴らがいるな。まずは貴様らから片付けてやる!」
この時地球に来た目的はあくまでも悟空とヤムチャの抹殺だったと語るベジータだが、そこに人造人間という邪魔者がいたことで三人は一時的に共闘戦線を組むこととなった。
「激突!! 三大超サイヤ人」ならぬ、「鮮烈!! 二大超サイヤ人+ヤムチャ」である。
成り行きとは言えベジータという心強い味方を得たことで、三人は三体の人造人間を圧していき、遂に14号と15号を破壊することに成功した。
しかし、本当の戦いはそこからだった。
「なっ……ガラクタ共が合体しやがった!」
「くそ! あのチップを壊せなかったか!」
破壊された14号と15号のコンピューターチップを吸収することで、人造人間13号が合体13号となり爆発的に戦闘能力を上昇させたのである。
その強さはまさに、原作劇場版通りの圧倒ぶりだった。
「コイツは……想像以上にやべぇな。リボンズってのはコイツより強ぇのか?」
「……眼中にないぐらいにはな。コイツだって、奴にとっては使い捨ての戦力に過ぎないだろう」
「はは……俺たちは、とんでもねぇ奴を敵にしちまってるみてぇだな」
「まったく、だな……」
超サイヤ人級のパワーで殴ってもビクともしない合体13号の強さに、悟空とヤムチャが渇いた笑いを漏らしながら悪態をつく。
だが二人とも、まだ勝算がないわけではなかった。
「悟空、元気玉だ」
「……ああ、オラもそう考えてたとこだ。時間稼ぎ、頼めるか?」
元気玉である。
原作劇場版において合体13号という敵は、悟空が元気玉を作り、それを超サイヤ人の身体に吸収することで限界突破した力で倒した相手である。ならばそれと同じことをすれば勝てるのではないかとヤムチャは踏んでいた。
ただ、非情な人造人間がそれを大人しく待ってくれる筈もない。元気玉を作り始めた悟空を見るなり、彼は唸りを上げて襲い掛かってきた。
「はああっ!」
そんな人造人間から悟空を守る為に、ヤムチャが立ち塞がり、身体中に「気」を張り巡らす。
トキトキ都での修行で身につけた力。老界王神から引き出してもらった力。その二つを余すことなく引き出し、ヤムチャは急迫してくる敵の姿を見据える。
「持ってくれ、ヤムチャ……」
自分自身にそう言い聞かせながら、ヤムチャは狼牙風風拳の構えを取る。
皮肉なものだ……自分こそがヤムチャだと言い張ったくせして、リボンズヤムチャが作ってくれたメタルヤムチャの肉体性能でなければこうして悟空たちと並び立つことができないのは。
矛盾している。
ああ、俺という人間は酷く矛盾しているんだ。そう自嘲しながら、ヤムチャは目を瞑る。
しかし、今はそれでも良かった。
この力で、悟空たちを救うことができるのなら。
誰にも言ったことはないが、ヤムチャは自分がヤムベイドで良かったと思い始めていた。
ヤムベイドで良かったと思っている自分が、ヤムベイドと敵対して生みの親に逆らおうとしているのだ。それは原作のヤムチャよりも遥かに惨めで、滑稽な姿だろう。
だが、ヤムチャは選んだ。
ここにいることを。
自分自身が、ヤムチャとなることを。
ヤムチャだ。
俺が、ヤムチャだ。
「ここには、悟空と……ベジータと……!」
原作では終ぞサイヤ人である二人と肩を並べることのなかったヤムチャ。知らず知らずのうちにフェードアウトしていくヘタレの代名詞だった彼。
そんな、自分自身に植え付けられたヤムベイドとしてのメタ知識を見て、ヤムチャは薄く笑う。
わかるような気がする――少年がリボンズヤムチャという人格を生み、リボンズヤムチャがヤムベイドを作ったわけが。
彼らはきっと、彼らなりに求め続けていたのだろう。
この存在に宿る可能性を――ヤムチャという名の
「
吹き荒れるヤムチャの闘気が紅蓮に輝き、彼の潜在エネルギーがさらに膨張して広がっていく。
界王拳――それは、ヤムチャが三年の間で悟空から教えてもらった、界王様の奥義だった。
悟空ほど緻密な「気」のコントロールが得意ではないヤムチャのそれはまだ未完成であり、ぶっつけ本番もいいところの挑戦である。
だが、こうでもしなければ超サイヤ人を超える相手には太刀打ちできない。それが今のヤムチャの限界だった。
まだ老界王神に引き出してもらった力さえも、使いこなせていない身なのだ。その状態の身体で不完全な界王拳を発動するのは、動きの悪い車のエンジンにニトロをぶち込むが如く無謀な一手だった。
――しかし、ヤムチャは成功した。
紅蓮に変わり、限界を超えて上昇していくヤムチャの「気」は、二倍三倍に留まらずさらに増大していき――
――地球の空が、ヤムチャの光に包まれた。
【次回予告】
ヤムチャと仮面のサイヤ人によって露呈する過去。
それはカカロットとの再会、それは孫悟空との別れ。
次回、「ヤムチャと孫悟空と」
――私はあなたに母親と会わせたかった。