時間が空いてしまいましたがある程度まで構想を練ってあるのでしっかりと続くつもりです。
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11時30分から始まった試合は2時間30分過ぎても終らず両者4対4のまま延長11回裏へ。中学軟式野球全国大会の第2回戦は相応しくないほどの熱気を帯びて終盤に差し掛かった。
もしこの回で終わらなければ明日へ再試合になる予定で、そうなれば先攻チームに勝ち目はないだろう。
マウンドが最も暑くなるといっても過言ではない午後2時の時間帯、先攻チームのピッチャーが炎天下のマウンドへ向かう。
一人で10回を投げきり8回から始まった無死満塁のタイブレーク方式でも自責点を許さず投げ抜いている齢15の少年は、大きく肩で息をしていた。
球数は130を越え疲労の色は濃くなるばかり。
背中に背負ったエースナンバーはどこか頼りなく満身創痍の体は弱々しい、表情も虚ろで砂にまみれた姿なのに力強く、大きく見えた。
既に限界など越えているであろう少年は肩で息をしイニング始めの投球練習を始める、制球が定まらずキャッチャーの前でボールが跳ね度々取りこぼしていた。
『もういい!打たれて帰ってこいお前は良くやった』
不意にベンチから聞こえてきた声、それに呼応するようにグラウンドからも称賛の声が聞こえる、そして父兄の人たちからも同じ声が。
相当信頼されてる投手だな、と青道高校副部長の高島 礼は思った。
もとよりこの試合を見に来たのは後攻チームのファースト、中学校通算15ホーマーの怪物右打者、雨宮 瑠偉を見に来ていたのだ。
軟式ボールを普通の球場でスタンドインさせるのは難しい、理由としては硬式球よりも柔らかいためボールがつぶれてしまいスイングが速ければ速いほど、芯で捉えれば捉えるほどホームランからは遠ざかるからだ。
バットを柔らかい材質で覆い飛距離を伸ばせるバットも販売されてはいるもののまだ今大会では使用することが許されていない。
しかし15HRを放つ中学軟式野球最強打者はそれを可能にした、金属バットを用いて規格外のスイングスピードとわざと芯で打たない技術によって1本出れば十分凄いはずの奇跡に近い確率をものにしたのだ。
伸び代も将来性も抜群の打者を見に来たはずの高島 礼はいい誤算が起こってしまったと鳥肌を立たせて試合の行く末を一野球人として眺めていた。
優勝候補筆頭の強豪と注目度はたかが知れている初出場の無名校。
先攻の無名の中学校、背番号1を背負った山元 虹稀の存在が圧倒的な実力差を埋めたのだと思わずにいられなかった。
序盤の投球を見る限りは打たせて取るタイプの中々いいピッチャーだなと普通の印象を抱いていた、2回に雨宮に2ベースは打たれたもののその後はノーヒットで0点に抑える。
卓越した投球術と制球を生かし厳しいコースでの勝負、遊び球は一切なしの中学生とは思えない落ち着きぶりでテンポよく悠々とマウンドを行き来した。
だがそんな考えはイニングを重ねるごとに消えていく。
回を重ねるごとに増してくる球威と圧倒的な存在感、剥き出しの闘志、序盤の冷静で落ち着きを払った投手とは見る影もないくらいに全く別物へと成り代わっていた。
お山の大将でありながら投げる姿でチームを盛り上げ真っ向勝負で三振の山を築き上げる。
切れのよすぎるウイニングショットは捕手が取りきれぬほどに、打者が思わず振ってしまうほどだ。
中盤に差し掛かると振り逃げが目立ち始め、当然リズムは悪くなる、だがスコアリングポジションにランナーを置きながらも得点の気配を見せない投球は全てのピンチをねじ伏せていた。
お互いに0対0のまま突入したサドンデスでは無死満塁から自ら右中間を破る2ベースヒットで3得点をあげる大活躍。
これで決まったかと思いきやその回の裏、突然の2者連続の振り逃げで2失点、内野ゴロの間に1点、再び試合は振り出しに戻った。
その後も互いに1点ずつ獲りそして延長11回裏へ、灼熱の球場のボルテージが一層上がり球場がひとつの生き物のように蠢く。
『4番、ファースト雨宮君』
ウグイス嬢のコールにベンチやスタンドが一気に湧いた、それに伴って二人の間だけは冷たい緊張感で満たされていた。
雨宮瑠偉は中学軟式野球、もしかすれば中学野球最高の打者だと自らが理解している。
通算打率は6割を越え軟式球では芯で打てばボールは潰れて大きなフライが空に舞う中学生離れ、並みの高校生を越えるスイングができ、尚且つ身体能力も優れものだからだ。
努力をすれば必ず実る、とまでは言い過ぎかもしれないがそれに近い結果と能力がある。
客観的に見ても雨宮瑠偉は紛れもなく天才だと自負していた。
けれど、自分を遥かに越える化け物が突如として現れた、道端の石ころのはずであった通過点のチームのエース。
現在対戦成績は3打数1安打・振り逃げ1・三振2。
完全に手玉にとられる屈辱、自惚れていた自分に対する怒り、自分を凌駕する才能への恐怖。
だからこそ思う羨望、出会えたことへの感謝、久々に感じる絶対に負けたくないという強い意思。
─感謝する、久々に燃えてきた
自分のためにも、チームのためにも打たなければならない場面でまわってきた巡り合わせに、自分と同等かそれ以上か計り知れない投手に出会えたことに雨宮瑠偉は思わず笑みがこぼれた。
何時以来かの雄叫びを上げて投手を見据える、殺気に近い打ってやるという思いが山元虹稀を射抜いた。
2
体が熱い、腕は鉛のようで一球投げただけで倒れそうだ。キャチャーがマウンドへくるが何を言っているか俺の耳には届かない。
グラウンドの選手、ベンチメンバー、監督、父兄たちが満足そうな顔をしているのが酷く気に入らない。
─なんで、勝手に満足してんだよ
だからか、バッターが人でも殺しそうな雰囲気で全力で俺に向かってきていることが妙に嬉しかった。
無死満塁、ランナー無視で振りかぶる、右バッターにめっぽい強いカーブは完璧な指のかかり、リリースから理想的な軌道を描いて外角低めへ、審判のコールは…ボール。
今のは仕方ない、入れば儲けもんだった。
打者は雨宮、全国トップレベルのバッターらしい、そんな凄い奴と1対1で勝負出来るのなんてたまらない。
体が熱い、腕は鉛のようで一球投げただけで倒れそうだ、けれど…楽しくて仕方がない!
2球目、インコースへストレート。
寒気がするほどの恐ろしいスイングはボールにかすることなくミットへ収まる、これで1ボール1ストライク。
3球目、外角へカットボール。雨宮が反応するがバットに当たらず1ボール2ストライク
捕手からの返球を受け大きく息を吸う。膝が笑い頭はボーッとしている、指先に力が入らずロージンを触った。
全てが今日の最高の球だ、自分でも打たれる気は全くしない、それでも雨宮瑠偉は口元に微笑を浮かべ語りかけてきた。
声は聞こえないけどわかる、最高のボールを投げてこいと言われている。
4球目、史上最高の球を投げるために大きく振りかぶった、この一球で雨宮瑠偉を打ち取りに全身全霊をかけるために。
左足を高く上げ右肩を下げた、一度キャッチャーへ背を向けて右足へ全体重を乗せイメージは大きなたらいを投げるように無駄なく体重移動を行う。
体重の8割を後ろに残すイメージで左足を思いっきり踏み込んだ、同じく壁の役割をしていたグローブを思い切り左脇腹に引き付け同時に左右の肩甲骨を縮めた、胸は限界まで張り背中には鈍い痛みが走る。
上半身を左側に、腕をなるべく縦振りで出せるように傾ける、変に力が入っていないためか自分でも驚くほどに軽く、だか今までよりも強く、鋭くボールがリリース出来た。
投げた瞬間にベストピッチだと確信できた、一番自信のある外角低めのストレート。
ミットに収まる瞬間を見ることはなく視界は暗くなり意識が遠のいた。
今まで聞いたこともない金属音が耳を貫く。
歓声が耳まで届いた、結果はどうなったか分からない、けれども結果なんてどうでもいいくらいに雨宮瑠偉との勝負が楽しかった。