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合宿開始します。
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残酷な話だ。
甲子園予選大会ですらベンチに入れるのは20人、そして甲子園本選ではたった18人しかプレイヤーとして戦う事は出来ない。
そこには1年も3年も関係ない、年の差は関係なく実力が全てものをいう。
特にそこにいる1年は与えられた数少ないチャンスをものにしてそこにいるわけだ。
確かに調子も関係はするだろう、人間である以上どうしてもそれは存在する、しかしそれでも年功者を押しのけて監督に認められ、背番号をもぎ取ることが出来るというのなら、その選手は確かな実力と才能を手にしているのだろう。
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「すいません、遅く……っ」
とても殺伐とした雰囲気に、思わず謝罪の言葉を虹稀は中断してしまう。
心肺機能強化、そして精神面のタフさを鍛えるための持久走を終え、下半身の筋力強化に直結するダッシュを行おうとしたところで瑠偉がいつもに増して真剣な表情で虹稀に用件を伝えると、先ほども感想を述べた通り殺伐とした雰囲気で向かい入れられた。
綺麗に整列された列の一番後ろに並ぶと、上記が充満しているかのような重苦しい雰囲気の中、片岡鉄心は口を開いた。
「今から1軍昇格選手2名を発表する、選ばれたものは我が校代表としての責任と自覚を持ち……選ばれなかった者は夏までの1か月今から発表する2名を加えた計22名改め20名のサポートをしてほしい。
一軍昇格メンバーは……1年小湊春市、同じく1年沢村栄純。以上だ」
風の擦れる音が聞こえるくらいに静かになった。
3年生は茫然とし監督の口から出た言葉を受け取るのに時間を要していた、2年生は呆気にとられ、1年は監督の口から出た言葉を信じることが出来なかった。
名まえを呼ばれた当の本人たちでさえ、本当に自分なのかと言葉を疑う。
「この2名を加えた1軍20名で夏を闘う……明日からの練習に備え今日はこれで解散だ、選ばれなかった3年だけここに残れ」
選ばれなかった3年以外は大人しく食堂へ向かうが、沢村は最後まで立ち尽くしていた。
自分が選ばれるのならクリスが選ばれてもおかしくないという、いやそうでなくては可笑しいという感情がメンバーに選ばれた事実よりも受け入れがたかった。
倉持に文字通り尻を蹴られ一応は外に出るものの入り口でその様子を伺っていた。
虹稀と瑠偉は沢村の行動と、自分たちが出て行った後に膝から崩れ落ちる3年生の姿を目の端に捉えるとその映像を目に焼き付けて振り返りはしなかった。
2人には常に選ばれているものだった、正直にいってどちらとも選ばれなかったものの気持ちはわからない。
けれども、3年生が夏にかける思いの強さと計り知れない悔しさを抱えて勝ち進まなければならないことだけは理解していた。
「俺たちに出来るのは、結果で応えることだけだ。それも最高の結果で応えないときっと報われない」
自らに言い聞かせるように小さな声で、だがはっきりと言葉を紡ぐ。
「誰しもが納得せざるを得ないような結果を残すことでしか、俺たちが選ばれたことが正しいと証明できない。約束通り、望み通り獲りに行くぞ」
蹴落としてまで選ばれた意味、強迫観念にも近い使命を胸に抱き目の前にあるのはただ登ることしかできない階段。
登りきるか途中で落ちるか単純明快なルールの下で栄光を勝ち取れるのはたった1校のみ。
奇跡にも等しい栄光を掴み取るための夏が始まった。
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合宿が始まったもののいつもの練習と比べて特に変わったことは見られない、はっきりとした違いと言えばここの練習時間の密度、例えば野手であれば人数の削減によりフリー、ロング、トスバッティングの回転の高速化、ノックの回りの速さくらいだ。
とは言っても練習量は2倍近くになっていて、選ばれたメンバーが感じているのは毎日これくらいやれたらなぁと言うことくらいだろう。あくまで今までのことに関しては。
その一方で投手陣はクリスが指導役に付いたことくらい、あまり変わりは見られなかった。
「まずは降谷に沢村、お前たちは守備練習からだな。あと山元、お前は今日から5日間は野手陣に交じって練習するように」
「え、ちょっと!何で俺だけなんですか!?」
「説明を省いてすまない、一つ目の理由はお前が自分勝手に暴走しないことを防ぐためだ。ある程度練習が決まっている野手陣に参加してもらった方が安全だからな」
「えっ……でもこの前病院行った時全然大丈夫って」
「幸いなことに、全くもって不思議な話だよ。頑丈さはうらやましい。その話は置いといて2つ目。そのバカみたいな走り込みをして作った土台を最大限に生かすためだ、実際試合でも外野手を守ることが想定されるお前にはその練習をやったところで有意義なものになるし、足、肩、打撃をみっちり鍛えられる。そして3つ目、ある程度フィールディングが上手いお前はもっと時間を有効活用した方がいい、基礎は出来ているし、後半から練習しても大丈夫だろうという監督の判断だ。すなわち全部お前のためになることだぞ」
「喜んで!」
「よし、行ってこい!」
「はい!」
山元虹稀、信頼する人の言葉には(譲れないことを除いて)愚直に従う素直な男だった。
いつもこんな感じで従ってくれたらなぁと遠い目をしてクリスはその後ろ姿を見届けた。
一通りの練習を終えて日が沈むころ、栄養補給と言われ一軍メンバーの前にはたくさんのお握りや果実などが提供されている。
本来ならばもう少しで夕食の時間なため空腹感は程よいものになっていた。
「と言うか、合宿と言ってもあんまりいつもとは変わってないよな」
瑠偉は練習の回転率が上がったこともあり満足げな顔ではあるが、それ以外大した変化はなく、どこか安心した様子で口に米を運んでいる。
「うん、そうだね。いつもと同じって感じ……練習内容は違うけど」
ピッチングができなかった鬱憤を、バッティングと外野からの返球で発散した虹稀は少しは満たされたような表情でバナナを食べていた。
これで終わりなのかなと話していたところに、御幸が見たものを決していい思いをしないといわれている満面の笑みを携え二人の正面に座り込んだ。
「ま、後になれば嫌でもわかるさ。さあ、2人ともしっかり食えよ。マネージャー!もっと持ってきてくれ」
表面上はいつもと変わりがないけれども、声の調子がいつもより明確に弾んでおり、嫌な予感がしつつも1年のマネージャーである吉川春乃にもっとたくさん持って来て欲しいと要求する。
「わかりました!2人とももっと食べてね!」
純粋な春乃は御幸が先輩らしく後輩を気に掛けるいい場面だ、青春だなぁと楽観的に考えながら大量の補助食をトレイに乗せて準備をしている。
「え、一也さん直々に優しくしてくる時いいことないのって気のせいですかね?ま食べますけど」
「御幸さんのことだからな、多分苦しむ俺たちが見たいんだろうぜ、今のうちにたくさん食べさして吐きそうになっている俺たちを見て楽しもうって算段だろうよ、まぁ食べるけど」
御幸がたくさん食べさせようとする意図を瑠偉は簡単に見破り少しだけこの後のことが億劫になった。
御幸がこういう時に優しさを装って接触してくる理由は、碌でもない、主にこれから苦しむであろうと思われる事柄を更にひどいものにしたいからだ。
日常生活での御幸の優しさというものには2人の御幸に信頼度は0にも等しい、虹稀は実際に幾度となくラインの内容や電話をしている姿を他の先輩たちにリークされプライバシーを侵害されている。
と言うか、後輩の橘光と虹稀のスマホを使い会話もされているので諦めにも近い感情が最近は芽生えてきている。
瑠偉は直接的には被害を受けてはいないが、虹稀や沢村の被害を端から見ていることもあり直接的にそれらを被りたくはないため野球の話をするとき以外は警戒していた。
「全く、感のいい奴らめ、面白くねェ。何も知らずにたくさん食べてこの後のメニューで絶望し、苦し……悶えているところ見るのが楽しみだったのになー。ま食べるんだったらいいけどさ」
「あの、言い直していますけど全くオブラートに包めてないっすよ」
上手く騙すことが出来ずに口をとがらせる御幸だが、ぶつくさ言いつつも自ら提案に乗ってくる分は構わなく、寧ろ喜ぶべきことである。
律儀に山盛りに乗せられたお握りや梅干しなどをどんどん下級生に進めている姿を見られたため、2人は頑張れよ、とたくさんの人から励まされる。
やっぱりあれだな―、走りだなー、とぼやく瑠偉は悲壮感をたっぷり漂わせて夕日が沈むのをしみじみと眺めていた。
「へい、山元GO!」
「っしゃぁぁあああ!」
「オラァ!1年山元を見習え!休むな!早く行け」
「え、まだ息が「沢村GO!」」
「おい、降谷!先に行け!」
「ムリ……」
「クソッ!小湊「おい!雨宮!順番後ろに回って楽しようとすんな!」
「や、先輩、マジで、ちょっ、タイム」
「雨宮GO!」
「降谷行け!「雨宮ァ!」」
「パワハラだ!理不尽だ!虐待だ!」
「走りながら叫ぶ元気あったらスピード上げろ!降谷GO!」
技術の根本となる基礎がしっかりできており、野球センスも優れている、加えて身体能力も高く経験も多く積んでいる瑠偉だが、長距離走だけは苦手だった。
肉体的な筋肉の成分組織の違いでもあるがここまで追い込んだことは無かったために疲労困憊している。
対照的に虹稀は技術や経験では敵わない、けれども極度に体を追い込んでも怪我や疲れを残さない生まれ持った身体機能と回復力、そして土壇場での成長速度は瑠偉の上を行く。
とは言え、いつもこれと同等、それ以上のメニューを自分自身に課していた虹稀は端から見ても体力という一点においては突出していたのだ。
「ハァ……ハァ……やっと、終わった」
息が絶え絶えの瑠偉、その他小湊春市、沢村栄純、降谷暁は地面に寝そべったまま死体のように動かない、死体との相違点を上げるっとするならばしっかりと息をしていることぐらいだろうか。
1年で群を抜いて体力がある虹稀ですらフェンスに凭れ掛かり肩で大きく息をしていた。
「最後グラウンド20周!全員で元気よく声を出していけ!」
「「「「はい!」」」」
「!?」
「!?!?」
沢村はショックのあまりに胃の中のモノが飛び出そうになる、降谷も小湊春市も茫然としていて虹稀だけが走るぞーと意気込んですぐに列に加わる。
瑠偉は絶望のあまり胃の中の物が飛び出そうになり、膝から地面に崩れ落ちた。
地獄と称された合宿はまだまだ始まったばかりだ。
2
「どうだ?1年の投手の3人は?そろそろ疲れがたまってくる頃だろう」
御幸、宮内、クリスの3人は監督室へ呼ばれて現状の投手の様子を監督に聞かれていた。
先ほどまで走っていた御幸、宮内はまだ息が整っておらず相当な疲れが見えている。
「はい、と言いたいですが一人だけ……山元は疲れこそは溜まっているようにも思えますが他の2人ほどではありません。監督の指示通り山元は野手と一緒のメニューこなさせています。沢村と降谷は監督の指示通り合宿に慣れるまでは投球をさせません。そろそろペースを落としてブルペンやシートバッティングで投げさせるつもりです」
そんなベンチ入り捕手2人の代わりにクリスが少しだけ言葉選びながら答えた。
だが、その報告に片岡鉄心は動じる素振りもなくなるほどと頷く。
練習場一帯が見渡せる監督室からは選手の練習風景のほとんどが見える、山元虹稀はタイヤこそひいてはいないが沢村や降谷よりも日中から走り込みをしていたのは見えていたし、片岡鉄心が体力維持のためランニングをしてる時にも猛烈に走り込んでいる姿を見たことがあるからだ。
合宿の走り込みの量と大差ないのでは?と疑いたくなるような量をこなしていたのを見ていたせいか感心こそはしたが、驚きは少なかった。
それよりも片岡鉄心を驚かせていたのは驚異的な回復力と意志の力、そして生まれ持った頑丈な身体だった。
あれだけの走り込みを経てなお、痛めた素振りはおろか前日の疲労すらも感じさせないことに舌を巻かずにはいられなかった。
「丹波と川上は?」
「順調です!」
「まだ先は長い、あまりとばさせるなよ」
「はい」
「合宿最後の土日、練習試合を3つ組んである。6月16日に大阪桐生は、先発山元で5イニング、リリーフ降谷で4イニングを投げさせようと思う。6月17日のダブルヘッダー、稲城実業と修北高校、稲城実業には川上と沢村、修北には丹波一人で投げ切ってもらう予定だ。この試合に関しては勝敗を問わん……疲れがピークの中全員がどれだけ強い気持ちをもって戦えるか……ただそれだけが見たい。そのことを頭に入れて投手陣の指導を頼めるか?」
監督の狙いとして、この合宿で一番の強豪、大阪桐生に1年生2人を登板させる意味は彼らが疲労がたまっている中どれだけの投球ができるのかを確かめるためでもある。
夏の大会では気候による体力の消耗はもちろんのこと、精神的に、気力的にもきつくなる。
その消耗の種類は違えど、きつい練習に取り組んで消耗して体もあまり動かない中、どれほどの投球が強豪校を相手に通用するのか確認するためでもあった。
「「わかりました」」
「あと、山元には6月10日まで野手だけに専念するように言っててくれ」
御幸や宮内ではなく、クリスに釘を刺すように言った。
「わかりました」
その意図を汲み取ってかクリスは慎重に頷く、きつい練習をこなしながらも授業態度は良く、一般生活で生徒からも教師からも評価が高い山元虹稀、表面上の評価を汲み取ると一番手がかからない人間ではある。
しかし、根っこは負けず嫌いで自分を過小評価する。
その癖、理想はそびえ立つほどに高い。そこに行きつくまでに辿る道は最短経路で効率よくいく事は出来ない不器用な選手だ。
だが、どれだけ遠回りをしようと山元虹稀という投手は立ち止まるという選択肢がなく、遠回りをしても到達するだけの能力がある分沢村や降谷に比べて癖が強くもあった。
「時間をとらせてすまなかったな、きちんと食事をとって体のケアを怠るなよ」
山元虹稀が1軍に入っている以上、無理をさせて戦線離脱にすることなど片岡鉄心は考えていない。
そのためクリスともう一度念入りに話をするため疲労がたまっている御幸と宮内をひとまず退室させた。
「はい、失礼しました」
「わかりました、失礼します」
異例の選抜、確かに山元虹稀と降谷暁は外野手としての起用法も十分に考えられるが、それでも投手は5人。
そのうち1年3人という青道高校のような強豪校と言われる高校では異例の選出である投手陣5人でどう夏の大会を勝ち抜いていくのか。
全ては合宿での彼らの成長にかかっていた。
「ブハッ!あぶねー!危うく水死体に!寝るなよ!寝たら死ぬぞお前ら!って降谷!雨宮!言ってるそばからぁぁああ!」
「おーい。小湊大丈夫かー?」
「……うん、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない人が使う大丈夫だな」
「ってこんな人数いるんだから誰か助けろよ!って雨宮!言ってるそばから沈むなぁぁぁああ!」
「と言うか虹稀くんだけなんでそんなに平気なの?」
「んー、ランニング頑張ったからかなぁ」
「とりあえず、触れないでおくよ」
安らかに水中で眠る瑠偉と悪夢にうなされているように半分沈んでる降谷。
浴槽にしがみついて何とか水没を避けようとしている小湊春市と相変わらず元気よく叫ぶ沢村、多少ぐったりはしているが大して変化の見られない虹稀。
微笑ましい風景とは程遠いけれども、何だかんだで1年の親睦は深まっていた。
物語の流れとして1年を多く組み込んでしまいました。
この話を綴る上で自分なりに上手く生かしていこうと思います。
また、省略部分や記述不足の部分も多いと思うので気になることや疑問点があれば遠慮せず聞いてください。
アドバイスや批評も大歓迎です!
もうしばらく合宿の描写が続きます。
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