3
「すいませーん、遅くなりました!!テーピング買い忘れて戻ってたら、今度は麦茶のパック忘れて、そしたら今度は捨て猫が現れて、学校に帰ってくるとき随分と運転の荒い車に轢かれそうになって…………あれ?どうかしたんですか?」
あまりにも静かだった、選手たちが、ではなくギャラリーといつも声を張っている先輩たちが。マネージャーの先輩たちは青ざめており、心配そうに一点を見つめている、その視線の先には虹稀がいていつものように投げているように見えるが少し見るといつもと違う、見たこともない姿の虹稀が視線の先にいた。
「何だよこれ、ほとんどあの投手の自滅じゃねーか!」
「桐生相手にどういう試合をするか楽しみに来たのによ、レベルが全然低い投手を投げさせるとはどういうことだ!?」
「ヤジる気すら起きねーよ、帰ろーぜ!」
「俺たちはこんな青道の姿見たくねぇ……」
ざわつくギャラリーを端目に虹稀の姿を春乃は追うが、その様子に全く別人であると思うほど以前とは異なっていた。
打者を睨みつける様な鋭い目線は、今は何の熱も帯びておらず無機質で冷たい。
剥き出しにしていた闘志は見る影もなく、淡々と落ち着きすぎているのが逆に怖い、まるでマウンドだけが季節が逆転しているかのように冷たく、凍てついているように見えていた。
しかし、プレートを踏んでいるときは無表情に徹してるが、ベンチに戻るとき、マウンドを降りてプレーしている時などは悔しさが(本人は隠しているつもりだが)浮かんでいる。
だからか、独りよがりで孤立しているようにも見える虹稀には後ろからの声掛けが絶えていない。
1回表に刻まれた数字は4・2回表に刻まれた数字は2、打者はすでに2巡目に入っており2アウト3塁で4番打者の館が不気味な笑顔を浮かべ嬉しそうに打席に立っている。
ちなみに青道高校は1回裏に小湊亮介の四球、伊佐敷の進塁打、結城のレフト線へのタイムリーツーベースヒットにより1点を獲得している。
「さすが桐生打線ですね……制球こそは悪くないですが球威とスピードのない山元を普通に打ち崩しています」
「……球数は?」
「60球を越えました」
「成程、そろそろか……」
「そろそろ?」
「明日の試合、お前らは1年2人をどうリードする?」
「とりあえず、山元は低くコーナーに集めてガンガン攻めていくつもりです」
「ふむ、御幸は?」
「山元には……コースは指定しますが投げたいボールを投げさせるつもりです。相当撃ち込まれるのは承知です、今のあいつはフォームも安定していませんし、今の出来栄えから夏までにどの程度成長するのか逆算するためにも、あいつの本当の今の実力を確かめるつもりです」
「……明日は御幸、お前が受けろ。相手はあの大阪桐生、ハードな試合になるとは思うがお前らも付き合ってくれるな?」
「「「「はい!!!」」」」
館のセンターへ抜けそうな打球はショートの倉持の巧みな守備により阻まれた、インコースのカットボールで詰まらせたと思った打球だが、大阪桐生の4番はバットの根っこでもすさまじい打球を飛ばす。
ただの汗か冷や汗なのかわからないものを拭い、大きく深呼吸すると先ほどファインプレーをした二遊間に感謝の言葉を述べた。
「倉持先輩、小湊先輩、ありがとうございます!」
「気にすんなって、いつものことだろ?ガンガン飛ばしてこい!」
「うん、いつも通り良い守備練習」
「あはは、厳しいっすね」
励ましているのか、弄っているのかわからない、いつ始まったかわからないやり取りを終えると虹稀は御幸を探す。が、丁度二遊間の二人と話を終えたところで御幸は意地の悪い顔をしながら話しかけてきた。
「はははは、バックに助けられたな。まぁお前の今日の出来なら10点以内に抑えれれば上出来だ」
「まさか、もう……1点も、やるつもりはないです」
御幸が声を掛けたとたんに冷える声音には妙な自信に満ち溢れていた。
─こいつ、まさか……!
御幸は打席に立った後にプロテクターを付けなければならないためにスコアブックを事細かに見る事は出来なかったが、ずっと引っかかっていた違和感の正体に思い当たる節があった。
そして始まった3回表、違和感の正体にようやく気付かされる。
ヒット1本許し、進塁打と犠牲フライで3塁を踏ませはしたものの、ホームベースは踏ませない、この回4人で切り抜けることに成功、球数は僅か15球。
「なんや?あのピッチャー?急にしっかりとしたリズムになりおって?」
大阪桐生高校の監督がぼやくのもその筈、この回の攻撃時間が短すぎたのとあまりにも簡単に打ち取られる様子を見ると1・2回の様子とは明らかに違う。
だが理由はわからない、この回三振して帰ってきた打者に問うと彼はこういった。
「初回よりも、ずっとボールがキレています。それも、全球種」
4
「おい、山元。一体どういう考えだ?」
「何がですか?」
この期に及んで、この後輩投手は涼しげな表情でとぼけた顔を作ってみせる。
この変化に気付かなかった俺も悪いが、好きにさせると判断したことも悪いが、大事な試合であるのに関わらず手を抜けといた覚えは一つもない。
全国制覇を狙える高校相手に、全力を尽くさずにただ実験的に球を放るのはしてはならないことだ。
「とぼけるな、初回はほぼストレートのみ、2回はストレートとカットボール、3回は持ち球全てストライクゾーンに投げ切るなんて狙ってないとできないだろ。それにこの回はキッチリ抑えているし……なんで最初からやらなかったんだ?」
「いや、自由に投げていいって言うから自由に投げたんですけど」
「それはそうだけどな、わざわざ点を取られていいと言った覚えはないし、手を抜いて良いと言った覚えもない」
「でも、初回に4失点したから、2回を2失点、3回を無失点で抑えられたんです。要するに、初回におそらく40球程度投げたおかげでだいぶ感覚掴めました。だから2回にスライダーを織り交ぜた投球で2失点、カーブを混ぜて無失点という結果です」
俺はこの試合は山元の出来栄えを確認して、ここから夏までの日にちを逆算してなるべく弱点を補えるようにする判断基準の材料にするためだった。
監督やクリスさん、宮内先輩ともそのことについては話していたし、降谷や沢村のように大胆で図太くなく、繊細な印象が強い山元を知るにはいいきっかけになると思い球種判断は本人に任せていた。
それに、甲子園優勝が狙える強豪相手にどこまでやれるかを見れば大体の基準は作れる。
そう言えば最初はストレートでガンガン押すなと、打球の飛距離がだんだん伸びなくなっているなとは感じたが、それでもカーブとカットボール(本人はスライダーと言い張っているけど)は見せ球として多投していた。
それでも、やはり140km/hにも満たないストレートでは大阪桐生相手に太刀打ちできるはずもなく、打者1巡し6失点。
だが、2回はストレートもカットボールもストライクゾーンにガンガン出し入れし、結果的に内野ゴロやひっかけたフライを打たせるなどして失点は2点。
この間、変化球を投げはするもののするも初回はカットボールはワンバンするわ、ちょっと低いわ、ゾーンから外れるわ、カーブはキレすぎてて制御ができないのかほとんど、と言うか全くゾーンに入らないし……
「……まさか、大阪桐生相手に試したのか?」
「まぁ、そうですね。言っては何ですけど、別に今回は勝たなくても夏は終わらないじゃないですか、何だったらひとつでも多くのことを学ぼうと思って……まぁ非常に遺憾なんですけど」
少しきつく言おうと思ったが、最後の言葉で悔しさの色が山元の顔に浮かぶ。涼しげな表情と、どこかの王様エースを彷彿とさせる目が消え去り、降谷や沢村と同じ、いやそれを越える激情の炎が渦巻いているように見える。
「そ、そうか……」
だから、俺は何も言う必要はなかった。かける言葉がなかった。
「そういえばこの試合は自由に投げていいと言われているんですけど、残り2回はきちんとリードしてもらっていいですか?折角2番から始まるのでどこまで通用するのか確かめてみたいです。それに、一也さんも俺が今どの程度なのか、大阪桐生相手に試す必要があるでしょう?」
それでも、その感情を押し込んで少しでも上に早く行こうとする姿勢には流石に感服だ。本来、どこまで出来るか確かめるだけの、現時点から逆算してあと1ヶ月ほどでどこまでやれるかを確かめるテストのような日なのにもかかわらず、山元は更に、もっと上のステージに立とうとしている。
もちろん、階段を一歩一歩確実に上るような努力はさせるつもりだったが、この試合での成長速度、特に繊細な部分での修正具合を見ると礼ちゃんがこいつをここに連れてくる理由はよく分かる(ちなみに片割れの雨宮の方は今日は既にヒットを打っており絶好調だ)。
沢村や降谷はどちらかと言えば階段を飛ばすことなく、着実に一歩一歩前進しているが、山元はそれに加え恐ろしい頻度で段を飛ばして成長する。
それに、自分勝手にいつも進んでいって、リードし甲斐があるとかないとかじゃなくて、リード出来ないというか。
暴れ馬に乗っている気分になるというか。気に食わないのは俺以上に練習試合の意味を解ってるってことなんだよなぁ。
「ったく、調子のいい奴め。あと2イニング、気持ち切らさずに行けよ」
「もちろんですよ、一也さんこそ」
勘でしかないが、今はまだ成長途中、それもまだまだ初期段階。
導火線に火がついていて爆発を待つだけの爆弾のように、もし、このまま……そう考えると恐ろしい。
鳴と同レベルか、それ以上に。
それはあくまで可能性、先ず目の前のことを片付けねーとな。
「2・3番はストレートのみで攻めるぞ、4番からは流石にやばいし、変化球混ぜていくからな」
「了解です」
バットを担ぎ、ネクストバッターズサークルに向かう。
案外打撃もいいこいつには、正直塁には出てほしくないけど、点差が点差だし。
なんて思っていると2塁にいる雨宮をホームに返すタイムリーヒットを打つ当たり、こいつやべー奴だなと思う。
案の定、予想通りと言うか、結論から言えば山元のストレートは通用しなかった。
伸びや重さ、キレと言った的確な表現がしにくい部分で言うと確かに良いボールは来ているが、如何せん球速が足りない。
調子が良ければ130後半は出る球速が、今は出ても130そこそこ、更に沢村とは違い腕がいきなり出てくるというフォームでもないので当然捉えられる。
僅か3球でノーアウト1・3塁。いや、もしかすると相手もストレートだけに狙いを絞っている可能性も考えると長打がないだけでまだましか。
現状、ストレートは通用しない。それじゃあ次、変化球を織り交ぜると?
こっからは、俺の仕事だな、だから見せてみろよ片鱗を。
投げれる球種はストレート、遅いカットボール、速いカットボール、曲がりの小さいカーブ、縦に大きく落ちるカーブの5種類。
青道高校の中ではノリに匹敵するほど制球が良く、ノリ以上に度胸はある、失投も少ないし一番安定している。
打撃もいいし、野球もわかっている。そう考えると山元虹稀という投手は総合力では№1の投手だ。
だが、決定的にかけているものがある。それは投手の生命線である決め球。
だが、ないならこの試合で完成させれば問題ない。いつもお前は逆境があれば成長してきた、ならこの場面、最高だろ?
打者は4番、エースにして4番の館さん、球は重いし、打撃は良いし、顔はただでさえ怖いのに、不気味に笑うし。聞くところによると試合が大好きでたまらないらしい、まぁだから何だという話だがな。
そんなそうでもいいことはさておき、ただでさえ重い球が回を重ねるごとにさらに重くなるんだから性質が悪い、ここまで4打点のエースで4番、まさにこのチームの柱。
「フォアボールだけは止めろよ一年坊主!」
ははは、本当に試合が好きなんだなー、この人は。
地獄に咲く一輪のラフレシアのようだぜ。
けど、3打席もやられっぱなしっていう訳にはいかないよな?心配すんな、フェアゾーンには入らねぇよ。
攻めるのは外角低め、速いカットボール。
ストレートに張ったスイングでは当然フェアゾーンには入らない、山元のカットボールの特徴だが、変化こそ小さいもののストレートと見分けがつきにくい(速い方は)。
そのため、バットの先に当たりファースト後方のファウルゾーンへ飛んでいく。
「あれが、カットボール……」
「あの一年坊主成長期真っただ中なんですよ。いやぁ若い者の成長はおそらしいですよね」
更に怖い笑顔になった、うわぁ、怖っ。
あくまで今のはストライクカウントを稼ぐためのボール、チームの柱であるこの人は出来れば三振、もしくは引っ掛けさせてダブルプレーを狙いたい。
最悪、ヒットだけはま逃れたい。
殻を破るなら今、お前のまだコントロールできていない縦に大きく落ちる自慢のカーブ、外角低めに決めてこい!
ばっ!こりゃインハイの抜け…………っ!
一度浮き上がり、すっぽ抜けた曲がらないものと判断し腰を上げて捕球動作に移った瞬間、そのボールは、地面に吸い寄せらせるように急降下する。
「……ボール!」
あっぶねぇ!捕れはしたものの腰を浮かさせられるとはな。きちんと取れてればストライクだったのに……、前に投げたのとは別もんじゃねーか。一度浮いたと思えばブレーキが利いたかのように鋭く落ちあがる、高校1年生が投げる変化球じゃねぇぞ。
けど、問題はこれが意図的に投げれるかどうか。
……が、そんな心配は必要なかったな。
今まで気の抜けたように全てを見下していた目が変わる、まっすぐと前を見据え、あふれる闘志はそれだけで伝わってくる、堂に入っている様子を見る限り……なるほど、これが山元虹稀という投手の本来の姿か。
3球目も縦に大きく落ちるカーブ。セットポジションから放たれたボールは一度浮きバッターはその軌道を追うために一度顎を上げてしまう、その瞬間、おそらく館さんの目にはボールが消えているように見えているだろう。
現に俺も一度腰が浮くし、捕るときはまだミットでは捕球できない。
ただ、気味の悪い笑みは館さんの顔から消えた。ただ驚愕の感情だけが現れている。
カウントは2ボール1ストライク。それなら次は、小さく曲がるカーブ、これなら制御できるだろ?
今度は浮かずに半円を描くような綺麗な弧を描き、アウトローに吸い込まれる。
「ストライク!……2ボール、2ストライク、プレイッ!」
ここまで全部変化球、これで大分ストレートに対する意識は薄れたはずだ、ストレートを張っていたとしても変化球は頭を過る。だから最後は最高のボールを投げ込んで来い。
サインは考える必要もなく決まっていた、思わず漏れてしまったのか山元の口に笑みが零れた。好戦的な表情でありながらも楽しそうにしている様子を見るとこいつも野球が本当に好きなんだなと目に見えて分かる。
面白いのはさっきまで笑顔だったバッターの笑みが消えていることだ、嬉しいことにうちの山元はここからが本領発揮ですよ?
セットポジションから素早い体重移動を経て、右足に一度乗った体重をそのまま前へ押し出すようにプレートを蹴る、体の回転は縦、十分にしなった腕からはそのままボールが放たれる。
狙いは内角、しかもコースはギリギリ。この付近に投げれれば俺の技術でどうかなる。
案の定、館さんは体が固まった、ほとんど内角に投げていなかったという事もあるが、この軌道ならば張っていても手を出しずらい。
脳裏に残るあの残像を覚えているなら、外角ばかり意識していたのなら。
「……ストライッ!バッターアウト!」
今日一番、重い音と衝撃が手に伝わる。思わず腰が引け手が出なかった館さんは俺のミットを見ると目を伏せた。
「……ナイスボール、最高だった」
きっと、その賛辞は山元に届くことは無いだろう、ボソリと呟いた称賛は夏を匂わせる風へ溶け込む。
小さく握った拳、噛み締めた唇、キラキラと輝く目、それだけで山元がどれだけ苦しんだかを雄弁に物語っていた。先の見えない暗いトンネルから抜け出したのは良いが、こんなところで満足してもらっては困る。
その意味を込めて、いつもより断然速く山元へボールを返す。しかし、驚く素振りすら見せずに難なく捕球するところを見ると、その心配はなかったようだ。
1アウト1・3塁、与えられた制限はあとアウト5つ。
剥き出しの闘志は嘘だったかのように霧散している、帽子を深くかぶりなおし、後ろを振り返ってアウトカウントの確認をしていた。
ピンチはまだ続いている、バッターは未だクリーンアップ油断も隙もありはしない。山元はサインを確認すると同時に打者を見据える、表情は伺えず、感情はわからない。
打者を睨みつける様な鋭い目線は、今は何の熱も帯びておらず無機質で冷たい。
それでも俺の目には、一回りも二回りも大きくなった投手の姿が映っていた。
なんとか書き終わりました……次はだいたい1週間後くらいに投稿する予定です。
ようやく、あともう少しで夏体に入れる……。
試合中の描写が酷いと思います……もしこうしたらいいよ、この本勉強になる、等があれば遠慮なしに言って下さい、お願いします。
やってほしいこと
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