ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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暗雲

 

 1

 

 合宿最終日は青道高校・稲城実業高校・修北高校の3チームによる総当たりのダブルヘッダーである。第1試合は青道対稲城実業。

 

 先発は川上憲史。

 

 夏の大会を前にして同じブロックで戦うこととなる両校にはお互いの手の内を見せる道理などあるはずもない。両校ともに主力はベンチに入っており控え組が試合をするという試合だった。

 

 しかし、全国屈指の強豪校同士の控えなためそこら辺の高校よりははるかにレベルが高い、先発の川上は息を切らしながらも決して崩れない粘りの投球を続けていた。

 

「6回3失点…………実際よく投げているよ、合宿の疲れもピークだろうけどな」

 

「球威も落ちているだろうし、コントロールもばらついている筈。こういう時に腕振って投げれるかどうか、監督は見ているんだろう」

 

 数少ない2年生の同級生がベンチで見守る中、思い切って攻める姿勢を見せる川上だが打者も一筋縄ではいかない。ボールを捉えきれないファールで粘られる。

 

 フルカウントから厳しいコースを突いた球は、一瞬の静寂の後

 

「ボール、フォア!」

 

 そう、宣告されランナーを一塁に送り出してしまう。川上の長所はコースを突ける制球力、弱点は気の弱さ、とにかく一度捕まってしまうと途端に崩れてしまうのが特徴だ。上手くいけばリズムに乗ってトントン拍子で抑えることが出来るが、その逆の時は見事に火達磨になる。

 

「でも、今のは仕方ない。腕も振れていたしコースも厳しかった、問題はこの後」

 

 宮内は一旦タイムを取り徐に川上の股間を触り始めた、1年生、特に虹稀と瑠偉と小湊春市はドン引きである。

 

 しかし、その後ランナーを溜めながらも最少失点で切り抜けてみせた。そのこともあり1年3人は余計に川上と宮内の関係を邪推し、あることないことを想像して共有した挙句その誤解が解けるのには川上の必死な努力があったという。

 

「…………ナイスピッチです」

「ああ、ありがとう」

 

 虹稀は後輩投手としてベンチに戻ってきた川上にスポーツドリンクを渡すが、先ほどの行動による偏見が僅かな間をつくるが然程気にした様子はなくコップを呷った。

 

「これで相手が主力じゃないんだから、恐ろしいよな」

 

「そんなことありませんよ。合宿の疲れもある中でこれだけ少ない失点で投げているんですから。僕なんて昨日5回6失点ですよ」

 

「よく言うよ、後半あれだけ圧倒的な投球していたのに」

 

「たまたまですよ、5回6失点と7回3失点、夏にどちらが大事な戦力になるのかを考えると先輩には及びません」

「誉め言葉として受け取っとくよ」

 

 鳴物入りしてきて最初は結果も全然よくなかったが、最近異常な勢いで成長を遂げる後輩の言葉を素直に受け取ることは出来なかった。

 

「そう悲観的になるなよ、ノリ。山元の言う通り控えとはいえ稲実相手に3失点、それも隔回の失点なんだ、もっと自信持ってもいいんだぜ」

 

 確かに、この土日の内容だけを見れば虹稀の方がはるかに上だ。しかし、川上には今まで今の立ち位置を、青道高校の比較的安定しているリリーフとしてのポジションを守ってきた実績と比べると虹稀はまだまだ及ばない。

 

 安心しているからこそ弱みを見せたくない稲城実業高校相手に、川上を片岡鉄心は安心して送り出したのだ。この回で降板するも「夏も信頼しているぞ」と片岡鉄心の言葉が山元虹稀という投手と川上憲史という投手の信頼の違いの全てを物語っていた。

 

 虹稀の口から出た言葉に嘘はなく、皮肉でもなんでもない。どこか少しだけ、羨ましそうに口をとがらせる虹稀をみてありがとうと微笑みを返した。

 

 2

 

「う~ん、暇!」

 

 清々しいほどいい笑顔で毒を吐く瑠偉は、道具の片づけをしながらようやく暇な試合が終わったと背伸びをしながら本音をぶちまける。

 

「でもまぁ、瑠偉は今日も出れるじゃん。俺なんて今日は体を休めろとか言われてピッチングも出来ないし試合にも出れないんだから」

 

「はっはっは、昨日あれだけ打ち込まれて、あれだけ球数投げればそりゃあ休まされるわな。正直特に1回とか大変だったなー」

 

「ぐぅ……」

 

「それに、試合の後体のケアもせず阿保みたいに追い込む奴は目の届く範囲で管理するのが当たり前だろ。あれだけ投げた後に投げ込みしようとするしな、チームの戦力になりたいのか戦力を削ぎたいのかわからねぇな」

 

「ぐぅ…………」

 

「さすがにあれはないわ~。最近は夜のランニング終わった後膝ガクガクなんだから休むときは休まねぇとな」

 

「……瑠偉はいつも死んでるくせに」

 

「しゃーなし、体力はないんだよ。おかげで打率下がってきたし、本当にまじ走るの嫌い、ちなみにあのクソも嫌い」

 

 あのクソと言われているのはいつもダッシュの時に掛け声を出している3年生のことである。

 

「ほんっといい笑顔で毒を吐くことだこと」

 

 早くもバックネット裏で弁当をつつく先輩たちを端目に捉え、テキパキとベンチを片付ける。

 

 するとチャラそうな白髪の選手と体格のいい高校生離れした顔面の2人の前に現れた。

 

「ねぇねぇ!君青道の一年だよね?降谷ってやつ今日投げるの?1年なのにとんでもない球投げるんでしょ?」

 

 そこにいたのは稲城実業高校のエースである成宮鳴。瑠偉は成宮鳴という投手のことを本当に事細かに知っているが虹稀は全くの無知である。

 

 青道高校で甲子園に行くならば、打ち崩さなければ、越えなければならない大きな壁。

 

「どんだけ速いか、見てやろうと思ってさ」

 

「自分より早いか気になるだけだろ、相変わらず器の小せぇ奴……」

 

「うるさいな!純粋に興味があんの!」

 

「小せぇ小せぇ」

 

 勝手に話が進められているので、2人はアイコンタクトをとると自然なくらいスムーズに目の前にいる稲城実業の選手を無視してその場を立ち去ろうとした。2人の出した結論はこの白いのに関わるとめんどくさそうというもの。

 

 事実二人の勘は正解である。

 

「ちょっと!何ナチョラルに立ち去ってんのそこの2人!」

 

「ほぅ……青道の1年は賢いな」

 

「ちょっと雅さん、何感心してるの!……ねぇねぇ、今日は投げるの?横学相手に6連続三振取ったんだろ?ねぇどうやって?MAX何キロ?変化球は?」

 

「MAX160キロで変化球はスライダー、シュート、カーブ、フォーク、シンカーと全方向に曲げれる球種と四隅に投げられ尚且つボール一個分の出し入れができる正確無比なコントロールを兼ね備えた完全無欠の最強ピッチャーですよ。どうもたったの6球で全ての打者を三振に仕留めたそうです。凄いですねホントに、同じ一年とは思えないなー」

 

 口から湯水のように誤情報を口走る相方を、さっさと立ち去ろうと決め込んでいた虹稀はあり得ない言動で受け答えをする横の人物を糾弾する勢いで振り向く。こいつ何言ってんだ!と物語る表情で訴えるが何食わぬ涼しい顔で立っている。

 

「……ねぇ、雅さん。俺すっごい馬鹿にされていると思うんだけど気のせい?」

 

「気のせいだ、そもそも夏闘うかもしれない相手に簡単に情報教えるかよ」

 

「すいません、冗談です。降谷はMAX148キロのストレートの左腕で鋭く落ちるフォークとスライダーを併せ持つお手本のようなピッチャーです。緩急が使えればもう手を付けられなくなると思いますけどね」

 

「雅さん、やっぱり俺ら馬鹿にされているよね!?」

 

「すまんな、うちのヤツが。急いでいるところ申し訳ない」

 

「いえいえ、とんでもない。おい、瑠偉!さっさと行くよ!」

 

「へいへい、先行っといてよ。すぐ来るから」

 

「ほっとけるわけないじゃん!まじでこれ以上は」

 

「わーってるって…………さっきのは本当に冗談です、それと降谷は今日は投げません。さて、稲城実業のエース・成宮鳴さん。キャッチャーの原田雅功さん。一つだけ、覚えておいてください。確かに降谷もすごいですけど、もっとすごい奴がいるってこと、頭に入れておいた方がいいですよ」

 

「ふーん……そんなにスゴイの?」

 

「そりゃ凄いですよ、成宮さんなんて目じゃないくらいに」

 

「ん?俺よりすごいって?」

 

「はい、おそらく対戦したら成宮さんは十中八九打ち込まれるくらいに」

 

「……まさかオタクらのキャプテンのこと?まぁ確かにすごいけど」

 

「いえいえ、結城さんなんて「雨宮、挑発もほどほどにしておけよ」……ちっ」

 

「おい、今舌打ちしただろ」

 

「気のじゃないっすか?」

 

「あ、一也!ねぇ、この1年の教育どうなってんの!超生意気なんだけど!」

 

「悪い、悪い。こいつ常日頃から生意気でさ、俺も手を焼いてんだよ、許してやってくれ。そういや鳴、お前今日投げんの?」

 

「ささ、早く行こう。瑠偉は次の試合出るんだから昼食取らないと」

 

「う~ん、それもそうだな」

 

 御幸と目線で「さっさとこの野郎をどこかへ連れて行け」「ナイスタイミングです、さすがっすね」と言葉ではない会話を一瞬で終わらすと強引な形で瑠偉をその場から引きはがすことに成功した。

 

 この男が何か企んでいる時は必ずと言っていいほど碌なことが起きない、だが意味がないことはしないやつだと虹稀は知っている。興味がなければ(嘘でも)あんなに饒舌に話さない。

 

「あの人、誰?瑠偉が煽ってた、白髪の人」

 

 暫くしてから先ほどの試合出場していなかった2人を振り返り、虹稀は瑠偉に尋ねた。あまりにも無知すぎる虹稀ではあるが、何か感じ取ったものがあったのだろう。

 

 自分と同じくらいの小柄な選手をやたらと気にかけているが不器用にその様子を隠している。

 

「稲実のエースの成宮鳴。俺が知る限り現時点では高校最強投手だ」

 

 今度は目の端に時折捉えるのではなく、しっかりと振り返って御幸と話している稲城実業高校のエース、成宮鳴の姿を確かに捉えた。

 

「あれが……」

 

 そう言われて虹稀一度立ち止まる。

 

「あの人は左投手だしお前とは違うけど、投手のお手本みたいなピッチングをする。まぁ参考にはなるだろうよ」

 

 最強投手、それは瑠偉が甲子園優勝するためには絶対に欠かせないと言っていた絶対的条件だった。絶対的に必要な選手を知りながら、その高校にはいない。非情なまでに合理的である男がそのような選手を知っていながら、青道高校にいる理由が虹稀にはわからなかった。

 

 虹稀は軟式野球出身の、実績も大して残していない自分を評価してもらい、特待生として破格の待遇された恩義があるが実績も実力も兼ね備えている瑠偉とっては古豪と言われている青道高校にくる理由はなかった筈なのだ。

 

 その筈なのに、この男は今目の前に、同じユニフォームに袖を通している。付き合いこそ浅く、表面的な部分でしか、いや表面的なこともわかっていないのかもしれないが、それでも雨宮瑠偉という個人の野望を知っている数少ないうちの一人として、虹稀はずっと理解できなかった。

 

 希望通りの選手が比較的近くにいるのにわざわざ青道高校を選んだ理由を聞いてはいないもののずっと引っかかっていた。

 

「あくまで現時点、俺はお前が成宮鳴に勝てると思ったから青道に来たんだぜ」

 

 後ろは振り返らない、数メートル後ろにいるのはもちろん分かっているから聞こえないように語りかける。期待していたこととは程遠い出来栄えではあるが、この停滞がいつかきっと大きな飛躍になると信じている。

 

 だから言わない、そこに言葉は必要ない。

 

 教科書通りなんて枠には嵌まるわけがない規格外の投手だと信じているから。

 

 3

 

 青道高校はかつてないほどいい雰囲気に包まれていた。新入生を加え更に厚みを増した打線、急成長を見せる投手陣、特に最上級生の丹波に芽生えたエースとしての風格。

 

 士気は上々、雰囲気も耐えなく声が続いておりベンチ内も明るい。片岡鉄心としては想定以上の最高な状況で合宿は終わりを迎えようとしていた。

 

 ここ数年遠ざかっていた甲子園を射程圏内に捉えている。もしかしたら甲子園に行けるかも、ではなく間違いなく行けると選手全員同じ考えを抱いているのだから。

 その点で言えば青道高校のこの二日間は大成功と評価してもいいだろう。しかし一方では青道高校とは真逆の収穫をしたチームもある。

 

 ─なんでだよ……あいつらと俺では何が違うんだよ。

 

 8回裏1アウト。

 

「珍しく大口叩きあがって、これで打ち込まれたら責任取ってもらうからな。その頭てっぺんまで剃り上げてスキンにしてやる!」

 

「あはは、それいい。のった」

 

「のった」

 

「ヒャハハ!ロン毛になってもらってもいいすけど?」

 

「こら!お前たち!」

 

「1点取られたらスキンヘッド、2点目取られたら眉毛も剃るという事で決定だな。メモしておこう……3点目は長髪、か」

 

 公式戦であれば既にコールドで決着が付いている点数に、修北のエース投手は負の感情の連鎖に巻き込まれていた。どこで差がついたのか、何で差がついたのか。自問自答に答えは出ない。

 

 自信があった。東地区の新興勢力と呼ばれるまでに強く成長したのにもかかわらず、今まで培われてきた自信は木端微塵に打ち砕かれた。

 

 まるで手も足も出ない、中学生が高校生と試合をしているかのような、今までの努力は全て無駄だったのではないかという錯覚に襲われる。

 

 勝てるビジョンは最早ない。新興勢力だ、甲子園を狙えるかもしれない、そんな風に騒いでいたのは自分たちの周りだけで、井の中の蛙だったと痛いくらいに思い知らされた。

 

 打ち砕かれた自信とともに失われるチームの活気、それに対して盛り上がる相手ベンチ。自分たちも頑張ってきたはずだ、なのに……どうしてここまで。

 

 憤り、虚無感、怒り、悪い感情だけが混ざって胸の内を埋め尽くす。

 

 8回の裏、1アウト2塁。一人は打ち取ったものの1年生だという打者に対してはボールはしっかりと捕えられ外野を破る2ベース。

 

「次のバッター早く打席へ!」

 

 打席に立ったのは青道の投手丹波。渦巻いていた感情が暴れはじめた。

 

 別に当てようとしたわけでもない、ただただ悔しさを滲ませ八つ当たりするように無造作にボールを放ろうとする。

 

 事実、キャッチャーのミットなど見もせずに、鬱憤を晴らすためだけにど真ん中に渾身のボールを投げ込もうとしただけだった。

 

 刹那、修北の投手は自分の時間が止まったのではないかという錯覚に襲われる硬直を味わう。

 

 投手としての勘が警報を鳴らす、人としての感情が心臓を凍てつかせる。

 

 指先から離れたボールは、制御を失いある場所を目掛けて真っすぐ進んでいく。

 

 感情は急速に温度を失う。

 

 打ち気満々な丹波は小さなテイクバックの後思い切り踏み込んだ、ボールが向かう先はストライクゾーンではなく自分の顔面だと、脳が認識した瞬間には取り返しがつくことは無く……ゴッ、と鈍い音がグラウンドに響いた。

 





更新が遅くなってすいません。

丹波さんには原作通り一旦退場してもらいます、丹波さんすいません……

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