ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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プロローグ表

 

 3

 

  試合に負けたと分かったのは病院のベッドの上だった。

 

 ・重度の脱水

 

 ・右太もも裏軽度の肉離れ

 

 ・第十二肋骨疲労骨折

 

 ・肩、肘、背中の炎症

 

 

  これが地区大会からこれまで体を無理矢理使ってきた代償だ。

 

  どうやら救急車で運ばれたらしく大会会場最寄りの病院に搬送されたそうだ。

 

  その一方で散々酷使してきたのにそこまで大きな怪我がないことが不謹慎だけれども虹稀は少し嬉しかった。

 

「虹稀かっこよかったよ~、姉弟じゃなきゃ惚れてたね」

 

「はいはい、ありがと」

 

 ほわんほわんと言う表現が一番似合う虹稀の3つ年上の姉である山元 奏虹は非常に明るい笑顔で虹稀と話していた。

 

 山元奏虹は勉強ができ顔も非常に整っているまさに才色兼備を体現しているような人である。

 

 しかし、天然というか不思議ちゃんというか、少々変わっており良くも悪くもマイペース過ぎるのが玉に傷でもある。

 

「いや~最後のは凄かったよ!素人の私でもわかったもん、今までのがギューンだったのに最後はギュン!バットもった子もビュンじゃなくてバキョ!で「ごめん、何言ってるかわかんない」」

 

 

「それからねー、会場もワーだったのが一瞬でシーンって」

 

「俺が倒れたからじゃない?」

 

「あ、そうかも。監督さんとか感動しすぎて虹稀にキスしようとしてたんだよ」

 

「えっ?」

 

 一瞬で虹稀の顔が青ざめた、おそらく倒れたことによる応急措置として監督側もパニックになり人工呼吸か何かをしようとしたのだろう。

 

「それはそうと」

 

「いや、それはそうとではなくて、結局俺は監督に人工呼吸されたの?されなかったの?」

 

「なんかね、雨宮君?だっけ、あの子が監督羽交い締めにして止めてくれていたよ」

 

「よかった…本当によかった……」

 

 

  感謝してもしきれねぇと涙を浮かべて安堵したのか持ち上げていた上半身をベッドに任せ、暫くゴロゴロと寝返りをうって過ぎ去った厄災からの無事を噛み締めた。

 

  不意に虹稀がよく耳にする着信音がなぜか奏虹の方から聞こえてきた、一瞬聞き間違いかと考えたものの間違いなく聞こえてくる。

 

「お母さんは今日の夜迎えに来るって、とりあえず大事に至らなくて安心してた」

 

「喋りながらブラインドタッチでスマホを弄っているところ申し訳ないんだけれどスマホ返してもらっていい?」

 

「はいはーい」

 

  勝手に自分のものを姉に持ち出され過ぎて感覚が麻痺している虹稀は少しおかしなやり取りを当たり前のようにこなした。

 

  主に持ち出される理由としては奏虹の友人の連絡先を入れられたり、立場的に強い虹稀の粗を探すためでもある。

 

  セキュリティはしっかりしていたので対したことはできないと思っていたが優秀な頭脳を駆使してセキュリティをこじ開けられた、最も今拐われているスマホは最低限しか使わないので問題ではない。

 

  また親もこの事を知っており奏虹が知らない2台目のスマホがあるので親もたまに起こすアホな姉の行動は基本的に無視していた。

 

  返してもらったスマホを見てみると通知画面に夥しいほどの通知と電話が、宛先は雨宮瑠偉と記されており「なんでそんなになるまで野球してたんだよ!」「もっと自分のこと考えろ」「これからがあるのになんでそんな無茶したんだよ!」と仰々しい言葉の羅列が表示されている。

 

「色々突っ込みたいことあるけどさ、雨宮瑠偉にどういう連絡したの?」 

 

「虹稀の状態聞かれたから足の筋肉が切れて、あばら骨も折れてて、肩・肘・背中も危なくて今寝たきりって」

 

「そりゃ心配するわ」

 

  一先ず電話で荒ぶる雨宮瑠偉を宥めて誤解を解いた、姉の言葉足らずの説明と冷静さを取り戻すと罰が悪そうに今のことは忘れてくれ、と締めくくって電話を終える。

 

  雨宮は結構お人好しな人なのかもなと試合で対峙しただけの選手と奇妙な縁を感じていた。

 

 

  ようやく落ち着いて、やっと実感する「夏が終わった」という実感。だから考えないといけないこれからのこと、則ち本気で野球をするかしないかの選択だ。

 

 まず、虹稀はバカではない。瞬時の判断力や先を見通す思考、ましては自分独自のスポーツに対する理論を持っている。その上で頭もいい県内No.1の進学校普通科には普通に勉強すれば行ける程度に、だからこそ野球か勉強かどちらをとるか悩んでいた。

 

 3年間野球漬けの日々を送るか、普通に勉強して将来へ向けて頑張るか。

 

 どっちを選ぼうか悩んでいた、たかが全国大会2回戦で負けてしまうような投手がこの先野球で生きていけるのか。

 

「お~い、なに黄昏てんの?」

 

「これからのこと」

 

  なるほどと言わんばかり納得する奏虹、顔が整っている分表情が非常に分かりやすい。

 

「野球やらないの?」

 

 

「野球はやるよ、でも姉ちゃんと同じ学校に行くかも」

 

「え~!私が行っているとこ凄く弱いよ、それでもいいの?虹稀くらいの選手だったら推薦の話とか特待の話とかきっと来ると思うけどなぁ」

 

 

  たかが全国大会2回戦の投手に来るわけない、という言葉を飲み込んだ、全国大会に行かなくても来る選手は来る、ただの負け惜しみだと虹稀はわかっていたからだ。

 

「来たら、考えるよ」

 

「ふ~ん」

 

  つまらなさそうに答える奏虹、病院の中にあるコンビニで買ってきたおにぎりやら弁当やらを取り出して虹稀にわたすと、いつものようなふわふわとした柔らかい雰囲気は消え去り厳しい目付きで

 

「あんた、何で野球やってんの?」

 

  そう、問いかけた。 

 

 

  久々に奏虹の真剣な顔を見て虹稀は本気で考える、こういう時の姉は異様に鋭く何か真理をつくような凄みをもっている。

 

 

「虹稀が野球を始めたのは中学1年から、だったよね。それまではバスケとサッカーをやっていてどっちにも専念しようとはしていなかった、多分何か違うなって思っていたんじゃない?」

 

「そう……だね、楽しくない訳じゃなかったけど」

 

「元々運動神経が優れていた虹稀はいつもバスケクラブの監督とサッカークラブの監督がどっちかに専念させた方がいいと言い争っていたことを知っている?何度もうちに来て熱心に話していたよ、お母さんは虹稀のやらせたいようにやらせるって干渉することはなかったけどね」

 

 

 そんな中虹稀が小学校6年生で見たWBCの決勝戦細いバットで逆転のヒットをを放つ背番号51そして試合を決めてガッツポーズするマウンドの男。

 

  そんな中一番心引かれたのはバスケやサッカーにないピッチャーとバッターの一騎討ち、マウンドのピッチャーもボックスのバッターもパスを出す味方やサポートしてくれる仲間がいない闘志のぶつかり合い、その光景を見て少年はすぐに野球の虜となった。

 

  自分もああなりたいと、あの人たちのようになりたいと憧れた。ボールを投げることが、取ることが、打つことが楽しくて仕方なかった。

 

  出来ることならこのまま野球に触れながら生きていきたいと思ってしまう、一目惚れしたかのようにとりつかれていた。

 

「本気でやれば虹稀は何でも出来る」

 

「それは買い被りすぎ、何でもは出来ないよ」

 

「だいじょーぶ、お姉ちゃんの感は当たるから。少年よ、大志を抱けってね」

 

「大志、ねぇ」 

 

  大志なんて大層なものは抱いていない、しかし昨日の雨宮瑠偉と対峙したときのような高揚を、胸が高鳴るあの楽しさは忘れられない。

 

  互いが互いに本気を出してぶつかれる、怖いけれども踏み込む覚悟は整った、どこに行くかはわからないけれども先ずは甲子園。

 

  あの熱い聖地を制覇して見せる。

 

 

「なんて現実見ろって話だよな」

 

  無茶無謀、けれどもきっとそこには何よりも価値があるものがあるはずだから。

 

 

「でも決意は固まったんでしょ、虹稀はその顔が一番似合うよね。余裕綽々でどこか遠くを見ている憎たらしい表情が」

 

 奏虹は目を爛々とさせる虹稀を見て微笑んだ。

 

  ただの感だ、希望的な観測なものかもしれないし、根拠も理由もない絵空事だ。けれどもきっと近いうちに虹稀は日本中に名前を轟かせるだろうと確信していた。

 

 4

 

「山元、それ本気で言ってるのか?」

 

「はい、本気です。」

 

  夏休みが明けての進路を決める三者面談で虹稀は野球をするといい放った。

 

  教師の言い分は一切聞かず頑なに野球をすると主張し続けると教師はあまりなにも言わずにそれじゃあ頑張れ、と言っただけだ。

 

「お母さんからは何もないのですか?」

 

「私はこの子のやりたいようにさせるだけです」

 

「推薦来てるって言ったって静岡の桜山と大阪の東光だろ?遠いしほんとにやっていけんのか?ここ何県だと思ってる?」

 

「埼玉県です。それにまだそこに決まったわけではないので。というかセレクションを受けに来ないかと言われただけで推薦ではないですけどね」

 

「いや、お前なら大丈夫だろう。間違いなく受かるよだって身体能力がおかしいもん。そうでなくとも8月にあったKボール?だっけ、あの大会でベスト16まで行っていただろ、そんなに自己評価を低くするな」

 

「俺選ばれていないですけどね」

 

  怪我で参加できなかったんだよ、と悪態をつくと教師はおどけていた、生徒の進路を自由にさせるのはいいけどもう少ししっかりしてた方がいいだろうとため息を押し殺しながら虹稀は思う。

 

  結局話は進まず、進路は決まらず見送りとなった。母さんはああは言うもののほんとは近くに行ってほしいのだろうなと虹稀は薄々感じていた。

 

 

 

  進路と比例するようにやたらと重い学生鞄を重りにして手首を返しながら家に入るとやたらと元気のいい奏虹が虹稀をお迎えしていた。

 

「虹稀、やっと来たよスカウトの人、しかもめっちゃ綺麗!デカイ!」

 

「情報が少なすぎよくわかんないよ」

 

  そうは言いながらもリビングへウキウキしながら向かう虹稀。今までは野球部の監督からこんな話来てるぞーとパンフレットと手紙と書類が渡されただけだったので正直家にスカウトが来ることを嬉しく思った。

 

「初めまして、山元虹稀君ね。私は青道高校野球部副部長高島 礼と申します」

 

  虹稀は何よりも先に考えた、この人メガネ外せば滅茶苦茶可愛いと。

 

  無論姉の奏虹も虹稀と同じことを思った、本人等は否定しているが根本的な部分でこの姉弟はどこかに通っているのだ。

 

「あら、奏虹あんた以外と気が利くわね」

 

 テーブルに置いてあるちょっとしたお菓子と高島礼の前に置いてあるお茶を見てそう呟く、そういったことくらい出来るんだから!と頬を膨らませ抗議する姉を少しだけ虹稀は見直した。

 

 

  しかし、お茶とお菓子には手を着けず高島礼は単刀直入に切り出す。

 

「山元君を是非我が校の野球部へと思いま「へーよかったじゃん断る理由ないしね、割かし近いし」

 

「こら奏虹、静かにしなさい」

 

  この場に何故姉が同伴しているのかわからないが、それは置いて考える間もなく虹稀は躊躇うことなく返答をする。

 

「それは是非ともお願いしたいです、ですが何でお……僕なんですか?軟式野球の全国大会2回戦で負けてしまうようなピッチャーを欲しがる理由がわかりません」

 

「先日の試合を拝見して山元君のプレイに惹き付けられまして、可笑しな話ですが一人の野球が好きな人間として青道で成長する姿をみたいと思ったんです。そして貴方の力が絶対青道に必要だと感じました」

 

「恐縮です、ですが正直僕のどの辺りを評価されたのか具体的に教えてもらうことはできませんか?」

 

「そうですね……一番は原石の大きさでしょうか」

 

「原石の大きさ?」

 

「つまりは伸び代とでも言えばいいのかしら。こう見えてスカウトをしているとわかるの、感覚的なことだから説明しにくいけれど……でも間違いなく君は特Aクラスに匹敵する逸材よ、間違いなく」

 

  その証拠にと、とある資料を鞄から取り出して虹稀に渡した。

 

「これは?」

 

「私たちの誠意です、そこに書かれている通り青道高校野球部は貴方を特待生として受け入れます」

 

  目の前に大金を積んでいるようなものだ、入学金と授業料は免除で寮のお金だけ払えばそれでいいと言う好条件(もちろん1年単位で結果を残さなければ破棄となってしまうが)

 

  遠回し即戦力として見ていると言われていることと同意義であった。

 

「……その言い方ずるいですね。はっきりとした答えは今出せませんが、よろしくお願いします」

 

「話が早くて結構、うちにはいつきます?」

 

「僕としてはいつでも構わないのですが」 

 

 何故か高島が一瞬表情を曇らせたのを虹稀は見逃さなかった。大変なんだなとその程度に感じていた。

 

 

  虚ろに、焦点の合わない目でどこか遠くを数瞬眺めると嬉しそうに話を進めていく。

 

「こちらも色々と忙しくなるのでなるべく早くが助かるわ」

 

 

「じゃあ、次の土日とかはどうでしょうか?ここから東京はだいぶ近いですし」 

 

「あらその時ちょっとおもしろい子も連れてくるんだけど、どう一緒に来ない?雨宮君と言うのだけれど」 

 

「雨宮……雨宮瑠偉ですか?」

 

「ええ、そうよ。最も彼は本当にただの見学なんだけどね、私が君を特待生に選んだ試合で彼と勝負したでしょう?そう言えば雨宮君この間あったKボールの大会で驚異的な数学を残してチームを優勝に導いたのよ」

 

  あの試合で凄い人だとは思っていたが予想よりも、自分の想像以上にいい打者だったんだと朧気な記憶からあの時を思い出した。

 

「やっぱり、凄い」

 

  自己評価が低いのは自信がないからなのか、謙虚だからかの通常は2択で山元虹稀の場合は度が過ぎる後者であった。

 

  決して強豪校とは言えない学校で図抜けていたために本人の自己評価としては強豪校の中の上程度の評価だったのだ。

 

  県大会に出られる時点で奇跡的だったチームを全国大会に導いたのにか変わらずそこまで謙虚なのは1番以外は敗者と言う極端な考え方によるものだと高島礼は知る由もない。

 

「凄いのは山元君、あなたもよ。その大会雨宮君の打率は7割を越えたわ、1試合に少なくとも3安打、多いときには5安打、そんな子から5打数1安打に抑え3三振を奪ったのだから自信を持ちなさい」

 

  だが、山元虹稀の謙虚な姿勢の裏側には飽くなき上昇思考の塊の裏返しでもあると見抜かれていた。

 

  賛辞を口にする瞳の奥に確かに燃える負けん気の強さがある。

 

  高島礼はそんな底知れぬ才能とエース足りうる気持ちを目の当たりにして、さんざん反対されたりもしたがこの子を青道に連れてこれて良かったと嬉しそうに微笑んだ。

 

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