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3
4回の裏、3番伊佐敷のツーベースヒットから4番の結城が四球を選びノーアウト1・2塁。続く5番の増子がバントで送り1アウト2・3塁、青道ベンチは得点圏打率の高い御幸に部隊を整え任せる。
しかし、明川の楊舜臣は依然として強気のままだった。前進守備のシフトに切り替えて御幸との勝負を試みる、が御幸に対しての4球目、勝負を決めに来たアウトローへの変化球をしっかりと読み撃ち。
ショートの頭を越え左中間を綺麗に破る、更には外野のもたつく間に3塁まで進みスリーベースヒットで2点を返した。
同点で盛り上がる青道スタンド、たまらずタイムを取りマウンドに駆け寄るが楊舜臣は口角を上げていた。日本に来た理由、いわゆる身体能力のぶつかり合いのベースボールではなく頭を使った野球をしに日本に留学している彼にとってはこれこそが望んでいた状況だった。
だから、この程度で彼は崩れない。続く7番の白洲はスクイズを試み何とか前に転がすも思い切ったフィールディングで追加点を許さない。
その表情に一切の焦りも陰りも見えない、楽しそうに、望んでいたものを体験している。彼にとっては最後の夏を存分に謳歌している。
2アウト1塁、次の打者は3年の坂井に代わった雨宮瑠偉。バットを肩に担ぎ不敵に打席に向かっていた。顎を上げ見下すように楊舜臣を見下ろす、殺気立つとでもいうのだろうか。
4番の結城ほどではないが近いものを察し楊舜臣は唇をきゅっと引き締めた。
─制球が武器の投手、球威は普通くらい。しかし変化球は比較的多いが特段飛びぬけたものはない。せっかく御幸さんが流れを持ってきたって言うのにまたあっちに持っていかれそうだ。なら俺が引き戻す、投手さえいなければ何とでもないチームと接戦なんて1回きりで充分だ。
ピンチを迎え、抑えたことで心拍数は跳ね上がり更には1年ながら雰囲気に感化された精密機械は僅かな狂いが生じている。
対して未知数の才能を搭載した異色の天才は静かに燃えている、それは後ろに控える鬼才の投手の跳躍に刺激されていることもあるが、心の奥底では先輩らがあまり打てていないためにここで実力を示して虎視眈々と上位打線を狙っていた。
打席に入るまでに思考を終え、意識はフラットに楊舜臣を見据える。
楊舜臣は一つ間違えば痛打を浴びることを確信しており、雨宮瑠偉は自らが打てるビジョンしか浮かんでいなかった。自信過剰とも言うが中学時代に残した圧倒的な実績とここまで実力だけでのし上がった過程が彼の自信に結びついている。
チームを背負う理性的な投手と成功しか確信していない勢いのある打者、試合を決定づけるかもしれない場面で精神的な要素は大きく関係してしまうのだ。
実力以上のものが発揮できる選手もいるように、実力の半分も出せない選手もいるように、精神面は密接に関わってくる。現時点では実力は拮抗、勝敗を分けたのは頭のおかしいような成功を頭に描いていた雨宮瑠偉の勝利で、打たれる可能性を少しでも考えてしまった楊舜臣の敗北だ。
しかし、その敗北は楊舜臣にとっては心に何かを残したが、決して明川にとっては痛いものではなかった。
完全に、完璧に捉えられた打球だった。
内野は動く暇さえなく三遊間を軽く飛び越えレフトに到達する。あと数ミリ上に角度が上がっていれば、あともう少し左右に角度がついていればスコアボードに3という数字が刻まれていただろう。
楊舜臣は確かに個人的な勝負には負けたかもしれない、雨宮瑠偉は確かに個人的な勝負には勝ったかもしれない、けれども試合には影響が全くなかった。
「クッソ! 捉え損ねた!」
─危なかった、あと少しずれていたら持っていかれてた
稲妻のように内野の間を引き裂いたあたりは左翼手の真正面、ツーアウト1・2塁。
ネクストバッターの9番山元虹稀はセンターに大飛球を舞い上げたものの定置にいた中堅手にしっかりつかまれ依然としてスコアボードには追加点は刻まれなかった。
ここまで来たのならもう意地しかない。留学生の彼にとって今年が最後の夏、懸ける思いは明川の中で誰よりも熱く重く、青道の選手とも引けを取らない。
しかし状況は完全に青道のペースに持っていかれてしまった。
芯を喰った当たりが飛び出し始めた明川の守備に対し、哀愁が漂い始めたのが攻撃の方だ。
踏み込めば内角を抉られ、見逃せばストライク、振れば弱々しい打球が内野へ転がる。もう手の施しようが、打つ手すらなかった。
降谷対策をしていた分、球速差が10キロ近くある虹稀の球は明川の選手にとっては非常に見分けやすい速度だと言っても過言ではない。しかしそれが普通の投手ならの話だ。
低めと思ったボールがフレーミングと驚異的なノビによってストライク判定、当たりそうなカーブは手元で鋭くもう一段回変化し、甘い球と思って振れば微妙に曲がり打ち取られる。
打者の目が慣れ始め、多少のボール球はカットされるが結果的に球数が多くなり疲労が溜まる、尚且つ攻撃時間の異常な短さに休憩に十分な時間がない。
蒸し暑い日本特有の気候で、一番熱いマウンドに立つ虹稀は涼し気な表情でテンポよく明川打線を見事に調理している。一方で明川の楊舜臣は熱さと球数による身体的疲労、勝ちの見えない中でただただ粘りの投球を行う、その対価となって精神的な疲労がじわじわと押し寄せる。
その後2イニングをランナーを出しながらも無失点で切り抜ける好投を見せた。気持ちと投球術で何とか均衡を保った楊舜臣だが、彼の全力を懸けた踏ん張りも空しく遂にその時は訪れた。
4
始まった7回裏の攻撃、先頭バッターは8番の雨宮瑠偉。
いつも通りのルーティーンワークをこなす彼はいつも通りであるが、スタンドの応援が異様な雰囲気を纏い球場を覆っていた。
1・2で太鼓をたたき3でメガホンを叩く、ブラスバンドがいない中100人近く野郎の声で『WE WILL ROCK YOU』の熱唱が始まった。
『青道の! 頼れる男! 8番強打者雨宮瑠偉! 打ってやれ! 魅せてやれ! お前のバットで決めてやれ!』
─8番強打者って何だよ。英語の離せない外国人みたいな響きじゃねーか。こうなったら甲子園までにぜってークリーンナップ奪わねぇとな……そんなことは置いといて、狙うはファーストストライクだな、それしかねぇ
盛り上がりを見せるスタンドの応援歌を冷静に聞き、分析、更には突っ込みを入れる余裕もある8番の強打者は、大きな声で自らに気合を入れるといつものようにバットをピンと立て投手を見据えた。
─さっきよりも……外に外れるスライダーで様子を見よう
強気にも見える逃げ、賭けそのものの読み、その覚悟があったからこそ結果は上手く転がったのだろう。
楊舜臣は決して悪い球を投げたわけじゃない、外角に外れるスライダーは理想的とまではいかないが、納得のいく感触で彼の手から離れる。
その球を、ストライクゾーンから外れたのを勘で把握しつつも一切不純物は混じっていないスイングがボールを捉えた。
真芯で捉えることは叶わず、当たったのはバットの先、鈍い音を立ててファースト後方へ飛んでいく。
ただ、雨宮瑠偉はそのまま振り切らずにライト方向へ押し込むように手首を返す。
そうしなければならないと直感的に判断し、体が勝手に反応していた。
そのまま空気を切り裂く音を立てながらライト定置の真横に位置のフェアラインの上に乗り、そして地面に触れたと同時に、加速するようにラインを跨いで跳ねていった。
迷いのないスイングは驚異的な回転を与え内野の頭を越し、ライトはファールゾーン後方までボールを処理しなければならなかった。
予想外の打球の変化に僅かにライトが戸惑った、その隙を雨宮瑠偉は見逃さない。ボールが落ちた瞬間さらにギアを上げ僅か2歩でトップギアに入る、その瞬発力を生かし凶悪なまでに加速する爆発的な跳躍力でダイヤモンドを駆ける。
加えて成功イメージしか頭にないお花畑の思考を持ち合わせている瑠偉は、躊躇なくセカンドベースを蹴った。
迷いが一番の敵と言われる走塁で、暴走と好走塁は紙一重だ。すなわちギャンブルできる奴は強い、雨宮瑠偉の走塁は勘や賭けだけの要素ではなく的確な状況判断と経験が混ざっている分余計に性質が悪い。
若干定置の後ろ似たライトは悠々と回り込んで捕球体制に入る、瑠偉はライトをファーストを回る前に確認、そしてそのライトの肩が大して強くないのは試合前のシートノックで把握していた。
故に躊躇なくセカンドベースを回り、もたつく間にあっという間に3塁へ。
ギリギリのタイミングではあったが見事に3塁まで到達した瑠偉は大きく息を吐いた。
狂乱狂気に盛り上がる青道スタンドが球場の雰囲気を塗り替えた、しかし、本人は渋い顔をして素直に喜んでいなかった。
結果的には3ベースヒット、しかし当たりだけ見れば楊舜臣の勝ちだった。狙い澄ましていたのに関わらず、ボール球を打たされ、相手の未熟さを突いての走塁。
当然悔しさは滲む、しかし結果が良かったのでさほど気にもせずに切り替えたのは流石と言うべきか。
打ち取ったあたりが3ベースヒットになった。1回とは真逆の事柄が起こり始めた7回裏、この1点が勝敗を決めると言っても過言ではない。
ノーアウト3塁、点を入れる方法はいくらでもある、ここで点を入れられ試合を決められるか、それともここから流れを全部巻き取ってあってないようなチャンスを待つか……
その緊張感を楽しみに野球をしている楊舜臣にとって、少なくとも今は最高の瞬間に浸っている。
そして、青道ベンチもここで動いた。
『選手の交代をお知らせします。9番沢村君に代わりまして、代打・小湊春市君。小湊春市君』
3回途中から5回までを完璧に抑え込み流れを断ち切った虹稀だが、6回に先頭打者の楊舜臣にカウントを取りに行ったカーブを狙い打ち、センター前ヒットになりそうな打球を手で叩き落とし1アウトは取ったもののその後レフト前にヒットを打たれ、その次の打者には初の四球を許しやむを得なく片岡鉄心は交代させざるを得なかった。
そして虹稀代わり、更に勢い付こうと青道は背番号20の1年生左腕沢村(アピールが実った)が6回はランナーを2人抱えた登板だったが6-4-3のダブルプレーでピンチを脱出、7回はランナー1人も出さず、無失点で切り抜ける好投を見せた。
しかし、せっかくのノーアウト3塁のチャンス、打撃の良くない沢村で態々アウトひとつ献上するほど青道は優しくない、代わって代打を送り込んだという事は青道側も勝負を決めに来たという事、沸き立つスタンドは更に沸き立ち、グラウンドではきゅっと引き締まる緊張感が流れる。
─ここまで完璧に抑えている投手に代わり代打……引導を渡しに来たのか
「はるっち頼んだぞ! この俺の代わりにあのメガネさんを倒してくれ!」
「も、もちろん!」
代打だという事を告げられて沢村は不本意ながらもそんな表情は一切見せず、同じく1年の小湊春市を送り出した。
もっと投げたいという気持ちを抑えて
ポンと、肩を叩いて檄を送るが小湊春市は肩に残る強い感触に沢村の悔しさを感じ取っていた。だから、代わりに出たのだから。
─日本の高校野球で木製バット、余程ミートに自信があるのか。それに、ベースに覆いかぶさるような構え……だが、その構えでインコースをさばけるのか?
楊舜臣が投げた瞬間、小湊春市は体を開くように左足を踏み込んだ。
―知っていたさ、だが、そのコースは打ってもファールにしか……
今日初めて、金属特有の高音ではなく、木製バットから鳴る乾いた音が大歓声の中を駆け巡る。
ほとんど同時に、均衡の糸がプツンと切れる音がした。
12345678910R
明川20000000 2
青道00020061× 9
ベスト8進出をかけた一戦、明川は青道の先発・降谷から四球とエラーを絡ませ2点を獲得、その後降谷は四球を出しながらも明川打線を3回途中まで最少失点で切り抜け、2番手の山元が明川の流れを見事に断ち切る完璧なリリーフを見せる。
一方明川の楊舜臣は4回に2点を失い、試合を振り出しに戻されるも後続にホームを踏ませることなく粘りの投球で窮地をしのいだ。
6回、楊舜臣のセンター前に抜けるかと言う当たりを右手で叩き落とし1アウトを奪うもその後ヒットとフォアボールで1アウトランナー1・2塁の場面で降板。
青道は1年生サウスポー沢村が3番手として登場、たった4球で窮地を脱しその後の7回表をおさえ明川打線を翻弄した。
そして8番から始まった7回裏、青道打線が爆発し6点の大量失点をしてしまう。
その後青道は代打・小湊春市に代わり背番号10の川上が8回表をしっかり押さえ、その裏、ダメ出しの1点をスコアボードに刻み試合は9対2で8回コールド、終わってみれば青道の完勝。
流れを断ち切り、作り出したのはベンチに入った1年生全員。
地力の差は大きかったものの楊舜臣は粘り強く投げぬいた、しかし、一度起爆した爆弾は勢いそのままに猛威を振るい、彼は力尽きてしまった。
5
「よお、手は大丈夫か?」
「ん……問題ない、と思う。痛くないし、腫れてもないから」
6回に楊舜臣に狙い打たれたカウントを取りに行ったカーブを狙い打ちされ、センターに抜ける強烈な当たりをあろうことか投げる方の、右の手で叩き落としその後ヒットとフォアボールを出し、同点、または逆転のピンチを作り出した投手に雨宮瑠偉は呆れながら問いかける。
「なら良かった、折れてたりしたら俺のモチベーションが下がる」
「俺の心配じゃないんだ」
「お前の心配って……あのなぁ、ガッツは認めるけどお前ピッチャーなんだぜ? 利き手で打球止めに行く場面じゃなかっただろ。当たったのが手の腹で良かったけどさ、指だったらよくて爪、悪くて骨の可能性あったんだぞ」
「あははは、ついうっかり手が出てさ」
「笑い事じゃねぇよ」
「はい、仰る通りです」
配球を読んでいなければあの狙い澄ましたスイングができない、油断した隙を突かれたバッティングで、全く想定していない打球に体が反応してしまったのだから仕方はないことではあるが。
しかし、虹稀もバスの中で落ち着いて鑑みてみると幸運だったと改めて思い返す。
今彼の右手には氷嚢が握られており、打球を受け止めた場所が手の腹だったからよかったもののあと数センチずれていたら、と考えると冷や汗しか出てこない。
「まぁ、無事なら何でもいいよ。にしても勝ったって言うのにこうも雰囲気暗いんじゃ嫌になるぜ」
「あんな試合の後じゃナイーブになるのも無理はないと思うけど。正直に市大が勝つと思わずに試合を見てよかったと思う」
12対13という超ハイスコアゲームを制したのは優勝候補の一角、市大三高ではなく薬師高校。17安打13得点と選抜出場チームを打撃でねじ伏せた攻撃力は馬鹿には出来ない。
「それは間違いないな、全くノーマークだったダークホースがあそこまでやるとは思わなかった。けど、正直負ける気はしない。だってあの4番抑えたら何も怖くないだろ? 総合力では間違いなくウチが上だよ。20回やったら19回は勝てる」
ただし、この流れが無ければという話だが。
「その1回が次かもしれないから、こんな雰囲気になってるんじゃ?」
隠れた意図を汲み取り虹稀は受け答えるが、天邪鬼体質、更には超のつく異常な楽観さを持つ瑠偉とは話がかみ合っていなかった。
「ははは、ありえないって。お前か降谷、もしくは丹波さんが抑えれば問題ない。最悪歩かせればいいしな」
確かに薬師高校は強い、だが総合力で考えると青道や市大の方が上だ。しかし、一人だけ場違いなまでな力を持っている選手がいるだけに事態は余計に深刻なのだ。
今日の試合でも楊舜臣という周りから見れば明らかに突出した選手に苦しめられた、だが地力の差が開きすぎていたために後半は青道が圧倒したが薬師高校はそうはいかない。
「簡単に言ってくれるね、正直あの打者……轟だったけ、あれは凄いよ。おそらく瑠偉と同等かそれ以上、もし勝ち方にこだわるんじゃなくて勝ちだけにこだわるなら歩かせるしかない。俺もそこは嫌だけれど腹を括ってる」
「……前言撤回だ、何があっても歩かせるな。完璧に叩きのめしてくれ」
それを込めた意味で虹稀は答えたが、瑠偉は自分と同等かそれ以上と評価されたことが少しだけ納得いかなかった。
「元よりそのつもりだよ。ただ、一也さんのリードには従うし、先発かどうか、試合で投げれるかどうかって言うのは別問題だけど」
虹稀も同じ考えだ、最強の打者は雨宮瑠偉だと信じているからこそ轟雷市には負けられないし負けたくない。
それに久々にねじ伏せてやろうという燻っていた感情を煽られた相手なのだからなおさらだ。
「それなら一つだけアドバイス。今日明日は体を休めてベストコンディションで試合に臨め、絶対に投げるから。明日までとは言わないがせめて今日だけは肩を休めて走るのをやめろ」
「わかってる」
「だといいんだけど……にしても沢村達おせーな、迷子か?」
全ては甲子園に行くために、逸る気持ちを抑えて次の試合を確と見据えていた。
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