ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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皆様、投稿遅くなりすいません。

弁解をさせていただくとスマホを紛失したあと、ハーメルンにログイン出来ず、随分と投稿と遅くなってしまいました。

本当にお待たせしてしまいました。

そして、アンケートありがとうございました、思いの外結果が片寄り内心驚いております。皆様の意見を取り入れつつ進めていきたいと思います。

展開に賛否両論あると思いますが、自分なりに進めていくのでその辺りはご了承下さい。




激闘:エキシビション

 

 0

 

 分かっていたことだった、知ってた上での行動だった。

 こうなることぐらい誰でも予想のつくことで、それを踏まえて覚悟したはずだったのに。

 

 頭は理性的だ、それくらいに忙しいことも、優先事項が野球だっていう事も、そんなことに興味がないという事も全部承知の上だった。

 

 言い訳はいくらでも思いつく。

 

 距離が遠いから仕方がない、忙しいから仕方がない、大会中だから仕方がない。

 

 全部分かっている、この思いはいつだって一方通行であることも知っている。

 

 けれども、感情は素直だった。

 

 少しでもいいから声が聴きたい、くだらないことを聞いてもらいたい、一言頑張ってくださいと言いたい、名前を呼んでもらいたい。

 

 けれども、それらは叶わない。私がいくら望んでいようが叶うことはきっとない。

 

 積み重なる未読のメッセージ、戸惑いもせずに押せるようになった通話発信ボタンと聞き慣れてしまったリズミカルな発信音、だんだんと短くなっていくコールの数、そして「お」と打つだけで真っ先に候補に挙がる「おやすみなさい」の一言。

 

 少し前まではこうやってしているだけで満足だったのに、今はそれ以上を求めている。

 

 我ながら卑しいと思うけれども、堰を切ってしまった思いは理性がどんなに歯止めをかけても濁流の如く溢れ出してしまう。

 

 そして遂に。

 

 連日の暑さと、勉強の疲れで魔が差したのか、寂しさを紛らわせるために聞いていた音楽が災いしたのか今となってもわからないけれど…………

 

『私は、先輩のことが好きです』

 

 送ってしまったが後の祭り、後には引き返せない。

 

 やってしまったという後悔と、穴があったら隠れてしまいたいほどの恥ずかしさ、言葉で伝えられないもどかしさが止まることなく涙と一緒に溢れ出る。

 

 そして遂に開き直った私は、欲望に身を任せて不貞寝をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、山元虹稀の同室の御幸一也があり得ない、否、あってはならないものを目の当たりにする。

 

 それは普段はガードが堅い後輩が無造作にベッドの置いていたスマートフォン。

 

 面白半分で中身を覗こうとするも暗証番号は変えられており、生年月日や何かしら関連した数字を打ち込むが4ケタの電子の壁を通り抜ける出来ず、つまらねぇと元の位置に戻した瞬間だった。

 

 浮き上がる衝撃の一言を見て、一旦自分のガラケーで写真を撮り、文字通り固まった。

 

「一也さんどうしたんですか? 天井に虫でもいるんですか? …………何もいないですけど」

 

 そして状況を徐々に受け入れ、晴れやかな笑顔でぽつりと呟く。

 

「山元、アウト」

 

「何がです?」

 

 御幸は静かに部屋を出た、戦争の火種を撒くために。

 そして、何も知らない虹稀は疲れた体を癒すために寝床に入った。

 

 何も知らずに朝を迎える。

 

 

 

 

 1

 

 

 昨日に続いてグラウンドでは丹波さんが実戦感覚を取り戻すために実戦形式で投球をしていた、一昨日打球を手で叩き落としてしまい昨日は体を動かして汗を流すこととバッティング、守備練習しかやらせてもらっていない。

 

 外野ノックで投げた感覚ではもう大丈夫だとは思うけれど、念のため今日は大事をとったほうがいいとのことらしく。

 

 因みに瑠偉は紅白戦で丹波さんのカーブを完璧に捉えたことが評価されたのか、試合での好調も影響しているのか、どうやら丹波さんから直々に声がかかったらしくこの練習に加わっているらしい。

 

 全くもって羨ましいものだ。

 

 今日はブルペンには入れたけれどもキャッチャーを立たせたまま軽く80球くらい。

 

 あまりにも早く終わってしまい、まだ太陽がさんさんと輝く下で走っていた。

 

 試合は明後日、まだしばらく時間があるため、丹波さんの投球を見ながら、先輩たちのバッティングを見ながら最近の日課になっているポール間を終え、一息ついたところで純さんからのお呼びがかかった。

 

 というかほとんど強迫に近い文言だった気がするけど。

 

「山元ォ! 手はもう大丈夫なのか?」

 

「はい! 問題ないです」

 

「ならマウンドに立てるな…………10分待ってやる、その間に肩つくっとけ!」

 

「えっと、どういうことですか?」

 

「グシャグシャのボッコボコにしてやるつってんだよ!」

 

「投げていいんすか! すぐ肩つくります」

 

 と、ここまでは普通に先輩たち相手に色々試せるし、投げれるチャンスだと思って喜んでいた。

 

 けれども、満面の笑みで肩作りを手伝ってくれる一也さんやマウンドにいる丹波さんを執拗にボコボコにする先輩方(+瑠偉)から醸し出される殺伐として雰囲気を感じ取りただ事ではないなという事だけは徐々にわかっていった。

 

「山元ォ! 準備できたか!?」

 

「はい、いつでも行けます!」

 

「よし、ならマウンドに上がれ! ケジメ付けさせてやる!」

 

「ケジメ?」

 

 

 

 

 

「山元……何をしたかは知らないが、頑張れよ」

 

 疲労の中に哀れみの混じった微笑みで丹波さんに励まされた、御幸さんもここ最近では見ないくらいにテンションが高く、3年生と瑠偉のあまりにも殺伐とした雰囲気はベクトルは違うけれども、試合と同様の緊張感を急に実感する。

 

「一也さん、何事ですか?」

 

「それは後での話だ。けど、この状況最高じゃないか? 全国トップクラスのバッターたちが本気でお前を打ち崩しに来てくれているんだぜ?」

 

「打ち崩すって言うか、若干2名くらい今にも人殺しそうな、殴りかかってきそうな目をしているんですけど」

 

「そりゃあ、自業自得だ」

 

「何も身に覚えがないんですけど」

 

「後でわかるから今は気にするな、今は目の前のバッター抑えることに集中しようぜ」

 

「……わかりました」

 

 口車に乗せられるのは癪だけれど、このレベルの打者相手に投げれることだけは確かにありがたいことだった。

 

 まずは血の涙を流している純さんとの対戦、無駄に力が入っている分タイミングを狂わせれば何とかなる。

 ただ…………

 

「お前だけは許さねぇ……ミンチにしてやる」

 

 身に覚えのないことを責められるのだけは腑に落ちなかった。

 

 

 

 

 

 今日は体が軽い、特に肩は昨日投げなかったこともあるのか予想以上に調子がいい。調子が良すぎて怖いくらい、それに加えダッシュで身体全体が疲弊しているのが幸いしているのか、余計な力は一切いらずに質の高い球がポンポン投げれる。

 

 手の感覚もこの前の影響は一切ない、そして全国トップクラスの打者と試合関係なしに何度でも対戦できる(怖いぐらいに敵意剥き出しなのが気になってしまうけれども)状況はこれほどになく贅沢だ。

 

 一瞬でも気を抜けば外野の最深部へ運ばれてしまう技量の持ち主たちに対し、学ぶことは沢山ある。全力で挑み、打ち返されることがあるからこそ修正点や改善点が露になり、それを修正するために試行錯誤する機会はいくらでも用意されている。

 

 大きく振りかぶった、右足に乗せ切った体重も、そこからの体重移動も全てが無意識で、且思い通りに動いていく。左足の踏み込みも、ボールをリリースする位置も理想的だ。

 

 投げる度に洗練されていくのが理解る。

 

 偶に陥る感覚がある、今までにないほど指先が熱くなっていて、その球が投げた瞬間に打たれることがないこともわかる。

 

 その感覚があった時は自分でも恐ろしいくらいに、圧倒的だった。

 

 体は熱を帯びている、心臓は感情と共に昂り心地の良い音色を奏でている。少しだけ下半身に疲労感はあるけれどもコンディションは最高に良い。

 

 特段何かを考えているわけでもないけれど、思い通りに、想像以上に体を上手く扱えている。

 

 肌が焼かれそうな圧迫感、花田東以来の殺意にも似た剥き出しの敵意、一つ間違えば命取りになる恐怖、それを踏まえたうえで湧き上がる闘争心。

 

 このまま身を任せればどこまでもいけそうな気がした。

 

 

 

 2

 

 懐かしい、と率直にそう思った。

 

 だけどそんなのは思い違いだとすぐに実感、そして訂正、レベルが違った。

 

 あの時とは完全に別人であると気付いたのは打席に入ってのことだった。そういえばあの時は延長戦まで一人で投げぬいて最後の搾り滓のような、風前の灯火のように今にも消えかかりそうな線香花火にも似たような弱々しい爆発だったのだと。

 

 戦慄を覚えた。

 

 今まで感じたことのない威圧感、爆発的な成長を遂げている目の前の投手が酷く遠くに感じてしまう。

 

 ボール球を哲さんが振ってしまう程キレているストレート、伊佐敷さんが手も出なかったカーブ、増子さんが短く持ったバットで詰まらせる球威、そして……あの夏に現れた満身創痍の化物ではなくて正真正銘の化物に会えたことに体が震えた。

 

 虹稀と同じ学校を選んだ理由は最高の投手がいるところに行けば甲子園優勝も夢じゃない、そう言ったはずだが本当はあいつを敵に回したくなかっただけかもしれない。

 

 心のどこかで、気付かないふりをして怖れていただけなのかもしれない。

 

 欠片も思っていなかった考えがポツポツと湧き出てしまう。

 

「まったく、恐ろしいやつだよな。良い意味で気持ち悪いよ」

 

「俺も同感ですよ。けれど、想像以上っす」

 

「哲さんや純さんですらろくに捉えきれていないからな。意地で外野に運んでいるけど内容はあいつの勝ちだ……丹波さんがキャッチボールし始めた、お前にとって最後になるかもしれねぇからいいとこ見せろよ」

 

「言われなくとも」

 

 疲労困憊、満身創痍、前に出会った怪物は手負いだった。

 

 だが今はどうだ? 

 

 獅子奮迅、意気揚々、爆発的に成長を続けている未知数の化物が堂々と佇んでいる。

 

 背中が見えなくなったような感覚に襲われるが無理やり振り払う。確かに今は遠いかもしれない、だがそれならばここで追いつけばいいだけのこと。

 

 細胞が敗北を拒絶していた、神経は異常なほどに敏感で僅かな動きですらはっきりと感知してしまう。

 

「ちなみに、お前は最後の打席だからな。本気で抑えに行くぞ」

 

 挑戦的な言葉が火に油を注ぐ、上等。と小さく呟いた。

 マウンド上で静かに虹稀が頷き、振りかぶった。力感のないゆったりとした動き、全身を余すことなく使い、無駄のない体重移動から繰り出される爆発力と球の出どころが分かりずらくなるまでしなった腕。

 

 一瞬高く浮いた、抜け球か? と思った矢先に急速に地面に吸い込まれるように落ちる。

 

 初球はカーブ、と判断したときにはすでに遅く、バットを出せないまま外角低めに構えられたミットに納まった。

 

「ストライク、だよな」

 

「……間違いないっす」

 

 一度浮き上がって鋭く落ちた。あたかも消えたように錯覚してしまう虹稀の代名詞ともいえるドロップカーブがアウトローに突き刺さる。

 

 正直、ここまでの変化は予想していなかったが一度はしっかりと見た。今日の最高のボールかもしれねぇが今のコースにそう簡単に決めれる訳がない。それが出来たら人間じゃねぇし、軌道の残像は焼き付いてる、対応は難しくない。

 

 次に投げたボールは内角のストレート。真っすぐに山を張っていたこともあって躊躇なく、迷うことなく体は動いてくれたが思いっきり差し込まれた。

 

 これで、完全に窮地に追い込まれた、四面楚歌ってやつだ。

 

 現時点で理想的なバッティングフォームから想像通りのスイングができたのにもかかわらずボールの勢いに押されてしまう、すなわち理想的だと思っていたこの型は個々が限界だという事だ。

 

 けど、あいつだってこんな状況から這い上がってきた……俺に出来ないはずがない。

 

 目の前の最強の味方を前にするとこれまで積み上げてきたものなど何の躊躇もなく捨てれる。緩急と僅かな変化に対応でき尚且つスイングスピードを維持、もしくは向上させなければ次には進めない。

 

 虹稀はロージンを少し触り、獰猛に笑った。こんなものか? と挑発されているようだった。

 

 あっという間に2ストライク、あっさりと追い込まれた。続く3球目フォームの改良しようとしたのを見透かしたようにワインドアップで振りかぶることなくノーワインドアップでタイミングを急激に変えて投げ込まれる球に対し、今度は手が出なかった。

 

 ストレートかと思ったボールの正体はカットボール。僅かな変化に救われた。

 

「これまた素晴らしい選球眼をもっているのか、それとも手が出なかったのか……どっちだろうな?」

 

 外れた……いや、外したのか。

 

 反応して今の球を打てるかと聞かれたのなら答えはNOだ……これ以上は頭で考えても無駄だとようやく理解らされた、あとは俺自身の野球センスと本能を信じるしかない。

 

 体は混乱している、今まで培ってきた技術を放り投げ全く違う動きを試そうとしているのだから。

 

 もっと感覚を研ぎ澄ませ。バットはどこに置くのが一番地がいい? スタンスの幅は? 立ち方は? 

 

 打席を離れて模索していると、ふと思い出した。

 

 偶然か必然か、今まで投げた3球は俺が完全敗北を味わった最後の打席と全く同じ配球だったのだ。虹稀と目が合う、雄弁に瞳は物語っていた……最高のボールを投げ続けるぞ、と。

 

 次で終わらしてやるとも。

 

 一切の容赦はなく、純粋に敵として向かってくれている。少しだけ、本当に敵として戦いたかったという思いはある、それが叶うのはあり得たとしてももう少し先の話だが今はこれで充分だった。

 

 今度は大きく振りかぶる。流れるような体重移動から鞭のように全身を使い、天賦の才を持つものが努力をすることでしか得られない渾身の白球が投げ込まれる。

 わざとらしく、あの時と全く同じ外角低めに寸分違わず投げこんできた。

 

 今度こそ、とバットを振りぬく。しかしそれでもまだ振り遅れた。

 

 ライト線の右側に落ちたボールは次第に勢いをなくし、最深部に辿り着くことなく静止する。

 

 驚きだったのは手に残った感触、ほとんど感覚はない……つまり芯でとらえたという事、なのに関わらず打球は死んでいた。

 

「ははっ!」

 

 思わず笑いが零れる。

 

 目に焼き付いていたはずのストレート、イメージの中では完全に捉えたはずだった。しかし現実は俺のバットは振り遅れで、あいつの真っ直ぐが更に想定の上を越えていた。

 

 ギリギリまでボールを見れるように最初からグリップを投手へ向けた改良型のフォーム。スイングスピードはやや従来のものと劣るけれども、確実性は上がったはずだ、なのに仕留めきれない……だからこそ面白い! 

 

 たった1球で段飛ばしで成長しているのが分かる、俺も虹稀も。これ以上にない濃密な技術の研磨を俺はずっと求めていた。

 

 中学校の時点で完全に完成した従来のフォーム、高校で強豪校の投手たちと対戦し多少の変化はあったものの、ここまで大きく変化させられたことは無かった。

 

 ここからスイングスピードを上げるには、助走が、予備動作が必要だ。そうなれば連動の精度はシビアなものを求められる、振り込んで実戦経験を積めば何とかなるが……今ここでそれをやらないと。

 

 ったく、乗らせてくれるぜ…………! 

 

 ここから先は未知の領域だ、あの夏のもしかしたらあったかもしれない続きの投影。

 

 あの時は、お前が倒れて終わってしまった勝負だが今日は思う存分やれる……終わりは近いが。

 

 問題はタイミングの取り方、脚はいつも通り、だがバットは常に動かし続けないといざという時に巧く動かせない。

 

 次に来たのはインハイのストレート。

 

 タイミングは完璧だった、しかしボールはバックネットに吸い込まれていく。

 

 というか、普通にボール球に手が出た。しかし、もうふり遅れはしない……あと一つ何か加われば完全に対応できる。

 

 寒気が止まらない、歓喜か恐怖かもわからない。クソ暑いのにもかかわらず鳥肌が収まらなず考えられることは虹稀の背中を必死に追いかけていくことだけだった。

 2~3回打席を離れてバットを振った、未だ解決策は見えないが何の不安もない。

 

 必死に食らいついていければ、おのずとその答えは得られるはずだから。

 

 呼吸を整えて虹稀を見据えた、その眼には何一つ曇りのない、純度の高い闘争心が宿っていて相変わらず俺を焚き付ける。打てるものなら打ってみろと目は口ほどにものを言う、あいつの厄介なところはこういう場面で、力と力の勝負という場面で躊躇なく否寧ろ嬉々として変化球を投げ込める普通では考えられないメンタリティだ。

 沢村や降谷であれば、というか大抵の投手が力で押したいときに直球を投げ込むという感覚で変化球を使ってくる。

 

 だが、珍しく彼の場合は直球に執着はなかった。たまたま一番自信のあるボールがストレートというだけで、その時の状況に応じて投げ分ける。本人曰く「カーブを自在に操れたら投球の7割はカーブを投げたい」と言っているくらいだ。

 

 虹稀が最もこだわっているのはコース、つまり制球、ある程度の球威と速度、緩急と変化を持つ投手がそれを行うのは多少厄介くらいにしか思わないが、普通に良い直球と変化球を持つ投手がそれを実践するのならば話は違ってくる。

 

 ましてやそれを指示するのが高校トップクラスの捕手なのだからそれは手が付けられなくなるのも至極真っ当なことだろう。

 

 今日の対戦結果は3打数無安打、最初の打席は弱々しいセカンドゴロ、2打席目は三振、3打席目はサードフライ。完全に良い所がない、悔しさよりも虹稀に対する感嘆が漏れるのがもっと悔しかった。

 

 何時から背中を追っていたのかわからない、随分と長い間だったかもしれないし、短い間だったかもしれない、決して自分が優れていると己惚れていたわけでもなかったがここまで差が開いているとは思わなかった。

 

 嬉しくもあると同時に悔しい、複雑な心境だ。

 

 けど、ずっと、ずっっっとこの瞬間を望んでいた。

 

 俺に壁を見せつけてくれる最高の好敵手! 

 

 ─雰囲気が変わった? いや……思い過ごしか。正直言っちゃ悪いけど、瑠偉には打たれる気が全然しない。釣り球を当てられたのは想定外だったけど次で終わりだ

 

 やれることはただ一つ、今まで積み重ねてきたもの、そして俺の本能に後は任せるだけ。

 

 配球を読む、コースに山を張る、そんな思考じゃ到底対応できない。攻略法はただ一つ、今まで培ってきた経験を素早く引き出す。

 

 これまでの3打席、虚仮にされ続けひたすら頭を回しまくった。けれどもそれを超えた何かをここで掴まないと話になれない。

 

 思考の限界を超えた先、考えなくても出来るようになることがきっとある。それだけの経験はしてきたつもりだし、今まで培ってきたものも決して無駄ではないはずだ。

 

 今ここで壁を超える。

 

 

 さぁ来い

 

 

 俺は…………俺はどう打つ? 

 

 

 

 

 

 

 集中力が極限まで研ぎ澄まされると時間がゆっくり流れるというが、今回感じたのは真逆で、気付いたらセカンドベース上で悔しそうに首をかしげる虹稀とその様子を無駄に煽る先輩たちを眺めていた。

 

 残っている体の感覚はいつもと違う事は確かだが、それでも僅かな手掛かりしか残されていない。残滓は体の違和感のみ、それだけに貴重な情報を忘れてはいけない。

 ただ一つ確かなことがある、予感が間違いのない確信に代わった。

 

 山元虹稀は最強たりうる器で、こいつとならばどこまでも切磋琢磨しあえることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 実戦形式の練習後、食事を摂り、風呂に入って完全なリラックスモードで部屋に戻った虹稀を待ち受けていたのは御幸一也によってプライバシーを侵害された山元虹稀の糾弾会であった。

 

「やるじゃねーか! オラァ!」

 

「中学時代の野球部のマネージャーで後輩だと!? このロリコンが! 見損なった!!!」

 

「とぼけても意味ねぇぞ! 一生懸命練習している合間にそんな暇があったとはなぁ……見損なったぞ」

 

「山元……幸せにしてやれよ」

 

 と言うのもただの妬みと僻みであり(若干一名、天然ぶりを発揮しているが)、ようやくあの実戦練習であれだけの殺気を向けられた理由を知ったわけだが、最近碌にスマートフォンを触っていない虹稀にとっては他人事のような話であった。

 

 部屋の隅でケラケラ笑う御幸一也を睨みながらスマートフォンを確認すると、色々な思いは交錯し、流石の虹稀でも思うところはあるが。

 

 ─この上マネージャーとも仲良くて、同じ学年の女の子からも何度か告白を受けていると知られたら…………こいつ終わるな

 

 そんな好敵手の妬みと僻みによる勝敗の決まった糾弾を一度確認すると雨宮瑠偉は部屋を後にした、虹稀は弁解人が出ていくのを止められず曖昧な返事を返すしかなかった。

 

「いや……後輩ですって、ただの……。はい」

 

 しかし、追及は止まらない。以前から怪しげな雰囲気はあったものの確固たる証拠が無かったため、そうであってくれるなという悲しい希望から根掘り葉掘り聞かれることはあったがからかいや弄りの範囲でしかなかった。

 

 だが確固たる証拠が出てきてしまった以上容赦はない、本気で攻めることでしか彼らの心は救われない。

 

「そう言えばこの前も電話かかってきたよなァ? いったいどこまで行ったんだ? アア゛ン!?」

 

「この犯罪者が!」

 

「いや、マジで何もないです! それに、今夏の大会中ですし、彼女には悪いですけどその気持ちに応える余裕はないです」

 

「テメェ……光ちゃんが勇気振り絞って気持ち伝えてるんだぞ。それを……〇ねよ」

 

「今の発言は流石にないわ……し〇よ」

 

「お前……最低だな」

 

 ただ、虹稀には個人的な逆恨みはあるものの相手の女の子に対しては自分たちの勝手な感情で哀しい思いをさせたくはないためこのような矛盾した攻め方になっているのだが……

 

「………………」

 

 何を言っても無駄だと判断した虹稀は大人しく先輩たちのありがたい言葉を右から左へと聞き流しながらどうしようかと考え始めていた。

 

 先程久々にチラリと確認したが、知っている限り後輩の女の子は冗談でそんなことを言う子ではないことは既に承知だ。

 

 律儀に送られてくる未読だった連絡の数々が彼女の溢れ出た気持ちを物語っているのは十分すぎるくらいに分かっていた。

 

 けれども今は、非常に酷な話ではあるが後輩の女の子に対する優先度は決して高いものではない。

 

 それに、もしそういう関係になったとしても会える時間はとても限られてしまう。

 

 それならば自分なんかよりももっと大事にしてくれる人と、俗に青春と呼ばれる時間を過ごした方が、きっと彼女のためにもなると考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いなくなったと思ったらこんなところでバット振っていたのか」

 

「そう言うなら先輩だってそうじゃないんですか? 真っ先に弄りそうな先輩があの部屋にいないんだから俺も驚きましたよ」

 

「まぁ……な。正直今は気分じゃないからな」

 

「そうなんすか、まぁそういう日もあるっすよ」

 

「ひとつだけ、聞いてもいいか?」

 

「答えられる範囲なら」

 

「すっげぇ曖昧な言い方なんだけどよ、現状に満足しているか?」

 

「全く、何ひとつたりとも。守備位置、打順、結果、守備にバッティング、他にも言い出せば凄く長くなるくらい一切満足なんてしてないっすよ。今日の無様な姿を見ればわかるでしょ?」

 

「……それだけ聞ければ十分だ、頑張れよ。程々にな」

 

「ういっす」

 

 その後時間を忘れるくらいに没頭し、バットを振り続けた。その後なかなか部屋に戻らない雨宮瑠偉の捜索隊が彼を探し出すまでひたすらバットを振っていたという。

 

「試合までに、ケジメはつけないと」

 

 瑠偉の捜索のため部屋からようやく出て行ったチームメイトを遅れ気味に追いかけながら虹稀はボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨宮瑠偉も山元虹稀と同じくして段飛ばしで階段を駆け上がれるもの、その原動力は飽くなき向上心。そして、一度は高校野球の壁に阻まれ墜ちるとこまで堕ち、そこから這い上がるだけでなく更なる跳躍を見せた山元虹稀という劇薬に近い刺激を得て彼もまた新たなステージに立とうとしていた。

 

 続く試合は市大三高を破った薬師高校、大きな爆弾を秘めた彼らとの決戦はどちらに転ぼうとも互いに大きく影響を及ぼすことは間違いない。

 

 

 

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