ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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崖っぷち

 

 2

 

「悪い、俺のミスだ! 気にすんな! 次、集中な!」

 

 ストライクゾーンのボールではなかった、打ち頃の、それこそスタンドに叩き込まれる予定は一切ない球だった。

 

 しかし誤算と言えばそれまでで、結果論から言えば御幸の指示に忠実に従った虹稀が打たれたのだから非は投げた方ではなく指示した方にあり、点数が入った事実は何をどう言おうとも動かない。

 

 気にするなと内心動揺しながらも御幸は新しいボールを投げ渡すと同時に発破をかける、虹稀はいつも通り無表情でコクリと頷くと帽子を深くかぶりなおし、鬱憤を晴らすかのように左足の着地点を深く掘っていた。

 

 その様子に違和感を感じていた、直感的なものに過ぎず違和感にしか至らなかったが御幸の考えていることはほとんど正解に近い。

 

 山元虹稀は現時点で決して調子が悪いわけではない。

 

 だが、気負い過ぎた気持ちが本来の持ち味を引き出せずにいた。

 

 早朝に後輩から気持ちを伝えられ、意識してはいないと言いつつ決して少なくはない時間をかけて辿り着いた不甲斐ない答え。

 

 自分を鼓舞する意味でも使った夏が終わるまで待っていて欲しい、という宣言は想像以上に虹稀の精神を追い詰めていた。

 

 マウンドに立つごとに、観客が増えるごとに、バスの中が緊張感で溢れるにつれてその重みを背負い過ぎてしまっていた。

 

 楽しむだけではいけない、勝たなければ意味がない。

 

 誰かのために、スタンドに見えるベンチ入りできなかった、後ろを守ってくれている上級生たちのためにも負けられないと……負けてはいけないと実感と使命感を持って臨む初めての先発のマウンドはどこかいつもと違っていて、初めてにしては重過ぎる荷物がその身に食い込んでいた。

 

 走り込みによる身体能力の向上、フォームの改善、体に染みついた制球力、そして御幸によるリードによって表面上取り繕われてはいるが今の一撃で余計に追い込まれてしまった。

 ほんの小さな歪みが、精密機械の調子を狂わせる。

 

 轟雷市に続く2番秋葉に一二塁間を破られるヒットを打たれた後、3番三島にライト前に運ばれアウトカウントは依然と変わらずに1・3塁。

 

 点差はまだ余裕がある、しかし異様な空気は確かに侵食している。

 

 漂う空気は妖しさを秘め、青道高校としては喜ばしくないプレーが続く。

 

 ―もっと厳しく、もっと鋭く、もっと、もっと……もっと! 

 

 焦れば焦る程乱れる投球フォームと精彩を欠くコントロール、雰囲気にのまれ冷静を装う表情も仮面が剥がれはじめ丸裸になった1年生ピッチャーの姿がそこにはあった。

 

 青道高校のベンチも虹稀の突然の転調により急に慌ただしくなり、既に入っている沢村の隣で川上もブルペンで投げ込みを始める。

 

 内野手全員がマウンドに集まり虹稀に声を掛ける、点差はまだあり打たれてもいい、任せろと虹稀に声を掛けるがそれで収まる程精神状態は良くなかった。

 

 野球に集中していたがゆえに舞い込んでしまった異質のストレス、そして度重なる勝ちから圧し掛かる経験したことのない重圧がここに来て遂に蝕んだ。

 

「いつも通り低めに集めれば心配ねぇよ、腕をしっかり振ってな。行けるか?」

 

「もちろん……!」

 

 それぞれ内野陣から一言ずつ貰うが、励ましの言葉は意味をなしていない。

 

 軽いパニックに陥っている虹稀は如何にしてこの場を切り抜けるか、自ら抑えるのではなく完全な他力本願思考に囚われていた。

 

 自分の状態が分かっていないわけではない、一度センター方向を見ながら滑り止めを余計なくらいに手に付けグラウンドを眺める。

 

 ―今日の球場はやたらと狭く感じるな……とにかく打たせてアウトカウント稼がないと

 

 この上なく冷静に努めるが球場を見渡した感想が如何に先ほどのホームランを引きずっているのか垣間見える。

 

 本来の持ち味である冷静さを履き違えたネガティブ思考が身体に影響し、思い切りの良い腕の振りを縮こまらせ、制球や球の質にも影響していた。

 

 150km/hをも超す剛腕・降谷の対策を抜かりなく行っていたこともあり、1巡目に比べると大幅に投手としてのレベルが落ちてしまっている虹稀は薬師高校からすればどうすればいいかわからない投手から何とか打てそうな投手へと変貌していた。

 

 大きく深呼吸を行い、手に付きすぎたロージンを息で落とすと覚悟を決めてマウンドへ登る。

 

 下を向いて精神を整える虹稀を、ファーストへ戻る途中の結城哲也は違和感を覚えた。

 

 マウンドに向かう背中があまりにも小さい、この前自分に対して自信満々に投げ込んできた様子とは全く違う。

 

 最初の方の結果が出せず苦しんでいる時と重なり、咄嗟に出た言葉だった。

 

「俺たちがそんなに信用ならないのか?」

 

「……? いえ、そんなことは」

 

 ―何をいまさら、信用していないわけがない

 

 虹稀は困惑していた、結城哲也がわざわざ自分に何を言いに来たのかがわからない。外界からの刺激は落ち着こうと、冷静に努めようと必死な虹稀の鍍金を剥がしていく。

 

「それなら点数なんて気にするな、俺たちが何点でも取ってやる。だから……いつも通り元気よく投げてみろ、今日はいつもより大人しいぞ」

 

「大人しい、ですか……」

 

「こんなこと言うのも、違うかもしれないが、楽しく投げてみるのもいいかもしれないな。安心しろ、点ならいくらでも取ってやる」

 

 長く会話するわけにもいかず、ポンと背中を叩き駆け足でファーストへと戻っていく。

 

「ありがとうございます、哲さん」

 

 その背中に、小さな声で感謝の言葉を述べた。

 

 結果で答えを示すのが自分に出来ることだと考えたからだ。

 

 ―俺は馬鹿か、何度同じ間違いを繰り返すんだ。信頼できる先輩たちが後ろにいるのは間違いない、ただ頼り過ぎたらだめだ。あくまで支えてもらう、足りないところを補ってもらう。俺がチームを勝たせるつもりでいなくて何ができるって言うんだ

 

 蝕んでいた柵からようやく解き放たれた、マウンドに向かう足取りは軽くはない。

 

 ―やっぱり怖い。だから、戦わないと

 

 汗をぬぐいながら空を仰いだ、雲一つないジリジリと太陽が照り付ける夏日和。投手としてはあまり好ましくないが虹稀の目を覚ますのには十分な暑さだった。

 

 ―保守的になるな、今までも挑戦し続けてきたからここに立っているんだ……大事なのはこの後、あと1点は仕方ないけど3点目は絶対にやらない。それでいて、流れをこっちに引き戻す

 

 ノーアウト1・3塁、スコアは1-5、点差は4点。HRが出れば1点差へと詰め寄られる場面で迎えるのは4番山内。

 

 サイン交換をして頷く、そして無表情から転じて初めて見せた表情は微笑。

 

 爽やかな笑顔ではなく、獰猛な獣を思わせる殺気がこもった小さな笑み。自らの恐怖心を抑え込んで言い聞かせる、俺はまだまだ楽しんでいるぞ、と。

 

 体は既に温まり、準備が出来ている。ようやく現れた山元虹稀の本来の姿は遅すぎたかもしれないが、十分に効果的だった。

 

 細かな制球はこの状態になると厳しく、大雑把な制球になるもののボールの威力、投げるときの気迫、威圧感の出てくるより高く引き上げられた足と体を捻じりトルネード気味から繰り出される3種類のボールはほんの少し前のモノとは同じではない。

 

 タイムを取った後3球連続でボール球が続いた。

 

 どんな剛速球も、キレの良い変化球もストライクゾーンに入らなければ意味がない。

 

 御幸は僅かばかり焦り一筋の汗が顔を伝う、だがここは腹を括り全てを託した。

 

 ―ストライクゾーンにとにかく投げ込め、そう簡単に打たれねぇよ

 

 意図を汲み取り、力強く頷く。

 

 4番山内に投げ込んだボールは外より真ん中のストレート。御幸が要求した通りのボールではあるが、如何せんコースが甘すぎる。

 

 故に打者は迷わずに手を出した。

 

 しかし、再び快音が響くことは無かった。一・二塁間のやや詰まったあたりを結城が的確に処理、ホームで刺せないと判断しセカンドへ送球、倉持がファーストランナー三島の送球妨害を難なく避けながら1塁ベースカバーに入った虹稀に送球し2アウト。

 

 サードランナーの秋葉が併殺の間にホームを踏み、スコアボードには2という数字が刻まれた。

 

「ナイスカバーだ」

 

 結城哲也は悔しそうにスコアボードを見つめる虹稀に声をかけた、確かに点は入ったが薬師高校が不完全燃焼のまま攻撃にひと区切りつけたことの方が大きい。

 

「っす、キャプテンもナイスプレーあざっす」

 

 結城哲也の激とランナーがいなくなったことがメンタルをリセットするきっかけになったのか5番福田に対してはインコースのストレートを詰まらせた。

 

 ゆらりと上がったフライはいとも簡単に虹稀の左手に納まり、マウンドにボールを置いてベンチへと向かう。

 

 厳しい局面だった、事実轟雷市のHRから動揺しランナーを出したが最少失点で切り抜き、崩れずに立て直す。

 

 冷静沈着、頭脳的。そんな印象が消えるくらい元気溌剌で荒々しく声を掛ける、必死に取り繕う姿を見て御幸は張り詰め過ぎた緊張の糸を少しだけ緩めた。

 

 ー取り繕う元気さえあれば十分だ

 

 今まで順当だった彼の真価が問われる、点を取られた後、ピンチの時にどうなるのかという片岡鉄心が見定めようとした真価を見定めるには十分だった。

 

 全身の力が抜け力を入れるべき時に最大限のパフォーマンスを発揮する投球フォーム、ゆらりとした体重移動から鋭い腰の回転と胸がはち切れそうなほど逸らした状態から鞭のようにしなる腕が爆発的な威力を持つ速球を生み出す。

 

 何より恐ろしいのは身体面も精神面もまだまだ未熟という事だ。

 

 ―偶にいるんだよな、崩れる土壇場で飛躍的に伸びる奴……アイツからは金の匂いしかしねぇ……さぁて、どうするかな

 

 流れを完璧に捕まれた。おそらく、もう一度轟雷市の打席が来るまでは変わることのない絶対的な流れを作られてしまった投手に、轟雷蔵はお手上げとばかりにグラウンドを静観する。青道ブルペンに入っている10番と20番をつけた2人の投手を傍目に、今は待つ時間だと腹を括った。

 

 3

 

「4回の裏、青道高校の攻撃は1番 レフト 雨宮君」

 

 本日2打席1安打1四球と数字では好調に見える彼だが、今までにないくらい自己評価は低かった。初回に内野安打を放つも、ショートの深い所にたまたま転がったボテボテの当たり。持ち前の俊足で出塁をもぎ取ったが本来であればレフト前に運んでいたはずだった。

 

 2打席目に至ってはボールを上手くとらえきれずにファールゾーンに飛び続け、結果的に相手投手の自滅という形で1塁に出ることが出来たが納得はしていない。

 

 ―今日はミスショットが多すぎる、フォームを変えたのが原因なのは間違いねぇ、が言い訳にしたらダメだ、何より倉持さんにも示しがつかねぇ……

 

 雨宮瑠偉自身も驚く程の大抜擢だった。あの夜に倉持が言った意味深な言葉を考えるに、監督に直談判したかもしれないと瑠偉は考えていた。

 

 事実スターティングメンバーが発表された際、誰もが動揺を隠せないでいた中で倉持だけは瑠偉の方を向き、こくりと頷いたからだ。

 

 当然負い目などなく、雰囲気を読んではしゃぎはしなかったが、心の中で盛大なガッツポーズはしていた。やったー、棚ぼただ! という具合に。

 

 なるほど、昨夜の意味深な話はこういう事か。と妙に納得していたくらいだ。

 

 しかし、天狗の鼻のように伸びた傲慢にも似た気持ちは轟雷市のスイングにより一瞬にして失われる。

 

 初見にして山元虹稀のストレートにタイミングをしっかりと合わせ、1打席目こそは凡退に打ち取られたが、2打席目にしてホームランをスタンドにぶち込んだ。しかも、甘いコースではなくボール球を。

 

 遂に悟った、自分は確実に轟雷市よりも劣っている。現時点では間違いなく。

 

 背中は見える、が結構遠い。少なくとも今日中には絶対に追いつけないのだと確信した。

 

 身体能力も体の素質も野球センスも劣りはしない。ただ、バッティングに関しては現時点では敵わないだけのことだ。

 

 ―つってもそれが一番悔しいんだけどな、認めざるを得ない。でもこれが俺の現在位置、スゲェ奴がいるもんだ

 

 今は私情は交えない、チームの勝ちが最優先なことくらい弁えている。薬師の実質的エースともいえる真田俊平が一度断ち切った青道の圧倒的な流れを取り戻す、その一点に尽きる。

 

 現状では彼がマウンドに上がった後に点差の差はあれど勢いだけで言えば薬師高校が上を行く、それは観客がジャイアントキリングを望んでいるのが大きな理由ではあるが。

 

 WE WILL ROCK YOUの音楽に準えた自らの応援歌に乗せて太々しく打席に向かう。

 

 そして、ホームベースに覆いかぶさるように打席に立った。

 

 ―この野郎、ぶつけられてもいいって腹か! いい度胸しているじゃねぇか

 

 ―当ててくるんだったら当てて来いよ、塁上からいくらでもかき回してやるよ

 

 薬師バッテリーはアイコンタクトを取り、迷わずインコースに構えた。もともとインコースを主体的に攻める投手、強気な投球によって輝くシュートとカットボールがあるのだからベースに覆いかぶさられようと怖気づく要素など何もない。

 

 流れを取り返そうと応援で盛り上がる青道サイドに対し、真田も負けじと力投を行う。

 

 特に初回から投げ続けている1年生投手と、目前にいる太々しい1年には負けられないと気持ちが更に強くなる。

 

 瑠偉に投じた1球目、インコースにカットボールを投じる。

 

 鋭いスイングがボールをしっかりと捕えることは無く、ハーフライナーがファースト後方のフェンスに直撃する。

 

 もしフェアゾーンに飛んでいればヒットゾーンに落ちたはずだが、急激に手元で曲がる変化球にすぐさま対応するのは至難の業だ。

 

 その後も厳しいコースを突き続ける薬師バッテリーに雨宮瑠偉も強振を続け食いつく。

 

 しかし、カウントが2-2になるときに強振をすることを一度やめた。

 

 ―何とか当て続けることは出来る、今日は球も良く見えているし徹すれば暫く粘れると思う。けど、今求められるのは確実に塁に出ること……。この投手の投げ方からして守備範囲はそこまで広くないはず、それなら

 

 鋭い当たりはファールゾーンに飛ぶがスイングスピードの賜物によるもので強振をした結果に過ぎない。初回から強振を続けてきたのもあり、今までの実績と今日の抜擢を含め内野陣は警戒して強い当たりに備えている。

 

 雨宮瑠偉に対して投げた第6球

 

 ―よーいどん、だ

 

 2ストライクから試みたセーフティーバント、グラウンドにいたほとんどが意表を突かれた。インコースに食い込むように投げたゾーンから外れるシュートにうまく合わせやや強く勢いでサードへ転がす。

 

 ほとんど同時に地面を抉り、瑠偉は猛スピードでファーストに疾走した。

 

 良くも悪くも薬師側で唯一意表を突かれなかった轟雷市は迷わず突っ込む。

 

「雷市! 触るな!」

 

 ファールゾーンに切れればスリーバント失敗で1アウト、快足を飛ばす青道の1番打者を見るにこのままでは間違いなく間に合わない。真田から見てもこのままの勢いで転がればほぼ確実に切れるであろうと声を上げたが時は既に遅かった。

 

「カハハハハ!」

 

 真田が叫んだ時には既にボールを掴みかけてしまっており、止まれなかった。グラブではなく直接右手で掴み猛進した勢いそのままに跳ぶ、体を上手く使いファーストに放るが僅かに上に逸れてしまった。

 

 砂ぼこりを巻き上げファーストに頭から飛び込んだが、普通に駆け抜けても全く問題ないタイミングで1塁手三島の足がベースを踏む。

 

 審判のコールは当然セーフ。

 

 状況、演出を含め観客が沸く。

 

 依然として観客は薬師の勝利を心のどこかで期待しているのは変わらないが、目の前で行われる魅せるプレーに対しては敏感に反応する。

 

 10回の内の1回の劇的な勝利を起させないために、試合を凍結させる起点になればと、すぐさま片岡鉄心からのサインを受け取ると大きくリードを取った。

 

 ―サインはヒットエンドラン、戻ることだけに集中すればギリギリこのリードだったら戻れる

 

 通常よりも大きくリードを取るだけではなく、わざとらしく足音を立てて真田の集中力を搔き乱そうと視覚と聴覚にノイズを混じらせた。

 

 少しでも気になれば、集中を削ぐことが出来れば。4回裏、点差は3点。試合を凍結させて終わらすには5回までで10点差、7回までで7点差広がってなければならない。

 

 最高の終わり方こそコールドゲームで終わらすことだが、戦術的に言えば真田俊平という投手の息の根を止めること。瑠偉のセーフティーバントからヘッドスライディングまでして塁上に出た意味を分からない面々ではない。

 

 カン、と芯でボールを捉えた音を瑠偉は耳にした。やや詰まり気味なセンター返し、1・2塁間の真ん中あたりでその行く末を確認する。

 

 セカンドが必死に手を伸ばすが無情にもポツリと、芝生の上に白球が零れ落ちた。

 

 その様子を見届けると快足を飛ばし砂煙を巻き上げスコアリングポジションへと踏み入った。

 

 4

 

 状況は無情にも進行する。

 2番小湊亮がセンター前に弾き返し1・2塁の場面を作ると3番伊佐敷がライト前を放ち、その間に1番打者雨宮瑠偉がホームへ突入し1点をもぎ取る。

 

 続く4番結城に対し厳しいコースを突いて攻めるも四球で満塁のピンチを作り出す。

 

 ノーアウト満塁のチャンス、5番増子のレフトへ犠牲フライで2点目を追加。6番御幸は外に逃げるシュートを上手くショート頭上に運びこの回3点目。1アウト1・3塁の場面で7番の山元がアウトコースのカットボールを引っ掛け4-6-3のダブルプレーで4回裏の攻撃が終了した。

 

 5回の薬師の攻撃は変わらずマウンドに上がり続けた山元虹稀の前にレフト前ヒットを内ランナーを出すも7・8・9番を凡退に抑え淡々と攻撃が終了する。

 

 2点を追加し、その後すぐにランナーを出したことから観客が沸くもその後地力の差をまじまじと見せられ反撃のムードは一変、願望に代わっていった。

 

 それだけに、味気なかっただけに轟雷蔵は焦りを隠せない。

 

 一度崩れて立てなったはいいが、その裏に先に自らのチームの投手が崩れる、そして直後の自分のチームの攻撃は一度ランナーが出塁し盛り上がりを見せたのは良いが、後続が完全に抑え込まれ為す術がない

 

 スコアは2-8の6点差、あと2点入ってしまえば7・8回のどちらかで勝敗は明確になる。

 

 ヤバいぜ、と雷蔵の嫌な予感は的中した。1アウトから9番倉持が持ち前の俊足を飛ばし内野安打で出塁するとすかさず盗塁で2塁へ、1番雨宮のセカンドゴロの間に3塁へと到達。

 

 2番小湊亮のレフト前ヒットで1点を追加、3番伊佐敷をセンターフライで打ち取るも点差は2-9と広がるばかりだ。

 点差は7点、7回までに薬師が1点でも取らなければ試合は強制終了となり敗北が確定する。

 

 ほんの僅かな勝ち筋が見えるとするのなら轟雷市の最後の打席とも考えられる次の回、すなわち6回表に決まっていると言っても過言ではない。

 

 背番号18の1年生右腕は変わらず準備をし続け、ブルペンで投げていた10番と20番の投手はベンチへ戻り代わりに1番が投球練習を始めている。

 

 相手が手順さえ間違えなければ詰みだと、表情には出さないが轟雷市の打席が勝負だと腹を括った。

 

 3度目の対決、3回に1回打てればプロでも凄いと言われる中で2打数1本塁打の成績を収めている轟雷市は山元虹稀個人との勝負には勝っている。次に凡退したとしても個人的な勝敗は変わらない。

 

 だが、この場面では次の打席が全てなのだ。前の打席で圧倒的に勝っていようと可能性がある6回表で1点でも取らなければお終い。総合力から考えて望みは、ない。

 

 よって轟雷蔵は本気でチームを鼓舞した。雰囲気でも、一瞬の勘違いでもなんでもいい。とにかく望みを繋げるために今思いつく限りの青道の1年生投手の攻略法を自信満々に力説する。

 

 6回になり短くなった投球練習の最中、打席の横でブンブンバットを振り回す轟雷市と山元虹稀の目が合う。

 

 この打席が命運を決める、首の皮一枚繋がったまま僅かな光に縋りつくか、最後の望みすらも絶ち切るか。

 

 双方ともに睨みあう。轟雷市も山元虹稀も真剣そのもの、陽炎で空気が揺らぐ中、視線が交わり火花が飛んだ。

 

 


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