ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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粉砕

 

 

 5

 

 託されるチームメイトの思い、観客の声援を一身に浴びる轟雷市はまるでヒーローのようだった。この状況を打破してくれ、このまま終わるなと今まで下克上の原動力になっていた彼に浴びせられる思いは球場全体を揺るがす。

 

 だが、轟雷市に届かない。彼が考えているのは山元虹稀の球を打つことのみ。

 

 山元虹稀も気後れは一切していない、投球練習で投げる球はどれも今日一番の球だ。

 

 この試合の最高潮は今だと本能的に理解し、全身の神経が敏感に研ぎ澄まされていた。

 

 ひり尽くような緊張感、信頼できるレギュラー陣、スタンドで怒号を上げて声援を叫ぶチームメイトの思いを背負う。

 

 確かに重い、でも潰れない。

 

「プレイ!」

 

 短く宣告されると御幸はアウトローに構えた。虹稀が最も自信を持っているアウトコースへの真っ直ぐ。

 

 頷いて振りかぶった。

 

 肘の間から見える表情に笑みはなく、刀が反射した妖艶な光を携えて見据えている。

 

 プレートを踏み左足を大きく上げる、右足に重心を残したままスムーズに体重移動を行い足首から膝、股関節、肩甲骨、肩、肘と最高の状態で連動し放たれた直球。

 

 唸りを上げてミットに辿り着く前にバットが遮った、刹那、爆音と同時にボールが飛んでいく。

 

 打球はレフト方向最深部、ファールゾーンのフェンスへ直撃。

 

 広い球場の中、2人の1年生に視線が注がれる。

 

 ―くそっ、差し込まれた……ボールがぐおぉぉおおってきたらがって溜めてバンと……

 

 ―馬鹿野郎、なんであのコースをあそこまで飛ばせんだよ。やっぱヤバいよコイツ

 

 打球の方向を目で追って思わず笑みが零れる、素直に賞賛するしかなかった。

 

 タイミングが数瞬早ければスタンドへ運ばれていた、脳裏をよぎる最悪の結果が一気に心拍数を跳ね上がる。嬉しさか恐怖かは判断できない。

 

 ―次はこれだ、外れてもいいから思い切り腕を振れ! 

 

 御幸が選んだ2球目はカーブ、一度浮き上がる独特の軌道を見せるボールにピクリと身体は動くが振ってはこない、ベース上でバウンドをしカウントが整った。

 

 1-1から先ほどHRを打たれたインハイへ明らかなボール球のカットボールを投げ込むが無理やり引っ張りファースト側スタンドへ飛び込んだ。

 

 ―さっき打たれた場所にも思い切り投げ込めている、その意味では安心だな。ここからは全休勝負球だ、気抜くなよ

 

 意思を込めて強い球で虹稀に投げた。そんなことはわかり切っているとばかりに力強く頷きサイン交換を交わした。

 

 要求したのは大きく縦に割れるのではなく斜めに変化するカーブ、構えはインロー。

 

 ―何が何でも抑えてやる

 

 ―また何かくる! 

 

 殺気に近い殺伐とした雰囲気がにじみ出る。一瞬たりとも気が抜けない極限の状態が2人を更に研ぎ澄まし一時的に互いが互いに実力以上のモノを引き出していた。

 

 相手が凄いからどんな球でも打ってみたい。

 

 相手が凄いから何が何でもねじ伏せたい。

 

 交錯する視線は一層熱を帯びる。

 

 全身を鞭のようにしならせ、いつもより半歩短く左足を踏み込んだ。

 

 体重の大部分を後ろに残したまま上体を十分に使い通常時より若干高くから放たれるウイニングショットは最高の軌道で内角低めを掠めようとするもかなうことは無い。

 

 心地良い音を奏でボールの上部分を擦っただけの打球は弱々しく薬師ベンチの前に転がった。

 

 ―く・く・きゅって3回変化した! スゲェ! やべぇ! ぽんってきたらぐぐぐっとためてぎゅん! 

 

「カハハ! こうか? いや、こう! こうだ!」

 

 ―多少外れても構わず振ってくる。少しでも甘く入ると持っていかれるぞ

 

 ―インハイの真っ直ぐ、ストライクは要らない、勢いで振らせる、か。上等っすよ

 

 何度決まったと思ったか。

 

 何度捉えたと思ったか。

 

 たった4球のやり取り、だが今日の試合のどの場面よりも濃厚に進んでいく。

 

 希望を断ち切るか、それとも繋げるか。2人の1年生に全ての視線が注がれ、会場の熱気は絶望と希望の狭間で爆発寸前まで膨張していた。

 

 薬師高校は轟雷市に全てを託す、お前が打たなければ為す術がないとわかり切っているからだ。

 

 青道高校は山元虹稀を見定めている。これから熾烈を極める戦いを任せられる器かどうか慎重に見定めなければならない。

 

 虹稀が頷くと再び緊張の糸が張り巡らされた。この2人の対決の幕切れを目に焼き付けようと固唾を飲んで一挙手一投足に神経を張り巡らす。

 

 2ストライク1ボール、終わりは近い。

 

 今度は振りかぶった後、十分に間を取ってゆったりと投球動作を始めた。

 

 嵐の前の静けさ、ゆったりとした動作から一転しギリギリのところで下半身の力を股関節を経て上半身へ伝えた渾身のストレートを放る。

 

 文字通り魂を込めて一直線にミットへと飛び込んだ。

 

「ボ……ボール!」

 

 審判の判定はボール、だが一瞬轟雷市のバットが出かかった。

 

 戸惑い方からして手が出せなかった、に近い中途半端な見送り方だった。

 

「スイング!」

 

 御幸は三塁審にすぐさまバットを振ったと判断を求めるが審判はゆっくりと両手を広げる。

 

 つまり、判定は覆らない。

 

 想像以上のボールで応えてくれたことを考えるとストライクに入れるつもりで投げさせれば理想の結果で締めくくれたかもしれない、そんな考えが思い浮かんだ。

 

 今までの配球を踏まえて今回の真っ直ぐはコース、威力、投げるタイミング共に完璧だった。

 

 御幸の手に残る痛みは悔しさと共に尾を引くけれども、切り替えなければならない。

 

 ―こういう場面で実力以上のモノを出せると知っていながら、守りに入った俺のリードミスだ。こうなった以上、プランは変わらない。もう一度アウトローに縦のカーブ、決めにこい

 

 ―今のはヤバかった……ごぉってきたらがって溜めてどん。ぽんってきたらぐぐぐって溜めてばん

 

 今度こそ決めに行く。

 

 小さく首を縦に振り頭の後ろにグローブが来るまで背筋を伸ばして振りかぶる。

 

 半歩小さく、僅かにリリースを高くし大きく縦に割れるカーブは心地の良く指から離れた。

 

 ―完璧! 

 

 ―浮・溜

 

 ぽん、と一度浮く。

 

 たった一瞬の出来事をほとんど反射的に分析する。

 

 ―高

 

 見たことのないコースからの変化を見抜く。極限まで圧縮された時の中で、撃墜体制に難なく移る。

 

 放物線の頂点に位置したボールは今までのみたどんなボールよりも高い。

 

 轟雷市の体勢は崩れない、このボールがストライクゾーンに落ちてくることを信じて疑わないからだ。

 

 ―曲・違

 

 ストレートとは真逆の球種、回転と重力によってやがて急速に落下を始めたカーブに標準を定めバットを振り始める。

 

 ―落!!! 

 

 点と点がぶつかった。

 

 打球は地面につくことなく舞い上がる。

 

 山元虹稀は苦笑いをしてその行く末を見つめていた。

 

 轟雷市は手に残った重い感触を振り払うように走り始める。

 

「あれを打たれちゃ、どうしようもない」

 

 3度目の勝負、これまでの全てを出し切った。悔いがないわけではない、だがこれから2年間同じ地区で勝負出来ると考えると、怖いような、楽しいような意味の解らぬ感情が湧き上がり、苦笑という形になって表れた。

 

 ショート頭上を飛び越え左中間を破ろうと突き進む。

 

 ―とっさに手首だけ返してあそこまで持っていくのかよ

 

 タイミングはシビアだ、右中間に落ちたボールの勢いは死んでいる。

 

「行け!! 雷市!!」

 

 観客の声援が、仲間の声援が轟雷市を後押しするかのようにファーストベースを蹴った。

 

 センター伊佐敷とレフト雨宮はアイコンタクトと状況判断により素早くボールを取る方とカバーに回る方を決定する。

 

 急造の左中間ではあるが判断は早かった。

 

「オーライ!」

 

「伊佐敷さんお願いします!」

 

 伊佐敷の打球に対する回り込み方、捕球体制、スローイングは完璧だった。打球が予想よりも勢いがなく想定した跳ね方ではなかったが瞬時に対応し最善を尽くしたと言える。

 

 故にどうしようもなかった。

 

 セカンドベースのカバーに入った倉持にボールが渡る、その時にはもう轟雷市は到達していたのだから。

 

 6

 

「タイム、お願いします」

 

 御幸一也は審判にそう告げるとすぐにマウンドへ駆け寄った。あくまでバッテリー間のタイム、今後の試合運びのことを考えると山元虹稀の精神状態を計ることが最重要事項だからだ。

 

 頭が割れそうな歓声が降りかかる、青道高校ではなく薬師高校に。

 

 原因を生み出してしまった、何より2度に渡り打ち砕かれた虹稀の状態を把握するのは当然のことだった。

 

 いずれにせよ片岡鉄心は6回まで虹稀にマウンドを任せるゲームプランでいたし、幸いにもブルペンではエース丹波、沢村が準備している。点差は充分にあるが大逆転がないわけではない、マウンドへ向かう途中御幸の心境は穏やかではなかった。

 

 だが、その心配は杞憂に終わる。

 

「一也さん、安心してくださいよ。今回は大丈夫ですから」

 

 不敵に笑う、雰囲気に飲まれておかしくなったかとも一瞬考えた。

 

「轟雷市、あいつは凄い。けれど、それだけ。後続に打たれるつもりも観客の望みを叶えるつもりもないですから」

 

「……ならいい。いい球は来てる、怖気づく必要なないぞ」

 

「了解」

 

 虹稀と御幸の会話は短く終わった、どちらかと言えば追い返されるように定位置に戻った。

 

 表面上は何の問題もなかった、むしろ清々しくもあり大丈夫だと判断したが、念のために片岡鉄心とアイコンタクトをし、いつでも次の投手を用意してほしいと合図を送る。

 

 球場の雰囲気ごと重くのしかかる、本当に何が起こるかわからない。

 

 1度の敗北も許されない過酷なトーナメントにおいて嫌な流れが十二分に充満していた。

 

 次の打者は先ほどヒットを打っている2番・秋葉。先ほど打たれたときも轟雷市に打ち込まれた後だ、当然警戒しなければならない。

 

 サインを交換し、プレートを外した状態で一度轟雷市を視界に入れる。

 

 この回1点入らなかったらもうすぐ試合が終わるというのに、そんなの関係無いという顔で笑っている。

 

 本当にわかっていないのかもしれないが。

 

 ―轟雷市、お前はスゲェよ。今日は完全に俺の負けだ

 

 気持ちに一区切りつける。思い返せば夏になってから今日という日まで順当過ぎたのだ、順当過ぎたが故の過剰な自信のままではきっとこの先の戦いを勝ち抜けなかっただろう。

 

 サインを確認し再び覚悟を決める、プレートを踏んだ瞬間、虹稀の存在感が増した。

 

 ―けどな、俺は負けても、青道は負けねぇぞ

 

 内角ギリギリ、打者が思わず仰け反る厳しいコースにストレートが決まった。

 

 御幸の不安、チームメイトの心配すら吹き飛ばす魂の篭った直球は虹稀の意思を何よりも物語っている。

 

 打たれてしまったのだから何を言い訳しても仕方がない、だけどこれで通じるならと投げた“任せろ”と言いたげに。

 

 打たれた直後の強気なリード、当然のように応える投手、1年生らしくない振る舞いは先ほどの崩れた投手と同一人物なのに重ならない。

 

 味方からの心配も、逆転を待ち望む膨らんだ期待も全て背負い込んでマウンドに佇む。

 

 1年生にとっては経験を積むことがどんな練習よりも効果的と言われてる。事実この試合中にも虹稀は成長しており、もともと実戦で伸びるタイプではあったが、本当の意味で負けられない戦い、今までいなかった頼りになりすぎるメンバーの中でマウンドに立たせてもらっているという自負が心を成長させていた。

 

 このアウェイの中でも動じることなく気迫の投球で立ち向かう姿にはエースの風格すらも感じさせる、不思議と心配する気持ちは無かった、寧ろ安心して任せられる。

 

 刀のように鋭く練り上げられた集中力、持ち味の制球力を残した上で勢いのいいボールを繰り出し続ける。後ろを振り返り、アウトカウントを確認する。その時に笑顔は見られるが打者に向かう表情は集中しているが故に何も感じ取れない無表情。

 

 炎を携えた相貌が打者を射抜き、一歩一歩着実に希望の道を潰しにかかる。

 

 2番・秋葉をサードフライ、3番・三島を空振り三振で沈め、あっという間に2アウト。

 

 4番・山内が体勢を崩しながらも何とかカーブに喰らいつくもサードの増子に難なく処理され結局無失点で切り抜け虹稀は吠える。

 

 1度目は崩れかけた、しかし2回目は崩れなかった。空気は一転、波乱を待ち望んでいたオーディエンスは夢から目覚めた。

 

 薬師高校には一縷の望みを背番号18の投手が刈り取ってしまったと理解したからだ。

 

 7

 

 野球は基本的に時間で勝敗が決まるスポーツではない、アウトカウントが規定数に満たない限りどれだけ差がついていても追いつくことは可能だ。

 

 時間に制限はないが、アウトカウントに伴う終わりへのカウントダウンは時間よりも残酷に終わりを告げ、アウトカウントが重なれば重なる程、終わりが近づけば近づく程不安をかき消すように喉を潰さんばかりの怒号が薬師ベンチから絶え間なく飛び続ける。

 

 6回裏・青道高校の攻撃を真田はなんとか無失点で切り抜けるも、7回表からここまで好投を続けた山元虹稀に代わり丹波光一郎が追加点を許さなかった。

 

 7回表が終了した時点で点差は2-9と7点差、規定によりコールドゲームが成立。

 

 正式にゲームの終わりを審判が告げた。

 

 ―1年にしては良い投手、降谷って奴の方がよっぽど厄介だと思っていたが、甘かった。すべて高い水準の投球技術を持ち合わせて尚且つ尻上がりに調子を上げていくタイプ、猫被っているとは読み切れなかった。そもそも、4回裏にマウンドから下ろせなかった時点で…………

 

 試合に入ってから勝ち筋が最初から見えずにいた、一矢報えたのは4回表の2得点だけ。開き続けた点差と無情にも淡々と過ぎてしまうイニングを前にして何も対策が出来なかった。

 

 紛れもなく完敗だ。轟雷市だけが一人だけ勝負の土俵に立てていただけで、覆せるはずと思っていたチームとしての力の差があまりにも大きすぎただけのことだ。

 

 轟雷市はネクストバッターズサークルに入ることも出来ず、試合が終わったと告げられ悔しさに顔を歪めたチームメイトに囲まれてようやく夏が終わったのだと理解が出来た。

 

 頭では分かっているが実感が追いついていなかった、とてつもない悔しさも悲しさもなく、ただ茫然と泣き崩れる背中を、追い越して列に紛れる。告げられる現実を左右のチームメイトの反応を見ることでしか受け入れられなかった。

 

 自分がもっと打てばチームは勝っていた、充分に打ったはずだが結果は、スコアボードに刻まれている事実はいつまで見ても変わらない。

 

 始まりと同じ音が終わりを告げ、ホームベースを挟んで両チームが一礼した後僅かばかりの交流が行われた。

 

「ナイスバッティング、次は打たせない」

 

 轟雷市の前に手が差し出された、勝ったというのに横にいるチームメイトと違い涙こそ流してはいないが悔しそうな表情が言葉よりも重く語りかける。

 

「あ…………」

 

 痛くはないが、それでも握手にしては強く握りしめられている。虹稀の悔しさを滲ませての賞賛を含めた握手だった。

 

 確かに結果としては自分が上だ、チームを勝たせることが出来なかった自分とチームを勝たせることの出来た男を前にして初めて悔しさが湧き上がった。

 

「次は……次は! 負けない!」

 

 知らず知らずのうちに力が籠り強く手を握り返し、涙と共に言葉が溢れ出した。

 

 虹稀に対する宣言、自分に対する戒めを込めて力強く握り返す。

 

 予想外に強く握られた手に虹稀は「痛いよ」と苦笑いするも決して振り払おうとはしなかった。

 

 夏が終わる。

 

 皆と一緒に野球ができる夏が終わる。

 

 轟雷市にとって初めての高校野球は準々決勝で敗退、と自らが原動力となり素晴らしい結果を修めたが苦く、つらいもので、時間を増すごとに悔しさと悲しさが嗚咽に混じって止まらなかった。

 

 

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