ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

27 / 31
嵐の前:万事順調

 

 

 5

 

「準決勝第一試合、両チームエースが先発したこの試合、先制点を挙げたのは泉仙学園。ツーアウトながら尚もランナー2塁、この夏初先発の丹波はこれ以上の失点は避けたいところですが泉仙学園が見事に主導権を握りました」

 

 青道高校VS泉仙学園高校のカードで組まれた準決勝、静かなまま始まった序盤、3回裏に試合は動き出す。

 

 泉仙学園は甘く入ったストレートを確実に叩き、僅かヒット2本で1点を先取した。

 

 難しい球は捨て、甘く入ったストレートを狙う。状態が上がり切っておらず、更には大きな弱点として挙げられていたウィークポイントに的確に絞られているのだから厳しい戦いを強いられていた。

 

「なんで2塁で止まってんねや、3つ狙わんかい……ま、ええわ。これで主導権は手に入った。ええか、向こうのピッチャーは浮ついとる、今がチャンスや! バッティングはねちっこくな」

 

「「「はい!!!」」」

 

 ―けど、ほんま若いな……準々決勝で1イニング無失点で抑えたからと言っていきなり先発復帰は選手を信じすぎやろ。あの投手、前の試合でも甘い所に真っすぐがいってたし、18番か11番で来られた方がよっぽどやりにくかったで、ほんま侮られてるわぁ……舐めてかかってくるんやったら、その隙付け入らせてもらうだけやけどな

 

 丹波の状態は決して悪くない、甘い所にいく真っ直ぐという大きな欠点を持ち合わせていながらも真っ直ぐ、変化球の状態ともに良い。だが、真ん中付近に集まればこのレベルでは通用しないというだけのことだ。

 

 丹波光一郎と真木洋介、互いに長身で高い所から得意のカーブを放るスタイルではあるがドロンとしたカーブを操る真木洋介とキレのあるカーブを操る丹波とではカテゴライズは同じだが全くもって違う投手同士だ。

 

 そして、丹波のストレートが狙われているのを分からない御幸ではない。2アウトランナー2塁の場面、打席に立つ打者に対してはストレートを1球も投げることなく三振に抑え失点を1で止めた。

 

 ストレートだけに絞るといっても、その姿勢が顕著であればあるほど他の球種に対応しにくい。そう言った意味で新球種のフォークを覚えたことは丹波にとって大きな利点だった。

 

 ―確かに選手が自分で考えてプレイしとる、あんな選手がおるんやったら確かに信じたくもなるな

 

 泉仙学園高校監督は基本的に選手を信頼していない、人間だからこそ調子がいい時も悪い時もある。そこに信頼など持ち込んだところで何も変わらないのを知っているからだ。

 

 しかし、そんな考えの持ち主から見ても、自軍のエース・真木洋介の調子は良かった。気持ちが違う、もともと持っていた素質に備え強い気持ちが合わさることにより発揮される力は格段に上がる場合もある。

 

 しかし、青道高校に対してはそれだけで通用するわけではない。

 

 確かに3回までは点を取ることも出来ず、淡々と攻撃を終えてしまった青道高校ではあるが、マウンドを盛り、監督直々に対真木洋介としてレギュラー陣に対策をさせたためにイメージを合わせるだけで攻略可能なところまで来ているのを泉仙学園はわかっていない。

 

 誤算だったのは僅かな角度の違いからくるボール、身長195cmの体で投球の際のステップ幅は短い、そうすることでリリースポイントは高くなり角度が付く。加えて気持ちが十分に入っており、低めをガンガン攻め切れている。打ちにくいのも当然だ。

 

 しかし1打席見ればおおよその修正が効く選手ばかりそろっている。

 

 青道の選手たちに焦りはなく、主体となって攻略法の共有を行う。監督にとってこれほどまで頼もしいチームはない、自ら考えて動くチームだからこそ片岡鉄心は泉仙学園高校監督とは全く逆の選手を信じるという方針でここまで登って来ている。

 

 甲子園まであと2つ、残った4チームどこが勝ってもおかしくはないのだ。そう簡単に試合が決まってしまうレベルではない。

 

 だが、徐々に、しかし確実に青道高校は真木洋介に食らいつき始めた。

 

 4番結城の2塁打から5番増子の意表を突くセーフティーバントで1・3塁とし6番御幸を敬遠で満塁を作り出す。

 

 データで判断するならばスコアリングポジションにめっぽう強い御幸を相手にするよりも7番の倉持を相手にした方がチャンスはある。

 

 データに基づきとれるアウトを確実に取り試合を進める、長期的に見た場合データを基にした戦いは強い、短期決戦の場合は何が起こるかわからないという不確実性が含まれるのは間違いないがそう簡単にイレギュラーな事態が起こるわけではない。

 

 左打席に入った倉持はなんとかランナーを返そうという意識を持ち内野にゴロを転がすも結城のはホームでアウト。続く白洲はレフトフライに倒れ1アウト満塁の場面を乗り切った。

 

 流れを刈り取ったかのようにも見えたが、青道高校は次の回1アウトから雨宮瑠偉がセンター前に綺麗にはじき返し、2番小湊亮のセカンドゴロの間に2塁に進むと3番伊佐敷のライト前ヒットで1・3塁とし4番結城の犠打により1点を追加、5回表に1-1に追いついた。

 

 泉仙学園も気迫の投球を見せる丹波を前に3回以降得点の兆しが見えない。変化球で躱しストレートは浮いて危険な状況ではあるが何とか気持ちで抑えていた。気持ちだけでは確かに限界がある。

 

 汗の量も増えていつもだったら弱気な表情が浮かんでいたはずだがその気配は一切ない。夏大前、練習試合で受けたデッドボールを乗り越えてから丹波は投手として成長していた。

 一進一退の攻防を繰り広げる中、遂に試合は動き出した。

 

 6

 

 6回表、6番・御幸から始まったこの回の攻撃は御幸、倉持の連打から8番白洲の送りバントにより1アウト2・3塁を作り出す。一打逆転のチャンスで片岡鉄心は動いた。

 

 9番の丹波に代わり代打に起用したのは背番号19番・小湊春市。今大会2度の代打でヒットを2本放っている代打の切り札を丹波の代わりに切った。

 

「信頼」によってなせる片岡鉄心の判断だが嵌まれば流れを一気に引き寄せることの出来る采配ではあるが、失敗すればただバッティングの良くないエースが疲れたので他の選手に任せてエースが降板します、と言ってるようなものだ。

 

 ブルペンにいるのは背番号10番と20番の投手、変則サウスポーと右の技巧派。11番の剛腕・降谷と18番の実質的エース・山元がなにも準備していないだけで泉仙学園の気持ちは楽だった。

 

 伝令を飛ばしてエース真木洋介を落ち着かせる、試合を動かす大きな分岐点の一つに差し掛かる。

 

 選手を信頼した思い切った采配をする青道高校に対してデータに基づき論理的な采配をする泉仙学園。青道高校のトップバッターを務める雨宮瑠偉は1年生ながらも2打数1安打と2回ともバットから快音を響かせているためこの9番で勝負するのが1番だという趣旨を伝え勝負に臨む。

 

 小湊春市は状況と監督の意思をしっかりと把握している。

 

 当然の如くお互いに負けるつもりはない。特に青道高校に個人的な憧れを持っている真木洋介は1年生から憧れのユニフォームを着てプレイをしている小湊春市に対し私情を含めて負けられないという気持ちが強い。

 

 しかし、現実は無情にも結果を告げるだけだ。

 

 勝敗を分けた原因は、投手としての欲で三振を狙った投球をした真木洋介に対し、持ち前のセンスで反応しきった小湊春市の打撃だった。

 

 左中間を破る2点タイムリーヒット、続く雨宮がライト前ヒットに綺麗に返しもう1点追加。小湊亮と伊佐敷純は鋭い当たりで弾き返すも運悪く野手正面に飛びこの回は3点で攻撃を終えた。

 

 しかし6回表攻撃を終えた青道高校は4-1で中盤盛り返し、主導権を握り返す。

 

 そして丹波の代わりにマウンドに上がったのは背番号20の変則サウスポー沢村。攻撃的継投ではあるが、裏を返すと繋がらなければ愚策になり果てる。

 

 これまでの試合で沢村に変化球がないことは周知の事実だ。意図的か無意識かどうかは判別できないけれども動くストレート1本しか持ち合わせておらず、球速もそこまでない、確かに出どころは見づらくテンポは速いが、芯が広く高性能な日本のバットを使えば攻略など容易い。

 

 だが、沢村はそれだけではない。一番の武器は変則フォームでもなく、テンポの速さでもなく気持ちの強さ。まだ大まかな制球しか効かないけれども気持ちの乗ったインコースへの投球は短期決戦であればあるほど、初見であればあるほど、レベルが高くても通用する。

 

 事実、その後泉仙学園が青道高校に追いつくことは無く、1本出れば追いつく場面をちらほら見せるが逆転劇は実現することは無く、青道高校は3年ぶりに決勝戦へとコマを進めた。

 

 7

 

 終わりが近い、勝とうが敗けようかあと2日でひと区切りついてしまう。

 

 トーナメントを勝ち上がるごとに増える球場を満たす観客の多さも、学校で話しかけられることが多くなる度に、決勝戦が近いんだなと実感させられる。

 

 練習を見に来る観客の数も、最上級生の必死に落ち着こうとしている感じも終わりが近いことを遠回しだけど伝えてくる。

 

 稲城実業の分析も終えて準備は万全に近い、ビデオも何度か確認して対策は充分整えた。

 

 一番怖いのは勝利への執着心、強く、個々の力が高いメンバーが勝つために、点数を取るために手段を選ばない。

 

 確率的に最も点が入りやすいと言われている先頭打者へのフォアボールを避けなければいけないのは勿論、ヒットを許すことも出来ればしたくない。ランナーを出さずに試合を終わらせるのが理想ではあるが……ほとんど無理に近い。

 

 だから、思いついた2つの新しい武器が実用できるか確かめなければならない。

 

 1つは薬師戦で学んだ、もう1つは中学の時からずっと考えていたけれど結局実現しなかった。降谷のストレートをビタ止め出来る一也さんだったら少し練習すれば実戦でもすぐ使えるだろう、問題らしい問題と言えば正々堂々としたことではないという事だ。

 

 諸刃の剣だ。上手くいけば強力な武器に、失敗してしまえば印象を悪くしてしまい不利になる。出来れば上手くいかずとも無効化で終わってほしいものだ。

 

 もっとも高い技術があるから出来る誤魔化しで、個人的な意見としては全く問題ないと思うのだけれど……

 

 監督は丹波さん、川上さん、沢村に準備をしておけと言った、けれども前の話だと俺から変えるつもりはないという。流石に明言できないだろうからみんなの前で言った言葉だろうけれど、もし先輩達や沢村の出番が来たのなら敗戦処理という事になるのかもしれない。

 

 いつでも行けるように準備をしておかなくてはいけない、降谷の立ち上がり次第ではもしかすると初回から、なんてことがないわけではない。

 

 綿密な準備をするに越したことは無い、それが例え秘密裏にやらなければならない事であっても。

 

「一也さん、ちょっと付き合ってもらえません?」

 

「お前……今日はノースローって頑なに言ってなかったっけ? 別に良いけど」

 

 予想はしていたんだろうな、と思う。昼間もわざわざ詰めてこなかったしクリスさんが何か言おうとしても朗らかに誤魔化していた。

 

「すいません、試したいことがあって沢山投げるかもしれないので昼は投げなかったんですよ。観客とか多くて、変な話やろうとしてることがばれたら嫌ですし、それに……王道のことではないので」

 

 あくまで裏技のようなものだ、技術が伴って成立するいかさまのようなものだけれど、これ以上短期間での肉体的成長が見込めない以上技術に頼るしかない。

 

 それに…………

 

「なんか、含みのある言い方だな。探りを入れずにちゃんと言ったらどうだ?」

 

「一也さんは、勝つためだったら多少のいかさまを厭わないですか?」

 

「構わねえ、ルール内で人に危害を加えることじゃなければ何でもやる。それこそ、鳴の奴にデッドボールぶつけて試合から弾き出すとか言い出したら殴ってやろうとも思ったけどな」

 

 それだけは思いつかなかった、やっぱりこの人性格悪いなぁ……でも、だからこそ成立することもある。

 

「最も有効的な手段かもしれないっすけど、流石にやりませんよ。あくまでルール内の範囲で、です」

 

「なら付き合ってやるよ、大体予想はついているけどな」

 

「それならよろしく頼みますよ」

 

 やれることは全部やる。

 

 明日の決勝戦、こちらに分が悪いのは客観的に見ればどうしようもない事実だ。エースの成宮鳴を相手に青道高校の打線と言えども何点も取れるとは限らない。逆に青道高校の投手陣、降谷にしろ、俺にしろ、丹波さんにしろ、川上さんにしろ、沢村にしろ、付け入る隙は沢山ある。

 

 分が悪いのは間違いない、10回やって3,4回ぐらい勝てればいい方か。

 

 降谷が4回か五回まで、俺がその後最後まで投げ切ることが出来れば勝敗に関わらず最高に近いシナリオで終わらせることが可能だ。

 

 たった4ヶ月、学んだことは沢山あった。自分が野球をしていた場所のレベルの低さ、精神的にも肉体的にも全く出来上がっていなくて、我武者羅に取り組んだ。

 

 フォームも見直したし、チームメイトの大切さにも気付けた。自分が助けられているという状況にも初めて対面したし、悔しい思いはあったけれど厳しい環境でやれることの楽しさと苦しみを知ることが出来た。

 

 この4か月、色々なことを学ばせてもらった。その恩返しは結果でしか示せないし、何より負けて終わるのは性に合わない、どうせ終わるのならば勝手終わらせる。

 

 次がある時点で準優勝は確約している、だが、準優勝という響きの良い称号は敗者の証だ。次のないチームに送られる健闘を称えた慰めに過ぎない。

 

 とにかく勝つ、それだけだ。

 

 夏の続きを手に入れるためならば、どんなことになろうとも構わない。

 

 覚悟はとっくの昔に出来ている。

 

 8

 

〈やっはろー! 元気そうだね! いやー、頑張っている弟を見るとおねーちゃんは誇らしいよ〉

 

「ったく……そんなデカい声出さないでも聞こえているって。姉ちゃんこそ勉強大丈夫なの? 俺に電話してる暇あったら頑張りなよ」

 

〈奏虹さんを甘く見なさるな、なんとか大学在学中に予備試験くらい受かってみせるよ。それに弟の晴れ舞台だもの、電話もしたくなっちゃうじゃん? 〉

 

「ま、さらっと決勝戦勝って甲子園で活躍するから今までみたいに応援よろしく」

 

〈うんうん、素直でよろしい! ま、そんなことはどうでもいいんだけど〉

 

「どうでも良くはねぇだろ……結構見に来ているくせによく言うよ」

 

〈あはは、バレてたか。こっそり見に行っていたんだけどね〉

 

「まぁ……姉ちゃんは良くも悪くも目立つからな。で、話って?」

 

〈ああ、光ちゃんのことな「悪い、寝るわ」切ったら球場で恥ずかしいくらいに騒ぐぞ〉

 

「おおっと、一気に目が覚めた! 悪い悪い、で何の話だっけ?」

 

〈はぁ……私としても口挟むことじゃないんだけどさ、相談受けている身としてはちょっと心配にもなるってわけだし、こういうことに疎い虹稀に変なとこ使わせるのも状況的に悪いとは思うんだけど、女の子待たせているんだからカッコイイとこ見せなよ〉

 

「姉貴に恋愛事情知られるのは俺でもきついものがあるってことを知ってもらいたいね。どちらにせよ今はそんなこと考えられないし……つーか、そんなこと話すためにわざわざ電話してきたの?」

 

〈そんなことって……虹稀らしいっちゃらしいけどさ。あれだよ、発破って言うか、頑張ってほしいなー的な? おねーちゃん頑張って応援するぞー! 的な? 〉

 

「はいはい、ありがとう。頑張るよ、日焼けにだけは気を付けてね」

 

〈なんかあれだね、女の人の扱い上手くなった? 〉

 

「いや、マネージャーさんたちもぼやいていたし、クラスの子とかも言ってたから姉ちゃんも気を付けた方がいいんじゃないかなって」

 

〈君も罪な男だなー、いずれにせよ頑張れしか言えないけど応援しているよ〉

 

「ありがとう、おかげでぐっすり寝れそうかも」

 

〈それならよかったよ、おやすみ〉

 

「うん、じゃあね」

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。