ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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VS稲城実業•開戦

 

 1

 

 西東京大会、青道高校VS稲城実業高校の決勝戦は神宮球場で午後1時から始まる。

 

 開始1時間前からたくさんの人が席を取っていて、私は運よく前の方に座れたけれど、それはそれで日差しがきつい。

 

 受験勉強で部屋の中に籠っていることもあり、吸血鬼に妙な親近感を感じながらシートノックを眺めていた。

 

 やはりというか、当然というか、レベルが高すぎる。

 

 当たり前だけれど、まずミスがない。その上、体の基礎能力が違い過ぎることがはっきりとわかる。

 

 場内アナウンスでは水分補給と日差しには十分気を付けるようにと繰り返し流れている。それくらい日差しは痛く、雲一つない青空が凄く眩しい。

 

「お、スタメン発表されたね……先発は虹稀じゃないんだ」

 

 隣でそう言うのは虹稀さんのお姉さんである奏虹さん。透き通るような綺麗な肌に日焼け止めを塗りながら不貞腐れたように呟く。まるでセレブか芸能人かのようにかけているサングラスと真っ白な帽子も相まって声音だけでしか判断できないけれども、釈然としていないのだろうなと思う。

 

「でも、投げるって言っていましたし、大事なところで……それこそ一番盛り上がるとこできっと出てきますよ」

 

「ん~……まぁ、わかってはいるんだけどね。なんかやっぱり、姉としては最初から最後まで投げ切るところを見たいなってワガママなのかな」

 

「ふふっ……でもわかります。私もそう思いますもん」

 

 中学生になりたての頃、野球はあんまり好きじゃなかった。お父さんが私の見たい音楽番組やドラマと同じ時間に流れる野球を見ていることもあって、いい思い出があんまりなかったからだ。

 

 けれども、それは中学生になるまでの話だ。虹稀さんと出会って野球が嫌いじゃなくなった。純粋に虹稀さんが野球をしている姿を見るのが好きだった、憧れのようなものかもしれない。

 

 取り繕う事をせず、ありのまま、飾らない強さを持っていた虹稀さんに憧れた。もちろん、野球が上手だったことも関係しているかもしれないけれど、誰よりも考えて努力して、周りの環境に流されずに積み重ねてきたのを1年と半年程度だけれど近くで見ていたつもりだ。

 

 気に入られたいと思い言いたいことも言えず、周りに流されるまま自分を持っていない私なんかと正反対で、尊敬していた。

 

「あ、整列してるよ。始まりそうだね」

 

 ほのかに香る懐かしい匂い。砂の匂い、独特の匂いのベンチ、夏の匂い、全部覚えている。もう2度と体験することは無い、寂しさはある。あの日の思い出は今も胸の宝箱の中に大事にしまって、眺めることしか叶わない。

 

 青道高校に勝利の女神がほほ笑みますようにと、信仰もしていない女神様に頼るのだった。

 

 2

 

ー一也、これがお前の望んだ戦いなんだろ? 言ったよね、後悔しても知らないよって

 

―鳴、これが俺の望んだ戦いだ。お前は後悔しても知らない、そう言ったな。だから結果で示してやるよ、青道に来て正解だったってな

 

『全国高校野球選手権大会西東京大会決勝、夏本番を思わせる青空のもと両ベンチから選手が出てきました。夏2連覇を狙う去年の覇者・稲城実業、去年の雪辱を果たし6年ぶりの甲子園出場を狙う青道高校。ともに全国に名の知れた強豪同士、この戦いを制するのはどちらチームか』

 

 ベンチ前で整列し、審判の準備が整うまで睨み合う。

 

 甲子園を賭けた最後の決戦、勝てば次へ進み敗ければ終わる。勝ったとしても引退まで1か月程度しか伸びないが、天国と地獄の明確な分かれ道に両雄が鬩ぎあうのだ。

 

『勢いよく飛び出してきた両チームの選手たちにスタンドから大きな声援が浴びせられます! ここまで勝ち上がってきたチームへの敬意と、これから行われる試合への期待でしょうか』

 

 バックスクリーンには表示されているが再びウグイス嬢の笛のような音色で場内にアナウンスが歓声に負けじと響き渡る。

 

『1回表、守備につくのは稲城実業。マウンドに上がるのは勿論この人、今大会未だ失点0、2年生エース成宮鳴。そしてその球を受けるのは4番で主将の原田雅功、スタメン9人中4人が2年生と言うのが今年の大きな特徴です』

 

 青道

 1番 左 雨宮瑠偉

 2番 二 小湊亮介

 3番 中 伊佐敷純

 4番 一 結城哲也

 5番 三 増子透

 6番 捕 御幸一也

 7番 投 降谷暁

 8番 右 白洲健二郎

 9番 遊 倉持洋一

 

稲城実業

 1番 中 神谷カルロス俊樹

 2番 遊 白河勝之

 3番 三 吉沢秀明

 4番 捕 原田雅功

 5番 投 成宮鳴

 6番 一 山岡陸

 7番 二 平井翼

 8番 左 梵勝美

 9番 右 富士川慎也

 

「追い込まれるまで甘い球以外には手を出すな、三振を畏れず自分の狙い球に絞っていけ。この気温だ、成宮とはいえ球数を投げさせると失投が増えてくるぞ」

 

 青道高校はここまで無失点の成宮鳴をどう攻略するのかが一番大きな課題となる。

 

 絶対的エースがいる稲城実業に対して、エースが定まらず2人以上の投手を駆使して勝ち上がってきた青道高校。

 

 投手力が勝負の鍵を握っている。

 

『1回の表青道高校の攻撃は、1番レフト雨宮君』

 

―へぇ……雰囲気あるじゃん

 

 サイレンと歓声が混じり合う中投げた初球、唸りを上げたストレートは内角を厳しくつくがセーフティーバントの構えを見せるだけであっさりと見送った。

 

 初っ端から奇襲のつもりでかけた構えに動じる素振りを見せずに、サードとピッチャー両方ともプレッシャーをかける。想定内だと言わんばかりのダッシュだが、瑠偉も驚く様子は一切ない。

 

 ―動揺すらない、当然か。立ち上がりってこともあるのかボールは見やすい、甘く入ったらいけるな

 

 どんな投手でも初回、特に立ち上がりは難しい。ストライクを取りに甘く投げて打たれればあっさり失点することもあるし、厳しく攻めればフォアボールでランナーを出してしまう。その結果打ち取れるのならば問題は無いが、本人にさえ結果がどうなるのか計り知れないのだ。

 

 そして、成宮鳴といえども例外ではない。

 

 甘く入ったストレートを真芯で捉えた、迷いのない躊躇のないスイングに乗せられレフトへ大飛球が飛ぶ。

 

 だが、芯を食い過ぎたあまりファールゾーンへ切れそのままスタンドへ飛び込んだ。

 

―完璧に捉え過ぎた! 俺としたことが……! 

 

―この野郎……1年のくせに! 

 

 頭に血が上った成宮鳴の体に余計な力が蓄えられた。彼は青道高校の打者を結城哲也を除いて全員侮っている。良くも悪くも相手を上から見下したピッチングは成宮鳴の持ち味ではあるが、一気に頭に血が上ってしまい次の投じた1球に大きな誤差が生じた。

 

 本来なら内角を厳しく抉る真っ直ぐだったのだが、力が入りすぎたあまり本人の想像をはるかに超えた軌道で放たれ……

 

「あ゛」

 

「い゛っっっ!!!」

 

 雨宮瑠偉の左腹部へ吸い込まれるように直撃した。

 

「ボール・デッド!」

 

 予想外の始まりに場は一旦ざわめくも、瑠偉は直ぐに立ち上がり1塁に駆け足で向かう。

 

 青道のリードオフマンである雨宮瑠偉に対し四球で出塁を許す、すなわち状況が青道高校へ僅かばかり優勢に回ったのだ。

 

 ―くそっ、マジで痛ぇ。けど、これで……! 

 

『デッドボールでの出塁となりましたが、稲城実業は出したくないランナーを出してしまいました』

 

『彼は非常に足が速いですからねー、2番の小湊亮介くんは非常にいいバッターなので青道高校は何でもできますね。稲城実業としては何としても失点を阻止したいところでしょう』

 

 成宮鳴を挑発するかのような大きなリード、加えて地面を足で叩き音でも集中を妨げようと瑠偉は勤めていた。

 

―マジで痛ぇ……ああ、クソッ! オラ、さっさと牽制投げてこいよ

 

 目論見通り、成宮鳴はランナーを気にして牽制をするも瑠偉は臆することなく、相変わらず大胆なリードを取り続ける。

 

 そして打者の小湊亮介は最初からバントの構えを見せるも何をされるかわからない、攻撃の青道という看板が数々のパターンを原田雅功に巡らせる。

 

 様々な思惑がグラウンドへ飛びかうも、成宮-原田のバッテリーには迷いはなかった。

 

―ほんっとだるいな、こいつら

 

 成宮鳴は牽制は上手くはないがクイックは早い、試合の前から入念にビデオをチェックした瑠偉ではあるが、癖と断定できるものは見つけることが出来なかった。

 

 走れなくもないが、いまいち確実性に欠ける。しかし、瑠偉の頭に失敗の2文字は存在していない。成功のイメージしか浮かべていない。

 

 片岡鉄心のサインは待て、当然小湊亮介は次の1球手を出すことは出来ない。力んでしまった末のデッドボール、次の1球は神経を使ってしまう。

 

 そして、まだエンジンのかかり切っていない状態。打席に立ってみて瑠偉は成宮鳴は本調子とは程遠いと断定し、チームの命運をかけ左投手が牽制を投げれない状態になる数瞬前、果敢に走り出した。

 

「スチール!」

 

―この野郎! 当然のように走りあがって! 

 

 もとより、チーム内の練習の時に御幸一也相手ですら盗塁を決めてしまう瑠偉には何の恐れもなかった。とは言え、原田雅功も優秀な捕手であることには間違いないのだ。

 

 速球派の投手は1.3秒前後で捕手にボールが届く、捕手がボールを捕ってから、送球して2塁に到達するまでに2.0~2.2秒。合計タイムは3.3~3.5秒で足の速いランナーでもストレートならば計算上間に合わない。

 

 成宮鳴が投げたのはストレート、計算上は間に合わない。

 

 折角のチャンスを自ら潰しに行く、傍目にはそう映る。

 

 玉砕覚悟の大博打、だが完全に近い形で走り始めた本人は確かな手ごたえと共に滑り込む。

 

 判定までの一瞬の静寂、緊張でグラウンドが凍り付いた。

 

「セーフ!!!」

 

 判定のジェスチャーを審判が行った瞬間、青道高校は歓喜に湧いた。

 

 成功に導いた大きな要因はギャンブルに限りなく近い、雨宮瑠偉の反射神経と分析、そして幾重にも重ねたイメージトレーニングの積み重ねが全て上手く噛み合った絶妙なスタートだった。

 

 1点入るか入らないか、試合を決定する要因の一つとしても挙げられる初回の1点の重みはどちらも知っている。初回に1点取れば勝率は6割を超える、あくまで確立の話ではあるも統計的に見ても、初回の1点の重さは馬鹿には出来ない。

 

 エンジンがかかりきる前の成宮鳴の立ち上がり、何としてでも点を取らなければこの先も活路を見いだせない。

 

 スコアリングポジションにノーアウトからランナーを置きながら点を取れなかったとなると士気にも影響してしまう。

 

 2番小湊亮介はきっちり送りバントを決めてランナーは1アウト3塁。

 

 スクイズに犠牲フライ、そして先ほどの大胆な走塁から見られるように、緩い内野ゴロなら突っ込む気満々のサードランナーだ。

 

 立ち上がりは悪いけれども、エンジンが掛かれば青道と言えども点を取ることが出来ないと信頼していることもあり、1点は覚悟、それ以上与えなければどうにかなると原田雅功は踏んだ。

 

 強力打線の一角を担う3番・伊佐敷純。彼が逆方向に打つことを得意としているのは稲城実業バッテリーも頭に入っている。だからアウトコースの甘い球はこない。

 

 本人もそのことをよく知っている、だから狙うのは

 

―来い……来い……オラァ! インコース来い、オラァ! 

 

 狙い通りのコースにボールは来る、しかし球種はストレートに張っていた。狙い通りのコースに飛んできた予想外のスライダーに差し込まれた。

 

 予想外に戸惑うも、伊佐敷の強い気持ちは本人の動揺に影響を受けることなくバットを思い切り振りぬいた。

 

『初球打ち上げてしまった! …………だが、セカンドは必死にボールを追う! 面白い当たりだ!』

 

「ぶっっっ飛んでいけ! オラァ!!」

 

『あー! 落ちた! セカンドとセンターのちょうど真ん中、サードランナーの雨宮は打球が落ちたのを確認するとホームイン! 青道高校、なんと今大会無失点の成宮くんから見事1点を勝ち取りました!』

 

 今大会一度も得点を許していない成宮鳴からあっさり得点を奪う。とても大きなタイムリーヒット、そして続くは4番・結城哲也。

 

 青道高校のボルテージは一気に高まる。ここで息の根を止める、試合を決めるために勢いのままに圧し潰す、だがそれが出来ればどれほど楽だろうか。

 

 何れにせよ、強力打線の最強の男の登場に青道高校はスタンド側も含め期待を込めて熱量が増幅する。

 

 やけにあっさりと取られた1点、今までの相手とはわけが違う、そして結城哲也を前にして成宮鳴はようやくエンジンに火を灯す。

 

 顔つきが全く別物に変化したのを感じ取る、ゆったりとした姿からは殺気が滲みだしていた。

 

 マウンドから文字通り見下ろす、顎を高く上げて見下すもそこには油断の気持ちは欠片もなく、投手としてのエゴが前面に溢れ出ていた。結城哲也に投げ込んだ初球はど真ん中。

 

 がしゃりと音を立ててバックネットにボールが突き刺さる。

 

 タイミングは寸分の狂いもない、しかし成宮のストレートは結城哲也の想像よりもボール1個分上を通過する。

 

 強気というよりも、力んで力まかせに投げ、ボールに力はあるも制球は疎ら、ストレートで力押しをし続け、しかしながら結城哲也は甘く入ったボールをいまいち捉えきれずにカウントは2ボール2ストライク。

 

 再び甘く入ったストレートはサード側のスタンドへ勢いよく飛び込んだ。

 

 フェアゾーンに入っていれば長打は間違いなし、成宮鳴といえども鼓膜を突き破ろうとする高音に危機感を覚えた。このままではやられると、長年の経験が告げている。

 

―鳴、わかっただろ。今のまま投げ続ければ間違いなく打たれるぞ、それに、頭を冷やせ……出し惜しみは無しだ

 

―確かにね、りょーかい

 

 絶対的エースVS絶対的4番、決勝戦に相応しく1回表から会場は熱気に包まれる。

 

 2ボール2ストライク、この打席6球目に稲実バッテリーが選んだのは…………

 

「ットライク! バッターアウト!」

 

『三振! ここで成宮くん緩い球でタイミングを崩しました』

 

『結城くんもしっかり対応していたように見えましたがボールの上を振りましたね』

 

 140キロ後半のストレート、キレのあるスライダーとフォーク。それだけでも厄介だが、緩急が加わった。それに、チェンジアップもただのタイミングを外すボールではなく歴とした変化球。

 

 青道ベンチに戦慄が走る。結城哲也がストレートをフェアゾーンに飛ばすことなく、チェンジアップは彼の予想を超えて空振り、信頼されている4番を完全に封じ込めた成宮鳴に軍配が上がる。

 

 5番増子はスライダーを引っ掛けサードゴロに打ち取られ慌ただしさを残して青道の攻撃はスコアボードに1を刻み終わった。

 

 3

 

『1回裏守備につく青道ナイン。マウンドには背番号11、1年生投手降谷が上がります』

 

 誰もが憧れる剛速球を武器に周囲を騒めかせる1年生右腕の登場に会場はわかりやすく盛り上がる、1点先取した後の守備がいかに大事か降谷自身も理解している。

 

 主導権を握るためにもしっかりと抑えなければいけない場面だ。

 

 ペース配分は考える必要はない、悔しいが後ろを継いでくれる投手がどれだけ凄いか知っている。

 

「打球が飛んだときは、よろしくお願いします」

 

 マウンドで、頭を下げた。

 

 準決勝で休ませてもらった意味、この大舞台で先発を任せられた意味、初めて見せた行動に全てが表れている。

 

 ベンチで声援を飛ばす虹稀を傍目に降谷暁はより一層集中力を高めた。

 

 ―打たれるつもりも、点を取られるつもりも、監督はああ言ったけど君と変わるつもりもない

 

 自分の体力の無さ、投球術の未熟さを考えたうえでの継投だという事はわかっている。しかし、それを上回る結果を9イニング続ければ現実はまた違ってくると考えた。

 

―決勝のマウンドなのに落ち着いているな、安心したぜ。あとはどこまで通用するか、だな

 

 降谷はデータ上立ち上がりは良くない、初回の失点率は高く制球もまばらである。だが、それは自滅しただけのこと、打ち崩されて入った失点というのはほとんどないに等しい。

 

 高め振らすことのできる剛速球、そして高速で落ちるスプリット。たった2つの球種が降谷暁の生命線。

 

 高めに手を出さず、カウントが悪くなったところで甘く入ったボールを強振。稲城実業の作戦はいたってシンプルだ。

 

 1回の裏、稲城実業の攻撃は降谷の剛速球とスプリットを前に三者連続三振に終わる。

 

 たまに大きく外れることはあるが、それでも枠は捉えている。球は走り、思ったより浮いてはいない。

 

 あっさりと取れた先取点、文句なしの立ち上がりを見せた上々の出来前の降谷。成宮鳴のチェンジアップに動揺を隠せないでいるベンチの横で、勝利を掴み取るマウンドに上がるために試合を俯瞰しながら準備を始める。

 

 あまりにも上手く行き過ぎた始まりに胸騒ぎを感じつつも虹稀はブルペンでキャッチボールを始めていた。

 

 1点は取ったが、それだけで勝てるほど甘くない。何より、全力投球の降谷に対して稲城実業の成宮鳴は点こそ取られはしたものの余力は残りすぎている。

 

 それに、この熱さだ。体力の少ない降谷がどこまで行けるか想像できない。

 

 降り注ぐ焼き付くような夏の日差しが、戦いの行方を嘲笑っていた。

 

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