5
高島 礼に青道高校野球部に誘われた3日後、山元虹稀と雨宮瑠偉は青道高校へ練習の見学、また施設を確認するために東京へ向かっていた。
とは言え雨宮瑠偉は山元虹稀が来ることを知らず高島礼からは凄く才能のある子をつれてくるわ、とだけ言われているので誰が来るかわかっていない。
それに加え青道に行くつもりは然程ないため基本的に誰が来ようと関係は無かったのだ。
まぁ東京都の高校に進めばもしかすると対戦するだろうなと言う他人事のように思っていた。
プロを目指す雨宮瑠偉は確実に甲子園に行く学校を選ぶつもりだ、軟式野球で最終的に17HRを記録し全国大会で優勝、そしてKボールの全国大会でも活躍をし既に全国に名前は知れ渡っている。
これから硬式野球チームに入り、硬式でも素晴らしい能力を見せれば確実に甲子園に行ける道があるのだと信じて疑っていなかったからだ。
となると東京都内では成宮鳴要する稲城実業か東地区最強と謳われている帝東かの2択で青道は眼中に入っていない。
今日来たのも難癖つけて面倒くさいスカウトを追い払おうと考えているからでもある。
待ち合わせ場所は埼玉と茨城の県境付近の駅で、時間よりも早く来すぎて出来てしまった暇をもて余している。
住んでいる場所は山元虹稀は埼玉県の極東、雨宮瑠偉は茨城県の最西端、今まで練習試合などで面識がないのもおかしい程近くにいた。
灯台もと暗しとはこういうことを言うのだろうがそんなことはいざ知らず雨宮瑠偉は待ち合わせしていた場所でスマホ弄り時間を潰す。
車が止まったような音が雨宮瑠偉の目の前でするが、あまり気にせずスマホを弄り続けていた。
ようやくおかしいと思い顔を上げると目の前には辛酸嘗めさせられた相手が、山元虹稀が物凄くいい笑顔で歩み寄ってきて。
「悪い、待った?」
と飄々と挨拶をしてくるものだから幾ばくか混乱しつつ疑問を口にした。
「は!?いや、ちょっと待て。お前なんでここにいる?」
「そりゃ青道に行くからだけど、聞いてないの?」
「凄いやつが来る、とだけは聞いていたけど……まさかお前とはな」
「聞かされてなかったんだ。とは言え初めまして、雨宮瑠偉」
「ああ、この前はどうも。山元虹稀」
プライベートでは初対面の虹稀と瑠偉、ソーシャルネットワーク上で多少連絡を取ってはいるものの面と向かって話すのは初めてで双方ともに思うところはあった。
とは言え雨宮瑠偉は苦い思い出を思い出させる相手である、ちょっと敵意を向けては見るが恥ずかしそうに笑うのを見て毒気を抜かれる。
だが不思議と嫌悪感や苦手意識はなく差し出された手を素直に受け取っていた。
それよりも目の前の男が”あの”山元虹稀なのかと言う疑問の方が大きかった、マウンドでは凄みを感じたが今はなにも感じない、というか普通すぎる人であったことが意外なことで驚きを隠せてはいない。
ーこいつほんとにあの山元か?マウンドとは別人だな…
それもそのはず、基本虹稀は温厚で優しさが顔に滲みでている、かつ基本的には真面目で優等生タイプの人間で人が思うよりも遥かに大人しめな人柄だ。
しかし、本人は自覚していないが極度の負けず嫌いで特に1対1での勝負には勝ちへの執着心がすごい。
だからか、雨宮瑠偉も虹稀のマウンドからの鬼気迫るオーラを、殺気といっても過言ではないほどの気持ち(しかも笑いながら出していた)を受け止めたのだから目の前にいる人が良さそうなやつがまさか…と言う気持ちが大きかった。
「お前、山元虹稀だよな…?」
「いやいや、じゃないと態々話しかけないだろう?あってるよ山元で。さぁ早くいこう、瑠偉、もうじき電車出る」
「お、おう」
「さぁさぁスマホから目を離して」
雨宮瑠偉は虹稀に最初からファーストネームで呼ばれることに違和感がなかった、寧ろ自分が『山元』と呼んでいることに違和感を感じていた程だ。
些細だが大きな違和感、奇妙なことだと思ったがあえて気にすることはなかった。だがこれが山元 虹稀かと瑠偉は改めて実感し、すたすた歩いていった虹稀の後を追う。
雨宮瑠偉の脳裏にふととある光景が脳裏に表れた、二人が一緒に甲子園に立っている絵空事でしかない、あり得るはずがない青写真。
全く我ながら馬鹿馬鹿しいと首を捻りながら改札口へと歩みを進める。
既に山元虹稀の運命の歯車は雨宮瑠偉をも巻き込み始めていることを彼は知る由もなかった。
6
「お久しぶりです、高島さん」
「久しぶりっす、礼さん」
「久しぶりね、二人とも今日は青道高校を見学しに来てくれてありがとう」
いえいえ、と二人同時に首を振る。
一人は素直に、もう一人は内心いい迷惑だと思いながら。
青道高校の野球部の施設を一回り見てきた2人は最後に選手たちが練習しているグラウンドへ向かった。
特待生(仮)が来ていると聞いているせいか威嚇のように叫びながら二人に圧を飛ばしている、思惑通り少しだけ面食らう山元虹稀と気合いだけで上手くなればどれだけいいかねぇと雨宮瑠偉は皮肉げに達観していた。
対照的な考えの二人は特に思うこともなく、来たときそのままの考えで山元虹稀は青道に進学しようと、雨宮瑠偉は難癖つけて断ろうとそれぞれの胸に違う思いを抱きつつ青道高校を後にしようとした時だった。
「あらクリス君今日は遅いわね」
「御幸と少し長く話していたので、その二人は?」
全く困ったものですよ、とでも言いたげに無表情の顔から僅かに笑みがこぼれる。
その様子を苦笑しながら申し訳なさそうに見ている様子を山元虹稀は首をかしげながら傍観していた。
「将来のエース候補と4番候補よ」
先程とは一転して今度は誇らしげに順に2人を紹介するとクリスの表情が変わる、特にエース候補と聞いたときに山元虹稀を値踏みするように睨み付けた。
「エース候補、ですか」
そう小さく呟くと見下ろす形で山元虹稀を見据えた、臆することなく見上げその状態が、沈黙が緊張感を増した頃にクリスは重い口を開いた。
「……同点のまま迎えた9回裏フルカウントフルベース、もし勝てば俺達は甲子園に行くことが出来る。山元虹稀といったな、もし来年この場面任されたとして何を投げる?」
唐突な質問に山元虹稀は少なからず驚いた、もう一度問いただしそうになるがクリスが高圧的な態度で真剣に問うものだから一度大きく息を吸い足りない情報を引き出した。
「……打者は誰で右ですか左ですか?フルカウントまで追い込んだ配球は?その場面俺はその打者と何回目の対戦ですか?」
無表情な顔から驚愕、驚きが僅かばかり溢れた。
「!……君の持ち球は?」
「ストレートとカーブ、そしてカットボールです」
「……バッターは史上最高の打者・バリーボンズ、知っての通り左打者だ。この試合4打席目対戦成績は3打数3安打四球1、ストレート・カーブ・カットボールがアウトロー・インロー・アウトハイのコースで痛打されている。先ずは外にストレートが外れて1ボール、次にもう一度外にカーブを投げ見逃され1ストライク、次はインハイにカットボールを投げて特大のファールをライト側に飛ばされた。その後ストレート2球続けカーブを1球投げたが大きく外れる……次の1球君は」
何を投げるんだ?とあえて口にはしない。
甲子園出場をかけた試合でバリーボンズが出てきてたまるかよ、等と何時もの雨宮瑠偉であればちゃちゃをいれる所だが隣にいる山元虹稀の雰囲気に押され何も言えずにただ回答を待っていた。
打者がバリーボンズ、詰まるところ投手としては投げる球が一切ない化け物相手に、大事な場面で対峙することになればどうするか?と言う問題だ。
殺気立つ、と言えばいいのか異様な雰囲気が彼らを包み込んだ。まるで実際にその場にいるような緊張感と一気にスイッチが入った山元虹稀が大きく深呼吸し大きく息を吐いたところで。
「外角低めの、ストレート」
重い沈黙を破って、力強く山元虹稀はそう答えた。
「外角低めのストレート、困ったらそこに投げればいいと言うセオリー通りの投球か?これまでのキャッチャーのリードの意思を無視してまでそれを選択するのか?」
「いいえ、違います。バリー・ボンズは俺の知る限り選球眼が抜群であり、ストライクゾーンであればどこでもヒットにできる。そんな打者にギャンブルを仕掛けるつもりもセオリー通りの投球をするつもりもありません」
「どういうことだ?」
「逃げることは不可能、勝負して勝たないといけない。それならば俺は自分が一番自信をもって、気持ちをのせて投げれるボールをそこに投げ込むしか甲子園に行く道は切り開けない……と思います」
「例えばそれが、敗因になったとしても?」
「もし仮に、そういう場面になったときに、俺……僕はその場を任されたなら、イチローでもバリー・ボンズでも打ち取ります。虚勢でも見栄でも自己暗示でも、そう思うのがその場所を任された投手の責任ってもの……です」
「……そうか、お前になら俺達の3年間任せてもいいかもしれないな。頑張れよ、未来のエース」
それと、未来の4番もなと生気のない虚ろな目でグラウンドを後にした。
一瞬だけ灯る、生気のない瞳の奥に眠った熱い闘志を覗かせてクリスは今一度山元虹稀の姿を捉えた。
面白そうな投手だ。
もしかしたらバッテリーを組んでいたかもしれないなとあり得ない事象を思い浮かべ自らを嘲笑する。
一方でさっきの質問はいったい何だったのだろうとようやくクリスが去ってから考え始めた山元虹稀は考え始めて別の世界に入り込んだ。
生気のない不思議な上級生とこの状態になれば暫く戻ってこない山元虹稀を確認すると雨宮瑠偉は久々に口を開いた。
「礼さん、あの人が青道高校3年生、滝川・クリス・優さんですよね?」
何かを確認するような、自分の迷いを無くすかのような声音に言葉では返さず高島礼は頷いて答える。
「俺は、青道に進学しようとは思っていなかった、大きな理由の1つはあの人の境遇だ。期待され自らの怪我を言い出せずに将来を潰された。貴女の知るように、プロを本気で目指している俺にはそんな高校に行きたいとは思いませんでした」
御幸一也と言う逸材がいたこともあり傷口は大きく広がることはなかったが、周りも小さな怪我の時に気付かず大きな怪我を負わせてしまった事実は変わらない。
高校野球が終点ではなく、将来性のある選手をそうさせたとなると本気でプロ野球の舞台を目指す選手にとっては印象が悪いのは否めない。
「そう言われても仕方がないわね、クリス君をああしてしまった私たち首脳陣の責任は重いわ」
しかし、雨宮瑠偉はその事を責めるよりも困惑の色が色濃く出ており難しい表情で空を見上げる。
「けど、あいつを、山元虹稀を連れてくるのは予想外だった。青道には行かないって決断が揺らいでしまうくらいに……だからもう少しだけ考えます」
「ええ、それでも構わないわ。ちなみに山元君は青道に入学することを決めたわよ」
「ははっ、それは悪いことを聞いてしまったなぁ。前向きに考えてしまうじゃないですか……青道高校で1年生からレギュラー取ることって可能ですかね?」
真剣そのもの、嘘でもはったりでもなく本気で上級生を蹴落とそうと近い未来を見据えた眼光が高島礼を射抜く。
「それは君次第ではなくて?」
そのような夢を持つ選手は多い、誰しもがその夢の無謀さに、厳しさにチャンスを待つという選択をする選手はとても多い。
「そう言うことではなくて、1年の夏にレギュラーを取った選手っているんですか?」
だが、雨宮瑠偉は間違いなく自分は出来るがここの高校では年功序列ではなく実力主義なのかと念入りに質問をする。
「御幸一也、彼は1年からレギュラーになっているわ。ちょうど1年前にね」
例えそれが不慮の事故だとしても、チャンスがあるのならこの高校を視野にいれても構わないのかもしれないと考えはじめていた。
「なるほど、そういう方針ならこちらとしてはありがたい……おい、虹稀!さっさと遊びに行くぞ!礼さんありがとう、その時はよろしく!」
自分の世界に入りきっている山元虹稀を引き摺るようにして青道高校を勢いよく後にする。
甲子園に出れる確率は0.05%、甲子園で優勝出来る確率0.011%、この僅かな奇跡にも近い確率を限りなく100に近付けるためには特別な何かが必要だ。
その”何か”は明確にはわからない、けれども山元虹稀には間違いなく特別なモノがあると確信していた。
─お前と勝負したい気持ちもある、けどそれは今じゃなくてもっと先のステージでも遅くはない、根拠はないけどそう思わせる特別な”何か”を感じるんだ
まだ思い切り踏み切れない、けれども道なき道を見せてくれた1人の投手に出会えたことに感謝をしていた。