更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
話が出来次第、ぼちぼち投稿していきます。
6
「だぁ──ー! 畜生!」
そう叫びたい気持ちを抑え、次は打てるな、という雰囲気を醸し出しベンチに戻る。
甘く入ったスライダーを左中間に運ぶも、レフトの好守に阻まれバックボードの右上に赤いランプが灯った。
読み通りの狙い打ちであったが、それだけで簡単にヒットが打てるほど野球というスポーツは甘くない。
コンマ数秒単位の僅かなズレが凡打か好打を左右する場合もあるように、ほんの少しの誤差のような事柄が結果という明白なものを簡単に覆してしまう。
ほとんどの場合、その例外はあり得ないが。
野球においてこの例外が連続して発生するときに「流れが来る」等の表現をする時がある。打ち取った当たりのボールが野手間の間に落ちる、イレギュラーなバウンドに変化する、ほとんどミスをしない選手がエラーをする、等々。
普通の凡退がエラーによりランナーを出塁させた、連打が続く、自分のチームにとって都合がいい事象が連続して起こることを流れが来るとも言うが、そう言った意味では青道に流れは依然としてきていなかった。
かと言って稲城実業高校にその流れがあるわけでもない。
このまま何も起こらなければ青道高校の敗北が決定し、3年生の引退が決まることには変わりがないままだ。
背番号18の1年生投手が青道高校に作り出した小さな波をかき消すかの如く、成宮鳴は今までと比べてギアを上げ1番から始まる青道の打線の目の前に立ちはだかっていた。
2番小湊亮介、3番伊佐敷も順当に打ち取られランナー出すことはなく、リズム良く6回表の攻撃が終了した。
この回の攻撃で良い点を挙げるとするのならば初めて成宮鳴のチェンジアップが外野まで飛ばされたこと、の1点のみ。
3番の伊佐敷が辛うじてバットに当てここまで誰も当てることさえ叶わなかった緩い球が初めて飛んだ。
彼が力を抜いて投げていることを青道側は知っているため、打った本人たちからは悔しさしか現れないが、スコアを付けていたクリスだけはチェンジアップが外野まで運ばれた時、成宮鳴が地面を小さく蹴ったのを目撃していた。
外野へ飛ばされたことに対する苛立ちか、はたまた他の理由か今は定かではない。
余計な推測が時に墓穴になってしまう事を知っている、果たしてその行動の理由が何なのか見極めるまでは迂闊に話すことは出来なかった。
明らかに配球の変わったこのイニング。見せつけるかのような緩い球は青道高校側へ嫌でも印象に残る。
スコアを付けると同時にこの試合から得られる情報全てから筋の通った、説明のつく正解を導き出そうと頭を動かす。
全ては勝利のために。
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青道100000
稲実00020
7
一抹の不安が過る。
これまで投げる試合で躍動してきたのは間違いない。
投げるたびに何かを学び、打たれるたびに変化し、勝つたびに飛躍した。その道のりは決して平坦ではなかったけれども、全てにおいてあまりにも上手く行き過ぎていた。
嬉しいことではある、しかし苦渋の道の末に用意された華やかな舞台でこうも完璧すぎると少しだけ、何かが気にかかる。
今まであまり強風に煽られることのなかった花が、もし嵐に遭遇したら。
そのような仮定の話だが、後がない3年生の気迫を目の当たりに、最終回が迫るにつれて異様としか言えなくなる雰囲気の中で何かしらアクシデント起こってしまうような予感を御幸の頭の片隅に数瞬過ってしまう。
―後のことは考えるな、今はバッターを抑えることに集中しろ
自らに言い聞かせてミットを構えた。
―外側にカーブ、斜めの方……今まで全部ストライク入れてきたし、一也さんはストライクゾーンに構えているけど、ちょっと外そ
プレートを蹴り、ストレートを投げる時よりも1歩近く歩幅を狭めて綺麗に抜いた。
ストレートとは真逆の回転で一度浮き上がり、そこから地面に向かって落ちていくような軌道をみせる。
9番富士川はコンパクトに振りぬくが当たったのはバットの先。サード増子が軽快な動きでファーストに投げて易々と1アウトをとる。
―次はカルロス、降谷のストレートにも初見で合わせてきたしな……つっても山元は威力勝負じゃなくてコース勝負のところあるから関係無ぇか
外のカーブ、アウトロー真っ直ぐを続けて2球、4球でテンポの良く2ストライク1ボールと追い込んだ。
―次が勝負球だ、多少甘くても問題ない。腕を振れよ
―やっとですか……インコース
これまで構えを見せなかった内角に初めて構える。
3球目のアウトローを仕留めれなかった時点で勝負は決まっていた。
互いに良く知りえてはいるが、頭脳戦では御幸に軍配が上がる。だからこれまでのアウトコース攻めですらいつ内角が来るのかと考え迷ってしまう。
いつ投げてくるのか、投げてこないのか考えても無駄だと思い腹を括った次の球で思わず体を引いてしまう真っ直ぐが目を覚ますような厳しいコースに決まった。
「ストライクッ、バッターアウト!」
ここまですべて大きく外れたボールはない、ベースとバッターボックスのライン間を通り、審判のジャッジに委ねられたコースに臆することなく投げ込んだ虹稀を褒めるしか他はないだろう。
悔しさを滲ませ幾ばくかその場で固まるも、神谷カルロスはあくまで虹稀には嫌な顔をせず潔くベンチへ戻った。
ここで審判に抗議しても印象が悪くなるだけ、加えて点差的には1点勝っているという現状が彼の冷静さを保つのを助けていた。
―にしても、あのコースを今後とられるとなると面倒くせぇ
「真っ直ぐ思ったより伸びるぜ、あとカーブは思ったより落ちる。内角使ってくるぞ」
すれ違い様に端的に告げる、2番白河はある程度狙い球を絞って打席へ向かった。
ベンチへ戻ると成宮鳴が「そんなんじゃピッチャー休めないよ!」と愚痴ってはいるが全くその通りだと苦笑する、「そんだけ言えてれば大丈夫だろ」と軽口を叩くも夏の炎天下だ。
洒落だけで済ませてはいけない発言。
互いの投手に言えることではあるが、途中登板した虹稀と成宮鳴では経験とペース配分に成宮鳴に軍配が上がろうとも虹稀の方が有利だった。
あとは雰囲気に呑まれることさえなければ、投手としては残りのイニング虹稀の方が些か余裕があると言えるのかもしれない。
ただ、温存して投球している成宮鳴とほとんど7~10割での投球を続けている虹稀とではそう遠くない回で形勢が入れ替わってしまう可能性は十二分にある。
稲城実業2番白河は粘りを見せるも、最期甘く入ったコースを仕留めきれずにこの回もあっさりと3人で攻撃を終えてしまった。
―クソっ、詰まった……粘ってくれるのをあえて見越しての甘い球? それとも俺であれば甘い球でも抑えられると? 次は確実に捉えてやる
―今日は球の質がいい、いつもより格段に力感のないフォームとしなることで出所が見にくくなった勢いの良い変化球と真っ直ぐ。この調子で行けばそうそう点を取られることはない……後は俺たちが点を取ることだけだな
青道高校の投手交代により、試合に引き締まりが生まれた。
成宮鳴・山元虹稀の両投手が、ある程度制球に優れ、ストライクゾーンで勝負できる投手であるためだ。
均衡を保ちつつ、着々と試合は進む。
風船が静かに膨らんでいくように、針が刺されば一瞬ですべてが崩壊しかねない危険を伴って。
この場合、風船に突き刺さる針と言うのは、どちらかの投手が崩れる瞬間だろう。
―さてと、行きますか
そんな中、さも当然かのように成宮鳴は立ち上がる。
修羅場と言うにはほど遠い、これ以上に苛烈な局面なんて何度も潜り抜けてきた彼にとっては、まだ生温ささえ感じていた。
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青道100000
稲実000200
8
「4番・ファースト・結城くん」
打順は2巡目以降に入り、ウグイス嬢のアナウンスも簡素になる。
現状のまま試合が終われば、甲子園の道が立たれることになる青道高校にとっては、この回の攻撃は大きな意味を持つだろう。
4番で主将の結城哲也がトップバッターで始まった終盤の入り口、成宮鳴の攻略の糸口を掴むためにも何としてでも先頭打者をファーストに置きたい場面だ。
それを知って、スタンドの応援も一層盛り上がる。
鬼気迫る雄叫びが、結城哲也に降りかかるも、彼の耳には届いていない。
それほどまでに研ぎ澄ませた集中力、全国屈指の攻撃力を誇る青道の4番。
当然、稲城実業バッテリーも警戒はしている。
その中で、結城哲也も賭けに出た。
1点ビハインド、1点が欲しい青道と、1点もやりたくない稲城実業。
点数が入りやすい打順と言うのは、そう簡単に回ってこない。この7回表、結城哲也は自分から始まるこの打席がどれほど大切かは理解している。
直感的な判断でリスクは当然高いが、結城哲也はこの打席に限り制約をかけて挑んだ。
―チェンジアップは考えない、ストレートに標準を絞る
本人に聞いても、なぜそんな結論に至ったのかと言う論理的な説明は無理に等しい。答えられるのであれば”感”としか言いようがない。
妄信的な強固な決意、繋がらない点を無理やりつなげて出した結論は、あまりにもリスクが大きい。
しかし、一方で全球種に対応するなど、この試合中に出来るかわからないのだから、ある意味理に適った判断だった。
初球からフォーク、スライダーと変化球を続け、カウントは2ボール1ストライク。
徹底的な変化球の攻め、ストレートもストライクに投げてくれるかわからない。
しかし、この男が揺れることは微塵もない。
―チェンジアップがチラついているだろうな。ここで、厳しくいくぞ
原田が構えたのはアウトコース、前回の打席同じ所に投げられたチェンジアップが脳裏に嫌でも残っているだろうという思惑の配球だ。
更には前の回で多投し見せつけた分、結城哲也の対応しなければならない。その一瞬の迷いは、スイングを鈍らせる。
『カウントは2-3、ウイニングショットにチェンジアップを持ってくるか!? サインを交わし、6球目──―』
その迷いを抱えたまま、成宮鳴のストレートは打てる筈がない。
伏線は引いた、あとはエース成宮を信じるだけ。
バッテリーともに意思の一致したウイニングショット。
裏をかきすぎたのか、結城哲也の直感がたまたま当てはまったのか。歓声と悲鳴が大音量で奏でられる。
所詮結果論でしか語れないスポーツにおいて、過程を悔いることなどあまり意味がないのかもしれない。
稲実バッテリーは明確に意図を持った上でその球種を選んだわけで、結城哲也はリスクをとった結果が出ただけで。間違いなく言えるのが、勝負に軍配が上がったのは、今回は結城哲也だったという事実だ。
『捉えた! 右中間に飛んだ当たりは大きい! 長打になるか!?』
気にしないと決め込んでも、残像は脳裏に焼き付いていた。
それを振り払うシャープで鋭いスイングは、僅かな振り遅れをものともせずに白球を外野の奥深くまで誘う。
『悠々とセカンドへ! 青道高校・4番の結城が均衡を破る2ベースヒット! 我慢の時間が長かった青道高校に、反撃の狼煙が上がりました!』
振り遅れたのが功を奏した。技術と力を兼ね備えたスイングが、ボールの勢いに勝った結果、セカンドの頭上を軽々と超え、右中間を突き破る。
積もりに積もった鬱憤を晴らすように、青道スタンドは神宮球場を割らんとする大音量で青道へと声援を飛ばす。
ただ、青道高校の好機は裏を返してしまえば、落胆への大きな入り口でもある。
ここで攻撃を終わらせてしまえば、嫌な印象は残すものの、稲城実業を勝勢に導く材料になるだろう。
だからこそ、この回で次につながる1点を捥ぎ取らなければ青道高校は敗北の一途をたどる可能性が、敗北の2文字が濃く漂ってしまう。
セオリー通りならば、送りバントも十分考えられる。だが、片岡鉄心の作戦はどこまでも攻撃的だった。
5番増子に送った指示は送りバント。
ランナーを3塁に置き、そこからプレッシャーをかけるというものだった。
特に左投手の成宮鳴の視界には3塁ランナーは嫌でも目に入る。
牽制には気を付けなければならないが、目の端でウロチョロされると彼とて煩わしいだろう。
当然、それは稲城実業にも手に取るようにわかる。
バッテリーとしてもセオリー通り仕方がない、と思ったくらいだ。
それならばと、初球はインコースに構えた。
成宮鳴も結城に投げていたギアのまま投球モーションに入る。この場面出し惜しみしている場合じゃないのは目に見えて明らかで、制球は大雑把になるものの速球と変化球のキレは更に上がった。
『おっと、青道高校は5番の増子君がバントの構えをしています』
『ここはなんとしてでも1点欲しいですからね~。いや、ここはバッターしっかりと決めなくてはいけません』
増子とて、このチャンスの重大さはわかる。そして強豪校の5番を打つ打者として、ヒットは打てなくとも、内野に転がすくらいは平然とやってのける。
3球目のスライダーをサードに見事転がし、その間に結城は3塁へ。
『1アウトランナー3塁。ここから1点欲しい所で御幸くんに打席が回ります』
1アウトランナー3塁、確率的に言えば60%で1点が取れる絶好の場面。
ここまでヒットがない御幸に対して、稲城実業の内野は前進守備にシフトをチェンジする。
青道からすれば、何としてでも欲しい1点。稲実からすれば、何が何でも渡したくない追加点。
―ここは、決めないといけない場面だな
そう多くの点は取れない試合でのチャンス、両校ともに言えることではあるが、成宮鳴擁する稲城実業を相手にする青道からすればここは絶対に点が欲しい場面。
スクイズも考えられるが、読まれればサードランナーを殺してしまう。
『スクイズも考えられるこの場面。御幸くんはバントの構えを見せません』
『稲実バッテリーは外と内に1球ずつ外して、カウントがきつくなっていますからね。青道高校がいつ勝負を仕掛けるのか見ものですよね』
ランナーを3塁においての揺さぶりは、効果的だった。
結城は第2リードを大きく取り、すぐに3塁に戻ることを2度繰り返し、御幸のバントの構えから成宮も前に出なければならない。
―スクイズをやりたいならすればいい。鳴、潰すぞ
―逃げてても仕方ないしね、りょーかい
『さあ、2ボールノーストライクから注目の3球目……おおっと、振って来ました!』
『サードランナーはスタート切っていませんでしたからね。ミットに入った後に振りましたから、もともと空振りするつもりだったんでしょうけど、いやはや、攻撃的ですね』
片岡鉄心のサインは“待て”1球様子を見る、という算段のサインだった。
バスターの空振りは完全に御幸の独断、ストライクゾーンに来たためミットに入った後でのスイングだったが、スクイズだけじゃないぞと印象付ける素振りには十分だ。
―さぁ迷え迷え、何を仕出かすかわかんねぇぞ?
驚く成宮にしてやったりと意地の悪い笑みを浮かべる御幸。内心イラつきながらも冷静さは崩さない。
サードへの牽制を1球挟み、ランナーの意識を僅かでも帰塁に向けさせる。
投げる球自体も素晴らしいが、こういった小技も難なくこなせるところが2年生にして高校最高と呼ばれる所以なのかもしれない。
バッテリー間のサインが決まり、青道は攻撃のサインが決まる。
成宮がプレートを踏み、数瞬止まる。
『さぁ注目の4球目……』
ゆったりとしたプレートを外さず、体を傾ける牽制の後、一級品のクイックモーションで4球目を投じた。
その瞬間、結城はホームへ脇目も振らず走り出す。
『やってきたー!!! スクイズ!』
だが、稲実バッテリーも読んでいた。
―こちらとて、読んでたんだよ!
大きく外に外れるボールに御幸は横っ飛びで食いつく。
『転がした!』
ベースに覆いかぶさるように倒れるも、ボールはしっかりとフェアゾーンに転がっていた。
弱々しく転がる打球はサードよりのキャッチャー近く。
しかし、原田が取りに行ける距離ではない。
必然的に、成宮鳴と結城哲也の競争となる。
1点奪取かはたまた死守か。
御幸はバットを持ち結城が心置きなく滑り込めるスペースを空け、ファーストへ走り出した。
丁度並走となる形で結城と成宮がホームへ向かう。
そのまま駆け抜けれる攻撃側と、グラブでボールを拾い投げランナーにタッチしなければならない守備側。
極限の状態で互いにベストを尽くした結果は、審判のコールを聞くまでもなくファーストにボールを投げた原田の行動が全てを物語っていた。
『トスが出来ないちょっと遅れた──ー! 2対2、青道高校スクイズで1点を捥ぎ取りました!』
素直に転がした御幸を褒めるしかない。それに、点差はまだ同点で勝ち越されたわけではない。
いかに優れた投手と言えど2~3点は試合で失う機会はある。
ランナーはおらず、打線は下位打線。
7番虹稀はレフト前ヒットで出塁するも、白洲がライトフライで3アウト。
たった1本のヒットから1点を奪った青道高校が試合を振り出しに戻した。
ロースコアが続く投手戦、このままいけば終わらないのかもしれない。
そうなれば先に潰れるのはどちらか。
変わったとして、先に掴まるのはどちら側の投手か定かではない。
少なくとも、成宮と山元の投げ合いが今しばらく続くことは間違いなかった。
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青道1000001
稲実000200
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快刀乱麻とはまさかにこのことだろう。
2年の成宮鳴に変わってマウンドに上がった1年の山元虹稀は勢いそのままに稲城実業を苦しめる。
投球回数だけで言えばまだ3イニング目。余力は十分にあるだろうが、それにしても出来過ぎな投球内容に稲実は我慢の時間が続いた。
思い切りのいい腕の振りから厳しいコースに投げ込まれる快速球。緩急と駆け引きを用いた技術的にみれば1年生らしくない、思い切りと独創的さでみれば1年生らしい勢いのままに突き進む姿は成宮鳴と並んでも遜色がない。
3番吉沢を5球で三振、4番原田にライト前に運ばれランナーを1塁に置くも慌てた様子はなかった。
どちらかと言えば、実際にセットで投げたらどうなるかを確認したかったかのような様子。
―1年前の俺もこんな感じだったのかね。こりゃあ、鼻っ柱折りたくもなる
打席に立ち、構えると虹稀を見据えた。
打者としては初めて対峙するも、不思議な苛立ちがある。
徐々に重なる1年前の自分かもしれないし、急成長を見せる若い芽への警戒からなのかもしれない。
事実、球筋を確認すると納得せざるを得なかった。
降谷暁のストレートが実際よりも大きく恐怖さえ感じるストレートだとするなら、山元虹稀のストレートはゴルフボールのように小さく感じる。
どちらかといえば、技術が詰まったような球。
そして、絹の糸のようにスッと伸びる直球は質量を密集させたかのように当たると重たい。
失投らしい失投もなく、あっさりと追い込まれた。
―こりゃあ、雅さんでさえも詰まるわけだ。けど、こんだけ見せつけられればこの程度の直球…………!
降谷暁の速球に向けて対策をしてきた稲城実業にとって、虹稀のストレートは単体だけでみると大したことがない。
だが、厄介なのは御幸のリードと合わさることによる他の変化球との組み合わせ。
1ボール2ストライクから放った5球目は、外角に納まる弧を描くカーブ。
タイミングを外され、バットを振り切るも力のないゴロが小湊亮介のもとに転がった。
―あー、なるほど……これは厄介だわ
真っ向から向かってくるのではなく、意識の外から止めを狙うスタイルは成宮とは似て非なるものだ。
それは、真っ向勝負が出来るボールを持っていないことの裏返しでもある。
つまり、成宮が虹稀の攻略法を思いついた瞬間でもあった。
6番山岡をピッチャーゴロに抑え込み、3イニング目も無失点でマウンドを去る。
「さあさあ落ち込まない。見つけたよ、あのピッチャーの攻略法」
それはたった一言、そして稲実打線にも簡単に出来ることではない。
我慢の展開が繰り広げられる。虹稀がマウンドに上がり、試合のテンポは整い始め終盤へ突入した。
たった1つのかけ違いで積み重ねてきたものが崩れる。独特な球場の雰囲気の中で、場数を踏んでない選手が終盤のプレッシャーに耐えれずに普段のプレイが出来なくなることなど珍しくはい。
―随分熱くなってきたな……
―まだまだ生温い……
対照的な2人の投手の感想。
既定の9回まであと2イニング、我慢比べが続く。
大観衆の感情の起伏のエネルギーは馬鹿には出来ない。均衡が続き募る思いが、得体のしれない何か育み、それは確かに胎動を始めていた。
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青道1000001
稲実0002000