ダイヤのエース Plus Ultra   作:奇述師

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出会い:吉川春乃

 

 

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4月某日、新学期が始まって間もなく学校は急に慌ただしくなる。

 

新しい生徒が今年度も入学し、学校としても活気溢れ、各々の思いを胸に、新たなスタートを切る時期でもあるのだ。

 

新たなスタート、山元虹稀と雨宮瑠偉のスタートもすでに切られていて、と言うか既に始まっており厳しい環境に早くも適合しつつあった。

「さすがにまだ慣れねぇな」

 

「確かに…走った後っていうのがまた嫌なとこだよね」

 

「「お前らそのわりにもう3杯目入ってるけどな!」」

「お前らにだけは……負けねえ」

「沢村は、まあ俺たちよりもたくさん運動しているんだしゆっくり食べたほうがいいと思う」

「……慰めんなチクショウ」

 

目を虚ろに白米を何とかいに入れる沢村だがまだ2杯目の半分ほどしか食べていない、虹稀は面白いやつだし自分と同じ投手だし、と一緒に食事を共にしている。

 

沢村は言わば懐かない犬のようで弄ればしっかりと噛みついてくる、そのせいもあるのか反応が面白く、また遠慮をする必要もあまりないので沢村本人は認めていないにせよ親交はそこそこのものになっているのだ。

 

午前の練習を終えて、1年生は運動後の休憩を充分にと少し遅めの昼食を食べている、基本的には1年がすることは練習の準備や球拾い、それ以外はランニングなので上級生ほどきつい練習ではないのだが慣れていない環境という事もあるのだろう、全体的に疲労の色が少しだけ見えていた。

大きな変化と言えば食事の時に虹稀と瑠偉の周りには集団が作られていたことだろう、最初は色物として見られていた節が強かったが、話してみると、接してみるとライバルではあるものの普通の人であったというだけのことだ。

 

年頃の男子学生らしく端から見ればつまらない話題で盛り上がる、何気無い、何の意味もないこの時間が(食事のノルマさえなければ)彼らにとって一番リラックスできる時間でもあったのだ。

 

「お~若いもんは成長が早くていいねぇ」

 

どういう訳か2年の枠からたまに外れて1年の方へ御幸が来ることは割かし多かった、御幸としてはただの気まぐれであるのだが感覚的なところで山元虹稀、雨宮瑠偉、そして沢村栄純とはコミュニケーションをとっても損にはならないだろうという考えがあったからだ

 

「あ、一也さん。こんにちは」

 

「「「こんにちは!」」」

 

「御幸一也!」

 

「おう、そんなにかしこまんなくていいぞ…沢村、お前は敬語を使え。って山元こいつらお前の取り巻き?日に日に増えていないか?」

 

「いえ、チームメイトです」

 

虹稀は友達としての線引きが未だによく分からないのでひとまず当たり障りがない発言をするが、野球部で、しかも寮で生活している以上最低限の関係と返答した。

 

「へ、へぇ~。それは……そうだよな」

 

今の御幸を一言で表すなら困惑という表現が一番近いだろう、真顔でそんなことを言うとは思っていなかったし、実際に周りは驚いた顔をしている。唯一沢村だけがそうだそうだ!と元気を取り戻しているくらいだ。

 

同室でいつも話をしていて分かっていたのだが虹稀は瑠偉の事しか認めていない、当たり障りのないコミュニケーションは出来るし普通に良いやつなので嫌われることは無く、むしろ好かれる方だと思っていたのもあってこのような場でおかしな発言をするとは思っていなかった。

 

が、もうここまでこれば一種の天然だと思ったほうがいいだろう、と御幸は賢く切り替える。

 

「で、なにか用でもあるんですか?」

 

「ん、その事なんだけど…ほらこれ」

 

御幸はそう言って巻物を虹稀に差し出した。

 

「巻物?」

 

ノートとか、メモ用紙とかわかるがまさかの巻物を手渡されマイペースな虹稀のペースが少し乱された。まずどこに売っているんだよと尤もらしい突込みを瑠偉が入れるもその意見に返答するものはいない。

 

「そうそう、クリスさんに渡されたんだけどさ。お前クリスさんと何かあったの?」

 

「えっと、青道を見学しに来た時に少しお話したくらいですけど」

 

約半年前に交わした会話を忘れるほど虹稀も野暮ではないし、クリスとの会話の意味を表面だけで捉えることは無く、意味深な言葉遣いをしていたのもあってか深く考えることも多かったからだ。

 

「ふーん、まあいいや。ここに書かれていることを毎日やるといい、だってよ。それとわからないことは俺に聞け、ちゃんと対価は払ってもらうけどな」

 

「え、なんですかそれ?遠回しな先輩命令ですか?

 

「正解~、いや~物分かりがいいやつって本当に楽だわ。さぁかっこめかっこめ、この時間の代償はお前が頑なに見せない例のもので許してやるから」

 

「!?え、普通にググるんで……いえ了解です」

 

最近は虹稀もプライバシーを守ろうと色々と悪知恵を働かせ御幸の非道な行いを未然に防いできた、だからか今回も自信をもって裏を書き壮絶な心理戦?を行うと腹をくくったのだ。

 

「クリスさんにそれだけ期待されているんだ……早く上がってこいよ」

 

急に真剣な表情で言ったものだから虹稀は面喰らってしまい言葉がでない。

 

「じゃないと……いいや、何でもない」

 

急に神妙な顔つきから何時ものお道化た表情で頑張れよと、軽く言葉を投げかけた。けれどもその異変を聞き流すほど虹稀も馬鹿ではない。

 

「俺は、夏までに先輩を引きずり下ろしてでも9人の中に入るつもりですから。安心してください」

 

周りにいる上級生が御幸だけだったのを確認して宣言する。

 

まっすぐに向けられた瞳を見て、御幸は何も言わずその場を立ち去った。

 

新学期が始まって1週間程経つがまだ冬の寒さは微かに残っており、少し肌寒い。

 

それでも青道高校野球部1年生部員はその寒さなど関係ないほど汗だくになりながらひたすらサーキットメニューをこなしていた。

 

「どう、目立つ子いた?」

 

つり目で髪を腰まで伸ばした3年生マネージャー、藤原貴子が呟いた。容姿も整っており正に大和撫子を体現しているかの彼女に1年生は話しかけてはいけない、という暗黙のルールがあった。

 

ただ自ら話しかけられない2年生がたまたま彼女と楽しそうに話す1年を目撃してできてしまった急造で哀しい暗黙のルールだ。

 

「結構豊作みたいですよ~」

 

「松方シニアの東条くんと金丸くん、西浦の高津くん、やっぱり飛び抜けているのは山元くんと雨宮くん。それと降谷くんですかね」

 

口々に梅本 幸子と夏川 唯が呟く、互いに2年生マネージャーであり共に頼れる存在だ。

 

そしてもう一人、バケツ一杯に入ったボールをフラフラしながら運ぶ少女が千鳥足で名に進んでいる。

 

「あ、春乃!足元見て!」

 

「へ?」

 

ガツンといやな音を立てて何かが額にぶつかった。

 

先程自分で置いていたトンボを踏んでしまったのだ。

 

「ぅ~~~~」

 

悶絶する春乃を見て3人は微笑んだ。

 

入部当初はボールを撒き散らしたり、氷を地面に落としたり、ドリンクを無いものにしたりetc.

 

等々、大物の新人が入ってきたと思ったが、それ以来大きな損害は与えず一生懸命に不器用ながらも取り組んでいる1年生を見て成長しているなと親のような気持ちになって3人は頬が緩んでしまうのだ。

 

もう見たくはないけれども、あの豪快な失敗の数々は彼女たちの記憶に残り続けていた。

 

 

4月某日、入学式の日に初めて2人は出会った。

 

“やまもと”・“よしかわ”なので五十音順では前後、そして青道高校は男女混合で出席番号を連ねるので2人が入学式の時に隣に、又はごく近くになることはほぼ確実である。

 

そんな中で彼女、吉川 春乃は隣の席が、厳密に言えば自分の1個前の出席番号の人がまだ来ていないことに気付いた。

 

よくよく見ると自分のクラスに空席があと2つもあって1年生が座っていなければいけない時間はとっくに過ぎており、その理由を勝手に妄想し続けていたのだ。

 

『入学式に出ないなんて病気にかかったのかな?はっ!まさかヤンチャな人たち…!ううん、でも…』

 

彼女の勝手な妄想は暫く止まらず果てしないストーリーまで行きついたのは余談である。

 

虹稀達、もとい野球部が遅い理由はただ一つ今日は朝練がなく、学校行事であるからであった。

 

珍しくない朝練、その理由は入学式に汗臭いまま出席したら回りの人にも迷惑がかかるからという片岡監督の粋な計らいでもあるが、生徒数が多い会場を設営するのに野球部はうってつけの人材だったからだ。

 

花瓶がどうのこうの、来賓の席が曲がっている、すいません急遽ココ変更してもらっていいですか?と要領の悪い会場設営が続いたことが原因で野球部の入場はだいぶん遅くなった、時間ギリギリに体育館に駆け込んだ男の集団は非常に目立つ。

 

席に座った野球部が他の生徒に質問され『野球部だから』という理由は波紋のように広がった。

 

そんな中で黄色い歓声が静かに上がったのを虹稀はしらない。

 

吉川 春乃はその歓声が上がった場所を見る。

 

身長は175cm位、高校1年生にしてはまあ平均より少し上の大きさで若干栗色の髪、幼さの残る顔立ち。

 

一般的に大ウケするはずのルックスに優しそうな雰囲気、春乃もみとれていた。隣の席に虹稀が座っても凝視するくらいに。

 

「あ、あの~」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

虹稀の咄嗟の声かけに春乃は冷静に反応ができなかったようだ。声は見事なまでに外れ恥ずかしさと、興奮で顔が赤くなる。

 

「俺の顔に何かついてる?」

 

ブンブンとばかりに首を左右に降る春乃を見て虹稀は春乃の焦りを察した、これは声を掛けるべきでなかったと少し後悔するものの終わったことは仕方がない、とりあえず無難に言葉を返そうと余所行きの人当たりのいい笑顔で微笑んだ。

 

「いや、凄く顔見られていたから何かついてるのかなって。別に口説き落とそうとかそういうつもりはないよ、俺は山元虹稀、よろしくね。」

 

「は、(吉川)“春乃”です!」

 

吉川春乃本人の何故この時に苗字ではなく名前で自己紹介をしたのかいまだにわかっていないという、とにかく軽いパニック状態に陥った彼女の口は自分のファーストネームを名乗った。

 

「"春野"か、よろしく。」

 

結果的に初対面で名まえを呼び捨てで呼ばれるという青春の始まりをつけそうな出会い方をしてしまった吉川春乃はオーバーヒートし、この誤解は直ぐには解けなかった。

 

そして、新学期恒例のオリエンテーションでその小さな誤解は何とか解けるもののずっといじらる種になってしまうのだが、本人は知る由もない。

 

「次、山元」

 

「はい」

 

やっとか、とばかりに女子の目が変わる。

 

それに気付いたのか虹稀は苦笑いをする、注目されているのか分かっていなく日本人にしては悪目立ちしてしまう明るい髪の毛か、と自己完結してしまう。苦笑して周りを見渡してしまう、それがまたウケたようでよりいっそう私語が増えた。

 

「山元 虹稀、スポーツ推薦で入学しました。趣味、特技は野球です、お願いします。それと…」

 

一拍置いて沢村を見つめる、あくまで沢村に向けたメッセージのように声高らかに宣言する。

 

「俺がエースになって甲子園にみんなを連れていきます」

 

何故か、大きな拍手と口笛が教室を包んだ、クラブか何かに豹変してしまった。

 

雰囲気が変わりすぎた教室を教師が慌ただしく沈静している、何でかな~とインフルエンサーとして十分な機能を果たしているがあまりにも自覚がないため、恥ずかしそうに顔を赤らめながら席に戻りうつ向く、そんな虹稀を見て微笑ましく思った春乃は気分上々で自己紹介をした。

 

「吉川春乃です。野球部のマネージャーに憧れて来ました。お願いします」

 

吉川春乃はしっかりと自分の名前を言うと、ばつが悪そうに虹稀の方を見る。

 

そこには予想通り、というか予想以上に驚き、ガタっと音を立てて立ち上がり口をあんぐりと上げて驚いている虹稀の姿があった。

 

そのリアクションがあまりにも以外で、まさかそんな反応するとも思っていなかったので吉川春乃は予想だにしない虹稀の姿を見て笑いをこらえきれずに吹き出してしまった。

 

名前を初対面から呼び捨てで(しかも下の名前で)馴れ馴れしく呼んでしまうという失態をしてしまった。申し訳ない気持ちとまず自己紹介で下の名前だけを言うやつがいるんだという気持ちが混じってしまうが前者を占める気持ちが大きかったため虹稀は素直に謝罪をした。

 

「ごめん、吉川。まさか春乃って名前だとは思わなくて…」

 

「ううん気にしなくてもいいよ、私だって悪いし…」

 

「だから席が後ろだったんだ~おかしいと思っていたんだけど…」

 

「いいよ、だって山元くん野球部でしょ?最初は驚いたけれど別にいやって訳じゃなくて……そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいよ、私もそっちの方がうれしいから!」

「そう言ってくれるとありがたいけど……」

 

本当に申し訳なさそうに謝る虹稀を見て春乃は思い出したように呟いた。

 

「あの言葉、嘘じゃないんでしょう?」

 

「あの言葉?」

 

「うん、甲子園に連れてってくれるって。それが1年後なのか2年後なのかそれとも今年なのか分からないけれど、私楽しみにしているからね」

 

「!あぁ、もちろん、楽しみにしといて」

 

この時まだ自分の実力も、この地区のレベルもよく知らないまま絵空事を口にした。

 

本人はこのことを振り返ると、苦虫を嚙み潰したような表情で自分が甘かったと決まって言うのだが、虹稀が“現実”を知り、もがき始めるのはもう少し先でもある。

 

「ナイスヘディング」

 

「……見てたの?」

 

「もちろん、いや~春乃は見てて面白いな」

 

なかなかしない、と言うか見たこともない光景にお腹を抱えて笑う虹稀を見上げると恥ずかしさと不甲斐なさで顔を真っ赤にした吉川春乃が唇を尖らせてすねる。

 

そんな春乃を軽くあしらって虹稀は藤原貴子のもとへ行き、何かについて少しだけ話し込む、他の1年がくたくたになっていて休んでいるのに対し虹稀はまだ元気そうに見えた。

 

重そうなドリンクを勢いよくみんなのもとへ持っていく姿を見て、吉川春乃は『やっぱり山元君って凄いんだな』と他の人達とは何か違うんだと、そう思って駆け足で去っていく虹稀の後ろ姿を眺めていた。

 

「は~る~の~」

 

心の中で悲鳴を上げながら、機械仕掛けの人形のように固い動きで後ろを振り返る。

 

そこには物凄い笑顔なのだけれど、それが逆に恐怖を感じさせる表情でマネージャーの先輩がすぐそこまで迫っていた。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「詳しく聞かせなさいよ!」

 

「何であんなに仲が良いのよ!?]

 

先輩2人に問い詰められ戸惑いを隠せずただうろたえている、肩を掴まれガクンガクンと揺らされる中もう一人の先輩へと助けをもとめた。

 

「貴子先輩~」

 

「あら、私もその話聞きたいわ」

 

残念ながら最後の砦だと思っていたはずの人も、実は最後の砦ではなく、もう彼女を助けてくれる人は周りにはいなかった。

 

その後根掘り葉掘り尋問されてしまうのだが、その時に虹稀は何だか寒気がするなあ、としきりにぼやいていたという。

 

スタートラインには立ったものの、勝負開始の笛はまだ鳴らされていない。

 

その笛が吹かれたときに待ち構える、現実という大きな壁が立ちはだかった時に彼らはきっと自分の甘さに気付くだろう。

 

そこからそれを受け入れて諦めるか、足掻き続けるか。

 

何れにせよ勝負の土俵に立ててもいないのだから今はまだ何も起こる心配はない。

 

けれども2人は、最後の夏にかける思いと執念の恐ろしさをまだ知らない。

 

和気藹々とした1年の集団をあきれた様子で一瞥するとクリスは少しだけ失望したようにグラウンドを後にした。

 

 

 





ヒロイン吉川春乃にしようと思ったけれども部員とマネージャーが付き合うってよく考えるとヤバイなと元野球部にいた身としては思ってしまう……。

割りと2話か3話辺りで出てきた名も無き後輩ちゃんの可能性も浮上してきている……

と言うかこの作品に恋愛小話なんて求められているんですかね?笑

今週中には紅白戦を終わらせたいです。

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