1
VS市大三高戦、強打を誇る両校によるノーガードでの撃ち合いを何とか制し青道高校は13対9で辛くも勝利を収めた。
どちらのチームにも見えた課題は投手力の不足だった、確かにどちらも魅力的な武器ではあるが安定性がない水物である以上思い通りの結果が出ない時もある。
夏の大会を闘い、勝ち抜くためには安定した投手陣の整備が大切なのだが青道高校の現状では言葉でいうほど簡単なことではなかった。
打の青道、と言われるほど攻撃的なチームで間違いではないが、裏を返せば投手陣は大したことではない、と言う意味と同意義であり、実際に投手陣はこの結果を招いた選手がベストメンバーだったのだ。
だから、試合に勝ったものの首脳陣の胸中はあまり好ましくはなかった。
「エースの丹波君は故障明けですし、きっかけさえあれば、すぐに立ち直ると思います」
高島礼はきっかけさえあれば、その言葉がいかに希望的なものかがうかがえる、故障明けで調子が悪いのと、癖になってしまっている気の弱さは別物だ。
ボールが先行してしまい、ストライクを取りにいった腕の振りが甘い球が痛打される、ボール先行し、今度は厳しいコースをした結果制球が定まらず四球、そんな流れをズルズルと長い間引きずっているピッチャーにきっかけさえあれば、等と言う言葉は慰めでしかなかった。
丹波光一郎という投手の前々からの課題は夏の大会が3か月前に迫ろうとする今でも何も変わっちゃいない、夏の大会中に変わるかもしれないが全てもしもの話だ。
「しかし、今日の試合の調子では…………」
太田部長が心配そうに訴える、現時点では投手陣を信頼できない、あくまで表面上には出さないが、直接的に言葉に出しはしないものの3人とも思っていることは同じだった。
「太田部長の心配も解りますが、夏の予選までもう3カ月しかありません。ここは全学年を対象とした、早急な投手陣の整備が必要かと思われます」
本来ならばするはずのなかったチーム編成の見直しを高島礼は提案した、勝つことが全ての最後の大会に必要なパーツがあれば例え1年であれば戦力として見なければならない。
同じことを考えていた片岡鉄心はああ、そうだなと頷いて球場内の通路からジャリジャリとスパイク特有の音を響かせ球場をあとにする。
─さぁ、上がってくる絶好の機会だ、俺にその実力を見せてみろ
不謹慎ではあるが緩む頬を押さえて片岡 鉄心は届くはずのないエールを送る、中学校を卒業したばかりの小童に未知の可能性を期待して…
山本虹稀、雨宮瑠偉の2人をのせた歯車が今、動こうとしていた。
2
尻が上がれば右肩が下がる、右足に体重をのせて一回キャッチャーに背を向けてプレートを大きく蹴り出す。
後ろに体重を8割残すイメージで体重移動を始め、前に出たエネルギーをグラブを持った左手で引き付ける。
ギリギリまで張った胸をから弓のようにしなる背中は限界まで力を蓄えている、体は臀部を大きく上げ、右肩を下げたことによって縦回転を開始した。
そこから股関節、腰、背中、肩甲骨、肩、肘と1秒にもみたない早さで伝わり、体の前で腕を支点にして恐ろしいほどにしなる。
そこから全部のエネルギーをロスなく伝えたボールは唸りをあげて寸分たがわず捕手の構えたミットへ向かっていくが、綺麗に収まることは無くミットの上に当たりつつも勢いよく後ろへと逸れて行った。
構えている場所よりも低いと予測したキャッチャーはグラブを下げる、しかし思い描いた軌道と現実に虹稀が投げたボールとはボール3個分は離れていた。
たまたま首脳陣の目に留まった球ではあるが、急激な変化はないものの中学3年のオフシーズンに伸びた身長と身体の、もっと言えば筋肉の変化に対応しきれていない。そのために一球一球を丁寧に確認して投げていたが、球威、コース共に納得のいったものが投げられたのもありしきりにフォームを確認している。
偶然そのボールをみていた首脳陣は唖然とした表情で見ていた、5月に入り1年も僅かな時間ではあるが技術を衰えさせないように簡単な練習が始まる。
たまたま通りかかったところで彼らを引き付けるものが、勢いのある若葉はより一層輝いていたのかもしれない。
ブルペンの外では快音が轟く、バットの真芯でとらえた打球は一層高い金属音を取り残しバックネットへ刺さっていく、それは偶然ではなく彼の時間の時に何度も続くのだから太田部長は眼を見開いてその様子を眺めている。
「……一年生を集めて、チームを作るぞ」
片岡 鉄心はすぐさま自室へと足を運ぶ、それに呼応して太田と高島も片岡の意図を理解し小走りで監督室へ急いだ。
翌週に開催が決まった1年生vs2・3年生の一風変わったエキシビションマッチ、死ぬ気で勝ちに、実績に拘って牙を剥く2・3年生、それを相手にどれだけ臆することなく立ち向かって一矢報いるか、実践で使えるかを見極める運命の一戦。
上級生の覚悟に、プレッシャーに臆することなく結果を残せるのならばチャンスを貰える1年と、これが最後のチャンスになるかもしれない最上級生。
この高い壁の
3
「けど、上級生と下級生をいきなりぶつけるのか」
「まあ、丹波があの調子じゃ、片岡監督も不安になるだろう。一年生に有望なのがいたらの話だがな」
OBとは五月蝿いもので、自分等のときはああだった、こうだったと何かしらにつけて首を突っ込んでくるめんどくさい輩でもあり、時には差し入れを持ってきてくれたりと、影で静かに見守ってくれる優しい存在でもある。
集合の合図がかかって、互いに礼をして1年生チームはベンチへと集まる。
簡潔にスターティングメンバーが発表されると1番を任されることになった瑠偉は自らを戒めるように、溢れ出そうになる気持ちの高ぶりを抑えるために冷静なふりをしてヘルメットをかぶった。
3番を任された虹稀は瑠偉とは対照的にようやくチャンスが巡ってきたと言わんばかりに口角を少し上げて気持ちをつくる、先発ではないが後から登板機会が与えられているのもあり気持ちをだして投球する虹稀にとっては必要なことだ。
「ようやく、やっと巡ってきたか……正直この夏はないかとばかり思っていた」
ぽつりと、誰に話すのでもなく漏れ出た言葉を虹稀だけが拾っていた。
「……うん、そうだね」
既に準備を満遍なく行っている2・3年生の合同チーム、先発は現在エースの丹波、気合い十分にマウンドを馴らし投球練習を行おうとしていた。
「虹稀、先輩たちを蹴落とす準備は出来ているか?」
「もちろんさ」
大きな声では話せる内容でないためどうしても小声での会話になるが2人ともやらなければいけないことは決まっている、バッターボックスへ近づく瑠偉とベンチに戻る虹稀はすれ違いざまに短い会話を交わしてすれ違う。
瑠偉はこの試合でどうすれば上に行けるか考えていた、結果を残すのはマストの事でもっと大きな印象を主審をする監督に直々に伝えなければならない。
二重の意味でいいチャンスの状況、3割打てれば一流だと言われる打者が一発勝負で、一打席だけで光るものを見せることは博打に近い。
ブンブンと勢いよくゴルフスイングをしながら、瑠偉はVS市大三高戦で目の前のひ弱なエースの粗を隅から隅まで観察し、その結果を頭で反芻しながらイメージをしていた。
良くも悪くも気合の入り方からして日大三高の時とは全く違うエースをみてそのイメージはすべて忘れる、全く違う投手だと思わなければあっという間に瞬殺される気がしたからだ。
球種と特徴は分かっている、心構えも出来ている。
「……さて、いっちょやりますか」
バットを肩に担いで静かに投球練習を眺める、少ない情報を出来るだけ掬い対策をしなければならない、心は熱く、頭は冷静に。その教えを再現しているかのように、はやる気持ちを完全に抑えて打席に立つ。
【1番 レフト 雨宮君 雨宮君】
いつも通りのルーティーンワークをこなし、打席をまず自分好みにならしていく、軸となる右足の場所を深く掘り溜まった土を右足で綺麗にどかした。
先輩の横にカウントボードの操作を任され緊張して座っている春乃は虹稀と目が合い、ヒラヒラと手を振って『が・ん・ば・っ・て・ね』と口パクで声援を送るも虹稀の目にはグラウンドの事しか目に入っていなかった。
例え目に入っていたとしても手を上げるくらいでまともなやり取りはしていないだろう。
「プレイッ」
短くコールされた試合開始の合図で、すぐさま浮わついた気持ちを引き締めてバットを握りしめる、バッターボックスの外で瑠偉は遠目で確認した球筋をイメージしなおして大きく息を吐くと体を大きく逸らした。
気合が十分に入った丹波に対し瑠偉は冷静でそれどころかリラックスして体をほぐしている。
─俺が上がる条件は、後ろにいる監督に強烈な印象を残さないといけない。最悪1打席しか立てないこの一度きりのチャンスでこの投手の一番自信があるボールを打たないといけない
ベースの手前と外角のギリギリを叩いてバットをまっすぐ立てた、立ち位置はベースに出来るだけ近くで若干ベースに覆い被さるようにスタンスをとる。
─カーブを警戒しての立ち位置か、それとも外角を狙ってますって言う誘いなのか…1年の癖に考えているな、丹波さん一球目はボールから中に入るかボールで打ち気を逸らせましょう
キャッチャーのサインに大きく頷く丹波をみて瑠偉は色々と巡らせていた思考を放棄した、目の前の投手の一挙一動を見逃さないように神経を張り巡らせる。
丹波が気合いと共に投げ込んだボールが自分に向かってくるように感じた瞬間、瑠偉は大きく踏み込んだ。
曲がったボールに躊躇もせず、かといって合わせるような素振りも見せず、狙い済ませたスイングでボールを捕らえた。
カーブの曲がりどころを捉えたスイングには迷いはなく、思い切り振りきられる。
左中間に低めの放物線を描きショートの頭を越してく、誰にも邪魔をされることはなくグラウンドへ落ち、そのままセンターのグラブに納まるのを確認すると矢のような返球が中継のセカンドへ渡ると大急ぎで一塁に滑り込む。
一瞬の静寂の後、驚愕の色で染められた歓声が瑠偉に浴びせられる、ベルトに挟まった砂を落としたところでしたところでようやく安心できたのかこわばった表情から一転笑顔を見せてその声にこたえる。
本来の目的である丹波の一級品のカーブを見事にとらえることには成功したものの長打を狙っていたのもあり喜ぶ時間は短い。
塁審にタイムを取り肘当てをランナーコーチに渡すと驚きながらも素直に賛辞の言葉を貰った。
「……マジか、ナイバッティン」
「ああ、でも正直セカンドまで行きたかった」
丹波は茫然として暫く動けなかったが素直に負けを認めて切り替えた。
認めたくはないが賞賛せざるに入られなかった、まぐれでヒットは打てるのかもしれないが偶然であの速度の打球を飛ばすことは不可能だ。
力でなく技術で打った一塁打はあともう少し弾道が高ければ外野の間を綺麗に抜いて行ったであろう。。
もしかするといけるかもしれないと淡い希望を抱き始めた同級生の姿を厳しい顔つきで見るとすぐに微笑みをつくり褒めてくれた先輩に返答した。
─あっぶねぇー!まさかあんなに大きく曲がるとは……無理やり手首返してあそこまで持って行けたけどもう少し低かったらショートゴロだった、流石に強豪校のエース張っているだけはある
エキストラ、ベンチメンバー、OBが称賛の拍手や声を投げ掛けたがペコリと一礼しただけ、内心打った本人も驚いてはいたもののすぐさま次の塁へと意識を向けた。
丹波は一度プレートを外し目で牽制をするが、リードは安全な範囲でとっている瑠偉を見ると打者に意識を向けたのか肩越しにその姿を確認する。
野球選手としての感か、培われた技術の出した決断か、とにかく根拠はない第六感がはたらき
─牽制は…投げねぇ!
「走った!」
足を上げた瞬間にスタートを切った。
決して悪くはないクイックではあるが、ショートのグラブにキャッチャーの返球が収まることもなく土煙を舞い上げながらベース上に立つ瑠偉がいた。
文字通りの初球攻撃、バッターはストレートを見逃し、瑠偉はそのまま滑り込む、完璧に盗み、尚且つ、トップクラスと言っても過言でない速さでセカンドベースへ到達、警戒していなかったキャッチャーは投げる間もなく滑り込む姿を見ていた
再び、湧くグラウンド、今度はベース上で小さくガッツポーズして喜んだ
丹波の心に動揺が芽生えるが、自分に何かを言い聞かせ平常心を取り戻す。
しつこくなく、的確に、目で、プレートを外し、ベース上にいるランナーに牽制をかけるそのまま何も出来ずに、させずに
「ストライクッバッターアウト!」
2番バッターは三振に打ち取られた
1年相手とは思えない気迫のピッチング、雄叫びを上げ吠える姿は1年生を萎縮させるのに充分効果的だった。
─さすがはエース、見くびっていたけれど技術は相当高い。裏を返せばこの地区のレベルの高さが丹波さんの評価を過少にしているのかもしれないな。けどな、今はそんなの関係ない。こっちもリスク犯して点取りにいってんだ、そして、次のバッターはなかなかやるぞ
【3番 センター 山元君 山元君】
いい意味でも悪い意味でも場の空気が一瞬にして変わる、1年生は盛り上がり2・3年生はひりつくような視線を注ぐ、当の本人はそんなのもどこ吹く風、淡々とルーティーンをこなし、バットを構えて、雄叫びを上げた。
─いいね、流石だよ
ベース上で瑠偉は笑う
─……凄い目で睨んでくる、今年は肝の太い一年が多いな
少なからずマウンド上で丹波は動揺していた。
人とは余りにも大胆不敵に佇んでいるとそれだけで相手に心理的なプレッシャーをかけることができる。
虹稀がそうと知っていてやっているわけではないが、闘志をむき出しにして打席に立つ姿は2番バッターが畏縮していたばかりに、丹波を精神的に揺さぶっている。
─握りは…いやリスクを負うのなら今だ!
待っていたのは丹波が虹稀に投じた3球目、それはストライクからボールに外れるカーブ
「走った!」
丹波はもう牽制球を投げれない、そして大きくたてに割れるカーブをキャッチャーは体で止めにいく、その結果ワンテンポ遅くなった送球は高めに浮きタッチが遅れる。
悪いスタートでもなかったが決していいスタートではなかった、並の足ならば刺されていたかもしれない。
丹波がカーブを投げると確信はない中、勘により判断を行った賭けに近い走塁は瑠偉自身の思い切りの良さと、体力は無いが短距離だけは早いという特性を持った足で確実に盗むことが出来た。
「セーフ!」
三度、大歓声
─盗塁だけは中学の時も、部活終わって硬式やってた時も得意だったからな。さて、後は頼んだぞ、虹稀
─瑠偉がリスクを犯しての三盗、これは何がなんでもホームに返さなくてはならない
まず虹稀はバントの構えをとり揺さぶりをかける、まだ1アウトなのでスクイズでも点は取れるし、ここで先取点を取れれば試合の流れを持って行けるかもしれないと考えたからだ。
4球目、厳しく外をついたボールは外れてカウント2ボール、ツーストライク。
─外を2球、次は内にストレートでカウントを取りに行きましょう
キャッチャーのサインに首を振る、ピッチャーとしてはここまでカーブを連投してきたため腕の振りが良くはなっている、だからキャッチャーもストレートを要求したのだが丹波は投手としての感でストレートを投げるのを拒んでいた。
本人も一年を威圧するために比較的多くのカーブを投げる予定であったが雨宮瑠偉には見事に捉えられた、2番打者は簡単に抑えられたものの見せ球として投げただけであって打者を抑える目的では投げていない。
虹稀は自分が今の段階でエースの球を山を張らずに打てるほど優れたバッターではないことを理解している、絞っていた球種はストレート、コースは内角だった。
それを察してか丹波は一旦間をとってバックに声をかけてバッターへと集中する。
いくら嫌な予感がするとはいえ相手はまだ一年、力と技術は勝っているし気持ちでも負けると思わない、それに背番号1を背負っている投手として下級生相手に逃げるわけにはいかなかった。
虹稀に投げたストレートはインコース、少しだけ高めに浮いたが球威充分の球だった。
─来た!
当然虹稀も山を張ったボールを見逃さない、狙い澄ました場所に来たボールにバットを素直に出し叩きつける。
快音は響かない、しかしバットの根元に当たるも虹稀は迷いなく振り切った。
舞い上がった打球は丹波の頭を越えた。
センターは前進し、ショートとセカンドは後退する。
「バックホーム!」
完全に打ち取ったあたりだった。
丹波の気迫と球威が完全に勝っていたが、運だけは虹稀が勝っていたのかもしれない。
フラフラっと上がったボールはセカンドベース後方にポトリと落ちた。
ギリギリまで判断を迫られた瑠偉はあの浅い打球ではタッチアップは不可能だと判断してハーフウェイを取る、打球が落ちたのを確認すると快足を飛ばして勢いよくホームベースを踏みつけた。
「「「ナイスバッティイイイン!!」」」
「「「ナイスラン!!」」」
たった2人でとった1点、OBもチームメイトも、2人のプレイヤーに惜しみ無い賛辞を浴びせていた。
これで流れが傾くかと思いきや、丹波は後続を2者連続三振にとり、流れに乗る1年チームのムードを完璧に断ち切った。
浮かない顔でマウンドからベンチへと戻る、片岡監督は、丹波へ一軍へ戻るように告げる、丹波は納得がいかなかったようでもう一回投げさせてもらおうと抗議するが片岡監督は、理由を述べた上で丹波を説得した
その裏、1年生から一点とられたお返しなのか、必死にアピールしようとしたのか定かではないが一気に8点をとられ2死1、3塁のまま50球ほど投げ続けた東条は、自らマウンドを降りた、そして次にマウンドへ上がったのはセンターから引き締まった表情でマウンドへ向かう虹稀だ。
【ピッチャーの東条君に変わりまして、山元君センターへ林くんが入ります、3番ピッチャー山元君、2番センター林君】
迎える打者は前の打席でレフト方向にホームランを放っている好調の増子。
本来ならば青道高校のクリーンアップを打つ打者との対戦、当然燃えないわけがなかった。
―瑠偉はエースの決め球を打って盗塁決めて、しっかりと実力を示した。最悪でも2軍には上がるだろう、俺も置いて行かれる訳にはいかねぇ
手についたロージンを息を吹き掛けて落とす、燃える投資は内に秘め今日の調子を確かめながら7球だけある投球練習を始めた。
外野を守っていたこともあり肩は温まりきっていないが体は充分に温まっている。
2アウト1,3塁、増子の放つ強烈なプレッシャーを正面から受け止める、彼もまた1軍復帰を賭けて打席に臨んでいる最上級生の一人だ。
この打席に賭ける思いはこの試合に参加している誰よりも強い。
―ハハッ、流石だなぁ。打者相手に怖いなんて思ったのは初めてだ。でも負けるつもりは毛頭もない
緊張か、高揚か、虹稀の心臓がうるさいくらいに騒いでいる。
僅かな制球ミスが命取りになる場面、躊躇なくプレートを踏んで足を上げる。
本人は気付いていないかもしれない、けれどもこの場面で虹稀は確かに笑っていた。