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「やあやあ、親愛なる後輩ちゃん。なにか収穫はあったかい?」
「その……ライン返ってこないんですよ。既読無視ならともかく未読のままで……」
「あ~、そういや虹稀はラインあんまり返さないからね。本人曰く『5分で済む会話を1日かけてするツール』って言っていたし、電話すれば出ると思うけど」
「で、電話ですか!?でも山元センパイ忙しそうだし、ラインも返してくれないし」
「はいはーい!山元センパイでーす!山元センパイはライン返しているしこうやって電話もしているよ?」
「奏虹さんの事じゃないです!え、と。……虹稀センパイのことです」
「私と話すだけなのにそれじゃあ先が思いやられるなぁ。ま、がんばりなよ。今日はきっと出てくれるはず……なんでわかるかって?ん~、私は虹稀のお姉ちゃんだからかな?」
「いつも思うんですけど奏虹さんって悩み事なさそうですよね……」
「あははっ、虹稀にも同じこと言われたなー。ともかく夜も遅いし今日は寝よっか、頑張ってね後輩ちゃん、私は応援しているよ」
1
優れたピッチャーと精密機械は似通ったものであると言えるかもしれない。
マウンドからホームベースまで18.44m、マウンドからキャッチャーミットまでの約19mに静止した後、そこから打者を打ち取るべく球をマウンド独自の傾斜だけを発条として体全体を使って投げなければいけないのだから。
その体の使い方は非常に難しく、力の伝達一つとってもそこには確かに持って生まれた天性のものが存在し、指先の僅かな感覚を一つとっても持たざる者と持っているものの差は非常に大きい。
確かに、努力で得られるかもしれないがある程度のレベルまでしか到達できない。
自分自身が納得がいったとしても、実戦で使えるかどうかは全く別の話であるしチームの勝利に貢献するために一番ボールを持っている選手なのだから過程や中身など見える筈もなく、結果だけが全てを物語るのだから。
豪速球、変化球、それらのボールに同じ性質を持つ球は一球もない、僅かなズレ、コンマ何秒の世界でいい球と悪い球とに分類される、この僅かなズレと状況が見事に噛み合ってしまえば決定的な勝利の要因ともなりえるし、そうでなければ僅か一球で全部台無しになってしまうほどにこのポジションの責任は重たい。
プレートを踏み、静止し、足をあげ、全身を駆使して投げるのだから僅かなズレが大きなズレへと導かれてゆく。
そして一番修正が難しいといわれるオーバースロー、投法では直球の速度が出やすく、また、腕の角度が上向きであるので、フォークボールやカーブのうち縦の回転が強いドロップと呼ばれた縦に変化する球種などが投げやすい。
何より体の軸が縦ということが特徴的だろう、比較的安定するサイドスローとは違い、オーバースローは安定しない、横の回転を縦方向に変換しなければならないし、踏み込みやリリースポイント、リズム、打者を確実に打ち取るための工夫はどのフォームでもするが、成長期真っ只中の虹稀にとって小さな成長は大きなズレを生み出し苦しめていた。
その日の体調、調子、その時のメンタル、少しの違いが絶不調を作り出すことも今まで以上に力を発揮させることも可能になる。
昨日投げていた球も投球練習中に1球しかいい感触が持てないこと、相手のバッターがチームのクリーンナップの一角であること、夏に繋がる道は今しかないということ、小さなプレッシャーは確実に虹稀を高揚させている原因の一つであるが、それと同時に蝕んでいた。
「プレイッ」
片岡 鉄心が始まりのコールを発する2アウト1・3塁、バッター増子。一回のミスでレギュラーを落とされたという彼の心に隙はない。現在3打数3安打、申し分ない成績を残し守備でも隙を見せなかった。
対照的に虹稀は数日前の球のキレはどこに行ったと疑いたくなるレベルでの投球に開き直りか苦笑いかは定かではないが笑うことで気持ちの安定化を図っていた。
体の変化、違和感を覚えており唯一の頼みは生命線であるコントロールと少しの期間で培った未完成な投球術のみ、力と力では明らかに虹稀の方が分が悪い、しかし頭脳戦ならばまだわからない。
準備中に気付き、投球練習で悟った今日の調子は最高時を10とするのなら6がいいところだろう、けれども虹稀は不適な笑みを崩さない。
─ストレートは伸びがいまいちないけれど、変化球はまだいける……まずは制御の効かないドロップをベース上に落とすか
─山元ちゃんはコントロールが抜群、らしいならファーストストライクを叩くまで
投じた1球、オーバースローから投げ込まれたドロップは増子にボールが浮いたような軌道を見せて大きく縦に割れた、ブレーキがかかったかのように鋭く落ちたドロップに増子は手が出なかった。
丹波の大きく縦に割れるものとは違い、浮き上がって鋭く沈む、と言う性質を持ったボールは全身を弓のように使い腕をしならせることによって生まれる鋭い振りから生まれた回転量の多さによるものだ。
「ボール!」
手が出なかったがベース上に落ちたドロップはボール球、内心舌打ちをし、虹稀苛立ったかのように演技をしマウンドを荒々しくならし始めた。
その間ファーストランナーがセカンドベースへと進塁するが仕方がないことなので気にはしなかった。
─これで初球ファーストストライクが取れずに苛ついていると思ってくれたらそれだけで十分だ、問題は次の球、今のカーブで視点を変えさせる事は出来たはずだ、なら同じコースにストレートか?
対して増子は虹稀の変化球のキレに焦りを覚えた、今のボールがストライクゾーンに入ってきたら…そんな考えが脳裏をよぎる、加えてまだ虹稀の投げる球の情報が少ないためにまだ形勢は増子に分が悪かった。
3打数3安打、その結果に満足はしていない、むしろその結果などはどうでもいいくらいに今目の前にいる山元虹稀という投手に打ち勝たなければならない。
たった一回のエラーで外された原因は前の打席での失敗を引きずっていたから、それなら目の前にあることに全力で挑み続ける、それが彼の出した決断だった。
─ったく、先輩も人が悪い…わざわざバットを短く持つなんてよ
─こい、山元ちゃん。次は打つ!
プレートを踏むが長い間が空き耐えかねた虹稀が牽制を挟んだ、呑まれそうになってしまった自分を落ち着けるために、そして…大きく息を吸って
「ツーアウト、ツーアウト!ここで抑えて勢いつけるぞ!」
叫んだ、何かを振り払うかのように
「「「「……お、おう!!!」」」」
「ハハハッ、ピッチャー楽に楽に!打たせてこーぜ!俺が守ってやるよ!」
瑠偉が外野から応える
「そうだ、俺たちに任せろ!」
「腕振って、腕振って!打たせてこー!」
「落ちついていこーぜ!」
「皆で守ろうぜ!」
次に守備についている面々がそれに続いた。
─バットを短く持った、強振せずにミートするのが狙いか。それなら届きにくくなったアウトローを責めるか?いや、もしそれが狙いで踏み込まれる可能性もある、踏み込んだ時のことも考えてインコースに投げるのも悪くはない
キャッチャーの構えたコースはアウトロー、確かに悪くはないリードだと思う。けれどもスイッチの入った虹稀の頭にはその考えが過るも無意識にプレートを外していた。
続く2球目、キャッチャーのサインはアウトロー、しかし虹稀は首を振る、次のサインも、その次のサインも首を振る、ようやく頷いたボールは内角高め、ホームベースとバッターボックスラインを掠めるギリギリのストレート。
2死2・3塁、カウント1ボールノーストライク
高く足をあげ右肩を下げる、腕は脱力し一旦キャッチャーから目を離した。
次に股関節で体重移動重心を後ろに残し左手で壁を作る。
思い切り左足で地面を踏みつけ、左腕を抱え込むように体に巻き込む、上体を傾けしなった腕から繰り出された渾身の4シーム
制球力、体の僅かな違いのなかとったこの行為はいいか悪いかで言えばいい。
正解か間違えかと言われれば何とも言えないこの行為は虹稀の覚悟をより強固にし、その結果
─いけ!
奇しくもその腕から放たれたのは、自信が投げれる最高の真っすぐだった。
寸分の狂いもなく、キャッチャーミットに吸い込まれていく、感触も抜群によくて虹稀は投げた瞬間に間違いなく空振りを取ったと確信したくらいに納得のいったボールだったのだが。
キィィイイイ………ン
金属バット特有のひときわ甲高い音が何なのか、虹稀は最初わからなかった。
あり得ない、そんなわけがあるわけがないと受け入れられずにマウンドで呆然と立ち尽くした。
打球は一直線に瑠偉の守っていたレフトまで弾丸のように飛んでいきグラブに納まったところでようやく直進を止める、深い所を守っていたレフトが捕球するのを見ずにスタートを切っていたランナーはホームに帰還するまでにはいかなかった。
ショートからボールを渡されてようやく結果を受け止めきれた虹稀はマウンドへボールを置くともみくちゃにされながらベンチに戻る。
ナイスピッチ、との賞賛の言葉をどこか他人事のように聞きながら虹稀はようやく自分がどれだけ己惚れていたのかに気付いた。
打たれたことのない、打たれる訳のない自慢の真っすぐはあと2・3㎜下を叩かれていたらスタンドまで間違いなく運ばれていただろう、それに加えバットを短く持ってもあれだけの打球を飛ばされたのだ。
結果的に勝負には勝ったけれども、それでも、虹稀にとっては決定的な差があることを思い知らされた1打席だ。
この日、彼の成績は打者9人に対し四球0、被安打2自責点0三振3。
それが投手、山元虹稀が残した結果だった。
2
「片岡監督、こちらにいらっしゃいましたか。どうでした今日の試合は?まあスコア的には大敗でしたが、結構収穫もあったんじゃないですか?」
煙草を蒸かせた片岡鉄心を見つけた太田部長と高島礼は今日の試合を振り返って使える人材がいるかどうかの最終判断、また提案をしていた。
スコアは3対15と為す術もなく1年チームのが敗北したかのように見えるが1回2アウト1・3塁の場面を見事に切り抜けそのまま8点差の2,3回を0点でぴしゃりと占めた虹稀の投球は大きく目立った。
「まず、複数のポジションを転々としていましたが唯一1年でフル出場した雨宮瑠偉、あの降谷の球も難なくとっていましたし、盗塁も刺した、本職じゃないポジションを器用にこなせるセンスと天才的なバッティング、あの野球センスは本物です。それに2回と3分の1回を無失点で抑えた山元虹稀、2打数1安打と打撃も悪くはないですし、彼らは1軍でも十分にプレーできると思います」
高島礼は自分が推薦で入学させたお気に入りの選手が期待以上の働きをしたので内心喜びながら高らかに報告する、虹稀は予想よりもいいくらいの結果がったが瑠偉に関してはそれ以上だった。
丹波からは3打数2安打1HR、川上からは2打数1安打と猛打賞を記録し、盗塁も3つ決めた、複数のポジションをこなせるセンスの高さもあり、夏の大会では本人が望んだようにスタメンになれる可能性も見えてきた。
青道高校は現状レフトとライトが固定メンバーでないためその枠に入るチャンスは大いになる。
「あの小柄なセカンド……3年の小湊の弟のようですね、道理でプレーが瓜二つだ。それに四球やフィールディングに荒さが目立ちましたが2回を1失点5奪三振で抑えた降谷暁「明日勝てば、関東大会でデビューさせるつもりだ」」
「え!?降谷をですか?」
「あの浮かび上がると錯覚するほど威力のある高めの剛速球……あれを打てる打者は全国にもそうはいまい。それと山元虹稀……腕のしなり、天性の肩の強さは惚れ惚れするほどだ。球の切れ、伸び、変化球の絶妙な使い方、どれをとっても3年の平均には達している。だが、それだけで抑えられるほど甘くはないのを知ってもらうために中盤、3イニングほど任せてみる。場合によっては降谷と丹波か、山元と丹波か、それとも降谷と山元になるかわからないがこの3人を軸にしていくつもりだ」
片岡鉄心の考えでは虹稀はあくまで足りないものを気付かせるために登板させると言ったところ、今のままでもそこそこやれるが、彼にはそこそこのレベル以上のものを求めたいという思いもあった。
「……沢村君は使えそうですか?」
唐突に高島礼が切り出した。
「沢村!?あの子は増子に打たれてたじゃないですか!」
太田部長は驚いた様子で反論する、沢村は確かに一番多いイニングを投げたが結果はあまりよくは無いものだったからだ。
「しかし、降谷君も増子君に打たれています。野手の間に落ちる不運なヒット、本人のフィールディングも含め結果3点取られましたが、まともに打たれたのは増子君の1発だけでしたよ……打高投低、ウエイトトレーニングやサーキットトレーニングの普及でパワー野球全盛の現代高校野球において、左のムービングボーラーは貴重な存在かと」
しかし、まだ太田部長は沢村を認めてはいない、それに沢村よりも目を見張る選手が何人もいたからだ、それに高島礼は推薦で獲ってきた選手をひいきする傾向(とは言っても大抵は優れたプレイヤーであるため認めざるを得ない)があるのでそれを盾に切り返す。
「た・・・・・・確かにウチは左投手が不足しているが……」
その間に割って入るかのように片岡鉄心は間に入った。
「馬鹿正直な真っ向勝負にセットプレーやカバーリングの未熟さ、今のままじゃ正直使えんな……だが、おそらく誰にでも教わっていないであろうあの豪快なフォームに、ギリギリまで球の出どころを見えなくする柔軟な関節。原石のデカさだけで言えば、山元と同レベルかもしれん……とりあえず降谷、山元は1軍、雨宮。小湊と沢村は2軍で経験を積ませる」
そうまとめられると2人は納得するしかなかった、投手陣は1軍で登板、野手は2軍で試合経験を積ませるという考えだった。
沢村に至っては、先ずは野球から勉強してもらわないと話にならないがそれでも未知数の戦力として期待していたのだ。
「夏の本選まであと2か月、最後にマウンドに立っているのは誰になるかな」
状況は好ましくない。
いくら点を取ってもそれを上回る点を取られたら勝てないスポーツなのだから投手陣が不安定な今では勝ち上がるのが難しいのだ。
しかし、ようやく期待できる投手が、片岡鉄心の望むエースと言う存在が現れようとしている。
期待もある、不安もある、当てが外れればそれこそ甲子園なんて夢物語だ。
それでも、自分の目に狂いはないと、真後ろで見ていた衝撃を受けた自分を信じてこの夏を闘っていくしかないんだと覚悟を決めた。
3
がむしゃらに走って、走って、劣等感も敗北感も頭から離そうとすればするほどその苦い記憶は焦げ付いて離れない、脚は軽く攣り痙攣をしているがそれでも走るのを止めなかった。
立ち止まってしまえば、途端に心が折れてしまいそうでただただ足を動かして何も考えないと、忘れようとしたけれど、結局何も忘れられずに疲労と時間だけが過ぎ去っていく。
虹稀が走り終わったのは、終わらせられたのは降谷の球を捕り終えてバットを振るために歩いていたら生まれたての小鹿のように震えながら走っている姿を御幸が偶然にも見つけたからだ。
「なっ、お前何時から走ってるんだ!?それに試合の後だぞ!少しは体を休めろ!」
「でも……「でももくそもあるか!お前が戦力として見られている以上俺は正捕手として勝手は許さねぇ!」」
もし御幸が見つけなければ虹稀を捜索するために総員で出向いていただろう。
疲労しきって膝はガクガク、息は絶え絶えの虹稀を無理やり浴場へ押し込んで30分ほど集中してバットを振り込むと早めに部屋に戻る。
交わした言葉は少ないけれど、1軍に上がったというのに悔しさをにじませて走り込む姿には流石に危うさを感じていた、戦力として見られているのもあるのかここで過剰な練習で壊れてしまっては堪らないという考えなのか部屋にて虹稀を待っていた。
御幸が部屋に戻った3分後にようやく虹稀が部屋へと戻ってくる、御幸の叱責が効いたのか大人しくストレッチをして体をほぐしている。
暫く気まずい沈黙が続くと、虹稀は重い口を開いた。
「一也さん、さっきは、その……ありがとうございました」
御幸に止められていなければ気付かずに体のどこかを痛めていたのかもしれないし、あのままみんなに迷惑をかけてしまっていただろうと思うと未然に止めてくれた御幸には感謝しなければいけなかった。
「ったく、何がそんなに気に入らないんだ?1軍に上がったんだ、文句はないだろ。何がそこまで悔しいんだよ」
あくまで御幸は平静を装うが、ぶっきらぼうに問いかける、気まずいと言えば気まずいが、雰囲気的に明るく装うことが出来なかったからだ。
虹稀は唇を噛むような仕草を見せると
「……降谷の球を見てっ、敵わないんじゃないかって思ってしまいました。瑠偉のプレーを見て、天才ってこういうやつのこと言うんだなって、己惚れていた自分が、恥ずかしくなって……でも、認めたくなくて……」
決して涙は見せないが、震えた声で絞り出した言葉を聞いて御幸は少しだけ虹稀のことが分かったような気がした。
沢村にしろ降谷にしろ自己主張はきちんと口でするが、虹稀はそれを今までしなかった、だから解らなかったが今ようやく、御幸は虹稀が根っからの投手だと理解する。
─なるほど、口には出さなくて表情にも変わりはないけど、相当な負けず嫌いなのか……、まあ投手らしい負けん気の強さなのはいいけど、こういうタイプは限界まで抱え込むから難しい
「確かにお前は降谷のような剛速球を投げることは難しいだろうし、雨宮みたいな凄ぇ野手にはなれない。けどな、そこで競い合うんじゃ一生かかっても降谷にも、雨宮にも勝てねぇよ、お前はお前らしさを伸ばせ」
それ以上に、御幸は何も言えない、自分らしさというのは自分自身が決めることだ。
制球力が素晴らしいのは確かだがそれだけに収まるような選手でないと期待しているからでもある。
「自分らしさ、ですか」
「答えは自分で探すんだな……それじゃあゆっくり休めよ」
「一也さん、ありが……明日からよろしくお願いします」
虹稀に考える時間をつくるため、もう無茶をすることがないだろうと確信し日課の素振りをこなすためにバットを持って部屋を出た。
しかし、これが序の口であるという事を御幸が知るのはもう少しだけ後になる。
~余談~
3/28
『先輩、私です!』
『高校でも頑張ってください、応援しています!』
【うん、頑張るよ。ありがとう】
【そっちも大変だろうけれど、野球大変だと思うけど頑張って】
4/8
『先輩、最近調子はどうですか?』
『私たちは先輩達がいなくなってなんだか締まらない日々が続いています』
『私も最上級生の1人なので先輩みたく頑張っていきます!』
4/15
『先輩、元気ですか?』
『今日は練習試合でした、先輩がマウンドにいない試合ってなんだか新鮮です』
『私はやっとヒットが打てました!先輩と一緒に野球している時に見せたかったです!』
『こんなところで私の近況報告は終わります。それではおやすみなさい』
4/22
『センパイ、お疲れ様です!』
『寮生活はどうですか?やっぱり大変なんでしょうか?私はとてもじゃないけど寮生活なんて無理な人なので考えるだけで恐ろしいです……』
『でも、先輩ならすぐ適応しちゃいそうですけどね』
『返信、たまにでいいので返してくれると嬉しいです。頑張ってください』
4/29
『不在着信』
『虹稀先輩、もしお時間あれば少しお話しませんか?』
「なんて、既読すらついていないのに夢のまた夢の話だよね」
私は、週に一度だけ送っているセンパイのラインの画面を眺めている。
3月に初めて連絡先を交換した時からまだ一度しか返信が来ていなくて、4月に至っては既読すらつかないし、忙しいのは分かっているんだけれどやっぱり悲しいというのが本音です。
私とセンパイの関係は結局のところ、ただの先輩と後輩という関係で、それ以上でもそれ以下でもなく、先輩が学校を卒業した時点でセンパイとの関係は、センパイと私との関係は完全な一方通行になっていたのかもしれません。
こんな風に画面を見続けていても何かが変わるわけがないのに、今日も一日中練習試合で、週末の課題を何とか終わらせて待っていたけれども結局今週も何も変わらない画面を眺めるだけで終わってしまう。
今日もやっぱり何もなくて、私は「なんて、冗談です。体を大事にして頑張ってくださいね」と打ち終えて送信する寸前。
眠ろうとしていたその時、私は目を疑うような状況に陥り少しだけパニックになってしまいました。
【返信返してなくてごめん、今なら少し話せるけど……】
あまりにも突然のことで、あまりにも嬉しくて、現実だってなかなか受け止めきれずに心臓はとびでそうで、何度も何度も画面を見てこれは夢じゃないってことを確認していました。
【と言うか時間的に寝ているね、俺はまぁ何とかやっていけているよ。運よく1軍に上がれてこれからが本番だけど、夏の大会までがむしゃらにしがみ付いていきたいと思う】
【応援ありがとう】
そんな通知を見ると、反射的に通話ボタンを押して電話をかけていました。
コミカルな音が1回、2回となる間は凄く時間が長くて、これを逃したら多分しばらくはこういう機会なんてないのだろうと思っていたのもあり、変な汗が自分でも驚くぐらいに噴出していたのです。
「あ、はいはーい。お久しぶり、その、元気だった?」
「あ、えと、こんばんは!もちろん元気です!」
「そうか、そりゃよかった。後輩ちゃんが元気で良かったよ、俺は、ちょっと色々あって気分は良くなかったけれど、君の声で元気が出てきた」
「センパ……センパイでも気分が落ち込むことってあったんですね、いつも冷静で世の中見下したような感じか楽しそうに野球しているのしか印象がなかったので驚きです。それにいつまで後輩ちゃんで通すんですか!?私はもう後輩じゃないんですよ」
「それもそうか、そういう光ちゃんは俺のことを先輩呼びしているけどそれはどうなのかな?」
「うぅっ……じゃあ、虹稀センパイで」
「先輩じゃないはずだけど?」
「虹稀……さん、で」
「まあ、どうでもいいんだけどね」
「どうでも!?」
久々に話した先輩と、野球以外のどうでもいい話を出来るなんて思っていなかったし(結局野球の話だったけれど……)、名前で呼んでくれるなんて思ってもいなかったので私としてはとてもうれしい時間でした。
虹稀さんは初めて壁と言うやつにぶつかったらしく(虹稀さんでも挫折とかそういう経験を味わうことがあるんだなと驚きました)、少しだけこの人も人間なんだなぁと実感がわきました。
こうやって話せることはなかなか難しいことだけれど、返信はなるべく返すと虹稀さんから約束してくれたので、これからはもうちょっと遠慮なしに連絡しようと思っています。
もうすぐ5月になります、湿気の多いジメジメした時期が私は少し嫌いだったけれど、階段ダッシュとか、階段手押し車が多い季節は嫌いだけど、少しだけ頑張れそうです。
年末にこの作品を読んでいただきありがとうございます、よいお年をお迎えください。
余談は後輩ちゃんの名前を出したかっただけです、変な下りをいれてしまい申し訳ないです……
彼女の本名は橘 光《たちばな ひかり》ということになります。
ちょくちょくだしていこうとは思いますがヒロインかどうかは未定です。
感想やご指摘、アドバイス等どんどん送ってきてくれると嬉しいです!