もうじき夏の大会に入ります、真逆の季節ですが読んでいて熱くなるような寒さに負けないような文章が書きたいです。
1
決して、間違うことは無く、間違えるはずもなく、悪くないボールだった。
ベストではないけれどベター、良いか悪いかで言えば絶対に良いと思った出来栄えの球が、あれほど簡単に真芯で捉えられ、あっという間に視界から消えていくのは山元虹稀にとっても初めての経験だ。
調子の善し悪しなんて言い訳にしかならないけれど、この時ばかりは自分でもかなり調子がいい時だと感じていたのもあって、誤魔化すことさえ出来ない。
それが一度ならず二度も三度も続いたのだから偶然やまぐれなんて事象ではなくてその事実が今の自分が高校では通用しないことを何よりも確かに物語っていた。
最後にマウンドを降りる前に、投じた一球。
どこまでも飛んでいくのではないか、と疑いたくなるほど高く大きく舞い上がった白球の行方を、ベースカバーなどは考えずただ茫然と見送る。
一也さんがタイムをとりこちらへ向かってくる、他の内野手の先輩たちから声を掛けられるけれど何も入ってこない。
冷たく、雪原のように真っ白な頭と身体とは対象に熱くなり始めた太陽がベンチへ戻るまでの間、重たくのしかかった。
1回2/3を投げて四死球1、被安打3、自責点4最後は満塁ホームランを叩き込まれる。対して6人連続奪三振とこの日衝撃的なインパクトを残した降谷暁。
その姿を虹稀はマウンドを降りた代わりについたレフトからその背中をただ見つめていた。
彼とは正反対の成績を残したままマウンドを降りることになった山元虹稀は、目もくらむような眩しい才能に圧し潰される寸前だった。
モノが違うと、認めてしまうほどに、自分が飛びぬけてすごいわけではなく上には上がいると明確にわからされてしまい、心にひびが入ってしまった瞬間だ。
けれども、初めての完全敗北、挫折というものは山元虹稀が成長してゆく過程の中で必然と約束されていたのかもしれない。
このまま這い上がるか、そのまま負けを認めるか。
それは山元虹稀次第だ。
そこから立ち上がり、這い上がれるのなら彼は確かにエースナンバーを背負う資格を手にしているだろう。
2
「……4点は取られはしたがお前は3ランホームランを打っている。その点では帳尻合わせをすることは出来るが、俺ははっきり言おうと思う。お前のためにもな」
純粋に投手としてではなく、野球選手としての総合力を期待され1軍に入った虹稀は打ち込まれた試合の後クリスのもとでの調整を余儀なくされていた。
結果が全ての高校野球、どれだけ頑張ったか、どれだけ努力したのかは確かに大事なことではあるけれども一度負ければそこで夏が終わってしまう彼らにとって結果が出なかった言い訳などする事は出来ない。
「はい、慰めや気遣いなんて一切いりません。僕は……俺は、どうすれば、いいんでしょうか?」
虹稀は思わず崩した言葉遣いを修正することは無く、珍しく感情的になっていた。
焦りか、劣等感か、それとも両方か。
クリスにとってはほとんどタメで尚且つバチバチに敵対している後輩(沢村)がいるため後期の些細な言葉遣いに気にすることは無かったがその姿勢に危うさを覚えた。
落ち着かせるために一つ質問を投げかける。
「そうだな、じゃあ一つ質問だ。なぜおまえの球はあんなにも真芯で捉えられたと思う?決して甘いコースにあれだけ球が集中していたわけでもないだろう、調子も悪くはなかった筈だ」
「多分、球質の問題だと思います。キレが、伸びが、重さが僕の球にはなかったんだと思います」
それなりに考えてはきたのだろう、すぐに答えは出てくる、しかし捕手目線で試合を見ていたクリスにとってはまだまだ不十分な回答だった。
「そうだな、間違ってはいない。ではなぜそのような事態が起こったのか、説明してみせろ」
思考を活性化させることによって焦りを緩和させるのが狙いだった。
今度は少し長い間を開けて虹稀は答えを出した。
「僕の球は、多分…………今の時期の選手にとって打ちやすい速度だから」
クリスは一人称が僕となっていることを確認すると虹稀の頭がようやくいつもの調子に戻ったのだと判断する、関わった期間は短いが虹稀は恐ろしく理想が高い、丹波の下位互換とは言えども1年のこの時期にそのレベルに達していれば大したものだと評価はしている。
「まぁ半分正解だ、ではヒントだ。なぜ初登板であるお前があんなにも早く、初っ端から叩かれたのかよく考えてみろ」
「……それは、既に対応済みだったから」
丹波光一郎という投手と山元虹稀という投手は非常によく似ていた、片岡監督はこれを踏まえたうえで丹波が相手打線に捕まった後に虹稀を送り出したのにもこのような理由がある。
制球という点では虹稀に分があるかもしれないが、身長による角度や球速、変化球等々ほとんどは丹波が上回っている。
制球がいいのは間違いないが突出してよいわけではない、それ故綺麗にまとまった山元虹稀という投手は現時点では丹波光一郎という投手の下位互換でしかない。
「正解だ、やはり話が早いと助かる。……ああ、こちらの話だ、気にしないでくれ。さて本題に入ろう、これからどうすればいいか、という問いに対する答えだが…………知らん」
「……確かに」
クリスの意見は最もだ、これからどうすればいいかなんて無責任なことは答えられないし捕手の自分が投手にアドバイスしたところで成功すればいいかはわからない、それにどうするかを自分で決めなければならないのは虹稀自身もよく分かっていると思っているからだ。
「俺はお前ではないし投手でもない、詳しいアドバイスは出来ん。それに、今は打者としての方での起用も考えられているだろう、とりあえず今は1軍で出来ることを探せ。今のままじゃせいぜい余裕のある試合での中継ぎでしか登板機会はないだろう。今アドバイスできることはしっかりと身体を作り総合力の底上げを計れ。あとは監督にでも聞くんだな」
だが、クリスは見誤っていた。
山元虹稀という投手の本質を短い期間で見抜くのは言葉の自己主張の激しい方ではないので見破るのは難しいことではあるが、それでも被っていた羊の皮にまんまと騙されていたのだ。
「そうですね、甲子園準優勝投手ですし。お忙しいところすいません、リハビリ頑張ってください」
礼儀正しく、品行方正、普段の虹稀の人格という点ではそれは確かに間違ってはいないだろう。
幼少期から受けていた教育という事も関係しているとは思うがまだプレイヤーとしての側面を分かってはいないばかりにクリスにはこの後の虹稀の行動は予想外であった。
しかし、あまりにも模範的過ぎる良い子であるよりも本質の方が一人の捕手として腑に落ちるけれども、だからこそ沢村よりも降谷よりも手のかかる後輩になることをこの時はまだ予想だにしていなかった。
「ああ、お前も怪我だけには気を付けて頑張れよ」
今のところ手のかからない、随分と落ち着いて大人しい後輩をから見送られクリスは父親の待つジムへと足を運ぶ。
しばらく歩いて直感に近い胸騒ぎがした、少しだけ後ろを振り返ると頼もしく見えた後輩の後姿がとても脆く、危ういものに感じてしまう。
決して誰にも見せない、見せたことのない虹稀の表情が表れているようでクリスの目には酷く脆弱な姿が映っていた。
3
湿気の多い季節がようやく終わりそうだ、ジメジメした暑さからカラッとした暑さに変わったけれども相変わらず夜風は気持ちがいいくらいに冷たくて心地が良い。
風が生暖かく、まどろっこしくなってくる頃には3年生の先輩たちがもしかしたら引退していると考えると少しだけ夏が来るのが億劫になってしまう。
青道高校は甲子園が遠ざかっているとはいえ列記とした強豪校だ、だからというか、先輩後輩の関係は非常に厳しくてある程度色々されることは覚悟していたことだけど、思った以上に俺が関わっている先輩たちは優しかった、というより年齢なんて関係なく一人のプレイヤーとして見てくれているのかもしれない。
先に上に行った虹稀を追うように必死で結果を残したかいもあってか俺はようやく1軍に入ることが出来た、代打や代走、守備だけといった起用法が多いけれど最近は2試合目であれば外野手として先発で試合に出ることも少なくない。
まぁ順当というか妥当というか、それなりの結果は残し続けているしそれなりの練習もしているから当たり前と言えば当たり前のことなんだけれど。
とにかく、宣言通りに事が運べて運が良かったと言えばそうなるだろう。
一人だったら、誰もいなければこうして泥臭く頑張ることもせず順当に先輩たちがいなくなるのを待っていたかもしれない、けれどそれをしなかったのは、させなかったのは、いつだって一歩前に虹稀がいたからだ。
ポジション的な問題もあるかもしれないけれど投手である虹稀と降谷は先に一軍に上がった、公式戦で二人とも登板するけど結果は正反対、三振の山を築いた降谷とは違い満塁ホームランを叩き込まれ途中降板した虹稀は、初めての壁にぶつかっていたようだ。
言っては悪いがきっとどこかでこうなることは承知でいた、理由は単純明快で投げ方に問題がある。
俗に言うアーム式投法という投げ方に問題があった、今まで活躍できていたのは現段階ではストレートが早く、コントロールがずば抜けていたからだと思うけれど、やはり高校という舞台で強豪校にアーム式投法では通用しない。
前に投げていた丹波さんと非常に似ているという事もあって打ち込まれたんだろうけど、遅かれ早かれこうなることは正直分かっていた。
その中でフォームの改良に苦しみながらも投手としては最低限の仕事はしっかりとこなし、打者としても申し分ない実力を見せつけてくるんだからこっちも嫌になる。
打者としての能力は降谷に対しても同じことが言えるんだけれど。
それでも、こうなることが分かっていても山元虹稀という投手と一緒にここに飛び込んだのには一つの理由がある。
中学の時全国の舞台で対戦した時、本人は気付いていないだろうけれど虹稀はアーム式で投げてはいなかった、疲れによる本能的なものか、それともセンスが導き出した最良の回答か本人にもきっとわからないんだろうけど、余すことなく全エネルギーを生かして腕をしならせていたのだから。
初めての経験だった、たかが中学生のストレートに恐怖を抱いたのなんて後にも先にもあの時以外にそんな経験はない。
軟式ボールでバットを押し込まれたことなんてなかったし、投げるコースがどこか分かっていたのに前に飛ばせなかったのは今でも屈辱的だ。
予選から一人で投げ抜き、灼熱のマウンドで疲労の色を最初から残しながらも100球を軽く超えていたあの場面であのボールを投げれる化物みたいな奴、現時点では降谷の方が確かにすごいと思う。
けど絶対に、間違いなく、虹稀は一回りも二回りも大きく成長して夏までには戻ってくる。
フォーム改良なんてすればもっと時間はかかるはずだけど無意識のうちに出来ていたことなのだから少しコツを掴めば簡単だろう。
今日も今日とて死ぬんじゃないかなと思うくらい我武者羅にあいつは走っている、体格には恵まれていない虹稀にとってはとても大事なことではあると思うけれど正直俺も少しやりすぎだと思うくらいに酷くボロボロになりながらも、いつも死ぬ一歩手前くらいまで行くくらい。
努力が実るなんて保証はどこにもないけれど、きっとお前ならやれるって信じている。
そんな虹稀に負けないように、お前が走り終わって戻ってくるまでは絶対にバットを振り続けている、全てにおいて虹稀に負けたくなかったから。
お互いにフラフラだ、練習について行くのもやっとだし自主トレなんてやらずに本当は今すぐにでも体を休めたい、でも互いに負けたくないから意地を張り合っている。
こんな刺激的に初めての夏を迎えられるなんて想像していなかった、まさか同年代に虹稀意外にすごいやつがいるとは思わなかったし、こんなに必死になるなんて考えもしなかった。
やっぱり、俺が想定していたよりも遥かに高校野球のレベルの方が高かったってだけの話だけどな。
いつもより10分くらい遅い時間に虹稀は走るのを止め、酷使した体に活を入れて何事もなかったかのように、あくまで軽く散歩してきましたよと装い寮に戻る姿が見えた、今にも崩れ落ちそうな擬態の癖に様になっているのが苛つく。
自分が凄ェ奴だって思った男だってあれだけやっているんだ、自分が今まで築いてきたものだって3・4試合打てなければ何もかもが崩れ落ちる、ここまで来たなら後悔しないために俺も俺なりにやることをやるだけだ。
これまでに無いくらい振り込んだバットのせいで手は血豆だらけ、振る度に痛むし潰れそうだ(潰れたとろでノルマまでは絶対降り続けるけど)。
この痛みが成長の糧となる、なんて俗な考えをしている自分が馬鹿らしいけれどちょっとだけ悪くないなんて思ってしまうほどには感化されていた。
己惚れていた自分が恥ずかしい、エースになるといったものの実力不足とかそんなことではなく争う土俵にすら立っていなかった。
打者としても投手としても中途半端なままでは1軍にいることが申し訳ない。
今はとにかくできることを少しでも多く、人よりももっともっと練習して精度を上げる。
その上で更に効率的に要領よく努力をしないといけないと、そうしなければいけない。
上級生に交じり自分の納得いかない結果が出ていると思うがよくやっていると思う。
その理想の高さには感心するがそれがかえって自分追い詰めていないか?
お前の目標はなんだ?エースになることか?1軍に残ることか?
目的と手段を間違えるな。
それを履き違えているのならこの夏お前を戦力として見る事は出来ない。
自分自身が何を求められて1軍に上がったのかもう一度よく考えてみるのも大事だぞ。
野球ノート№1 山元虹稀 より抜粋
ベンチ入りメンバーは本当に悩みどころです、1年にオリキャラ2人入れたのはいいものをベンチに1年が5人は入るのもなぁといった感じで悩んでおります。
近々活動報告の方にアンケートを実施するかもしれないのでその時はコメント頂けるとありがたいです。