ViVid Infinity   作:希O望

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12/29 第一話を二つに分割しました。


第一話 出会いと始まり②

 外に出てみれば既に日が暮れ、大きな月と夜空が広がっていた。

 

 アインハルトはノーヴェたちに連れられて既に帰路に着いている。残ったのは三人のチビっ子とナカジマ家三人と双子、そしてウィズだ。

 

「あのっウィズ選手!」

 

 小学生たちは他の大人が責任を持って送り届けるというので、ウィズが遠慮せずにさっさと帰ろうとしたその時だった。

 

「なんだ?」

 

 未だに既視感を感じる金髪に紅と翠の虹彩異色の瞳を持つ少女に呼び止められる。

 

 彼女は幾分緊張した面持ちで制服のスカートをはためかせながらウィズの元に駆け寄り、結った髪を揺らしながら頭を下げた。

 

「さっきはアインハルトさんとの再戦を取り次いでいただいてありがとうございました!」

 

(きちんとお礼言えたり、取り次いでとかいただいてとか言葉遣いが小学生のレベルじゃないよな)

 

 思わず自分の小学生時代を振り返りそうになるが、彼女の足元にも及ばない捻くれ少年だったのですぐにやめた。

 

「別にいいさ、元々お前ら二人がメインの筈だったんだろうし、俺のがおまけだって」

 

 気にしなくていいと手を振る。謙遜しているわけではなく、事実元々は二人を引き合わせるための計画であったのは想像に難くない。

 

 そこに空気の読めていない部外者が入り込んだみたいで正直ウィズにとっては居心地が悪かった。

 

 結果的にもう一度関係を深める機会を用意できたのだし、あとはこの子次第だと考えている。

 

「そんなことないですよ! アインハルトさんとのスパーリング凄かったです。特に最後のフェイントからのカウンターとかあの一瞬であんな駆け引きができるなんて!」

 

「ああ、あれは別に難しいことしたわけじゃない。元からあいつ浮足立ってたし、あの時如何にも大技決めようと力んでたからな。出鼻を挫くように前に出てわざと大振りを見せてやれば焦って反撃してくるのは目に見えてたから……」

 

 キラキラと眩い程煌めく瞳が注がれていることに気付き、美少女に褒められ流暢になっていた口がはたと口ごもる。

 

「……まあそんな感じで引っ掛けただけさ」

 

「凄いです! 私は何もできずに終わってしまいましたし……でも来週の試合では精一杯頑張りますから!」

 

「お、おう、頑張れよ」

 

「はい!」

 

 満面の笑みでハキハキと返事をする姿に自分と違って教育が行き届いているのだと再確認する。

 

 笑顔を浮かべていたのも束の間、今度は一転して俯きモジモジと頬を赤らめ手を擦り合わせ何やら落ち着きが無くなっている。

 

 突然の表情の変化について行けず首を傾げるが、そんなウィズに向けて勢いよく顔を上げた。

 

「あの! ウィズ選手お願いがあるんですけど!」

 

「あ、ああ、なんだよ」

 

 ひどく緊張した表情で声は裏声まじりになり、何をお願いされるのかウィズにも緊張が伝達してくるほどだ。

 

 

「…………さ、サインくだしゃい!」

 

 

 空気が一瞬凍る。

 

『……噛んだ』

 

 今この場に居る全員が全く同じことを考えた瞬間だった。

 

「う、うぅぅ……」

 

 ここ一番で言葉を噛んでしまい恥ずかしさから顔を真っ赤に染め茹蛸のようになっている。

 

 彼はその姿を気まずげに見ながらも、可愛いと何しても可愛いなと単純に思っていた。

 

「……わかった、ペンと書くもの貸してくれ」

 

「あ、はい! ありがとうございます!」

 

 未だ顔の紅潮が収まらないまま、慌てた様子で学生鞄から女の子らしい装飾の入ったメモ張とペンを手渡される。

 

(つか、サインなんてそれほど欲しいもんかね)

 

 一刻ほど前に書いた別の少女たちのことも思い出しながら、サラサラと空いたページにサインを書きこんでいく。

 

 あっという間に書き終わり渡されたメモ帳を返そうとした時、違和感に気付いた。

 

 メモ張の下に別の四角いプレートのようなものがあることに気付いたのだ。

 

 思わずメモ帳をずらして確認してみれば、目の前の少女の顔写真や学年そして氏名が載った身分証つまり学生証のようだった。

 

「タカマチ、ヴィヴィオ……」

 

「え? あっ! すみません、慌てて余計なものまで……って私まだ自己紹介もしてなかったですね! ええと、あのぉ、高町ヴィヴィオです! 初等科4年生、10歳です!」

 

 わたわたと慌ただしい様子で謝ったり名乗ったりする少女に苦笑いを返しながらメモ帳と学生証を手渡す。

 

(たかまち……高町ね。あー……あー成程、思い出した。そういえばしつこく写真とか見せられたな……)

 

 そしてここに来てウィズはヴィヴィオに対する既視感の正体を看破する。

 

 モヤモヤしてスッキリしなかった心境が晴れやかになり、同時に世間とはかくも狭いものかとしみじみ感じていた。

 

(それにしてもあの砲撃魔の娘か、お母さんによろしくって伝えた方がいいのか? ……いや絶対面倒なことになるから黙っとこ)

 

 その時サインを書いたメモ張を大事そうに抱え、頭を下げる何も知らない少女の後ろから猛然と駆けてくる影が二つ。

 

「私、リオ・ウェズリーって言います! ヴィヴィオと同じ4年生です!」

 

「あ、あの、コロナ・ティミルです! よろしくお願いします!」

 

 ヴィヴィオに負けじと名乗ってきたチビッ子の圧力に顔をひきつらせながら、とりあえずよろしくとしか返せないウィズだった。

 

 残りのメンバーとも簡単な自己紹介を交わして、途中まで帰路を共にした後今日は解散となった。

 

 別れるまでの道中、好奇心旺盛な三人娘に質問攻めにあったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもウィズ君ってそんな有名な選手だったんだねー」

 

 スバルの能天気な声が車内にいる全員に届く。

 

 ティアナが運転する乗用車には現在、スバルにノーヴェそしてアインハルトが乗車していた。

 

 いつもの通り助手席に座ったスバルの言葉に後部座席のノーヴェが同意するように頷いた。

 

「ホントだぜ、まさか世界戦準優勝者とか、お前とんでもない相手に喧嘩売ったもんだな」

 

「ぐ、偶然ですっ。それに私はその世界戦というのがまだ上手く把握できていないんですが……」

 

 ノーヴェの隣で小さくなっていたアインハルトが自分の無知を恥じるようにさらに小さくなる。

 

「DSAA、公式魔法戦競技会主催のインターミドル・チャンピオンシップ。十代の魔法戦競技者が一度は夢見る世界最高峰の舞台さ」

 

「世界最高……」

 

「確か最終的に各管理世界の中から代表を決めて戦うことになるのよね?」

 

「テレビでも大々的に中継されるよねー」

 

 ノーヴェ達の言葉から段々と彼の凄さが理解できてきていた。

 

「そう、その世界代表戦で優勝しちまえば」

 

 ゴクリと無意識に喉が動く。

 

「文句無しの全次元世界最強の十代ってわけだ」

 

「……つまり準優勝した彼はこの次元世界の中で二番目に強い男性ということですね」

 

 もしもウィズがこの会話を聞いていたのなら間違いなく不機嫌になっていただろう言葉を何の悪気もなく発していた。

 

「まっ簡単に言えばそうなるな。インターミドルは都市本戦からテレビ中継されてるから動画なんて幾らでもあると思うぞ、ほら」

 

 デバイスから無線でネットに繋ぎ、動画サイトにアクセスすればわんさかウィズ関連の映像が検索でヒットする。

 

 都市本戦優勝を決めた右腕の一撃がピックアップされた動画、世界代表戦初戦で見せた神業の如きステップ、相手選手を場外に吹き飛ばした鮮烈なシーンの数々。

 

 それらの特集動画やノーカットの試合映像など探せば幾らでも出てきた。

 

 適当に再生した動画の中でも特に印象的なのがやはり右腕から放たれる豪打『インフィニットブロウ』。

 

 その威力は凄まじく、防御を固めた相手選手を防御の上から拳を捻じり込み巨体の選手を錐もみ回転させながら場外に吹き飛ばしている。

 

「うへーこりゃチビ共も大騒ぎするわな。男子の方はホントノーマークだったからなー」

 

 感嘆するノーヴェの隣で同じくその映像を見ていたアインハルトは、今までの人生の中で一番力を込めて歯を食いしばり膝に置いた手を握り締めた。

 

(私との試合では、一度も右手を使うそぶりを見せなかった……っ)

 

 思い出されるのはつい先程の練習試合、使われたのは左腕の方、右腕は全くと言っていい程攻撃に回していなかった。

 

 アインハルトの胸の中でこれまで経験したことのない感情が渦巻いている。

 

 ――悔しい。

 

 それは屈辱にも似た悔恨であり、自分自身への憤りでもあった。

 

 相手に全力を出してもらえなかった悔しさと相手に全力を出させなかった自分の不甲斐なさが混ざり合って、行き場のない激情が広がっていく。

 

(次こそは、私の全力を彼の全力にぶつけて見せる!)

 

 悔しさを胸に決意を新たにし、今はただ来週に向けて彼の試合映像を見続けるのだった。

 

 そんな後部座席から聞こえる会話や映像の音を聞きながらスバルが運転席のティアナに問いかける。

 

「ティアがウィズ君の名前を見たのってインターミドルのニュースとかだったんじゃない?」

 

「んー、そう……なのかしら」

 

(でも、やっぱりしっくり来ないのよねー)

 

 この日ティアナだけはどこか判然としない既視感に頭を悩ませ続けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあ今週の週末、この場所に13:00に集合な』

 

 後日すぐに位置情報と共に連絡が入り、ウィズは乗り気はしないながらも了承した。

 

 つくづく面倒なことになったと億劫な気分になりながらもこの一週間はいつも通り学校に通い鍛錬を続けて過ごした。

 

 インターミドルが終わってからここ数カ月代わり映えのない生活が続いていた筈だが、新年度に入ってからは彩りに満ちた出会いばかりだった。

 

 始まりは慣れた荒事からだったが、気づけば見目麗しい女性とばかり知り合いになっている。

 

 年頃の男子である彼にとってそれだけであれば不満を抱くはずもないが、あまり干渉されてトレーニングに集中できなくなるのはいただけなかった。

 

 例え美女美少女とお近づきになる機会があろうとも、自分の目標は変わらずただ一つなのだから。

 

 振り切るように拳が(くう)を穿つ。ロードワークの道すがら立ち寄った自然公園の草木が拳圧による烈風で激しく揺らぐ。

 

「……そろそろ時間か」

 

 気付けば既に時刻は正午を過ぎている。約束の日は今日で、時間があと少しだ。

 

 どこかで腹を満たしてからその足で行こうかと、歩を進めること数歩、ふと立ち止まって自らの状態を省みた。

 

 汗だくとまではいかないが、髪は濡れ下着は汗を吸って湿っていた。

 

「一旦帰って着替えとこ」

 

 これから会う人たちを想像して、身嗜みを整えたいと考えてしまうのも年頃の男子としては無理のないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そのせいか約束の時間よりも10分程遅れての到着となってしまった。

 

 指定された集合場所は人気のない廃棄区画の港湾埠頭で、昔は倉庫として使われていた煉瓦製の蔵が並び、立ち入り制限がかかる場所だ。

 

 今は管理局の救助隊などの訓練場所としても活用されているので、今回は関係者が多数いるおかげで簡単に許可が降りた。

 

 穏やかな波音とほのかに漂う潮の香りが感じられるとすぐに彼を呼ぶ声が耳に響いた。

 

「あ、ウィズさーん!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは鮮やかな虹彩異色の瞳と煌めく金色の髪の少女、ヴィヴィオである。

 

 先週と同じフード付きのジャージ姿で登場したウィズに向かって飛び上がる勢いで手を振る愛らしい姿に思わず頬が緩む。

 

(……ん? ウサギ?)

 

 緩んだがヴィヴィオの周辺をフワフワと浮いて漂っているウサギのぬいぐるみを視認し今度は困惑気味に顔が歪む。

 

 だが、今時の子供はああいうのが流行っているのかと愛玩具の一種であると判断し早々に考えるのをやめた。

 

 周りを見れば既に先日の練習試合の場に居た人物が集まっていて、残りはアインハルトと彼女を連れてくるであろうティアナとスバルだけだった。

 

「ちょっと、遅れました……」

 

「ああ、元々早めに集合時間を指定してたんだよ。だから気にしなくていいぞ」

 

 ノーヴェが言うように既に集まっていた女性たちを見ても咎めるような気配は何もなかった。

 

 そもそも主役のアインハルトがいない時点でウィズはそこまで責任を感じていたわけではなかったが。

 

 ウィズが一通り全員と挨拶を交わしていると、その主役が静かに現れた。

 

「アインハルト・ストラトス参りました」

 

 静かだが響く声の持ち主がティアナとスバルの同行の元、綺麗な立ち姿でじっと一点を見つめる。

 

 視線の先にいるのは憮然と腕を組んでいるこの場で唯一の男子にして先日彼女が負かされた相手である。

 

 一見顔色の伺えない無感情な面持ちだが、ウィズを見つめる青と紫の瞳には並々ならぬ思いがうねっていた。

 

 反対に強烈な視線をぶつけられたウィズの方はと言えば。

 

(参りましたって普通言わねえよな……やっぱ変わってるなぁ)

 

 至極どうでもいいことを考えていた。

 

「あのっ、アインハルトさん!」

 

 完全に蚊帳の外に置かれていたヴィヴィオが声を上げる。

 

「今日は来ていただいてありがとうございます!」

 

 律儀にお礼を言って頭を下げる姿に彼女の事を一切見ていなかったアインハルトが思わず申し訳なさそうに顔を歪ませる。

 

「それじゃあ、揃ったことだし早速始めるぞ」

 

 主役が揃ったのを確認したノーヴェが手を叩いて注目を集める。

 

 この廃倉庫でならば全力を出しても構わないと説明が入る横でウィズの目線はアインハルトやヴィヴィオといった面々に注がれている。

 

(どうでもいいけど、こいつら休日なのに制服なのな。他の小学生たちもそうだしこいつらの学校ではそういう教育方針なのか?)

 

 本当にどうでもいいことを考えていた。

 

「まずヴィヴィオとアインハルトの試合をして、次にアインハルトとウィズが戦う。アインハルトは連戦になるけど大丈夫なんだな?」

 

「はい、問題ありません」

 

 ある意味ヴィヴィオとの試合はウィズとの試合に影響しない程度のものだと捉えられかねない発言であるが、当のヴィヴィオは気にした様子はない。

 

 単純にそれだけ体力や意欲があるのだと解釈したヴィヴィオは浮遊していたウサギを手に取り表情に真剣さを滲ませる。

 

「では、私も最初から全力で行かせてもらいます。クリス、行くよ!」

 

 ウサギを掲げ、大きな声で高らかに叫んだ。

 

「セイクリッド・ハート、セット・アップ!」

 

 直後、彼女の足元には円形のミッドチルダ式魔法陣が浮かび上がり小さな身体が虹色の光で覆われる。

 

(あ、あのウサギってデバイスだったのか)

 

 玩具だとばかり思っていたぬいぐるみが金髪少女と光に包まれ一体となる光景に考えを改める。

 

 魔導士の杖であり相棒たるデバイスは様々な形状と性能を有し、ウィズのデバイスの『レッド』は腕輪型で一般的な型であると言える。

 

 それがまさかのぬいぐるみ型であり、男子には絶対に持てない代物だ。

 

 一際強く光が瞬くと、虹色の光が霧散し魔力の余波で土煙が舞う中そこに居たのは小さな少女ではなかった。

 

 幼く可憐な顔立ちから一転、凛々しく綺麗な大人の顔へと変わり背丈や体格はどう見ても成人女性の姿だった。

 

 ツーサイドアップに結われていた髪は側頭部で一房に纏めるサイドポニーになり、一層大人っぽさを醸し出している。

 

(変身魔法、この前のアインハルトと同じような感じか……しかし)

 

 変身魔法にも種類があるが彼女が行使したのは成長の先取り、つまり自分の将来の姿に魔法で変身したのだ。

 

 ヴィヴィオのそれは見た限り成人した時の自分を思い描き、形にしたようだった。

 

 確かに格闘技をやる上で体格やリーチの長さは子供のままよりも大人の方が圧倒的に有利ではある。

 

 しかし、ウィズが注目したのはそういう格闘技の利点などではなかった。

 

(バリアジャケットの格好もあれだが……でかっ)

 

 変身魔法と同時に戦闘用の防護服通称バリアジャケットも装着され、彼女の姿は平時とは全く変わっている。

 

 黒の全身タイツにも似た身体のラインがくっきり出るものを顔以外の全身を覆い、腰や胴回りには甲冑を纏っている。

 

 上半身には白を基調として所々青色の装飾が施されたジャケットが羽織られているが、前は留めずに全開になっていた。

 

 そして、上着の前は留めないのではなく留められないからと言わんばかりに強調された豊満な胸部。

 

 例えそれが偽物だとわかっていても思わず目が吸い寄せられてしまうのは年頃の男子として至極当然のことである。

 

 しかも金髪で巨乳という彼の好みとばっちり合致してしまったのならば尚のこと。

 

(――っと、相手は小学生相手は小学生)

 

 ただの男子であれば間抜けな顔でガン見していてもおかしくはないのだが、そこはプライドの高いウィズが許さない。

 

 周囲にばれない段階で早々に視線を切って、別の方へ顔を向ける。

 

 向き直した方向ではアインハルトが同様にバリアジャケットを展開させていた。

 

「――武装形態」

 

 ヴィヴィオとは違いこちらはデバイスなしでの魔法の行使だった。

 

 深碧色の魔力光が彼女の身体を覆い、一際強く光が明滅するとヴィヴィオ同様に変身魔法と強化魔法を組み合わせた姿へと変わる。

 

 ウィズが先日見た大人の姿であり、基本的に緑系統の色が好きなのか黒のアンダーシャツの上に緑と白の配色の上着、下は薄緑色のミニスカートを着ていた。

 

(いやスカートって、魔導士ならまだわかるが格闘家がスカートなのはおかしくないか? 女子の防護服は派手だって聞いてたが、こういうことなのか?)

 

 初めての邂逅時は夜中で落ち着いて見れる状況ではなかったため、今回改めて観察すれば色々と思うところがあった。

 

(オシャレに興味なさそうな感じでも、やっぱアイツも女子ってわけか……それに変身後の姿も)

 

 そしてよく見れば彼女の方もスタイルは抜群だ。生身の彼女からは想像もできないくらいにナイスバディであった。

 

 ウィズは変身後の姿に自分の願望も入っているのか興味が湧いたが、藪蛇を突くどころではないのでそっと胸の奥にしまった。

 

 観戦している小学生二人がアインハルトの変身魔法に沸き立つ中、対峙する二人の表情は真剣そのもので既に臨戦態勢に入っている。

 

「前回同様魔法無しの格闘オンリーで5分間一本勝負だ」

 

 その合間に立つ審判を務めるノーヴェが確認の意味を込めてルールを説明する。

 

 二人から特に異議が上がることもなく、それを見て取ったノーヴェが一回頷いて腕を上げた。

 

「準備はいいな? それじゃあ、試合――開始ッ!」

 

 開始の合図とともに両者が動きを見せることはなかった。

 

 互いに相手の出方を窺っているのか試合開始地点から一歩も動かずに見つめ合っている。

 

 しかし、その膠着もすぐに解ける。アインハルトがヴィヴィオに対して構えを取ると一息で相手との距離を狭めた。

 

 ヴィヴィオの目の前まで迫るとその勢いのまま拳を叩き込み、咄嗟に防いだヴィヴィオの顔が歪む。

 

 その隙を逃さずにアインハルトが矢継ぎ早に反対の拳を突き入れる。

 

「――ッ!」

 

 咄嗟に避けたヴィヴィオの頬を掠めるように鋭い打撃が顔の横を過ぎ去る。

 

 アインハルトの勢いは止まらない。ここでヴィヴィオを仕留めようと、反撃を許さぬ連打を与える。

 

 

 しかし――防ぐ。

 

 

 一度攻撃を躱した直後、抜群の反応神経でアインハルトの拳を腕でガードした。

 

 一発、二発と立て続けに放たれた左右の連撃を受け切り、大振り気味に振られた横振りの打撃を掻い潜るように躱した。

 

「はあっ!」

 

 懐に潜り込んだヴィヴィオががら空きのボディへ硬く握った拳を叩き入れる。

 

 鈍い打撃音が響くとアインハルトの身体が拳の勢いに押され、一瞬足が地面から離れ後方へ吹き飛ばされる。

 

 すかさず地に足を着かせ地面を滑りながらも態勢を立て直すが、上げられた顔には苦痛よりも困惑が前面に出ていた。

 

 ヴィヴィオの思わぬ反撃に驚いたのか、はたまた何か別に思うところがあったのかウィズには判断が付かなかった。

 

(それにしても本当によく動く)

 

 隙を逃すまいと猛追する金髪少女に対する素直な称賛であった。

 

 それを迎撃する碧銀の彼女はまだ戸惑いを完全に払拭しきれていない様子が見て取れる。

 

(こっちはなんか動揺してるみたいだが、地力で勝ってる分まだ分があるな)

 

 二人の実力差はアインハルトの方が年齢的にも実力的にも二歩三歩上に行っているというのがウィズの見解だ。

 

 アインハルトが確固とした戦闘スタイルがあるのに対し、ヴィヴィオの方はまだ定まりきっていない印象がある。

 

 それでも筋は悪くない。打撃はキレているし防御もうまい。

 

(あ、カウンター入った)

 

 そう思っている合間にも年下の少女が先輩の鋭い拳に対し、カウンターを綺麗に合わせていた。

 

 幾ら若干精神が不安定になっているからといって簡単にカウンターを取れる打撃ではなかったのだが、これを見事に決めた。

 

 自分のパンチ力も乗った一撃に思わず顔が苦痛に歪む。

 

 ヴィヴィオの活躍に友人二人を中心に沸き立つ中、それに応えるように彼女はアインハルトを追撃する。

 

 彼女が見せる練習試合とは思えない本気の気迫に戸惑いながらもアインハルトは繰り出される攻撃を弾き、受け止め、躱しそれ以降のクリーンヒットを許さない。

 

 更に躱しざまにヴィヴィオの胴体へ強烈な蹴りを放ち、大きく後ろに転倒させる。だが衝撃をいなし地面に手を着いた逆立ち状態から風を切る鋭い蹴打がアインハルトの顔面に正確に打ち込まれる。

 

 それを寸前で避けている合間にヴィヴィオは態勢を立て直し、再び相手へ畳みかける。

 

(お、いいぞ。実力はともかく流れはあの子に来てるな。このままアインハルトを負かしてくれれば俺的には次に戦わないでよくなるかもだから助かるんだが)

 

 ウィズの身勝手な思いなど知ったことではなく、二人は互いに拳の応酬が続き一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

 持ち直し始めたアインハルトの一撃の重さに押され始めたヴィヴィオだが簡単にはやられなかった。

 

 被弾が増えていき、ついには強力な打撃により後退を余儀なくされたが彼女の瞳の闘志は消えていない。

 

「あああぁっ!」

 

 気迫の籠った叫びと共に開いた距離を埋めるため脚に魔力を集中させ強靭な脚力を生み出した。

 

 その勢いのまま瞬時に魔力を拳へと移動させ、突撃の勢いをそのまま打撃の威力に乗せる。

 

「ぐぅっ!」

 

 咄嗟に両腕を重ね防御の姿勢を取るが、全体重と魔力が込められた拳はガードの上からでも凄まじい重さを感じた。

 

 苦悶の声が漏れ、思わぬ衝撃に地面を滑るようにして後方へと身体が吹き飛ばされる。

 

(おっと、これはもしかして行けるか――――あっ駄目だ)

 

 ヴィヴィオの強力な反撃に手前勝手な淡い期待を抱いた直後、崩される。

 

 アインハルトは即座に立て直すばかりか距離が開いたことにより“溜め”の時間を作り出した。

 

 その証拠に彼女の足元にはこの前に見た碧色のベルカ式魔法陣が展開され、右拳に魔力が集中する。

 

(大技が来るぞ、迂闊に突っ込むなよ、って突っ込んじまうかぁ)

 

 ヴィヴィオは相手の変化を判断する暇もなく止まらず、その勢いのまま追撃を掛ける。

 

 右の一撃が迫り来る最中、アインハルトが地面に接する足先から力を込め腕を振りかぶる。

 

「覇王――」

 

「はああぁっ!」

 

 振り抜かれるヴィヴィオの拳に被せるようにアインハルトの奥義が繰り出される。

 

「――断空拳!!」

 

 ヴィヴィオの拳を頬を掠めるようにして躱し、必殺の一撃が突き刺さる。

 

 高い魔力と武術による特殊なエネルギー運用法で練り上げられた右腕の打撃は岩をも砕く凶悪な威力を持っていた。

 

 それがカウンター気味に腹部へ叩き込まれ、ヴィヴィオは苦悶の表情で肺の空気を吐き出しながら背後の廃倉庫まで一直線に吹き飛ばされる。

 

 外壁諸共崩壊させて衝突したヴィヴィオは確認するまでもなく試合続行は不可能だろう。

 

「一本、そこまで!」

 

 ノーヴェの終了の合図と共に観戦していた友人や保護者たちがヴィヴィオの安否確認のために一斉に駆け出した。

 

 ウィズは遅れようにしてそれに準じながら、この次の展開に嫌気が差していた。

 

(やっぱ、戦わないとなんだよなぁ……)

 

 ため息を吐きたくなる衝動をぐっと堪えてとりあえず倒された少女の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うきゅぅ~~~」

 

 ものの見事に目を回して気絶したヴィヴィオだったが、その華奢な身体には傷一つ付いていない。

 

 バリアジャケットを装備していたことで身体中にシールドを纏っているようなものなので、その防御が抜かれなければ生身の身体に傷はできない。

 

 そして、抜かないよう加減してくれたのが対戦相手であるアインハルトの技量だった。

 

 リオとコロナを筆頭にヴィヴィオの関係者たちがアインハルトにお礼を言う中、ウィズは目を回す少女を見て思う。

 

(それにしても、気絶しても可愛いって反則だよな)

 

 そんなどうでもいいことを考えていた。

 

「い、いえ……ぁ」

 

 相手を昏倒させたにも関わらず感謝の言葉をもらったことに困惑と謙遜をしていたアインハルトであったが、ふらりと突如態勢を崩した。

 

 そのままバランスを崩し傍で佇んでいたティアナに寄りかかる様にして倒れ込む。

 

「あ、あれ?」

 

 自由の効かない自分の身体に少し混乱した様子で目を瞬かせている。

 

 寄りかかってしまった若き執務官相手に謝罪しながらも、思考の殆どは自身の変調に気を取られていた。

 

「いいのよ、気にしないで」

 

 ティアナの気遣いは有り難いがそのまま支えてもらうのも忍びなく、半ば意地で彼女から離れる。

 

「大丈夫……大、丈夫、です……あ」

 

 しかし、離れて束の間再び視界がブレて足元が覚束ない状態になる。

 

 またもやバランスを崩して倒れようとしたが、救急隊員の職業柄か見かねたスバルが揺れる少女を抱きとめ支える。

 

「よっと、大丈夫?」

 

「さっきラストに一発パンチが掠ってただろ? それが時間差で効いてきたんだよ」

 

「あっ」

 

 ノーヴェに指摘され思い返してみれば、確かに最後の一撃の際ヴィヴィオの拳が自分の頬を掠っていたのを思い出せた。

 

 頬というよりも顎の横辺りを掠ったのだろう。それで脳が揺らされ一時的に平衡感覚が失われてしまったのだ。

 

 改めてヴィヴィオの顔を見る。今までそれほど気に留めていなかった少女、自分勝手に期待し勝手に失望していた彼女の強さを無意識に認めていた。

 

 もう一度戦いたいと思ってしまった。

 

 例えそれが覇王としての彼女が望んだ相手ではなかったとしても、ただのアインハルトとして彼女と再戦を望んでいた。

 

 暫くして回復した足でいつも通り真っ直ぐと立ち、目を回しているヴィヴィオの元へ歩み寄る。

 

 彼女の傍でしゃがみ込み小さく細い手を握り囁くように本心からの自己紹介を改めて告げた。

 

「はじめまして、ヴィヴィオさん。アインハルト・ストラトスです」

 

「……いやそれ起きてる時に言ってやれよ」

 

「恥ずかしいから嫌です……」

 

 呆れ顔で告げられたノーヴェの言葉にアインハルトは頬を赤くして小さい声で答えた。

 

 面と向かって二度目の自己紹介は羞恥心と気まずさからやりづらいものがあった。

 

 未だに目を覚まさない少女をこのまま硬い木材の上で寝かせておくのも忍びないとアインハルトが思った直後。

 

「そんなとこに寝かせてるのもなんだから、どこか落ち着く場所に連れて行ったらどうだ?」

 

「はい、そうですね。では私が運び……待ってください」

 

 アインハルトの思考に被せるように囁かれたこの場で唯一の男性の声に待ったをかける。

 

「まだ貴方との試合が残っています、ウィズさん」

 

 忘れていたとは言わせないとばかりにふり返り先ほど誘導染みた言葉を発した少年に視線を配った。

 

 反対にウィズは苦い顔で明後日の方向を見ていてアインハルトと目を合わせようとしない。

 

「……ちぃ」

 

 あろうことか小さく舌打ちまでする始末。

 

(こ、この人は……っ)

 

 つい先程とは別の意味で頬が赤くなるのを自覚する。

 

 周囲でそのやりとりを聞いていた人たちからも呆れた視線がウィズに集中する。

 

「ダメージだってまだ残ってるんじゃないのか? 万全な状態でやりたいならまた後日にしても」

 

「いえ、心配には及びません」

 

 性懲りもなく試合を延期させようと告げてきた彼に対してアインハルトは毅然と返した。

 

 ふらつくこともなく綺麗に立ち上がり、その場で数回跳ね屈伸をして何の乱れもなく歩み寄る。

 

 ウィズの目の前まで進み、変身前では身長差が頭二つ以上離れているため見上げる形で彼を見遣る。

 

「この通りヴィヴィオさんから受けた損傷は既に回復しています」

 

「……まあ、そうだろうな」

 

 拳が僅かに掠っただけであり、何よりヴィヴィオのような軽い打撃では意識は断ち切れても身体の芯までダメージを与えるのは難しいとわかっていた。

 

 わかっていて聞くのだからこの男の試合を投げ出したい気持ちが透けて見える。

 

 それを感じ取ったのかアインハルトの眉が更に顰められる。

 

 二人の間に、主に彼女からだが、緊迫した空気が流れる。

 

「あー、じゃあこのまま続けて試合するってことでいいんだな?」

 

「はい是非」

 

「……」

 

 気まずげに問いかけてきたノーヴェの言葉にアインハルトが間髪入れずに肯定する。ウィズは否定も肯定もしない。

 

(いやホントにいい雰囲気だったろ、俺との試合よりも美少女同士が美しい友情を築くことの方が大事だと思うがな)

 

 これでも気を使ったのだと心の中で言い訳しているが、その根底には試合を有耶無耶にしたいという思いから来ているのは言うまでもない。

 

 しかし、こちらをジッと見上げてくる青と紫の瞳に根負けするようにして渋い顔で定位置につく。

 

 先にアインハルトが立っていた位置にウィズが、ヴィヴィオが居た場所にアインハルトが立つという先とは真逆の立ち位置となった。

 

「武装……」

 

 碧の魔力光に包まれ一度解いていたバリアジャケットを再度展開し、戦闘形態である大人の姿にも同時に変わる。

 

 顔立ちは大人びた成人前後のそれに変わるが、ウィズを射貫く瞳の強さと輝きは全く変わらない。

 

(……仕方ないやるしかないか)

 

 アインハルトが静かに構えるのを見て取り、ウィズも腕を上げて構えを取る。

 

 それを見てアインハルトの眉が寄り懐疑的な表情でウィズを見ていた。

 

「? ……なんだよ?」

 

 何故そんな疑惑に満ちた表情で見つめられなければならないのか意味がわからないウィズは思わず口に出していた。

 

「フォルシオンさん、防護服の着用をお願いします」

 

 彼の問いかけに対し彼女が凛とした表情と声で簡潔に答えられた。

 

 今度はウィズの眉が寄る。

 

「は? いや、一応これでも防護の魔法は掛けてるぞ」

 

 見た目はジャージ姿であるが、彼の全身を覆うように薄い膜状の防御魔法が展開されている。

 

 万全の防御とは言い難いが練習試合程度であればこれで十分だと判断していたのだ。

 

 しかし、それではアインハルトが納得しなかった。ゆっくりと首を振り、彼女は自身の気持ちをはっきりと吐露した。

 

「本気の貴方と戦いたいんです」

 

「……本気?」

 

「はい、貴方が昨年出場した大会の映像は全て拝見しました」

 

 えっ全部? と瞠目する少年の心情に気付いた様子もなくアインハルトは続ける。

 

「最後の決勝戦の映像も勿論見ました。私が力不足であることはわかっています、それでも本気の貴方と拳を合わせてみたいんです」

 

 お願いしますと気迫の籠った瞳で見つめられウィズは一度瞳を閉じて逡巡する。

 

「……わかった、レッド」

 

 小さくそう返すとジャージの右腕側の袖を捲り、手首に着けていた赤い腕輪に呼びかける。

 

 主人の呼びかけに対し腕輪型のデバイスは赤く光を点滅させて応える。

 

「セットアップ」

 

『イエスマスター、セットアップ』

 

 静かな起動命令へ同様に静かに応える愛機が一際大きく光を発する。

 

 その赤い光は一瞬でウィズの全身を覆い尽くし、光の中で彼の防護服を創造する。

 

(魔力が、大きいっ)

 

 対峙するアインハルトはウィズが纏う魔力の濃さに否が応にも気付かされる。

 

 肌で感じるピリピリとした感覚に今から相対する相手が強大であると改めて認識させられる。

 

 一瞬の思考の後、光が晴れウィズの姿が露わになる。

 

「あれ? あのバリアジャケット……」

 

「うん、ヴィヴィオもそうだけど私とティア、というか……」

 

 防護服を纏った彼の姿に真っ先に反応したのはティアナとスバルだった。

 

 彼女らのバリアジャケットとヴィヴィオのバリアジャケットの上着部分は酷似しているのだ。

 

 それは防護服の元となったある魔導士との接点が三人にあるためであり、突き詰めればウィズのジャケットは。

 

 

「「なのはさんに似てる?」」

 

 

 二人は思わず同時に連想した恩師の名を呟いていた。

 

 ウィズのバリアジャケットは至ってシンプル、黒のアンダーシャツとズボン、そして白を基調とした上着のジャケットを着込む形だ。

 

 その上着が先のヴィヴィオのジャケットにそっくりな形状をしており、違いと言えば前がしっかりと留められてる点だろう。

 

 どちらかが真似て作ったと思われても仕方がないほど酷似していた。

 

 しかし、相対する当の二人に関してはそれは些末なことである。

 

「ありがとうございます」

 

 自分の要望に彼が応えてくれたことに対し感謝の意を示し改めて構えるが、防護服を纏った少年は動きを見せない。

 

 怪訝な表情でウィズを見つめると、彼はこれまでにない程静かな表情でアインハルトを見遣った。

 

「……本当に本気でやっていいんだな?」

 

「はい、勿論です」

 

 静かに確認された言葉にすぐさま返事を返した。元よりそれが彼女の望みであるのだから当然だ。

 

「……ぃんだな?」

 

「はい?」

 

 再度、今度は小声で呟かれた言葉に思わずアインハルトは聞き返していた。

 

 ウィズは静かどころか完全に表情を消して、アインハルトを射貫き1オクターブ低い声で――最終確認をする。

 

「――本当にいいんだな?」

 

 ゴキリと彼の拳から鋭い音が鳴ると共に彼からまるで巨大な猛獣のような重圧感が発せられる。

 

 アインハルトは背筋に氷でも詰められたかのような感覚が走り、無意識に一度喉を鳴らしていた。

 

 相対するアインハルトだけではない、離れた位置にいるティアナやスバルと言った面々にもその威圧感が伝わってくる。

 

「……はい、お願いします」

 

 それでも彼女は臆せず告げた。ここで退くなど覇王としてあってはならないことだから。

 

「…………そうか」

 

 アインハルトの一歩も退かない姿勢に小さく頷き、改めて構えを取る。

 

 腰を僅かに落とし姿勢は半身、右腕を腰に据え左手を前に緩く突き出す独特の構え。

 

 アインハルトの覇王流の構えも左手を前に出し、右腕を脇で締めている姿勢で似ているが彼とは違い身体は正面を向いている。

 

 これがウィズの本気の構え。世界戦を勝ち上がり続ける中で生まれた基本態勢である。

 

 ピリピリとした緊迫した空気が流れる中、それを見守る人たちの間にも緊張が走る。

 

「あからさまに右手を意識させる構えね」

 

「自信があるんだろうね、右の一撃に」

 

 ティアナとスバルがウィズの構えを講評している横で、この場の最年少たちはわたわたと落ち着かない様子を見せていた。

 

「どうしようヴィヴィオが起きる前に始まっちゃうよぉ!」

 

「ヴィヴィオ、ウィズさんの大ファンだから凄く観たいとは思うけど、無理に起こせないし……」

 

 どうしよーと未だ目覚めない親友の前で二人がどれだけ慌てていたとしても試合のゴングは待ってはくれない。

 

 互いに構えを取り準備が整った二人を交互に見た後、審判である赤髪の少女はゆっくりと手を上げる。

 

「……んじゃあ、ルールはさっきと同じ格闘のみの五分間一本勝負だ。いいな?」

 

「いえ、今回は本番に近い試合形式でお願いします」

 

 今一度この試合のルール確認を行うノーヴェの言葉にアインハルトがすかさず要望を吐露した。

 

 それにノーヴェが何か言いたそうに顔を歪めたが、アインハルトの強い視線に見詰められ肩を竦めて了承した。

 

「……わかった。なら公式試合に見立てて3ダウン制でいこう。3回ダウンするか10カウントで試合終了、それを5分間1Rだけやる。これでいいか?」

 

「ありがとうございます」

 

 欲を言えば5分という時間制限も取って欲しかったアインハルトだが、これ以上の我儘は言えなかった。

 

「お前もそれでいいか?」

 

 ノーヴェがウィズに確認を取れば彼は静かに目礼を返すのみでそれ以上は何も言わなかった。

 

 それを肯定と見て取った彼女は小さく息を吐いて、大きく宣言した。

 

 

「よし、じゃあ改めていくぞ。……試合――開始ッ!」

 

 

 審判からの合図と同時にアインハルトが打って出る。

 

 ウィズに攻撃の時間を与えないと言わんばかりに猛然と駆けだす姿に周りがざわめく。

 

 碧銀の少女が取った行動が先日の練習試合を彷彿とさせる試合運びであったためこの前の二の舞になることを危惧したからだ。

 

(様子見なんてしない。受けに回ればガードの上から潰される!)

 

 それでもアインハルトは前に出るしかなかった。映像で見た彼の一撃は凶悪の一言だ。

 

 例え覇王流の守りの構えであっても守りの上から腕が潰されかねないと思うほどに。

 

 対処法は彼の攻撃を全て回避するか、同等の威力で相殺するか――もしくはチャンピオンがやったように圧倒的技巧で完封するしかない。

 

 しかし、5分間回避し続ける自信はない、断空で相殺できたとしても後が続かない。技術でも覇王流を完璧に修めていない自分では不安が残る。

 

 だからこそ敢えて彼女は前に出る。腕を振り抜けない超近距離での攻防で彼の攻撃を軽減させるためだ。

 

 下手に距離を開けてしまえば彼の“アレ”が撃ち出されてしまう。

 

 故にアインハルトは距離を詰め、近距離での打ち合いに活路を見出したのだ。

 

「はぁっ!」

 

 一息で距離を詰めた少女の拳が魔力を纏って放たれる。

 

 まともに喰らえば悶絶ものの強力な一撃がウィズの顔面に向かって突き出されるが、彼は力を抜いて伸ばしていた左手を使って簡単に逸らす。

 

 正面から受け止めるのではなく、腕を横から叩くようにして受け流した。

 

 鋭い風切り音が耳を掠めるが彼の表情に変化はない。瞳に動揺の色はなくアインハルトの動向全てを俯瞰している。

 

 まるで機械の様に冷たい瞳であるが、アインハルトは臆することなく次の攻撃へと移る。

 

 いくら捌かれようとも構わない。左手一つではいずれ限界が来る。痺れを切らして右を使った時が勝負であると彼女は考えた。

 

 アインハルトは流された右腕に釣られるように崩していた態勢を即座に戻し、彼の上半身に向けて上段蹴りを繰り出した。

 

 それを左手で持ち上げるように逸らすと同時に腰を落として躱す。そのウィズに向けて蹴りの反動を殺さず続けざまに肘鉄を穿つ。

 

 鳩尾付近を狙った一撃も左に阻まれ防がれる。それでもアインハルトの連打は続く。

 

 拳のラッシュ、脚を殺すローキックやボディブローの数々、古流武術独特の歩法や構えからの変則的な一撃などその連撃一つ一つが致命打に成りかねないものだった。

 

 前回でも序盤はアインハルトが連打による攻勢に出ていたが、その時とは比べられない程に激しく苛烈だ。

 

 ヴィヴィオの時とは違う。一切の手加減を抜いたアインハルトの本気の猛攻であった。

 

 

 ――が、その強烈な連撃を前にしてウィズの表情に変化はなかった。

 

 

 避けるべき攻撃は避け、躱しきれない攻撃は逸らし、逸らせない芯を突く一撃は完璧な防御で受け止める。

 

 前回にも見せた高い防御力であるが、恐るべきことに彼は今回それを左手一本のみで捌き切っていることだ。

 

 アインハルトの猛攻を左腕の巧みな守りで全てを去なしていた。

 

 捌かれる本人だけでなく、それを観戦していた周囲の人たちにも驚愕が走る。

 

 

「何なのあれ? 左腕が一瞬二本ある様にも見えたんだけど……」

 

「はい! ウィズさんは防御もうまいんです!」

 

 ティアナの戦慄にすかさずリオが元気いっぱいに答えになっていない回答を返す。

 

「動きも速いし上手いけどそれ以上にアインハルトの攻撃をあれだけ捌けるのは反射神経が凄く良くなきゃできないよ」

 

「そうですね。前回の大会の時に比べて反応がとても良くなってます!」

 

 スバルの感嘆にすかさずコロナが共感し内の興奮を抑え気味に推察していた。

 

 

 周囲の反応が聞こえたわけではないが、彼の反応の速さにアインハルトも目を見張っていた。

 

(映像ではここまで防御が上手くなかった……進化してるんだ、彼は一カ月一日それこそ一分一秒経っている内に!)

 

 格闘技について本当に真っ新な素人が世界最高峰の大会に初出場して準優勝したその才覚は計り知れないものがある。

 

 才能やセンスの問題だけではない。きっと想像を絶するような努力を積み上げてきたに違いない。

 

 その努力は大会が終わって尚もずっと続けられているのだろう。

 

 しかし、鍛錬ならばアインハルトも物心つく前から続けている。彼よりもずっと早く格闘技に打ち込んできている。

 

 それでも届かない実力差に無意識に歯噛みしてしまう。

 

 だからだろう、次の一撃に余計な力みが発生してしまったのは。

 

(っ、しまっ!)

 

 思わぬ大振りがウィズの頭部を掠めるように空を切る。

 

 今まで全ての攻撃に次の動きを想定した動作を組み込ませていた一連の連撃がその大振りによって続かなくなってしまった。

 

 それは致命的な隙になってしまう。こと目の前の男に対しては、途轍もなく大きな隙に。

 

 咄嗟に視線が右拳に向く。今まで不動を貫いていた拳が、硬く、強く握り込まれるのを視認する。

 

「――ッ」

 

 反射的に反対の腕を顔の前に持って行けたのはこれまでの修練の賜物であろう。

 

 

 瞬間、アインハルトの顔が大きく跳ね上がる。

 

 

「――――――――がっ」

 

(なに、が……?)

 

 やけに遅く感じる時間の中、歪む視界に捉えたのは()()()()()()右腕の動きだった。

 

 衝撃の後に鈍い痛みが鼻先に感じた。同時に鈍痛と痺れが左の腕にも走る。

 

(まさか、ジャブ?)

 

 アインハルトは今さっき自分が喰らった攻撃の種類を悟り、信じられない気持ちになった。

 

 今のはボクシングで言うジャブ、拳の力を僅かに抜いて振るわれる軽いパンチだ。

 

 振り抜かずに速く鋭く当てる類の打撃であくまでも牽制の意味合いで使われることの多い攻撃である。

 

 

 それがあの威力だった。

 

 

 ガードの上からでも芯に響く重く鋭い一撃に、軽い筈の打撃に、少なくない衝撃で瞠目する。

 

 しかし、今は驚いている暇などない。

 

 距離が開いてしまった。決して開けてはいけない、少年が最大の威力を発揮できる距離ができてしまった。

 

「いえ、まだ――ッ!」

 

 即座に距離を詰め直そうと大地に足を踏みしめ顔を上げて――息を呑む。

 

 

 ヴァリヴァリヴァリヴァリヴァリイィッ!!! ――それは鋼鉄を無理矢理引き裂いたかのような破砕音。

 

 

 電撃が迸る音とは全く違う、より奇怪でより轟き、何より身の毛もよだつ威圧感がそれにはあった。

 

 騒音の源はウィズの右拳。彼の莫大な魔力がそこに集約され、紅い大きな光が拳を覆う。

 

 濃い、余りにも濃密な魔力が一点に集中した結果、今の様な原因不明の破砕音が鳴り響くようになった彼の必殺の拳。

 

「「インフィニットブロウ!!?」」

 

 ギャラリーの少女二人が興奮と驚愕が入り混じり悲鳴にも聞こえる叫びが耳に届く。

 

 それは映像の中でしか見たことがないウィズの十八番をこの目で見られた喜びと同時にそれを向けられる相手を懸念する想いが混ざり合っていた。

 

「あれだけ高密度な魔力を数秒で構築するとは……」

 

「なんかバチバチ言ってうるさいっスねー」

 

「収束系の魔法とはちょっと違うみたいだね」

 

 ナカジマ家三姉妹がそれぞれの感想を抱く中、ヴィヴィオの介抱をしていた双子のシスターたちも試合の成り行きを眺めていた。

 

「あれは危険ですね」

 

「うん、ちょっと心配」

 

 ウィズの拳に込められた魔力の質からその危険性を感じ取り、何が起ころうともすぐに対処できるように準備をしていた。

 

 そして、彼の拳に秘められた威力を危惧したのは観戦していた者たちだけではない。

 

(アレは、ダメッ……!)

 

 一番近くで対峙しているアインハルト当人こそ最もウィズの魔拳の脅威を感じ取っていた。

 

 肌に痺れを覚える程の魔力の波動、全身の毛が逆立ち彼の右手から目が離せないくらいの圧力が伝わってくる。

 

(生身で感じてよくわかる。アレを喰らえばただでは済まない)

 

 最早防御や迎撃などと言っている場合ではない、回避一辺倒でいくしかないと自身の勘が告げていた。

 

 そう決断した瞬間、アインハルトの中で急速に五感が研ぎ澄まされていった。

 

 尖った感覚がウィズの体勢から目線の動きまで把握でき、彼の身体が開き気味であることを見て取れた。

 

(振りが大きい……これなら躱せる!)

 

 幾ら強力無比な必殺の一撃であろうと当たらなければ意味がない。大きく振り被られた腕と開いた姿勢から動きを読むことは容易かった。

 

 しかし、脳裏に蘇るのは先日の最後の一撃。フェイントでまんまと誘い出されがら空きになった腹部を撃ち抜かれて一本を取られている。

 

 今回の一撃と先日の掌底とでは込められた威力に天と地の差がある。

 

 読み間違えればたった一合の攻撃で終わる。

 

 それ故にアインハルトはギリギリまで見極めることにした。ウィズの初動を見逃さぬよう、全身の感覚を張り詰めて彼の()()を注視した。

 

 ウィズの拳が引き絞られ、撃ち出されようとしたその瞬間。

 

 

 アインハルトは側頭部に凄まじい衝撃を受け、大きく身体を吹き飛ばされていた。

 

 

「…………え?」

 

 それは試合を観戦していたギャラリーの誰かが発した声だった。

 

 突如アインハルトの顔が弾かれ、地面を転がっていたのだから疑問の声も挙げたくなる。

 

「ダウン! 1!」

 

 同時に審判であるノーヴェの口からダウンが宣言されカウントが数えられる。

 

「えっあれ!? 何が起こったんスか!」

 

「……ちょっとここからだとよく見えなかったね」

 

 状況を理解できないウェンディが騒ぎ始め、ディエチが戸惑い気味に声を上げる。

 

「なんだお前たちは見えなかったのか?」

 

 二人の疑問に答えたのは二人の姉でありながら子供のような外見をしたチンクだった。

 

 片目を無骨な黒眼帯で覆った銀髪の少女に指摘され、二人は説明を求めるように詰め寄る。

 

「チンク姉には見えたんスか! あたしにはアインハルトが突然吹っ飛んだようにしか見えなかったっス!」

 

「私もよく見えなかったんだけど、右手は使わなかったみたいだし何をしたの?」

 

 そうディエチが言うようにウィズは右手を振り被りはしたが振り抜いてはいない。

 

 つまりそれ以外の何らかの攻撃によりアインハルトが倒されたこととなる。

 

 詰め寄る二人にチンクは姉という立場故かどこか誇らしげに教示した。

 

「うむ、彼は右ではなく左でアインハルトを撃ち抜いたのだ」

 

「「左?」」

 

 三姉妹が先の攻防を考察している横でも同様にウィズの一撃について話題が上っていた。

 

「右手を強烈に意識させて、意識の外にある左手で思いっきり、だね」

 

「はい、世界戦初戦でも見せたフェイントです」

 

 スバルが告げた一連の流れに同意するようにコロナが補足した。

 

「確かにかなり上手く視線を誘導してるわね、あれ」

 

「え? 右手を打つぞーって見せてるだけじゃないんですか?」

 

 称賛を露わにするティアナの呟きにすぐ近くにいたリオが反応する。

 

 右手を振りかぶってプルプル震えて力を籠らせる少女の姿をもしもウィズが見ていたとしたら可愛いと思わざるを得なかっただろう。

 

 リオの可愛らしいジェスチャーに毒気を抜かれたように表情を緩めたティアナが指を立てて年上の余裕を見せるように解説する。

 

「ええ、あれ程の魔力が込められた拳ならそれだけでも思わず注目しちゃうけど彼がやったのはそれだけじゃないわ。私も幻術を使うからちょっとわかるんだけど彼は視線や仕草、脚運び更に魔力の流れまで利用してアインハルトを自分の右腕に釘付けにしたのよ」

 

 へー、とわかったようなわからないような反応を返すリオだったがとりあえずウィズが凄いということだけはよくわかった。

 

「……アインハルト、ちょっとあれは立てないかなぁ」

 

 心配そうに呟くスバルの視線の先にはうつ伏せに倒れる碧銀の少女の姿があった。

 

 ピクリとも動かない彼女の姿に観戦しているギャラリー全員が彼女の安否を懸念していた。

 

「完全な死角からの強烈な打撃だったしね、意識を失っててもおかしくな……っ」

 

 ティアナがアインハルトの状態を推測していたその時、彼女の手が僅かに動き次の瞬間には勢いよく地面を掴む。

 

「8!」

 

 ダウンカウントは既に佳境に入っており、このままいけばアインハルトの敗北が決まってしまう。

 

 復活したばかりの意識の中、それだけを理解した覇王の少女はふらつく身体に鞭を打って懸命に立ち上がる。

 

「嘘……」

 

「「立ちましたぁ!」」

 

 沸き立つギャラリーを尻目にアインハルトはぐらつく身体を抑え込んで必死に意識を繋ぎとめる。

 

「まだ、です……! まだやれます!」

 

 カウントが9を数えられると同時にファイティングポーズを取り、揺れながらも鋭く光る二色の瞳でノーヴェを射貫いた。

 

 ノーヴェは呼吸を大きく乱し足元を震わせる姿にダメージの大きさを察せられるが、彼女の戦意に満ちた瞳を前にして止めることができなかった。

 

「……よし、試合再開!」

 

 危険と判断したらすぐにでも止められるように準備しながら、試合の続行を許可した。

 

 アインハルトはすぐさま対戦相手たる少年へ向き直る。

 

「…………ちっ」

 

 口をへの字に曲げ憮然とした表情で立ち上がった彼女を見詰めていたウィズだが、舌打ち一つをしてすぐに表情を消す。

 

 アインハルトは立ち上がりはしたものの先ほどの勢いは既になかった。

 

 頭部に喰らった一撃が身体の芯まで届き、甚大なダメージを与えているからだ。

 

 もう彼女に自分から相手に向かう力は残されていなかった。

 

(でも、まだ腕は動く脚は地面に着いてる……だからまだやれる)

 

 アインハルトは朦朧とする意識の中でもしっかりと自身の足が地に着いているのを感じた。

 

 腕は上がり、拳も握れる、であれば強敵との一戦を終わらせる要因など一つもなかった。

 

 覇王であれば、クラウス・イングヴァルドであれば、決して引くことはない。

 

 そう確信をもって思えるからこそ彼女はこのまま倒れることをよしとしなかった。できなかった。

 

(それに……私はまだ、何もできてない!)

 

 何よりも圧倒的実力差が間にあったとしても、何もできずに終わることが悔しかった。

 

 せめて一手、覇王の拳を一撃だけでも彼にぶつけたい。

 

 その想いを胸に意識を繋ぎ、気を抜けば地面に落ちそうになる顔を必死に上げ――。

 

 ――視界に飛び込んで来たのは今まさに自分に殴りかからんと拳を振り上げたウィズの姿だった。

 

「っ! ~~~っ!!」

 

 最早反射的に両腕を上げ顔を守った直後、凄まじい衝撃が両腕を襲う。

 

 先の奇怪な破砕音がないことからそれが彼の十八番ではなくただの拳であることは理解できたが、如何せん途轍もなく重い。

 

 これが同じ人間の打撃なのかと疑いたくなるほどの重量と破壊力が篭っていた。

 

 おまけに拳の骨は鋼鉄でできていると言われても信じられる寧ろ納得がいくと思うほど恐ろしく硬い。

 

 それが何発も、何十発も、休みなく引っ切り無しに飛んでくるのだから反則染みている。

 

「ぐぅ! あっ! くうぅ!!」

 

 ガードの上からでも着実に衝撃が身体に届いて来て、腕が痺れ思わず苦悶の声が漏れる。

 

 それでも防御は決して下げない、下げるわけにはいかない。

 

 腕が下げられ、むき出しの顔にこの拳が突き刺さればそれだけで意識が持っていかれるのは自明の理。

 

 だからアインハルトは何が何でもこの腕を下ろすわけにはいかないのだ。

 

 例え一撃一撃喰らう毎に痺れを通り越し腕の感覚が無くなってこようとも、受け切れない衝撃に意識が揺れ、足元がふらつこうとも。

 

 決して諦めるわけにはいかなかった。

 

「…………!」

 

 ウィズの口から苛立ちにも似た呻きが零れる。

 

 亀のように防御の下に閉じこもる彼女に業を煮やし、一際大きく腕を振るう。

 

 ドゴン! と鉄球でもぶつけられたかのような鈍い打撃音が響く。

 

「かはぁっ!」

 

 これまでにない強大な一撃にアインハルトの身体が左に大きく揺さぶられる。

 

 一瞬足が地面を離れ宙に浮いた感覚を覚える。それだけ激しく彼女の身体が衝撃で揺り動かされたのだ。

 

「ぐっ、あ、ああぁぁ!」

 

 そのまま倒れ込む寸前で何とか片足で持ちこたえ、踏鞴を踏みながらも姿勢を戻そうとする。

 

 しかし、それを許すわけがなかった。

 

 ふらつくアインハルトを追うようにウィズが踏み込んでくる。既に腕は引き絞られ今にも拳が撃ち出されようとしていた。

 

 それに気付いた少女は崩れかけていたガードを咄嗟に引き戻す。

 

 そこへ大きく横殴りに振るわれたウィズの拳が叩き込まれる。

 

「がっ、くぅぅ!!」

 

 またしても身体が振られる。万全には程遠い今の状態では到底抑えきれる威力の打撃ではない。

 

 今度は反対側にアインハルトが吹き飛び、そのまま地に倒れ伏す――間際片足で何とか踏ん張り倒れることだけは阻止した。

 

「……っ」

 

 ウィズは尚も追随する。

 

 彼女が吹き飛んだ方向へ回り込むように駆け、横殴りに拳を叩き込む。

 

 またも身体を揺らされる少女、だが決して倒れない。

 

「……」

 

 ウィズは再度追随し拳を振るう。

 

 まるでピンボールのように激しく左右へ振られながらも、決して彼女は倒れなかった。

 

「かはぁ、はぁ、はぁ、くっうぅぅ……」

 

 腕部の防護服は見るも無残に破れ飛び、むき出しの素肌には生々しい打撃痕が残されていた。

 

 肩を大きく動かすほどに乱れた呼吸と痛々しい姿に観戦している人たちから懸念の声も上がっていた。

 

 審判であるノーヴェもこれ以上一方的な試合が続くようであればアインハルトの意志を無視してでも止める覚悟だった。

 

 早く終わらせたい、それは何もノーヴェたちだけが思っていたことではない。

 

「……ええいっ、いい加減に!」

 

 相手にしているウィズ自身も早くこの試合を終わらせたい一心であった。

 

 だからこそ、これまで()()()狙わなかったがら空きのボディへ向けて拳を振るった。

 

「しろ!」

 

 ズドン! ウィズの渾身のボディブローがアインハルトの腹部へと突き刺さる。

 

「が……かはぁ」

 

 深々と突き刺さったボディブローに彼女の口から肺に詰まった酸素と苦悶の声が漏れる。

 

「……っ」

 

 その時一方的に攻撃を加えていた筈のウィズの顔が何故か苦痛を受けたかのように歪んでいた。

 

 強烈な腹部への一撃に押され、碧銀の少女の身体が滑るように後方へ飛ばされる。

 

「がはっ、ふう、ふう」

 

 それでも彼の硬く鋭い拳打にどうにか耐えたのか膝を着くことはなかった。

 

 しかし、これまで絶対に下げなかった両腕の防御は力なくだらりと垂れ下がってしまった。

 

 最初の威風堂々とした覇気が感じられないその力なき姿に観戦していた全員がもう彼女にこれ以上戦える力が残っているとは思えなかった。

 

 ウィズもこれで終わりだと言わんばかりに構えを解き、アインハルトに背を向けようとした。

 

「……まだ、まだです」

 

 向き直ろうとして、止まる。

 

 アインハルトがボロボロの両腕を胸の前まで上げ、未だ抗戦の意志を伝えてくるからだ。

 

(まだ、私は何もできていない……)

 

 ただただ一方的にやられていただけ。どうしてもこのまま終わることはできなかった。

 

(本当に、何も……っ)

 

 一撃でいい。覇王の一撃が通用するのか、彼にぶつけてみたい。

 

 立ち上がった時の意志は未だに萎えていない。だからまだ倒れはしない。

 

「ふっ、くぅ……覇王……」

 

 感覚は薄くなっているが痛覚だけは鋭敏に働く腕に精一杯の力を込めて奥義の構えを取る。

 

 身体を痙攣気味に震わせながらも執念深く足掻き続ける姿に観戦している多くの人が痛々し気に見詰めている。

 

 彼女がこちらを射貫く瞳が未だに戦意を失わせていない。いや、それは戦意というよりもどこか我執に似た意固地な意志に見えた。

 

(そういえばこいつ……過去になんかあったげだったな。……いや、今はそれよりも)

 

 アインハルトが抱えている確執をウィズは知らない。知り合った当初と違って少し興味も湧いてきたが、今重要なことはそれじゃない。

 

 重要なのは彼女が腕を上げ、緩慢な動作ながらも今まさに傷ついたその腕で大技を放とうとしていることだ。

 

 向かってくるからには自分も迎撃しなければならない。

 

 しかし、生半可な攻撃で止まるような少女ではないともう実感している。

 

 ならば彼が取る攻撃方法は()()一択であった。

 

 

 ヴァリヴァリヴァリ!! と彼の右拳から再びあの破砕音が轟き渡る。

 

 

 今度はフェイントに使うなどと中途半端な使い方はしない。振り切るつもりで必殺の拳を振り被る。

 

 超高密度の魔力が拳に集中する。その波動はすぐ近くのアインハルトにも感じ取れたし、ギャラリーの面々も慄いた。

 

 絶対的な破壊の一撃が振り抜かれようとする中、アインハルトも全身全霊を込めて足先に力を込めた。

 

「――っ」

 

 込めたが、ガクリと膝から力が抜けて腰が落ちる。

 

 身体は既に限界が来ているのだ。やはり最初の死角からの一撃がここに来て効いてきていた。

 

 断空拳は当然中断され不発に終わる。だが、ウィズの方は止まらない。

 

 体勢を崩したアインハルトの眼前まで迫り、髪を揺らし肌を痺れさせる破壊の拳が暴風を生み出しながら彼女の顔面目掛けて振り抜かれる。

 

『ああっ!?』

 

 全くの無防備な状態でこれまで幾人ものファイターを沈めてきた無慈悲な一撃が迫る光景にギャラリーから悲鳴に近い声が上がる。

 

 アインハルト自身も着弾までの刹那の時間で自分の敗北を悟った。

 

 これを受けて立てるわけがないと生物としての本能でも覇王としての記憶も告げていた。

 

 それでも真っ赤に染まった拳撃から目を逸らすことなく見つめ続けた。

 

 今回は歯が立たなかった相手だが、次には生かせるように、もっと強くなるためにこの一撃から目を逸らすことはできなかった。

 

 そして、アインハルトとウィズの拳の距離がゼロになり――。

 

 

 ――鼓膜を揺るがし空間そのものを切り裂く凄まじい風切り音と濃密な魔力の波動が()()()()()を通り過ぎる。

 

 

 この日初めて放たれた『インフィニットブロウ』の威力は見る人全てを瞠目させた。

 

 アインハルトの頬を掠める形で外れた必殺の一撃は、拳圧で暴風を生み出しさらに彼女の後方に続くコンクリートの地面を深々と抉り飛ばした。

 

 まるで砂を手で掬ったかのようにコンクリートを粉々に削り穿ち、破壊の嵐はその先にある海面にまで達した。

 

 ゴルパァッ!! と海面を大きく弾けさせ海底が目視できるようになるほど大量の海水が巻き上げられる。

 

 そこまで行ってようやく破壊の勢いが止まる。

 

 巻き上げられた海水が重力に引かれ激流の如く海面に流れ落ちていく中、今の光景を見ていた観戦者たちは半ば呆然とその残痕を眺めていた。

 

「……死ぬっス、あんなの喰らったら絶対死ぬっス」

 

「威力もそうだが、何よりも魔力が爆発的に膨張した現象が興味深いな」

 

「でも、よかったぁ。直撃してたら防護を抜けて怪我してたかもしれないよ」

 

「ちょっとヒヤッとしたわね。まぁ、まさかあのまま振り抜くとは思ってなかったけど」

 

 大人組が試合の成り行きを緊張して見守り、子供組は互いに手を取り固唾を呑んで事の成り行きを見詰めている。

 

 激しい水飛沫が上がり、海の雫が水蒸気のように辺りに散りばめられる。

 

 二人の髪がその水飛沫により僅かに濡れ出した頃、瞳を見開き固まっていたアインハルトがようやく動き出す。

 

「…………~~~ッ!!」

 

 彼女の間近で静観していたウィズの身体が浮き上がる。

 

 歯を食いしばり、殆ど腕の力のみで放った打撃がウィズの脇腹に入っていた。

 

「ととっ……」

 

 しかし、彼にダメージはほぼ受けていない。しっかりと腕を入れ防御していたのだから当然だ。

 

 アインハルトの勢いに圧されるような形で距離を離し、彼女の様子を窺う。

 

 ふらり、とアインハルトの態勢が前のめりに崩れる。

 

 それも当然だ。これまでの猛攻によって彼女の体力は削り切られているし、外されたとはいえ先の一撃が生み出す轟音と魔力の余波で耳鳴りが止まらないのだ。

 

 

 

 ――しかし、それでも。

 

 

 

 拳が地面に叩き付けられる。

 

 倒れるのを拒否するように地面を穿ち、身体を支える。

 

 全身が疲労により鉛のように重くなり、呼吸は大きく乱れ立とうとするだけで身体が痙攣する状態であっても。

 

「……ふ」

 

 彼女は倒れず、顔を上げ煮え切らぬ思いの丈を声を張り上げて叫ぶ。

 

 

「ふざけないでくださいッッ!!!」

 

 

 その怒号はこれまで物静かな雰囲気を纏わせていた碧銀の少女からは想像できないものだった。

 

 空気を震わせる程の声量で怒りの声を上げ、その根源である目の前の男を虹彩異色の瞳で鋭く睨みつけていた。

 

「今の一撃、私が……態勢を崩したのを見て、わざと外しましたね」

 

 抑えながらも内に溢れる激情が見え隠れする低い声色で息も絶え絶えながらに問いかけてくる。

 

「ああ、あの状態で受けるのは危険だったからな」

 

 彼女からただならぬ気配を感じながらもあっけらかんとウィズは答える。

 

 ギリッ、とアインハルトの奥歯が噛み締められる。

 

 それは手加減したと言われたことと同義であるから。

 

 誰よりも強くそしてがむしゃらに強さを追い求める少女にとって、受け継がれてきた覇王の記憶が宿る彼女にとって、手心を加えられることが何よりも屈辱であった。

 

 

 遥か昔、覇王として生きた青年のどうしようもない後悔の念が我が事のように思い起こされてしまうから――。

 

 

「今のだけではありません。最初にダウンを取られた打撃もそうです……貴方は、腕を振り抜いてはいませんでした……!」

 

「…………」

 

 アインハルトの言葉通りウィズはあの時、拳が当たった直後に腕の力を抜いていた。

 

 腕を振り抜かずに途中で止めていたため、威力は三割程落ちていた。彼女があの時意識を完全に失わなかったのはそのためだ。

 

「それ以外にも、貴方は要所要所で手を抜いていましたね。連打を浴びせていた時もボディを狙った時も、貴方は打撃が当たる瞬間に力を抜いていた!」

 

 彼女は地面から拳を離し、ゆっくりと姿勢を戻す。荒ぶる心を抑え込むようにゆっくりと重く感覚の殆どない両腕を上げる。

 

 口元をきつく結び、瞳は怒りにも、悲しみにも揺れてウィズを見つめていた。

 

「私は最初に言いました。本気の貴方と戦いたい、と……それなのにどうして本気を出してくれないんですか!?」

 

 碧銀の少女の慟哭は憤激というよりも悲痛に近い響きに感じた。

 

「私が弱いからですか? 私が覇王として未熟だからですか? 私が貴方と戦うにふさわしい強さを身に着けていないからですか?」

 

 こちらを見つめる瞳が揺れ、今にも泣き出しそうな彼女がまるで迷子の子供のように見えてしまう。

 

 一体何をそんなに必死になっているのか、何故そこまで強さにこだわるのか、ウィズには皆目見当もつかない。

 

 そんな不安定なアインハルトを見てウィズが取った行動は――。

 

「私は」

 

 

 

 

 「やぁっかましいいいぃぃぃいい!!!」

 

 

 

 

 ――ものの見事に逆ギレすることだった。

 

 まだ何かを訴えようとした少女の言葉を遮って、この日一番の怒声が埠頭中に響いた。

 

 近くにいたアインハルトも審判のノーヴェもそれ以外のこの場に居る全員が少なからず肩を震わせた。

 

「さっきからギャーギャーと文句ばかり垂れ流しやがって、手前ぇ一体何様だ。こちとらそっちの我儘に付き合ってやってんだろうが。それを何だ? 一回やっても満足できないに始まり仕方なくもう一回やってやれば、本気を出せだの手を抜くなだの好き放題言いやがって、元を辿れば手前ぇにそこまで要求する権利なんぞねーだろうが!」

 

 ここ一週間アインハルトに振り回されっぱなしであった鬱憤がここで爆発してしまった。

 

 彼自体、特段細かいことに拘る性分ではなかったのだが余りにもこの状況と目の前の少女の言い分に理不尽さを感じ苛立ちを禁じ得えなかった。

 

 そして、ウィズの逆ギレに先ほどまで不満を吐露していたアインハルトは押され気味に言葉を窮する。

 

「そ、それは」

 

「で? 本気を出さない理由? 手を抜いた理由を知りたいって? ああいいさ、教えてやるよ」

 

 その台詞を遮り、半ばやけくそ気味になってウィズは苛立ちまじりに自身の心情を吐き捨てる。

 

「それはなぁ、お前が…………女の子だからだよ!」

 

「…………はい?」

 

「いいか? 別にお前が弱いからだとか覇王がどうのだとか強さだとかは、一切関係ない! お前が俺より年下で、しかも女子だってのが問題なんだよ!」

 

 唐突な告白にアインハルトも反応に困っている様子だ。因みに怒りが少し収まったためか彼女への呼び方が手前からお前になっている。

 

「昨日今日あった女子に対して練習試合だからっていきなり殴りかかれるかよ。しかも超のつく美少女相手にだぞ? できるかんなもん! こっちは思春期真っ最中の男の子だっつうの!」

 

 最早アインハルト相手にと言うよりも今まで抱え込んでいたものをただただ吐き出したいだけのようにも見えてきた。

 

「それでも意を決して殴ったさ。誰かさんが本気でやれって言うからな、でも中々できなかったんだよ。思うように打てなかったんだよ。そこで思い切って腹殴ったら硬いようでなんかどことなく柔らかいしで混乱するし、それに汗かいているくせになんかいい匂いするしで、集中できなかったんだよ!」

 

 その暴露話に晒された少女はどう反応すればいいかわからずに固まっている。

 

 尚もウィズの独白は続く。

 

「大体なんだこの状況は! 周りは初対面同然の女性でしかも全員美人ときた! そんなとこに男一人放り込まれていきなり試合やれだって? やりにくいったらありゃしねえ!」

 

 これには聞いていたギャラリーにも苦笑いが走る。

 

 特に最初に彼を巻き込んだティアナ、スバル、ノーヴェの三人は申し訳ない気持ちになっていた。

 

「だからなあ! お前がどんだけ騒ごうが俺ん中で踏ん切り付けられなきゃどうしようもねえんだよ、わかったか!」

 

 途中から自分でも何を言いたいのかわからなくなってきたのか、殆ど無理矢理結論付け押し切る形で言い切った。

 

 ウィズの独白が終わって暫し場に静寂が響いた。

 

 防波堤に打ち鳴らされる波の音以外何も聞こえてこない静けさが数秒続いた。

 

 そんな中で一番に口を開いたのは渦中の人物であるアインハルトであった。

 

「……すみません、確かに全ては私の我儘で貴方を振り回してしまいました」

 

 目を伏せその美貌を気まずそうに歪ませながら彼女は少年に向けて謝罪の言葉を口にした。

 

 しかし、謝罪の意を伝えたのも束の間、伏せていた顔を上げて先と変わらぬ真摯な瞳をウィズに向ける。

 

「ですが、差し出がましいことだとは思いますが、私は全力の貴方と戦いたいのです……」

 

 つい先日半ば意識が薄れていた中で出会ったあの時から、漠然と湧き上がってきた衝動があった。

 

 練習試合で手合わせをして映像越しに彼の戦う姿を見るにつれ、その衝動は大きくなっていた。

 

 それが今告げた思い、全力でぶつかりたいと言うおよそ愛らしい少女の抱くものとは思えない強い戦闘衝動。

 

 例え相手に迷惑が掛かろうとも押し通したいと思うほど切なる願いであった。

 

「だからお願いします。何度もとは言いません、今回だけでいいのです。どうか全力で戦ってはもらえないでしょうか?」

 

 ボロボロになりながらも懸命にウィズと向き合い懇願する彼女の姿には常人であれば心打たれるものがあるであろう。

 

 少なからずウィズにもそれはあった。複雑な気持ちで頭を掻きながら疲れたようにため息を吐く。

 

「……まっ、色々とぶちまけたせいか今なら思いっきりお前をぶん殴れそうだ」

 

 肩をグルグルと回す予備動作をしながらはっきりとアインハルトを見据えて答える。

 

 今さっきの暴露によって内心の折り合いがつけられたのか憂いなく正面の美少女を殴れる気分になっていた。

 

「だが……」

 

 アインハルトの瞳が一瞬輝き、何かお礼でも口にしようとしたがそれに水を差すようにウィズはもう一言告げた。

 

「そんなフラフラの状態のお前をただ殴るのも気分が悪い」

 

 いやフラフラにしたのはお前だろ、という心のツッコミが一部のギャラリーの人の心中で呟かれる。

 

 アインハルトも納得がいかないと言わんばかりに表情が不服そうに歪む。

 

 しかし、ウィズにも考えがあった。

 

 だから、と前置きをして悠然と前に踏み出し離れていた碧銀の少女との距離を縮める。

 

 そして互いに一歩踏み込めば十分に手が届く位置まで距離を詰めて立ち止まる。

 

 こちらを見かえしてくる二色の瞳をしっかりと見据えてウィズは提案する。

 

「お前の一番信頼する技を出してみろ。さっきも出そうとしてただろ? 俺はお前に合わせてその技を真っ向からコレで迎え撃つ」

 

 コレ、と宣言した瞬間右拳が赤く発光しあの音が響いてくる。

 

 アインハルトは突然の提案に狼狽しながらも、これに頷いた。

 

 試合としては明らかに甘く見られているのはわかっているが、どちらにしろ今の状態ではもうまともな試合運びができないことは理解していた。

 

 正直に言って立っているのもつらい状態であるが、一発だけであれば本気の一撃を放つ体力は残っている。無くとも意地で撃つと決めた。

 

 ならばこの提案を受けない理由はなかった。

 

「第一、さっきもそうやって決めるつもりだったんだ。なのに不発で終わりやがって、焦ったのはこっちだっつの」

 

「……別に、あのまま撃ち抜いてもらっても良かったんです」

 

 少し拗ねるように呟いたアインハルトであったが、すぐに気を引き締め表情が鋭くなる。

 

 瞳を閉じて、ゆっくりと一度深呼吸をして全身に力を行き渡らせる。

 

(腕が重い、呼吸がつらい、足元も覚束ない……でも、ここで撃たなければ覇王流など到底名乗れない!)

 

 静かに魔力と気力を振り絞って最後の一撃に集中するアインハルトの姿を観戦している面々が固唾を呑んで見守っている。

 

「うう、何だかこっちが緊張してくるよ~」

 

「アインハルトさん、あんな状態なのに凄い集中してる」

 

「うん、ウィズさんも本気みたいだしどうなるんだろぉ」

 

 子供組が戦況をまじまじと見つめている中、ふと一人分声が多いことに気付く。

 

「「ヴィヴィオ!?」」

 

 リオとコロナが隣を向けばそこには今まで寝込んでいた金髪の友人の姿があった。

 

 二人の視線に気が付いたヴィヴィオは照れるように頬赤らめて微笑んだ。

 

「もう起きて大丈夫なの?」

 

「身体は平気? どこか具合が悪い所はない?」

 

「大丈夫だよぉ。魔力ダメージで気を失ってただけだから、それにアインハルトさんとウィズさんの試合なんて見逃せないよ」

 

 自分の安否を気遣ってくれる二人に心配ないとアピールしながらもいち競技者として決して見逃せない好カードだと告げる。

 

 それでも万が一に備えてかヴィヴィオの背後には双子の姉妹が付いていた。

 

 尚も心配そうにこちらを窺ってくる友人たちを誤魔化すように目の前の試合状況を指差し指摘した。

 

「ほら、アインハルトさんが動くよ」

 

 ヴィヴィオの指と言葉に釣られるようにして、リオとコロナの視線が試合へと戻る。

 

 言う通り、アインハルトは最後の予備動作に入っていた。

 

 アインハルトの足元に正三角形型のベルカ式魔法陣が描かれる。

 

 全身に魔力が集中し、力の奔流が煌めく粒子となって現れる。

 

 準備は完了した。いつでも彼女が持つ最大の技を放つことができる。

 

 瞳を見開き、正面を見据えれば目の前の少年も既に最強の拳を撃ち出す構えに入っていた。

 

 ヴァリリリッ! と破砕音が耳に届き、腰に据えられた右腕からは真紅の輝きが溢れ出している。

 

 もうウィズの中で迷いはない。次も不発に終わったとしても少女の身体を躊躇なく撃ち抜くだろう。

 

(まあ、怪我をしないように調整はするが)

 

 例え非殺傷設定の魔法であっても一歩間違えれば大怪我を負う可能性もある。

 

 もしもその力加減を手加減だと宣うのであれば、もう彼女と試合をすることはない。

 

 そんなことはないだろうが、ウィズは心の中でそう決めた。

 

 ウィズの心中を察したわけではないが、彼の瞳から迷いのなさを感じ取ったアインハルトは最後に大きく息を吸って、踏み込んだ。

 

 

 

「覇王断空拳ッッ!!」

 

 

 

 足先から力を伝達させ拳に集約して放つ。覇王流の断空の奥義が全力で放たれる。

 

 不発はない。一切の淀みも躊躇もなく撃ち出された彼女の拳に、ウィズは全力で以て応えた。

 

 

 

「インフィニットォォオ!!!」

 

 

 

 ヴァリヴァリヴァリリリッ!! 赤き破壊の光を纏った剛拳が一直線にアインハルトの断空拳に向かって撃ち抜かれる。

 

 翡翠の拳と真紅の拳、二つの拳が轟音と衝撃波を伴ってぶつかり合う。

 

 空気が震え、地面は罅割れ、衝突の余波が暴風となって周囲に吹き荒れる。

 

 ギャラリーからは突然の衝撃に驚きの声が上がりながらも、全員がしかと二人の行く末を見続けていた。

 

 拮抗は、一瞬。

 

 すぐに突き出した腕が激痛と共に押され始め、アインハルトの顔が苦痛に歪む。

 

 勝ったのはやはりウィズであった。

 

「くっ、うぅ……!」

 

 それでも食い下がろうと歯を噛み締め、尚足と腕、全身に力を込めて足掻いた。

 

「オッラアァッ!」

 

 だが、地力で勝る相手にそれ以上の抵抗は無意味だった。

 

 アインハルトの一撃は完全に弾き返され、腕ごと身体が大きく吹き飛ばされる。

 

(ああ、本当に彼は強い……)

 

 完全に敗北が決しながらも、彼女の心は不思議と穏やかだった。

 

(あの強さに、もしも追い付くことができれば……その時、私は)

 

 手も足も出ずに負け、真っ向勝負にも負け、ここまで完敗を喫したのは生まれて初めてのこと。

 

 それでも落ち着いていられるのは、これまで不明瞭だった強さの目標が見えてきたからなのかもしれない。

 

(いつか、必ず……)

 

 少女は決意する。必ず彼に匹敵するまでに強くなろうと。

 

 その強さの頂にまで登り詰めれば、自分の中にある悲願が叶う筈だと。

 

 そう決意を新たにして、そして――。

 

 

 

 ――ドボォン。海面に大きく水飛沫が上がり、そのまま沈んで行った。

 

 

 

「やべえ、落ちた!!」

 

「ア、アインハルトさぁぁん!!?」

 

「まっず!」

 

「わわ、大変!!」

 

「ちょ、気絶してたら洒落にならないわよ!?」

 

 一気に場が騒然となる。

 

 ウィズの一撃により吹き飛ばされたアインハルトがそのまま後方に広がる母なる海に頭からダイブしてしまったのだ。

 

 瞬時に現役救助隊員であるスバルとノーヴェが駆け出した。

 

 しかし、その二人よりも早く海に飛び込んだのは誰よりも近くにいたウィズだった。

 

 一切の躊躇いもなく冷たい海に飛び込み、すぐにダラリと全身から力が抜け沈んでいく少女の姿を発見する。

 

 彼女の姿は変身前の幼い身体に戻っており、意識を失うと同時に魔法が解けたのだとわかる。

 

 焦りながらも水を掻き分けてアインハルトの元へと向かう。

 

 脇に腕を差し入れて抱え込むように支えた後は力技で海面へと急ぐ。

 

 ウィズは水中での救助方法など習ったこともないが、人一人を引き上げることであれば自慢の力でどうにかなった。

 

 そのまま海水が大きくうねるほどの脚力でもって一気に海面まで上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……うぅん」

 

「お、目が覚めたな」

 

「アインハルトさん、大丈夫ですか!?」

 

 アインハルトが意識を取り戻したのは彼女を海から引き上げて数分と経たない時だった。

 

 全身を海水で濡らしながらゆっくりと長い睫毛が生えた瞼を開くと、心配そうに覗き込む子供たちの姿が見えた。

 

 その傍らにはウィズと大人組が全員こちらを見下ろしていて、やはりその顔は安否を気遣う懸念を抱いた表情になっていた。

 

「大丈夫か? すぐに引き上げたから水は飲んでないと思うがどこか違和感がある所はあるか?」

 

 ノーヴェがしゃがみ込んでアインハルトに体調の確認を取る。

 

 引き上げた時点で呼吸はしていたし、魔法による簡単なバイタルチェックでも異常はなかったが万が一ということもあるため自覚症状がないかの確認だ。

 

 ノーヴェに支えながら身を起こし、身体の動きに異変がないか確認していた。

 

「……はい、問題ありません」

 

 濡れた髪を頬に張り付かせながら胸に手を当てて自身の体調に問題がないことを周囲に伝える。

 

 周りから安堵の息が漏れ、アインハルトの無事を喜ぶ声が小学生組を中心に上がる。

 

 そんな姦しい場から一歩離れるようにして明後日の方向を向いている少年の姿があった。

 

 少しだけバツの悪そうに口を歪ませ、憮然と佇む姿が目に入ってしまったアインハルトはそのままじっとしてることはできなかった。

 

「あぁ、ア、アインハルトさん、ちょっと待って……」

 

 未だ目覚めたばかりで動くのを心配してか周囲から気遣う言葉が発せられるがそれを無視して立ちあがる。

 

 その時、何故かヴィヴィオたちの頬が赤く染まっていたのが気にはなったがその疑問はすぐに思考の外に追いやってしまった。

 

「……なんだ? もう立ち上がっていいのか?」

 

 歩み寄って来る少女の姿をちらりと横目で確認したが、すぐにまた視線を真正面に向け直す。

 

 その不審な態度に首を傾げるが色々と本音を吐露したことで気恥ずかしいのだろうと思い、それ以上気にしなかった。

 

「はい、腕が多少痛みますがそれだけです」

 

「はは、あんなしこたま殴ったのにか。全く魔法さまさまだな」

 

 非殺傷設定の魔法の便利さを改めて痛感するウィズであったが、魔法の設定だけでなく本人の力量による所があるのも確かである。

 

 アインハルトはそれを自らの受けたダメージから自覚している。

 

 実力差がそれだけ開いていたと考えてしまうが、ここは素直に相手の技量の高さを称賛したかった。

 

「今日は本当にありがとうございました。大変勉強になりました」

 

 礼儀正しく真っ直ぐと背筋を伸ばして綺麗に頭を下げる仕草からは強さを追い求める格闘家ではなくどこから見ても良家のお嬢様にしか見えない。

 

 ウィズにとってお手本のように整ったお辞儀を見せられても反応に困るものだった。

 

「あぁ、それなら良かった良かった」

 

 投げやり気味に返された返事を気にした風もなく、アインハルトは頭を上げて徐に手を差し出した。

 

 その手を横目で訝し気に見遣れば、彼女は何でもないかのように告げる。

 

「是非、また次の機会にでも再戦を申し込みたいと思いますのでよろしくお願いします」

 

「……おい」

 

 てっきりこの一回きりで最後だと思っていたウィズにとって看過できない言葉であった。

 

 半目ではあったが起きてから初めてまともに面と向かって視線がぶつかり合う。

 

 しかし、ウィズの呆れ混じりの視線にも動じた様子もなく平然と見つめ返してくる。

 

 手を差し出されたまま一拍の間が空いたが、先に根負けしたのはウィズの方だった。

 

 観念したようにため息を吐いて頭を掻き、反対の手を同じように差し出した。

 

「……あの」

 

 そのまま両者が互いの健闘を祈る握手が交わされるのかと思ったが、アインハルトから困惑した声が上がる。

 

「どうしてさっきから身体をこちらに向けてくれないのでしょう?」

 

 そう、先ほどからずっとウィズはアインハルトを見ようとしない。

 

 見るどころか身体の向きそのものを逸らしてずっと見当違いの方向を向いている。

 

 そんな態勢で握手を交わしても違和感が先に来てしまう。

 

 当初は先の試合での出来事から来る羞恥心故にと思っていたが、ここまで徹底されるとどうしても気になってしまう。

 

「…………」

 

 彼女の問いかけにウィズは渋い表情で何か言いたげに閉じた口をもごもご動かしていた。

 

 本当に意味がわからず首を傾げるアインハルトであったが、その疑問は彼の指摘によってすぐに解けた。

 

 彼は差し出した手の人差し指だけを伸ばして、彼女の胸元を差した。

 

「…………そこ、タオルか何かで隠した方がいいぞ?」

 

「…………え?」

 

 そこでアインハルトは自分の状態を初めて認識した。

 

 指差された先を追うように視線を下げれば、その先には濡れた自分の身体がある。

 

 一度気絶したことによってバリアジャケットが解除され、変身前に来ていた本来の衣服、中等部の制服姿の自分が見える。

 

 そう、濡れたことによって白いブラウスが肌に張り付き、その下の純白の下着と真っ白な肌が透けて見えていた。

 

 更に言えば深緑色のスカートも水で張り付き、腰から太腿にかけての柔らかな脚線や下着の形が浮き出ている。

 

 目で確認し脳が理解するまでの一瞬、僅かな硬直からアインハルトの頬が真っ赤に紅潮するまで瞬きの間もいらなかった。

 

「……~~~っっ!」

 

 握手のことなど頭から吹き飛び、両腕で自分の胸元と下半身を隠そうと必死に覆い隠す。

 

 しかし、女性の細腕で全てを覆いきれるわけもなく、どうしても美しい柔肌や煽情的に浮き出た下着の一部が露出してしまう。

 

 目の前の男性の視線から逃れるように身を捩るが、そうすると今度は無防備な背中を晒すことになってしまうというジレンマに気付く。

 

 さっきまで何てことはなかったのに、今は彼がこんな自分を見ていたのかどうかが無性に気になっていた。

 

 ちらり、と意を決して視線を向ければ呆れた表情でこちらを見下ろす少年の姿が確認でき……。

 

「見ないでくださいっ!!」

 

 つい反射的に断空拳が飛んだ。

 

 如何に歴戦の猛者であってもこれには驚きを禁じ得ない。

 

 寸前のところでウィズは身を反らして、恥じらう少女の強烈な一撃を避ける。

 

「うおあ!? あっぶね! 手前ぇ照れ隠しに理不尽な暴力振るのやめろ! 大体、そう大して立派なもんでもねえだろうが……っ!」

 

(あ、やべ!)

 

 売り拳に買い言葉で半自動的に出てきてしまった悪態を遮るように自分の口を塞ぐ。

 

 だが、余りにもそれは遅すぎた。

 

 冷や汗が頬を伝い、恐る恐る濡れ透け状態の少女の方を見返す。

 

 視線の先には胸元を両腕で隠しながらぷるぷると全身を震わせ、顔一面が真っ赤に染まりこれまで毅然としていた二色の瞳には若干ながらも涙が溜まっている。

 

「さ、最低……貴方という人は、最低です……!」

 

 今までどれだけ傷つけられようとも凛としていた少女の初めて見せる感傷的な表情に深い罪悪感が宿る。

 

「いや、今のはつい本音が、じゃなくて! 決して本心で言ったわけじゃ……」

 

「ほ、ほほ本音!? そ、そうですか、私のことをそういう風に思っていたわけですね。会った時からずっと……!」

 

(あ、もう無理だこれ)

 

 言い訳を重ねようとして墓穴を掘ったことを察したウィズはこれ以上言っても事態を悪化させることにしかならないと理解した。

 

 まるでケダモノでも見るかのような侮蔑の視線を向けながら、アインハルトは少しずつ後退りしてウィズから距離を取る。

 

 背後から一連のやり取りを見守っていた女性陣がアインハルトに大きめのタオルを肩に掛けてあげながら、ウィズに非難がましい視線を向ける。

 

 中にはスバルなどウィズに同情的な視線を向けてくれる人もいたが、ティアナや双子などは非常に冷めた視線を送ってきていた。

 

 ウィズにとって何が一番つらいかというと、ヴィヴィオやリオ、コロナの三人娘から悲しそうに見詰められることが一番堪える。

 

(やっぱ、もう関わりたくない)

 

 少女たちにとって今日の出会いは鮮烈な物語の幕開けになるのであろうが、彼にとって鮮烈な日々など到底待ち受けてるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、それにしてもウィズくんは色々凄かったねー」

 

「そうねぇ、格闘技のことはよくわからないけど、あの体捌きは目を見張ったわね」

 

 ヴィヴィオとアインハルトそしてアインハルトとウィズの練習試合が終わった後の帰りの車内。

 

 ひと騒動あった後、非常に居心地の悪かったウィズがさっさと帰ってしまったことで今日は解散となってしまった。

 

 現在後部座席には疲れ切ったのかアインハルトがぐっすりと眠っていて、その隣でノーヴェがタオルを掛けてやっている。

 

「でも、最後の発言はいただけなかったわね。いくらアインハルトから手を出したにしても」

 

「あ、あはは、ウィズくんも男の子なんだし多少はね?」

 

 彼の女性の体型を貶すような発言にティアナが物申し、スバルが少年のことをフォローをする。

 

「しっかし、アインハルトも中々やると思ってたけどアイツはそれ以上だったな」

 

 二人の会話に後ろのノーヴェも加わり、話題の中心となるのはどうしても件の少年だった。

 

「もう少しで世界チャンピオンにまで手が届きそうだったんでしょ? 凄いよねー」

 

「でも昔アイツも喧嘩に明け暮れてたみたいじゃねえか。やり過ぎて相手をボッコボコにしてたりするかもな」

 

「えー、根は優しそうな子だったし、そんなことないよー」

 

「どーだか、キレると何するかわかんねーぞ」

 

「それはノーヴェもでしょ」

 

「なにをー」

 

 またも姉妹の間で言い合いが発展しそうになり仲裁しようとティアナが口を開きかけたが頭の片隅で何かが引っかかる。

 

 それは今さっきのノーヴェの何気ない発言であった。

 

「やり過ぎ……相手をボコボコ……」

 

「? ティア、どうしたの?」

 

 隣から突然様子がおかしくなった親友を心配する声が掛けられるが彼女はそれに答える余裕はなかった。

 

(思い出した! ウィズ・フォルシオンって()()()()()!)

 

 先日から感じていた既視感の正体にようやく行き着いた彼女は内心で大きく動揺していた。

 

 これを隣の友人に話そうか迷うがまだ同姓同名の人違いという可能性もあるため一先ず何も告げないことにした。

 

(とりあえず、過去の資料を漁ってみるしかないわね)

 

 

 

 ――彼の波乱な物語はまだまだ始まったばかりなのであった。

 

 

 

 

 

 第一話 完

 

 

 第二話に続く

 

 

 




〇独自設定
・インターミドル男子の部の存在
・第二管理世界の名称
・男子格闘技が廃れているということ


〇年齢と学年について
ミッドチルダではどうも小学生が5年制らしく7歳から入学したとして12歳から中学生に進級する、と考えられます。

表にすると――

初等科
1年 7歳
2年 8歳
3年 9歳
4年 10歳
5年 11歳
中等科
1年 12歳
2年 13歳
3年 14歳
高等科
1年 15歳
2年 16歳
3年 17歳

――こうなります。

ですが、この考えがちょっと当てはまらなさそうなキャラがいまして……。
それが番長ことハリー・トライベッカで、彼女は15歳で高等科2年生というちょっとよくわからない年齢設定だったのです。
まあでもこれから誕生日が来て16歳になると考えれば何もおかしくはないのですが、どうしてハリーだけ誕生日前の年齢で表記するのか釈然としないものがあります。
まさかヴィヴィオたちもこれから11歳になるのか? と思い手持ちのなのは関連の本を読み漁っていたところ、おやおや? と思うことがありました。

まず、ViVidStrike!の設定資料集の最初のページに載っている身長の対比表があるのですが、そこには各キャラの年齢も載っていました。
そこにはこうありまして。

ヴィヴィオ 11歳
アインハルト 14歳
ハリー 17歳

おっと? これはどういうことだ?
ViVid初登場時点ではハリーが誕生日前の年齢表記であったことはこれでわかりましたが、アインハルトの年齢がズレてないかと新たな問題が浮上しました。
学年はViVidStrike!円盤第1巻付属の解説書にはアインハルトは中等科2年生、ヴィヴィオたちは初等科5年生と書かれているため学年は間違いないと思います。

え? じゃあヴィヴィオとアインハルトは3歳差? 学年も初等科6年生まであるのか?

とこれまでの認識が覆されかけましたが、追い打ちをかけるようにForce4巻のRecord17でトーマがヴィヴィオのことについてこのような発言をしています。

「教会系の学校に通ってる女の子で俺の二つ下」

トーマが巻頭のキャラ紹介を信じるなら15歳で、その二つ下ということは……13歳!?
しかもForce5巻のRecord20で登場したヴィヴィオが中等科の制服を着ていたことから、やはり初等科は5年生で終わりの模様。

つまりヴィヴィオの年齢と学年は――

新暦79年 10~11歳 初等科4年生 ViVid
新暦80年 11~12歳 初等科5年生 ViVidStrike!
新暦81年 12~13歳 中等科1年生 Force

――ってことに?

え? そうなると入学した段階で8歳になる年ということになるんだけど……つまり――

初等科
1年 8歳
2年 9歳
3年 10歳
4年 11歳
5年 12歳
中等科
1年 13歳
2年 14歳
3年 15歳
高等科
1年 16歳
2年 17歳
3年 18歳

――こういうことになる?
そうなるとハリーがやっぱおかしいんだけど!? 16歳になる年で既に高等科2年ってことになるんだけど!?
それにヴィヴィオもStrikes時代が5歳で次の年には8歳になるって計算になるんだけど!?
一体どういうこと!? ……と頭を悩ませましたが、作者はこう結論づけました。


深く考えるのはやめよう。この一点に尽きます。


一種の思考停止ですが、明確な答えもない――もしかしたらどこかにあるのかもしれませんが――ので年齢は原作どおりにとりあえず表記します。
もしかしたら小学校よりも前、通っていた幼稚園や保育園の差で入学する時期が人それぞれ違うのかもしれません。
そこはもうわからないので、この作品で明確にするのはひとつ、主人公ウィズの年齢と学年についてです。
ウィズの年齢は16歳(誕生日は4月4日)で入学したばかりの高校一年生、ということにします。
地球の日本準拠で、小学校も6年制の学校に通っていた、ということにします。
この方が作者としては書きやすいので主人公に関してはこれで通していきたいと思います。



最後まで読んでいただきありがとうございます。
何分遅筆なもので続きをあげるのに時間がかかるかもしれませんが、頑張って書きたいと思います。
次回もよろしくお願いいたします。

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