ViVid Infinity   作:希O望

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第二話になります。
こちらは二つに分割した内の一本目です。
よろしくお願いします。


第二話 合宿と模擬戦①

 

『やっほー、ウィズくん久しぶりー。元気にしてたー』

 

「…………」

 

 あの埠頭での出来事から一週間が経とうという頃、突如掛かってきた着信にうっかり出てしまったのがウィズにとって新たな面倒事の幕開けとなった。

 

『もぉそんなあからさまに嫌な顔しなくても、前みたいにそっちまで押し掛けたりしないから大丈夫だよ』

 

 ミッドチルダでは通話している相手の顔が映し出されるテレビ電話が主流であり、当然今もお互いの表情がはっきりとわかる。

 

 何が楽しいのかニコニコと満面の笑みを浮かべている女性に対しウィズはうんざりとした気持ちで迎え撃つ。

 

「で? 要件はなんです?」

 

『まあまあ、そんなに焦らなくても久しぶりにお話しするんだからまずはお互いの近況報告とかしようよ』

 

「…………」

 

 こちらの心情などお構いなしに自分のペースで話を進めようとする性格はどうやら変わっていないらしい。

 

「近況って……娘さんから聞いてたりしないんですかね?」

 

『勿論ヴィヴィオからよぉく話は聞いてるよ。もお、そろそろサプライズでウィズくんを紹介してヴィヴィオをびっくりさせようと思ってたのに、まさか偶然にも知り合っちゃってるんだもん』

 

「……十分びっくりしてましたよ」

 

 最初に邂逅した時の小さな女の子の反応を思い返せば、寧ろ彼女の計画が崩れてよかったと思わざるを得ない。

 

『本当はもっと早く連絡を取りたかったんだけど。ウィズくん、()()()色々思うことがあるかなーってちょっと遠慮してたんだよね』

 

 あの後、というのが世界戦決勝戦後のことだとすぐにわかる。

 

 世界戦を終えてしばらくした後、お世話になった彼女に一度お礼の連絡を入れていたのだが、その時のウィズの態度から察するものがあったのだろう。

 

 それ以降今日までこの強引な女性が何もアクションを起こさなかったのがその証拠だ。

 

『でも! ヴィヴィオやノーヴェから話を聞く限りもう大丈夫そうな感じだし、今日思い切って連絡してみました』

 

 こちらを慈しむような優しい微笑みと心配をかけていたという事実に気恥ずかしさを覚え、誤魔化すように捻くれた台詞が零れていた。

 

「あー、らしくないですね、気を遣うなんて」

 

『いやいや、ウィズくんの中の私ってどういう人物像なの?』

 

 慌てたように表情を崩しわざとらしく首を傾げる仕草を見ているととても社会人とは思えない。

 

 しかし、彼女はれっきとした大人であり職場では一目置かれる凄い人物であることを忘れてはならない。

 

 現にウィズもそんな彼女から直々に指南を受けているので、本来であれば頭の上がらない師匠的存在であってもおかしくはないのだが。

 

 

「いい加減、本題に入ってくださいよ……なのはさん」

 

 

 綺麗な栗色の長髪とクリクリとした人懐っこそうな瞳を持つ二十代前半の女性、高町なのはを前にするとどうしても尊敬よりも先に煩わしさが募ってしまうのだ。

 

『えー、ウィズくんは相変わらずせっかちさんだなぁ……うん、まあでも焦らすのも何だしね、お話ならこれからいっぱいできるし』

 

 ウィズにとって何やら無視できない事を口にされたが、それに物申す前になのはが意気揚々と高らかに告げてきた。

 

『おっめでとう! ウィズくんを3泊4日春の大自然旅行ツアーにご招待します!』

 

「………………は?」

 

 魔法も言動も一直線な彼女の動向に、ウィズは今も昔も変わらず翻弄されっぱなしなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『異世界での合宿……ですか?』

 

 透き通るような美しい碧銀の髪と紫と青の二色の瞳を持つ少女、アインハルトは電話越しに困惑した様子で聞き返してきた。

 

「そっ、あたしの姉貴やヴィヴィオたちも来るし練習相手には困らないと思うぞ」

 

 アインハルトに連絡を入れた相手、ノーヴェはそんな彼女の動揺を気にもせず朗らかに勧誘していた。

 

 毎年恒例の身内同士での異世界合宿、高ランクの魔道士が集うその合宿に参加すればアインハルトにとってもプラスになる。

 

 そういう考えもあるが、一番は教え子であるヴィヴィオたちともっと友好を深めてもらい、彼女の悩みを和らげる一因になってほしいというのが一番の本音だった。

 

 その思いを込めてアインハルトを説得しているのだが、如何せん反応が悪い。

 

『いえ、私は練習がありますので』

 

「いや、その練習のために行くんだけどな?」

 

 最初こそ突然の誘いに戸惑った反応を見せたが、それ以上大きな反響もなくすぐに落ち着きを取り戻して淡々と返事を返される。

 

(強引に誘ってもいいが、ここまで行く気を見せないとなぁ……)

 

 ノーヴェ自身、アインハルトがただ誘うだけで乗り気になるとは思っていなかった。

 

 だから多少強引でも無理矢理連れて行こうと考えていたのだが、彼女の芳しくない対応を見て改める。

 

(嫌々連れて行っても仕方ねえし、それでヴィヴィオとの仲が悪くなったら最悪だ……やっぱ一か八かアイツの名前を出してみるか?)

 

 頭に浮かぶのはつい最近出会った黒髪の少年のこと。

 

 アインハルトにとって色々と因縁が生まれた相手の名前を出すことが果たして吉と出るか凶と出るか。

 

「あー、実はな、これはあくまで予定なんだが……」

 

『? 何ですか?』

 

 煮え切らないノーヴェの言動に小首をかしげて不思議に見つめる。

 

「えーっと……アイツも来る予定なんだ」

 

 ピクリとアインハルトの眉が跳ねる。

 

『……アイツ、と言うのはもしかして……?』

 

 そして、無表情であることは変わらないが瞳の輝きは十割増していた。

 

「ああアイツ、ウィズも」

 

『行きます』

 

 即答だった。

 

 間髪入れずとはこのことをいうのだろう。ノーヴェの口からあの男の名前が出た瞬間、アインハルトから了承の返事が飛び出していた。

 

「え? いいのか?」

 

『はい、行きます、行かせてください』

 

 口調こそ淡々としているが、やはり瞳はギラギラと輝いていた。

 

 連れて行かなければ無理矢理にでも付いて行くと言わんばかりに煌めいていた。

 

 予想外の食いつきにノーヴェは引き気味になって頷いていた。

 

「わ、わかった。詳細は後でメールすっから」

 

『ありがとうございます』

 

 モニター越しにアインハルトが丁寧に頭を下げるのを見て、予定していたやり取りと微妙に違っていたが結果オーライだと前向きに考えることにした。

 

「これから試験だろ? 今日はとりあえずそっちに集中しろよな」

 

 ヴィヴィオたちと同じ学校の中等部であることから、彼女の学校事情を知るのはそう難しいことではない。

 

 ただ、今日の反応が静かに激しかったため試験に集中できるか無性に心配になってしまったのだ。

 

『はい、失礼します』

 

 ノーヴェの忠告が届いたかどうかわからないが、アインハルトは表面上は淡々と電話を切った。

 

 大丈夫かぁ? とその後も暫く碧銀の少女の試験内容を不安に思っていた。

 

 

 

 

 その日、アインハルトは完璧な解答で試験を終えた。……終える間際、解答用紙に氏名を書き忘れていることがわかり慌てて名前を書き入れる姿があったがそれは些末なことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでヴィヴィオたちが通うSt(ザンクト).ヒルデ魔法学院の試験期間も無事終わり、試験結果が生徒たちに送られた。

 

「というわけで、三人揃って花丸評価の優等生です!」

 

 満面の笑みで試験結果の通知書を持って自信満々に宣言したのは、陽の光で映える黄金の髪と紅と翠の虹彩異色を持つ高町ヴィヴィオだった。

 

 両隣には親友のリオとコロナが若干照れながらも同様の微笑みを浮かべ、それぞれの通知を見せていた。

 

 コロナは全教科100点満点の最高評価だが、フィジカル試験では三人の中で一番低いB評価だった。しかし、決して体力測定の数値が低いというわけではない。

 

 反対にリオはフィジカルでは最高のS評価だが、その他の成績は三人の中で一番低い。だが、それでも全て80点以上の高得点に変わりはない。

 

 ヴィヴィオは文系は100点を叩き出したがその他は全て90点台、フィジカルはA評価と二人の中間の成績と言える。

 

 名門の魔法学校に通っていることを考えれば、三人の成績は正に文武両道を地で行っている。

 

「わぁー、みんなすごいすごーい!」

 

 その結果を見て惜しみない称賛の声を上げたのはヴィヴィオの母親、高町なのはだった。

 

 娘とその友人二人を拍手で祝福し、それを受けた三人が更に照れたようにはにかむ。

 

「これで堂々とお出掛けできるね」

 

 なのはの隣から優しい声色で語りかけてきたのは、ヴィヴィオとは若干色合いの異なるしかし同様に美しい金色の髪を腰辺りまで伸ばした大人の女性だった。

 

 彼女はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、なのはとヴィヴィオの後見人でありヴィヴィオにとってはもう一人の母と言える人物だ。

 

 絶世の美女と呼んでも差し支えない外見と上品で落ち着いた物腰から隣のなのは以上に大人っぽく見える女性である。

 

 そんな二人からの称賛をひとしきり受け三人の前期試験報告会を終えた。

 

 これからの予定ではリオとコロナの自宅に寄り、そのまま空港まで向かう事になっているためヴィヴィオは着替えなどの準備をしようとする。

 

「あっ、ヴィヴィオちょっと待って、これからお客様が来ることになってるから」

 

「おきゃくさま?」

 

 なのはの呼び止める声に足を止めちょこんと小首を傾げた直後、まるでタイミングを計ったかのように高町家に来客を知らせるベルが鳴る。

 

「こんにちは、ヴィヴィオさん」

 

「あ、アインハルトさん!? ……とノーヴェ」

 

 自然とヴィヴィオが玄関口に足を向ければ、そこに居たのは最近知り合った先輩の碧銀の少女の姿があった。ついでに赤髪の師匠も一緒だ。

 

「この度の訓練合宿に同行させていただいても宜しいでしょうか?」

 

「勿論ですッ! もー全力で大歓迎ですよッッ!」

 

 アインハルトが同行を口にした瞬間、金髪の少女は大変興奮した様子で彼女の手を取りぶんぶんと上下に振って喜びを露わにした。

 

 二色の瞳に喜色満面の色が浮かび、来訪した少女をジッと射貫いていた。

 

 手を握られ見詰められた当人は困惑と羞恥が同居した表情を浮かべ頬を赤くしている。

 

「ほら、ヴィヴィオ上がってもらって」

 

 見かねたフェイトが注意するとヴィヴィオも過剰な反応で困らせたことに気付いたのか気まずげに笑って中へと案内する。

 

 居間に向かう二人の背中を見送った後、残ったフェイトとノーヴェの大人二人は楽しそうに会話をしていた。

 

「あの子が同行することを教えなかったのは正解だねノーヴェ」

 

「はい、まあでもこの後更に特大のサプライズが残ってますが……」

 

「ふふ、そうだね」

 

 フェイトの意味深な微笑みは既に奥へ消えたヴィヴィオが気づけるわけもなく。

 

 その後、アインハルトがなのはたちと顔合わせをひと通り済ませたところでヴィヴィオは自分がまだ制服姿であることを思い出した。

 

 気になる先輩をあまり待たせるのも忍びないと考えたのか、慌てた様子で着替えのため自室に向かう。

 

「じゃあ、私着替えとか準備してくるね!」

 

「あ、ヴィヴィオちょっとまっ……」

 

 フェイトが呼び止めようとした時には既に部屋を飛び出していて、彼女の声が娘に届くことはなかった。

 

 それでも尚追いかけようとしたフェイトを今度はなのはが止める。

 

「いいよフェイトちゃん。これ以上準備を後回しにするのも何だし、それに戻ってきていきなりあの子が居たらきっとびっくりするよ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 些細な悪戯心から楽しそうに笑うなのはに対しフェイトは少し不安そうな表情を見せる。

 

 ヴィヴィオの心情を考えると流石に例の人物と何の心構えもなしに鉢合わせるのは少しかわいそうだと思ってしまうのだ。

 

「? あの、アインハルトさん以外にも誰か来られるんですか?」

 

 二人のやり取りを傍目に見ていたリオが思わず口を挟んで聞いてくる。

 

「うん、あと一人特別招待客がね」

 

「特別?」

 

「……あっ、もしかして!」

 

 なのはが人差し指を立てて茶目っ気たっぷりに言うとリオは首を傾げたが、察しのいいコロナはある人物を思い浮かべる。

 

 そして、やはりぴったりのタイミングで玄関口からベルが鳴る。

 

「あら、噂をすれば来たみたい」

 

 今度は家主本人が出迎えるために玄関へと向かう。その表情はまるで待ちに待ったプレゼントがもらえる子供のような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィズは自宅から徒歩で目的地へ移動しながら、気乗りしない気分を懸命に奮起させていた。

 

(条件付きで了承したとはいえ、やはり気が重いな)

 

 これから向かう場所と待ち構えている人物を思い出すとどうしても足が重くなる。

 

(が、()()()の保護者と何とか連絡が取れた。いつまでも気落ちしてても仕方がねえ、切り替えていくか)

 

 彼は自身の目標のために生きている。その目標を達成するための近道となるのなら気まずい相手とも旅行でも何でも行く気概がある。

 

 しかし、実際そこまで気を張る事かと問われれば首を傾げる事柄ではあるが、微妙な年頃の少年には重要なことなのだろう。

 

 切り替えた思考で歩を進めればあっという間に目的の一軒家が見えてくる。

 

 周りは高級と言えば語弊があるが、決して安っぽくはない立派な家々が立ち並ぶ住宅街。

 

(家族二人、いや三人か、で住む家と考えれば十分でかいな。少なくともうちの実家よりはでかい)

 

 流石は公務員とどうでもいいことを考えながら、玄関前へと立ちインターホンへと手を伸ばす。

 

 一瞬の躊躇いの後、インターホンのボタンを押す。

 

「はぁ~い!」

 

 すぐさま中から姦しい声が上がり、ウィズは静かに一歩下がる。

 

 ガチャン! と勢いよく開いたドアは先程までウィズが居た位置を穿つように通過する。

 

「いらっしゃ~い! 待ってたよウィズくん!」

 

「えぇ、まあ、お久しぶりですなのはさん」

 

 満面の笑みで出迎えるなのはとは反対にひきつった笑いを見せるウィズ。

 

(後ろに下がらなきゃ直撃コースなんだよなぁ)

 

 開いたドアからの風圧で揺れる前髪を感じながらも心に思ったことは口にしない。

 

 この人との付き合い方は数か月前に既に学習済みなのだ。

 

「相変わらず反応悪いなぁ。あっ、ちょっと背伸びた? 前見た時よりも何だか大きく見えるね。あとちゃんとご飯食べてる? 先月から一人暮らし始めたって話だけど料理とか家事は大丈夫? それとそれと」

 

「いや、あんたは俺のおかんかよ……」

 

 ぐいぐいと詰め寄り矢継ぎ早に次々と質問が投げかけられ、それをうんざりとした様子でウィズが遮る。

 

 彼女から女性特有の甘い匂いが鼻に届くが、匂いの元が目の前の女性からだと思うと何だか微妙な気持ちになるのは何故だろう。

 

 なのはは若干不服そうに口を歪ませながらも、次の瞬間には先と同様の微笑みを浮かべて久しく会った少年を歓迎する。

 

「立ち話もなんだね。さあ、どうぞ入って入って」

 

「……お邪魔します」

 

 踏み入ったらもう逃げられない、という謎の確信があるウィズだったがここまで来て引き返すわけにもいかず誘われるがままに高町宅へ足を踏み入れる。

 

 花のような優しい香りと掃除の行き届いた清潔感のある空間に男一人で暮らす自宅とは雰囲気から大違いであると確認できる。

 

 なのはに連れられるように玄関を過ぎた辺りで、奥の部屋からぱたぱたと早足で鮮やかな金色を揺らして歩み寄って来る人物が見える。

 

 ウィズは彼女の気配に身を僅かに固くする。

 

 視線と視線が噛み合うとモデル顔負けの美貌を綻ばせ、女神の如き慈愛に溢れた笑みを浮かべる。

 

 そんな彼女の表情から二人が以前から顔見知りであったことが窺える。

 

「ウィズ、久しぶり。元気そうで安心した」

 

 ウィズがこれまでの人生においてダントツで一番と言える美人、フェイトに優しく挨拶を交わされ彼は反射的に頭を下げた。

 

「……はい、おかげさまで。……ぇ――ハラオウン執務官」

 

「ええぇ!? なんでそんな他人行儀なの!? 前会った時はちゃんと名前で呼んでくれたよね?」

 

 固く引き締められた表情もさることながら職業上での役職名で呼ばれた事実にフェイトはショックを受けた様子で詰め寄った。

 

「……いえ、前からこうですが?」

 

「う、嘘だよ、そんなことなかったよ? それにさっきも私の名前言いかけてたよね?」

 

「……いえ、ぜんぜん」

 

 涙目で狼狽し詰め寄って来る金色の美女から逃げるように視線を逸らし淡々と言葉を返す。

 

 彼女から香る薄い香水の香りが、世界で一番魅惑的な匂いに思えるのは何故だろう。

 

 ウィズの態度に更にショックを受けるもめげずに問い詰めようと口を開くが、それを横からなのはが遮る。

 

「まあまあフェイトちゃん。とりあえずリビングに行こうよ、話はこれからゆっくりできるんだし」

 

「なのは……うん、そうだね」

 

 親友に諭され一旦は落ち着きを取り戻したフェイトであるが、その心中は不安でいっぱいだった。

 

 例えるなら昔は懐いていた飼い犬が、家を出て久方ぶりに帰省した時には全く懐いていなかったかのような寂しさがあった。

 

 自分が何か気に障るようなことをしたのではないかと心配になっているのだ。

 

 そのせいかなのはに背を押されるように居間へと足を向けたが、チラチラと背後の少年の様子を気に掛けていた。

 

「ほら、ウィズくんも」

 

「ええ、はい」

 

 サイドポニーの彼女が手を取ろうとしてくるのを自然に避けながら、ウィズもその後に続く。

 

 そんなウィズに並ぶように立ち位置を変えたなのはが先を行くフェイトに聞こえないよう小声で囁いてきた。

 

「……まだフェイトちゃん相手だと緊張しちゃうの? 思春期だね~」

 

「……いいからあんたは黙ってろ」

 

 少しからかうように告げられたなのはの囁きに渋い顔をしてすかさずきつい口調で返していた。

 

 しかし、なのはは特段気にした風もなく、何が面白いのかニコニコ笑ってウィズの反応を楽しんでいた。

 

「…………ぅぅ」

 

「あっ」

 

 既にリビングへと続く扉へ手を掛けていたフェイトは背後で交わされる気心の知れた、ように見えるやり取りを悲しげに見ていた。

 

 誤魔化すように笑いながらなのははさらに友人の背を押して、リビングの扉を開けさせる。

 

 二人に続くようにウィズも部屋に入ると、そこには最近覚えた顔ぶれが揃っていた。

 

「やっぱりウィズさんでした!」

 

「わー本当だー!」

 

 真っ先に反応を返したのは小学生の二人だった。今日も元気よさそうにソファから立ち上がり明るい顔でこちらを見詰めてくる。

 

 先日の気まずい別れを経ても変わらずに笑顔を向けてくれることにほんの少し安堵を覚える。

 

「ああ、あの日以来だな」

 

 しかし、彼女らに気にした様子がなくともウィズの中では気まずさが残っていて、ぎこちない笑みが浮かんでいる。

 

 まずコロナがお行儀よくお辞儀を返し、続いてリオが天真爛漫な笑みを浮かべてから駆け寄ってくる。

 

「もしかして、ウィズさんも合宿に参加するんですか?」

 

「まあ、そういうことになるな」

 

 ウィズの参加を知った二人は感激したように手を取り合って喜びを露わにし、少年はそれを見て気恥ずかしそうに視線を逸らす。

 

 逸らした先には少女たちの体面のソファに腰かけていた赤髪の女性と目が合い、自然と会釈を返す。

 

 そのまま視線を彼女の隣に居る人物に移す――。

 

「それで? 一人いないみたいだがどうかしたのか?」

 

 ――こともなく、徐に話を変えて姿の見えない金髪の少女を探す。

 

 直後、反応を返したのは少女の母親でも友人でもなく、無視される形となった碧銀の彼女だった。

 

 ガタン、と音を立てて立ち上がり表情を険しくしてその紫と青の瞳で少年を射貫く。

 

「貴方という人は、わざとやっているんですか?」

 

「……あー、いやわりと気を遣った結果だったんだが」

 

 ウィズ自身入室した瞬間から発せられる強烈な熱視線に気付いてはいた。発生源が誰かということも含めてだ。

 

 だが、あの別れ方から今日まできてどう反応をすればいいのかまだ決めかねていたのだ。

 

 反応に困ったからといって無視するように話を進めたのはどうかと思うが、彼なりに気を遣ったのは確かだった。

 

 それでもアインハルトは眉をぴくぴく痙攣させて怒りを露わにする。

 

「気を遣う相手を無視する人なんていませんよ。貴方という人は本当に……」

 

 怒る彼女を目にして根源たる少年が抱いた感情は諦念と少しの罪悪感だった。

 

(やっぱ良い印象は抱かれてないみたいだな。まあ身体的特徴を貶した発言を勢いとはいえ言ってしまったんだし、仕方ないっちゃ仕方ないんだが)

 

 ウィズは別に少女から好かれたいと思っているわけではなかったが、それでも礼節を重んじる程度には関心を持つ相手でもあった。

 

(謝罪、した方がいいな)

 

 先日は有耶無耶のまま一方的に別れを告げてしまったことが心残りではあったため、気まずいが今回の邂逅は好都合とも言える。

 

 一度決断したのなら即行動に移すのがウィズ・フォルシオンの長所であり短所でもある。

 

 周囲の視線が気になる所ではあったが、潔く謝罪の言葉を口にしようとしたその時だった。

 

 ドタドタ、と玄関へと続く扉とは別の扉から慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

 その音は次第に大きくなり誰かがこちらに近づいてきていることがわかる。

 

 それが誰なのかなど考えるまでもないのはこの部屋にいる全員に言えることだった。

 

「ママ、この前買ったリボン知らな……い……」

 

 ドアを開けて顔を出したのは想像通り金髪オッドアイの愛らしい少女のヴィヴィオである。

 

 リオとコロナがまだ制服姿なのに対し彼女は既に私服へと着替えを済ませていて、可愛らしいフリルがあしらわれたワンピースを着用していた。

 

 着替えはばっちりなヴィヴィオだったが未だ未調整なのは彼女の髪型であった。

 

 普段ツーサイドアップにしている編んでいる髪は全て下ろされ、背中まで届くロングヘアーを晒している。

 

 少女の私生活の姿を見られて何故か得した気分になるウィズだったが、すぐにヴィヴィオの異変に気付く。

 

 ドアを開け居間に顔を出したまではよかったが、ウィズの姿を視認した瞬間言葉が尻込みし表情が固まる。

 

 そのまま暫し見つめ合いながらも奇妙な空気が流れ、疑問に思いながらもとりあえず挨拶を返すことにした。

 

「お邪魔してるぞ」

 

 短く簡潔な挨拶を向けられても金髪の少女は紅と翠の大きな瞳をまん丸に見開いて固まったままだった。

 

 これはちょっとおかしいぞ、と本格的に心配になってきた時ようやく彼女から反応が返ってきた。

 

「………………にゃ」

 

「?」

 

 何故猫? と首を傾げるが直後にはその思考も霧散する。

 

 

「にゃあああぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 

 みるみるうちに顔を真っ赤に染めると同時に叫び声を上げて家の奥へと駆け出してしまった。

 

「…………」

 

 驚いたのは絶叫を上げられたウィズ自身もである。

 

 何故顔を見られただけであそこまで動揺したのか見当もつかなかった。

 

(先日の件でやばい変質者だとでも認定されたのか? いや、だったら頬は赤くしないよなぁ)

 

 この事態を把握するためにとりあえず少女の母親に視線を向ければ彼女は乾いた笑いを浮かべていた。

 

「あはは、驚かせようと思ってウィズくんのこと黙ってたんだけど、ちょっとタイミングが悪かったみたい」

 

「はあ、タイミング、ですか?」

 

 どのタイミングであったら顔面がトマトになる現象を防げたのか、そもそもの原因もわからないことには防ぎようがない。

 

 だからこそウィズは好奇心故に反射的に聞き返していた。

 

 それに答えたのは母親たる高町なのはだった。

 

 彼女はまるで不出来な弟を窘める姉の様に指を立ててウィズに言った。

 

「わかってないなウィズくんは。女の子にとって身嗜みを整えてる最中の姿を異性に見られるのは凄い恥ずかしいことなんだよ」

 

「…………」

 

 ウィズは半ば納得がいかない説明に内心で顔を顰める。

 

 確かに男の自分に女性の羞恥心を把握することは不可能だ。しかし、それにしてもあの反応は少し過剰に過ぎると思ってしまった。

 

 そんなことを思いさらに今さっき先日の出来事を反芻していたからか彼の口から余計な一言が付いて漏れる。

 

「別に()()と比べたらただリボンをしてなかっただけで大袈裟だな、とおも――」

 

 その時、視界の端から燃え上がるナニかを感じ取った。

 

 ぎくりと身体を強張らせ恐る恐るそちらに視線を向けると、冷めているが燃え上がっている瞳でこちらを見つめる碧銀の覇王娘が居た。

 

 燃え上がっていると感じたのは彼女が発する怒りのオーラを幻視したのだ。

 

「アレ……というのはもしかして私のことでしょうか?」

 

 静かに、そして圧が込められた声色に確かな後悔の念が心中を渦巻く。

 

「あー、いや、今のは例えだ。深い意味はない」

 

 言葉にしてからこれでは()()がアインハルトの痴態と認めたことと同義であると気づいた。そして、気づいたのが致命的に遅かった。

 

「そうですか、例えに出すほど恥ずかしい姿でしたか、そうですか」

 

「あー、だからな、その……」

 

 アインハルトの静かな怒りを前にそれ以上言葉が続かない。

 

 周りでは先日の事件を知っていてウィズに呆れや咎めるような視線を向ける者と事情を知らず首を傾げる者とに分かれた。

 

(あー、これはやっちまったな)

 

 謝罪するタイミングを見失ってしまった自分の失態を心底情けなく感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿先の異世界へ移動する次元船の中、二人の空気は非常にきまずいものだった。

 

 最初は再会したウィズとぎこちなく接していたヴィヴィオもその空気を察し二人を取り成すように動いてくれていた。

 

 途中合流したスバルも同様に持ち前の明るさで場を盛り上げてくれたが結果は芳しくなかった。因みにティアナはウィズの二度目の失言を聞いて冷めた視線を送ってきた。

 

(申し訳ない、本当に申し訳ない!)

 

 二人の仲を取り持とうと動いてくれたヴィヴィオや他二人の小学生たちに感謝と罪悪感で心が埋め尽くされていた。

 

 ウィズも何度か謝る機会を伺っていたのだが、アインハルトの反応が余りにも悪かったため上手く切り出せなかった。

 

(あの目はやばいってまるで塵屑でも見るかのような冷たい目。美少女だからより一層迫力があるって)

 

 つい最近まで年頃の女子とまともに交流のなかったウィズにとって年下の美少女のご機嫌取りなど到底できるものではない。

 

 ましてやアインハルトは一般的な女の子のカテゴリーからは逸脱した気質を持つ子だ。

 

 そんな女の子に対してどう切り出せばいいのかウィズには全くわからなかった。

 

 

 

 

 

 ウィズが女心に頭を悩ませている中、少し離れた席に座るフェイトに話しかけるティアナの姿があった。

 

「あの、フェイトさんちょっとお聞きしたいことが」

 

「うん? いいよ、私に答えられることならね」

 

 気まずそうに表情を歪めるティアナとは反対にフェイトは穏やかな表情で返した。

 

 ちらりと気まずそうに頬杖をついて窓の外を眺めている少年を一瞥してからティアナは口を開く。

 

「彼、ウィズについてなんですが」

 

 ティアナの言葉に一瞬きょとんと呆けたフェイトだったがすぐに何かを察した様子で頷いた。

 

「そっか、ティアナが正式に私の補佐付きになる直前のことだったけど覚えてたんだね」

 

「はい、あの彼のことをフェイトさんは……」

 

「うん勿論覚えてるし、実はあの()()以降にも偶に連絡を取ってたりしてたんだ」

 

「そう、なんですか」

 

 フェイトの行動を意外、とは思わなかった。彼女は自身が関わった事件で度々被害者の子供に対し手厚い対応を取ることがある。

 

 時には身寄りを失った子の保護責任者として名乗り出るケースもあるほど金色の執務官は子供に対して思いやりに溢れていた。

 

 そんな彼女が()()()()()()()()()であるあの少年とコンタクトを取っていたとしても不思議ではない。

 

 被害者ではあるが、彼の残した結果を考えればその単語だけであの少年を語るには到底足りない。

 

「フェイトさんから見て、その……ウィズはどういう子ですか?」

 

 ティアナは正直に言って一抹の不安を抱いていた。

 

 これまでウィズと接してきて彼が決して悪い人間であるとは思っていないが、あの顛末を思い出すとほんの少し不安になる。

 

 ヴィヴィオやアインハルトたちとこのまま関わらせて良いものかと。

 

 フェイトは言いにくそうに呟くティアナの様子を見て、彼女が何を考えているのか静かに察した。

 

 彼女の不安を払拭するように口元を小さく綻ばせてフェイトは口を開いた。

 

「いい子だよ、とっても。あの時だって傷ついた人を助けるための行動なんだし」

 

「そうだったんですか」

 

「うん、詳しい話はウィズに許可をもらってからにしたいけど、ティアナが知りたいなら今度聞かせようか?」

 

 それは個人的ではなく執務官として知りたいかと暗に言われたと理解したティアナは首を振った。

 

「いえ、フェイトさんが信頼されてるのなら何も心配ないですよ」

 

 笑みを浮かべながらそう告げると会釈をして自分の席に戻った。

 

 その途中、たった一人の少女の態度に冷や汗を流し右往左往している少年の姿を見て、先ほどまであった小さな胸のつかえは完全に消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元船で約4時間、目的地である無人世界カルナージに到着した。

 

 無人という名の通り、本来人が住み着いていない惑星ではあるのだがそこに別荘やら宿泊施設を建てることも珍しくはない。

 

 避暑地のような扱いではあるが、近代都市が建ち並ぶミッドチルダの人が天然の自然を味わうにはもってこいなのだ。

 

 そういう意味でもここカルナージは豊かな自然が溢れ、年中温暖な環境であるため適していると言える。

 

 ウィズがその星に足を着けた時、感じたのはとても空気が澄んでいるということだ。

 

 都会にはない新鮮な空気は自然が生い茂った環境で人間の手が入っていないからこそ味わえるものだった。

 

 そんな中、衛生的には澄んでいても気分的には自分の周りには澱んだ空気が流れているのを感じている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 この澄んだ大気とは裏腹にウィズとアインハルト、両者の間にある空気は澱み、溝は未だに埋まる気配がない。

 

 悪いのはウィズだ。彼自身それは大いに理解している。だが――。

 

 

 

『……あー、ガム食うか』

 

『結構です』

 

 

 

 ――会話の掴みさえまともにできない現状にもうお手上げであった。

 

 そもそもガムはないだろガムは、と思うのだが年下の少女のご機嫌取りなど今までの人生で皆無であるためどうにも尻込みしてしまっている。

 

 ということで次元船内でのアプローチに失敗したことで現状様子見という判断を下した。

 

 時間が解決してくれるだろうと一種の思考停止でもあるが、ウィズにとって美少女の扱いなど猛獣を躾けるよりも難しいことに思えた。

 

 周囲の人達、特にヴィヴィオが気遣ってくれているのは感じていて申し訳なく思っているがとりあえずアインハルトの機嫌が落ち着くのを見てから謝罪を切り出そうと考えていた。

 

 そんなこんなで次元船を降りてひっそりと集団の後ろに付いていく形をとっている。

 

「みんな、いらっしゃーい!」

 

 それを迎えたのは一組の親子だった。鮮やかな紫色の髪に髪型、さらに顔立ちまでもよく似た母と娘が笑顔で出迎えてくれる。

 

(まーた、美人さんだよ。流石にもう慣れてきたが)

 

 ここ最近で周囲の顔面偏差値が急上昇している事実にウィズはもう驚かなかった。

 

 親子の出迎えに答えたのは保護者代表であるなのはとフェイトだった。

 

 二人の挨拶を筆頭に他の人たちも頭を下げたり気軽に言葉をかけたりと思い思いに掛け合う姿から既に面識のある人同士だと読み取れる。

 

 ウィズはとりあえず空気を読んで軽く会釈だけ返していた。

 

「遠くからご苦労様です。おいしい料理いっぱい用意したからゆっくりしていってね」

 

「ありがとうございます」

 

 大人は大人で労いの挨拶から荷物の置き場所や今後のスケジュールの確認などを行い。

 

「ルールー! 久しぶりー」

 

「うん久しぶりだねヴィヴィオ。コロナも」

 

「うん! ルーちゃん!」

 

 子供は子供で互いに笑みを浮かべ久方ぶりの再会に喜びあっている。

 

 ヴィヴィオとコロナは紫の少女と前々から面識があるようで、リオも通信越しではあるが交流があったようだ。

 

 初めて直に対面してもお互いに気負うことなくルールーと呼ばれた少女がリオの頭を撫でている。

 

 こうして知り合い同士のコミュニティが形成されると非常に居心地が悪くなるのが第三者であるウィズとアインハルトだ。

 

 だがそんな仲間外れを許容する冷淡な人間はこの場には一人としていない。

 

 すかさずヴィヴィオは後方で手持ち無沙汰な状態で立ち竦んでいたアインハルトを前面に出した。

 

「それでルールー、こちらがメールでも紹介した……」

 

「アインハルト・ストラトスですっ」

 

 やや緊張した面持ちで頭を下げる少女に笑顔で相手も応える。

 

「そしてもう一人紹介したい方がいるの」

 

 続いてヴィヴィオが後ろで佇む少年へ向けて腕を伸ばして彼に視線を注目させる。

 

 ここで羞恥心によっておざなりに挨拶するほど思春期の男子してはいないのがウィズという男である。

 

「ウィズ・フォルシオンだ、よろしく」

 

 金髪の少女に紹介されたウィズを興味深げに眺めるのもつかの間、すぐに初対面の二人に向けて少女は自己紹介をする。

 

「ルーテシア・アルピーノです。この星で暮らしているヴィヴィオの友達、14歳」

 

 彼女は先も述べた通り、紫色の髪を腰まで伸ばし前髪を分けてチャーミングなおでこを出しているのが特徴的だ。

 

 母のメガーヌを見れば少女が将来美しい女性に成長することは簡単に予想できる。

 

 軽く微笑みながらルーテシアが自己紹介を終えると、今度はフェイトの方から二人の人物を紹介された。

 

「ウィズ、アインハルト、紹介するね。ふたりとも私の家族で……」

 

「エリオ・モンディアルです」

 

「キャロ・ル・ルシエです。こっちは飛竜のフリード」

 

 エリオは赤髪の美少年、背も年相応に伸びていて爽やかな笑みが印象的な正にイケメンという言葉が似合う少年だった。

 

 キャロは桃髪の美少女、小柄だが幼い顔立ちや愛らしい微笑みから小動物的な可愛らしさを感じる少女だった。

 

 そのキャロの肩付近を飛んでいる白い子供の竜が挨拶するようにキュクルーと独特な鳴き声を挙げている。

 

 実際に会うのは初めてではあるが、ウィズはこの二人の顔や名前を実は知っていた。

 

 それはフェイトと交流していた中で彼女が記録していた写真や映像を見たことがあり、その中に二人の姿もあった。

 

 エリオとキャロは過去に色々とあったらしく今はフェイトが二人の保護責任者の立場にある。

 

 フェイトが私の家族と称したのはそういう理由もあったからだ。

 

 互いに会釈を交わし合うとルーテシアがキャロのことをちびっこなどと揶揄している。

 

 本気で貶しているわけではなく、気心の知れた友人同士特有のイジり合いなのが見て取れる。

 

 その後もいかつい見た目の黒い人型生物の登場にアインハルトが過剰に反応したり、それがルーテシアの使い魔であるとわかって慌てて謝罪したりと彼女の生真面目さを感じる一場面もあったりした。

 

 それをちょっとにやけた様子でウィズが見ていたら、責めるように鋭い視線をアインハルトから向けられた。

 

 だが、先ほどまでの凍えるような視線に比べたらまだかわいいレベルになっていたので、この調子ならこちらの話も聞いてくれるかもしれないと思えてきた。

 

「じゃあウィズくん、荷物を置いて着替えたら早速トレーニングを始めるよ。準備できたらアスレチック前に集合ね」

 

 そんな時、なのはが近づいてきてそう告げてきた。相変わらず距離が近かったが、この女性に対して何を言っても無駄だと諦観の念を抱いている。

 

 トレーニングメニューは大人組と子供組で違うらしく、ヴィヴィオたちと保護者としてノーヴェは何やら水着に着替えて川に行くらしかった。

 

 アインハルトはこちらに混ざりたそうにしていたが、ちびっ子らの誘いとウィズとの気まずい空気感から最終的に子供組に混ざることになっていた。

 

 ウィズとしてももう少し時間を置きたいと考えていたところだ。一時的な現実逃避に近いが、このまま話しかけても堂々巡りになるためその判断は間違いとも言えない。

 

 言われたとおり動きやすいジャージ姿に着替えて、指定された場所に行けばそこには赤髪の少年が居た。

 

 他の女性陣はまだ着替えに時間がかかっているのだろう。どんな時でもそういうことは男の方が早いのは自明の理だ。

 

「あっ、どうも」

 

「おう、えーっとエリオって呼べばいいか?」

 

「はい、じゃあ僕もウィズさんと呼ばせてもらいますね」

 

 ウィズは初対面でも男相手に緊張するほど人見知りしていない性格であるし、数少ない同じ男という存在を無碍にはできない。

 

「別にさんもいらねーぞ。社会的立場はそっちの方が上なんだし」

 

「いえいえ! 年齢は僕の方が年下ですから」

 

 ウィズの方は言った通り敬語抜きで話してもらって一向に構わなかったのだが、真面目な性格なのかエリオが恐縮したように手を振って遠慮したためそれ以上は追及しなかった。

 

「エリオもなのはさんに訓練してもらったことがあるんだっけ?」

 

 とりあえず彼の中で目の前の少年と話を広げられる共通の話題と言ったらこんなことしかなかった。

 

「はい、四年前に同じ部隊の教官として鍛えてもらいました」

 

「あー、そういえばテレビでやってたわ、奇跡の部隊とか呼ばれてるやつ。まさかそんな有名人と知り合いになれるとは当時は思ってもいなかったな」

 

 ミッドチルダに住んでいる者なら誰もが知っている過去に類を見ない大テロ事件。首謀者である犯人の名前からJS事件などと呼ばれているが、ウィズはその事件について一般人と同程度の知識しかない。

 

 なのはが事件を解決した立役者であるというのは周知の事実だが、エリオもその一人だとは思わなかった。

 

 自分よりも年下の少年、しかも四年前であれば10歳の子供が事件解決に一役買っていたとはとんでもない話だ。

 

「そんなこと言ったらウィズさんの方が僕なんかよりもずっと有名だと思いますよ」

 

「ぬっ」

 

 確かにウィズは全世界で素顔を生中継された身だ。その影響力は身をもって実感している。

 

 なのはや部隊自体が大きく取り上げられても、一隊員のエリオはそれほど一般には知られていない事実を考えると自分の方が遥かに知名度が上ということになる。

 

 その事実にやはり外を歩く時はフードを欠かせないなと再認識したウィズだった。

 

「……まあ俺のことはいいとして、だとしたらさっき一緒にいたキャロ・ル・ルシエ、だったか? あの子も同じか?」

 

「ええ、僕とキャロはフェイトさんのチームでしたし、スバルさんやティアナさんはなのはさんのチームだったんですよ」

 

「あー、そうかあの人たちもそういう繋がりか」

 

 子供組は年齢的にないとしても、この流れだとノーヴェやルーテシアも同様の繋がりがあると推測できる。

 

 つまりこの合宿は奇跡の部隊の同窓会にも似たイベントということになる。

 

(アインハルトは、美少女だからいいとして。完全に俺は部外者じゃねーか、よくもこんなとこにしれっと連れてきやがったなあの砲撃女)

 

 何故美少女だと大丈夫なのかウィズ自身すら理解していない悪態を心の中でつきながら、砲撃大好き教導官を憎々し気に思った。

 

「そういえば、僕もって言ってましたけどウィズさんもなのはさんに教えてもらったことがあるんですか?」

 

「ん? あの人から聞いてないか? 半年くらい前に射砲撃の指導をしてもらったことがあるんだよ」

 

 あれはIM(インターミドル)世界戦決勝前のことだ。()()に対抗するためには、どうしても遠距離からの攻撃方法を身に付けておかなければならなかった。

 

 ただ射撃や砲撃魔法を使うだけならばウィズもできた。しかし、決勝の相手に通用するほどの練度であったかと言えば、否である。

 

 付け焼き刃の魔法では傷を付けるどころか瞬く間に飲み込まれ致命的な隙となることはわかりきっていた。

 

 そのために助力を乞うた。過去に縁を結んだフェイトという伝手を使ってまで。

 

「まあ、ほんの一週間程度だったけどな」

 

「へー、そうだったんっ……ですかー」

 

(ん? 今少し変な間があったな)

 

 会話の中で不自然な間を感じたが、深く疑問を抱く前にエリオが続けて言葉を口にしてくる。

 

「やっぱりなのはさんの指導は厳しかったですよね」

 

「んー、まあ厳しかったというよりも理不尽だったな」

 

 その言葉に何故かエリオは顔を引き攣らせる。しかし、ウィズはその表情の変化に気づかなかった。

 

「え? り、理不尽ですか?」

 

「そうさ、こっちは射撃を教えてもらいに来たのに初っ端いきなし『じゃあ模擬戦しようか』だぞ? 今考えても意味がわからん」

 

 出会って自己紹介した直後に今の言葉を言われ、当時少年の口からは思わず飛び出たのは一文字、「は?」だった。

 

 そもそも彼が教えを乞うたのはフェイトであって、白い教導官ではなかったのだ。

 

 見知らぬ女性が変わりに現れたことに混乱し、名前を聞いて更に驚愕し、先の一言で頭の中は意味不明になった。

 

「あの」

 

「てっきり格闘戦を計りたいのかと思ったら、飛翔して空からバンバン砲撃撃ってきやがる。何がしてーんだこのアマって正直カチンと来たね」

 

 赤髪の少年を遮るように言葉を重ねてしまったが、以前から沸々と抱いていたなのはへの不満がここに来て沸騰した。

 

 高町なのはを身近に知る人物を前にしてようやく話せる愚痴のため、大変機会が少なくさらにそれが同性とくれば口からポロポロ零れ出る。

 

 そこにはアインハルトからの不機嫌オーラをチクチク受けていたストレスも加味されていたかもしれない。

 

「こっちは射撃ができないから教えてもらいたかったのに、射撃しか届かないような距離から一方的に攻撃してきやがって、もう腹が立って全力でぶん殴りに行ったわ」

 

 あの時は文字通り跳んで行った。全力で地面を蹴り、気持ちはロケットのように天を目指す勢いで跳んだ。

 

 エリオは何か諦めたように疲れた笑みを浮かべ、それ以上何も言わなかった。

 

「何度も叩き落されたが、その内()()を掴んでな。最後の最後で懐に飛び込んでどたまに思いっきり一発ぶち込んでやったんだよ。さっきまで澄ましてた顔がたんこぶ作って涙目になってるのを見て滅茶苦茶スッとしたね」

 

 その言葉にエリオは少なくない驚きを覚えた。

 

 ウィズの殴ってスッとした発言――にもちょっと引いたが、そちらではない。

 

 あのエースオブエースに模擬戦で一発クリーンヒットを入れたことだ。それがどれだけ難しいのか身を持って知っているからだ。

 

 自分の時は四人チームでようやく初めてなのはに一撃入れられたというのに、彼は一人でしかも当時付いていたリミッターもない万全のなのはに対してだ。

 

 それを考えればエリオが抱いた驚きも一入だった。

 

「第一あの人は性格が悪ぃよ性格が、人が一生懸命やってる横でニヤニヤ笑ってやがるんだぜ? 性根がネジ曲がってるつーか、だから彼氏の一人もできないんだっつの」

 

「へ、へー」

 

 とうとうエリオの表情が青褪めてきた。ようやくそこでウィズは彼の異変に気がついた、が全てはもう遅かった。

 

 

 

「――ふーん、やっぱり私のことそういう風に思ってたんだね? ウィズくん」

 

 

 

 白き魔王が静かに立っていた。

 

 まるでオーラのような怒りを全身に表し、こめかみに青筋を浮かべて笑っていた。

 

「…………」

 

 ウィズは何も言わずに顔だけ動かし後ろを振り向いた。

 

 そして、なのはの全身を観察するように下から上へ視線を動かす。

 

 彼女の足は地面を着いておらず、少しばかり宙に浮いている。しかも自分との距離は気配を感じ取るギリギリのラインを保っている。

 

 つまりなのはは音もなく風も起こさず空気も乱さず低空飛行でウィズの背後まで近づき、彼が勘づく限界の距離まで近づいてきていたのだ。

 

 きっといきなり背後から現れてウィズのことを驚かせようと考えていたのだろう。

 

 それにしてはやることが超一流の空戦魔道士の技術をフルに活用している事実に黒髪の少年は呆れ果てていた。

 

「見ろよエリオ、こんなくだらないことに全力を出す奴が俺たちの先生なんだぜ? 呆れて物も言えねえよ」

 

「こらー! 話を逸らさない! というかいっぱい言ってた、私の悪口たくさん言ってたでしょ!」

 

「悪口じゃねえ愚痴だ!」

 

「同じようなものだよ! それに最後のはぜっったいに悪口だった! 性格悪いとか性根が曲がってるとか、挙句の果てには彼氏がいないとか!」

 

「悪口じゃねえ事実だ!」

 

「彼氏のこと以外はウィズくんの思い込みでしょ! ニヤニヤって私が嫌らしく笑ってたみたいな言い方して! ニコニコだよニコニコ! ウィズくんの成長を温かく見守っていたんだよ!」

 

 突如始まった二人の言い合いにエリオはオロオロと困った様子で右往左往していた。

 

 興奮したなのはが一気に詰め寄って掴みかかるような勢いでウィズを責め立てる。

 

 それにウィズも引かずに端的に言葉を返す姿勢を崩さない。

 

「大体彼氏がいないのがそんなに悪い!? リア充じゃないから!? 残念でした、私には(フェイトちゃん)愛娘(ヴィヴィオ)もいるもんねぇ!」

 

「……あんた、リア充とか知ってるのな」

 

 

 栗色のサイドテールを振り乱して言い寄る迫力に押されたというよりも彼女のイメージから外れた言葉を口にされ思わず素に戻りかける。

 

 だが、いやいやと首を振ってウィズは自分がされた仕打ちを思い出す。

 

「それはそれとして、あんたのやり方は何でも唐突過ぎるんだよ! 模擬戦の時然り、家に押し掛けてきた時然り! 言葉が足りないことがよくあるよな!」

 

「うぐっ」

 

 その辺りはなのはも自覚があるのか図星を突かれたように言葉に詰まる。

 

 だからといって、このままやり込められるのを許すエースオブエースではない。

 

「そういうことならウィズくんだって――」

 

 そのまま二人であーだこーだ言い合っている内に後ろからフェイトたちが追い付いて来た。

 

 教え子たちは師の思わぬ一面を見て全員目を丸くしている中、金髪の執務官が仲裁に入ることでようやく落ち着いた。

 

 エリオに経緯を聞いても要領を得なかったため、今一釈然としないながらも何事もなかったかのように切り替えたなのはの誘導に従い訓練は始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(どうしましょう……)

 

 美しい碧銀の髪をツインテールにして三つ編みで巻くという特徴的な髪形と左側に大きな赤いリボンを付けた少女、アインハルト。

 

 彼女は元来感情が表情に出にくい――意図的に隠している伏もあるが――性質であり今も特段表情に変化はない。

 

 口元を引き結び、二色の瞳には何ら動揺の色も見えないが、その実彼女の心中はぐるぐると思考のループに陥りかけていた。

 

 原因はひとつ、つい最近知り合ったウィズという男にある。

 

 出会いは朧げな記憶の中にあり、詳細までは思い出すことはできない。

 

 彼が証言した事実と自身の微かな記憶を辿れば、あまりにも非常識な蛮行に及んだことがわかってしまった。

 

 同時に彼の持つ桁外れの力量も悟ってしまった。

 

 そのため、どうしても試してみたくなった。

 

 自分が継承した覇王の拳と彼の拳、どちらが上なのか。

 

 ……結果は惨敗もいいところではあったが、何物にも代えられない経験をすることができた。

 

 これからも定期的に拳を合わせたいと思うほどに、黒髪の少年との一戦は心に残ってしまった。

 

 だというのに、だ。

 

(どうしましょう……このままでは再戦どころではありません)

 

 現在進行形で拗れてしまっているウィズとの関係に彼女自身も頭を悩ませていた。

 

 きっかけは以前の試合の後、彼が放ったデリカシーに欠けた一言にある。

 

 その後再会の折にも同様の言葉を浴びせられ、売り言葉に買い言葉となり両者の間には冷え切った空気が流れている。

 

(なにか、なにかきっかけがあれば……)

 

 アインハルトもいつまでもこの気まずい状況をよしとはしていない。

 

 このままでは試合の申し出も満足にできないどころか、周囲の人たちにも気を遣わせていることにも気付いている。

 

 どうにかしようと思ってはいるのだが、如何せん理屈を感情が上書きしてくるかのようにウィズの顔や声を見ると素直になれない。

 

(いえ、私のせいだけではありません。あの人の方だって、もっとこう……やり様があると思います)

 

 ガムを渡されそうになった時は、怒りや呆れを通り越して無になっていた自覚がある。

 

 あそこでガムを受け取って許せばよかったのだろうか。いや、それは覇王としても一人の女としてもあり得ない選択と断言できる。

 

 ガムはないだろう、ガムは。

 

 せめて女性が好む菓子の類を渡すなり、それこそお詫びに試合のひとつでも応じてくれればこちらも謝罪を素直に受け入れられただろう。

 

 ――とそこまで考えてアインハルトはふと気づく。

 

(一体どうしてしまったのでしょう……試合さえできればそれでいいでしょうに、何を迷っているのですかっ)

 

 今までの自分であればなりふり構わず戦いを挑んでいた筈なのに、まるで拗ねた子供のように意固地になっている伏がある。

 

 彼と関わってからというもの自分の思考が乱されっぱなしだった。

 

 思えば親族以外の男性とここまで距離を近づけたのは初めてかもしれないと思い至る。

 

 初めての経験故に慣れていないだけなのだろうかと頭を悩ませていた時。

 

「――アインハルトさん!」

 

「っ! はい!」

 

 ふいに子供特有の甲高い声に名を呼ばれ、条件反射的に顔を上げて返事をする。

 

「どうされました? 気分でも悪いんですか?」

 

 声の主は自分と同じ虹彩異色の少女、ヴィヴィオだった。この旅行が始まってからというもの、アインハルトとウィズの仲を必死に取り持とうとしてくれた心優しい少女だ。

 

 彼女の心配そうにこちらを見つめる視線に、思考に耽っていたことで忘れかけていた今の状況を思い出す。

 

 今は彼女を始め、リオとコロナ、ルーテシアにそして保護者としてノーヴェが付き添いながら川で水遊びをしていた。

 

 水遊び、というには少しアグレッシブな運動ではあったが笑顔で水の中を駆け巡る様は遊んでいるというのが一番しっくりくる。

 

 ただ、その元気っぷりに水中に慣れていないアインハルトは少し畔に腰を落ち着かせて小休憩を取っていたところだった。

 

 休憩中にふと例の少年のことが頭を過ぎり、思いを巡らせて上の空になっていたのだろう。

 

 その様子をヴィヴィオが見て取り、気遣ってくれている。

 

「いえ、大丈夫です、問題ありません。少しばかり考え事をしていただけです」

 

 そんな彼女の憂いを晴らすように簡潔に答えた。

 

 よかったぁ、と胸をなでおろす姿から本当に純粋で優しさを持った少女なのだと再確認する。

 

「確かにちょっとボーっとしてたからな。体調が悪かったら我慢せずに言えよ」

 

 横から声をかけてきたのは赤髪の女性でこの場では唯一の大人のノーヴェだった。

 

 先の自分が起こした暴行紛いの襲撃からは考えられないくらい手厚く面倒を見てくれていて、更には今回の旅行にも誘ってくれた人だ。

 

 段々と頭が上がらなくなっている女性からの忠告に素直に頭を下げる。

 

「はい、本当に大丈夫ですので」

 

 ぺこりと小さくお辞儀を返すとすかさずヴィヴィオが声高らかにアインハルトを新たな遊びに誘ってくる。

 

「アインハルトさん、これからみんなで『水斬り』をやってみようかと思うんです! アインハルトさんも一緒にやりませんか?」

 

「……水斬り、ですか?」

 

 中々物々しい呼称に何をするのかと訝し気にしていたアインハルトだったが、説明と実演を見聞きしてすぐに武闘家の魂に火が点いた。

 

 上手くいかない水斬りにすっかりのめりこみ、何度も試している内に例の男との問題は自然と頭の隅に追いやられていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーい、じゃあここで一旦休憩にしまーす」

 

 時計の針が一周した辺りでトレーニングの指揮を執っていたなのはから声が上がる。

 

 全員一斉に返事をしたが、一部を除いてその声からは疲れの色が滲み出ていた。

 

 それもそのはず、現役の戦技教導官であるエースオブエースのフィジカルトレーニングは日頃現場に駆り出される局員であってもきつかった。

 

 少なくとも事務仕事もある多忙な執務官の二人は座り込むほどの疲労度であり、自然保護隊の二人も肩で息をしていた。

 

 この場で平然と立っていられたのは三人だけだった。

 

 トレーニングを先導した当人のなのはと体力自慢のスバル、そしてウィズだ。

 

 三人は休憩して息を整える四人から少し離れて位置で話していた。

 

「すごいねウィズ! なのはさんの訓練は武装隊の人たちでも音を上げるほどなんだよ!」

 

「……ええ、まあ鍛えてますから」

 

(いつの間にか呼び捨てになってる。いや別にいいけど)

 

 訓練の厳しさよりも青髪の少女のフレンドリーさに面を食らうウィズだった。

 

「スバルー、流石にそれは大袈裟過ぎー」

 

「いやぁ、ははは」

 

「確かに何人か吐いて来なくなった人たちもいたけど」

 

「…………」

 

「全然大袈裟じゃねえじゃねえか」

 

 絶句するスバルの思いを代弁するようにウィズが思わずぼそりと口に出してしまう。

 

 それを耳聡く聞きつけたなのはの目がピキーンと光る。

 

「なになに? 何か言ったかなウィズくん?」

 

 まるで小躍りでもしそうな勢いで苦々しい顔をする少年の元へステップを踏むように詰め寄る。

 

 近づいてくる彼女の笑みがやはりどうしても嫌らしいものに感じてしまうのはウィズがひねくれているからだろうか。

 

「何でもねーです。それよりもトレーニングの続きはこれまでと同じような内容でいくんですか?」

 

「んー、午前中はとりあえずその予定だけど………え、なに? 不満なの? 物足りないの~?」

 

「いえ別に、むしろこういう地味なトレーニングは好きな――」

 

「全くもう、しょうがないなぁウィズくんは~」

 

「……聞けよ人の話」

 

 天然なのかわざとなのか、自分のペースで話を進める女性の言葉にウィズの口元が歪む。

 

 反対になのはの口元はとてもいい形の曲線を描いている。

 

「そんな君のためにぃ~、あちらのコースを用意したよー!」

 

 高らかに腕を振り上げてビシッと指さした先には大きな池があった。

 

 池の水面には幾つもの円形の足場が無造作に設置されていて、ひとつひとつの大きさも間隔も違っている。

 

「いや、用意したって別にあんたが作ったわけじゃないでしょあれ」

 

「それじゃあルールを説明するね!」

 

「だから聞けよ」

 

 最早何が何でもウィズに池の水上コースを走らせるつもりなのか、こちらの言い分には一切耳を貸さないなのは。

 

 それに怒りよりも呆れが先に来るウィズは諦めて大人しく話を聞くことにした。

 

 別にコースを走るくらいならば苦も無くやるつもりではある。

 

「ルールは簡単! あの足場を使って池に落ちずに向こう岸まで駆け抜けるだけ!」

 

「確かに簡単だな」

 

「水面を魔法で走ったり足場を新たに創るのはダメ、飛行もダメ、高速移動もダメ、あくまでも自分の足でゴールまでたどり着くこと!」

 

「そりゃそうだ」

 

「そして、もしも水に落ちたら罰ゲーム!」

 

「ん?」

 

 大人しく聞いているつもりではあったが、なのはの口にした罰というワードに思わず疑問の声を上げる。

 

「なんだそりゃ?」

 

「だから罰ゲームだよ罰ゲーム。何もなしにゲームしても面白くないでしょ?」

 

「ゲームって……なら逆に成功したら報酬でもあるんですか?」

 

「勿論! 私が何でも言うこと聞いてあげるよ!」

 

「…………」

 

「なんで微妙な顔するのぉ!? 男の子ならもっと喜ぶところでしょ!?」

 

 少年のあからさまな表情にたまらずなのはが叫ぶようにつっこむ。

 

 顔を歪めたのは確かに報酬が全く嬉しくないものだったのもあるが、理由はもうひとつある。

 

 ただ向こう岸までたどり着くだけ。こんな簡単な内容に罰だの報酬だのがあること自体がおかしい。

 

「…………はぁ」

 

「あからさまなため息!?」

 

 目の前でショックを受けて悲しそうに眉を下げている女性が考えていることを予測すればため息も出てくる。

 

「わかりました、とりあえずやりますよ。それで? ルールは水に落ちない、魔法でズルはしない、この二点ですか?」

 

「うんうん、あと落ちたのを誤魔化すために魔法で濡れないようにしてもダメだよ? ()()()()()()()()()アウトね?」

 

「…………はいよ」

 

 ウィズはその言葉に含むものを感じながらもただ頷いてスタート地点に立つ。

 

 それと同時になのはがデバイスを操作して空中モニターを表示させて、レースのようにスタート三秒前の信号が映し出される。

 

 信号が点灯する前に思い出したかのように最後にこう付け加えられた。

 

「あっ、言い忘れてたけど制限時間は()()()ね」

 

「……え?」

 

 なのはの言葉にこれまで苦笑いしながら成り行きを見守っていたスバルの口から戸惑いの声が漏れる。

 

 それは指定された制限時間が短い――のではなくその逆、かなり長かったからだ。

 

 池のアスレチックコースの長さは50mにも満たない。

 

 一般人ならいざ知らず魔導士でも格闘戦技士でも、この程度の距離あっという間に走破してしまうだろう。

 

 しかし、当事者のウィズの反応は一瞥をくれるだけでそれ以上何も言わなかった。

 

 どうでもいいから早くスタートしろと言わんばかりの態度になのははにっこりと笑みを深めて改めて宣言する。

 

「それじゃあいくよー! ヨーイ……」

 

 ウィズの目の前に浮かぶ信号が点滅を開始する。そして、瞬く間に三つ目の信号まで光が灯り。

 

「……スタート!」

 

 開始の合図と共に、一番近くの足場に跳び――乗らない。

 

 ガシャンと機械音を鳴らしてその足場が急速で水面に沈んでいく。タイミング的にスタート直後に跳び乗っていれば池にボチャンとなっていただろう。

 

 ウィズはそれを見越してすぐ隣の方の足場へ跳び乗っていた。

 

 

「うわぁ」

 

 あんまりな初見殺しにスバルが反射的に引いたような声を出す。その隣でなのはは流石に舌打ちこそしないが、悔しそうに口元を歪めた。

 

 だが、その口もすぐに緩められる。

 

「オートスフィア一斉起動!」

 

「え?」

 

 教導官の宣言により池のあらゆる所から魔法陣が浮かび上がり、大量の自動迎撃魔法弾(オートスフィア)が出現する。

 

「ファイアァッ!!」

 

「ええぇぇぇえええ!!?」

 

 

 同時にスフィアから魔弾が一斉掃射される。目標は言うまでもなくたった数秒で10mは距離を進めていたウィズだ。

 

 決して弾丸ひとつひとつのサイズは大きくはないが、数は優に30は超えている。

 

「はっ」

 

 しかし、ウィズはそれを鼻で笑うかのように息を吐く。

 

 焦った様子もなく、まず一番最初に向かってきた魔法弾を5つ同時に剛腕を振るって消し飛ばす。

 

 後方から迫ってきた無数の弾丸は躰をひねって繰り出した蹴打を連続で放ち、弾き飛ばす。

 

 そもそも自身に当たらない軌道の弾は無視し、必要な分だけ的確に弾き落としていく。

 

「あんたが妨害してくるなんざ最初からお見通しなんだよ!」

 

 第一波を見事に防ぎきると顔だけスタート地点へ向けて強気に吼えた。

 

 なのはが罰ゲームを指定してきた時点でこちらを負けさせようと動くのは目に見えていた。

 

(まあ問題は多分、この後だろうが……今は)

 

 その後も断続的に続く魔法弾の嵐を拳で、脚で、肘で弾いて避けて難なく突破する。

 

 そもそもがオートスフィアから発射される魔法弾の質は決して高いものではない。

 

 数こそ多いが口径は小さく威力も低く、弾速も――ウィズから見れば――遅く感じる。

 

 確かに無防備な状態で全身に浴びれば簡単に池へ落とされてしまうだろうが、そんな醜態を晒す気はさらさらない。

 

「ふっ!」

 

 短く息を吐き捨てながら肘打ちで前方に迫っていた魔法弾の一団を纏めて吹き飛ばす。

 

 そのまま次の足場、また次の足場と下降する足場を的確に見極めながら迅速にゴールへと進んでいく。

 

 

 スタートから十数秒で既に半分の距離を走破し切っていたが、なのはの笑みは崩れず不敵に笑っていた。

 

「ふっふっふ、やるねウィズくん。でも、君がそこまでできるのは想定済だよ!」

 

「な、なのはさん?」

 

 よく知る上司の知らない一面に戸惑いを隠せないスバル。

 

 そんな部下の様子を気にした風もなく、なのはは魔法陣を足元に展開する。

 

 シャキーンという効果音と共に円形の魔法陣が描かれ、身体の周りに桜色の球体が次々に現れる。

 

「ディバインシューター! シューット!!」

 

「なのはさああぁぁぁああん!!?」

 

 スバルの叫びがむなしく響くが、すぐにエースオブエースから放たれる誘導射撃弾の発射音によってかき消される。

 

 

 オートスフィアが出す魔法弾とは比べものにならない速度で池の上を駆ける者へと猛然と向かっていく。

 

 それが都合三発。自動で発射され続ける弾丸の隙間を巧みにくぐりぬけて迫り来る。

 

「ちっ!」

 

 オートスフィアからの攻撃を迎撃しながら、猛追してくる桜色の誘導弾に対して舌打ちをひとつする。

 

 更に立っていた足場が下降し始めたため、すぐにでも別の足場に移動しなくてはならない。

 

 なのはのディバインシューターはそれを予測しひとつは一直線に目標へ向かい、残りふたつは次の足場の方へ回り込むような軌道を取っている。

 

(いきなりシビアなタイミングだなおい!)

 

 今すぐ跳べば三つの誘導弾に空中で狙い撃ちされる。これがあの高町なのはの魔法でなければ、そんな状況でも打破できる自信があったが……。

 

 そのためウィズは足場が沈むギリギリまでディバインシューターを引き付ける。

 

 完全に足場が沈み足に水が付く寸前、側頭部に直撃しようとした誘導弾を躱すように跳ぶ。

 

 まずはひとつ目を後方に流す。誘導弾の名の通り、あれは魔導士が自在に操作する魔法弾でありすぐにでも方向転換して再び迫ってくる。

 

 だから、問題はひとつ目が戻ってくる前に跳んだ先で待ち受ける残りの誘導弾を迎撃する必要があること。

 

 跳んだ瞬間、待っていたと言わんばかりに誘導弾が空中にいるウィズに向かって襲い掛かる。

 

 正面からひとつ、右側面からもうひとつ。ピンクの魔法弾が残光を残しながら標的を叩き落さんとする。

 

「うらぁ!」

 

 最初に迫って来た右側の誘導弾を手刀で叩き折ろうと魔力を籠めた右手を振り下ろす。

 

 しかし、歴戦のエースが操る魔法弾の精度は凄まじく、まるで宙に浮く羽のようにふわりとウィズの一撃を避ける。

 

「――ッ!」

 

 舌打ちしたくなるのを我慢し、瞬時にそのまま空振りする筈だった右腕をピタリと静止させる。

 

 その静止はコンマ数秒の間であり、次の瞬間には振り下ろした時とは真逆の軌道を取って手刀が振り上げられる。

 

 一連の可変手刀打ちはV字のような軌道を描き、一度は避けられた魔法弾を真っ二つに切り裂いた。

 

 安堵するのはまだ早い。

 

 続けざまに正面からもうひとつの誘導弾がウィズの土手っ腹を射抜きにかかる。

 

 どうにかしてそれを防ぎたいところではあるが、先ほどの手刀打ちで態勢が右に流れてしまっている。

 

 現在は空中、地に足が着かない状況では避けることはおろか姿勢を変えることすら難しい――かに思えたが。

 

「はッ!」

 

 

 

 鋭い息吹で脚に力を送り、()()()()()()()()()

 

 

 

 まさかの二段ジャンプである。

 

 ギュンと宙で加速したウィズはその勢いのまま膝で魔力弾を蹴り飛ばす。

 

 風船が弾けるような破裂音と共に誘導弾が水中に弾き飛ばされ消し飛んだ。

 

 

「…………え? 今空中で跳ばなかった? え?」

 

 いっそ可哀そうに思えるくらい困惑の境地に達しているスバルであったが、今この場で彼女をフォローしてくれる人は残念ながらいない。

 

「むむむ、ずっこい流石ウィズくんずっこい」

 

 言われた当人が聞いていたら、お前が言うなとツッコんでいるだろう台詞を悔しそうになのはが口にしている。

 

「じゃあ、これはどうかな?」

 

 

 ふたつめの魔力弾を弾いた勢いで次の足場に無事着地したウィズだが、安堵の息を吐くこともなくすぐに後ろを振り向いた。

 

 そこには最初に躱した最後の誘導弾が目前にまで迫り、着弾寸前だった。

 

 ウィズの対処は単純で、掴んだ。

 

 グワシッ! と拳台の桃色魔弾を左手で掴み取った。

 

 まるで鉄球のような重みを感じる弾丸をそのまま強靭な握力で握りつぶす。

 

 少し痺れを感じる左手をぷらぷらと振りながら、そこでようやく一息吐けた。

 

 しかし、それも束の間今度はオートスフィアの動きに変化があった。

 

 これまで無造作に魔法弾を射出していただけの動きを一旦止め、足場に着地したウィズを取り囲むようにスフィア自体が移動してきていた。

 

「まーた面倒なことを」

 

 ウィズがその動きから予想できる先の展開に嘆きの言葉を吐いた直後、オートスフィアが光を放つ。

 

 360度、全方位からの一斉射撃によって逃げ場がないほどの魔法弾が押し寄せる。

 

 先も述べた通り威力自体は低い。そのため全身を覆うフィールドタイプの防御魔法、それこそバリアジャケットの類を展開すれば簡単に防げるだろう。

 

 だが、なのはは言った。落ちた時魔法で濡れるのを防ぐのはダメ、と。

 

 つまり、全身を覆う防御膜など使ったまま池に落ちることがあればそれは反則となる。

 

 そのような失態など犯す気はないが、万が一反則を取られて負けなんて結果は絶対に嫌だった。

 

 だから、ウィズはその系統の防御魔法は使わない。

 

「舐めんじゃねえ!」

 

 誘い込まれたことと自分の性格から行動を制限されたことを自覚しながらもこの程度の弾幕で自分をどうにかできると思われたことに少し腹が立つ。

 

 ギュルン! と身体を捻り戻した遠心力で全身を回転させる。

 

 左足を軸にまるでコマのように凄まじい勢いで回転し、着弾間近の魔法弾を――殴る。

 

 殴る。殴る。蹴る。殴る。殴る。殴る。殴る。蹴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。蹴る。殴るッ――!!

 

 ほぼ同時に命中せんとした魔法弾の群れをウィズは目にも止まらぬ両腕のラッシュと右足の蹴打を組み合わせて迎撃した。

 

 何十という弾丸が同時に弾け飛び、幾つもの破裂音が重なって響き、近くにあったオートスフィアの一部が唸る拳圧に巻き込まれて破壊された。

 

 ギャリィッ、と音を立ててブレーキをかけ回転を止める。余りの回転数に軸足からは少量の煙があがっていた。

 

 全ての魔法弾を消し去り、目を回すことなく力強い翡翠の瞳は揺れることなく真っすぐ前を向いている。

 

(あの程度なら問題ない、が……まさかさっきの弾幕を誘導射撃弾(ディバインシューター)でやられると――げっ)

 

 防ぎ切ったのはいいが、これであのエースからの妨害が終わるとは思えずちらりとスタートラインの方へ視線をやり、呻いた。

 

 そこには桜色の魔力を指先に集中させ、今にもこちらを射抜こうと大きな瞳を見開いて見つめる女性の姿があった。

 

(くそが……制限時間もあるしもう止まらずに駆け抜けるくらいでないとヤバいな)

 

 既にスタートから1分を経過している。これ以上立ち止まってしまえば、なのはの射撃によってずっと足止めをくらう予感があった。

 

 決めたのならすぐに動く。ウィズがその足場から飛びのき、それと同時になのはから射撃魔法が発射される。

 

 着弾したのはウィズの傍の水面だった。

 

「っ! 野郎……」

 

 轟音と共に高い水飛沫が上がる。当然、その水飛沫はすぐ近くにいる少年に雨のように降り注ぐこととなる。

 

「もう形振り構わなくなりやがったな!」

 

 悪態をつきながら水柱から離れるように次の足場へ跳び乗りながら、自分の頭の上に魔法陣を展開する。

 

 それは傘のように降り注ぐ水滴からウィズを守るシールド魔法だった。

 

 全身を覆うならともかく一方向しか守れないシールドならば反則とはならないはずだ。

 

 なのはの狙いは進路の妨害や他の誘導弾の軌道を読みにくくすることもあるが、一番の狙いは濡らすことにある。

 

 ルール説明の最後の一言、足一本でも濡れたらアウト、という言葉。

 

 一見池に落ちて足が濡れたらと取れるが、これはきっとそのままの意味である。

 

 つまり、落ちようが落ちまいが何かの拍子に水に濡れたら負け、というルールなのだ。例えば、撥ねた水が偶然足を濡らしたとしても、負けということになる。

 

 だからこそ、なのはは誘導弾で水を撒き上げてこちらを濡らしにかかってきている。

 

 ウィズはルール説明時点でその可能性に気づいてはいたが、あえてつっこまなかった。

 

 だって、その方が燃えるからだ。

 

 それにあちらに有利な条件で勝利したとなれば、あのマイペースな教導官により目に物見せてやれる。

 

 そのため、絶対に負けられない。

 

「うおらあぁぁ!」

 

 水飛沫に紛れて飛んできた誘導弾を打ち落とし、少なくなったオートスフィアの弾も避けながら、どんどん前に進んでいく。

 

 その進撃を妨げるなのはからの射撃は苛烈を極めた。

 

 最早二桁にも及ぶ誘導弾がウィズを追い込む。

 

 水面を吹き飛ばして襲い掛かる津波の如き水の壁、逃げ場を無くすように突き落とすように巧みに操作されて襲い来る。

 

 ウィズは腕を振って水の壁を()()()()()

 

 魔力を纏わせた一撃で道を作り、迅速に次の足場へ向かいながら気づいたことがある。

 

(スタート地点からじゃ気づかなかったが、この足場ゴールに近づくにつれて小さくなってやがる!)

 

 最初は両足を肩幅以上に広げても余裕な広さだった足場が、今ではギリギリ両足を乗せられる程度の広さまで縮んでいる。

 

 奥を見れば、ゴール付近の足場は片足半分を乗せるのがせいぜいだとわかる。

 

 ディバインシューターを首を捻って頭を掠めるように躱しながら、瞬時に最短のルートを頭に描く。

 

 足場に触れた瞬間にはすぐに跳ぶ。急ぐのであれば近い足場よりもさらに奥の足場へ一気に跳ぶこともできる。

 

 しかし、そうすれば必然的に滞空時間が長くなる。そうなれば空のエースオブエースの魔法戦技の独壇場だ。

 

 既に見せてしまった空中跳びすら計算に入れて、徹底的に叩きのめされることだろう。

 

 無論、簡単にやられるつもりは毛頭ないがリスクが大きすぎる。

 

 故に跳ぶ距離は短く、着地は一瞬、最速でゴールまで目指す必要がある。

 

「ぐっ!」

 

 死角から飛んできた桜色の誘導弾を既の所で腕で防ぐ。

 

 ギシリ、と腕を軋ませる魔法弾の威力にウィズの口から呻き声が漏れる。

 

「お、おおぉ!」

 

 その重さに対抗するように腕に力を籠めて、魔法弾を弾き返す。

 

 同時に、後頭部を直撃しようとした弾丸を首を曲げて避ける。

 

 ドパァン! と避けた魔法弾が水面に当たり水飛沫を飛ばすという二段構え。

 

「こなくそ!」

 

 今は空中、多量に飛び散った水滴を躱すのは難しい。

 

 なので、先ほど弾いた腕を引き戻す勢いでもって正拳突きを放ち、拳圧でまとめて飛沫を消し飛ばす。

 

(ゴールまで、あと三歩!)

 

 最早片足すら完全に乗り切らない小さな足場を踏みしめて、ゴールを見据えた。

 

 残り10mにも満たない距離ではあるが、焦りは禁物だ。

 

 焦って足場を踏み外して落ちたなんて恥ずかしいにもほどがある。

 

 しっかりと踏みしめた足場を蹴り、残り少ない距離を踏破しにかかる。

 

 それを阻むためにピンクの魔弾が次々とウィズに殺到する。

 

 上空から叩き落すように、横合いから吹き飛ばすように、死角から奇襲するように、更に――。

 

「この……っ!」

 

 水中に潜行していた誘導弾が掬い上げるように急浮上してきた。

 

(予め水中に潜ませてたのか、やることが相変わらず汚ねえ! ――だが)

 

「ふっ!」

 

 ウィズは短く息を吐くと、まず下から迫りくる魔法弾を掌で受けるように防いだ。

 

 跳んで宙にいる状態でそんな風に受け止めればどうなるか。

 

 結果、ウィズの身体は誘導弾の勢いに押されてぐるんと大きくバランスを崩した。

 

 そう身体が大きく横回転し――その勢いで上空から迫っていた魔法弾に拳を撃ち込む。

 

 回転したことによって視覚外からの魔法が肩を掠めるようにして逸れる。

 

 更にそのまま一回転して横から来た弾丸に蹴りを入れて弾き飛ばす。

 

 弾いた衝撃を利用して最後は次の足場まで一直線に到達した。

 

「ラスト!」

 

 息つく暇もなく、ウィズは跳ぶ。

 

 残りの足場は二つだが、最後の一つはもう通過点でしかない。妨害できるとしたここが最後だ。

 

 

 

 跳んだ瞬間、横から目にも止まらぬ速さで目の前の水面に何かが着弾する。

 

 

 

 ゴパァ! と高く打ち上げられた池の水はまるで水で作られたカーテンのようにウィズの行く手を塞いだ。

 

(俺を濡らす目的じゃない、目眩まし? なら本命は――)

 

 数舜の思考すら許されず、続けざまに複数の誘導弾が水の幕を突き破って強襲してくる。

 

 数は四つ、左斜め上から一つ、正面から二つ、右斜め下から一つ。

 

(斜め上は外れてる。正面と斜め下のを叩く!)

 

 判断は一瞬、ほんの数十センチ先から飛んでくる魔法弾の軌道を読んで迎撃する。

 

「おらぁあ!!」

 

 右の肘であばらに突き刺さろうとしていた桜色の弾を砕く。

 

 斜め上から来た魔法弾が目の前を横切るように外れていく。

 

 その前を過ぎった魔法弾に隠れるようにして正面から誘導弾が頭部を狙ってくるが、それを頭突いた。

 

 額で弾けた魔法弾が一瞬視界を奪うが、そんなことに動じた様子もなく右肘で弾丸を砕いた反動でアッパーカットを放つ。

 

 拳の先からは確かに何かを消し飛ばす感触を感じ取り、戻った視界で正面を見据える。

 

「そらぁあ!」

 

 左拳を突き出して、水のカーテンを蒸発させる。人一人が通るには十分な大きさの空間が生まれ、迷わずそこを通過する。

 

 

 

 あとはゴールまで一直線だった。

 

 

 

 最後の足場を土台にして、向こう岸まで無事辿り着くことができた。

 

 ズザァァ、と勢いを殺すために数mばかり地面を滑る。

 

 直後、ウィズの目の前に空中モニターが表示され『GOAL!』の文字が映る。

 

「――――」

 

 ウィズは絶句した。

 

(何故だ? 何時、どこで?)

 

 それは自分の右脚に原因がある。

 

 見ればウィズの右脚は膝の下から爪先にかけて、びっしょりと水が付着していた。

 

(最後、水の幕を突っ切る前は濡れてなかった……つまり)

 

 濡れたのは最後の攻防、水のカーテンから現れた誘導弾の奇襲の前後であることはすぐにわかった。

 

(幕を突っ切った時にひっかけたか? いや、そんなヘマはしてない。ならその前)

 

 思い出されるのは四つの魔法弾が水のカーテンを突き破ってきた場面。

 

(待て、水を突き破る…………ああ、くそ! そんなのありか!?)

 

 原因が判明したウィズは片手で顔を覆う。

 

 原因は水を突き破って出てきた誘導弾にある。その方法とは、何とも信じ難いものだった。

 

(水の幕から弾丸を突き破らせた時、同時に水の塊を飛ばしていた)

 

 それは彼もその時気づいていた。

 

 気づいていて、正面から飛んできたものは魔法弾と一緒に弾き飛ばしているし、斜めから飛んできたものは当たらない角度であったから無視していた。

 

 問題はその当たらない筈だった水塊だ。

 

(斜め上からの射撃、外れてたんじゃない敢えてだ。敢えて俺じゃなく斜め下から飛ばした水の塊を狙ったんだ!)

 

 つまり、右斜め上から飛んできた魔法弾は初めからウィズ本人ではなく、左斜め下からの魔法弾によって掬い上げられた水塊を狙った。

 

 そして、本来当たる筈のなかった水を弾いて、ウィズの右脚に命中させたのだ!

 

 何という神業、何という絶技か。

 

 完全にウィズの意識外の技だった。そんな芸当思い付きもしない。

 

 完全にしてやられたのだ。

 

「ウィ~ズ~く~ん」

 

 上空からまるで猫可愛がりしている恋人を呼ぶように自分の名を口にする女性の声が聞こえてくる。

 

 ふわりと飛行魔法を使って追い付いてきた高町なのはがすぐ傍に降り立つ。

 

 降り立って、悔しさに顔を覆うウィズを覗き込むようにして言った。

 

 そう、にっこりととってもいい笑顔で告げた。

 

「罰ゲーム、ね」

 

 語尾に音符が付いているかのように楽しげで軽やかな声だった。

 

(ああぁ、殴りてぇぇぇ)

 

 ウィズはどうしようもない悔しさに拳を握りこむことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅぅ」

 

「く、くぅぅ」

 

 時刻はお昼時、太陽も真上から大地を照らしポカポカとした陽気で午前中よりもさらに心地よくなっている。

 

 そんな暖かな気候の中、まるで生まれたての小鹿のようにプルプルと小刻みに震えて歩く小さな影が二つ。

 

 決して寒くて震えているわけではない。ましてや風邪を引いて寒気がしているわけでもない。

 

「お前ら、調子に乗って水斬りばっかやってっからそんなことになるんだよ」

 

「……はぁーい」

 

「……すみません」

 

 赤髪で勝気な瞳をした女性、ノーヴェの苦言に沈んだ声で二人が返事をする。

 

 金髪で紅と翠の瞳をしたヴィヴィオと碧銀の髪と青と紫の瞳をしたアインハルト、共通点もありながら相対的な二人が仲良く震えていた。

 

 二人が熱中していた水斬りとは文字通り水面を打撃で真っ二つに割るというノーヴェが言うにはお遊びのようなものだった。

 

 アインハルトはその水斬りが上手くできず、半ば意地になって何度も何度も拳を撃ち込んでいた。

 

 ヴィヴィオはそれに触発されたのか、はたまた彼女に手本を見せていたのか同じくらい水斬りを放っていた。

 

 水中という動きに抵抗がかかる場所で幾度も打撃を行なった結果が生まれたての小鹿状態だった。

 

 二人は流石にやり過ぎたのを自覚しているのか意気消沈した様子で皆の後を付いていく。

 

 ヴィヴィオ達子供組は、午前中の水遊びを終え水着から普段着に着替えて今は昼食を取るために一度ペンションへ戻る最中だった。

 

 一番前をリオとコロナ、そしてルーテシアがガールズトークに花を咲かせていて、少し遅れてノーヴェそして大分遅れて小鹿の二人がヨタヨタと歩いている。

 

「ほら、もうすぐ着くから頑張れー」

 

 ノーヴェの投げやり気味にかけられた言葉に呻くように返事をして歩き続ける。

 

 ヴィヴィオは隣で同様の状態になっているアインハルトと目が合うと困ったように笑い返し、隣の彼女も恥ずかしそうに眉を下げる。

 

 距離が縮まったようなそうでないような、二人の距離感は未だに曖昧なままだった。

 

 そうして何とか這う這うの体で昼食を摂るペンションのテラスへと辿り着いたのだが。

 

「あれぇ、みんなどうしたの?」

 

 早く腰を掛けて楽になりたいところだったが、テラスの入り口で固まるノーヴェたちのせいで中に入れない。

 

 不思議に思って声をかけてみたが、皆困惑した様子で見つめ返してくるばかりで事態がよくわからない。

 

「??」

 

 一体テラスで何が起きているのか。気になってヴィヴィオは痛む身体を動かして中を覗いた。

 

 そこには。

 

 

 

「はぁい、ウィズくん、あーん」

 

 

 

 憧れの黒髪の男性に向かって、串焼きを口元にあてがう母親の姿があった。

 

「ちょお!? 何してるのママぁぁあああ!!?」

 

 その光景を見た瞬間、筋肉痛の痛みなど忘れて喉の奥から絶叫を上げた。

 

「あ、ヴィヴィオ、おかえりー」

 

 娘の慌てぶりに動じた風もなく、なのはは平然と笑みを浮かべている。

 

 その反応に毒気が抜かれる、筈もなく目を白黒させて母親の元へすっ飛んでいく。

 

「いやおかえりじゃなくて!? 何やってるのなのはママぁ!?」

 

「何って味見だよ? ちゃんと焼けてるかどうかウィズくんに確認してもらってるの」

 

「…………」

 

「あ、味見……そ、そう、なんだ」

 

 今一釈然としないながらも母特有の茶目っ気を出したのだろうと無理矢理納得した。

 

 しかし、あてがわれた張本人が何も言わず目を閉じて口も重く閉じられていることがやはり気にかかる。

 

 まだ彼の人となりをよくは知らないが、こんな対応をされれば一言物申していてもおかしくないと思う。

 

「さあ、皆も席について、昼食にしよ!」

 

 それ以上何か聞く前になのはと主に昼食の準備をしていたメガーヌからも催促され、とりあえず席に座ることとした。

 

 釣られるようにアインハルトたちも各々席に着き、フェイトやスバルたち大人組も同じく座る。

 

『いただきまーす!』

 

 皆で食前の挨拶を合掌して述べて、美味しそうに焼かれた肉や野菜の串焼きが大量にテーブルの上に並べられる。

 

 お肉が大好きなリオなんかは感嘆の声を漏らしている。ヴィヴィオも鼻腔をくすぐる肉とタレの匂いに食欲が湧いてくる。

 

 今すぐにでも串を手に取って思いっきり頬張りたいのだが、それを躊躇させる光景が目の前に広がっていた。

 

「それじゃあ気を取り直して、ウィズくん、あ~ん」

 

「だから、何してるのママぁぁあ!?」

 

 自分の対面に座っているなのはがその隣から動こうとしないウィズに向けてまたもや串焼きをあてがった。

 

 当然見過ごせるものではなく、身を乗り出して母の暴挙を止めようとする。

 

「もぉ、ダメだよヴィヴィオ。食事中にそんな大きな声出しちゃ、行儀悪いよ」

 

 逆にこちらが窘められる現実に大人しく黙っていられるわけもなく、ヴィヴィオは反論する。

 

「ママの方が迷惑だよ! そんなことされたらウィズさんだって困――」

 

 ガブリと仏頂面の少年が勢いよく差し出された肉串にかぶりついた。

 

「――ってええぇぇ!? ウィズさぁぁん!?」

 

 明らかに鬱陶しがっている表情を浮かべながら、何も言わずになのはからのあーんを受け入れていたことに驚愕する。

 

 表情と行動が一切合切噛み合っていなかった。

 

 となればこの状況の原因はたった一人にあることは一目瞭然だった。

 

「なのはママ! 一体何したの!」

 

 ヴィヴィオの追及になのはは小首を傾げて、人差し指で頬を撫でながら答える。

 

「何って、罰ゲームだよ」

 

「罰ゲーム!?」

 

「そうそう、午前中にちょっとしたゲームをしたんだよ。そこで私が勝って、ウィズくんが負けたの。だからこれはその時の罰ゲーム」

 

「えぇ……」

 

 訓練中に何をやっているんだこの母親は、と内心で嘆いたヴィヴィオであったが現状は少し把握できた。

 

 ウィズが何故大人しくなのはの言うことを聞いてるのか納得がいく。

 

 今も苛立ちを口の中にあるお肉にぶつけるかのように、ギッチギッチとかなり強く噛み締めているのがわかる。

 

 更にはテーブルの上に置かれた彼の手は固く握り込まれ、ギシギシと鈍い音がこちらにまで届いているのだから少年のイライラは相当なものだろう。

 

 そこまで嫌がっておきながら律義に従っているのだから、真面目なのかそれとも彼なりの勝負事に対しての拘りなのか。

 

 わからないが、自分の母親が少年に迷惑をかけていることだけははっきりわかる。

 

(と、止めないと……)

 

 もしも、なのはの行動が原因で今後高町家を避けるようになってしまえば、自分にも影響があるのは間違いない。

 

 そうなってしまえば笑うに笑えない話だ。いや寧ろ泣く、思いっきり。

 

 母を羽交い絞めしてでも止める覚悟で席を立とうとした時、これまで頑なに声を出さなかったウィズが手で制した。

 

「いい、平気だ」

 

 眉間に皺を寄せながら言われても説得力はなかったが、被害者本人から大丈夫と言われてはこちらもそれ以上アクションを起こせなかった。

 

「俺が負けたのは事実だからな、今回は甘んじて受け入れるさ」

 

「はい、あーん」

 

 言っている内に新たな串が追加され、怒りをぶつけるようにかぶりついている。

 

 吹っ切れたのか食べるペースがどんどん早くなり、肉と野菜が次々に胃袋へ消えていく。

 

「ゆっくりよく噛むんだよー」

 

「…………」

 

 なのはの注意に答えなかったものの、咀嚼する回数は目に見えて増えていた。

 

 ヴィヴィオは真向かいからその様子を喜ばしそうに見つめる母の姿を見ていた。

 

(えぇ!? なにこれ!? 二人はどういう関係なのぉ!?)

 

 旅行が始まってから薄々二人が以前から知り合っていたことに勘づいてはいたものの、アインハルトとウィズの間の冷えた空気を最優先に考えていたため聞くのを保留にしていた。

 

 今眼前で繰り広げられているじゃれ合い、に見えるやり取りを見せられて秘めてた疑心が次第に大きくなっている。

 

 我慢しきれず口を開こうとした直後、空のお皿がひょいと取り除かれ新しく食事の盛られた皿に取り換えられる。

 

「フェイトママ……」

 

 気を利かせてお皿を取り換えてくれたのはもう一人の母親とも言える人物、フェイトだった。

 

 女子力も高い金髪の母の気配りの効いたありがたい行いだったが、今ばかりは出鼻を挫かれたようで少し煩わしかった。

 

 ヴィヴィオの方に微笑みかけながらお皿を置くと、耳元に口を寄せて申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんねヴィヴィオ、一応止めたんだけど聞いてくれなくって」

 

 彼女が小声で語りかけてくるものだから、こちらも反射的に小さな声で話しかけてしまう。

 

「フェイトママは二人がどういう関係か知ってるの?」

 

「うん、というよりウィズになのはを紹介したのは私だから」

 

「えぇ!?」

 

 この日何度目の驚きだろうか。まさかフェイトも一枚噛んでいる何て思いもしていなかった。

 

 ヴィヴィオの驚いた顔とその後の詰問するかのように細められた瞳にフェイトは慌てた様子で弁明する。

 

「でもね、なのはとウィズがあんなに親密なのは私も知らなかったの。本当だよ?」

 

 フェイトの言葉にまだ納得がいかないのか、唸るように声を出す。

 

「私はウィズが魔法を習いたいっていうから、ちょうど時間が空いてたなのはにお願いしたんだ。本当は私が教えてあげたかったんだよ? でもその時は事件の捜査中でどうしても空けられなくて仕方なく……」

 

 本当に残念に思っているのか悲しそうに綺麗な眉が下がる。

 

「ほんの一週間くらいの期間だったはずなんだけど……。私も今日初めてあんなに仲良くなってるって知ったから」

 

「そ、そうなの?」

 

 うん、と肯定するように頷くフェイトを見て、とても嘘をついているようには見えないためヴィヴィオもとりあえず納得した。

 

 しかし、彼女の話を聞いてまた新しい疑問が生じる。

 

「それが本当ならフェイトママはどうやってウィズさんとお知り合いになったの?」

 

「え、えーとね、それは……」

 

 娘のじっとりとした視線に困ったように冷や汗をかいて瞳を泳がせたフェイトであったが、すぐに真剣な表情で見つめ返してきた。

 

「ごめんねヴィヴィオ、それはウィズの個人情報にも関わる話だから私が勝手に教えられることじゃないの」

 

「えっ、う、うん、わかった」

 

 ヴィヴィオは仕事モードの顔に変わった母の予想外の反応にすっかり毒気を抜かれ、思わず頷いていた。

 

 フェイトはすぐに真面目な顔が困ったような笑みに変わり、優しく娘の頭を撫でる。

 

「多分ウィズなら聞けば答えてくれるだろうから、合宿中にでも機会があれば聞いてみよう」

 

「うーん、できればねぇ」

 

 先ほどのフェイトの表情から気軽に聞ける内容ではないと予想できる。

 

(その時は私のことも、話したほうがいいよね)

 

 もしかしたら母から既に聞いている可能性もあるが、そうであったとしても改めて自分の口から言うのが筋だろう。

 

 しかし、自分の出生について話すことは内容が内容だけに一抹の不安を抱いてしまう。

 

 まだ短い期間の付き合いしかないが彼は生まれの違いで差別するような人柄ではない、と思う。

 

 顔見知り程度の関わりでは確信を持つにはどうしても不安がある。

 

 万が一にも嫌われたり避けられたらかなりショックを受けることは確かだ。

 

(コロナやリオに話したのは知り合ってからどれくらいだったかな? うーん、でも……)

 

 親友の二人には既に打ち明けて、その後も何の変わりなく友情を育めている。

 

 だが、友人に話すこととウィズに話すこととでは実質同じ内容であるのに何故だか後者の方が緊張する。

 

 それでも頑張ろうと自分が勇気を振り絞っている前で。

 

「もーウィズくん、急いで食べるから口回りが汚れてるよ。拭いてあげ――」

 

 肉のタレが付着した口元に気づいたなのはが自然と布巾を持った手で綺麗にしようとする。

 

 ガシッとウィズは高速でその手首を掴んだ。

 

「そ・れ・は、罰ゲームの内容には含まれてねえよな? なら自分で拭くからいい」

 

「別にそんな照れなくてもいいんだよ?」

 

「照れてねえ! 屈辱なんだよあんたにそんなことされるのわ!」

 

 そんな彼の反応を面白そうに笑って楽しんでいる母がいた。

 

(うん、とりあえずなのはママからはしっかり事情を聞き取らなきゃ)

 

 金髪の娘は静かにそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うとヴィヴィオの決意に満ち溢れた行動はあっさりと受け流された。

 

 昼食が終わり、後片付けを手伝う傍らウィズとの関係性についてなのはに問い詰めてみたのだが。

 

『うーん、普通の教え子と先生、みたいな感じだよ?』

 

 絶対嘘だと叫びそうになったのを必死で抑えた。

 

 明らかに愛弟子であるスバルやティアナとも違うし、男性で言うならばそれこそエリオとも接し方が全然違った。

 

 その辺りを遠回しに指摘してみたが、そんなに違わない、普通だ、と流された。

 

 結局求めた答えをもらえない内に午後のトレーニングの準備があるからと話を打ち切られてしまった。

 

 もしかして、なのは本人も自覚がないのかもしれないと思い始めたがもう少し追及してみないとわからない。

 

 とりあえず母との話はまた今度にしようと切り替えた。

 

 そんな時、片付けの最中に碧銀の先輩とお話する機会を得られた。

 

 格闘技のことや古代ベルカのこと、それに覇王と聖王の関係についてなど当時の記憶を持つアインハルトだからこそ話せる逸話などは聞けてとても感動した。

 

 同時に彼女の内に秘めた悲願を聞いて、少し寂しい気持ちにもなったがノーヴェの誘いで母の訓練を見学している内にそれも晴れた。

 

 それどころか母たちの激しい戦闘訓練を見ているとこちらも無性に身体を動かしたくなってくる。

 

 隣でうずうずしている先輩の様子を見て取り、自分と同じ気持ちなのだとわかった。

 

 だから、アインハルトを誘って一緒にミット打ちでもしようかと思い付いた。

 

 いざ彼女に声を掛けて見れば。

 

「いいですね、是非」

 

 と二つ返事で了承してくれた。

 

 ノーヴェに一言断って一旦皆とは別行動を取り、道具を持って近くの森林エリアに向かう。

 

 自然に囲まれた中で行う練習は自然豊かなここの合宿場ならではの醍醐味だ。

 

(本当にルールーさまさまだよね)

 

 今この場にはいない年上の友人に感謝の念を抱きながら、歩いている。

 

 そんな最中だった。

 

 森に入った直後、ドンッ、ボンッ、と何かがぶつかったり弾けるような音が断続的に響いてくる。

 

「「?」」

 

 ヴィヴィオとアインハルトが互いに二色の瞳を向き合わせて首を傾げる。

 

 自然と足はその音源の方向へと向かい、暫く歩くと比例して音も大きくなってきた。

 

 釣られるように歩を進めて目に飛び込んできたのは躍動する黒い影。

 

 森の木々に隠れるように配置されたスフィアから繰り出される魔法弾が飛び交う中、その影が勢いよく駆け抜ける。

 

 疾走しながら色とりどりのカラフルな弾丸を殴ったり蹴ったりして次々と破壊していく。

 

 稀に破壊せずに躱すか見逃すかした魔法弾もあり、それが地面や木に当たって自壊する。

 

 どうやら先ほどから聞こえてきたのはこの魔法弾が壊される音のようだった。

 

「ん?」

 

 茂みから顔を出したヴィヴィオとアインハルトの金と銀の美しい髪に気づいた影が停止して顔を向ける。

 

 その人物と目が合って思わず固まるアインハルト。

 

 ヴィヴィオは真っ先に茂みから出て苦笑いしながら彼に声を掛けた。

 

「何をされてるんですか? ウィズさん」

 

 木々を縫うように疾駆していた影の正体は黒のトレーニングウェアを着たウィズだった。

 

 ウィズは少女二人の登場に動じた風もなく、平然と答えた。

 

「見ればわかるだろ、トレーニングだ」

 

 軽く汗を滲ませた額をTシャツの袖で拭う仕草から彼が少なくない時間を訓練に費やしていたことがわかる。

 

 ヴィヴィオも半ば理解はしていたのだったが、話のとっかかりとしてまずそう聞いてしまった。

 

 遅れて全身を茂みから現した先輩に気を遣って、思わず自分から話題を振っていた。

 

 この金髪の少女はどうしても二人が仲直りしてほしいと純粋に願っているから。

 

 しかし、そうなるには一体どういう風に話を展開していけばいいのか。

 

 まだまだ小さな少女には突発的な出会いから具体的な方策を瞬時に見出すことは難しかった。

 

 頭を悩ませていたのはほんの少しの間でしかなかったが、ヴィヴィオの葛藤を感じ取ったのかウィズの方が先に口を開いた。

 

「お前らはもう身体は大丈夫なのか?」

 

「え? えっと、あっ水斬りの反動ですか? それはもうこのとおり! 大丈夫です!」

 

 一瞬何を心配されたのかわからなかったが、すぐにお昼前に全力を出し過ぎた水遊びの疲労のことだと気づく。

 

 栄養補給もお昼休憩も十分に取ったおかげで、身体の痛みはもうすっかりなくなっていた。

 

 それをアピールするように力こぶを作る仕草で元気な姿を見せる。

 

「……ぅぅ」

 

 だが、すぐにそんな仕草がはしたなくなかったかと無性に恥ずかしく思ってしまう。

 

 ゆっくり腕を下げて頬が若干熱くなるのを自覚する。

 

 普段はこんな羞恥を感じることはないのにどうしてか彼の前だといつも以上に自分の一挙手一投足が気になって仕方がない。

 

 そんなヴィヴィオの様子に疑問を感じながらもウィズは視線を隣に移す。

 

 向けられた視線の先には気まずそうに顔を逸らすアインハルトがいた。

 

 今現在冷戦状態に陥りかけている二人――主にアインハルトが――の思わぬ邂逅に互いに言葉が詰まる。

 

 ヴィヴィオも朝から流れている気まずい空気が発生しかかっていることを察してすぐに顔を上げた。

 

 これまでと同様二人の間に立って場を繋ごうとする。

 

「――アインハルト」

 

 だが、彼女が何かを言う前にウィズの口から碧銀の少女の名前が零れる。

 

 名を呼ばれたアインハルトは突然のことに逸らしていた視線をウィズの方へ戻し、その大きく美しい二色の瞳を瞬かせる。

 

 目を合わせれば彼が試合の時に見せるような真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 

 思い返してみれば名前を呼ばれたのはこれが初めてだということもあり、思わず全身に緊張が走る。

 

 ヴィヴィオもウィズが醸し出す切実な雰囲気に押され開きかけた口を閉じる。

 

 暫しの沈黙が流れ、アインハルトが一度唾を飲み込んだ直後、目の前の少年が勢いよく頭を下げた。

 

「すまなかった」

 

 頭だけではない、背筋を伸ばしながらも腰を直角に折るようにして謝罪の言葉を口にした。

 

「身体的特徴を貶すような物言いでアインハルトを傷つけた。大変失礼なことだった。本当にすまない」

 

 アインハルトは大いに困った。

 

 何の前触れもなく言われた謝罪であり、さらにこれまで彼が見せていた態度からは想像もできない程真摯に謝られたのだ。

 

 まさかこんなにも大仰に謝られるとは思いもしなかった。

 

 アインハルトは困ったようにあわあわと意味もなくきょろきょろと辺りを見渡す。

 

 無論、周囲にいるのは金髪の少女だけであり彼女も現状に混乱している。

 

 状況を打開するために助言をくれる存在は今ここには存在しない。

 

 その間、ウィズは頭を下げ続けた。ピクリとも身体を動かさず、ただただ待ち続けている。

 

 そんな彼の態度を改めて確認して、アインハルトも深く息を吸って混乱する頭を落ち着かせた。

 

 そして、吸った息を吐く頃には彼女の心は決まっていた。

 

「……私も、根に持って貴方に必要以上に冷たい態度を取ってしまいました」

 

 まだウィズは顔を上げない。

 

「そもそもの原因は最初に私が殴りかかってしまったこともあるので、その、こちらにも非があったと思います」

 

 まだまだウィズは顔を上げない。

 

「私も謝ります。だから、顔を上げてください」

 

 それでもウィズは顔を上げなかったが、その態勢のままポツリと言った。

 

「許してくれるのか?」

 

「はい、貴方を許します。だから……」

 

 そこでようやくウィズは静かに顔を上げた。

 

「謝罪を受けいれてくれて、感謝する」

 

 一度少女の青と紫の瞳と視線を合わせ、今度は会釈程度の角度であったが確かにまた頭を下げた。

 

 困るのはアインハルトである。

 

 普段は落ち着いて何事にも動じなさそうなクール女子に見える彼女でも、年上の男性から続けて頭を下げられれば慌てるほかない。

 

 どう言葉を返せばいいか迷う内に、ウィズはすぐに元の姿勢に戻った。

 

 そして、アインハルトの隣で佇むもう一人の少女には少しばかり口角を上げて告げた。

 

「ヴィヴィオも悪かったな。気を遣わせたみたいで」

 

 これまで大変気まずい空気に晒されたであろう彼女にも簡単ではあるが謝罪の言葉を口にする。

 

「い、いえいえ! そんなことないですよ!」

 

 恐縮したようにヴィヴィオが両手を前に出してブンブンと振る。

 

(あっ、私初めて名前呼ばれたかも)

 

 ふと思い至った少女は嬉しさと気恥ずかしさが半分半分といった具合でまた頬が少し熱くなる。

 

 ヴィヴィオの様子に気づいた風もなくウィズは視線を戻し、一度鋭く息を吐いた。

 

「よし、じゃあ俺はトレーニングに戻る」

 

 手をピンと伸ばして別れを告げるようなジェスチャーを取って、二人から背を向ける。

 

「「…………」」

 

 彼の余りの切り替えの早さに付いていけず唖然とする美少女二人。

 

 その間にウィズはこの場を後にしようとするが、何かに気づいた様子でもう一度二人の方へふり返る。

 

「そういえばお前らはどうしてこんな所に来たんだ? かくれんぼか?」

 

 平然と話しかけてくるウィズの様子から彼に何の悪気もないことに気づけた。

 

 既に男の中ではアインハルトとのゴタゴタは解決したということで、一切そのことを引きずる様子はない。

 

 故にウィズはヴィヴィオにもましてやアインハルトにも平然と話しかける。

 

 あーこういう人なんだぁ、と少女たちは同時に思い、まだまだ知り合ったばかりの少年の性質を少しばかり理解した。

 

「……違います。アインハルトさんとミット打ちしようかと思いまして、ちょうどいい場所を探してたんです」

 

「へー、熱心だなお前たち」

 

 ヴィヴィオが掲げた黒塗りのミットを見せると感心したように声を漏らす。

 

 二人のやり取りを見ていたアインハルトも息をひとつ吐いて、気持ちを切り替える。

 

 まだ胸の内にしこりが残っていないでもないが、一度許すと言ってしまった以上いつまでもぐちぐち言うほど器量の小さい女ではない。

 

「貴方の方こそ、どんなトレーニングをこの森の中でやっていたのですか?」

 

 だから、彼女も表面上は涼しい顔で少年に話しかけた。

 

 ウィズは本当に今までの気まずい空気などなかったかのように、自然と受け答える。

 

「んー、簡単に言えばランダムに配置したスフィアからの攻撃を迎撃する訓練だな」

 

 見れば木々の合間を縫うように無数のスフィアが配置されている。

 

 大体が幹の横に浮いているが、中には枝葉の陰に隠れてかなり見えづらいものもある。

 

「立ち止まってですか?」

 

「いや、駆け抜けながらだ。まあ、制御してる俺のデバイスが低スペックで全速力でやると追っつかないから駆け足程度で、だけどな」

 

 ウィズは右手首に装着されている赤い腕輪型のデバイスを見せて、自嘲気味に言った。

 

 ミッドチルダ代表である彼のデバイスを興味深げにヴィヴィオは眺めながら質問する。

 

「この子はインテリジェント型ですか?」

 

「まさか、ごく普通のストレージさ」

 

 インテリジェント型とは独自に意思を持つ高性能なデバイスで持ち主たる魔導士と心を通わせることによって何倍もの実力を発揮する。まさに相棒と言える存在だ。

 

 反対にストレージ型は意志を持たず、基本的に魔法のプログラムを溜め込んだり単純な魔法演算の補助のために使われる。無論、中にはインテリジェント型に勝るとも劣らない高性能なものもある。

 

 だが、ウィズが所有している『レッド』はストレージ型の中でもあまり性能がいい部類とは言えなかった。

 

 基本的に魔法の行使はウィズ自身が執り行うため、彼が求めたのはIM(インターミドル)出場のための最低限必要な性能だけだった。

 

「だから、そっちの白いのと違って、こっちは単純作業しかできないんだよ」

 

 ヴィヴィオの脇に浮かんでいたウサギ型のインテリジェントデバイスに向かってを指をさす。

 

 そのウサギは自分が指さされたことに気づくとあたふたと空中でじたばた動いて、マスターの頭の後ろに隠れた。

 

「……本当に感情豊かなやつだな」

 

「いやぁ、はは……あと、この子はクリスって言います」

 

「ん? そんな名前だったか? 確か、母親のデバイスと同じような名前叫んでなかったか?」

 

 叫んだというのはアインハルトと二度目の練習試合の時だと、すぐにわかる。

 

「ああ、セイクリッド・ハートが正式名称でクリスは愛称なんです」

 

「な、なるほど?」

 

 ウィズにとっていくらインテリジェント型と言ってもデバイスに愛称を付けるというのは、想像もできないことだったのだろう。

 

 暫し目を瞬かせていたが、すぐに脱線しかけていた話を戻した。

 

「とまあ、こいつだと複雑な演算はできないから駆け足であの木々を抜けて行って、発射される魔法弾を打ち落としていく訓練ってわけだ」

 

「……そうですか」

 

 アインハルトの返事はどこか気落ちした響きに聞こえた。

 

 きっともっと凄い訓練をしているのだろうと期待していたのだろう。一見無表情を装っているが、案外感情がわかりやすい少女だ。

 

 そして、それを察せないほど鈍い男ではない。

 

「……試してみるかアインハルト?」

 

「えっ?」

 

 アインハルトの返事を聞く前にウィズはひとつのスフィアを手元に引き寄せてみせた。

 

「なに、初めてだから一番()()なやつにしてやる」

 

「む」

 

 男の挑発ともとれる言葉に反射的に口をへの字に歪ませる。

 

 その反応を愉快そうに見つめながら、掌の上でスフィアをぐるぐる回転させる。

 

「ほら、いくぞ」

 

 ポシュ、とどこか気の抜ける音と共に魔法弾が発射される。

 

 一言で言えば遅い球だった。子供でも簡単に目で追える程度の速度で向かってくる丸い球に、自分はおちょくられているのだと苛立ちを覚える。

 

 目に付くのはその魔法弾が()()()()()()ことだが、それが驚異的な威力を生み出しているかといえば否である。

 

 とりあえず男のにやついた顔が気に食わないため、ゆっくり近づいてきた魔法弾に怒りをぶつけるようにパンチする。

 

 当然弾丸は拳の威力によって砕けて粒子と化す――こともなく、ぐにゃりと歪に形を変えて拳にめり込んだ。

 

 そのまま反発するように跳ねて、魔法弾は地面を転々と転がり霧散した。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………はい、じゃあ次はヴィヴィオな」

 

「ええ!?」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 予想外の状況に当事者のアインハルトも見守っていたヴィヴィオも思わず固まっていた。

 

 そんな時に唐突なウィズの振りに振られた少女が慄いた。

 

 まるで無視された形になったもう一人の少女が手を伸ばして待ったをかける。

 

「もう一度、お願いします」

 

「……別にそこまでムキになることじゃないだろ」

 

 今度はしっかり腕を上げてファイティングポーズをとるアインハルトに呆れた視線を向ける。

 

「ムキになってません。早くしてください」

 

「はいよ」

 

 絶対違うと思いながらも何も言わず、二発目が発射される。

 

「はあぁぁあ!!」

 

「おいまて」

 

 気合を込めまくった吐息によって繰り出された振り下ろしの一撃が魔法弾を襲う。

 

 ウィズの静止の声など耳に貸さず、魔力も多分に込められた強烈な手刀が直撃する。

 

 一瞬、ゴムのような抵抗を感じたが無視して振り下ろす。

 

 小さな魔法弾を潰すにはあまりにもオーバーキルな一撃によって、ドパァァン! と豪快な破裂音と共に魔法弾が弾ける。

 

 ヴィヴィオが思わず身を竦めさせるくらいには大きな音だった。

 

 ウィズは額に手を当てて呆れている。

 

「ど、どうですか」

 

 自分でも魔法弾が破裂した音にびっくりしながらもやり切った顔を浮かべたアインハルト。

 

「阿呆」

 

「なっ!?」

 

「そういう力任せにやる訓練じゃねえんだよ、改めてヴィヴィオ、行くぞ」

 

「えっ、はい!」

 

 辛辣なウィズの言葉に呆然とするアインハルトを無視して、金髪の少女に向けて三発目の魔法弾が射出される。

 

 ヴィヴィオは慌てていたが、とても遅い弾丸の速度を見て呼吸を整えられるくらいには余裕が生まれた。

 

 とりあえず空振りだけは彼の前でしたら赤面ものなので、距離感だけは誤らぬようじっと魔法弾を注視した。

 

 ギュルギュルと勢いよく回転する魔法弾を見ていると、ふと何かが浮き上がってくる。

 

(……1?)

 

 朧気ではあるが一桁の数字が回転する魔法弾に描かれているのが見えた。

 

 何故数字が? と疑問に思うのも束の間、ゆっくりとはいえ弾は着実にこちらへと向かってきていた。

 

「あわ、はっ!」

 

 動揺しながらも左手を正面から突き出して、魔法弾の中心を打ち抜いた。

 

 パンッと軽い音を立ててあっさりと弾丸が霧散した。

 

「……な、なぜ?」

 

「ほお、やっぱ目がいいな」

 

 年下の少女がいとも簡単に魔法弾を壊してみせて驚きを隠せない様子だった。

 

 対してウィズは先日の試合を見ていて、金髪の少女のカウンターや体捌きから常人よりも動体視力が優れている方だと予想していた。

 

 だから、この結果にある程度納得していた。

 

「ええと、つまりこれはどういうことなんですか?」

 

「ん? 気づいていないのか?」

 

 腕を突き出したまま困惑した様子で聞いてくるヴィヴィオを意外そうに見る。

 

「答えはこれだ」

 

 ウィズは掌の上で魔法弾を形成して見せた。

 

 二人が覗き込むとその表面には数字の1という文字が刻まれているのがわかる。

 

「これを、1」

 

 描かれた数字を呟きながら指で弾くと先ほど同様簡単に割れる。

 

「描かれている数字を言いながらでないと壊れない、ということですか」

 

「正確には認識さえしていればいい。口に出さずとも頭で思い浮かべられればな」

 

「あー、なるほどぉ」

 

 思い返せば確かに自分は数字の1を思い浮かべていた。

 

「わかったか? 力任せにやればそりゃあ破壊できるだろうが、そういうのじゃねえんだよ」

 

「い、言われずともわかりましたよっ」

 

 後輩の少女があっさりクリアした分、無理矢理破壊した自分がより恥ずかしくなり赤面する。

 

 ウィズは頬を赤くした少女をこれ以上からかうようなことはせず、引き寄せていたスフィアを定位置に戻す。

 

「俺なりに考えた動体視力と反射神経、あと瞬時の判断力を上げるための訓練メニューだ」

 

 それだけ告げるとウィズは今度こそ二人に背を向けた。

 

 説明はもう全て終ったと言わんばかりにデバイスに指示を出して、スフィアをランダムに配置しなおしている。

 

 そのまま自分の練習を再開させるようだ。

 

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