ViVid Infinity   作:希O望

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第二話になります。
こちらは二つに分割した内の二本目です。
よろしくお願いします。


第二話 合宿と模擬戦②

 ヴィヴィオとアインハルトは互いに目を合わせて頷いた。

 

 とりあえずウィズの訓練の様子をもう一度しっかり見ておこうと考えたのだ。

 

 ミット打ちはその後でも全然問題ないのだから。

 

「レッド、始めろ」

 

『イエス、マスター』

 

 腕に取り付いたデバイスに視線すら寄こさず淡々と命令を下さす。

 

 主人の指示に従い、機械的に赤のデバイスはプログラムを起動する。

 

『カウント3、2、1』

 

 レッドのカウントダウンが0になると同時にウィズは飛び出した。

 

 飛び出したと言っても速度は本当にジョギング程度で、一見手を抜いているようにしか見えない。

 

 最初の木を横切った瞬間、死角にあったスフィアから数字入り魔法弾(ナンバーバレット)が射出される。

 

 ギュンと効果音が付きそうな勢いでウィズの眼球が動き、その弾をしっかりと視認する。

 

 次の瞬間には魔法弾は裏拳によって砕けていた。

 

 ウィズの視線を既に次の目標へと向かっている。

 

「早い、ですね」

 

「私たちの時と比べれば、ですけどね」

 

 今発射されている魔法弾は決して遅くはなかったが、特別速くもない。

 

 当てるだけであれば簡単だと思われるが、当然さっき見せてもらった数字が描かれているため難易度は跳ね上がる。

 

 木々の隙間からどんどん弾丸が飛ばされ、そのひとつひとつが回転している。

 

 縦回転、横回転、斜めの回転など回転だけでも種類がある。

 

 しかも魔法弾は様々な角度から飛んでくるし、弾には色付けがされていることから破壊する方法も複数あると考えられる。

 

 もしもヴィヴィオがあの場に居れば、混乱して何もできないかもしれない。

 

 それほど濃密な情報量があのトレーニングにはある。

 

(それに、もしかしてあの数字って……)

 

 ヴィヴィオが目を凝らしても微かにしか見えなかったが、ウィズが打ち砕いた魔法弾の数字からある予想が生まれる。

 

 とりあえず、その予想が当たっているかはウィズ当人に聞くしかないため一旦保留とした。

 

 今は彼の練習風景を目に焼き付けることの方が重要だ。

 

「ふっ、はっ!」

 

 短い息吹を吐きながら、次々と撃ち出される魔法弾を鍛え抜かれた四肢によって破壊していく。

 

 繰り出される魔法弾の中でも一番近づいたものを的確に選択して流れるような動きで技を出す。

 

 そこには一切の無駄や遊びがない。

 

 まるで演武でも観ているかのようだ。

 

(ああ、やっぱり……綺麗)

 

 ウィズのファイトスタイルは主にパワーファイターのそれだが、試合の随所で見られる洗練された体捌きはその枠に収まらない。

 

 格闘戦技者として一線を画すような巧みな体術は人を引き付ける不思議な魅力がある。

 

 だから、人気が出るのも当然のことだとヴィヴィオは確信していた。

 

 何故ならヴィヴィオも彼の武芸に心惹かれた一人なのだから。

 

 あれは1年ほど前、ノーヴェ相手にどうしても一本取りたくて参考になる格闘技選手の映像を探していた時だった。

 

 偶然目に入ったIMの映像、女子ではなく男子の映像を何故再生したのかは覚えていない。

 

 覚えているのはその選手の動きを美しいと思ったこと。

 

 そして、その試合でフィニッシュブローとなったクロスカウンターが目に焼き付いてしまった。

 

 目に、脳に、心に焼き付いた選手の動向を追うようになり、過去の試合映像もかき集めた。

 

 映像だけでは満足できなくて、実際の試合にも足を運んだ。

 

 一人で男子の試合を見に行くのは何となく恥ずかしかったので、コロナも誘って一緒に行った。

 

 世界代表戦の初戦だった。序盤こそ別世界の相手の独特なリズムに乱されていたが終わってみれば彼の圧勝だった。

 

 コロナもその試合からすっかりその人のファンになってしまった。

 

 それくらい魅力を持った選手なのだ。

 

 そしてその選手は今。

 

 目の前にいる。

 

 流水のような体術で魔法弾を迎え撃っていたウィズであったが、ここでひとつミスが生まれた。

 

 横合いから飛び込んできた弾丸に肘打ちを命中させたが、砕けずゴム毬のように跳ねた。

 

「――――」

 

 表情には出さなかったものの、リズムは多少狂いが生じた。

 

 緻密な情報が飛び交うこの訓練においてその多少は多大とも言えた。

 

「この鍛錬の肝は全ての魔法弾を視界に収めなければならないところですね」

 

「え? あっそうですね」

 

 考えてみれば当たり前だ。魔法弾ひとつひとつに数字が描かれ、その数字を認識しなければならないのだから直に目で見なければわかりようがない。

 

 高度な空間把握能力を持っていれば背後から来た魔法弾を感知することはできるが、後ろに目でもなければ破壊はできない。

 

「如何に最小限の動きで見て捌いて移動するかにかかってます」

 

「なるほどー」

 

 二人の少女が感心している最中にも、ウィズは迎撃の立て直しを図っている。

 

 徐々に調子を戻せてきたものの、魔法弾を消すタイミングが大分シビアになっている。

 

 そして、ゴールが見えてきた時、最後の二発が同時に発射された。

 

(――遠い)

 

 ヴィヴィオは直感的に間に合わないと思った。

 

 位置が悪かった。一番近い魔法弾を打ち消しに行くにはブレーキをかける必要がある。

 

 このタイミングで速度を緩めればもうひとつの魔法弾の元へ行く頃には地面に落ちていることだろう。

 

 ウィズは予想通り一度速度を緩めて斜め後ろの魔法弾を消し飛ばした。

 

 その時、地面が爆ぜた。

 

 正確にはウィズが地面を思いっきり蹴り出し、その余波で土が爆発したように見えた。

 

 爆発的な加速をしたウィズは地面スレスレのところで魔法弾を足先で蹴り飛ばしてみせた。

 

 勢いのまま滑るように奥の一際太い木の幹まで辿り着き、手を置いた。

 

 そこがゴールらしい。

 

 ウィズの前方の空間に『GOAL』の文字が浮かぶのが見える。

 

「ふぅ、ミスがひとつ、か」

 

 大きく息を吐いて呼吸を整えると悔しそうに顔を歪めながら歩いてこちらへ戻ってくる。

 

「最後のダッシュも無駄だ……もっと先読みして……スムーズに、ん? なんだまだいたのか?」

 

 ブツブツと独り言のように反省点を口に出していたウィズがヴィヴィオたちに気づく。

 

 高い集中力故か本当に彼女たちのことが途中から目に入っていなかったようだ。

 

 呆れるどころか感心したヴィヴィオは彼に近寄りながら俊敏な動作で手を上げた。

 

「はい! ウィズさん質問があります!」

 

「なんだ?」

 

「もしかしてさっきの訓練って二桁や三桁の数字が混ざってたりします?」

 

「勿論、一桁だけなんて簡単過ぎる」

 

「じゃあ、一個の魔法弾に二種類の数字が書いてあるのは……」

 

「青色の弾がたし算、赤がかけ算、紫が二乗でそれぞれ正しい答えを認識しないと壊せない。因みに緑はそのままの数字で黄色は破壊しちゃダメだ」

 

 やっぱり、と先ほど思い至った予想が的中したことに少ない喜びと大きな驚きを覚えた。

 

 何故なら魔法弾が発射されてから着弾までの短い間にどれだけの思考と判断がされているのか想像するだけで頭が痛くなるからだ。

 

 隣で聞いていたアインハルトも驚いたように目を丸くしている。

 

「もういいか? お前たちも練習するんだろ? だったら」

 

「ウィズさん!」

 

 その辺りが開けていると指さそうとしたウィズを遮るように再びヴィヴィオが声を上げた。

 

「やってみてもいいですか!」

 

「……え? やりたいのか?」

 

 はい、と高らかに返事をするヴィヴィオを意外そうに見ていた。

 

 こんな本当に効果が出るかもわからない素人が考えたトレーニングを率先してやりたいと思うものではないと考えていた。

 

「私も、もう一度試してみたいのですが」

 

 おずおずと手を上げたアインハルトは数分前にルール外の方法で破ったことを思い出しているのか頬が若干赤い。

 

 やる気を溢れ出す二人を見て、ウィズは肩をすくめてスフィアを操作した。

 

 さっきのゴール付近にあったスフィアや木の葉に隠れていたものがぞろぞろと出てくる。

 

「じゃあ走りながらじゃなくてまずは立ち止まってやってみろ。俺の時みたいに計算が必要なやつは出さないから安心しろ」

 

「はい!」

 

 金髪の少女は難易度の低い設定をされたことに不満を抱くこともなく、寧ろ気遣ってもらって嬉しく感じていた。

 

 これが隣の碧銀の少女であればむっとした表情に変わっていたことだろう。

 

 ヴィヴィオはスフィアが集まる中心部に立って、トントンとその場で軽くステップを踏む。

 

「いつでも大丈夫です!」

 

「オッケー、じゃあ行くぞ――――ぁ」

 

 デバイスに念じてプログラムを起動したと同時に男の口から何か声が漏れたように聞こえた。

 

 少し離れた位置にいるヴィヴィオが聞こえる筈もなく、隣にいたアインハルトが反射的に視線を向けたが特に変わった様子は見られなかった。

 

 聞き間違いかと納得して視線をひとつめの魔法弾を見事に消し飛ばした少女に戻す。

 

 弾丸の速度は極めて遅い。ついさっき試させてもらった弾とほぼ同じ速度だった。

 

 それでも次々と数字入り魔法弾(ナンバーバレット)を撃ち出されると遅くとも苦戦する。

 

(2、3、5。ええっとあれは7!)

 

 前方から飛んできた四つの魔法弾を目を凝らしてじっくり視認する。

 

 回転数はそう高くないため、慣れてくれば数字を見定めるのも難しくはない。

 

 しかし、それが連続してさらに様々な方向から飛んでくると途端に苦しくなる。

 

 前から来たと思えば、次は横から、背後からポンポン魔法弾が飛んでくる。

 

「あうっ」

 

 横の弾丸と向かい合っていたら側頭部にポコンと別角度の魔法弾が当たる。

 

 全然痛くはないのだが、こうなってくると色々とぐだぐだになってしまう。

 

 慌てて振り向けば数字を認識する間もなく顔やお腹に当たったり、地面に落ちたりした。

 

 残ったひとつを殴っても正しく数字を認識できておらず、拳から跳ねて地面を転がる。

 

 ミスの連続に硬直してしまいそうになるが、すぐに切り替えて元の方角へ身体を戻す。

 

「わわっ」

 

 戻すと間近に迫った魔法弾が視界に飛び込んで来て、ちょっとしたパニックになりそうだった。

 

 一度の予期せぬ事態からここまで狂わされるのだから、彼がひとつのミスで済んだのは本当に凄いことだと実感できる。

 

 その姿を思い出してヴィヴィオも立て直すために奔走する。

 

 そこからは所々にミスもあったが、何とか近づいてくる魔法弾を見極め、左右のジャブで次々と打ち消していった。

 

 続けていくとコツを掴みかけてきたのか、心の中で若干の余裕も生まれてきた。

 

 そんな時、ちょうど膝の辺りに飛んでくるひとつの魔法弾が見えた。

 

 この高さなら蹴りだ、と考えられたのがいけなかった。

 

「やっ!」

 

「あっ、ヴィヴィオさんダメです!」

 

 前方、視界の奥にいたアインハルトが慌てた様子で叫んだのが見えて聞こえた。

 

 そして、ヴィヴィオ自身も蹴った瞬間に気づいた。

 

 今着ている服は――ワンピース!

 

 結果。

 

 

 バサリ、と彼女の前蹴りによってスカートが思いっきり捲れ上がる。

 

 

 当然、その下に隠されていたピンクの縞模様が入った下着が白日の下に晒される。

 

「~~~~~~ッッ!!」

 

 無言の悲鳴を上げて瞬時にスカートを抑えたが、既に遅い。

 

 アインハルトたちから背を向けていればまだよかったのだが、無情にも二人は前にいる。

 

 つまり、この場で唯一の異性、ウィズに見られてしまったことは疑いようのない事実。

 

 今朝の突然の邂逅を超える羞恥の嵐が心を支配する。

 

(見られた、見られた見られた見られたあぁ!)

 

 一瞬で顔面が沸騰し、それどころか全身が燃えるように熱い。

 

 異性に下着を見られるなんて生まれて初めてのこと――いや、もしかしたら六課時代にエリオや他の男性職員に転んだり何かした拍子に見られていたかもしれないがそれはノーカンだということにする。

 

 とにかく、ヴィヴィオの中で一番恥ずかしい姿を見られたくない男性に恥ずかしい瞬間を見られてしまったのが重要だった。

 

 その事実を再確認するために恐る恐る視線を上げると、そこには。

 

「それにしてもどうやってこいつは動いたり浮いたりしてるんだ? ……ああ、クリスタルが中に入ってるのか」

 

 自分の愛機のぬいぐるみを挟むように両手で鷲掴みにして、何やら親指でぐりぐりと胸やお腹の辺りを弄っているウィズの姿があった。

 

 こちらの醜態など最初から目に入っていないようだった。

 

 掴まれたクリスは短い両手足をもがくように振り乱し、イヤイヤと拒絶するように頭を激しく振っている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ヴィヴィオとアインハルトは事態を把握するまで数秒を要した。

 

 そして、同時に安堵の息を吐いた。

 

「ん? どうした二人とも……ああ、なるほど」

 

 ようやく少女の異変に気が付き暫し眺めた後、スカートを抑え顔を真っ赤にして固まる姿を見て得心がいったように頷く。

 

「レッド終了だ」

 

『イエス、マスター』

 

 デバイスに命じると訓練用のスフィアが全て消える。

 

 ずっと発射され続けていた魔法弾が身体に何発も当たっていて、地味に気になっていたので助かった。

 

「その恰好で今の練習をやるのはちょっとやめといた方がいいな」

 

「…………はいぃ」

 

 消え入りそうな声で返事をすると恥ずかしさの余韻が残った頬を誤魔化す様に俯いた。

 

「だからお前も今日はやめとけ」

 

 同じく黒いワンピース姿のアインハルトにも忠告をした。

 

「いえ、武装形態をとれば」

 

「そんなマジな恰好でやるもんじゃねえって」

 

 尚も食い下がろうとする少女をウィズはぶっきらぼうに手を振って一蹴する。

 

 ヴィヴィオはそんな二人のやり取りを見て、本当に見られていなかったと確信してこっそりと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし、上手く誤魔化せたか?)

 

 ウィズは内心で胸を撫で下ろした。

 

 実はと言うと、彼はヴィヴィオが恥ずかしい姿を晒す可能性をいち早く予期していた。

 

 気づいたのは訓練プログラムを起動した直後だった。

 

 あの時、ヴィヴィオの服装がスカートであったのに気づき、思わず「あっ」と声が漏れた。

 

 かなり小さな声だったが隣のアインハルトに聞かれた可能性を考えて、無表情を装った。

 

 しかし、冷静になれば別にそこで指摘すればよかったのだと気づく。

 

 男の自分が年下の女子のスカートに注目していたと思われたくなくて思わず隠してしまったが、明らかに悪手だった。

 

 既にナンバーバレットが発射され、ヴィヴィオは勢いよく拳を突き出している。

 

 彼女が動くごとにスカートがひらひら動いて気が気じゃない。

 

 別にスカートの中身が気になるわけじゃない。その逆だ。

 

(もしもスカートが捲れて俺が見てしまったら、きっと気まずくなる。そうなると悪いのは誰だ? 俺だよ。こういう時は無条件で男が悪者になるんだ。そしてまた謝る羽目になる。もうあんな空気はこりごりだぞ)

 

 ウィズは今後自分にもたらされるであろう無情な運命に嘆いた。

 

 どう思われようとも事が起こる前に止めようと決意し口を開こうとした時。

 

 ヴィヴィオがこめかみ辺りに柔い魔法弾がぶつかり、あうっと呻いた。

 

(呻くって可愛くできるもんなんだな)

 

 反射的にどうでもいい思考をしてしまった。

 

 そんなことを考えている間にヴィヴィオは奮闘し、何とか狂ったリズムを戻そうと必死になっている。

 

(まずい、タイミングを逃した)

 

 慌てながらも真剣に取り組む姿勢に横やりを入れるのは非常に心苦しかった。

 

 だが、自分に恥ずかしい姿を見られることに比べたらヴィヴィオも止めてくれた方がありがたい筈だ。

 

 よし、と再度決意を固めた時、視界には金髪を揺らして魔法弾を迎え撃とうとする少女の姿が映る。

 

 その魔法弾は彼女の膝元にあった。

 

(蹴りのモーション――!)

 

 この時、まるで光の速度で思考が加速した。

 

 まずいと思ったウィズは周囲に何か自然に視界を遮れるものがないか探した。

 

 そんな都合のいいものあるわけがない、とわかっていたが――見つけた。

 

 ヴィヴィオのデバイス、うさぎのぬいぐるみがウィズのすぐ近くに浮いていた。

 

 きっと今後の参考にするためにご主人様の動きをモニターしていたのだろうが、ウィズにとって何とも都合のいい位置にいてくれた。

 

 瞬時に腕を伸ばし、小さなぬいぐるみを鷲掴みにした。

 

 クリスはまるで人間が驚いた時のようにギョッと身を竦ませたが、気にせず自分の元へ引き寄せた。

 

(こんなことのために鍛えた反射神経と動作速度じゃねえぞ)

 

 まさかスカートの中身を不自然なく見ないようにするために生かされるとは思わず、無性に悲しくなった。

 

 そして、その後は先ほどのとおりクリスに興味を持って弄るフリをしてヴィヴィオのスカート捲れ姿を回避した。

 

 ヴィヴィオもアインハルトも怪しむ様子はなく、上手く誤魔化せたと安堵したのだ。

 

 だが。

 

(すまん。はっきりとは見えてないが、視界の端で少しだけ縞が見えてしまった。すまん)

 

 そんな暴露は決して口にはできないため、心の中で謝罪を繰り返す。

 

 ウィズは難を逃れたところでこれ以上彼女たちと一緒にいるのはよろしくないと考えていた。

 

 いつ何時今回のような予期せぬトラブルが潜んでいるかわかったものではないからだ。

 

 だから、彼の方からこの場を後にしようとしたのだが、ヴィヴィオから。

 

『えっ、もう行っちゃうんですか……?』

 

 と何故か悲しそうにその愛らしい眉尻を下げて俯いた。

 

(ついさっき恥ずかしい思いをしたばかりなのに、よく引き留めようと思えるな)

 

 そのままなし崩し的にミット打ちに付き合うことになってしまった。

 

 美少女から不安そうに一緒にやりませんかと誘われて、突っ返す勇気は残念ながらなかった。

 

 主にウィズがミットを持って二人の拳を受けることとなる。

 

 アインハルトは彼への今までの鬱憤を晴らすかのように思いっきり殴りかかってきた。

 

 対してヴィヴィオは綺麗なフォームで丁寧なジャブを撃ち込んでくる。

 

 時折、どうですかと額に汗を滲ませながら大きな丸い瞳を輝かせて聞いてくる姿は小動物的な癒しを感じる。

 

 無表情で芯を抉ろうとしてくる少女とは大違いだ。

 

 そんな練習が夕暮れ時まで続いた。

 

 二人はもう切り上げるとのことだったが、ウィズはまだ残って練習を続けるつもりでいる。

 

 別れ際にアインハルトは静かに頭を下げ、ヴィヴィオからお礼の言葉を述べられた。

 

「私の我儘で練習に付き合っていただいてありがとうございました! 今日のウィズさんは話しかけやすくてつい……名前も初めて呼んでくれましたし」

 

 彼女の言葉に表面上は軽く笑みを浮かべながらも、彼の頭はすっと冷めた。

 

 自分の心が浮ついていたのを自覚した。

 

 浮ついた原因は何か。

 

(あの砲撃畜生め)

 

 考えるまでもなく、原因はサイドポニーの白い砲撃魔導士にあると結論が出た。

 

 あの人のマイペースっぷりに翻弄され、自分と他人の距離感を滅茶苦茶にされたのだ。

 

 二人と別れた後、その舞い上がった気持ちを戒めるために激しい訓練をひたすら熟した。

 

 溶かされた鉄を冷やして固めるように黙々と汗を流して気持ちを落ち着けた。

 

 気づけばすっかり日も落ちて、雲一つない空には星々が光り輝く時間帯になっていた。

 

 そろそろペンションに戻ろうと汗をタオルで拭きながら帰路についていた道中。

 

「あ、ウィズくん。ずっと練習してたの? あんまりオーバーワークはダメだよ?」

 

「……ちっ」

 

「今普通に舌打ちしたね! 冗談とかじゃなくて本気だったよね!?」

 

 一番見たくない顔が現れ、反射的に舌を鳴らしてしまった。

 

 それが尚のこと彼女の感性を刺激してしまい、ずんずん距離を詰めてくる。

 

「あのねウィズくん、私だから許してあげられるけど他の人にそんな態度しちゃ嫌われちゃうよ」

 

「……近ぇ」

 

 まるでいたずらっ子に注意をする先生のように人差し指を立てて、ウィズに向かって苦言を呈するなのは。

 

 少年は単純に煩わしかったのと汗の臭いを気にして彼女から遠ざかるように上半身を少し傾ける。

 

 それでも空いた距離を埋めるように詰め寄ってくるなのはを突き放すために口を開く。

 

「そちらこそこんな時間までほっつき歩いてるじゃないですか」

 

「いやいや、私とフェイトちゃんは明日の打ち合わせをしてたの。ほっつき歩いてたわけじゃないよ」

 

「あーそうですか」

 

 なのはの話を全く興味がない体を装いながらも、同伴していたフェイトにはお疲れ様ですと頭を下げた。

 

 金髪の女性が苦笑いを返す傍らでなのはは彼の態度にムッと口を歪める。

 

 しかし、すぐに彼女の唇は逆方向に曲がって弧を作る。

 

「それにしてもこんな遅くまで練習してたなんて熱心だねー。あ、もしかして()()()()()()とか? そんなに楽しみにしてくれてるの?」

 

 大人である筈の女性からあからさまなからかいの言葉を受けて、これ以上絡まれたくなければ素っ気ない態度でやり過ごすのが一番だとわかっている。

 

 わかっているが、ウィズの口は勝手に開いた。

 

()()()()()()()、だ。明日? ふっ、明日何て前座だよ前座」

 

 鼻で笑うのを隠そうともせずになのはを見下ろしながら言い放つ。

 

 こういう態度が高町なのはという他人に対してどうしようもなく心を開いてしまっているという証拠なのだが、本人は全く自覚がない。

 

「なにをーそっちから頼み込んできたのに!」

 

「違う。あんたが合宿に参加するよう頼んできたから条件を出しただけです」

 

 彼女と話しているだけで今まで作っていた他人との壁を崩されていることに気づいていなかった。

 

 二人であーだこーだと言い合いをしている中で蚊帳の外にされたフェイトは寂しさを感じざるを得ない。

 

 だから、二人の言い合いに割って入り勇気をもって発言した。

 

「あの、明日は私が代わりにやってあげてもいいよ?」

 

「いえ、それは結構です」

 

 ウィズは間髪入れずに即答した。

 

「そっかぁ……」

 

 歯牙にもかけない態度にフェイトは肩を落として悲しい気持ちになる。

 

 なのははそんな親友を励ますように肩に手を置いた。

 

 こんなやり取りを繰り返す合間に三人はホテルアルピーノに到着した。

 

 夕食を用意している食卓に向かうと、既に料理が出来上がりつつあるのか食事を乗せた皿が広いテーブルの上に置かれ始めていた。

 

「あ、フェイトさん、なのはさん、それにウィズさんもお疲れ様です」

 

 配膳の手伝いをしていたらしき赤髪の少年、エリオが三人を出迎えてくれた。

 

 キッチンにはルーテシアの母のメガーヌが微笑んでいる。

 

 なのは達が手洗いのために洗面所へ向かうのを尻目に、ウィズはそれとなくキッチンの様子やエリオの姿を眺めた。

 

 そして、別の料理を運んできたメガーヌに向けて頭を下げる。

 

「すみません。明日からは自分も手伝います」

 

 突然の謝罪にきょとんと目を丸くしていたメガーヌだったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。

 

「気にしなくていいのよ。練習で疲れてるでしょうしゆっくりしてても」

 

「いえ、お世話になってる身ですので。それに食材を切るのは昔から得意なんです」

 

 ウィズの申し出にメガーヌは笑みを深めてお礼を言った。

 

 とりあえず配膳を手伝うために自分も洗面所がある方へ向かおうと廊下に足を向けた。

 

 廊下に差し掛かった時、ひょこっと廊下の影から顔を出した白い浮遊物と鉢合せした。

 

 それはヴィヴィオの愛機のクリスだった。

 

 ご主人様が入浴中のため、ぬいぐるみでは随伴することができず単独行動していたのだろう。

 

 デバイスが独断で主から一定以上離れられるものなのか疑問に思うが、もしかしたらその主から食堂の様子を見てきてもらうよう指示があったのかもしれない。

 

 とにかく単独で行動していたクリスと見合いになった。

 

 ちょうどウィズの顔付近の高さで浮かんでいたこともあって、ぬいぐるみのつぶらな瞳がよく見える。

 

 ウィズも多少驚いたが、クリスの方はあからさまに身体をびくつかせた。

 

 そして、鉢合せした人物が黒髪の少年とわかるや否や短い両腕で精一杯顔を覆い隠して来た道を全速力で戻っていった。

 

 まるでウィズから逃げるように。

 

「…………えぇ」

 

 困惑するしかなかった。

 

(何だよあの反応)

 

「ウィズくん、クリスに何かしたの?」

 

「――っ、何時からいやがった」

 

 あまりの出来事に呆然としている最中、突如背後から声をかけられ完全に気を抜いていた少年は一度心臓を跳ねさせた。

 

 ウィズの背後に回ったなのはは悪びれた様子もなくニコニコと笑っている。

 

「今さっきだよ。それにしてもクリスが凄い勢いでウィズくんから逃げて行ったけど何かしたの? なんだか照れてるようにも見えたけど」

 

「あー、デバイスに照れなんてあるんですか?」

 

「クリスは色々と最先端のデバイスだからね。そういうAIが組み込まれててもおかしくないよ」

 

「はぁ、まあ考えられるのは前に近くを浮かんでる時に鷲掴んで胴体を弄ったこと、ですかね」

 

 釈然としないながらも思い当たる伏を話すとなのはは大袈裟にため息を吐いた。

 

 ウィズはイラっとした。

 

「まさかウィズくんがぬいぐるみにセクハラするなんて」

 

「……おかしいだろ、ちょっと仕組みが気になって触っただけだぞ? つかぬいぐるみにセクハラってなんだよ」

 

(滅茶苦茶やべーやつに聞こえるぞ。アインハルトを貶した以上にはやべぇ)

 

 しかも見た目がフィギュアのような美少女のものではなく、デフォルメされたウサギのぬいぐるみだ。

 

 最早狂気の沙汰である。

 

「いきなり身体を弄られたら立派なセクハラだよ、ねえレイジングハート」

 

Exactly(そのとおりです)

 

「…………あそ」

 

 彼女のデバイスである赤い宝玉はわからないが、なのはは明らかにふざけているとわかったため軽く流した。

 

 素っ気ない態度のウィズを後ろから人懐っこい笑みを浮かべて追いかけてくる。

 

「冗談だよ、そんなに拗ねることないじゃない」

 

「拗ねてないです」

 

『私は冗談のつもりはありません』

 

「いやいや…………えっ?」

 

 そんなこんなで合宿一日目はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、早朝から起床する人は多かった。

 

 二日目に予定されている集団戦の練習試合の打ち合わせをするものや朝食の準備に取り掛かるもの。

 

 そして、新品のデバイスを片手に魔法の練習をしようとする少女の姿もあった。

 

「改めてよろしくね、ブランゼル」

 

『はい、よろしくお願いします』

 

 クリーム色の髪と二房のおさげをキャンディ型のリボンでまとめた少女、コロナは自身のデバイスの名を呼ぶ。

 

 薄桃色のクリスタルが五つ、薔薇の形をしたアクセサリーを中心に星のように広がった美しいデザインのデバイス。

 

 ブランゼルを大切そうに撫でながらアルピーノ家からそう離れていない開けた場所を歩いていた。

 

 デバイスマイスターの資格も持っているルーテシアお手製のデバイスで手にしたのはつい最近のことだった。

 

 そのためブランゼルを通した魔法の行使を試そうと早起きした。

 

「うん……あれ?」

 

 その場所には既に先客がいた。

 

 その人は原っぱの上で両脚を前後に開いて股関節まで地面につけて身体を解しているようだった。

 

「……ウィズさん?」

 

「ああ、おはよう。早いんだな」

 

「お、おはようございます」

 

 柔軟をしていたのは長身の男性、ウィズだった。コロナの歩み寄る気配に気づいていたのか、さして驚いた様子もなく挨拶を返してきた。

 

 思わぬ邂逅に緊張が走る。声が裏返らなかったことに安堵しながら彼にゆっくり近づいた。

 

「私はこの子と魔法の運用確認をしに来たんです」

 

「新しいデバイスなのか? これから調整なんて大丈夫か?」

 

「はい! 昨日も少し試してて、本当に最終確認だけなので」

 

「そうか、魔導事故には気を付けろよ」

 

 視線だけこちらに寄こし一見興味の薄そうな態度のウィズから掛けられた気遣いの言葉に、コロナは嬉しそうな返事をした。

 

 彼は柔軟体操をそのまま継続し、それ以上少女に話しかけることはなかった。

 

 こっちはこっちで勝手にやるからそっちも気にしないでどこでも好きに練習しろ、と暗に告げているようだった。

 

「あの! ご迷惑でなければストレッチのお手伝いをしましょうか!」

 

「えっ?」

 

 まさか再度話しかけられただけでなく体操の手伝いを申し出てくるなんて想像もしてなかったのか困惑の声が上がる。

 

 コロナは振り向いたウィズの顔をじっと真剣に見つめる。

 

 有名選手の力になれればという純粋な思いと昨日ヴィヴィオが彼と一緒に練習したと聞いて少しばかりの羨望の思いもあった。

 

 だが、彼が迷惑に思うのであれば大人しくすぐに引き下がろうと考えていた。

 

「……じゃあ、背中を押してくれるか?」

 

「っ、はい!」

 

 了承してくれたことに感謝しながら元気よく返事をした。

 

 ウィズは若干苦い顔をしていたが、背後に回ったコロナは気づきようがなかった。

 

 脚の曲げ方を変えて前後ではなく左右に脚を伸ばして180度の開脚をした。

 

「それでは、いきますっ」

 

「ああ、頼む」

 

 子供の小さい手と細い指が少年の肩辺りに置かれ、ゴツゴツと硬い感触が伝わってくる。

 

(背中、大きいなぁ)

 

 自身とは比べ物にならないくらい広く厚い背中に何故だか心臓が何度も激しく脈を打つ。

 

 父親以外では初めて男の人の背中をこんなに近距離でまじまじと見たかもしれない。

 

 しかし、自分から手伝いを申し出たのにいつまでも見つめているわけにもいかない。

 

「んっ」

 

 短い吐息が自然に漏れ、力を込めると殆ど抵抗もなく腰を折り地べたに胸まで着いた。

 

「ウィズさん、身体も柔らかいんですね」

 

「柔軟性は大事だぞ。攻撃の幅やキレにも関わってくるし、何より怪我の防止になる」

 

 ウィズの柔軟さと言葉にコロナは感心を覚えたように頷いた。

 

「もう少し、強めに押した方がいいでしょうか?」

 

「ん? ……そうだな、そうしてくれ」

 

「はい、それでは……」

 

 この後、どうしてそうなったかはコロナにはわからない。

 

 芝が朝露で湿っていたからか、滑りやすいサンダルを履いていたからか、その両方か。

 

 わからないが、結果はひとつ。

 

 さらに力を込めるために体重をかけて押そうと脚に踏ん張りをきかせた瞬間。

 

「ん――ぴゃわっ!」

 

 ずるりと体重をかけた一方の足が芝生の上を滑った。

 

 突然の事態に立て直すことができるわけもなく、甲高い奇声を上げながら前のめりに倒れ込む。

 

 倒れ込んだということはその下にいたウィズの背に覆い被さるということ。

 

 結果として、傍目から見ればコロナがウィズを後ろから抱きしめるような体勢に収まった。

 

「――――」

 

「…………」

 

 絶句するコロナと沈黙するウィズ。

 

 今や二人の顔の距離は頬が触れんばかりの位置にある。

 

 衣服越しに伝わってくる熱やシャンプーの残り香らしき石鹸のにおい、色々な情報が遅れてやってくる。

 

 正気に戻るまでの時間は数秒もなかっただろうが、コロナにとってその一瞬は途轍もなく長い時間に感じた。

 

 ハッと呆然としていた頭が再起動する。

 

「ふやあ! す、すすすすみませぇえんっ!!」

 

 人生でこれほど俊敏に動いたことはないと思うほどの速さでウィズの上から飛びのいた。

 

「すみません! すみません!」

 

 顔は火達磨のように燃え上がる勢いで赤に染まった。

 

 耳まで真っ赤になりながら、羞恥と慙愧で頭がごちゃ混ぜになりながら必死で頭を下げる。

 

 頭を振るごとに二房のおさげがびょんびょん上下に暴れている。

 

 その瞳は今にも泣き出しそうなほどに潤んでいた。

 

「……気にするな。事故だ事故」

 

 ウィズは平謝りする少女の方へ振り向いて何事もなかったかのような平然とした表情で慰めた。

 

 彼の落ち着いた態度と言葉に幾分か冷静になれたものの、それ故に先ほどの衝撃がはっきりと思い出せてしまう。

 

「はうぅ……」

 

 火照り切った頬を両手で抑え、顔を俯かせて悶える。

 

(私なんてはしたないことを! それに凄い変な声上げちゃったよぉ! 絶対おかしな子って思われてる!)

 

 事故とはいえ自分の行いに悶絶するコロナを見て、ウィズは見かねてもう一度声を掛けた。

 

「あー、もうこっちはいいからさ。自分の練習してていいぜ?」

 

 少女の心情を慮っての一言であったが、彼女自身には呆れて突き放されたようにも聞こえてしまった。

 

 コロナは顔を下げながら潤んだ瞳で今の状況を分析した。

 

(今ウィズさんから見た私ってどう映ってるんだろう。当然後ろから抱き着いてきて変な声出して顔真っ赤にして泣きそうな女の子? それってかなり情緒不安定だと思われてないかな?)

 

 そう思われればどうなるか。折角憧憬の念を抱いている人物とお近づきになれる機会を得たのに、ドン引きされて終わる可能性がある。

 

 一ファンとしても一人の女としてもそれは如何なものだろうか。

 

 下手をすればこの合宿中にも避けられ始めてしまうかもしれない。

 

 想像してみた。

 

 道すがらすれ違いざまにスッと大きな距離を置かれたり。

 

 他の人との会話している所に割り込んだ途端に一転して真顔になったり。

 

 調味料を取ってもらった時に絶対手と手が触れないよう細心の注意を払われる光景を。

 

(あぁ、嫌あぁ……)

 

 想像だけで泣きそうになった。絶対に阻止しなくてはと心に決めた。

 

 

 無論、ウィズは転んだ際の悲鳴や気配で悪気はないとわかっているし、全く変に思っていない。だが、コロナに彼の心情がわかるはずもない。

 

 

 コロナは覚悟を決めて顔を上げる。

 

「大丈夫です! 最後までお手伝いします!」

 

「いや、無理しなくても」

 

「無理じゃないです! 全然無理矢理してないです!」

 

「そ、そうか」

 

 まだ頬は赤いが目を合わせて意気込む少女の熱意にウィズは思わず頷いていた。

 

 その後、緊張してぎこちない動きながらも最後までストレッチの手伝いをやり切った。

 

 実は気まずかったウィズが少し早めに切り上げたのだが、それを察する余裕は少女にはなかった。

 

「ありがとな、コロナ」

 

「ッ! はい!」

 

 お礼と共にはっきりと名前を呼ばれ、喜びの笑みを隠し切れないコロナだった。

 

 

 

「そういえば、ウィズさんは今日の模擬戦には参加されないんですよね?」

 

 昨日発表されたチームメンバーの中に目の前の少年の名はなかった。

 

 人数が合わないことと本人が集団戦に興味がないことが理由だと説明されていた。

 

「ああ、お前たちと一緒のは、な」

 

「??」

 

「まあ、別にこの後わかることだから言うがな――」

 

 ウィズの放った言葉に、コロナは目を丸くし口に手を当てて驚きを露わにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合宿二日目はメインイベントとして合同陸戦試合が催された。

 

 大人も子供も混じっての集団戦は終始白熱した戦いが繰り広げられていた。

 

 同ポジション同士の激戦に、魔法と武道のぶつかり合い、何よりも終盤の収束砲(ブレイカー)同士の激突は尋常ではなかった。

 

 最後は生き残った若き格闘戦技者同士の激しい応酬の末、両チーム引き分けという劇的な幕切れとなった。

 

『お疲れさまでしたー!!』

 

 互いの健闘を称えて挨拶を交わし合った後、なのはが皆へ告げた。

 

「それじゃあ、一度休憩を挟んでその後2戦目行くよ――」

 

 アインハルトはその宣言にきょとんとしていたが、すぐにヴィヴィオがフォローをしている。

 

 合計で3回、チームを変えたり戦術を変えて模擬戦を行う予定なのだ。

 

「――っていつもなら言いたいところなんだけど」

 

「ふぇ?」

 

 なのはの意味深な言葉に何も知らないヴィヴィオは首を傾げる。

 

 戸惑う娘にウィンクを返し、区切った言葉の続きを話す。

 

「今年は2戦目に行く前にちょっと別の試合を行います」

 

「別の、試合?」

 

 ヴィヴィオが周囲を見渡せば、ノーヴェを始め他の大人たちは事前に知っていたのか静かに成り行きを見守っている。

 

「ある子がね、どうしてもどうしても私と戦いたいってお願いしてきたんだ。そんな切実なお願いをお断りするなんてできなくてね」

 

「えっとママ、もしかしてある人って……」

 

「俺だ」

 

「わわっ」

 

 ここ最近ある人物とのやり取りでのみ見るなのはの三文芝居染みた口調から推測できた。

 

 その人物の名前を言おうとした直後、背後から低い声が上がる。

 

 慌てながら振り向けば、模擬戦開始時には姿が見えなかった黒髪の少年が立っていた。そして、今まさに名前を呼ぼうとした相手でもある。

 

 憮然とした表情で現れたウィズはいつものジャージ姿で右腕の赤い腕輪が太陽光を反射して鈍い光を放っている。

 

「大分間違った解釈をしているようだが、言った通り俺がなのはさんに試合を申し込んだ」

 

「「えぇー!?」」

 

 驚きの声を上げたのはヴィヴィオとリオの二人だった。コロナには今朝伝えてあるため今は落ち着いて聞いている。

 

 アインハルトも無言ではあるが僅かに目を見開いているため少なからず驚いてはいるのだろう。

 

「別に間違ってないでしょ? ウィズくんが私じゃなきゃダメだーって言ったのは本当じゃない」

 

「間違ってますね。俺が言ったのは今回の合宿で一番歯ごたえのある相手と戦いたい、だ。強さの物差しで一番わかりやすい魔導士ランクで言えばあんたがこの中じゃ一番上だから選んだだけだ」

 

「でも、同ランクのフェイトちゃんじゃダメなんでしょ?」

 

「……ダメですね」

 

 金髪の美女が無言で崩れ落ちたのが視界の端に見える。

 

 心配そうに駆け寄るエリオとキャロの姿もあった。

 

「じゃあ、やっぱり私じゃなきゃダメだって言ってるのと一緒だよ」

 

「……もうそれでいいです」

 

 何故か自慢気に胸を張る女性に呆れと諦観を覚え、首を振って彼女の言い分を渋々認めた。

 

 そんな彼の姿を痛ましく感じながらヴィヴィオは空気を変えるために口を開いた。

 

「じゃあ、なのはママとウィズさんが1on1をするってこと? ルールは?」

 

「そうだよ。ルールはさっきの模擬戦と同じようにダメージはDSAAのライフポイントで管理、先に0になった方が負け」

 

「制限時間とかダウンは?」

 

「時間は20分だけど、ダウンはねー。ウィズくんどうする?」

 

「今回はナシで」

 

「それならダウン制はなしで倒れても意識があればそのまま続行ね」

 

 制限時間やライフポイントはあるが、殆ど実戦に近い何でもありな試合形式ということになる。

 

 それだけウィズがなのはと全力で戦いたいという意思表示にも感じた。

 

 空のエースの実力を身を持って知っているヴィヴィオや先の模擬戦で味わったアインハルトやリオも二人の対決に心が湧き立つ。

 

「それで、いつ始めます? 今すぐは流石のあなたでも厳しいでしょう?」

 

「30分後くらいでどう? それだけ休めれば魔力も回復するだろうし」

 

「じゃあそれまで準備運動でもしてます」

 

「うん。この訓練場も修復しておくからまたここに集合ね」

 

「了解しました」

 

 それだけ言ってウィズは一度この場を後にしようとする。

 

 彼の表情は30分後の試合を見据えて引き締まっていた。

 

 しかし、ふとウィズの脳裏にあることが思い起こされた。

 

「そうだ」

 

「? 何かまだ確認したいことある?」

 

 小首をちょこんと傾げるなのはに対し至って真剣な表情で詰め寄った。

 

「今回の試合でも、アレは有効ってことでいいですよね?」

 

「アレ?」

 

「ええ、昨日俺を辱めたアレです」

 

「辱めたって……罰ゲームのこと? また負けた方が相手の言うことを何でも聞くってことでいいの?」

 

 サラッと告げた罰ゲームの内容に殊更反応を示したのは紅と緑の瞳を持つ少女だった。

 

「なのはママ!? そんな内容の罰ゲームをウィズさんに持ち掛けたの!?」

 

「あはは」

 

 笑って流す母にヴィヴィオは怒りと呆れが入り混じった表情をする。

 

 そんな娘を宥めようとなのはが両手を振る。

 

「でもでも今日はウィズくんの方から言ってきたし、あれ? じゃあウィズくんは私に何でも言うこと聞かせたいの?」

 

 途中、わざわざウィズが罰ゲームを持ちかけてきたということは強要させたいことがあると思い至った。

 

 新しいからかう理由を見つけたなのはは早速少年に笑みを向ける。

 

「えーなになに? 私、何をさせられちゃうの?」

 

「簡単なことです」

 

 しかし、なのはが望んだ反応は返ってこなかった。

 

 それどころか彼の瞳には静かな怒りすら湧いているようにも見えた。

 

「えーっと、それは何?」

 

 少し怖気づきながらなのはが聞くと、ウィズは右腕を上げて赤いデバイスを掲げる。

 

 

「バリアジャケットの、ロックを解け」

 

 

『――ロック?』

 

 周囲に居た人々は同様の疑問を心の中に抱いた。

 

 言われた当人だけはあー、と思い当たる節があるのか気まずい表情を浮かべて顔を逸らす。

 

「勝手に人のデバイスの設定書き換えやがって、あろうことかバリアジャケットのデザインを変えられないようロックまで掛けたな!」

 

 ウィズは語気を強めながらなのはの所業を糾弾する。

 

 周りの人達はその内容に少し引いていた。

 

 そんな中、ヴィヴィオはふと思い出した。

 

 そういえば世界代表戦の準決勝戦と決勝戦の前後で彼のバリアジャケットが一新されていた、ということを。

 

「でも、性能は折り紙付きだよ?」

 

「ああ、確かに過去に使ってたジャケットよりも数段上だな」

 

「だったら」

 

「だが、デザインがあれである必要性はねえ」

 

「…………」

 

 図星を突かれたかのようになのはが口ごもる。

 

 そこを畳みかけるようにウィズは言葉を続けた。

 

「それになあ! 当時近くにあったデバイスメカニックの店に見てもらったら何て言われたと思う! こんな複雑怪奇なプログラムを組めるなんて普通じゃないこのプログラムを組んだ人は変態だって言われたんだぞ! しかも何故か俺がドン引きされた目で見られたわ! どうしてくれるこの変態!!」

 

「私じゃないよ!? そのロックシステムを組み立てたのはシャーリーだから! 私は変態じゃない!」

 

「じゃあそのシャーリーって変態を連れてこい!」

 

 傍から二人の言い合いを聞いていたスバルやティアナたちは知らぬ間に変態扱いされたシャーリーを哀れに思った。

 

 ヴィヴィオはもうなのはの失礼極まる行動に卒倒寸前だった。

 

「……嫌」

 

「何?」

 

「絶対嫌!」

 

 試合が始まる前とはいえ、まさか今から拒否されるとは思わなかった。

 

「嫌とかじゃねえ! 俺が勝ったらロックを解けって言ってんだ!」

 

「ロックを解いたらデザイン変える気でしょ?」

 

「当たり前だ」

 

「じゃあ嫌! いいでしょ今のままで、似合ってるよかっこいいよ!」

 

「そういう問題じゃねえ! 気持ち悪いんだよあんたとお揃いなんて!」

 

「気持ち悪いぃ!?」

 

 始まった二人の言い合いに一度見たことがあるエリオとスバルは苦笑いを浮かべそれ以外は呆然としている。

 

 大人たちはこんな我儘を言うなのはを意外に思い、子供たちは目上には敬語を話していたウィズの砕けた応対に目を丸くしていた。

 

 因みにヴィヴィオは自分のバリアジャケットが一部母の物とほぼ一緒なため、先の気持ち悪い宣言に結構なダメージを受けていた。

 

 最早恒例となったフェイトの仲裁によって何とか落ち着いた二人は、互いにこの試合は負けらないと心に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後、復元された陸戦場の中心部でウィズとなのはは対峙していた。

 

 ルーテシアが作り出したというこの陸戦場は、廃ビルが建ち並び廃自動車が転がっていることから荒廃した都市をイメージしているようだった。

 

 中央道路の罅割れたアスファルトの上に立った二人はデバイスを構え、臨戦態勢を取る。

 

「レイジングハート! セーットアーップ!」

 

「レッド、セットアップ」

 

 一人は高らかに、一人は静かにデバイスを起動し戦闘服を身に纏う。

 

 お揃いの純白のジャケットが身に纏われ、それを見たなのはの口元が少しにやけた。

 

 二人のバリアジャケットの共通点と言えば、その上着部分だけであとは全て違う。

 

 しかし、一目でわかるバリアジャケットよりも明確な違いは杖の有無にある。

 

 なのはの手には起動状態となったレイジングハートという魔導の杖が握られていた。

 

 嘴にも見える黄金の砲身と中心で輝く赤い宝玉、そこから伸びる弾倉や握り手となるステッキ部分。

 

 これこそエースオブエースと共に10年以上空を飛び続けてきた愛機の真の姿である。

 

 準備を終えた両者は深呼吸や肩を回して開始の合図を待つばかりだった。

 

 

 

「どっちが勝つと思う?」

 

 ところ変わって陸戦場から少し離れた位置にある観客席。

 

 そこにヴィヴィオたちはモニター越しに二人の試合を観戦することとなっていた。

 

「んー、そうだなぁ。やっぱりなのはさんかなー?」

 

「私もそう思う」

 

 勝敗の予想を立てているのはティアナとスバルの二人だった。

 

 他の観客も似た内容の会話をしていて、大人組は全員なのはが勝つと予想し子供組は予測がつかないと首を捻っていた。

 

「ルーちゃん、幾らなのはさんが強くてもウィズさんが勝てる可能性はあるよね?」

 

 コロナが不安そうに隣のルーテシアへ問いかけた。

 

 その問いかけに聞かれた当人は紫の長髪を揺らしながら答える。

 

「私は彼の戦う姿を見たことがないから何とも言えないけど、見た感じ格闘型(ストライカー)よね? なら如何に接近戦へ持ち込むかにかかってるんじゃない? あと彼って飛べる?」

 

「飛行魔法? ヴィヴィオ、わかる?」

 

「うーん、試合では見たことない、かな」

 

「もし飛べないなら、なのはさんが飛んだら勝敗が付いちゃうようなものだけど……」

 

「「だけど?」」

 

 思わせぶりな口調で区切った言葉の先を促す様に少女二人がルーテシアの顔を覗き込む。

 

「それにしては、二人の距離が離れ過ぎてるのよねぇ」

 

 

 

『二人とも準備はいい?』

 

 モニター越しに投げかけてきたのはフェイトだった。

 

 少し心配そうに眉をひそめながらウィズとなのはに最終確認をする。

 

「ばっちりだよ!」

 

「大丈夫です」

 

 明るく答えるなのはと淡々と返事をするウィズ。

 

 対照的な二人の態度だが、勝負にかける熱意はどちらも一緒だった。

 

 証拠に両者の瞳には勝利への渇望が熱と光になって宿っていた。

 

『お互い怪我にだけは気を付けてね』

 

「わかってるよフェイトちゃん」

 

 心配性な親友からの気遣いに安心させるよう笑顔で答えた。

 

 ウィズは無言で頷いていた。

 

 それでも不安は尽きないのかフェイトは疲れたように一度息を吐いた。

 

『じゃあ、始めるよ』

 

 覚悟を決めたように顔を上げて、金髪の女性から試合開始のカウントダウンが告げられる。

 

『3』

 

 なのはは愛機を身構え、いつでも魔法を行使できるよう魔力を循環させる。

 

『2』

 

 反対にウィズは脱力した態勢のまま目線だけはきつく前を見据えている。

 

『1』

 

 互いの距離は30メートルほど、格闘家にとっては些か遠すぎる距離ではあるが疑問の声を上げる者は今この場にはいない。

 

『試合開始!』

 

 

 何故なら、この位置からのスタートはウィズ自身が指定したのだから。

 

 

 なのはは最初、前方にバリアフィールドを張った。

 

 次いで迎撃のための射撃魔法を周囲に展開し、突撃(チャージ)してくるだろうウィズを迎え撃とうとした。

 

 しかし、その予想は大きく外れる。

 

「アクセル、シューター」

 

 その魔法を口ずさんだのは低い声だった。

 

「シュート!」

 

 真紅に染まった無数の弾丸が白き魔導士に襲い掛かる。

 

 本来なのはが得意とする射撃魔法が、自分自身に飛んでくる光景に目を疑う――こともない。

 

 彼女は冷静に数発をバリアで受け止め、すぐにその場を飛び退いた。

 

 バリアを破りなのはがいた地面に次々と着弾する誘導弾。着弾の爆発で土煙が上がる中、彼女はしかと前を向いた。

 

「ディバインバスター」

 

 飛んだなのはを狙い撃ちしたその砲撃はまたもや彼女の代名詞とも言える魔法だった。

 

 片手を突き出し放たれた赤き光線は一直線になのはの元へ突き進む。

 

Axel Fin(アクセルフィン)

 

 レイジングハートに支援の下、瞬時に補助魔法を発動させ迫る砲撃を紙一重で躱す。

 

 その勢いのまま上空に数メートルほど飛翔し、両手で携えたデバイスの砲口を相手に差し向ける。

 

Axel Shooter(アクセルシューター)

 

「シューット!!」

 

 開始直後に発動し待機状態としていた射撃魔法を撃ち放つ。

 

 ウィズの魔法よりも速く鋭いホーミングレーザーの如き弾丸が一斉に解き放たれる。

 

「シュート」

 

 対するウィズも同じ射撃魔法で応戦する。

 

 二つの弾丸が二人の中間地点でぶつかり、激しい爆発と衝撃が走る。

 

 魔法弾の衝突によって生まれた煙幕を突き破ってきたのは桜色の弾丸だった。

 

「プロテクション」

 

 相打ちにすらならないことは予測済みだったのか、黒髪の少年は慌てた様子もなく障壁を張る。

 

 数瞬足らずで目標に到達した魔法弾と真紅の障壁がせめぎ合う。

 

 球体状に圧縮されたの魔力の塊が圧力を伴ってぶつかる衝撃はウィズの脚をアスファルトに僅かながらめり込ませるほど強烈だ。

 

 シールドから伝わる重みは並大抵のものではない。

 

 火花にも似た衝突の余波が視界に映る中、ウィズは今一度ぐっと魔力を込める。

 

 ドドン、と魔力の爆発が起こり地面が大きく罅割れる。

 

 土煙の中から姿を現したウィズはバリアジャケットを多少汚しながらもダメージはほぼゼロで防ぎ切った。

 

 その隙になのはは更に上空へ飛翔する。

 

 足首から出た桜色の翼が羽ばたき、羽が抜け落ちていくようなエフェクトを残して急激に加速する。

 

 ウィズはそれを黙って見ていた。

 

 

 

「ちょっとちょっと! なのはさん高速飛翔に入っちゃたわよ!」

 

「それよりもウィズの方が遠距離魔法で攻撃したのが驚きだよ」

 

 それぞれ驚きを露わにするティアナとスバル。

 

 彼女たちだけでなく試合を見ている殆ど人が驚嘆していた。

 

 先ほどルーテシアが予想したとおりであれば、彼が空を翔けるエースに勝てる見込みは薄い。

 

 にも関わらずなのはの飛行を阻止する動きを全く見せない姿に何か狙いがあるのではないかと推測する人もいた。

 

 そんな中でエリオは昨日ウィズとした会話を思い出していた。

 

(昨日、ウィズさんはコツを掴んだって言ってたけど、あれってどういう意味だったんだろ)

 

 エリオはその疑問を口には出さず、モニター越しに黒髪の少年の動向を窺った。

 

 そして、アインハルトも何も言わずにただじっと眺めていた。

 

 彼女の瞳に宿っているのは格上を打倒しようとする男への期待かもしくは男の技術を吸収するための向上心なのか。

 

 それは本人にしかわからない、いや本人にもわからないのかもしれない。

 

 美しく彩られた虹彩異色の瞳が見つめる先で、戦況は動こうとしていた。

 

 

 

 ウィズは大きくバックステップを取った。

 

 今さっき自分が立っていた場所にいくつもの射撃魔法が突き刺さる。

 

 高速飛翔に入ったなのはが上空を旋回しながら、次々と遠距離から魔法を繰り出していた。

 

 そこには一切の容赦はない。

 

 空を舞う白きエースは地上を這う挑戦者を全力で叩き潰しにかかる。

 

 雨あられ(射撃)時々(砲撃)が飛び交う戦場をウィズは必死に掻い潜る。

 

 持ち前の反応速度で悉く避け続けていたが、辛抱たまらなくなったのか近くの廃ビルの中へと飛び込んだ。

 

 なのははその様子を冷静に俯瞰する。

 

(姿を晦まして不意打ちを狙ってる? ううん、ウィズくんなら――)

 

 彼女の魔法をよく知っているのなら、あんな壊れやすい建物で身を隠せば容易く瓦礫ごと()()()()()()とわかるだろう。

 

 だから、少年がただ身を隠しただけとは思えなかった。性格的にも考えられなかった。

 

 その証拠に、ボゴンとビルの屋上を突き抜けて一人の少年が飛び出してくる。

 

 ウィズの手には既に砲撃魔法が発射態勢に入っていた。

 

「エクセリオン」

 

 なのはも砲身を素早く下に向けて、カートリッジが一発リロードされる。

 

「エクセリオン」

 

 瞬時にスフィアが形成された砲撃魔法があっという間に臨界点に達し――。

 

「「バスター!」」

 

 一気に膨れ上がって唸りを上げて撃ち放たれた。

 

 人間一人簡単に飲み込めるほど大口径の魔力砲撃が二人の間で衝突する。

 

 豪快な音を立てて鬩ぎ合う二人の砲撃。

 

 ぶつかり圧し合う衝撃が空にも地上にも届いて、二人の髪が風圧で激しく揺れる。

 

 互いに歯を食いしばって、相手の攻撃を抜かんとする。

 

 拮抗した時間はほんの僅かだった。

 

 ウィズの砲撃の先端を桜が食い込み始めた。

 

「ちっ!」

 

 ウィズは()()()()()()

 

 制御を失った魔法をピンクの壁が押し潰し、さらに下にいる少年を飲み込まんとしていた。

 

 そのまま真っ直ぐに突き進んだ魔力砲は眼下にあったビルへと落ちた。

 

 木も石も鉄も何もその砲撃を止めることなどできず、炸裂した瞬間に大規模な爆発を引き起こした。

 

 魔力爆発の衝撃は何もかもを打ち砕いてひとつのビルを瓦礫に変えた。

 

 ビルの倒壊により濛々と砂塵が舞い昇る中、なのはは少年の姿をサーチャーで探す。

 

 この程度で一蹴される程度なら、彼は世界戦準優勝などという大挙を成し遂げていない。

 

 現に、出てきた。

 

 人ではなく弾丸。土煙を掻き分けるように複数の魔力弾が上空にいるなのはへ襲い掛かる。

 

 同時にウィズの姿も確認できた。

 

 煙に紛れて既に別のビルへと移っている。

 

 なのはは最小限の動作で魔法弾を避け、幾つかはシールドで弾いた。

 

 その時、彼女の足首を囲うようにリング状の赤い帯が出現する。

 

(バインド!)

 

 空中でありながらもジャンプするように捕縛魔法がかかる前に脚を抜く。

 

 ギュルン、と何もない空間を縛るバインドを尻目になのはがウィズを見遣れば、僅かに目を見開いた。

 

「フォトンランサー……」

 

 また更に別のビルへと移っていたウィズは周囲に魔力弾の発射体を生成していた。

 

 都合10個のフォトンスフィアが強く発光し真っ直ぐなのはに狙いをつけている。

 

「ファイア」

 

 発射の合図と同時に槍の矛先のような鋭い魔力弾が一斉に放たれる。

 

 一直線にしか飛ばない分、速度の面では今まで撃っていた射撃魔法の中でも群を抜いている。

 

 なのはは迫りくる鋭利な弾丸を見下ろして、無意識に口を歪めた。

 

(それ、フェイトちゃんの魔法……!)

 

 瞬く間に距離を埋めた射撃の槍が次々と目標に突き刺さる。

 

 直撃するごとに響く轟音が空気を揺らすが、ウィズの表情は晴れない。

 

 魔力の爆発による煙幕の中から白の空戦魔導士が高速飛行で飛び出してくる。

 

 そのバリアジャケットに若干の焦げはあるが、本人は全くの無傷である。

 

 ウィズのフォトンランサーは雷撃こそ付加されていないが、威力として及第点以上だろう。

 

 しかし、普通の魔導士ならともかく相手は歴戦のエース。

 

 彼女の堅い防御を抜くにはまだまだ足りない。

 

 すぐに旋回するなのはへ狙いを合わせようとするが、捕まらない。

 

 空戦のエキスパートである彼女にとって、地上の一点から放射される射撃などプロボクサーから見た素人のパンチみたいなものだ。

 

 確かに速いがなのはは弾丸の群れを容易く躱す。

 

 いや、躱すというよりもウィズの射撃がなのはの動きに付いて行けていない。

 

 本気の飛行を見せるエースオブエースを捕まえることは並大抵のことではないのだ。

 

 桜色の魔力の残滓が飛行機雲のように宙に線を引くのを眺めるばかり。

 

 そして当然、高速飛翔中にも攻撃はできる。

 

 ウィズのちょうど上空を通過した際、無数の誘導弾がばら撒かれた。

 

「くそっ」

 

 フォトンランサーを解除してすぐにその場を離れる。

 

 数瞬遅れて降って来たピンクの弾丸が廃ビルに無数の穴を空ける。

 

 それらの誘導弾は建物を貫通した程度では消滅せず、そのままビルからビルへと飛び移るウィズを猛追してきた。

 

 誘導弾には誘導弾。

 

 即座に指先から射撃魔法を繰り出すが、動きながらであることとなのはの弾丸のキレにより半分以上が残った。

 

 ウィズはブレーキをかけて、構える。

 

「……ふっ!」

 

 一呼吸、深く吸って恐ろしい速度で迫って来た誘導弾を拳で破壊する。

 

 続けざまに肘と膝、左の掌底と最後は手刀で叩き落とす。

 

「ッ!」

 

 上空が一際強く煌めいた。

 

 ウィズは一息吐く暇もなく、全力で跳んだ。

 

 ゴバッ! と次の瞬間には目の前にピンクの壁が出現していた。

 

 正体は言わずもがな、なのはの砲撃だ。

 

 目標が脚を止めた隙を見逃さずにすかさず絶対的な一撃を叩き込んできた。

 

 自分の左脚を見れば、先の砲撃が掠ったのかバリアジャケットが大きく破けていた。

 

 あとコンマ数秒、跳ぶのが遅れていれば大ダメージは免れなかっただろう。

 

 ウィズは舌打ちしたい衝動を抑えて遥か上の空で悠々と舞うように飛ぶ白い影を憎々しげに見上げた。

 

 

 

 モニターの中ではエースの生み出す弾幕を少年が必死に射撃魔法で応戦する姿が映されていた。

 

 しかし、魔法弾の数、威力、速度、キレ、精度、全てにおいて劣っている彼の魔法が打ち勝てる道理はない。

 

 打ち落とし切れなかった幾つもの誘導弾は直接迎撃をするしかない。

 

 その時、脚が止まる。動きながら処理をしても速度は落ちる。

 

 白い魔導士はその瞬間を狙って砲撃を放つ。

 

 小さく細かい魔法で動きを制限し、大きく広い魔法で追い打ちをかける。

 

 陸戦しかできない相手であれば、地味だが確実にダメージを積み重ねられる戦法で、損傷や疲れで動きが止まれば最後は一瞬で終わる。

 

 ウィズの回避は見事なものだ。

 

 なのはのレーザーの如き何十という射撃が同時に降り注いでも、その間を縫うように巧みに躱している。

 

 それでも攻勢に転ずる術がない。

 

 ひたすら守りに入っているばかりで、次第に身体を魔法が掠める頻度が多くなっていった。

 

「ジリ貧ね」

 

 ティアナが感じたまま今の状況を端的に言い表した。

 

 何か打開策を提示したいスバルもこの現状には口を閉ざさざるを得ない。

 

 ヴィヴィオたち三人娘はハラハラドキドキしながらモニターを食い入るように見つめるばかり。

 

 アインハルトも無表情ながら心情はヴィヴィオらと似たり寄ったりだろう。

 

 その証拠に膝の上に置かれた小さな手がきつく固く握りしめられていた。

 

 ノーヴェはなのはの強さを知っているが故に負ける姿が想像できなかった。

 

 キャロはこのままいけば恩師であるなのはの勝ちは盤石であると思っている。

 

 何か番狂わせが起きるのではないかと感じているエリオだが、苦しい戦況を見るとその思いも薄れてくる。

 

 ルーテシアはウィズの戦い方に違和感しか抱けず、何か考えがあるのではないかと疑っている。

 

 そして、金髪の美女、フェイトはモニター越しの親友の顔を見て感じていた。

 

(なのは、喜んでるなぁ)

 

 別のモニターに映っている射撃の雨に晒されながらも誘導弾を発射する少年も見て思う。

 

(ウィズはやっぱり真面目でいい子だね)

 

 二人の対決にハラハラしながらもどこか微笑ましさも覚えるのだった。

 

 

 

(まったくもう、ウィズくんはかわいいなぁ)

 

 なのはは今現在、眼下から何度も届かない射撃を繰り返す黒髪の少年を見て思っていた。

 

 もし今の思考を直に伝えれば不機嫌な顔になっていつもの悪態が口に出ることは想像に難くない。

 

(でも、ちょっと言ってみて反応を楽しみたい気もす――とと)

 

 まるで邪念を感じ取ったと言わんばかりに一際鋭い魔法弾が彼女の脇を掠める。

 

 気を引き締めて自身の愛機を握り直して先端より幾重もの射撃魔法を放つ。

 

 ウィズがそれを同じ射撃魔法で迎撃し、落とし切れない魔法弾はシールドで防いでそれすら抜けてきたものを俊敏に避けている。

 

 それでもめげずに上空にいる自分を落とさんと魔力砲を撃ち込んでくる。

 

(また私の砲撃、ふふ)

 

 なのはは答えるようにディバインバスターをディバインバスターで迎え撃つ。

 

 激突の瞬間、凄まじい衝撃と暴風が吹き荒れるがそれも短い間のこと。

 

 なのはの桜色の光線が真紅を飲み込んで、勢いを落とさず一直線に突き進む。

 

 ウィズはこの試合で初めて砲撃を拳で邀撃した。

 

 その理由として考えられるのは既に足場となるビル群が数える程度しか残っていないことだろう。

 

 なのはの射砲撃の雨に晒されていたのは何もウィズだけではない。

 

 彼の足元に広がっている廃ビルも問答無用に破壊されていたのだ。

 

 これ以上足場を壊されれば行き場を失う。それを避けたかったのだと予想できた。

 

 降り注いだ光線は強力な圧力をもってウィズを襲うが、持ち前の膂力と魔力によって腕を振り抜いた。

 

 その剛腕によって砲撃を打ち消したものの、あの規模の魔法を無傷で防ぎきれるものではなく少ないが確実にダメージカウントされていた。

 

 今の攻防によってウィズのLIFEは15000を割っていた。

 

 反対になのははほぼ無傷でライフポイントの数値にして二桁程度しかダメージを受けていない。

 

 空を自在に駆ける無敵の移動砲台を大地からの正攻法で引きずり下ろすのは不可能に近い。

 

(見せてくれてるんだね。私から教わった魔法、どれだけ上手く使えるようになったか)

 

 数か月前、初めて出会った時のむっつりとした顔を思い出す。

 

(教えてる時はあんなにむくれてたのに、練習を欠かさず重ねててその成果を私に見てもらいたいんだ。愛らしいなぁ)

 

 顔はそっぽを向けているのに尻尾はブンブンと振っている大型犬を連想させるなのは。

 

 無論、本人は決して認めないし、成長した姿を見せるなんて考えてすらいない筈だ。

 

 単純に魔法だけでどこまでやれるか自分の実力を試しているだけだと、言い張るだろうし実際その通りなのだろう。

 

 それでも無意識の部分で殊勝な一面もあるのだとなのはは思っているし信じている。

 

(でも、フェイトちゃんの魔法を使うなんて……あとで矯正しないと)

 

 冗談のような本気のような、自分でも判断のつかない感情が胸を過ぎる。

 

 その苛立ちをぶつけるわけではないが、彼女はレイジングハートを地上の標的へ向けて魔力を込める。

 

(もういいよウィズくん、もう十分見せてもらったよ)

 

 黄金の砲身に桜色の魔力が溜まる。

 

 同時に周囲に幾つものスフィアが形成される。

 

(……だから、君の本来の戦い方をぶつけてきて)

 

 ガシャンガシャン! と砲身の根元から鈍い音が二度上がり薬莢が二つ排出された。

 

「アクセルシューター・アバランチシフト!」

 

 なのはの掛け声に応じ、杖とスフィアが強烈に発光し耳をつんざくような発射音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 桜色の細い光線が逃げ道を塞ぐように囲みながら迫ってくる。

 

「ラウンドシールドッ」

 

 即座にウィズは円形の盾を創り出す。

 

 真紅に染まる魔法の盾に殺到するように白きエースの魔法弾が次々と炸裂する。

 

 ひとつひとつは小規模な爆発でも重なれば規模も大きくなるのは自明の理。

 

「――ッ」

 

 何十という光弾を一身に受け、その威力と爆風の衝撃に歯を食いしばる。

 

 ビキリ、とシールドが罅割れる。

 

 次の瞬間、甲高い音を立てて粉々になった魔法の盾を超えて、数発残った弾丸が襲い掛かってくる。

 

「どらっ!」

 

 だが、この程度の数であれば問題ない。

 

 両腕を閃かせ、眼前に迫った魔力弾を全て打ち落とす。

 

 最後の光弾を破壊すれば、辺りには魔力爆発の余波で煙幕が立ち込めている。

 

 焦げ臭さと煙たさに顔をしかめながら、ウィズは上空にいるなのはの位置を把握するために空を見上げ――。

 

 

 ――ヴァリッ! と極小の『インフィニット』を纏った右の裏拳を振り抜いた。

 

 

 瞬間、右拳に分厚い魔力の塊を殴った感触が伝わってくる。

 

 背後の死角から飛び出して来たのは高精度の誘導弾だった。

 

(ハンマーバレット、か)

 

 撃ち抜くというよりも叩き潰す勢いで飛んできた光弾の正体をウィズは静かに看破する。

 

 殴りつけた感触と肌に伝わる魔力の感覚から誘導弾が完全に霧散したのを確認した。

 

 右拳からはか細い破砕音が時折響き、そのインフィニットブロウの残滓を残しながらも改めて上空を見上げる。

 

(そろそろ潮時だな。今使える魔法はある程度試せた)

 

 潮時、と言いながらもウィズは拳を握り全身に闘気を滲ませる。

 

(最初の様子見の段階ではそこそこやれたが、やはり本気で飛んでるあの人には通じなかったな)

 

 これまでの戦果を確認しながら、今一度円形の魔法陣が足元に展開される。

 

 ウィズの身体を基点に魔力で編み上げた球体が複数個出現する。

 

(じゃあこっからは、俺のやり方で押し通る!)

 

 ギュルギュルと摩擦音を出しながら回転する光弾が彼の決意を表す様に一斉に掃射された。

 

(墜としてやる。今度こそ、あんたをッ!)

 

 ウィズの瞳がギラリと光り、自然と口角が吊り上がっていた。

 

 上空へ解き放たれた魔力弾は扇状に広がりながらなのはへ追従していく。

 

 その追尾性になのはも一旦脚を止めて射撃魔法で迎撃しようとする。

 

 だが、それを待っていたといわんばかりに中央の二つの魔法弾が軌道を変えた。

 

 何とその二つの光弾は大きくカーブし互いに激しく衝突した。

 

『! マスター、閃光弾です!』

 

「うん、閃光防御!」

 

 なのはが視界に魔法をかけた瞬間、ぶつかり合った魔力弾が弾けカッと眩い光が空を覆う。

 

 続けて他の射撃弾がなのはに殺到し、直撃する寸前で爆破した。

 

 爆風の破壊力は大したことはないが、煙幕により視界が塞がれた。

 

 閃光と爆発の二重の妨害によって、なのはの知覚からほんの数秒逃れることに成功した。

 

 それだけの時間があれば十分だった。

 

「『インフィニット』の応用編、その一ィ!」

 

 ウィズは手元に残していた一個の光弾を鷲掴みにした。

 

 魔力弾が壊れない程度に力を込めて握られた手が、赤く、紅く、鮮烈に光り輝く。

 

 ヴァリヴァリヴァリ!! と鋼鉄を無理矢理引き千切ったかのような奇怪な音が陸戦場に鳴り響いた。

 

「いっくっぞぉおお!」

 

 少年が雄叫びを上げながら脚を高々と振り上げた。

 

 光弾を持った発光する右腕を大きく後方へ引き絞り、豪快なフォームで振りかぶった。

 

「おおぉぉらあああ!!」

 

 振り上げた脚が廃ビルの屋上をもの凄い勢いで踏み抜いた。

 

 その衝撃によって屋上の全面に罅が入るほどに強烈だった。

 

 踏み出した脚の勢いをそのままに、振りかぶった剛腕を一気に振り抜く。

 

 最も力が伝達する最高の到達点で光弾を投じると、投擲の余波で烈風が生まれる。

 

 放たれた真っ赤な魔力弾は凶悪な風切り音を唸らせると同時にヴァリヴァリと『インフィニット』の騒音を響かせていた。

 

 拳に纏わせていたあの魔力圧縮の効果が光弾に伝達していた。

 

 手を離れても薄れることなく、寧ろ勢いを増して途轍もない速度で空を貫く。

 

 貫く先にいるのは、勿論彼女だ。

 

「ッ、レイジングハート!」

 

 主人の呼びかけに応えるように赤の宝玉がキラリと二度瞬く。

 

Axel Shooter(アクセルシューター)!』

 

 なのはは一瞬の判断で迎撃を選んだ。

 

 避けるにはギリギリのタイミングな上、あれは誘導弾だ。避ければ背後から再び襲い掛かってくる。

 

 それはウィズに致命的な隙を見せることに繋がると判断した。

 

 既に発射態勢にあった射撃魔法をデバイスの力を借りて瞬時に発動する。

 

 一気に放射された魔法弾の群れが真紅の光弾に襲い掛かる。

 

 ――だが、止まらない。

 

 炸裂するなのはの射撃をものともせず、荒れ狂う闘牛のような突進力で全て弾き飛ばす。

 

 この試合で初めて彼女の表情が歪む。

 

 

 そして、地上のウィズは相手の隙を見逃さず矢継ぎ早に仕掛ける。

 

「応用、その二ィ!」

 

 グッと腰を落とすと少年の足先に莫大な光が灯る。

 

 

「プロテクション!」

 

 最早新たな迎撃も間に合うタイミングではない。

 

 なのはは左手を突き出し、レイジングハートは薬莢をひとつ吐きだして膨大な魔力を生む。

 

 強力な魔力を還元し、斜め下に向けてピンクに波打つ強靭な防御バリアを張る。

 

 プロテクションが形成されるとほぼ同時にウィズの圧力弾は着弾した。

 

 ドゴォォン! と通常の誘導弾ではあり得ないような衝撃がなのはを襲う。

 

「うっ、くぅぅ」

 

 バリアと光弾の鬩ぎ合いは拮抗してこそいるが、受けた当人には予想以上の負荷がかかった。

 

 誘導弾ひとつの爆発力は小さく呻くほどには強烈だった。

 

 ヴァリヴァリリリ! と鼓膜を揺らす破砕音が威圧感となってなのはを苦しめるが、それでもそこで押し負けないのがエースというものだった。

 

 ビキビキと防御壁に亀裂が走るのも構わず力を込める。

 

「んっ!」

 

 鋭く息を零した時、拮抗が破れた。

 

 臨界に達したバリアと光弾が同時に爆発し弾け飛ぶ。

 

 相殺だ。

 

 バリアの強度と特殊誘導弾の威力はほぼ同じ、いや直前に射撃魔法で減衰していた分ウィズの光弾の方が地力は勝っていたかもしれない。

 

 それでもなのはは強力な攻撃を防ぎ切った。

 

 息を一つ吐いて決意する。

 

 もうこれ以上は反撃の隙を与えないように立ち回らなければ――。

 

 

 ――眼前に拳を振りかぶったウィズが居た。

 

 

 拳は真っ赤に染まり、鋼鉄を裂くような破砕音を響かせている。

 

「――――」

 

 一瞬の、ほんの瞬きの間が非常に長く感じる。

 

 少年の脚には真紅の魔力が粒子となって零れ落ち、『インフィニット』の残滓が残っているのがわかる。

 

 なのはは理解する。

 

 脚に纏った『インフィニット』の踏み込みによって、途轍もない加速力を生み出し遥か上のこの空まで一瞬で跳んできたのだと。

 

 眼下では足場にされたビルが倒壊している。

 

 ウィズの常軌を逸した踏み込みにただでさえボロボロだった建築物が耐えられる筈もなかった。

 

 現状なのはに防御は無いに等しい。

 

 今さっきバリアを破られ、着用しているバリアジャケットしか防御は残っていない。

 

 ギリギリ素手で受け止められるかもしれないが、格闘家ではない彼女がウィズの魔拳を受けるなど以ての外だ。

 

 少年のインフィニットブロウがまともに直撃すれば、例え全快に近いLIFEでも一撃で危険水域、最悪0になる可能性すらある。

 

 この時点でなのはの敗北が決まる、わけがない。

 

「――ッ!!」

 

 ガキン! と腕を振り抜こうとしたウィズが驚愕に目を見開く。

 

 自分の肘辺りを縛る桜色の帯、なのはのバインドががっちりと腕を虚空に縛り付けていた。

 

 魔法を発動させる兆候はなかった。

 

 であれば、考えられるのはひとつだけ。

 

 このバインドは事前に仕掛けられていた。

 

 読まれていたのだ、ウィズの高速跳躍は。

 

 なのははアクセルフィンを羽ばたかせ、大きく後ろへ距離を取る。

 

 彼女にとって、彼の爆発的な踏み込みを見るのは二度目なのだ。

 

 以前、ウィズを指導した時、一番初めに行った模擬戦の最後。

 

 彼が見せたあの跳躍に面を食らったなのはは彼から脳天に一撃もらったのだ。

 

 あの強烈な拳骨をまさか忘れることなどできない。

 

 だから、閃光弾を撃ってきた時、彼が攻撃パターンを変えたことを察した。

 

 なのはが教えていない閃光魔法と爆撃による煙幕で視界を妨げた時、仕掛けてくると直感した。

 

『インフィニット』を付加した誘導弾を投げつけてきたのは予想外だったが、射撃魔法を発動すると同時にレイジングハートが捕縛魔法を設置してくれていた。

 

 信頼できる愛機が窮地を好機に変えてくれた。

 

 距離を取った白き魔導士がデバイスを腰に据えて素早く砲撃態勢に入る。

 

 バインドを解く時間は与えない。

 

 撃つのは彼女が幾度も敵を落として来たこの魔法。

 

「ディバイーン、バスターッ!」

 

 ドッ! と膨れ上がった光線がウィズを押し潰さんと迫りくる。

 

 少年は見開いていた瞳を細めた。

 

 ぞっとするようなピンクの壁を見ながら、ぼそりと呟いた。

 

 「……ディストラクション」

 

 その刹那、ウィズを桜色の砲撃が飲み込んだ。

 

 極大の魔力砲は対象に命中してもその勢いを落とすことなく一直線に進み、下の陸戦場を抉る。

 

 なのはは直撃していれば大ダメージ、防御が間に合っていたとしても地上に叩き落とせるだろうと考えていた。

 

 そうなれば彼女の勝利は盤石なものとなる、筈だった。

 

『マスター!』

 

「ッ」

 

 レイジングハートからの警告に気を引き締めたのも束の間、がくんと身体が下に引き込まれた。

 

 左足首に感触がある。

 

 見れば、ウィズががっしりと自分の足首を掴んで宙吊りになっているではないか。

 

「くっ」

 

 何故と考えるのは後だ。

 

 なのはは迅速に掌を足元に向けて射撃魔法を撃とうとした。

 

 だが、遅い。

 

 ウィズはなのはの脚を下に引き寄せるように力を込め、その反動と空中蹴りで一気に彼女の頭上に跳ぶ。

 

 そして。

 

 ゴヅン!

 

「あいたぁーーっっ!!」

 

 割と本気の悲鳴がなのはの口から飛び出る。

 

 ウィズのかったい拳が彼女の脳天を直撃し、なのはは目の前が一瞬明滅した。

 

 黒髪の少年は殴った反動を利用してクルリと一回転すると空中に魔法陣を敷いて着地した。

 

「ったたー、また頭をー」

 

 ズキズキと痛む頭を摩りながら、激痛で涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

 

 今の拳骨でほぼ無傷だったなのはのLIFEが一気に3000程も減少した。

 

 以前の模擬戦の時も初ヒットが頭だったことを考えると自分の頭部になにか恨みでもあるのではないかと勘繰ってしまう。

 

(あの時はウィズくん、お腹抱えて泣くほど大笑いしたんだよねー)

 

 空中で蹲る自分を指さしてゲラゲラと笑う様は見ていて愉快ではなかった。

 

 あまり他人に対して怒りを覚えない性格だが、あの時ばかりはムカッとした。

 

(思えばあれがきっかけでウィズくんに遠慮がなくなっていったっけ? それにしても、いたたー)

 

 痛む頭を抑えながら今日はどんな顔をしているのだろうと恨みがましいジトっとした視線を少年へ向けた。

 

「………………っ」

 

(やっぱり笑ってるぅ!? ウィーズーくーん!)

 

 本人は我慢しているつもりなのだろうが、口の端が僅かながら確かに吊り上がっている。

 

 しかし、それも僅かの間のこと。すぐに元の無表情に戻って、なのはを鋭い視線で射抜く。

 

 なのはも心の中で叱責するのをやめ、両腕で愛機を持ち直す。

 

 

 ……頭はまだ痛んだが。

 

 

 現在、二人は空中にいる。

 

 一方は飛行魔法で宙に浮いている。一方は魔法陣を敷いて宙に立っている。

 

 同じ空で対峙している二人だが、状態はまるで違う。

 

 有利なのは、言うまでもなく白きエースの方だ。

 

 なのはは未だにウィズが先の砲撃を掻い潜れた理由は定かではなかったが、一旦そのことは頭の隅に置いた。

 

 何にしろ格闘型の少年と近い距離のままでいることは愚行でしかない。

 

 足首の飛行魔法から出力を生み出し、一気に距離を取る。

 

 当然、ウィズは真逆の行動を取り、距離を詰めてくる。

 

 その方法はごく単純なことでさっきの焼き回しだ。

 

 魔法陣の上で身をかがめ、ヴァリリ、と足先に魔力を練り上げる。

 

 そのまま一気に跳ぶ。

 

 まるで流星の如く空を一直線に渡り、なのはを猛追する。

 

 驚異的な速度の長距離跳躍で、その速度は彼女の飛行速度を上回っている。

 

 すぐに彼女に追いついたウィズは腕を振りかぶって横殴りに振る。

 

 空中であっても加速している分威力も相当なのだが、それは当たればの話。

 

 ギュルンと身体を横に回転(ローリング)させて大きく旋回したなのはには掠りもしない。

 

 魔法陣を前方に出現させ、直角に跳び直す。

 

(確かに直線距離の速さはフェイトちゃん並、だけど)

 

 ウィズの高速跳躍は跳べる距離も跳ぶスピードも恐ろしい。しかし、相手と環境が悪すぎる。

 

 なのはが今度はジグザグに飛行する。

 

 急激に方向を転換しながらも殆ど速度を落とさず飛翔する重力と慣性の檻から解き放たれた一級の空戦魔道士の技術。

 

 さらに、左右にだけではない。空には上は勿論、下にも動ける。

 

 急降下からの真逆へ方向転換、斜めに上方宙返りをして高度の変更など空戦魔道士の空中機動(マニューバ)は芸術の域だ。

 

 目標に追いつけず一気に距離を遠ざけられた少年に向かってなのはは下方から平行飛行を取る。

 

 そのままレイジングハートの切先を向け、偏差射撃を放つ。

 

「なん、のっ」

 

 細い光線が命中する寸前でウィズは魔法陣を介して跳び、ギリギリ躱した。

 

 エースの手にかかれば直線にしか移動できない相手などこのように簡単に射撃を合わせることができる。

 

 そんな空の戦場に殴りこんできた飛べない格闘家など恰好の的でしかなかった。

 

 だが、ウィズは持ち前の反射神経で尚も食い下がる。

 

 行先を予測された射撃の弾幕を何とか掻い潜りながら、なのはの元へと一息で跳び込んだ。

 

 一瞬、手が届く距離まで詰め寄ったものの、ひらりと正に宙に漂う羽のような軽やかさで離される。

 

「――っ」

 

 そして、機雷のように魔法弾を置いていく容赦のなさに息を呑む。

 

 即座に魔法陣を展開し急ブレーキをかけて、別方向へ跳ぼうとするが間に合わない。

 

 誘導弾が魔法陣を破壊し、ウィズを打ち落とそうと次々と襲い来る。

 

「ぐっ、だああぁ!」

 

 最初の一発だけは腕で防御し、残りは剛腕を振るいまとめて吹き飛ばした。

 

 地に足がつかず強引に腕を振ったものだから、態勢は大きく崩れバランスを失う。

 

「ハイペリオン」

 

 声はウィズの背後から聞こえた。

 

 首だけ捻って後方に視線をやれば、瞬時に回り込んだエースオブエースの右手が突き出されているのが見える。

 

 右掌の先には既にチャージが終わった魔法のスフィアが膨張しかけていた。

 

「スマッシャー!!」

 

 少年が手をいくら伸ばしても届きはしないが、そこは魔導士にとって近距離と言える間合い。

 

 そこから放たれた超高出力の砲撃は幅も広く、さらに周りを幾重もの射撃魔法が輪状に展開され逃げ場を無くしている。

 

 ウィズが空中蹴りをしたとしても逃げ切れないだろう。

 

 そもそも態勢が悪いせいで蹴ることすらままならないため、それ以前の状態だった。

 

 だが、ウィズは表情を崩さずポツリと言った。

 

「……やっと、その距離で撃ってくれたな」

 

「――えっ」

 

 なのはが驚いたのは彼が放った一言にではない。

 

 砲撃が直撃する寸前、ギュンと彼の身体が斥力に押し出されたかのように移動した現象に目を見開いた。

 

 ウィズの背中を焼いたかに見えた極大光線は寸でのところでバリアジャケット一枚の紙一重で避けられた。

 

 それで終わらず、ウィズは砲撃と射撃のごくわずかな隙間を滑った。

 

 ハイペリオンスマッシャーの苛烈な放出を魔力を乗せた両手で受け流す。

 

 まるで波に乗るかのように側面に手をついて魔力放出の勢いを利用して横殴りに回転し滑った。

 

 走行中の新幹線に触れるような暴挙だが、ウィズはやった。

 

 側頭部や首筋、脇や脚を射撃魔法の光線が掠める。

 

「でやああぁあ!!」

 

 そんな些末なことで躊躇するくらいならば、こんな状況に陥ってすらいない。

 

 ウィズは勢いそのままに横回転し、後ろ蹴りを思いっきりぶちかました。

 

 まさか射砲撃の合間を縫ってくる事態など想定も経験もしてなかったなのはだが、咄嗟に腕でガードした。

 

 ドゴン! と大きな鈍い音がなのはの左半身を襲う。

 

「くっうぅ!」

 

 凄まじい衝撃に防御した左腕の感覚が一瞬消える。

 

 次いでカッと熱くなるような痛みが走る。

 

 しかし、そんなことに気を取られている暇はない。

 

 ガシッと太い腕が伸びてなのはの胸倉をがっしりと掴んだ。

 

 無論、その腕の主はウィズであり、彼の姿を見れば着実に負傷を増やしているとわかる。

 

 背中に肩や脚それに掴んだ手からもシューと焼けるような音と共に蒸気が昇っている。

 

 だが、そんな破損個所など意に介さず同じく煙を上げる右拳を握り締める。

 

「これで、終わりだなぁ!」

 

「ッ!」

 

『Jacket Purge!』

 

 拳を叩き込もうとした瞬間、赤い宝玉が瞬きなのはの上半身が爆発する。

 

「ぐっ」

 

 その爆風により反射的に腕で顔を覆い、身体が後方に流される。

 

 爆破の衝撃はウィズだけでなく、なのは本人にも痛打を与えたが少年の剛拳に殴られるよりもずっとマシだ。

 

「ありがとう、レイジングハート」

 

『No problem』

 

 咄嗟にバリアジャケットの上着部分を魔力に変換し爆発を起こしていなければ、決定的なダメージを負うことになっていただろう。

 

 その咄嗟の判断をしてくれた愛機に感謝を示す。

 

 宝玉から零れる温かい光の点滅に活力をもらい、結果的に距離を離せた少年を見る。

 

 爆破によって顔に煤を付けながらも瞳の輝きは薄れることなく一片の陰りも見せないウィズ。その足元に魔法陣はない。

 

(やっぱり、飛んでる。やられた……飛べたんだね、ウィズくん)

 

 砲撃を避けたあの不自然な挙動は飛行魔法による空中移動だったのだ。

 

 今まで見せなかったのは確実に一撃入れられるタイミングを窺っていたのだろう。

 

 なのはがウィズの態勢が崩れる瞬間を待っていたように。

 

 しかし、裏を返せば最初から飛行魔法を行使しての空戦に自信がなかったとも取れる。

 

 なのはは痺れる左腕を摩りながら、そこが狙い目であると考えた。

 

 対するウィズは今の隙に決めきれなかったのを悔やんだ。

 

 ここから自分の勝ち目があるのだとすれば奇襲しかないと考えていたからだ。

 

(まあ、決められなかったのは仕方ねえ。なら、やっぱり当初の予定通り()()()()()するしかねえな)

 

 心に決めたのであれば、行動するのみ。

 

 ウィズは再び高速飛翔を開始したなのはを追った。

 

 

 

 モニターで観戦していた一同の殆どは開いた口が塞がらない思いだった。

 

「ふえ~」

 

 リオからは可愛らしい感嘆の籠った吐息が零れた。

 

「す、凄い、なのはママと空で互角以上に戦ってる……」

 

 母の強さを身を持って知っているヴィヴィオがただでさえ大きな瞳をもっと大きく見開いてモニターを見ている。

 

 コロナはその隣で同意とばかりにコクコクと頷いている。

 

 アインハルトは相も変わらずだが、気が昂っているのかうずうずと時折身体が大きく揺れている。

 

「やっぱり飛べたんだー」

 

 紫の髪を揺らすルーテシアは少年の飛行を予想していたのか然程驚きを見せず受け入れていた。

 

 ノーヴェもあのエースオブエースと渡り合う姿に感心している。

 

 そんな中、元六課フォワード組は今の模擬戦の分析をしていた。

 

「今、どっちが優勢だと思う?」

 

「多分、なのはさん」

 

「僕もそう思います」

 

「私も」

 

「そうね、私もそう思うわ」

 

 全員一致でなのはが優勢と答えた。その理由は。

 

「確かにウィズの飛行魔法には驚かせられたけど、なのはさんが遅れを取るとは思えない」

 

 現にモニターに映し出されている映像で、なのはがウィズの追撃を振り切って誘導弾を放っている。

 

「ウィズさんからしてみれば、さっきの初めて飛行魔法を見せた奇襲で一気に決めたかったんじゃないですかね」

 

「うん、それに今も飛び方がどことなくぎこちない感じがする」

 

 エリオがウィズの視点に立って予想し、それに同調するようにキャロが話した。

 

 黒髪の少年の飛び方は確かに拙い。

 

 一緒に映る空戦のエキスパートとどうしても比較してしまうから仕方のないことだが、慣れていないのは事実だ。

 

 今は凄まじい追い足による加速で飛行速度を補い、空中機動のテクニックには反射速度で誤魔化し必死に追いすがっている。

 

 そもそも飛んだ経験すら殆どない状態で、ここまで戦えている現状に彼のセンスの高さが窺える。

 

「あ、でも、ウィズも反撃したよ」

 

 形勢不利とされた少年をかばうようにスバルが指をさしてモニターを示した。

 

 射撃魔法の光線を上手く躱し、なのはに向けて剛腕を振るうが肩を掠めるに留まる。

 

 決定打には程遠い。

 

 だが、そんな掠めるような打撃でもバリアジャケットを一枚剥がれた状態のなのはには痛手となる。

 

 ウィズの拳だからこそ効果が大きい。

 

 その後も一進一退の攻防が続く。

 

 なのはは射撃魔法で牽制し、隙を見て砲撃で確実にダメージを積み重ねている。

 

 ウィズは超加速を生かして、射砲撃を掻い潜り如何に拳を的確に叩き込むかに神経を費やしている。

 

 二人のライフポイントは着実に減少し、互いに5000を下回りそうになった時。

 

 開始から15分が経過した時、決定的な場面が訪れた。

 

 

 

(ここっ!)

 

「ブラスター1!」

 

 それは空中機動の最中、大きく急降下し地面スレスレに飛行をしていた時だった。

 

 なのははここが切り札を切る絶好の場面であると判断した。

 

 自己強化魔法によって一時的に膨大な魔力量が体内から生み出された。

 

 その魔力を杖に注ぎ、一気に先端から溢れさせ、後方を猛追していたウィズに向けて解き放つ。

 

「ディバインバスターッ!」

 

 結果、これまで以上の規模の砲撃が飛んできた。

 

 だが、いくら強力であろうと魔力砲単体ではウィズに掠りもしない。

 

 少年は少し上を狙った砲撃の下を潜るように躱す。

 

 躱した先で、二つの浮遊物が待ち受けていた。

 

「なっ!」

 

 なのはの愛機であるレイジングハートのヘッド部分が分離したかのようなそんな外観をしていた。

 

 それはブラスタービットと呼ばれる自己強化魔法ブラスターモード発動時に放出される遠隔操作機なのだが、ウィズが知る術はない。

 

 砲撃に気を取られていた彼には二基のビットが纏わりつくように旋回する意味まで理解が及ばなかった。

 

 ぐるりとウィズの全身をバインドが覆う。

 

 ブラスタービットから直に掛けられたバインドは非常に強力で生半可な力では解けない。

 

 ましてや高速飛翔の最中になど到底不可能だ。

 

 それどころか飛行すらままならず地面に頭から激突する。

 

 ――前に半回転して脚から大地を滑るように着地した。

 

 脚にかなりの衝撃が走るが、鍛え抜かれた柔軟な筋力と磨いた技術によって最小限のダメージで済ませた。

 

 しかし、ウィズは再び地に足を着けさせられたこととなる。

 

 バインドを掛けられ簀巻きのような状態のまま空を見上げると、絶句しすぐに呻いた。

 

「――ここで、か!」

 

 視線の先にはなのはが大きく深呼吸をしていた。

 

 ただの呼吸ならどれだけいいか。彼女の掌が虚空に伸ばされ、その先に小さな星の光が灯っていた。

 

 

「集え――星の輝き」

 

 

 その光はなのはが呼吸をするほど大きくなっていく。

 

 光の集約、星の光を中心に周囲から小さな光が吸い込まれるように集まっている。

 

 幻想的な光景にも見える煌びやかな魔法を見上げることしかできない。

 

 光は光球となり、瞬く間に巨大さを増していった。

 

 人よりも大きく、周囲のビルすら飲み込める程に、さらにもっと大きくなる。

 

 次第には星そのものとすら錯覚するほどの大きさに変貌する。

 

 これこそ、高町なのはが持つ最大最高の魔法。

 

 

 集束砲撃魔法スターライトブレイカー。

 

 

 これこそ、ウィズが()()()()()()魔法。

 

 ウィズの右拳が灯る。小さな破砕音を響かせて。

 

 

「インフィニット、ディストラクション」

 

 

 握った右拳を解く。

 

 するとどうなるか。

 

 それは魔法の自壊。すなわち魔法の暴発だ。

 

 そうすると右手に溜まった魔力はどこに行くことになるのか。

 

 答えは術者の全身だ。

 

 ヴァリィァ! とウィズの身体を『インフィニット』の魔力が迸る。

 

 電流の如く全身を駆け巡った魔力はそこに巻き付いていた捕縛の縄にも伝達される。

 

 パァン、と甲高い破裂音がして『インフィニット』の圧力に屈したバインドが砕け散る。

 

 バインドは粉々に砕け散ったのに、不思議とウィズの身体には軽い痺れしかない。

 

「応用その三、て言うにはちょっと乱暴過ぎるな」

 

 無茶苦茶な魔法の使い方をしている自覚があるのか、自嘲するように独り言を呟いた。

 

 これがウィズ独自のバインド破り、殆どノーモーションノータイムで行える優れモノだ。

 

 少ないがダメージ判定も受けるのが欠点と言えば欠点だが、効果の高さを考えれば些末なことだろう。

 

 最初に空へ跳躍した時、バインドから抜け出せたのはこのおかげだったというわけだ。

 

 そして、迅速にバインドを破ったことでなのはの集束砲から抜け出す時間を得られた。

 

 余りにも規模が大きいため、余波は受けるだろうが全力で爆心地から遠ざかれば直撃は免れる筈だ。

 

 観ている全員も距離を取る選択をするだろうと思った。

 

 集束を続けるなのは自身も直撃は難しいと悟った。

 

 誰もがウィズはその場をすぐに離れるものだと考えていた。

 

 だが、この男は深く考えているように見えて実は結構単純な性格をしている。

 

「さあ、挑戦してみるかぁ!」

 

 ウィズは深く、強く、軋みを上げながら右拳を握り締める。

 

 

 ――ヴァリヴァリヴァリヴァリッ!!

 

 

 右手が激しく紅蓮の光を煌めかせ、鼓膜を振るわせる重低音の破砕音がこれまでで最も轟いていた。

 

 まさか、と観戦していた一同に嫌な予感を脳裏に過ぎらせた。

 

「真っ向から打ち砕くッ!」

 

 腰を落とし、右腕を振りかぶって腰に据える。

 

 無茶だ、と観戦している誰かがもしくは複数人が叫ぶが無論、この男にまで聞こえることはない。

 

 例え聞こえていたとしても止まる男ではない。

 

 右拳が強く発光する状態、これはインフィニットブロウの第一段階。

 

 その真紅の光が前腕を伝い、肘まで煌然と輝く。これが二段階

 

 この瞬間、魔力圧縮の影響によってウィズを中心に暴風が吹き荒れ、地面が軋む。

 

「おっおおおおぉぉぉ!!」

 

 これより先へは深い集中力と十数秒という長い溜めと、あとは気合が必要だ。

 

 長いチャージ時間故に今まで試合で使っていたのは二段階目までが最高だった。

 

 肘から上腕にかけて鮮紅の光が昇っていく、それはゆっくりと肩まで達しようと一際大きく閃光を放った。

 

 エースオブエースと言えば全てを打ち砕く星光の極大砲撃。

 

 どうせ戦うのであれ、その星光と相対し本気の拳をぶつけたいと思うのは当然のことだ。

 

 ウィズの中ではそうなのだ。

 

 紅蓮の煌光が限界に達する。

 

 ついに右肩にまで到達した暴力的な光の渦は、周囲の瓦礫すら吹き飛ばし大地に亀裂を走らせる。

 

 インフィニットブロウの第三段階にして最終段階。

 

 ウィズの眼光が空を射抜く。

 

 桜色の星によって姿が見えない筈なのに、何故だか空にいる彼女と目が合った気がした。

 

 なのはも集束が完了した魔力の大塊を解き放つため、愛杖を掲げる。

 

 ほんの一瞬の静寂、ウィズとなのはは覚悟を決めた。

 

 

「スターライト――」

 

 

 白きエースの極大砲が咆哮するように轟音を上げる。

 

 

「インフィニットブロウ――」

 

 

 黒髪の少年は全力で飛び上がり、右腕の真紅が破壊の嵐と化す。

 

 

「ブレイカァーッッ!!!」

 

 

「マキシマムゥッッ!!!」

 

 

 何もかもを打ち砕く途轍もなく巨大な桜色の星光とそれに抗う小さいが余りにも凄烈で破滅的な赤き焜燿。

 

 両者は真っ直ぐに互いへ突き進み――衝突。

 

 星々の爆発。

 

 桜と赤の激突は大規模な魔力爆発を引き起こした。

 

 空には暴風が吹き荒れ、大地は捲れ上がり、全てが塵と化し消し飛んでいく。

 

 大爆発を突き破ってきたのは、やはり桜色の塊だった。

 

 勢いを殆ど殺すことなく、地面に着弾し第二波の爆発を引き起こす。

 

 ドーム状に広がるピンクの波状魔力が微かに残存していた建築物を残さず吹き飛ばす。

 

 地上を瓦礫の山へと変えたなのはは頬を伝い顎に滴る汗を拭う。

 

 盛大に舞った爆煙と土煙が上空にまで達してきている中、なのはは油断なく周囲を警戒する。

 

 可能性は0に近いはずだが、それでも彼女は警戒を怠らない。

 

 疲労感が全身を襲う中、サーチャーを飛ばそうと腕を広げようとしたその時。

 

「――ッ!!」

 

 黒い影が白煙を掻き分け、獣のような俊敏さでなのはの背後に回った。

 

 ウィズだ。右腕のバリアジャケットを全損しダラリと力なく垂れ下げた状態でも、瞳はギラギラと獰猛な光を宿している。

 

 少年の左拳に赤い光があの音と共に煌めいている。

 

「――――!」

 

 なのはは咄嗟に掌を背後に向けて射撃を放とうとする。

 

 しかし、集束砲の反動によりその動きは僅かに遅い。

 

 ウィズの左拳が腹部に突き刺さる。

 

「かはっ」

 

 苦悶の表情を浮かべ、反射的に肺から息が漏れる

 

「これで」

 

 そのままウィズは腕を振り抜いた。

 

「俺の勝ちだぁ!」

 

 高らかに勝利宣言と同時に強烈な拳撃によってなのはの身体は大きく吹き飛んだ。

 

 彼女の身体は隕石の如く地上へ向かって落ちていく。

 

 だが、エースオブエースの名は伊達ではなかった。

 

 無意識か咄嗟の判断か、なのはは左手に持った愛機を上に向けた。

 

Excellion Buster(エクセリオンバスター)

 

 それに応えた赤き宝玉が無機質に、だが力を込めて唱えた。

 

 落ちる態勢のままでありながら、切先から放たれる桜色の分厚い砲撃。

 

「――なっ、ごば」

 

 ウィズは想定すらしていなかった最後の魔力砲に反応できず完全に飲み込まれた。

 

 110しか残っていなかったLIFEの残量で耐えられる筈もなく0に変わる。

 

 数瞬遅れてなのはの身体が音を立てて瓦礫の山に墜落した。

 

 彼女のLIFEもこれで0だ。

 

『……両者撃墜により試合終了、だね』

 

 立つ者のいない戦場にフェイトの疲れたような終了宣言が空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソが」

 

 ウィズはボロボロの状態で顔をしかめ悪態を吐きながら地面に着地した。

 

「あたたたた」

 

 近くの石塊の山から同じくボロボロのバリアジャケットを纏ったなのはが苦悶の表情で這い出てくる。

 

「もぉ、ウィズくん。女性のお腹を思いっきり殴っちゃダメだよー」

 

 少年の最後の一撃により腹部の防護服が大きく破けて、彼女の贅肉ひとつ付いていない白いお腹と細いくびれが露わになっている。

 

 若干赤くなったそこを摩りながら年下の少年に向かってお咎めの言葉を言う。

 

「いや、試合なんだから仕方ねえだろ」

 

「アインハルトちゃんには躊躇したって聞いたけど?」

 

「あんたは女子じゃねえしな」

 

「女子だよぉ!? それは普通に酷くない!?」

 

 先ほどまで激闘を繰り広げていたにも関わらず、ぷんすか怒ってウィズに近づいてくる。

 

 掴みかかってくるなのはを鬱陶しげに払う少年の表情も試合中のものと比べて圧倒的に砕けていた。

 

 二人が言い争う内に観戦していた皆が急いでこちらへ駆けてくるのが見えた。

 

 その中に金髪の女性も見えたのでウィズは大きくなのはを押しのけて距離を取った。

 

 乱暴な扱いになのははむっと口を歪めたが、すぐに穏やかな表情へ戻る。

 

 少年の男心を汲んであげたのだ。

 

 先頭を走るオッドアイの少女が元気よく手を振る様子を眺めながら、ウィズはぼそりと呟いていた。

 

「……今回は引き分けか」

 

 彼の独り言に娘に手を振り返していたなのはが反応する。

 

「えっ?」

 

 その一声にウィズは猛烈に嫌な予感がした。

 

「何言ってるの? ウィズくんとぼけないでよ」

 

 もー、と朗らかに笑いながら少年を窘めてくる。

 

 ウィズは無言でなのはを見つめた。

 

「私言ったよ。ライフポイントが先に0になった方が負けだって、ね?」

 

「……ああ」

 

「ウィズくんは私のエクセリオンバスターで0、私はあそこに墜落した衝撃で0になったんだよ?」

 

「…………」

 

 ウィズは何も言えなかった。

 

 どちらが先だったかなど、言うまでもない。

 

 そんなウィズの姿にこれでもかと笑みを深めて楽しそうに告げた。

 

「ねえ、ウィズくん」

 

 まるで恋人に愛を囁く直前のような声色で言った。

 

「罰ゲーム、楽しみにしててね」

 

 ウィズは今すぐ拳を叩きつけたくなる衝動を必死に抑えた。

 

 

 

 ヴィヴィオたちが二人の元へ到着して、まずすぐに安否確認がされた。

 

 なのはもウィズも身体が所々痛む程度で然したる問題もなかった。

 

 特にフェイトは入念に二人に負傷がないか聞いていた。

 

 それだけ心配をかけたのだと少年は恐縮し、なのはは心配性の親友を宥めた。

 

「ウィズさん!」

 

 その中、金髪の少女、ヴィヴィオが手を上げて話しかけてきた。

 

「どうしても聞きたいことがあるんです!」

 

「なんだ?」

 

「どうやってなのはママのブレイカーから生き延びられたんですか?」

 

 少女が気になっていたのは最終局面の最大の山場、集束砲とのぶつかり合いをどうやって生き残ったのか、ということ。

 

 一個人の力ではどうしようもないあの極大砲に無謀にも向かっていた少年は完全に飲み込まれたものとばかり思っていたのだ。

 

 だが、結果を見れば彼は生存し、なのはを落とすまでに至った。

 

 気にならないわけがない。

 

「あのな、あんな馬鹿みたいな砲撃に真正面からぶつかるわけないだろ?」

 

「……馬鹿って」

 

 近くで物言いたげな声が聞こえたが無視した。

 

「俺はあの集束砲の中心部からかなり横にズレた位置で拳をぶつけた。勿論わざとだ」

 

 如何にウィズが魔力を込めようとあの魔力の大奔流に抗うのは無理がある。

 

 まともにぶつかれば、だが。

 

「そこから集束砲の側面にかけて腕を振り抜いた。全部を消し飛ばすなんて無理な話だが、一部なら別だ」

 

 そうやって砲撃に穴を空けた。人ひとりが通れるだけの穴を。

 

「あとはそこを上手く潜って、あの人の元へ辿り着いたって寸法だ」

 

 言うだけなら簡単だが、そんなこと実現しようとは到底思えない。

 

 あの集束砲に立ち向かう勇気と打ち負けない強力な一撃、そしてその後の爆風などをいなす巧みな技量が不可欠だ。

 

 一歩間違えれば莫大な魔力に飲まれ、一瞬で意識が消し飛ぶだろう。

 

 例え上手くいっても大ダメージは避けられない筈だ。

 

 それを実行し切ったウィズをヴィヴィオは改めて尊敬した。

 

 少女のキラキラした眼差しを一身に受けて、気まずそうにしながらも彼は口を開いた。

 

「俺も、聞くが」

 

「あ、はい!」

 

「いや、そっちじゃなくて」

 

 スッとウィズはヴィヴィオの後方を指さした。

 

「お前は、何で臨戦態勢なんだ?」

 

 指の先には碧銀の髪を揺らすアインハルトが立っていた。

 

 彼女は、武装形態と彼女が言う大人モードでバリアジャケットを身に着けた格好で力強く身構えていた。

 

「私も、一手、お願いします」

 

「…………」

 

 どうやら先の試合に触発されて軽い興奮状態に入っているようだ。

 

 ギラギラした両眼でこちらを射抜き、拳からは覇気が伝わってくる。

 

 どこか鼻息も荒い美少女の姿にウィズも呆れて一蹴するかと思えば、今回ばかりはそうではなかった。

 

「……いいだろう」

 

「えっ?」

 

 なのはとの激戦で疲れていると思っていたヴィヴィオは彼が試合を受け入れたことに驚く。

 

「ちょうど今、鬱憤を晴らしたいと思ってたところだ」

 

「……わー」

 

 その理由がもの凄い私怨だったことにヴィヴィオは遠い目で声を漏らした。

 

 バシュ、と光を伴ってボロボロだったバリアジャケットを再構成した。

 

「言っとくが、今大分ハイになってるから手加減できねえかもしれんぞ!」

 

「望むところです!」

 

「よーし、ノーヴェさん審判!」

 

「っていきなしかよ!」

 

 突然名指しで呼び出された赤髪の女性はぼやきながらも審判を務めた。

 

 前触れもなく崩壊した陸戦場のど真ん中で1対1の模擬戦が始まった。

 

「ウィズくんは元気だなー」

 

「なのは、お疲れ様」

 

 既になのははバリアジャケットを解除して元の運動着姿に戻っていた。

 

 そこにフェイトが労いの言葉をかけて近づいた。

 

「ウィズ、強かったね」

 

「うん、とっても」

 

 少年の成長に我が事のように喜ぶ二人。

 

 件の少年は今碧銀の少女を右拳で瓦礫の山まで吹き飛ばしていた。

 

「ねえフェイトちゃん」

 

「うん?」

 

「いつ、ウィズくんに魔法を教えたの?」

 

「……えーっと」

 

 親友からの突然の追及にフェイトは口ごもる。

 

 何故だか笑顔の筈の彼女から寒気を感じる。

 

「二番手、高町ヴィヴィオ! 行きます!」

 

「お? おお? まあいい、来い!」

 

 視界の奥では今度は別の少女が少年に試合を申し込んでいた。

 

「実は、なのはが教えてた最終日に時間が取れてね?」

 

「うん」

 

「なのはと別れた後、ウィズに少し、ちょっと、ね?」

 

「ふーん、そうなんだー」

 

 顔は笑みを浮かべているのに平坦な声を出すなのは。

 

 それを気まずそうに見つめるフェイト。

 

「飛び方も?」

 

「え?」

 

「飛行魔法もフェイトちゃんが?」

 

「う、うん、触りだけ、本当に少しだけね」

 

「そうなんだー」

 

 ゴクリと何故か喉が鳴る。

 

 どうしていつも通りの親友にこれだけ緊張しているのかフェイトにはわからなかった。

 

 そして、アインハルトとは別方向に投げ飛ばされるヴィヴィオの姿が見えた。

 

「次、リオ・ウェズリー! お願いします!」

 

「もう誰でもいいから来い!」

 

 炎雷を身に纏った道着姿の少女が笑顔で飛び出す。

 

「二人で秘密の特訓かー、いいねー」

 

「あうっ、それはウィズがなのはには言わないでって」

 

「面倒くさいことになるからって?」

 

「…………うーん、と」

 

 仕事中は勇ましく凛々しい顔のフェイトも、日常ではこんなにもわかりやすい。

 

 昔からそういうギャップが好ましい部分でもあるのだが、となのはは思い吹っ切るように息を吐いた。

 

「まあ、それはおいおいウィズくんに追及するとして」

 

「なのはだって!」

 

「え?」

 

「なのはもいつの間にかウィズとあんなに親しくなってるよね? ずるいよ私の方が早く知り合ったのに」

 

「いや、まあ、それは、何といいますか」

 

 今度はなのはが困ったように口ごもる番だった。

 

 フェイトはエリオやキャロのように事件に関わった子供と仲良くしたいだけなのだろうが、あの少年の心境は複雑だ。

 

 そこは彼女自身に悟ってほしいところだが、未だに気づいた様子がないことから望み薄だろう。

 

 訓練場の中心部ではリオの双龍円舞を両手から発射した砲撃で相殺し、一気に詰め寄って彼女を掌底で吹き飛ばしていた。

 

「私も、よろしくお願いします!」

 

「ああ、ああ、もう好きにしろ!」

 

 三人娘最後の刺客が名乗りを上げ、少年はやけくそ気味に答えている。

 

「ねえ、どうやってウィズと打ち解けたの?」

 

「うーん、砕けて話せば自然と、かなー」

 

「砕けて……でも私なのはみたいに意地悪なことできないよ」

 

「意地悪ってなに!? 違うよ、それはウィズくんが」

 

 なのはは必死に弁明するが、フェイトから見れば彼をからかって楽しんでいる風にしか見えなかった。

 

 それが打ち解けているように見えるものだからずるいと彼女は思っていた。

 

 その少年は少女が創り出した巨神のパンチを真っ赤な拳で受け止め、腕どころか全身を粉々に消し飛ばしていた。

 

「ウィズさん、次は僕と一槍お願いします!」

 

「エリオか、よし! フェイトさん直伝の高速移動には興味があったんだ、来い!」

 

 槍型のデバイスを持った赤髪の少年には好戦的な笑みを浮かべて答えていた。

 

 その声を耳聡くフェイトは聞いてしまった。

 

「あれ? 今私のこと名前で呼んだ?」

 

 ここだ! と謎の直感がフェイトを動かした。

 

「ウィズ! 高速機動なら私がお手本見せるよ!」

 

「…………よっしゃこい!」

 

「無視!? なのはぁ! 今明らかに無視されたよ! やっぱり私嫌われてるのかな!?」

 

「うん、フェイトちゃんはまず男心を学ぼうか」

 

 涙目で縋り付いてくる情けない親友を慰めながら、なのはははっきり告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、うー」

 

 その日の夜、ホテルアルピーノの一室でゾンビのような呻き声が上がっていた。

 

 愛らしいゾンビもどき少女はひとりではない、複数人いた。

 

 広いベッドの上で四人の少女が涙目になりながら全身をプルプルと震わせて苦しそうに呻いていた。

 

「みんな限界を超えてはりきり過ぎなのよ」

 

 少女らの悶える様子を呆れた表情で眺めているのはこの場で一番年長者のルーテシアだった。

 

「起きられない~」

 

「う、腕が上がらない~」

 

「動けない~」

 

 小学生三人組は涙目になりながら全身の痛みに耐えていた。

 

 合宿二日目の陸戦試合は三回の予定が急遽二回に変わった。

 

 その理由は突発的に始まったウィズとの1対1の乱取りにあった。

 

 挑んだ娘たちが悉く千切っては投げ、千切っては投げと一蹴されたにも関わらず何度も少年に試合を申し込んで収拾がつかなかったのだ。

 

「……………………」

 

 特に誰よりもウィズに挑んだアインハルトは今、ベッドにうつ伏せで倒れ言葉を発する気力すら残っていない。

 

 時折ピクピクと痙攣していることから生きていることだけは確認できる。

 

 大人たちが止めるころには大分疲れきっていたことと、時間もあまりなかったことから陸戦試合は二回で終わった。

 

 それに試合を仕切っているなのはがまだ彼との試合の疲れが残っていたことも理由のひとつだろう。

 

 そうした試合続きの一日を過ごした結果、今の惨状へと繋がる。

 

 シャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ瞬間に一日の疲労が一気に身体を支配した。

 

 自らウィズに試合を申し込み続けた結果なのでルーテシアの言葉にぐうの音も出ない。

 

「みんなー、大丈夫? 甘いドリンク持ってきたから栄養補給しよ」

 

 彼女たちの部屋に入って来たのはヴィヴィオの母親である高町なのはとルーテシアの母親のメガーヌ、そして。

 

「ウィウィ、ウィズさあばば!」

 

 入口から顔を出した黒髪の少年にヴィヴィオが過剰に反応する。

 

 慌てて起き上がろうとして全身の筋肉が悲鳴を上げてしまい、言葉にならなかった。

 

「ウィズさらば?」

 

「ちち、ちないますぅ!」

 

 ウィズが思わず聞こえた通りに言葉を返すと金髪の少女は必死になって否定した。

 

 必死過ぎて上手く発音ができていなかったことでさらに赤面することとなった。

 

 少年の手にはお盆があり、その上にジュースが注がれたコップが置かれている。

 

 彼自身あまり少女たちの部屋に近づきたくなかったのだが、なのはに頼まれてしまえばわざわざ断る理由もない。

 

 だからこうして荷物持ち代わりに足を運んだが、ヴィヴィオの反応にやはり来ない方がよかったかという考えが過ぎる。

 

 なのはがジュースを配り、それをギシギシと身体を軋ませながら起き上がって手に取る少女たち。

 

 そんな中、微動だにしない一人の少女。

 

「お前、大丈夫か?」

 

 思わずウィズが声をかけてしまうくらいには瀕死な感じのアインハルトは首だけは何とか動かして少年を見た。

 

「へ、い、き、です」

 

「いや、全然平気そうじゃないが」

 

 まるでブリキのロボットのようなぎこちない動きに安心できる要素が見いだせない。

 

 だが、彼女以外の少女たちは割と元気そうではあるので心配ないだろう。

 

 一応原因の一端を担った自覚があるため、ここに来て彼女たちの様子を見れたことはよかったかもしれない。

 

 だからウィズはもうこの場を後にしようと思った。

 

「じゃあなのはさん、俺はこれで」

 

「えぇ、もうちょっとお話とかしていこうよ」

 

「いえ、今日はもう休んだ方がいいと思いますよ」

 

 引き留めようとするなのはだったが、確かに疲れた溜まっているヴィヴィオたちのことを考えると早めに休息を取った方がいいとも思える。

 

 そう考えると引き留める理由もないため、なのははそれ以上何も言わなかった。

 

 ウィズとなのはのやり取りを見ていたからかヴィヴィオはそこであることが脳裏を過ぎる。

 

「ウィズさん!」

 

 気づけば彼に声を掛けていた。

 

「ん? なんだ?」

 

 部屋を出る寸前で振り向いたウィズの顔を見て、思わず声を上げたことを後悔する。

 

 これからする質問はもしかしたらかなりプライベートなことかもしれない。

 

 踏み込んだ質問をして嫌な思いをするかもしれない。嫌われるかもしれない。

 

 色々とネガティブな想像をしてしまうが、既に賽は投げられたのだ。

 

 ヴィヴィオは意を決して口を開いた。

 

「ウィズさんはなのはママと以前から付き合いがあって今は凄い親密じゃないですか」

 

「…………不本意だがそうかもな」

 

「不本意!?」

 

 ウィズとヴィヴィオは隣から聞こえてきた女性の声は無視した。

 

「でも、なのはママよりも前にフェイトママと顔見知りだったんですよね?」

 

「……そうだな」

 

「どういう経緯で出会ったのか、聞いても……いいです、か?」

 

 予想以上に反応が悪いウィズを見て、段々と言葉が尻込みしてしまう。

 

 やっぱり聞かなければよかったと後悔の念が胸を渦巻く。

 

 ウィズは珍しく眉を伏せ、何事かを考えているようだった。

 

 彼を悩ませているという事実がヴィヴィオを苛む。

 

「あの! 言いたくないことなら無理には」

 

「いいだろう、話してやる」

 

「えっ?」

 

 バッと顔を上げたウィズは何かを吹っ切ったように言った。

 

 戸惑うヴィヴィオを見ながら、自嘲するように笑って再度告げた。

 

「話してやるよ、フェイトさんと出会った3年前のテロ事件のことをな」

 

 

 

 

 

 

 

 第二話 完

 

 

 第三話に続く

 




〇独自設定
・無人世界に別荘や宿泊施設をよく建てるという話
・魔法弾に数字を描けることや魔法弾に特定の破壊方法を設定できること
・バリアジャケットのデザインをロックできること


〇キャラや話の展開について
今回の話で一番の心配は高町なのはのキャラです。

なのは……キャラ崩壊してますかね?

正直作者はこのくらいであれば二次創作の醍醐味ということで許容範囲内であると思い、崩壊まではしていない気がするのですが、ちょっと心配しています。
オリジナルのキャラである主人公に関わってきますと他のキャラも段々原作とは違うキャラになっていくと思われます。特にヒロインたちが。
キャラ崩壊の範囲がどこまで言うのか定かではないのですが、ご指摘が多いようであればそういうタグも付けようかと思います。

そして、話の展開なのですが気になるのはヴィヴィオのパンチラやコロナの逆ToLOVEるなイベントです。
正直、これいるかなーと思いながら書いていたんですが、一応ハーレムタグも付いているので主人公を意識するもしくは主人公が意識するきっかけは用意しなければと考えてあのイベントを入れました。
ああいうラブコメなハプニングって唐突で不自然に思われるかもしれないから、不安なのですが必要だと思って書きました。
小説を書くって難しいですね。

あと、リオとだけ絡みがなかったので次回か次々回にはちゃんと絡ませます。


〇原作主人公高町なのはの強さについて
ViVid19巻と20巻を読んでいて思ったのは、高町なのはが負けるわけがない! という手前勝手な願望でした。
幾らヴィヴィオが成長していたとしても、あのなのはが負けるわけない、何か理由がある筈だということで、ViVidの母娘対決でなのはが負けた理由を自分で納得するために考えました。
いや、作者はヴィヴィオ大好きなので勝ったのは本当にうれしいんです。勝利して笑顔でガッツポーズしたシーンは本当に可愛かったし愛らしかったし良かったと思いました。だから別に原作批判だとかアンチとかじゃないんです。本当です。
ただ、なのはが負けたのもなのは大好きなのでちょこっと納得がいかない感情もあって勝手に納得するために今回は考察しました。

・その1 カートリッジの使用制限
ViVidってカートリッジ使う人いないですよね?
母娘対決でもなのはがカートリッジロードしてる描写もなかったはずです。
これはもしかしてインターミドルとか他の大会ではカートリッジシステムは使用禁止とか規制がかかっているのではないかと考えました。
ViVid4巻のmemory18でもティアナがエリオとキャロを競技者タイプではないと言っています。
キャロは後衛タイプなので別としてエリオのストラーダはカートリッジシステムを搭載してます。
つまり、大会ではカートリッジが使えないため競技者には向かない、とも考えられます。
そう考えるとなのは対ヴィヴィオもルールの中での試合だったということで、ダウンもありましたしルールの中にカートリッジシステム使用禁止的な項目があったのではないかと思います。
それで全体的に火力が不足していて決定打に欠けたのでは? というのがひとつ。

その2 最初から最後までお母さんモード
なのはは終始ヴィヴィオのことを愛しく思いながら戦っていました。
それにStrikesの時とは全く状況も違うため、なのはが実力を完全に発揮する精神状態ではなかったように思います。
最後の最後までヴィヴィオ大好きと母の愛情を持って戦ってましたので、勝利への執念とかそういうところが足りていなかったのかなぁと考えました。

その3 実は立てた説
その2の続きになるかもですが、母娘対決の最後、膝をついて10カウントで敗北となりましたが、あの時実は立てたのではないかと思ってます。
試合が終わってヴィヴィオが駆け寄り手を取る場面でひょいと立ち上がっているのでおや? と思いました。
ヴィヴィオが必死に戦い無事に立ち上がって来たので、母親として無意識に勝ちを譲ってしまったのではないか、と原作の試合に水を差すような考えです。

その4 主人公じゃないから
ViVidの主役はヴィヴィオとアインハルトでしょう。
身も蓋もない話ですが、最後は主人公が勝つ。それが王道のストーリーです。
そのため、ViVidにおいて主人公ではなく一登場人物のひとりである高町なのはは敗北してしまったという考えです。

以上のことが作者が自己満足で考えた高町なのはがヴィヴィオに負けた理由、でした。
何度も言いますが、作者はViVidが大好きなので原作の話を批判するつもりは毛頭ございません。あくまでも作者がなのはの強さを証明したいという勝手な思いの考察でしかありません。
本当です。ヴィヴィオ大好き。



最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。

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