ViVid Infinity   作:希O望

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第三話になります。
こちらは三つに分割した内の三本目です。
第三話の投稿に際し「残酷な描写」タグを追加しました。
よろしくお願いします。


第三話 過去と本性③

 ウィズは割り当てられた部屋に戻る前にテラスに出て夜風に当たっていた。

 

 微かに吹く風が身体を撫でる感触に心地よさを感じながら、テラスの木製の柵に肘を置いて寄りかかっている。

 

「……はあぁ」

 

 一際深く息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 

 何故落ち着かなければならないかと言えば、先ほどサイドポニーの女性に詰問された際にとある過去の出来事を思い起こしてしまったからだ。

 

(あの黒歴史を、話せるわけねえだろ)

 

 少年にとって、テロ事件が終わってからの出来事の方が大事だった。

 

 思い出すだけで頭を抱えて掻き毟ってしまいそうになるほどに、身悶えする醜態を晒した不祥事。

 

 金色の美女、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンにのみ曝け出した自身の本音。

 

 あれは、事件が終わってから三日後のことだった――。

 

 

 

 

 

 

 ――ウィズ・フォルシオンは唐突に目を見開く。

 

 視界が赤い。

 

 揺れている。

 

 ぐらぐらぐら。

 

 ぐにゃりぐにゃり、と歪んでいる。

 

 覚醒した意識が再び閉じようとする。

 

 揺れて、揺れて、まともに目を開けていられない。

 

 微睡むように瞼が閉じようとする。

 

 ――瞬間、鮮血の赤が脳裏に過ぎった。

 

 同時に、血だまりに沈む父の姿が映る。

 

 場面が切り替わり、壁を伝って倒れ込む母が地面に吸い込まれる情景に変わる。

 

「~~~~~ッッッ!!!」

 

 起き上がる。

 

 声にならない怒声を上げて、身体を起こそうとする。

 

 激情の赴くままに動く。

 

 激痛が全身を支配する。

 

 無視する。

 

 物理的に腕や脚が動かない。何かに固定されているようだ。

 

 引き千切る。

 

 激痛が走る。

 

 無視する。

 

 身体に纏わりついた何かが邪魔だった。

 

 引っこ抜く。

 

 まるで泥沼にでも嵌まっているかのように動きにくい。

 

 それでも必死に這う。

 

 落ちた。

 

 頭から固い地面に転げ落ちる。

 

 痛みは――無視だ。

 

 父は何処だ。母は何処だ。

 

 二人は何処だ。何処へやった。

 

 ここは何処だ。ここは何だ。

 

 知らない。わからない。なら動く。

 

 這って、進んで、前へ前へ。

 

 よく見えないが扉があった。

 

 そこまで行こうと手を伸ばす。

 

 その時、勢いよくその扉が開かれた。

 

 扉の先から微光が差し込む。決して強い光ではなかったが、今のウィズには目を焼かれるほどに強烈に感じた。

 

 眩む視界が捉えたのは一人の人間の影だった。

 

「君! 大丈夫!?」

 

 地面を這いつくばる少年に慌てて駆け寄り、懸念に満ちた表情で手を伸ばしてくる。

 

 だが、その人物がどんな顔をしているかなど今の少年には到底わかるわけがなかった。

 

 抱き起こしそうとするその手をウィズが素早く掴む。

 

「っ!」

 

 まさか彼がここまで俊敏な動きをみせて、ましてや掴みかかってくることなど想定もしていなかったようだった。

 

 細い手首を締め上げ、余りにも強い握力に苦悶の表情を浮かべている。

 

 ウィズは鈍い身体を必死に起こして、掴んだ相手を睨みつける。

 

「……こだ……と……さん…………かあ……んっ、は……ど……だっ」

 

 思うように言葉が発せない。

 

 喉がカラカラに乾き切っているだけでなく、呼吸もままならないためだ。

 

 干乾びるように乾いた唇が切れて、血が滴り落ちるのも構わず少年は訴える。

 

 反対の手で目の前の人物の衣服を掴んで絶対に逃がさないと言わんばかりに握り締める。

 

「とう、さん……と、かぁ……かあさん……は……」

 

 ぜえぜえ、と喘ぐ彼はバラバラになりそうになる身体に鞭を打って言葉を絞り出す。

 

「――――」

 

 掴みかかられた人物から息を呑む気配が伝わってくる。

 

 少年の必死の形相に何を感じ取ったのか、彼女は穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと語り掛けてきた。

 

「安心して、君のお父さんとお母さんは無事だよ。どちらも命に別状はないから大丈夫、大丈夫だから」

 

 優しく染み入るような声だった。

 

 手首を掴む彼の手を包み込むように掴まれていない方の手を添える。

 

 細く、柔らかく、それでいて温かい彼女の手はこちらの心を解きほぐすようだった。

 

 両親の安否を聞かされ、ウィズは気が抜けたように脱力する。

 

 糸が切れた人形のようにズルリと女性の身体を滑るように倒れ込む。

 

 霞む視界に映るのはこちらを憂うように眉を下げる女性の顔だった。

 

 金色の髪と紅い瞳、それは何処で見たものだっただろうか。

 

 思い出す前に、ウィズの意識は再び闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 目を覚ましたのはその日の朝だった。

 

 白い部屋で自分がベッドの上に寝かされていることを自覚する。

 

 全身を覆う包帯と手足を固定するギブスによって肌が出ている箇所の方が圧倒的に少ない状態だった。

 

 身を起こすことさえ黒い帯によって固定されていてできない。

 

 耳に入るのはピッピッ、と高い音を奏でる心電図の電子音。

 

 顔面にも巻かれている包帯で見えにくいが、眼球を巡らせて腕から伸びる管を追って液体の入った袋やボトルを視認する。

 

 ここまで状況を把握すればここが何処かは明白、病院だ。

 

 自分は今、何処かの病院で治療を受けているらしい。

 

 二度目の覚醒では幾分か冷静さを取り戻していたウィズは静かに思う。

 

(そうか……生きてたか)

 

 自身の生存を喜びも嬉しさも感じず、淡々と客観的に理解していた。

 

 その後すぐ、入室してきた看護師が目覚めたことに気づき、すぐさま医師が呼ばれた。

 

 駆け付けた医師によって診断を受けている最中、慌てて飛び込んでくる人物が一人いた。

 

「ウィズぅぅぅ!!」

 

 普段と比べて若干痛んでいる淡い金髪と青い瞳に目一杯涙を溜め込んだ母だった。

 

 セリィは医師たちの静止を振り切って愛する我が子に抱き着いた。

 

 この時ウィズはおくびにも出さなかったが、正直に言ってかなり痛かった。

 

「よかったぁ! ホントによかったよぉ! ウィズぅぅうう!」

 

「……あぁ、そうだね」

 

 わんわん泣く母を宥めながら、とりあえず離れてもらうよう説得した。

 

 看護師たちの手も借りてようやく引き剥がした後も、ポロポロと涙を零していた。

 

 母の様子をそれとなく眺めて彼女に目立った外傷や後遺症はないようで安心した。

 

 泣き止むまで待ちたかったが、ウィズはどうしても聞いておかなければならないことが一つあった。

 

「とう、さんは?」

 

「……ぐす、パパは無事よ。奇跡的に命に関わらずに済んだって、だから一番の重傷はあなたなのよぉ」

 

「そう…………それは、よかった」

 

 薄れる記憶の中で父の生存を聞かされた気がしていたが、改めて確認が取れて安堵の息が漏れた。

 

 しかし、そんなウィズの呟きにセリィは過敏に反応する。

 

「よくないわぁ! あなた三日間も意識が戻らなかったんだからぁ! どれだけ心配したかわかってるのぉ!」

 

 溢れる涙をまき散らすように首を振って嘆く母の姿に苦笑を返すことしかできない。

 

 その後も中々落ち着かない母を執り成しながら医師がウィズの容態を説明していた。

 

 中手指の複雑骨折を始め、骨格の至る所が折れ、曲がり、突き出した状態であったこと、折れた肋骨が肺に突き刺さったことによる外傷性気胸が併発、軽微だが内臓破裂も複数個所に亘って負っていた。

 

 医師からの説明を遠い出来事のように聞き流しながらウィズはぼんやりと虚空を眺めていた。

 

 やがて当面は絶対安静と言い渡され、午後には再び精密検査をするとのことだった。

 

 セリィはオロオロと我が子の容態を心配していたが、峠は越えたと告げられて心底安堵しているようだった。

 

 医師が去った後もウィズを介抱していたが、心配で碌に眠れていなかったようで次第にウトウトと瞼が落ちそうになっていた。

 

 ウィズはすかさず看護師を呼び、母を別室で休ませてもらうようにお願いした。

 

 そうして再び一人になって、窓の外を眺めている時、病室の扉を叩く音が聞こえる。

 

「……どうぞ」

 

 医者がまた来たのかと思ったが、違った。

 

 見知らぬ女性だ。

 

 背が高く、脚もスラッと長いモデル体型で何よりも腰まで届く金色の髪が特徴的な美女だった。

 

 強烈な既視感がウィズの中で沸き起こる。

 

 黒の制服に身を包んだ彼女は少年の姿を見ると端正な顔立ちを綻ばせて歩み寄って来た。

 

「こんにちは。ウィズ・フォルシオン君、だよね?」

 

「ええ、はい」

 

 凛々しくも穏やかな声色のせいか突然名前を呼ばれたことによる警戒心などは不思議と湧かなかった。

 

「私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。時空管理局本局所属の執務官です」

 

 名前を聞いてもあまりピンとは来なかったが、フェイトの紅い瞳を見て思い出した。

 

 真っ赤に染まる記憶の中で朧気ながらに残る金と紅玉の色。

 

「……もしかして、あの時、居た人、です?」

 

 要領を得ないウィズの言葉にも彼女はしっかりと頷いた。

 

「うん。ごめんね、君が怖い思いをしてる時に助けてあげられなくて……」

 

「あぁ、いえ、別に」

 

 申し訳なさそうに眉尻を下げるフェイトだが、ウィズは責める気など更々ない。

 

 フェイトはそれ以上事件のことには触れなかった。

 

 少年の心情を慮ってのことだと思うが、この少年には無用な心配である。

 

 両親が共に無事であったことを知った今、激情に駆られていた当時とは打って変わって静謐な心中であった。

 

 それに事件の恐怖で怯えて震えるような人間であればこんな大怪我を負っていない。

 

 だが、まさか初対面の彼女がそれを察するのは無理な話だ。

 

「怪我の具合は、どう? 痛むところとかない?」

 

「平気です」

 

 全身に包帯を巻いてミイラみたいになり全然平気には見えない惨状なのだが、ウィズは平然と答えた。

 

 間髪入れず返って来た返事にフェイトは困ったような顔で少年を見た。

 

「我慢しないで何かあったら医師(せんせい)に言うんだよ?」

 

「大丈夫です」

 

 これまた一呼吸も置かずに返事が返ってくる。

 

 大丈夫というのが何かあればちゃんと報告することを言っているのか、それとも何かあっても自分で何とかするという意味なのか不安になる答えだった。

 

 フェイトはこの時、ただでさえ気に掛けていた被害者の少年のことが更に気になってしまった。

 

「……そっか。じゃあ今日はもう帰るね。まだ目が覚めたばかりで疲れてるだろうからゆっくり休んで」

 

 不安げにウィズの顔を覗き込んでいたのも束の間、彼女はそれで会話を切り上げて踵を返そうとする。

 

「……事情聴取とか、しないんですか?」

 

 ウィズの固い声が女性の歩みを止める。

 

 彼は断片的にしか覚えていないが、自分が何を仕出かしたのか自覚していた。

 

 執務官と言う役職の意味はわからないが、管理局の人間ならば事件の事情を聞き出そうとしてくるのではないかと当然のように考えていた。

 

 少年は自分がただの被害者では収まりきらないと確信している。

 

 だから、彼女がこのまま帰ることが少し納得がいかなかった。

 

 フェイトは振り向いて、ウィズを安心させるように微笑みながら告げた。

 

「お話はまた今度ゆっくり聞かせてもらうよ。でも今は休んで傷を癒すことの方が大事だよ」

 

 にっこりと笑みを浮かべる美女の姿にウィズは拍子抜けしたように肩から力を抜いた。

 

 じゃあね、と去ろうとする背中に最後に一言彼は言葉を投げかけた。

 

「……左手、すみませんでした」

 

 反射的に左手首を押さえて振り返ったフェイトは目を丸くして少年を見た。

 

 そこには数時間前に少年によって付けられた痕が残っていた。

 

 袖の隙間から僅かに見え隠れしていたくっきりと残る少年の指の痕を彼は逃さなかったようだ。

 

 しかも、明らかに気が動転していた際の出来事でも彼は覚えていたらしい。

 

 バツが悪そうに顔を背ける少年の姿にフェイトはくすりと笑う。

 

「大丈夫だよ、気にしなくていいからね」

 

 それだけ言い残して今度こそ彼女は去っていった。

 

 

 

 

 

 翌日、父親のヨハンがウィズの病室を訪れた。

 

 傷口は殆ど塞がっているようだが、大事を取って車椅子に乗せられていた。

 

「ウィズ、ごめんな。パパ、守ってあげられなくて……」

 

 ただでさえ弱々しい父がさらに小さく見える程肩を落としてウィズに頭を下げてきた。

 

 ウィズはそんな父の姿を見て、嘆息したように息を吐いた。

 

「父さん、そんなことは俺に腕相撲で勝てるようになってから言ってよ」

 

「うぐっ、いや僕が非力なんじゃないウィズが力持ちなだけ、そう僕は平均的だよ平均的」

 

 大袈裟に胸を押さえるヨハン。しかし、今は負傷した箇所が箇所だけにそういう勘違いされるような動作はやめてほしい。

 

 我が子から向けられる呆れた視線を誤魔化す様にコホンとわざとらしく咳き込んだ。

 

 そして、真剣な面持ちでウィズを真っ直ぐに見て言った。

 

「それよりもウィズ、あんな無茶で危険なことはもうやめてくれよ。心臓が止まるかと思ったよ」

 

「そうよぉウィズ、ママすっごくすぅっっっごく心配だったんだからぁ」

 

「…………善処する」

 

「……またそれかい」

 

 ヨハンとセリィは顔を見合わせ、揃って大きくため息を吐いた。

 

 これまでもウィズが喧嘩をして傷ついて帰って来た時に何度も繰り返されてきたやり取りだった。

 

 幾ら注意しても息子は曖昧な言葉で誤魔化してきたが、まさかこれほどの大怪我を負ってもその姿勢を崩さないとは思わなかった。

 

 今までは両親の方が折れてきたが、今回ばかりはきつく言っておかなければならないと何度も苦言を呈したがウィズの反応は芳しくなかった。

 

 がっくりとやはりヨハンの方が根負けした時、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 母が対応してドアを開けると花が咲いたような明るい声で来客の名前を告げた。

 

「あらぁ、フェイトちゃん!」

 

 その声にウィズの眉がピクリと跳ねる。

 

(あの人か……それにしても何故、もうちゃん付けで呼んでる?)

 

 確かにフレンドリーな母であるがまさか初対面の人を気安くちゃん付けすることはない筈だ。

 

 そもそも名前を知っている時点で既に二人は知り合っていたのだと予想できた。

 

「おはようございますセリィさん。ウィズ君の具合はどうですか?」

 

「安静にしてればもう大丈夫だって、精密検査でも異常は見つからなかったし意識もはっきりしてるから後は経過観察みたいよぉ」

 

「そうですか、それはよかったです」

 

「ええ本当にぃ。あ、立ち話もなんだしどうぞどうぞ中に入って」

 

「はい、失礼します」

 

 母に連れられて姿を現したのは想像した通りの人物だった。

 

 昨日と変わりなく透き通るように美しい金髪を揺らし、その美貌に笑みを浮かべ手には見舞いの花束を持っていた。

 

 父とは初対面らしく頭を下げて自己紹介をしていた。

 

 ヨハンはフェイトの役職を聞くと恐縮しきった様子でペコペコと何度も頭を下げていた。

 

 そして、ウィズと目が合うと微笑んで左手を振って来た。

 

 それは手首はもう何ともないと言外に伝えてきたのか、ただただ空いている方の手を親しげに振ってきただけか。

 

 とりあえずウィズも簡単に会釈だけ返した。

 

「ウィズ、この綺麗な人、フェイトちゃんがあなたを助けてくれたのよ」

 

「あ、いえ、私は」

 

「知ってる」

 

 セリィの紹介の仕方に金髪の女性が遠慮がちに何か言おうとしていたが、ウィズの方がすかさず答えた。

 

 正確には知っていたというよりも最後の状況から推定していたというのが正しいが、それは些末なことだろう。

 

「あらぁ? そうなの?」

 

 母に肯定を返す様に頷きながら、そういえばお礼を言いそびれていたことに気づいた。

 

「ハラオウンさん、ありがとうございました」

 

 ウィズのお礼の言葉にフェイトは謙遜するように手を振りながら困ったように笑っていた。

 

「気にしないでいいんだよ、それが私の仕事だから。それに、肝心な時には間に合わなかったから……」

 

 彼女の悲しげな笑みにはまるで自分のせいでウィズが重傷を負ったように思っている節があった。

 

 それを察したフォルシンファミリーが一斉に口を開いた。

 

「フェイトちゃん、あなたのおかげでウィズをすぐに病院まで運べたのよぉ」

 

「そうですよ、少しでも遅れていれば危なかったかもしれないって医師が言っていました」

 

「なので気にしないでください」

 

 まさか被害者とその家族から慰められるという珍しい事態にきょとんとするフェイト。

 

 何となくこの家族の気風の一端が垣間見えてほんの少し穏やかな気持ちになっていた。

 

 その後もフォルシオン夫妻が出すほんわかした空気の中で世間話に花を咲かせることなった。

 

 セリィはフェイトが現場に駆け付けた時に彼女と出会ったようで、ウィズの救出を必死に懇願したらしかった。

 

 それに応えたフェイトが急行し、荒ぶるウィズを諫めて搬送の手配までしてくれたようだ。

 

 ウィズがここの病院で治療を受けて昏睡状態の時も何度か足を運び、その時泣きじゃくるセリィを懸命に慰めてくれたことで親交を深めていったということだ。

 

 事情を聞いた後に三人が揃って再び頭を下げて、彼女を困らせるという一幕もあった。

 

 そして、話の中で事件のことにも少し触れる機会があり、フェイトが話したのは今回の事件に関わった全員を残さず逮捕したこと。

 

 次元港は一部区間は既に運航を再開していることなど既に公開されている情報だけだった。

 

 ヨハンたちも深くは聞かなかったし、余り関わりたくないという二人の思いを察してウィズも黙っていた。

 

 話が一区切りした後、フェイトは病室を後にした。

 

 まだまだ事件の事後処理で忙しいことは容易に想像できたため誰も引き留めはしなかった。

 

 ウィズはこの時はまだ彼女のことを真面目な公僕としか認識していなかった。

 

 

 そのさらに翌日も、フェイトは来た。

 

「ウィズ君、具合はどう? どこか違和感があったりしないかな?」

 

 今日こそ事情聴取を受けるのかと思えば、そうではなかった。

 

「ウィズ君は将来の夢とかあるの?」

 

 なんてことはないありふれた質問だった。

 

 何が目的なんだろうかこの人は、と少し訝しい気持ちを抱きながらとりあえず話を合わせた。

 

「特にないです」

 

「そっかー、でもそうだよね。ウィズ君の年頃なら学校に通って、そこから将来を考えるものだよね」

 

 以降も益体もない話をして彼女は帰っていった。

 

 

 そのまた翌日、フェイトはやって来た。

 

 この人は生真面目なのかそれとも何か裏があるのか、とウィズは連日見舞いに来る美女を複雑な面持ちで見つめた。

 

 始まるのはやはりごく普通の世間話だ。

 

 その最中。

 

「じゃあウィズは――あっごめんね、つい」

 

「別に呼び捨てでいいですよ」

 

「そう? ならウィズって呼ばせてもらうね。ウィズも私のことはフェイトでいいよ」

 

「はあ」

 

 徐々に距離が近づいてくる彼女に気の抜けた返事しか返せなかった。

 

 

 またまた翌日も、金髪の執務官は病室を訪れた。

 

 ウィズも怪訝な思いが強くなって露骨に表情に出ていたと思うが、フェイトは気にした様子はなかった。

 

「ゼリー買って来たから、あとでセリィさんたちと一緒に食べて」

 

「……どうも」

 

「あっ、今食べたいなら私が食べさせてあげるよ」

 

 少年は今も両手にギブスを付けていて碌に物を掴むことができない。

 

 その状態を気遣っての発言なのだろうが、付き合いも浅いしかも美女に食べさせてもらうことなど到底許容できない。

 

「結構です」

 

「……そっかぁ」

 

 目に見えて落ち込む女性を見ながら、本当にこの人は何がしたいのだろうかと疑問が強くなる一方だった。

 

 

 そして、病院に搬送されてから一週間が経った頃、ヨハンは退院しウィズはミッドチルダの大きな病院に移送されることとなった。

 

 当初はまだ安静にしていなければならないと診断されていたのだが、ウィズの驚異的な回復力は医師も目を見張るものだった。

 

 強力な治療魔法を掛けているならばともかく、素の状態でここまで早く骨や傷が癒合するのは異例だと驚いていた。

 

 そういうわけで容体がある程度安定したため設備が整い、地元でもあるミッドチルダへ移動することとなった。

 

 移動の最中、これであの執務官ともお別れだな、などと考えていたのがいけなかったのか。

 

「お疲れ様。途中で傷が痛んだりしなかった?」

 

「…………」

 

 当然のように待ち構えていた金髪の美女に瞠目した。

 

 何度か深呼吸して気持ちを落ち着けると聞くべきことを口にした。

 

「どうしてミッドにいるんです?」

 

「うーん、事件の後処理はもう地元の部隊の管轄だし私は広域次元犯罪者の逮捕や移送、それに事情聴取のために一度本局に戻らなきゃだったから」

 

「…………」

 

 どうしてそのタイミングが今日だったのか、そもそも本局に行くだけならこの病院にいる理由はないのではないかと色々と錯綜する思いがあった。

 

 釈然としないながらもそれ以上言及する気力はなかった。

 

 フェイトも移動の疲れを思ってかいつもの取り留めない会話をする気はないようだった。

 

 だが、別れ際に何時にもまして気を引き締めた表情で言った。

 

「ウィズ、明日にでも事件のことを聴きたいんだけど、いいかな?」

 

 ウィズはその言葉にやっとかと若干呆れながらも頷いた。

 

 

 翌日、ミッドチルダ中央病院で行われたフェイトとの事情聴取だったが拍子抜けするほどあっさり終わった。

 

 そもそも話せることは他の人質にされていた人たちと大差ないし、あの凶悪犯を追い詰めた時は記憶が曖昧だ。

 

 フェイトもその辺りの事情はもう把握していたようで、深く追求されることもなかった。

 

 形式的に行っただけのような聴取だったが、終わった後に見せた彼女の表情は暗かった。

 

「あのね、ウィズ……」

 

 ついでに声色も今まで聞いたことのないほどに重たかった。

 

 ウィズは一体何を告げられるのだろうかと首を傾げていた。

 

「ウィズには本局で指導を受けてもらうことになったんだ」

 

「指導?」

 

 これまで何度も補導されたことはあったが、指導というのはあまり聞き覚えのない用語だった。

 

「うん。本来は犯罪を犯す危険性のある人物に行う教育というか、倫理観を培うための教えというかね」

 

 言いにくそうに語るフェイトの説明にウィズはある程度察しがついた。

 

「つまり、犯人に対して過剰防衛とも取れるほど暴力を振るった俺は、このままだと倫理観が欠如し暴力事件かなにかを犯すだろうから今のうちに更生するってことですね」

 

「そこまでじゃないんだよ!? ただ、犯人たちの状態と人質にされた方の一部の証言でね……」

 

 少年が投げやり気味に早口で捲し立てた内容にフェイトは立ち上がって否定したが、すぐに悲しそうに顔を俯かせてしまう。

 

 そんな彼女の様子を見ていて逆に申し訳なくなる。

 

「……いやまあ、別に構いませんよ」

 

「ごめんね、本当ならウィズから事情を聞いた後で判断することだったのに」

 

 フェイトの発言を聞いて、もしかして事情聴取が今日まで行われなかったのは指導を行うという上からの決定をどうにか覆せないか動いていたからなのだろうかと考えられた。

 

 しかし、この想像が事実であったとして何故自分にそこまでしてくれるのだろう。

 

 ウィズは彼女が自分を気に掛けてくれる真意が読めなかった。

 

 美女の心情を理解することは凶悪犯をぶちのめすことよりも難しいのだな、と知らなくてもいい真理を知った瞬間だった。

 

「でも安心して! 最後まで私が付き添うから!」

 

「……え?」

 

 グッと両手を握り締めて意気込むフェイトを拒絶する勇気は少年にはなかった。

 

 フェイトは事情聴取の結果を本局へ持っていくために、その日は早々に退室していった。

 

 今日はもう静かに過ごせるだろう、と身体を伸ばしていた時。

 

 ズカズカ、と一際大きな足音が耳に入って来た。

 

 何だか嫌な予感がした直後、病室の扉が勢いよく開いた。

 

 大柄な年配の男性だ。そして、その男性はウィズが親の次によく見る顔でもあった。

 

「あれ? おや」

 

「この大馬っ鹿野郎ッッ!!!」

 

 病院中に響き渡ったのではないかと思うほど大声で怒鳴られた。

 

 大抵の人であれば身を竦ませ、怯え震えるほどの怒気と威圧感が発せられた声であったがウィズは平然としていた。

 

 寧ろ『馬っ鹿野郎』が『バッキャロー』と聞こえて愛嬌すら感じているほどだ。

 

「近所迷惑、じゃないな、近室迷惑だと思うぞおやっさん」

 

 補導される自分をいつも取調室に連れ込んで説教して丼を食わせてくれる警邏隊の男だ。

 

 おやっさんと部下が呼んでいるのを聞いてからはウィズもそれに倣ってそう呼んでいる。

 

 因みにその愛称で呼び続けたために名前を忘れてしまったくらいには呼び方が定着している。

 

「やっかましい! おいウィズ! 手前ぇ推定Sランクオーバーの凶悪犯罪者を相手にしたってのは本当か!」

 

「あー、Sランクじゃすまないと思うぞ、あれ」

 

「大馬っ鹿野郎ッ!!」

 

 あっけらかんと言う少年に再び男が怒声を上げる。

 

 もしもウィズが負傷していなければ拳骨のひとつでも飛んできそうな迫力があった。

 

 そんな中年男性の怒気をウィズは肩を竦めて流した。

 

「今回ばかりは仕方ないだろ、っておやっさんが何で知ってんだ?」

 

「あのなぁ、全世界規模でニュースになってるし俺は結構上の立場の人間なんだよ。一週間もあれば情報の一つや二つ耳に入ってくる」

 

「ふーん」

 

 全く興味を抱いていないような気の抜けた返事に顔を赤くしていた男が脱力したようにため息を吐いた。

 

「確かに事件に出くわしちまったのはどうしようもないかもしれんが、そんなにならねえように立ち回れ、ねえよなおめえは」

 

 男は少年の補導歴を思い出し、傷つかないよう動くどころか渦中に飛び込む性質の持ち主だったと呆れた。

 

 少年は巻き込まれ体質だと言うが、四分の一くらいは誰かを庇ったり助けようとして起こった諍いだ。

 

 本人は決して認めようとしないが。

 

「俺だって反省してるさ」

 

「ほう? いっつも反省の色が皆無なお前が珍しい」

 

「……母さんがあんなに泣いたのは始めてだったからな」

 

 長年少年を見てきた警邏隊員の男でも初めて見るくらいに落ち込んだ様子だった。

 

 何だかんだ言いながら家族思いな少年の気落ちした姿を見て、男は完全に気持ちを落ち着かせて軽い口調で言った。

 

「だからいつも言ってんだろ。ご両親を悲しませるなって」

 

「だから反省してるって」

 

 ウィズもいつもの憮然とした表情を浮かべて、男の苦言に言い返していた。

 

 その後も二人はいつもの取調室で交わされるような慣れしたんだ調子で話した。

 

 乱暴な口調ながら少年の傷の具合を心配し、ウィズはギブスの取れた右腕を軽く振って見せていた。

 

 ウィズが犯人を百発近く殴ったと碌に覚えてもいないくせに話し、危ないことをするんじゃねえと再び怒られた。

 

 次に指導を受けることになったと伝えれば、先ほど聞いた苛烈な暴行の話もあってそりゃそうだと呆れていた。

 

 男から監視も含めて付いて行こうかと提案されれば、美人の執務官が付き添ってくれるからいいと断り、そのことでからかわれてウィズは不機嫌になっていた。

 

 そんな取り留めもない会話も一区切りし、男は立ち上がった。

 

「じゃあ、俺はもう行くがくれぐれも暴れず安静にしとけよ」

 

「人を猛獣みたいに言うな」

 

「似たようなもんだろ」

 

 かかか、と快活に笑いながら男はウィズの包帯が巻かれた頭をポンポンと軽く触れるようにして撫でた。

 

「何度も言うがあんま無茶すんじゃねえぞ? お前が傷ついて悲しむ人がいるんだからな」

 

「……うっせぇ」

 

 素直になれない少年を愉快そうに見下ろしながら男は去ろうとする。

 

 からかわれたようで釈然としないウィズは最後の抵抗としてある話題を口にする。

 

「タバコはやめた方がいいぞ。娘さんが結婚したらおじいちゃんになるかもだろ?」

 

「っ……うっせえ。じゃあな」

 

 一瞬苦々しい顔で振り向き、乱暴に腕を振って病室を後にしていった。

 

 退室していった男の大きな背中を見て、ウィズは細い自分の父と比較する。

 

(父さんもあれだけ体格がよくて威厳があれば……いや、そんなの父さんじゃないか)

 

 父はあの頼りない感じが父らしいのだと再確認していた。

 

 

 

 

 

 親戚のように距離の近い警邏の親父さんと話したせいなのか。

 

 翌日にも当然のように現れたフェイトとの会話ではこれまでにないくらい饒舌だった。

 

 今までフェイトが主に喋ったり質問をして、ウィズは一言二言返すに留まっていたが今日は逆に質問を投げかけていた。

 

「フェイトさんの家族は、どんな感じなんです?」

 

 これにはフェイトも大きく目を見開いた。

 

 彼女も少年が自分との間に壁を作っていたことに気づいていたからだ。

 

 そんな彼が初めて自分に興味を持ってくれたのだ。

 

 嬉しくないわけがない。

 

 金髪の女性は自然と口角を持ち上げて、朗らかにウィズの質問に答えた。

 

 自分は最初はテスタロッサ姓であったこと。

 

 母が亡くなって今のハラオウン家の一員となったことを悲壮感なく語った。

 

 ウィズはあまり気軽に触れていい話題じゃなかったと後悔したが、すぐに聞いてしまったものは仕方がないと切り替えた。

 

 彼女に気を遣わせないように平常を装って新しい家族とは仲が良好なのか聞いた。

 

「うん、とっても仲良しだよ。でも、最初はちょっと慣れなかったかな。子供の頃は人見知りする方だったと思うし」

 

「え? そうなんですか?」

 

 自分の病室に毎日足を運んでくる行動力を考えるととてもそうには見えなかった。

 

「ふふ、そうなんだよ。だけど、友達が手を差し伸べてくれてね。それがきっかけで色んなことが見えるようになったんだ」

 

 へぇと特に何も考えずに頷いていたが、まさかその友達に近い将来、嫌になるほど構われるようになるなんて想像だにしていなかった。

 

「そういえばフェイトさんておいくつです?」

 

 結構過酷な人生を送っている彼女が今何歳なのか純粋に気になったが故の唐突な質問だった。

 

 言ってから女性に対して不躾な物言いだったと焦った。

 

 しかし、当のフェイトは気にせずにあっさり答えた。

 

「私? 今年で二十歳になるかな」

 

「ふーん、もっと上かと思ってました」

 

 連続で口を滑らせるウィズ。やはり今日は気が抜けているように思われた。

 

 単純に落ち着いていてもっと大人の女性に見えたという意味だったのだが言い方が問題だった。

 

「……私ってそんなに老けて見える?」

 

 わざとらしく肩落とすフェイトにウィズは慌てて言い繕う。

 

「あ、いえ、そういう意味じゃ、なくてですね」

 

 少年が初めて見せる狼狽した様子にフェイトはクスクスと笑う。

 

「ごめんね、冗談だよ。気にしてないから安心して?」

 

 笑いながらウィズの顔を覗き込む姿にからかわれたのだと理解する。

 

「ごめんごめん、そんなに怒らないで?」

 

「別に怒ってませんよ」

 

 完全に意識していないがウィズの口元はへの字に曲がっていた。

 

 こうしてウィズは無自覚に金髪の執務官へ少しずつ心を許し始めていった。

 

 

 フェイトとの交流は毎日続いた。

 

 ウィズは飽きもせずに通い続ける金髪の美女を呆れて見ながらも心のどこかでは楽しみにしていた。

 

 本人は決して認めないだろうが。

 

 ある日、日中に姿を見せなかったことがあり今日はもう来ないだろうと思っていたが面会時間ギリギリに飛び込んできたことがあった。

 

 額に汗が浮かび、肩で息をして、髪が所々ほつれている姿からかなり急いでいたことが窺える。

 

「はぁ、はぁ、ま、間に合ったよ」

 

 この人は一体何をそんなに拘っているのだろう、皆勤賞でも狙っているのかと呆れ果てていたが、ウィズの口元はほんの少し緩んでいた。

 

 別の日、運動不足を解消しようと病室で筋トレを始め、治った――とウィズが勝手に思っている――右手だけで腕立て伏せをしている所をフェイトに目撃されたことがあった。

 

「何してるの! ダメだよ安静にしてなくちゃ!」

 

 初めて彼女が声を荒げた姿を見た。ウィズは柄にもなく落ち込んだ。

 

 またある日、フェイトは自分が保護したという子供たちの写真を見せてきた。

 

「この子がエリオで、こっちの女の子がキャロ、二人とも局員で最近まで同じ部隊に居たんだ」

 

 赤髪と桃髪の小柄な男女が並んで微笑んでいる一枚の写真を愛おしそうに見つめている。

 

 ウィズとしては自ら保護したとはいえ、そこまで愛情を抱いていることが不思議だった。

 

 思わずフェイトの横顔を注視してしまうほどには気になっていた。

 

「ん? どうかした?」

 

 当然、彼女には気づかれてしまう。

 

 ウィズは誤魔化すように軽口を叩いた。

 

「いえ、その歳で二児の母親になるなんて大変だろうなと思いまして」

 

「その言い方だと私が生んだみたいに聞こえるけど、保護責任者だからね!? 本当に私の子供だったら10歳の時に出産したことになっちゃうよ!」

 

「冗談です」

 

 淡々と喋る少年をフェイトがジトッとした目で見つめる。

 

 少年は美女の視線から逃れるように目だけ逸らした。

 

「…………まあ、本当の子供は別にいるんだけどね」

 

「えっ?」

 

 ぼそりと呟かれた内容にウィズが目を瞠る。

 

 そんなウィズの挙動を見て、フェイトが小さく微笑む。

 

「ふふ、冗談だよ。でも、半分は本当かな?」

 

「……何なんですか」

 

 要領を得ない彼女に結局は振り回されたりしていた。

 

 金髪の執務官との穏やかな日々が始まって二週間が経とうという頃、ウィズの傷は順調に快方へ向かっていった。

 

 頭や右腕の包帯も取れ、一際重症の左腕や左脚、胴体などにはまだ包帯が巻かれていたがそれも大分減ってきていた。

 

 このまま行けば退院できる日も近いだろうと医師も言っていた。

 

 そのため、ウィズは先延ばしにしていた疑問を問うことに決めた。

 

 フェイトの真意を聞く決心をした。

 

 彼女はやはり今日も来た。

 

 買って来た果物を食べさせようと皮を剥き始めた女性にばれないよう小さく息を吐いた。

 

 きっと真意を問えば、彼女はもう来なくなるだろうなとウィズは考えていたからだ。

 

 そんな予想をして緊張している辺り、大分金髪の美女へ関心が向いている証なのだが本人に自覚はない。

 

「……フェイトさん」

 

「なに?」

 

 赤い果実に沿わせている刃物から視線を逸らさず、フェイトは返事をした。

 

 気にせずウィズは口を開く。

 

「フェイトさんは、どうしてこうも毎日お見舞いに来てくれるんです?」

 

 フェイトの手がピタリと止まる。

 

「ただ俺が心配だからとかそんなことじゃないですよね? 何か理由があるんでしょう?」

 

「それは……」

 

「たとえば、あの事件で危険人物と認識された俺を監視してる、とか?」

 

「っ、違うよっ!」

 

 焦燥感を露わにして顔を上げて否定する。

 

「それは違う! そんな理由じゃないの!」

 

「ええわかってますよ。あくまでたとえです、ですから……」

 

 ウィズはフェイトの紅玉の如き大きな瞳と目を合わせた。

 

「どうしてか、聞いていいですか?」

 

 フェイトはこれまで見せていた凛とした姿から一転して少年から逃げるように視線を落とす。

 

 それも僅かな間だけで切り欠けの果実を脇に置き、視線を上げてウィズを見た。

 

 だが、彼女の瞳はどこか陰りがあり悲しみに揺れているようだった。

 

「贖罪、かな」

 

「……贖罪?」

 

 ウィズはえっなにそれ? と目を瞬かせる。

 

 てっきり、自分で言ったような監視までいかずとも経過観察に近い様子見のためだと思っていた。

 

 それだけのことを自分は仕出かしていると考えていた。

 

 それが贖罪と返されたものだから内心でクエスチョンマークが渦巻く。

 

「どういう意味です?」

 

「うん…………あのね――」

 

 フェイトは語った。

 

 まるで罪を告白するように、いや彼女の中では紛れもなく罪なのかもしれない。

 

「ウィズが重傷を負った原因はね、私なんだよ」

 

「…………うん?」

 

 ウィズは首を傾げてさらに困惑する。そして、その言葉の意味を助けに行けなかったことを言っているのかと捉えた。

 

「いや、フェイトさんは気にしなくてもいいって前にも言ったでしょ。そもそもはこれはあの野郎のせいで」

 

「それ、だよ」

 

「ん?」

 

「あの男、ギース・ネクロムは私が追っていた次元犯罪者で、二年前にギースが組織していた武装集団を一斉検挙して組織の人間の殆どを逮捕したんだ、でも……」

 

 言い澱むフェイトの言葉の先は聞かなくても予想できた。

 

「奴には逃げられたってことですね」

 

「うん、というよりも最後にあの男はこちらを巻き込むように自爆して死亡したと思われてた。でも一か月ほど前に管理世界の24番で目撃情報が上がってきてね」

 

 ギュッとスカートの裾を握って皺を作る。

 

 そこに込められているのは後悔か自分への怒りか、ウィズには判断が付かなかった。

 

「私はちょうど前に所属してた部隊から異動になった時期で現地入りするのに時間が掛かって、本格的な捜査を始めようとした矢先に……」

 

「あの事件が起こった、と」

 

 ウィズが付け加えた言葉に彼女はゆっくりと深く頷いた。

 

 そこまで聞けば目の前の女性の性格的に自分に対してどんな思いを抱いているのか簡単にわかった。

 

「つまりあれですね? 追ってた凶悪犯を取り逃した結果、大勢の人が危険な目に遭いしかもどこぞのクソ生意気なガキンチョが大怪我を負ったために責任を感じているってことですか?」

 

「う、うん」

 

 捲し立てるように早口で語るウィズの勢いにフェイトは思わず首を縦に振っていた。

 

 ウィズはため息を吐きたくなる衝動を抑えて呆れた様子でフェイトを見た。

 

「まあ、確かにあんたのような人には気にするなっていう方が無理な話だと思いますがね」

 

「えーっと、褒められてる、でいいのかな?」

 

「ですけどね、俺なんかには責任なんてものを感じる必要はありませんよ」

 

 真っ直ぐ見つめて伝えた本心に金髪の女性は顔を歪め、どうしても納得がいっていないようだった。

 

「…………どうして? 私があの男を捕まえていればウィズはこんな怪我をしなくてよかったんだよ? ウィズのお母さん、セリィさんがあんなに悲しむことはなかったんだよ? お父さんだって――」

 

「あー、ストップ。いいですいいです、あなたの言い分は大体わかりますからそれを踏まえて聞いてほしいんですけど」

 

 フェイトの口から漏れる懺悔にも似た後悔の言葉を少年が手で制して止めた。

 

 強引に話を区切られた女性は開きかけた口元を一文字に閉じた。

 

「まず、今回の事件で一番悪い奴は誰です?」

 

「……首謀者の男とその部下たち、かな」

 

「そうですあのクソ野郎どもです。はい、じゃあ二番目に悪い奴は誰です?」

 

「えっと、事前に犯罪を食い止められなかった私たち管理きょ――」

 

「違います」

 

「えー」

 

 にべもなく否定の言葉を被せられて反射的にフェイトの口から困惑した声が漏れる。

 

 ウィズはぐいっと身を寄せて自分の胸に手を当てて断言した。

 

「俺ですよ俺。身の程もわきまえず凶悪な犯罪者の前に立って粋がって喧嘩売って無様に返り討ちにあって親を泣かせる大馬鹿野郎が二番目に悪いに決まってるじゃないですか」

 

「そんな」

 

「フェイトさん子供好きでしょ? あ、小児愛者とかって意味じゃないですよ?」

 

「いや、そんな勘違いしてないけど……うん、好きだよ」

 

 私ってそんな風に見られてたの、とフェイトが密かに傷ついているのも知らずウィズは宣う。

 

「だからガキの俺が傷ついたことに必要以上に責任を感じているんですよ。事実フェイトさん、管理局の人にも責任はあるんでしょうけど、よく考えてください」

 

 少年は息を吸って続ける。

 

「あの男が傷つけ、俺が傷つけられに行った。そこにフェイトさんが責任を感じる余地なんてないんです。一番悪い奴と二番目に悪い奴はもう決まってるんです。そいつらよりも悪くない人が自業自得の馬鹿野郎相手に何か思う必要はないんです、いいですか?」

 

 まるで叱りつけるようにフェイトに指をさして言い切ったが、ウィズ自身自分が何を言っているのかよくわからなくなっていた。

 

 私もあなたも悪いところはあるのでお互いに気にしないようにしましょう、と言いたかったのだが少し違った意味に置き換わっているように感じていた。

 

 フェイトは呆気に取られたように目をぱちくりとしている。

 

 そして、困ったように笑って息を吐いた。

 

「強引だね、ウィズは」

 

「……真面目過ぎるんですよ、フェイトさんは」

 

 フェイトの若干呆れたような視線を向けられ、ウィズは元の姿勢に戻って恥ずかしがるようにそっぽを向いた。

 

 そんな少年の姿を見てフェイトは少し胸のつかえが取れた気がした。

 

 今回の事件に対して思うところはまだあるが、この少年に関する良心の呵責は多少和らいだように思う。

 

 余りにも滅茶苦茶な理論だったがウィズが想う気持ちは伝わったのだ。

 

「ウィズは、優しいね」

 

 だから、彼女はぽつりと感じたことをそのまま言葉にした。

 

 ウィズの右手がピクリと動く。

 

「…………別に、そんなこと」

 

「ううん、ウィズは優しいいい子だよ。大人の私がしっかりしなくちゃいけないのに逆に慰められちゃった」

 

「……だから別に、慰めるとかそんなんじゃ」

 

 フェイトはこの時少年は褒められて恥ずかしがっているだけだと思っていた。

 

 彼女からは明後日の方を向く彼の顔が見えていなかった。

 

 拒絶反応を示すかのように深く歪んだ表情を。

 

 気づかずフェイトはそのまま話す。

 

 心に思ったありのままのことを言葉にする。

 

「そういう気遣いができるところはやっぱり親子だよね」

 

 ウィズの瞳が大きく見開かれる。

 

「本当にウィズはお母さんとお父さんによく似て――」

 

 

「そんなことはないっ」

 

 

 静かだがよく響く声だった。

 

 フェイトは思わず口を止めて少年を見た。

 

 ウィズ自身、どうしてそんなことを言ったのかわからない様子で固まった。

 

 二人の間で流れる空気が緊張感に似た何かで包まれる。

 

 先に口を開いたのは金髪の女性の方だった。

 

「どうして、そう思うのかな?」

 

 これはフェイトの勘だった。長年様々な境遇の子供と話をしてきたフェイトが感じたウィズの本音、心の歪みだと直感した。

 

 ウィズは口を歪めて黙る。

 

 不躾だと思うがここは強引にでも話を聞くと彼女は決めた。

 

「どうして、ご両親と似てないなんて思うの?」

 

 フェイトの強い視線に耐えきれず、ウィズは吐き捨てるように呟いた。

 

「…………どうしてって、見ればわかるでしょ」

 

「私にはとても良く似た家族に見えたけど?」

 

 彼女の言葉にウィズがきつく睨む。

 

 そこには言い知れぬ激情が宿っていた。

 

 ウィズは自分の中で湧き上がる感情を制御できなかった。

 

 先日の事件の時に沸き起こったものとは別種の感情であり、少年の根底にある例えようのない違和感だった。

 

 これ以上は言うべきじゃないと理性が訴えていたが、口は止まらなかった。

 

 止めるには、フェイトとの距離を近づけ過ぎていた。

 

「そんなわけがないだろ、どう見たら俺とあの人たちが似てるように見える? 全然違うだろっ」

 

 少年が気持ちを押し殺すように微かに震えた声で否定する。

 

 それだけで察しろと彼の瞳が訴えている。

 

 フェイトは静かな表情で尚も追及する。

 

「セリィさんたちは相手を思い遣る心を持ってる人で、それはウィズも一緒でしょ?」

 

「さっきから何か勘違いしてるようだが、俺は自分が気に喰わないことに文句言ってるだけだ。自分のことしか考えてない自己中野郎さ」

 

 ウィズは煮え切らない感情を表す様に眉間に皺を寄せて自嘲した。

 

 フェイトは否定の言葉を口にしようとしたが少年がそれを許さずに吐き出し続ける。

 

「第一、あの人たちと俺は本質が全く違う。善良でお人好しで平和主義者の親で、子の俺は非道で短気な暴力野郎。根本から違ってるんですよ」

 

 温かい家庭、何不自由のない生活、両親の笑顔。

 

 脳裏に思い起こされる情景に対し、どこまでも空虚感に支配される少年の姿。

 

 真っ白な絵の具の中に汚らしい異物が紛れ込んだかのような嫌悪感が襲う。

 

「それに、あんたも言ってたでしょ。あの事件の一部始終を目撃した人たちが俺を危険人物と言ってたって」

 

「ちがっ、それはっ」

 

 金髪の女性が身を乗り出すように首を振る。

 

 ウィズは彼女にそれ以上喋らせないために言葉を被せる。

 

「その通りですよ。あんたは俺が事件の犯人たちを殺したことを悩み悔やんでるように見えてましたか? 俺はね、何とも感じてませんよ」

 

 自虐的な笑みを浮かべる彼の口は止まらない。

 

「人を傷つけた後悔? 罪悪感? そんなもんありませんよ。何にもない、寧ろあんな奴らには当然の末路だとも思ってます」

 

 今まで溜め込んでいた膿を吐き出すように、少年が十三年間抱え込んでいた思いが溢れ出す。

 

「こんな冷酷な人間があの底抜けに優しくてどこまでも他人思いな両親の間に生まれた子供だって信じられるか? 俺は……俺はずっと、違和感しかなかった」

 

 誰かにここまで自分が内に秘めていた思いを口にすることはなかった。

 

 口にするほど気を許した人間はいなかった。

 

 唯一の例外は警邏隊の親父さんだろうが、彼はあくまでも気のいい教師のような立ち位置だった。

 

 少年の心にこれほど深く入り込んだ他人はフェイトが初めてだった。

 

 初めての経験故に、ウィズは一度溢れ出した情念の吐露を静止させることができなかった。

 

「本当にあの人たちの子供なのか、ふとした拍子に考える」

 

 ウィズは暗く澱んだ瞳を細めて淡々と語る。

 

 それはもうフェイトに語り掛けているというよりも独白に近い口調だった。

 

「血の繋がりを疑っているんじゃない。愛情を感じないわけじゃない。だけど、時々ふとした瞬間に……思うことがある」

 

 無意識に拳が握られ、震える。

 

 伝わってくる緊張感にフェイトは沈黙したまま少年を見つめる。

 

「そもそも、俺は……」

 

 一瞬、ウィズは言い澱む。言うべきではない。言っても何にもならない。困らせるだけだ。

 

 頭の中で理性が囁いている。

 

 それでも、少年は絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

 

 

「…………俺は、あの人たちの子供の資格が、ないんじゃないかって」

 

 

 

 瞬間、フェイトの瞳が見開かれる。

 

「だから――」

 

 ウィズはそれ以上喋り続けることはできなかった。

 

 何故なら、自分の頭が突如温もりに包み込まれたからだ。

 

 その温もりの正体は人の体温であり、感じる体温の持ち主は金髪の女性からだった。

 

 フェイトの両手が頭部に回され、そのまま彼女の胸元に抱き寄せられている。

 

「――――――――」

 

 ウィズは言葉が出なかった。

 

 どうして自分は頭を抱えられて、胸元に顔を埋めているのか。

 

 今自分が置かれている状況を理解するのに数秒を要した。

 

「いや、あの」

 

「違うよ、ウィズ」

 

 上から聞こえてきたその声はどこか悲しげでありながらも慈愛に満ちていた。

 

 少年を諭すようにそして慰撫するように彼女は囁く。

 

「それだけは絶対に違う。そんなことないよ」

 

 ギュッと更に力を込めてウィズを抱き締めながら、はっきりとした口調で言った。

 

「確かにウィズとセリィさんたちは異なる部分があるかもしれない。でも、それは人それぞれの個性だよ。ウィズの特徴の一つなんだ」

 

 少年の後ろ髪を梳くように撫でる。

 

 複雑に絡まる少年の心を解きほぐすように優しい手つきで擦る。

 

「それを悲観することなんてない。負い目を感じる必要なんてないの」

 

 慈愛に満ちた声がウィズに囁きかける。

 

 同時に彼女の生い立ちを知っていればその言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようにも感じたかもしれない。

 

 無論、この時のウィズは何も知らず、混乱も極まっており感じ取れるわけもない。

 

「だから……」

 

 彼女の瞳がきつく閉じられて一層強くウィズを掻き抱く。

 

「だから、子供である資格がないなんて……そんな悲しいこと言わないで」

 

「……………………」

 

 今にも泣き出しそうな声でフェイトが切に訴える。

 

 女性の温もりに包まれながらウィズは何かを言おうと口を中途半端に開いたが、何も出てこなかった。彼女に語り掛ける言葉が思いつかなかった。

 

 ただ為されるがまま金髪の彼女からの抱擁を受け入れていた。

 

「事件のことだって、確かにウィズを危険視する意見があったのも事実だよ? でもね」

 

 フェイトは勘違いを正すために毅然とした口調で話す。

 

「ある女の人がね、あなたに助けられたって、感謝を伝えたいって言ってたんだ。あと男性の職員の方やそれ以外にも大勢の人がお礼を言ってた。傷つけた犯人たちよりもウィズの勇敢な行動に救われた人の方がずっと多いんだよ」

 

 想起されるのは泣き出した赤ん坊とその母親のことだ。

 

 男性の職員と言うのも確かに心当たりがあるが、感謝されているとは思わなかった。

 

「ウィズは誰かを傷つけただけじゃない、みんなの命を救って助けたの。それは誇ってもいいことだよ」

 

 フェイトから告げられた思いもよらない内容に目を剥いた。

 

 まさか自らの愚かな行いに対して誇れなどと言われるとは思ってもみなかった。

 

「それに、そんな風に涙を流す子が悪い子なわけがないよ」

 

「…………は?」

 

 その言葉に呆然としていたウィズが反応を返す。

 

 口にされた言葉の意味が受け入れられずに呆けながら、恐る恐る自分の頬に触れる。

 

 湿った感触が指から感じ、雫が伝って落ちる。

 

 これは一体、何に対しての涙なのか。

 

 幼児のように感情を制御し切れずに溢れ出たのか、自分の本質に嘆き悲しんだからか、それとも彼女の言葉に感極まったのか、ウィズにはわからなかった。

 

 少年ができたのは指に付着した水滴を信じられない様子で見つめることだけだった。

 

「ウィズは間違いなくセリィさんとヨハンさんの子供だよ。覚えてる? 以前の病院でウィズが深夜に飛び起きて、たまたま様子を見に来てた私が駆け付けた時のこと」

 

「…………はい」

 

「その時のウィズはご両親のことだけを一心に気に掛けてた。私に掴みかかるほどね」

 

 少年にとっては感情のままに取り乱した苦い記憶だが、逆に彼女は懐かしそうに語っていた。

 

「セリィさんもそうだった。頭から血を流してたのに駆け付けた私に真っ先に駆け寄ってウィズとヨハンさんを助けてってお願いされた。ヨハンさんも意識が戻った時に二人のことをお医者さんに問い質したんだって」

 

 フェイトがウィズの黒髪に顔を寄せて慈しむように囁いた。

 

「ね? ウィズたちはみんな自分のことよりも家族を気に掛けてる。そこが似ていて、だから私はこんなにもお互いを想い合ってる素敵な家族だなって思ったんだ」

 

「………………」

 

 ウィズは何も言えずに黙り込んだ。

 

 フェイトはそんなウィズをあやすように頭を撫で続けた。

 

 暫くの間、お互いに何も話さずに沈黙した空気が流れる。

 

 そして、心ここにあらずの様相だったウィズが自分の現状を把握するまでそれは続いた。

 

 彼女の抱擁から逃れるように頭を下げようとしたが、豊満な胸部がそれを阻む。

 

「っ…………」

 

 仕方なく後頭部に回された腕を手に取って輪を解いた。

 

「あっ」

 

 何故か名残惜しそうに聞こえたのは気のせいだと思うことにした。

 

 ウィズはフェイトから身を離すと目元を拭って視線を逸らす。

 

「……すみませんでした。みっともなく騒いで」

 

「ううん、そんなことないよ。何だかウィズと初めて本音で話し合えた気がして嬉しかった」

 

 にっこりと微笑む彼女の顔を直視することなどできず、ウィズは視線どころか顔もあらぬ方向を向かせた。

 

 フェイトはそんな少年の姿をにこにこと見守っていたが、何かを思い出したように口を開いた。

 

「あ、そうだ。事件のことで勘違いしてるみたいだから言うけど、ウィズは誰も殺してなんていないよ」

 

「えっ?」

 

「目撃情報や現場状況、それに監視カメラの映像から判断してだけど、ウィズが攻撃した犯人たちはみんな一命を取り留めてる」

 

 金髪の執務官から打ち明けられた事実にウィズは目を瞬かせる。

 

「いや、結構派手に暴れた気がするんですけどね……全員、無事だった? いや、あの男に関して言えばとても無事だとは」

 

「確かにかなり深いダメージで後遺症が残る人も多かったけど、命は無事だったよ。ギース・ネクロムに関しては、命だけはっていうレベルだけど」

 

 フェイトから語られたギースの容態は意識不明の重体を超えて植物人間に近い状態だとのことだった。

 

 ウィズが与えたダメージが脳にまで達し、一生目を覚まさないだろうと診断が下された。

 

 本来であれば間違いなく命を落としている筈の重傷だったのだが、あの男の肉体の特異性故に生き残ってしまったのだろう。

 

 それはウィズにもフェイトにもわかるわけがないことだった。

 

「……そうですか」

 

 ウィズは誰の命も奪っていなかったという事実に特に感じるものはなかった。

 

 死んでいようが生きていようがウィズにとってはもう終わったことだった。

 

 改めて全員にとどめを刺そうとか、あの男だけは絶対に許さないだとか、そんな怨讐は抱いていない。

 

 だから別にどうでもいいことではあったのだが、ウィズの心はほんの少しだけ気軽になった、ように感じた。

 

「そう、それはそれとして」

 

 フェイトは徐に身を乗り出してきた。

 

 少年のベッドの端に膝を乗せて再び腕を伸ばしてくる。

 

「ちょっ」

 

 当然、ウィズは彼女の奇行から逃れようとするがベッドの上では逃げ場もない。

 

 両手で顔を挟まれ、無理矢理顔と顔を突き合わせられる。

 

 絶世の美女と言って差し支えのないフェイトの美貌が眼前に迫る光景にウィズは視線を泳がせる。

 

「さっきは誇ってもいいって言ったけど、次元犯罪者と戦うなんて危険なこともうしちゃダメだよ、絶対に!」

 

 どこかで同じ内容の注意を聞いたような気がすると少年は既視感を感じた。

 

「……と、時と場合によります」

 

 たとえ美女からの言葉でも意志を曲げないのはこの少年の性格を如実に表しているように思えた。

 

 フェイトは決して彼の答えに納得がいかない様子だったが、暫し見つめ続けても折れない姿勢に息を吐いて手を離した。

 

「ウィズのそういう頑固なところ、ちょっと私の友達に似てるかも」

 

 未来のウィズが聞けば確実に顔を歪める見解だった。

 

「そう、ですか」

 

 過去のウィズはその友達が誰か知らないため曖昧な反応しか返せない。

 

 姿勢を元に戻したフェイトが改めて少年へ言葉を掛ける。

 

「これは私の自論なんだけどね」

 

 と彼女はそう前置きをして告げた。

 

「親子の関係はね、どちらかが一方的に切り離せるものじゃないって私は思うの」

 

 ウィズは視線を逸らしながらも無言で聞き入っている。

 

「子が親を拒絶しても、親が子を……否定しても、家族の縁は簡単には切れない」

 

 彼女の表情が一瞬寂しそうに伏せられるが、それもすぐに笑顔に変わる。

 

「セリィさんを見てればわかる。ウィズが大好きだって気持ちが溢れてて、それはきっとヨハンさんも同じで。だからいくらウィズが遠ざけようとしても、二人は絶対に離してくれないと思うよ?」

 

「…………まあ、そうでしょうね」

 

 あの夫婦のことはフェイト以上に息子である少年がよく知っている。

 

 彼女の言う通り、あのお人好しな夫婦は決して自分を掴んで離さないということが容易に想像できる。

 

 わかっていた筈なのに、傍から言われて改めて実感する。

 

 何だか悩んでいたことが馬鹿らしく思えてきてウィズは微かに笑った。

 

「ふふ」

 

「……何笑ってるんです?」

 

「あ、ごめん。だってウィズがそんなはっきり笑ったの初めて見れたから、なんだか嬉しくて」

 

 ウィズは思わず口元を押さえた。

 

 しかし、笑ったから何だと言うのかとウィズは釈然としない気持ちで手を下した。

 

「別に、人間なんですから笑いますよ」

 

「でも、ウィズっていつもムスーってしてるよ?」

 

「そんなことありませんよ」

 

「えー、してるよー。こんな感じの目つきで」

 

「そんな顔してません」

 

「してるよ」

 

「してません」

 

「ほら、今してる」

 

「…………全然してないでしょ?」

 

「うわー、そんな器用に不機嫌に笑う人初めて見たかも」

 

 自然と病室に笑い声が響いていた。

 

 笑っているのはいつも女性の方だったが、少年の方も決してつまらないというわけではなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

(だああああああぁぁぁぁあああ!!!!)

 

 ウィズは過去の記憶を掘り起こした代償に空前絶後の自己嫌悪に陥っていた。

 

 テラスの一角で頭を押さえて柵に寄り掛かる姿は禁断症状が出ているかのように震えていた。

 

(はあ!? はあああ!? 馬っっ鹿、馬っっっ鹿じゃねええのおおおお!!?)

 

 決して口には出さない。誰かに聞かれでもしたら悶絶ではすまないからだ。

 

 それ故に、心の内でどこまでも叫び、過去の自分自身を罵倒する。

 

(何がそんなことはない、だ。何が子供の資格がない、だ。挙句の果てに何泣いてんだああああ!!!)

 

 頭を抱えていた両手を下ろし、震える身体を支えるためにテラスの柵を掴む。

 

(何大人しく胸に顔埋めてんだよ! すぐに離れろよ! 何か感触を味わってるみたいだろうがあ!!)

 

 過去の自分をいくら罵ろうと過去は変わらないのだが、これは彼の心の平穏を保つための防衛本能なのかもしれない。

 

 その後も何度も3年前の自分に悪態を吐き、身体を揺らし、首を振り乱した。

 

 木製の柵がミシリと悲鳴を上げる音が耳に届き、そこでようやく冷静さを取り戻す。

 

「はあ、はあ、はあ……ふぅ、落ち着いた」

 

 過去を振り返った代償を払い終えたウィズは額の汗を拭いて一息つく。

 

 冷静になってみて、たとえ声に出さずとも今の光景を誰かに目撃されてしまえば不審に思われるのは間違いないと思い返す。

 

 こんなテラスでは誰かが通りかかる可能性も十分にあり、自分の部屋に戻ってから悶絶するべきだった。

 

 ウィズがそんなことを考えたのがいけなかったのか。

 

「ウィズ?」

 

 ウィズの肩が跳ねる。

 

 今最も出会いたくない人物の声であり、最も聞き惚れてしまうような声だった。

 

 ギギギ、と油が切れた機械のように振り向いた。

 

 そこには予想通り、絶世の美と慈愛の心を併せ持つ金色の女神がいた。

 

「どうしたのこんな所で? もうそろそろ眠る時間だよ」

 

 そう言いながらも表情は嬉しそうに緩めて駆け寄って来る。

 

「――ッ」

 

 ウィズは思った。

 

 ――寄って来るのはいい、彼女に発見されてしまったのだから仕方がない。

 

 ――しかし、駆けて来るのはやめてほしかった!

 

 何故なら、フェイトが今着用しているのは黒いワンピース。

 

 寝巻か私服かわからないが、時間帯的にも気候的にも薄手の生地であることは明白。

 

 であれば、駆け足になることによって彼女の女性の象徴が大変なことになるのもまた明白だった。

 

「――――――」

 

 一瞬、あそこに顔を突っ込んだんだよなぁ、と思った自分を殴りたくなった。

 

 ウィズはすぐに顔を真上に向けて、凶悪な凶器から視線を切る。

 

「? どうしたの? ああ、星でも見てたのかな? 今日は雲もなくて星が綺麗だしね」

 

「……そうですね」

 

 何やら勝手に納得してくれたフェイトに便乗して肯定していた。

 

 当たり前のようにウィズのすぐ隣に彼女は立った。

 

 肩と肩が触れそうな距離であったため、少年は気づかれない程度に姿勢を逆方向に傾けた。

 

 フェイトは木柵に肘をついて、隣のウィズに話しかける。

 

「こうして二人っきりで話すのは久しぶりだね」

 

「魔法を教わった時以来ですかね」

 

 なのはから魔法の教えを受けた最終日、急いで駆け付けてくれた彼女からほんの1時間足らずではあったが魔法を教わった。

 

 どうしても自分もウィズの力になりたいと忙しい中来てくれたのだ。

 

「あの時はごめんね。折角ウィズが頼って来てくれたのに、殆ど人任せにしちゃって……」

 

「その時も言いましたけど、別に気にしてませんよ。まあ、厄介な人に目を付けられたのはあれですが」

 

 脳内で嫌らしい笑みを浮かべながら杖を突きつけてくる教導官の姿を浮かべ、口元が引き攣る。

 

「それ!」

 

「いや何がです?」

 

「なのはとどうしてあんなに仲がいいの! 私とはあんなに時間がかかったのに!」

 

 むぅ、と頬を膨らませるフェイトの普段とは異なる姿を見てウィズは何だか得した気分になる。

 

 それでも、否定すべきところは否定しなければならない。

 

「……いや、仲は良くないでしょ」

 

「あんな姉弟みたいな距離感なのに!? ……あれ? もしかして、私とそんなに仲が良くないって意味、だった?」

 

 金髪の女性が紅玉のように透き通った瞳を潤ませる。

 

 それを見たウィズが大慌てで首を振る。

 

「いやいや! どう考えてもなのはさんと仲が良くないってことでしょ! あの人は俺をからかって遊んでるだけですよ!」

 

「…………それが仲がいい証拠だと思うけど」

 

 ぼそりと呟かれた言葉は聞こえなかったことにした。

 

 苦笑いしながら話題を変えるために必死で頭を巡らせた。

 

「そういえばさっき、娘さんたちに3年前の事件のことを話しましたよ」

 

「あ、そうなんだ。ヴィヴィオたちに話してくれたんだね」

 

「別に隠す必要もないですし……というかあの子と話すとつくづくなのはさんとフェイトさんの娘だって実感しますよ」

 

「ふふ、そんなに似てるかな?」

 

「そっくりですね」

 

 少年の発言にフェイトが嬉しそうに微笑む。

 

 そこには自分のことを名前で呼んでくれた嬉しさも含まれているのだが、ウィズは話を逸らせたことに安堵していて気づかない。

 

「ヴィヴィオと仲良くしてあげてね。ウィズのこと競技選手として憧れてるみたいだから」

 

 フェイトのお願いを聞いて、ふと思ったことがあった。

 

「……フェイトさんが俺の話をしてたとかじゃないんですね」

 

「うん、ウィズのことはヴィヴィオには何も言ってなかったんだよ。でも、随分熱心に試合の映像を観てるなぁって思ってたらそれがウィズの試合なんだもん、びっくりしちゃったよ」

 

(それ以上はあの子のプライバシーに関わるだろうなぁ)

 

 ウィズは彼女が無意識に娘のプライベートな情報を漏らす前にまた話を逸らさなければならなかった。

 

「ところで、フェイトさんは俺と、病室で話したこととかはなのはさんにも言ってなかったんですね」

 

 逸らそうとして墓穴を掘った気がするがもう止められない。

 

 フェイトは困ったように笑うと少しだけ拗ねるように言った。

 

「だって、あれはウィズが私に話してくれた悩みだから。たとえなのはでも気軽に話せることじゃないよ」

 

 人差し指を立てて赤く柔らかそうな唇に当てた。

 

「だから、あの時の話は私とウィズの秘密」

 

 珍しく茶目っ気を感じさせる仕草に見惚れながらも、ウィズは安堵したように笑った。

 

「……そうですか、なら安心ですね」

 

 一つ、懸案事項が解消されて肩の力が抜ける。

 

 フェイトはそんなウィズを見上げながら、意外そうに見つめている。

 

「ウィズは、変わったね」

 

「何がです? 背ですか?」

 

「うん、確かに背丈もおっきくなったね。エリオもそうだけど男の子の成長は早いね。私よりも小さかった頃を思い出すとちょっと寂しいな」

 

 今では完全に身長差は逆転し、フェイトの方が見上げなければならなくなった。

 

 そこに多少の寂寥感を感じているが彼女が言いたいのは外見の話ではなかった。

 

「それもあるけど、ウィズの雰囲気が、だよ。よく笑うようになったし、表情が全体的に明るくなったよね。言動も前より生き生きとしてるっていうか」

 

「…………そうですね」

 

 ウィズは少しだけ間を開けて返事をした。

 

 彼自身も自分の変化には心当たりがあったのだ。

 

「きっと、フェイトさんのおかげですよ」

 

 少年は平然と嘘を吐いた。

 

「そうかな? でも、そうだと嬉しいな」

 

 照れたように微笑む彼女の姿を横目にウィズの脳裏にはある少年の姿があった。

 

 黒を纏った白き少年の背中が映る。

 

 あの出会いこそが、ウィズの人生最大の転機。

 

 世界が色づいた瞬間だった。

 

 フェイトとの会話で両親への罪悪感は薄れたのは確かだ。

 

 だが、少年が抱えていた虚無感を晴らすまでには至らなかった。

 

 それを吹き飛ばしたのは、ある少年との邂逅であったのだから。

 

「じゃあ、そろそろ休もう。明日は、大事な試合があるんでしょ?」

 

「俺はもう少し風に当たってますから、フェイトさんは先に戻っててください」

 

「そう? じゃあそうするね。おやすみウィズ」

 

「はい、おやすみです」

 

 手を振って建物の中へ戻っていくフェイトに挨拶を返して、ウィズはもう一度空を見上げる。

 

 視線の先には満天の星空が夜空を照らしている。

 

 それを睨むように見つめながらウィズは想い馳せる。

 

(あいつと出会ってから、もう二年になるか)

 

 忘れもしない心に刻まれた情景が蘇ってくる。

 

 あの瞬間を思い出すだけで、ウィズの身体からは闘志が滲み出てくる。

 

(そういえば、あの事件の時あいつの声が聞こえた気がしたが……まあ気のせいか)

 

 ウィズは一瞬、何かを思い出せそうだったがすぐに首を振って切り替えた。

 

(会うのはあの日以来だな、ネオッ)

 

 一度は挑戦し、敗れた相手。

 

 白と赤の少年が不敵に笑いながらこちらを見下ろしている。

 

 その結末を断ち切るように空を切って拳を穿つ。

 

 世界でただ一人の宿敵と万全な状態で相見えるためにウィズは今度こそ自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 第三話 完

 

 

 第四話に続く

 

 

 

 




〇独自設定
・第24管理世界の存在や設定
・テロ事件のこと全般
・ギースが持つ武装やエクリプスの能力


〇今話の内容ついて
今回のお話は原作キャラ達よりもオリキャラが乱立する内容でした。
正直に言って作者は書いていて楽しかったのですが、皆様に楽しんでいただけるかどうかはわからず、不安で仕方がありません。
ここまで読んでいただいた方には次回の内容は予想が付くと思いますが、次回もオリキャラ同士のバトルがメインとなります。
それを超えればViVidのヒロインたちとの交流をメインに描く予定になっていますので、ヴィヴィオたちの可愛さを期待されている方はもう少しだけ待ってください。

それにしても今回は疲れました。書く時間が限られていたのもそうですが、文字数がまさか2話を超えるとは思ってもみませんでした。
当初、この3話に次回の内容も入れようとしていたことを思うと作者の構成力のなさが透けて見えますね。

前書きにも書きましたが、今回の話があまりにも血の気の多い描写であったため「残酷な描写」タグを追加しました。
これ以上に残酷な描写は以降はないと思います。多分。

今回で主人公が「親しい誰かを傷つけられた怒りと悲しみで覚醒(暴走)する」というよくあるやつが出てきました。まさか作者もこのよくある展開を書くことになるとは思いませんでした。
最初からやれよ、と読者側の時は突っ込んだりしてましたが、自分で書いてみるとテンプレはやっぱり書きやすいんだなあと再認識いたしました。
因みに主人公があの暴走状態になったとしてもライバルには勝てません。惨敗します。

多分もう使わない設定ですが、主人公はエクリプス特攻持ちです。あとライバルも。
最初、ギースはただのSランクオーバーの魔導士だったのですが、バトル展開が思いつかなかったのともっと個性を持たせたいと思ったがゆえにForce要素を持ってきました。
今回限りでForceの設定は今後出てきません。きっと。

それと使うかどうかもわからない伏線をとりあえず置いてたりしますが、多分使うことはないと思いますのでとあるセリフは気にしないでください。

最後にフェイトと主人公との交流の数々で、フェイトはこんなこと言うかなぁと不安に思いながら書いてました。もしかしたら違和感を持たれる方がいるかもしれませんが、作者の勝手な想像ですので大目に見てください。



年度末と年度初めはとても忙しく、次回の更新がさらに遅れるかもしれません。
それでも次回も何とか頑張って書き上げる所存です。

次回は主人公対ライバルの練習試合(けんか)です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。
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