ViVid Infinity   作:希O望

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長らくお待たせして申し訳ありません。
第四話になります。
こちらは二つに分割した内の一本目です。
よろしくお願いします。


第四話 宿敵と決意①

 合宿三日目の朝、皆で食卓を囲み色とりどりの朝食に舌鼓を打っていた。

 

 表情を変えずに黙々とサラダを口に運ぶ少年が異彩を放っているが、一見すると和やかな空気が流れていた。

 

 しかし、一部の人間の心中は決して穏やかではなかった。

 

 周囲の人と会話を弾ませている最中にも時節、チラリまたチラリと視線をある方向へ行ったり来たりさせている。

 

 その視線が向けられる先には今度は淡々とトースターで焼かれたパンを頬張っている黒髪の少年の姿があった。

 

 少年、ウィズは無表情ながらも美味いと感じているのか、と目を瞠り次々に芳醇なロールパンを口に運んでいる。

 

 彼の一挙一動を目で追っているのはヴィヴィオ、リオ、そしてコロナの三人娘だった。

 

 無論、彼が食べている物を欲しがっているという食い意地の張った理由では決してない。

 

 彼女たちの頭の中にあるのは昨夜聞かされたインターミドル男子のワールドチャンピオン、ネオ・クライストが来訪しさらにウィズと練習試合を行うという重大イベントのことだった。

 

 件の大会に出場することを決めている少女たちにとって意識するなという方が無理な話題なのだ。

 

 しかも、一部の格闘好きの界隈では歴代最高の決勝戦とまで謳われている両者の戦いが模擬戦とはいえ間近で見られるかもしれないのだから興奮するのも無理はない。

 

 ヴィヴィオたちは昨晩興奮して眠られない、こともなく疲労困憊の身体はベッドに横になった直後に意識を夢の世界へと旅立たせた。

 

 だからこそ、目が覚めた直後から気になって仕方がないのだ。

 

 本音を言えば今すぐ駆け寄って色々と質問を浴びせかけたいところだった。

 

 どういう経緯でチャンピオンと練習試合をすることになったのか。

 

 試合はどんな形式で行われるのか、魔法ありの試合なのかなしの試合なのか。

 

 あのチャンピオンに勝算や対策があるのか。

 

 そもそも、ウィズとチャンピオンはどういう関係なのか、ただの対戦相手ではないのか。

 

 などなど、挙げればきりがないほど少女たちは好奇心に満ちていた。

 

 だが、三人はそこまで無神経で図々しい性格をしていない。

 

 これまでのウィズの言動を見聞きしてきて、今日の試合が彼にとって大事な一戦であることは想像に難くない。

 

 そんな試合を前にして無遠慮に根掘り葉掘り聞きだそうとすれば、彼を困らせ下手をすれば鬱陶しがられて嫌われるだろう。

 

 そうとわかってはいるが、それでも気になってしまうのはいちファンとして仕方のないことであった。

 

 だから、ヴィヴィオたちはあくまでも自然に、がっついていると思われずに問いかけるために会話の流れを窺っているというのが現状だった。

 

 因みに今ウィズと話しているのは。

 

「ウィズ、そこのオリーブオイル取ってくれる?」

 

「はい、どうぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

 ここ数日のぎこちなさが無くなったように見えるフェイトと。

 

「ウィズくん、私にもドレッシング取って」

 

「自分で取れ」

 

「私にだけ厳しい!?」

 

 最早見慣れてきたやり取りを交わすなのはが彼の両隣に座り話しかけていた

 

 ヴィヴィオはそんな母たちの姿に少々複雑な思いを抱きながらも今日の試合のことが話題に上がるかもしれいないと期待もしていた。

 

「どうしてフェイトちゃんのお願いは聞いて、私のお願いは聞いてくれないの! 贔屓だよ!」

 

「いや、あんたは手を伸ばせば取れるでしょ」

 

「くぅ、そんな冷たい子に育てた覚えはないよ!」

 

「育てられた覚えもねえよ」

 

 ウィズは言い寄るサイドポニーの女性に対してため息を吐きながら面倒くさそうにドレッシングの容器を取って手渡した。

 

(ウィズさん優しい、あとうちの母がごめんなさいっ)

 

 一部始終を見ていた少女は少年の心遣いに感心しながら、心の中で迷惑をかける母親の行動を詫びた。

 

 合宿が始まってからというもの、これまで感じたことのない心労に悩まされるヴィヴィオだった。

 

 そんな娘の悩みなど知った様子もなくなのはは不機嫌そうな顔から一転し笑顔で受け取る。

 

「あっ、ついでにウィズくんにもかけてあげようか?」

 

 ウィズの目の前のサラダにドレッシングの類が何もかけられていないのを見かねてなのはが提案してきた。

 

「いえ、俺はサラダには何もかけない派なので」

 

「えっ、そんな派閥があるの?」

 

 そのまま生野菜を口に運ぶ姿になのはが目を丸くしている。

 

 ウィズの座席はヴィヴィオの座る位置からはほぼ対角線上にあり、少しばかり遠い位置関係にある。

 

 当然会話に参加するには躊躇われる距離だが、会話を聞き取るには十分な距離だ。

 

「アインハルトさん、このパンふわふわでおいしいですよ」

 

(へー、そうなんだ。ウィズさんって薄味が好みなのかなー)

 

 ──並列思考処理(マルチタスク)

 

 文字通り複数の思考と動作を並列で行う魔導士には必須の技術。

 

 それはたとえ格闘競技選手であってもできて当然の技術であり、ヴィヴィオの得意分野でもある。

 

 金髪少女は表向きの動作を隣のアインハルトへ割きながらも思考や聴覚の一部はしっかりと対角線上のウィズの言葉を捉えていた。

 

「じゃあ目玉焼きには?」

 

「特に何も」

 

「パンは?」

 

「焼くかそのままか」

 

「コーヒーに砂糖やクリームは?」

 

「いれない」

 

 食卓に出ていた食品を例にして矢継ぎ早に質問を投げかけるなのはに対して淡々と受け答えをするウィズ。

 

 彼女はウィズの返答に大きな瞳を丸くして見つめながら呟いた。

 

「ウィズくんって変なところで若者っぽくないよね」

 

「別に若さは関係ないでしょ。それにそこまで強い拘りがあるわけでもないので、かかってたらかかってたで普通に食べますよ」

 

「ふーん、自分でソースとかはかけないってこと?」

 

「まあそうですね」

 

 何気ない二人の会話から垣間見える少年の新たな一面にも興味を惹かれるところではあるが、ヴィヴィオが今一番聞きたい話題には程遠いものだった。

 

 このままただ聞き耳を立てているだけで試合のことが都合よく話題に上るというのも虫のいい話だ。

 

 少女が素直に朝食の後にでも迷惑に思われない範囲で聞いてみようと切り替えた直後。

 

「そういえば今日の午前中はお休みだけど、ウィズくんだけは違うのよね?」

 

 思わぬ方向(メガーヌ)からのアプローチにヴィヴィオだけでなく食卓を囲む殆どの人間の注意が向いた。

 

 何だかんだと皆気になっていた様子であった。

 

 そんな周囲の反応を知ってか知らずかウィズは淡々と頭を下げる。

 

「はい、我儘を通してもらってすみません」

 

「全然いいのよ。確かこれから試合をする子が来るんだったかしら?」

 

「ええ、保護者同伴で来ます。試合相手はともかく、その保護者の方は多忙な人なので今日の午前中しか時間を作れなかったようでして」

 

 ウィズが言う試合相手というのは間違いなくチャンピオンのことを言っているのはわかりきっていた。

 

 思わずヴィヴィオはマルチタスクも忘れて視線ごと少年の方へと向けてしまう。

 

 しかし、隣のアインハルトやコロナとリオも同様の行動を取っていたためにヴィヴィオ一人が目立つことはなかった。

 

「それにしてもウィズくん。よくその子の親御さんの連絡先がわかったね」

 

 横からなのはが言葉を被せてくる。

 

 ウィズは視線だけ彼女の方に向けてしれっと答えた。

 

「アイツとは決勝で当たるより、ずっと前から知り合ってましたから。その縁で知ってたんですよ」

 

 何気ない少年の一言にヴィヴィオは過敏に反応を示した。

 

(やっぱり! チャンピオンとウィズさんは以前から知り合いだったんだ!)

 

 彼の一ファンとして最大のライバルとの裏話に興奮を隠しきれない。

 

 まさか自分の何気ない発言が小さな少女を湧き立たせていることに気づくわけもなくウィズは隣の女性と会話を続けている。

 

「ふーん、そうなんだ。あっ、もしかしてウィズくんがIMに出たきっかけって」

 

「……そうですよ、アイツが出てたからです」

 

 なのはが言わんとすることを察し、嘆息混じりに答えた。

 

 そして、今度はその話を隣で聞いていたフェイトが口を開いた。

 

「へー、じゃあウィズはその子に憧れて選手になったのかな?」

 

「それは違います」

 

 フェイトの言葉は間髪入れずに否定された。

 

 一瞬ショックを受けたように顔歪めたフェイトに向けてウィズは苦笑を浮かべて首を振る。

 

「そんな真っ当な理由であの大会に出てるわけじゃないんですよ。俺も、それにアイツも」

 

 少年の意味深な言葉と態度にフェイトはどう反応を返せばいいのか迷っていた。

 

 そんな彼女の代わりになのはが単刀直入に言葉を投げかける。

 

「じゃあどういう理由なの?」

 

「…………」

 

 珍しくウィズが閉口する。

 

 それはなのはからの質問ということで反発しているわけではなく、純粋にどう説明すればいいのか考えているようだった。

 

 だが、沈黙していたのはほんの僅かの間だけであった。

 

「まあ、勝ちたいからですよ」

 

 ウィズはシンプルにそう答えた。

 

 なのは、それにフェイトは少年の言葉にどこか引っかかるものがあるのか眉をひそめる。

 

 しかし、どちらもその違和感を言葉にする前にメガーヌがウィズに話しかけていた。

 

「その子たちは何時頃に到着するんだったかしら?」

 

「予定では九時過ぎの筈です」

 

「それじゃあ、それまでに準備はしておかないと、ね」

 

 準備というのは試合を行う陸戦場の整備のことを言っているのか隣のルーテシアへそれとなく目配せしていた。

 

 ルーテシアは動じた風もなく親指を立てて応えた。

 

「大丈夫! 昨日の内にばっちりセッティングしておいたから。すぐに始められるよ」

 

 それなら安心だわぁ、と娘の仕事の早さにのほほんと微笑んで褒める母。

 

 そんな親子のやり取りを尻目にウィズは遠い目をしながら口の中で呟いた。

 

「……まあ、アイツが予定通り行動してくれたら、だけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の後、ウィズは軽い準備運動のためにホテル前で身体を動かしていた。

 

 それ以外にも簡単な柔軟などをしているとすぐに予定の時刻となった。

 

 新たな来客を出迎えるためにウィズは当然玄関前で待っていた。

 

 しかし、その場にいる人影は一人だけではない。

 

 ウィズの他にホテルの支配人であるアルピーノ親子などが居るのは理解できる。

 

 それ以外にもなのはを始めとした全員が一堂に会しているのはどういうことだろうか。

 

「……おい、アインハルト。お前、デバイスの相談を誰かにするとか何とか言ってなかったか?」

 

 まさか全員に向けて何故居るのかと問い質すこともできず、手始めに別の予定があると知っている人物に声をかける。

 

 話しかけられた碧銀の少女は表情一つ変えずに静かに告げた。

 

「ええ、それは午後からする予定です」

 

「……そうかよ」

 

 きっぱりと告げられた言葉にウィズはそれ以上追及することもできずに沈黙した。

 

 そもそも、その相談を行う上で仲介役を担うルーテシアもここに居る時点で察せることであった。

 

「まあ、なんだ、みんな気になってんだよ。お前がそこまでライバル視する相手がどんな奴かさ」

 

 ウィズが気まずそうにしている様子を見て取ったのかノーヴェが声をかけてきた。

 

 皆が集まってきたおおよその理由を聞かされてもウィズは微妙な表情を崩さない。

 

 それは単純に見世物になっているみたいであまりいい気分ではないことと、もう一つ訳がある。

 

「ノーヴェさん、あまり期待しない方がいいですよ」

 

「? 何がだ?」

 

「アイツはきっとノーヴェさん達が想像してるような()()()()()()()()()()()()()

 

 これから来る人物の異常性に大なり小なり困惑するであろうことが予想できたからだ。

 

 首を傾げるノーヴェがどういう意味か聞こうとした時、初等部組の一人、リオから声が上がった。

 

「あっ、来たみたいですよ!」

 

 甲高い声色と共に指さされた先へ視線を向ければ、ホテルアルピーノへ続く並木道の奥から人影が見えてくる。

 

 その影はゆっくりとした足取りではあったが、近づいてくる速度は決して遅くはない。

 

 歩幅が大きいのだと距離が縮まってくるとよくわかる。

 

 遠目からでもその人物がかなりの長身であることが伺えた。

 

 くたびれたグレーのスーツを身に纏い、温暖な気候のカルナージで上着も脱がず、さらにはコートまで羽織る姿は違和感しかない。

 

 頭には中折れ帽子を被り、こちらへ向かってくる男性を見てウィズは眉を顰める。

 

 彼が気候に合わない厚着姿だからではない。スーツ姿の男性以外に人影が見当たらないことに気づいたからだ。

 

 ウィズは盛大にため息を吐き出したい衝動を必死に抑えて、こちらへ向かってくる男性の元へ歩み寄った。

 

 ウィズが近づくと彼の大きさがより如実になる。

 

 背丈の大きい部類であろうウィズより頭一つ以上も大きく、身長は2m近いだろうことが推測できる。

 

 違和感満載の服装にその長身が合わさって怪しさが全開な人物だった。

 

 何も知らなければ不審者と勘違いして警戒しても然るべき第一印象を受ける。

 

 そんな人物にウィズは平然と近寄り表情を柔らかくして声をかけた。

 

「お久しぶりです、ジンさん。お忙しい中わざわざ来ていただいてありがとうございます」

 

 ジン、と呼ばれた男はゆっくりとした動作で帽子を取り、目の前の少年を見下ろしながら、微笑んだ。

 

「久しぶりだねぇ、ウィズ君。最後に会ったのはあの決勝戦の時だったかねぇ。あの時は状況が状況だったしゆっくり話す時間もなかったしねぇ」

 

 地毛なのかそれとも元の髪が変色したのか、灰色の髪と口元の無精ひげが特徴の中年男性は皺が増え始めた目元を細めて語り掛けてくる。

 

「それに気にしなくてもいいよ。あいつも()()()()()()()()()()で飽きてきたみたいだしねぇ」

 

「あー、それでそのアイツはやっぱり……」

 

「見ての通り、少し目を離した隙にいなくなっちゃってねぇ」

 

 ジンは申し訳なさそうに眉尻を下げて肩を竦めた。ウィズも今度こそため息を吐いて肩を落とした。

 

 二人の反応から件の人物の単独行動が常習的に行われていることが想像できる。

 

「まあでも、ここは人も殆どいないみたいだし、余計なトラブルは起こらない筈だよ。それに、何よりもウィズ君がいるからねぇ」

 

「……あんまし期待されても困りますよ」

 

「でも、わかるんだよねぇ? あいつの、ネオの居場所」

 

「……まあ、大体なら」

 

 どこか不服そうな顔をしながらもしっかりと頷いた。

 

 一連のやり取りを後ろで聞いていたヴィヴィオたちは一様に首を傾げていた。

 

 何かしらの探索魔法や発信機の類でもあるのかと思えばそうではない様子だった。

 

「次元船を降りるまでは居たからそこまで遠くにいるわけじゃないと思うんだけどねぇ」

 

 あからさまにこちらへ視線を送り、誘導するような物言いにウィズは呆れながらも頷いた。

 

「わかりました。すぐ連れてきます」

 

「そうかい? いや助かるよ。あの問題児を探すのはおじさんには骨が折れてねぇ」

 

 四十路にもなると身体がねぇ、と肩を押さえながら呟く姿を見る少年の目はどこか冷めていた。

 

(アイツを保護できてる時点でただのおじさんじゃねえけどな)

 

 その本音は心の内に秘めておき、ウィズは振り向いて少し置いてきぼりになっている面々に告げた。

 

「じゃあ俺、急いでもう一人連れて来るんでジンさんのことお願いします」

 

「え、ええ」

 

 状況がまだ呑み込めずに困惑しているメガーヌに申し訳ない気持ちを覚えるが今は問題児を連れて来ることが先決だった。

 

「すぐ戻るので!」

 

「ごめんねぇ、お願いするよ」

 

 ジンの言葉を背に受けながらウィズは迷う素振りも見せず一直線に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あのー……」

 

 一同が遠くなるウィズの背中を呆気に取られるように見つめている中で一人、いや二人ほど前に出てきてスーツ姿の男に声をかける姿があった。

 

「クライスト博士、ですよね?」

 

 それは赤い髪の少年、エリオであり一緒についてきたのは桃色の髪を持つ小柄な少女、キャロだった。

 

「おや? 君たちは確か保護隊の……」

 

 ジンは声をかけてきた少年少女の顔を見て、見覚えがある様子で目を僅かに見開いた。

 

 自分たちの予想が正しくて安心したのか二人は互いに顔を見合わせた後、ジンに向かって頭を下げた。

 

「自然保護隊所属のエリオ・モンディアルです」

 

「同じくキャロ・ル・ルシエです。その節はお世話になりました」

 

 頭を下げる二人に恐縮したように手を振って頭を上げさせる。

 

「いや、お世話になったのは寧ろこっちの方なんだけどねぇ。ここはお互い様ということで、ね?」

 

「はい!」

 

「ありがとうございます!」

 

 ジンの謙遜した態度にエリオたちは元気のいい返事で応えた。

 

 しかし、当人たちにとっては今のやり取りで伝わるのであろうが、何も知らない人から見れば全く意図が読めないものであった。

 

 一番最初に動いたのはエリオとキャロの保護責任者であるフェイトだった。

 

「エリオ、キャロ、そちらの方とお知り合いだったの?」

 

「あ、はい。こちらのジン・クライスト博士は辺境世界の自然や生物を調査、研究をされてる方で僕たち自然保護隊とも関わり合いが深い人なんです」

 

「それに以前、私たちが保護してる子が原因不明の症状で衰弱した時に知恵を貸してくれて助けていただいたことがあって」

 

「いやまあ、たまたま居合わせて一言二言口を出しただけなんだけどねぇ。おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。ジン・クライストと申します。辺境を見て回るのが趣味なただのおじさんです。博士なんて御大層なもんじゃありませんよ」

 

 手に持った帽子を胸に当てて頭を下げるのを見て、フェイトも慌ててお辞儀を返して自己紹介をした。

 

 その後は大人組が一通り挨拶を交わして、一旦はぐれたというもう一人の来訪者が探し出されるのを待つ流れとなった。

 

 主役の二人が不在の状況ではどうもしようがないというのが正直なところだ。

 

「多分、十分も掛からずに連れて来てくれると思うんだけどねぇ」

 

 狙って誘導したとはいえ、身内の捜索を買って出てもらった少年に対して申し訳ない気持ちを抱きながら呟いた。

 

 その呟きを耳にしたエリオが反射的に質問を投げかける。

 

「あの、クライスト博士。ウィズさんなら居場所がわかると言ってましたよね? それってどういうことなんですか?」

 

「ん? ああ、私も正直詳しいことはわかっていないんだけどねぇ」

 

 ジンは曖昧な笑みを浮かべながら告げた。

 

「あの子達は互いの位置が何となくわかっちゃうみたいなんだよねぇ。勿論、離れすぎれば別みたいだけど、同じ街にいたりすればビビッと感じるものがあるみたいだよ」

 

「え? それって何か魔法やレアスキルを使ってるわけじゃなくてですか?」

 

「さあねぇ、少なくとも魔法ではないみたいだねぇ。まあべたなことを言えば」

 

 そこで一拍置き、自分よりも二回り以上小さい少年を見下ろして口を開く。

 

「あの子達は互いを繋ぐ因縁、みたいなものを感じ取ってるのかもしれないねぇ……」

 

 その曖昧で荒唐無稽な物言いにエリオは気の抜けた返事しか返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆けること一分足らず、ウィズは目的の人物の気配を色濃く感じ取れるようになっていた。

 

(近いな、多分もうすぐだ)

 

 五感とは違う別種の感覚を頼りに足を動かす。

 

 そこに迷いはなく、進む先に気配の源があることを微塵も疑っていない足取りだった。

 

 場所はホテルアルピーノから数百メートル離れた位置にある森林地帯。

 

 一昨日練習場所にしていた場所とは別の森林だが、不自然な静けさを感じる。

 

 鳥の囀りや小動物の甲高い声、虫の鳴く音など生命の音が全く感じられない。

 

 ウィズはその異常に気付きながらも足は緩めない。

 

 獣道すらない木々の合間を抜けていくと、切り開かれたように草木が生えていない開けた空間に出る。

 

 

 そこに、彼は居た。

 

 

 何物にも染められない真っ白の頭髪を風で揺らし、ぼうっと突っ立っている背中が見える。

 

 その背中を捉えたウィズは速度を緩めてゆっくりと歩み寄る。

 

(……また、少しデカくなった、か)

 

 以前見た時よりも大きく感じる背丈はウィズよりもまだ頭半分ほど小さい。

 

 しかし、自分よりも小柄に見える少年の背中が途轍もなく大きく見える。

 

 それは彼が放つプレッシャーのせいか、はたまた自分が委縮しているだけか。

 

(馬鹿馬鹿しい、今更気圧されてる場合じゃねえぞ俺っ)

 

 どちらにしろ憶している自分自身の弱さをウィズは跳ね除ける。

 

 頭を振って切り替え、ウィズは大きく一歩を踏み出した。

 

 その時、ずっと立ち尽くしているだけだった白髪の少年が徐に振り返った。

 

「──あれ? ウィズじゃん。どしたの?」

 

 まるで今気づいたとでも言わんばかりに真っ赤な瞳を見開いて惚けたことを言う。

 

 ウィズはこめかみをひくつかせ、腰に手を当てて少年を見遣った。

 

「どしたのじゃねえ、手前ぇがほっつき歩いて行方不明になるからこうして探しに来たんだろうがっ」

 

 多分に怒気を感じさせる口調に鋭い眼光が合わさって一般人であれば震えあがる威圧感を感じさせる。

 

 しかし、目の前の少年にはそよ風程度にも感じない圧でしかないようで、笑みすら浮かべ飄々とした態度は一切崩れない。

 

「だって初めて来た場所だし、色々見て周りたくなるのはしょうがないでしょ」

 

 その変わらない態度により一層腹立たしさを覚えるウィズ。

 

「しょうがなくねえよ、お前ここに何しに来たかわかってんだろうな、ネオ!」

 

「ええー、そんなの決まってるじゃん」

 

 白髪の少年、ネオは顔だけではなく今度こそ全身を振り向かせた。まだあどけなさの残る顔立ちで、その赤眼を見開き、笑みを深めて告げる。

 

「楽しませてもらいに来たんだよ、ウィズに」

 

 ウィズはピクリと一度眉を顰め、より一層鋭い双眼を細めて射貫く。

 

 対するネオは緩んだ表情を変えずに笑いながらも真っ向からその睚眥(がいさい)を受け止める。

 

 目に見えない重圧が二人の間に生まれたかのように空気が歪んだ。

 

 常人であれば卒倒してもおかしくない威圧感が周囲を支配する。

 

 ただならぬ空気が流れる中、二人の間を一際強い風が吹き抜ける。

 

 前髪が激しく揺れ動くのも意に介さず、強い輝きを宿す碧眼と赤眼は交差し続けていた。

 

「…………はあ」

 

 一触即発と思われた空気は、風が止み前髪の動きが止まるのを合図に唐突に終わった。

 

 ウィズは疲れたように大きく息を吐いて視線を切る。

 

「お前の態度に一々すったもんだしてても切りがねえな」

 

「えー、ウィズが勝手に変な目つきになったくせに、オレのせいみたいに言われてもなー」

 

 両手を後頭部に回してにやついた表情でゆらゆらと身体を揺らしている。

 

 その態度に苛立ちを感じないと言えば嘘になるが、相手にするだけ無駄であることは重々承知済みだ。

 

 初対面の時から変わらない性格に飽き飽きしながらウィズは頭を掻いて愚痴を零す。

 

「第一、どうしてこんな森の中に入ってんだ」

 

「んー、だって森を見つけたらとりあえず飛び込むでしょ?」

 

 さも当然のことのようにそんなことを宣うネオに呆れを通り越して白けた視線を向ける。

 

(猿か何かかこいつ……)

 

 先の発言然り、ここまでの道中獣道すらなかったことから木々を飛び移るようにしてこの場所に辿り着いたのであろうことが伺えたために浮かんだ思考である。

 

 ネオはウィズの抱く感想や反応などには微塵も関心を払わず、不満そうに周囲を眺めていた。

 

「でもここの森、というかこの世界は平和過ぎてダメだね。とりあえず気配をまき散らしてみたけど襲い掛かってくる動物が全然いなかったし」

 

「この静けさはそのせいかよ」

 

 平和な森の一帯に突如として出現した危険生物の気配を敏感に察知した住人たちが我先にと逃げ出す光景が脳裏に浮かぶ。

 

 不自然なまでの静寂を生み出したであろうその少年は自身の仕出かしたことの異常性を自覚する気もなく、口角を上げて変わらぬ調子で口を開いた。

 

「飽きたしさっさと始めようよ」

 

「……お前」

 

 思わずどこまでもマイペースなネオを睨め付けるが悪びれた様子など全くない。

 

 白髪の少年は終始穏やかに見える笑みを崩すことなく佇んでいる。

 

 一見すると彼が温厚な人物に見えるかもしれないが、()()()()()()()()()()はよく知っている。

 

 そもそもネオという人物が知っている人間的な表情はコレだけなのだ。

 

 だから、ウィズは一々この異端な少年の態度や表情に対して思うことなどない。

 

「ねーねー、早くやろうぜーはーやーくー」

 

 訂正、やはりムカつくものはムカつく。

 

「ええい! いいからまずは付いて来い!」

 

 手前勝手なネオを怒鳴りながらとりあえず彼を保護者の元まで送り届けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、戻って来たみたい!」

 

 今回一番早く気付いて声を上げたのは金髪でオッドアイの少女、ヴィヴィオだった。

 

 大人たちは一度ホテルのロビーへと入っていったが、ヴィヴィオたち子供組はホテル前のテラスでウィズが戻ってくるのを待っていたようだ。

 

 こちらを確認して笑顔で大きく手を振る姿にウィズは癒しを感じながらも表情は変えずに歩む。

 

 そんな愛らしい少女の仕草はウィズの後ろから身体を落ち着きなく揺らして付いて来る人影を捉えた瞬間、ピタリと止まった。

 

(まっ、俺を知ってれば当然こいつも知ってるよな)

 

 最も自分の名が世に知れ渡ったと思われる一戦、その対戦相手のことを知らないと思う方が不自然だ。

 

 固まる少女たちの反応を窺いながらホテル前まで着くと、彼女たちの声を聞きつけて大人たちも表へ出て来る。

 

 その中には当然ジンの姿もある。

 

「あ、ジンだ」

 

 まるで今思い出したとでも言わんばかりに能天気な調子の声が響く。

 

 その声を聞き取ったジンは苦笑してネオを暫し見つめた後、ウィズに向かって申し訳なさそうにしながら頭を下げた。

 

「ごめんねぇ、いつも迷惑かけるねぇ」

 

「まあ、相手がコレですし気にしないでください」

 

「そうそう、気にしない気にしない」

 

「……手前ぇが言うな」

 

 コレ呼ばわりされた当人はそんな皮肉などどこ吹く風な様子でケラケラ笑っていた。

 

 この問題児が反省する姿が想像もできないと呆れていると、自分たちに視線が集まっていることを察する。

 

 ウィズの試合相手であり先ほどまで行方不明となっていた人物なのだから注目されるのは当然であろう。

 

 ウィズはとりあえず簡単な自己紹介を促すために肘で小突いた。

 

 いや、小突こうとしたが、パシリとごく自然な動作で肘を受け止められた。

 

 無性に腹が立った。

 

 しかし、ここはグッと我慢した。

 

「……おい、今日試合会場を用意してくれた方々だ。挨拶ぐらいしろ」

 

「んー? 名乗ればいいの?」

 

 場の空気など読めない白髪の少年はウィズの言葉の意味をいまいち理解していない様子だった。

 

 それでいいから、とウィズは投げやり気味に頷いた。

 

「じゃあ……名前はネオ、職業はえーっと、チャンピオン? とりあえずよろしくー」

 

「適当過ぎんだろ……」

 

「色々とすみませんねぇ」

 

 まともに挨拶すらできない問題児にウィズは頭を抱え、ジンはホテルアルピーノの面々に謝罪した。

 

 一同がぎこちない笑みを浮かべる中、メガーヌやルーテシアが前に出て言葉をかけようとした、その時だった。

 

 ゴウッと一陣の風が吹いたかと思えば、俊敏な動きで二人の前に立つ黒い影があった。

 

「が、ガリュー?」

 

 ルーテシアの口から戸惑いの声が漏れる。

 

 その影の正体はルーテシアの忠実な使い魔、人型の無骨な黒い蟲、ガリューだった。

 

 成人男性ほどの背丈を持ち、全身を硬い甲殻で覆い、しなやかな身体つきをした生物がその五つ眼を細めて立ち塞がった。

 

 ガリューからは明確な警戒心を感じ取れる。現に主人とその母を守るように立ち回っている。

 

 そして、過敏な行動を取ったのはガリューだけではない。

 

「キュクルゥゥッ」

 

「え? フリード、どうしたの?」

 

 これまでのマスコット的な甲高い鳴き声とは真逆の低い威嚇の声を放つ白い飛竜。

 

 主人であるキャロの眼前に回り、フリードリヒは小柄ながらも懸命に唸り声を上げる。

 

 普段は大人しい小竜の行動に困惑の色を隠せないキャロ。

 

 召喚獣二匹が誰に対してこうも過剰な反応を示しているかなど考えるまでもない。

 

「お? もしかしてオレ?」

 

 白髪の少年、ネオに向かって二匹は明確な敵愾心を抱いている様子だった。

 

 何の前触れもなく威嚇行動を始めた召喚獣たちを諫めようとルーテシアとキャロが必死になっている。

 

 周囲も突然のことに戸惑っていた中、反対にどこか納得した様子を見せている人物が約二名。

 

「正しい反応だな」

 

「違いないねぇ」

 

『ええっ!?』

 

 初対面の人間に対して十分失礼な反応であるはずなのに、ウィズとジンは寧ろ肯定するような発言を零していた。

 

 当然殆どの人物から困惑の声が上がる。

 

 いずれにしろこれでは話を進めることも難しいため、主人は自身の召喚獣を何とか落ち着かせた。

 

 場が落ち着こうとしたそんな時。

 

「──へえ、やっぱり」

 

 能天気なようでいてどこか底冷えするような声が聞こえた。

 

「この世界にも面白そうな動物は、いるんだね」

 

 ゾッ、と一部の人間の背筋に寒気が走る。

 

 一瞬だけ覗いた獰猛な笑みとそれに伴う重圧に反応できたのは歴戦の魔導士たちのみだった。

 

 しかし、誰かが何かしらの行動を起こす前にケロッとネオは何事もなかったかのように表情をにこやかなものへと変える。

 

「でも、そんなことよりも今はもっと楽しめそうなのがいるからねー」

 

「っ、おい、この人たちに迷惑かけるのだけはやめろ。マジで目が離せねえ奴だな」

 

 一瞬、本性を曝け出そうとしたネオに冷や汗をかきながら背後を向いて釘を刺す。

 

 釘を刺された本人は何のことかわかっていないようで首を傾げている。

 

「いや、本当申し訳ないですねぇ」

 

 不穏な空気を醸し出したことに保護者のジンがペコペコと頭を下げていた。

 

(ジンさんが中々管理世界に戻らないのってこいつのせいじゃないよな、さすがに)

 

 そこまで見境なく人様へ迷惑行為を働くほど螺子が緩んでいるとは思いたくないウィズだった。

 

「と、とにかく! 俺とこいつはすぐにでも模擬戦を始めようかと思いますのでセッティングをお願いしてもいいですか!」

 

 何だかもうこれ以上この危険生物と善良な方々を関わらせてはいけないという謎の使命感に駆られ、ウィズは早口で捲くし立てた。

 

「あ、うん、準備は終わってるから位置に着いてもらえればすぐに始められるけど」

 

 その気迫に押され気味になりながら陸戦場の準備をしたルーテシアが答えた。

 

「そうか、よし、とっとと行くぞ」

 

「なんでいきなり焦ってるのか知らないけど、はいはーいその前にちょっといい?」

 

「……んだよ?」

 

 また何か余計なことを口走るのではないかと訝しんでいたが、ネオが口にしたのは試合の内容についてだった。

 

「今日はめんどくさいルールとかいらないでよくない?」

 

「めんどくさいルールってのは例えばなんだ?」

 

「ダウンとかあの数字のやつとか」

 

「数字? ……ああ、ライフのことか? そうだな、公式戦じゃねえしライフもダウン判定もなしにするか」

 

 先日のなのはとの模擬戦のように、いやそれ以上に実戦形式な試合を行うことを意味していた。

 

 ウィズが同意してくれたことに気分を良くしたネオがうんうんと頷いている。

 

「だよねだよねー、ならもう時間もなしで」

 

「おっと、ちょっと待ってねぇ」

 

 二人でルールを好きに設定しようとしていたところにスーツ姿の男が割って入る。

 

 ぬっと音もなく二人の間に入って毅然と告げた。

 

「制限時間は設けさせてもらうよ。じゃなきゃこの試合おじさんは認めないからねぇ」

 

「えーなんでー」

 

「あのねぇ、おまえさんやウィズ君が無制限でやり合ったら絶対怪我しちゃうでしょうが。だから試合時間は20分がいいとこだねぇ」

 

「えー短い、200分で」

 

「いや長いねぇ。え、寧ろ3時間超も戦う予定だったの?」

 

 その後もネオはぶーすか言っていたがジンは意見を変えずに結局試合時間は20分ということになった。

 

 ウィズも正直なところでは全くの無制限で戦いたいところではあるが、多忙の中時間を作ってくれた人の言葉を無下にすることはできなかった。

 

 ぶーたれる白髪の少年を引っ張って二人は陸戦場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された面々も近くで観戦するために移動を開始した。

 

 その道中、なのはたちは先程出会った少年のことについて話し合っていた。

 

「さっきはちょっとびっくりしたね」

 

 なのはがぽつりと呟いた言葉に反応したのは並んで歩いていたフェイトだった。

 

「うん、ほんの一瞬だったけどあれは……」

 

「殺意、だったね」

 

 フェイトが濁した言葉をなのはは小声ながらもはっきりと口にする。

 

 数多くの現場を経験している二人だからこそあの少年が発した瞬間的な重圧の正体を看破できた。

 

 なのはの言う通り、あれは正しく『殺意』だった。

 

 しかし、ネオのそれは人間の悪感情から生まれるドロドロとしたモノではなく、例えるなら獣が獲物に対して向ける単純にして明確な意思だ。

 

 流石のなのはたちでもそこまで見分けられたわけではないが、普通の子供が発せられるモノでは決してないことはわかった。

 

「フリードたちの威嚇行為の報復、って感じでもなかったし多分あの子の根本的な気質なのかな」

 

「ウィズと保護者の方は理解してたみたいだったけど、少し心配だな」

 

「ウィズくんがあの子と戦うこと? それともあの子の境遇のこととか?」

 

 ただでさえ心優しい親友が子供のこととなると無類の心配性を発揮することはよく知っている。

 

 今回の場合、その心配する相手というのがどちらのことを言っているのか。

 

 フェイトは顔を覗き込むようにして聞かれた問いに眉尻を下げながら笑って答える。

 

「あっちの子も気になるけど保護者のクライストさんはいい人みたいだから、初対面で事情も何も知らない私が出る幕はないかなって」

 

 前方にはエリオやキャロと穏やかに会話しているスーツ姿の男性が見える。

 

 中々インパクトの強かった第一印象はともかく、ホテルのロビーに案内した時などに少しだけ会話した印象としては良識のある温厚な人であると感じられた。

 

 そんな人が傍にいるのだから部外者の自分が口出しをする権利はないとフェイトは言う。

 

「だからやっぱりウィズのことが心配かな。怪我とかしなければいいけど……」

 

「前の決勝戦からすると大分激しい試合展開になるかもしれないね。あー、でも今日は練習試合だし、きっと大丈夫だよ」

 

 なのはは不安そうに顔を歪める友人に前向きな言葉を掛けると同時に自分の気持ちも落ち着かせる。

 

 彼女も胸の奥に言い知れない不安感を感じていた。

 

 試合を映像越しに見た時には感じず、実際に二人が並んだ瞬間を見た時から感じる胸をざわつかせる何か。

 

 何故かあの二人を戦わせてはいけないという漠然とした嫌な予感が浮かぶ。

 

 何の根拠もないその感覚を結局言葉にすることはできなかった。

 

 

 

 

 

「お前らは随分と静かだったな。チャンピオンに会ったら、てっきりウィズの時みたいな感じになるかと思ったんだが」

 

 一番先頭を歩いている集団、ノーヴェと子供たちは落ち着きなさそうにそわそわしている初等部組に対してノーヴェが感じていた疑問を聞いていた。

 

 聞かれた三人は互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

「そりゃあチャンピオンを間近で見れたことは嬉しいんだけどー」

 

「だけど?」

 

 ヴィヴィオが指を絡ませながら気まずそうな表情で呟き、ノーヴェは首を傾げながらも続きを促した。

 

「なんだか、チャンピオンは近寄りがたいというか……話しかけづらいというか」

 

 彼女の言葉に同意するようにリオとコロナも隣で頷いていた。

 

「あー、まあ、そうかもな」

 

 思わずノーヴェは小さな少女たちが受けた印象に同意する。

 

 あのにこやかな表情の裏に隠された本性の一部分を感じ取れてしまったが故に思わず頷いてしまう。

 

 どうやら子供たちは先程ネオの放った重圧に気づいたわけではないようだが、曖昧ながらも嫌な気配というものを感じてしまったのだろう。

 

「何だかちょっと怖い感じがするよね」

 

「試合映像を観ちゃうと尚更、ね」

 

 リオとコロナがそれぞれの感想を述べていると、後ろからルーテシアがひょい、と二人の間に顔を出した。

 

「ねえ、あのネオって人はどんな選手なの?」

 

「ルーちゃん気になるの?」

 

「まあ、ねえ……ガリューがあんなに警戒するなんてあんましないし、ちょっと気になって」

 

 普段は大人しい召喚獣があれだけ激しく反応を示したのだからルーテシアの疑問も尤もだ。

 

 コロナは彼女の疑問に応えるようにデバイスを介して試合映像を検索する。

 

「えーっと、わかりやすいのはこれかな?」

 

 数多あるチャンピオンの試合映像の中から一つの映像を選択する。

 

 虚空に映し出されたモニターにルーテシアだけでなくノーヴェ、それに近くにいたアインハルトも一緒に覗き込む。

 

 その映像は昨年のIM世界戦の試合だった。ウィズとの決勝戦ではなく、2回戦目の試合のようだった。

 

 相対する二人の選手、一方は白髪の少年のネオであり、もう一方の対戦相手は身の丈ほどの大剣を装備した青年だった。

 

 大剣型のデバイスを構えた青年が張り詰めた表情を浮かべているのとは対照的にまるで緊張した様子もなく微笑みを浮かべるネオ。

 

 ゴングが鳴る直前だというのに構えすらまともに取らない姿勢と合わさって不真面目で相手に不快感を感じさせてもおかしくはない。

 

 そして、試合開始のゴングが鳴る。

 

 大剣を持った選手はゴングと同時に猛然と襲い掛かる。

 

 ネオは微動だにせず開始前と変わらず、ただ立ち尽くしていた。

 

 数瞬で距離を詰めた相手が上段に構えた剣を振り下ろす。

 

 前進する勢いと合わさって強烈な一撃となったその斬撃は巨岩でさえ叩き斬る威力があっただろう。

 

 しかし、ネオはそれを片手で防いだ。

 

 右腕を軽く上げて受け止め、跳ね返した。

 

 相手選手が驚愕に顔を歪めながらもすぐに体勢を立て直して再度大剣を振るう。

 

 今度は当たる直前に剣の腹を掬い上げるように払い、紙一重で躱した。

 

 尚も大剣使いは武器を振るう。

 

 何回も、何十回も斬撃を浴びせかけたがその悉くが防がれ、躱され、受け流された。

 

 全く手応えのない連撃に肉体的にも精神的にも疲労を感じたのか、相手は一旦距離を置いた。

 

 瞬間、ネオの口元が何らかの言葉を紡いだように動く。

 

 相手が大きく飛び退いた直後、その眼前にネオは居た。

 

 予備動作の一切ない高速移動に相手は瞠目する。

 

 構わずネオは右腕を振るう。

 

 武器を持っていない素手の攻撃であったが、それには途轍もない圧力が込められていた。

 

 反射的に大剣で受けようとするが、右手と接触した瞬間、僅かに競り合ったかと思えば刀身が粉々に砕け散った。

 

 信じられない様子で目を見開いているが、ネオの攻撃は終わっていない。

 

 続いて放たれた返しの左腕が大きく真横に振るわれる。

 

 体感的にほぼ同時に放たれたその一撃を避けることは叶わなかった。

 

 顔面を横から振り抜き、相手選手はまるで自動車に跳ねられたかのように吹き飛んだ。

 

 そのまま幾度も地面を転がり、場外へと身体を投げ出してそのまま起き上がることはなかった。

 

 試合終了、映像はとりあえずこの場面で一時停止された。

 

 映像が停まり、場を支配していたのは沈黙だった。

 

「……えーっと、え、なに? 圧倒的過ぎない? これ世界戦なのよね?」

 

 まず口を開いたルーテシアが困惑した声を上げる。

 

 反撃をしたかと思えば、一瞬で勝敗が決した結末、しかもそれが世界代表戦という屈指の強者が集う大会だと言うのだから驚きも一入だろう。

 

「随分と一方的だな。相手選手もレベルが低いわけじゃなさそうなのに」

 

 ノーヴェは対戦相手の実力も推測した上で驚きを露わにしていた。

 

「大体の試合がこんな感じみたいなんです」

 

 コロナもネオの試合をすべて知っているわけではないので少し曖昧な言い方になってしまう。

 

「苦戦してるところって見たことないよねー」

 

「試合展開としてはまず相手の攻撃を受けてから、攻勢に回って一気にってパターンが多いよね。例外はウィズさんとの試合とほんの少しだけかな」

 

 リオとヴィヴィオが補足するようにチャンピオンの試合の印象を話している。

 

 それを横から聞いていたルーテシアが首を傾げる。

 

「絶対受けに回るの? あんなに強いなら最初から攻めてもよさそうだけど」

 

「そういう戦闘スタイルとしかわからないんだよね」

 

 ヴィヴィオは以前に彼が記者から同様の質問をされた時も『だってそういうものでしょ?』と要領を得ないことを微笑みながら答えていたインタビュー映像を思い起こしていた。

 

「まずは相手の力量を見極めてからってことじゃないかな!」

 

「でも、反対に相手の方が攻めてこないと様子見もせずに倒してるけど」

 

 皆がチャンピオンの試合運びに揃って首を傾げる中で、アインハルトはほんの少しだけ眉をひそめていた。

 

 その理由はネオが試合中ずっと笑っていたことだ。

 

 まるで余裕を体現しているかのような微笑みを終始崩さずに戦う姿に思うところがあった。

 

 だが、アインハルトに宿る覇王の記憶の中にある聖王の微笑みとは明らかに違う。

 

 彼女の憐れみと優しさが合わさった笑顔とは全く別種であり、また蔑み見下す冷笑の類でもない。

 

 感情の籠っていない貼り付けたような笑顔だと感じてしまえば、アインハルトのが感じた不快感は少しだけ小さくなった。

 

 何よりそれ以上に胸の内に残るのはこれから始まる試合への期待と興奮だ。

 

 アインハルトはまだ足元にも及ばないと感じるウィズと言い知れない威圧を放つ王者の一戦に知らず知らずのうちに胸を躍らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あー、ごっほん。それじゃあ改めて試合内容の確認をするねぇ』

 

 昨日、なのはと模擬戦を行った廃都市を模した陸戦場に今は二人の男が立っている。

 

 黒髪に碧眼の少年と白髪に赤眼の少年。言わずもがなウィズとネオだ。

 

 対峙する二人の間に映し出されているのは離れた観客席からの中継映像だった。

 

 映し出された人物は中年のスーツ姿の男であり、ネオの保護者のジンが少年たちに対して注意喚起の意味を込めて今回の練習試合のルールを説明している。

 

『今回の試合ではダウン制は取らずライフポイントも使わない……正直に言ってどうかとは思うけどねぇこれ。その代わりどちらかが降参したり意識を失えば即座に試合終了だ、いいねぇ?』

 

「わかりました」

 

「あーい、というか参ったするなんてないない」

 

 素直に頷くウィズと降参だけはないと断言するネオ。

 

 それは自分が降参するわけがないという自信とウィズもそんな弱気な発言をすることはないという信頼の言葉でもあった。

 

 当然ウィズも何も言わない。無言の肯定だった。

 

『……あとは、試合はこの時計できっかり20分経過した時点で終了とする。これだけはぜっったいに守るんだよ? いいねぇ?』

 

「わかってるってば、いいから早く始めてー」

 

 ネオは最早辛抱たまらないのか身体を揺すって落ち着きのない様子を見せている。

 

 それはウィズも同じことで、ジンの注意に無言で頷きながらも身体中から強い熱気を放ち、臨戦態勢へと移行している。

 

 昨日の模擬戦では感じなかったその熱は、今日の試合がどれだけ彼にとって重要かどうかを物語らせている。

 

 そんな二人の様子を見て、ジンは嘆くように首を振って一度息を吐いた。

 

『じゃあ二人とも試合を始める前にジャケットは着てねぇ』

 

 この魔法社会において有事の前のバリアジャケットの着装は常識中の常識である。

 

 現にウィズは瞬時に右腕に着けた赤い腕輪を介して純白のジャケットへと姿を変える。

 

 だが、ネオは一瞬頭をひねったかと思えば目の前で人が光に包まれる光景を目にしてようやく手を打ち合わせる。

 

「えーっと、せっとあっぷ、だったっけ?」

 

 片言で呟かれた起動の合図に反応したのは首から下げた鎖の先に繋がれた菱形の金属片だった。

 

 灰色の金属が鈍い光を放つと同時にネオの身体を中心に烈風が吹き荒れる。

 

 竜巻のように激しい渦が土煙を巻き上げ、白髪の少年の身体が見えなくする。かと思えば、次の瞬間には内側から弾けるように渦が消え去った。

 

「これでいーでしょ? 早く始めようよ」

 

 ネオは赤を基調として黒色や金色の装飾が施されたジャケットと黒のズボンを身に纏った姿に変わっていた。

 

 そこだけ見れば特に変わった服装でもないのだが、両手をバンテージのような薄い布で覆い、さらに敢えて素足の状態になるのは彼くらいであろう。

 

 トントンとその場で軽く飛び跳ねながら催促している。

 

『…………それじゃあ、二人とも準備はいいかい?』

 

「いつでもどうぞ」

 

 ウィズは半身になり左手を突き出すようにして構えながら静かに答える。

 

「はーやーくー」

 

 対するネオは構えなどなく自然体で身体を揺らしている。

 

 棒立ちに近い姿勢のまま一切気負った様子もない態度からは、とてもこれから試合を開始する雰囲気を感じられない。

 

 しかし、白髪の少年を射貫くウィズの視線に苛立ちや呆れといった感情は欠片も無い。

 

 相手を鋭く睨み付ける翡翠の瞳には最大限の警戒心と確かな戦意が宿っていた。

 

 そして、ウィズの意思に呼応するようにネオの赫の瞳が怪しく輝き、笑みを深める。

 

 試合開始の合図を待たずして飛び出しかねない雰囲気を醸し出す二人に待ったをかけるようにジンが慌てて口を開いた。

 

『よ、よし、これからウィズ・ファルシオン対ネオ・クライストの練習試合を始めるよっ』

 

 いよいよ試合のゴングが鳴ることを察したネオはこれまでの落ち着きのない様子が嘘のようにピタリと静止する。

 

 笑みを浮かべたまま相手を見つめ、見つめられた相手も睨み返す。

 

 観客席からモニター越しに見つめる少女たちが固唾を飲んで見守る中、ジンはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

『試合────開始っ!』

 

 合図と共に仮想のゴングが甲高い音を立てて鳴り響いた。

 

 ウィズは試合開始の『か』という音を耳にした時点で動き出していた。

 

 大きく一歩踏み出し、様子見という守勢的な考えは切り捨てて相手の懐へ飛び込まんとした。

 

 

 ────『岩盤返し』

 

 

 突如、目の前に壁が出現した。

 

「──────」

 

 ウィズの眼前に何の前触れもなく巨大な壁が立ち塞がった。

 

 いや、壁の正体と原因はわかる。何故なら、見えていたからだ。

 

 ネオの右足に力が込められ、硬く舗装された道路を易々と踏み抜いた瞬間を。

 

 目の前に現れた壁の正体、それはアスファルト舗装された道路だった。

 

 廃都市を模しているこの陸戦場の左右をビルで挟まれた道路上で向かい合っていた二人。

 

 一体全体どういう原理なのか、車道だけでなく歩道部分まで丸ごと繰り抜かれたように道路がごっそりひっくり返された。

 

 原理は理解できないがこの現象を引き起こしたのは壁の奥にいる少年であることは間違いない。

 

 それだけ理解できれば、ウィズにとっては十分だった。

 

 ウィズはそのまま止まらずに右腕を突き出した。

 

「オラァッ!」

 

 豪快な音を立ててアスファルトが粉々に砕け散る。

 

 魔力を込めているとはいえ、殆ど生身の拳で易々とアスファルトの道路を砕く彼の腕力は驚異的なものだ。

 

 強力なパワーで砕かれた道路の破片はまるで散弾銃のように前方へ撒き散らされた。

 

 当然礫と化したその破片はその先にいるであろう白髪の少年に殺到する。

 

 恐ろしい数となって迫り来る石礫を躱すことは簡単ではなく、防ぐにしてもその場で足を止めることになり隙ができる。

 

 その隙に相手の懐に潜り込むことはそれほど難しい話ではない。

 

 全てはあの少年が常識外れにして規格外の人物でなければ、の話だが。

 

 ウィズは破壊した道路の壁の先にネオの姿が見えないことに気づく。

 

「──ッ!」

 

 背筋に走る寒気にも似た感覚によって反射的に顔を上げる。

 

「クハッ」

 

 直後、上空から高速で飛来してきた何かがウィズに襲い掛かってきた。

 

 巨大な壁ごと押し潰さんと飛びかかってきたソレはまるで猛獣のような圧力を伴っていた。

 

 辺り一面が激しく罅割れるほどの衝撃が走り、大きな土煙を上げる。

 

 立ち込める土煙を掻き分け、ウィズは地面を滑るようにして後方へ飛び出した。

 

「ちっ!」

 

 今の奇襲はギリギリで避けられたが、出鼻を挫かれたことの苛立ちからか舌打ちを一つする。

 

(相変わらず獣以上に素早い奴だ)

 

 地面をひっくり返してから飛びかかるまでの俊敏さに舌を巻くが、ウィズはこれがまだ本気の速さではないことを知っている。

 

 魔力を殆ど使わず、持ち前の身体能力だけで動いてるという事実を認識する。

 

 ウィズが気を引き締めて態勢を立て直そうと脚に力を込めた時、目の前の土煙から黒い影が現れる。

 

 その人影、ネオは身を低くして凄まじい速度で襲い掛かってくる。

 

「ハハハッ!」

 

 楽しそうな笑い声を零し、瞳を爛々と輝かせた喜悦の表情で真っ直ぐウィズへ向かってくる。

 

(くそっ、低い!)

 

 地面に顎が付きそうなほどの低空姿勢に思わず顔を歪める。

 

 迎撃がしにくい低空の突撃への対処法を考えようとするが、一瞬の間にネオは距離を詰めてきた。

 

(関係ねえ、脚を取ろうとした瞬間にぶち込んでやる)

 

 ウィズは脚に組み付こうとするネオの顔面に狙いを定めて拳を振り上げた。

 

 しかし、ネオは足元にまで迫ってきた瞬間、急激に動きを変えた。

 

 脚に組み付くのではなく、そこからホップするようにウィズの顔面に目掛けて拳を撃ち込んできた。

 

「ッ、のやろっ!」

 

 その奇怪な動きを視認して、半ば反射的に迫り来る拳へと狙いを変えて迎撃する。

 

 衝突する拳と拳。

 

 硬く握り締められたソレは互いに鋼鉄をも砕く必殺の威力を誇っている。

 

 打ち下ろしの右と突き上げる右がぶつかり合い、周囲に突風のように衝撃破が吹き荒れる。

 

 ウィズの相手を射殺すような鋭い眼光とネオの狂気的な光を宿す喜悦の瞳が交差する。

 

 拮抗はほんの瞬きの間だった。

 

「ぐっ!」

 

 短く苦痛の声を漏らしたウィズは鈍い痛みと共に右腕が弾かれた。

 

 突進の勢いまで乗せたネオの拳を抑え込むことはできなかった。

 

 予想以上の反動に身体が後ろに流され、態勢が崩れる。

 

 そして、それを見逃すほど目の前の獣は甘くない。

 

「それ!」

 

 すかさず身体を捩じり、鞭のようにしならせて風を切り裂く上段蹴りが放たれる。

 

 顔面を狙ってくるその蹴打をギリギリの所で間に腕を挟んで防ぐ。

 

 しかし、直撃は防いだが衝撃を完全にいなすことはできずに身体が大きく横に投げ出される。

 

 骨まで響く驚異的な威力に顔を歪ませながら必死に態勢を整える。

 

 辛うじて地面に着いていた片足に力を込めて、それ以上バランスを崩さないように踏ん張った。

 

 だが、ウィズが完全に態勢を整える前に追撃が来る。

 

 猛然と距離を詰めてきたネオは笑いながら腕を突き出した。

 

 それは掌底打ち、と呼ぶにはあまりにも歪な突き方だった。

 

 まるで爪を立てるように指を中途半端に曲げ、手首の辺りではなく掌で殴ろうとする突き方。

 

 突き指などの怪我の恐れもあるし、そもそも力が乗るやり方とは思えない異様な攻撃方法だ。

 

 ウィズはその突きを必死の形相で躱す。

 

 鼻先を掠めるように通り過ぎた際の凄まじい風切り音と身の毛もよだつ風圧から、その打撃に凶悪な破壊力が秘められていることがわかる。

 

 直撃すればただでは済まないと思わせるには十分な威圧感だった。

 

「──ッラァ!」

 

 それでもウィズは臆することなく反撃する。

 

 バランスを崩して片脚立ちの状態であったにも関わらず、残った脚を軸に右腕を振るう。

 

 ネオの顔面を粉砕せんと振るわれた拳打は相当な力が込められていたことだろう。

 

「ハハ、遅い遅い!」

 

 しかし、白髪の少年は恐ろしい速度で放たれた横からの一撃をあっさりと躱す。

 

 腕を突き出して隙だらけに見えた状態から身を捩ってひらりと寸前で避けていた。

 

「ほぉら、隙あり!」

 

 さらに不安定な態勢になった筈のネオがそのまま当然のように反撃してくる。

 

 振るわれた腕と交差するようにネオの腕が伸びて、ウィズの顔面を鷲掴みにした。

 

 ギシリと頭蓋が軋む痛みを感じると同時に浮遊感が襲う。

 

「ごはっ!」

 

 次の瞬間、ウィズは背中から地面に叩きつけられていた。

 

 道路が罅割れ、身体が半ばまでめり込むほどの衝撃に、苦痛の吐息が漏れる。

 

 脚を薙ぎ払われ、抵抗する間も与えられずに押し潰された。

 

 そのあまりにも素早く流れるような動作、そして圧倒的なパワーによる投げに全く反応ができなかった。

 

 ウィズが苦痛と屈辱によって顔を歪めるが、すぐに目を見開いて驚きを露わにする。

 

 視線の先には地面に倒れ伏した自分に対して追撃を加えようとするネオの姿があった。

 

 右手の先を真っ直ぐに伸ばし、軽く上半身を捻って水平に振りかぶる構えを見て、ウィズは死神が鎌を振り上げるイメージが頭を過った。

 

「~~~ッ!」

 

 背中から広がる苦悶も忘れ、必死の形相で身体を転がす。

 

 一瞬前まで首があった位置に亀裂が走る。

 

 居合斬りの如く振り抜かれた王者の右手はアスファルトの大地を軽々と両断していた。

 

 ゴガァァ! と遅れて鈍い破砕音が鳴り響く。

 

 その手刀による斬痕は道路だけでなく射線上にあった真横のビルにまで及んだ。

 

 ビルの一部が倒壊し崩れる。豪快な瓦礫の落下音と共にズシンと衝撃が伝わる。

 

 黒髪の少年はその惨状などお構いなしに地面を転がる勢いを利用して相手に脚払いを仕掛けた。

 

 鋭い蹴りをネオの足首に向けて放つが、手応えは一切ない。

 

 何故なら、命中する直前にネオが音もなく跳躍し、空を切ったからだ。

 

 恐るべき勘の鋭さと反射神経だった。

 

 ウィズは自分の蹴りが躱される光景と共に空中で回転してこちらへ振り向く男の鋭利な笑みを視認する。

 

 咄嗟に両腕を顔の前で交差させていた。

 

「ほい、と」

 

 軽い掛け声を発し宙に跳んでいる状態でありながら力強く蹴り抜いてきた。

 

 凄まじく重たい蹴打によって受け止めた両腕は弾き返され、顔面を強打される。

 

「がは──」

 

 たまらず呻き声を零しながらウィズの身体は大きく吹き飛ばされ地面を転がった。

 

 

 

 

 

 

 試合が始まってたった数十秒の間に行われた攻防に観客席で眺めていた面々は息を呑む。

 

「嘘でしょ……」

 

 ミッドでのアインハルトや昨日のなのはとの模擬戦を見てウィズの実力を知ってるからこその驚きだ。

 

「あのウィズさんが殆ど一方的に」

 

「なのはさんとも互角に渡り合ってたのに」

 

 エースオブエースと謳われる高町なのはと互角以上の魔法戦を演じた彼が防戦一方にまで追い込まれている。

 

 魔法戦と格闘戦の違いこそあれ、少年が格闘戦技者という事実を鑑みれば今のような接近戦を何よりも得意としている筈だ。

 

 だと言うのにその格闘戦で後れを取っている現状に信じ難いものがあった。

 

 彼が一度負けている相手だとは聞いていたが、実際の試合映像を見ていない面々は予想していた以上に高い王者の力量に驚きを隠せない。

 

 では元々ネオの実力を知っていた子たちが驚いていないかと言えばそうではない。

 

「やっぱりチャンピオンは強いー」

 

「ウィズさんも以前より強くなってる筈なのに……」

 

「まだこれだけ実力に差があるなんて」

 

 これまで直に見てきたからこそ少年の実力が向上していることを感じ取っていた。

 

 彼があの敗戦からどれだけ苛烈な修練を積んできたのか想像に難くない。

 

 それでも届かない王者との実力差に少女たちは戦慄する。

 

 それは傍らで観戦する碧銀の髪の少女も同様だった。

 

 自分を簡単にあしらった彼が試合開始直後とはいえ防戦一方に追い込まれている姿に驚愕を禁じ得ない。

 

 表情を押し殺しながらも自然と強く拳を握り込んでいることに本人も気付かない。

 

 自分自身が求める強さ、漠然と思い描いていたそれの一つの目標地点として見定めた人物がこのまま終わるわけがない。終わってほしくないという無自覚な期待があった。

 

 アインハルトは二色の瞳を見開き、不安そうに見守る少女たちと同様に食い入るように戦況を見つめていた

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……くそ!」

 

 ウィズは蹴り飛ばされた反動で地面を滑りながらも素早く身体を起こした。

 

 防御を抜かれたとはいえ、威力は大分抑え込むことができたためダメージは少ない。

 

 それでも強い痺れを感じさせる両腕の感触に内心で舌打ちを打ちながらも自分を吹っ飛ばした相手を見据える。

 

 同時にウィズの両眼が大きく見開かれる。

 

「うお!?」

 

 思わず驚きの声を上げてその場から飛び退いた。

 

 先程まで自分が居た地点に轟音を上げて勢いよく通過する巨大な影。

 

 まともに当たればただでは済まないだろうと予測できる物体の正体は、自動車だった。

 

 正確には動くことのない廃車同然の乗用車だ。廃都市を模して造られたこの陸戦場に置かれているオブジェクトの一つだが、何故そんなものが飛んできたかと言えば。

 

「アハハ! そぉれそれ!」

 

 楽しげな声を上げて路肩に駐車されていた普通車をサッカーボールのように蹴り飛ばすネオの姿があった。

 

 ゴォン! と衝突音が鳴り、フロント部分を盛大にへこませて自動車が宙を舞う。

 

 相当な重量のある自動車が正確にウィズを狙って凄まじい勢いで向かってくる。

 

 それが立て続けに二台。

 

 最初は自動車が飛んでくるという現実離れした事態に驚いたが、二度も続けばすぐに慣れる。

 

 すぅ、と呼吸を整えると共に魔力を拳に込める。

 

「ウラァ!」

 

 眼前まで迫ってきた乗用車に左の裏拳が刺さり、重量感のある衝撃が伝わってくるが構わずに振り抜いた。

 

 鈍い炸裂音を上げて一台の乗用車が弾かれてビルに突き刺さる。

 

 続いて迫ってきた軽自動車は掬い上げるように右手が振るわれたことで上に逸れて後方へ飛んでいった。

 

 蹴り飛ばされてきた車を殴り飛ばせば、その影に隠れていたネオの姿が見える。

 

 白髪の少年は猛然とこちらへ駆けて来る。それはいい。問題は彼が手に持っている代物だ。

 

「フハ! どっこいしょっと!」

 

「な!? こいつっ」

 

 ネオが持つ『40』という数字が円盤に描かれた棒状の鈍器が振り下ろされる。

 

 その正体を視認したウィズは顔を歪ませながらも振り下ろしの一撃を避ける。

 

 躱された鈍器が地面にめり込み大きく罅割れて亀裂が走る。

 

 彼が今振り下ろしものは道路脇に埋め込まれていた道路標識であった。

 

 圧倒的な力で無理矢理引っこ抜いたためか標識の根本部分にはアスファルトの一部がごっそりと纏わりついている。

 

 そのアスファルトが付着した根元部分でもってウィズの頭をかち割ろうと躊躇なく振り抜いてきた。

 

 まさかこの男が素手ではなく武器を用いてくるとは思ってもみなかったためかウィズは困惑を隠し切れなかった。

 

 その間にもネオは縦横無尽に鈍器を振るう。

 

「この、くそっ、テメェ!」

 

「どうしたのウィズ? 動きが鈍いよー」

 

 片手で軽々と振るわれる標識は無茶苦茶に振り回されているようで的確にウィズを追い詰めていく。

 

 避けたと思えば振り切る前に突如軌道を変えて再度襲い掛かってくる。

 

 まるで慣性を無視するように理不尽な軌跡を描く連撃を紙一重で躱す。

 

 ゴゥ! と頭の上を過る鈍器に髪の毛が数ミリ持っていかれる。

 

「いい加減に……」

 

 頭を掠めた感覚に臆することなく、ウィズは脚を一歩前へと踏みしめた。

 

 右拳が一際強く輝き、ヴァリッと破砕音が鳴り響いた。

 

「しやがれ!」

 

 ウィズの顔面を粉砕すべく振り下ろされた標識を迎え撃つように右拳が放たれた。

 

 真っ赤な閃光が辺り一面を照らし、爆発したかのような激しい破裂音が轟く。

 

 紅蓮の拳、インフィニットブロウの一撃によって道路標識の柱は蒸発し、ネオの身体を吹き飛ばす。

 

 身体を宙に投げ出した白髪の少年は後方に大きく跳ね飛ばされ──ながらクルリと身体を一回転させた。

 

 そのまま歩道部分に設置されていた街灯の上へと着地する。

 

 まさに猿のような身軽さで細い足場でもバランスを一切崩さず、街灯の上でしゃがみ込むようにしてウィズを見下ろす。

 

「フフッ、ここは色々あって楽しいねー。いつものやつもこんな感じならいいのに」

 

 インフィニットの衝撃も完全に往なしていたのか試合以前からの楽しそうな表情のままネオは独り言のように呟く。

 

 ウィズは反対に不機嫌な様子で眉を顰めて口を開いた。

 

「楽しむのは結構だけどな。まさか手抜きするつもりじゃねえだろうな?」

 

 手抜きとは少年が素手ではなく周囲の構造物を使って襲い掛かってきたことを言っていた。

 

 卑怯だとかそういうことではなく、単純に少年の肉体そのものが一番の凶器であるためだ。道具を使用したこと自体が手加減になる程に。

 

 だからこそ、ウィズは我慢ならなかった。

 

 しかし、相手を射殺すかのような彼の鋭い睨みを浴びせられてもネオは飄々としていた。

 

「だって普段できないことって試してみたいじゃん。まあ、確かにこんな柔いのじゃ大してダメージもない、か」

 

 ネオは半ばから先が無くなった標識の支柱をつまらなさそうに見つめて、ぽいと捨てた。

 

「あとさー、オレよりもウィズの方こそじゃない?」

 

「何?」

 

 白髪の少年がこちらを見下ろしながら不満そうに言い返してきた。

 

 ウィズは言っている意味がわからず訝し気に顔をしかめる。

 

「そんなもんじゃないでしょ? もっとマジにやってよ」

 

 挑発、という自覚はないのであろうが、十二分に煽りを感じさせる言葉をにっこりと笑いながらネオは告げた。

 

 当然、この黒髪の少年が苛立ちを感じないわけがない。

 

「…………上等だ、この野郎っ」

 

 喉の奥から零れる重低音の声と共にこめかみ辺りの血管が浮かび上がり、拳の骨が軋むような音を出す。

 

「ッ!」

 

 次の瞬間にはウィズの姿が掻き消え、同時に道路が大きく罅割れた。

 

 眼で追いきれない程の速度で跳んだ彼は街灯の上でしゃがむネオの真横に瞬時に移動し、既に思いっきり腕を引き絞っていた。

 

 そして、ネオの顔面に向けて剛腕が振るわれる。

 

 自動車すら容易く吹き飛ばすウィズの拳が恐ろしい勢いで一直線に放たれた。

 

 並どころか大会上位の格闘技選手でも反応することすら難しい。それほどの速度と威力を秘めた一撃だった。

 

 だが、今回ばかりは相手が悪すぎた。

 

「違うんだよなー」

 

 視線すら向けず、ネオは軽く腕を上げてウィズの強打を逸らしてみせた。

 

 トン、と横から押すようにして力点を加え、後頭部を掠めて直打が逸れていった。

 

 特大の鉄球が頭を掠めたにも等しい身の毛もよだつ感覚が走る筈だが、この男はそんな常人の感覚など持ち合わせてはいない。

 

「────っ」

 

「もっとさ、あの時みたいにもっとピリピリした感じで来てよ」

 

 自身の渾身の一撃をいとも簡単に防いだ事実に息を呑んだのも束の間、すぐにウィズは視線を鋭くして追撃する。

 

 空中に身を置いたまま相手の身体を薙ぐように横蹴りを放つ。

 

「ほっ」

 

 それを気の抜けるような吐息を零しながらその場で跳躍して回避された。

 

 そのまま同じ街灯に再び着地して立つ。

 

 回避してから反撃する猶予などこれまでに見てきた実力から予測して十分にあっただろう。

 

 しかし、ネオは反撃せずにただウィズを見下ろしている。

 

 まるでこちらを誘っているかのような態度に内心で歯噛みする。

 

 憎らしい顔を粉砕せんと、空を蹴りその勢いに乗せて左腕を振り抜いた。

 

「よっと」

 

 だが、ギリギリのタイミングで上半身を反らして躱される。

 

 構わず反対の腕で殴り掛かる。胴体を穿つ一撃だったが、再びネオの腕が間に割り込み逸らされる。

 

「オォォオオ!!」

 

 ウィズは単発の打撃では終わらせず、素早く腕を引き戻して拳の連打を叩き込んだ。

 

 一発一発が空気を震わせる程の破壊力が秘められた拳撃が繰り出される。

 

 それが短い間に何十発という単位で飛んでくる云わば打撃の嵐、これに晒された相手は一溜まりもないだろう。

 

「おー、速い速い」

 

 それでも白髪の少年を沈黙させることはできない。

 

 ネオの両腕が別の生き物にでもなったかのような柔軟さと俊敏性でもって拳のラッシュを受け流す。

 

 ウィズの拳を叩き、弾き、逸らし、滑らせ、外されて全てが虚しく空を打つ。

 

 不安定な足場でさらに殆ど片足立ちという状態でありながら、余裕の笑みすら浮かべて高速の連撃を捌き切る。

 

「ウ、オオォォッ!」

 

 自身の猛攻が完璧に受け流されてる事実を打ち消すように吠え、一際強く振り抜いた。

 

「はい隙ー」

 

 傍目から見ていて大振り、と呼べるほどの隙があるとは思えない一撃だったが、この白髪の少年にとっては違った。

 

 胸部を穿とうとした拳を両手で受け、グルンと軸足を中心に独楽のように回転した。

 

 その回転に巻き込まれる形でウィズの攻撃は後方に流される。

 

 攻撃を受け流しただけでは終わらず、ネオは一回転した勢いに乗せて右脚を振り抜いた。

 

 ウィズの首筋へと抉り込まれた強力な蹴打。それが当たる直前、辛うじて腕を割り込ませることに成功したが到底威力を殺せるものではなかった。

 

「……がっ!」

 

 まさに蹴られたボールのように為すすべもなく地面へと叩き落され、廃ビルの壁に勢いよく衝突し身体がめり込む。

 

「づ……ッ!」

 

「そォれ!」

 

 全身を軋ませる痛みを感じながらも顔を上げれば、そこには宙に身を投げ出しこちらへ飛びかかってくるネオの姿があった。

 

 両脚を揃えて突貫してくる様はプロレスのドロップキックにも似ていた。

 

 ウィズは猛然と自身の顔面を踏みつぶそうとする突撃を避けるため、前方に転がり出て壁から抜け出す。

 

 直後、盛大な音を上げてコンクリート壁が粉々に砕け散る。

 

「ぐっ……!」

 

 地面を転がりながらも視線を背後へ向ければ、ビルの壁に両脚を埋もれさせて垂直に立つ白髪の少年が見えた。

 

 一見すると間抜けな光景に見えるが、笑っている余裕はウィズにはない。

 

 息つく暇も与えずにネオは右脚を蹴り上げた。

 

 薄氷を砕くように容易く廃ビルの壁を蹴破り、砕かれたコンクリート片が礫となってウィズを襲う。

 

「ちぃ!」

 

 無数に飛来する壁の破片に苛立ちを込めて舌打ちを一つして、飛び上がる。

 

 純粋な魔導士であればバリアで防ぐ場面であろうが、この男はそれをしない。

 

 魔導士であるよりも、拳闘家であるが故に反射的に取った回避行動。

 

 その選択は、悪手だった。

 

「ハハッ! また隙だらけ!」

 

 空中で無防備を晒すウィズにビルの壁を倒壊させる程の勢いでもって、白の少年が弾丸となって飛びかかってくる。

 

 高速の最中に繰り出されたのは人体を容易く粉砕する掌底だった。

 

 中途半端に指を折り曲げた歪な突きがウィズの胴体へ真っ直ぐ撃ち出される。

 

 飛行魔法は勿論、空を蹴って回避する暇もない。

 

 ウィズができたのは両腕を交差させて防御することだけだった。

 

 直後、凄まじい衝撃が全身を襲う。

 

「うごっ……!」

 

 まるで爆発物が目の前で爆破したと錯覚するほどの威力だった。

 

 受けた前腕部分のバリアジャケットが盛大に弾け、防御を抜けてきた衝撃に肺から息が噴き出す。

 

 それでも黒髪の少年は耐えた。

 

 強力な掌底により身体が後方へ投げ出されたが、両の足で着地して地面を滑る。

 

 反対側の廃ビルに激突する寸前で勢いを殺し、一撃の残滓に震える腕を抑え込みながら宿敵を見据える。

 

 

 そして、見据えた先には闇が広がっていた。

 

 

「──―ッ」

 

 ネオはこちらに突貫しながら右腕を振りかぶる。

 

 その右腕に纏わりつくように漆黒が渦巻いていた。

 

 彼の雪のように白い髪とは相反する黒一色に染まった莫大な魔力。

 

 竜巻の如き渦を創り、今にも吹き荒れそうな暴風が右手の先を中心にして一気に凝縮される。

 

 それは鋭利な槍のようにも見え、もっと具体的に表すならばまさに回転切削機(ドリル)のようだった。

 

 自由自在なバトルスタイルを持ち、その日の気分で戦い方を変えるネオが好んで使う云わば十八番の技。

 

 

 漆黒の魔力が螺旋を描き全てを貫くその技の名は、────『螺旋貫手』

 

 

「う、おおおおぉぉぉ!!」

 

 ウィズが思わず声を張り上げてしまうほど、その技は危険だった。

 

 直撃だけは避けるために身体を捻り、首を逸らし、全力で回避をする。

 

 身を躱す最中、ネオの瞳が言い知れぬ輝きを宿し、口元には歯をむき出しにした笑みが浮かんでいるのが見える。

 

 その光景を塗りつぶす勢いで黒の螺旋が眼前を過った。

 

 前髪が散らされ、視界が黒一色に染まったと思った瞬間、ゴッ!! と短くも激しい爆音が轟く。

 

 いや、正確にはウィズの耳がやられてそこまでしか音が聞き取れなかったのだ。

 

 続けざまに身を震わせる程大きな余波が全身を襲う。

 

 眼球を動かして背後を見遣れば、そこには一階部分がごっそりと()()()()()()廃ビルの残骸が広がっていた。

 

 まともに喰らえば自分自身があのビルの残骸のように成り果ててしまうかと思うとゾッとする。

 

 それにまだ右腕に纏った魔力が完全に散っていない。

 

(この間合いは拙い。距離を取らなければっ)

 

 ネオの魔力付与打撃は強力無比であり、受けることすら難しい。

 

 しかもウィズは他にもまだバリエーションが残されていることを知っている。

 

 この距離間で最も威力を発揮する恐ろしい技があることを身に染みてわかっている。

 

 だからこそ、一刻も早く白髪の少年を引き剥がすために一番の信頼を寄せる一撃を放つ。

 

 ヴァリヴァリヴァリ! と鋼鉄を引き裂くような奇怪な音と共に右腕を突き出した。

 

「インフィニットォォ!!」

 

 命中するとは思っていない。だが、牽制には十分な攻撃だ。

 

 回避するか受け流すか、どちらにしろ連撃は止められる。

 

 その隙に距離を取って仕切り直す、ウィズはそこまで思考して技を放った。

 

 ネオは眼前にまで迫り来る紅蓮の拳を視認して、大きく仰け反る────。

 

 

 ────こともなく、凶悪な破壊の赤を掌で受け止めた。

 

 

 ゴオォォ! とインフィニットブロウの着弾の余波が衝撃波となって周囲に吹き荒れる。

 

 だが、それだけだった。幾度となく敵対者を打倒してきたウィズの右拳は、白髪の少年の手によって完全に封殺されていた。

 

「────ッッッ!!」

 

 ウィズは眼を見開いて驚愕を露わにする。

 

 信じられなかった。自分の自慢の拳がこうもあっけなく受け止められた事実が。

 

 ガクガクと右腕が震えているのは力が拮抗しているためか、はたまた動揺のためか。

 

 ウィズの動揺など気にした風もなく、ネオは試合開始当初から変わらない朗らかな表情で笑った。

 

「うーん……ダメだね、こんなんじゃ」

 

 ミシリとネオの左手に握られたウィズの右拳が圧倒的な力によって軋みを上げる。

 

 それに痛みを感じる暇もなく、顔面に掌底が突き刺さる。

 

 防御する暇もない高速の突きがグシャリと顔を歪ませる。

 

 突き出された掌底の威力は凄まじく、ウィズの身体が大きく後ろへ吹き飛ばされた。

 

 受け身を取ることもできず、隣の建物に突っ込み壁を幾つも粉砕してさらに奥にまで投げ出された。

 

 屋内の床を転がり仰向けの状態でようやく止まった。

 

 

 

 

 その光景を見ていた者たちは皆言葉を失った。

 

 いや、正確には白髪少年の保護者だけは少し反応が違っていたが気付けた人はいない。

 

 同時に、インターミドルに精通する人物たちはある一つの逸話を思い出した。

 

 第二管理世界に彗星の如く現れ、他を圧倒し、隔絶した実力を見せ付けた一人の少年の話だ。

 

 その少年はあらゆる攻撃を無効化し、あらゆる防御を粉砕した。

 

 強者も弱者も関係なく、彼の前に立てば一方的に蹂躙され、許されたのは地に伏せることのみ。

 

 そこにただの一人として例外はない。

 

 積み上げた敗者の山は数知れず、彼の悪魔的な笑みを崩せた者は皆無だった。

 

 余りにも圧倒的で、余りにも痛烈で、余りにも凄惨な光景を目の当たりにした観客から漏れた言葉があった。

 

 それが彼の異名の一つとなった。

 

 彼を言い表す言葉としては単純にして最も的確な言葉。

 

 

『怪物』ネオ。

 

 

 第二管理世界において畏怖の念を込めて呼ばれるその異名を今まさに体現していた。

 

 

 

 

「ごふっ……がっ……ぁぁ」

 

 視界が赤くなる。痛みが顔面を中心に全身へと広がり、衝撃によってか力が入らない。

 

 意識も朦朧とする中、建物内を反響して聞こえてくる少年の声だけはやけに明瞭に聞こえた。

 

「ウィズさぁ、もっとマジにやってよ。なんて言うのかな、こー、ピリピリする感じがないんだよねー」

 

 挑発とも取れる発言にウィズは真面目にやってないのはそっちの方だろうが、と心の中で反論する。

 

 癪に障る宿敵の声に薄れかけていた意識が半ば強制的に引き戻される。

 

 だが、身を起こそうとしてもうまく力が入らなかった。

 

 カウンター気味に入った一撃のダメージはそれだけ深かった。

 

 そんな状態を知ってか知らずか朗々と呑気な声で語り掛けてくる。

 

「これじゃあ前やった時の方が楽しかったなぁ。ねえ、ウィズ──」

 

 大袈裟に天を仰いで以前の闘いを思い出していたネオは浮かべる笑みをそのままに目を僅かに細めた。

 

 そして、何でもないことのようにどこまでもお気楽に、能天気にポツリと告げた。

 

 

 

「──もしかして、()()()()()?」

 

 

 

 瞬間、ピキリと空気が凍った。

 

「──────────」

 

 直接言葉を投げかけられたウィズは勿論、サーチャー越しに見聞きしていた観客たちも固まった。

 

 格闘技を齧っていなくとも昨年度のインターミドルから明らかに少年の力も技量も向上していることが見て取れることだろう。

 

 そんなことは直接拳を交わらせている当人が一番わかっている筈だ。にも関わらず、まさか弱くなったかなどど口にできる神経が理解できない。

 

 ──だが、しかし仮に。

 

 突如、轟音を上げて廃ビルの壁が爆散する。

 

「…………笑えねえ」

 

 巻き上がる土煙の奥から一つの人影が現れ、一歩一歩しっかりと大地を踏みしめて歩み出る。

 

「そりゃあ何一つ笑えねえ冗談だぜ、ネオォ」

 

 ──黒髪の少年を奮起させる意図があったのであれば、これ以上に効果覿面な言葉はなかった。

 

 こめかみに血管がくっきりと浮き出て眼球は見開かれ血走っている。

 

 敗北した日から今の今まで、雪辱を晴らすためにただひたすら鍛錬を重ねてきたのだ。

 

 それをまさか自分を地に伏せた張本人からあのような言葉をぶつけられたのだ。屈辱以外の何物でもない。

 

 明らかに怒りに染まった表情でふざけたことを宣った因縁の相手を睨むウィズは受けたダメージなど微塵も感じさせずに立ち上がっていた。

 

 しかし、ポタポタと赤い雫が顎を伝って滴り落ちる。

 

 先程の強烈な掌底により盛大に鼻血が噴き出ていて、かなりの出血量から顔の下半分が真っ赤に濡れていた。

 

「フン!」

 

 ぶっ! とウィズは片鼻を押さえて鼻の奥に溜まっていた血だまりを噴き出した。

 

 そのまま豪快に腕で鼻血を拭って構える。不思議なことにそれ以上の出血は認められなかった。

 

 左腕を突き出す半身の構えを取るウィズを見た怪物は笑みを深め、同じく構える。

 

 両脚を広げて深く腰を落とし、前屈みとなって今にも飛びかかってきそうな姿勢と発せられる重たい威圧は正に猛獣のそれだった。

 

「冗談じゃなかったんだけど、そう思うんならもっと楽しませてよ」

 

「うるせえ、とりあえずそのムカつく顔に一発喰らわせてやるから黙ってろ」

 

 ゴキリ、と拳の骨を鳴らして脅しをかけるが白髪の少年はどこ吹く風だった。

 

「へー、じゃあ……やってみせてよ!」

 

 楽しそうに口角を上げると、次の瞬間には強く地面を蹴って猛然と飛びかかってくる。

 

「お?」

 

 だが、同時に大きく一歩踏み込んでいたウィズが出鼻を挫く形で距離を詰めた。

 

 その踏み込みと共に放たれた右の正拳がネオの顔面へと突き出される。

 

 しかし、不意を突かれたかのような気の抜けた声を上げておきながら、彼はあっさりとそれを往なす。

 

 それどころか同時にウィズの顔を抉らんと逆の手を掬い上げてきた。

 

 下手な刃物よりも鋭利な怪物の五指を首を傾けて寸前で躱す。

 

 続けざまに今度はウィズが膝蹴りを繰り出す。

 

 誰もが直撃すると思ったが、ネオは驚異的な反射神経でもって後ろへ飛んで避けた。

 

 笑みを浮かべた表情を崩さずにバク宙しながら、その回転を利用して鋭い蹴りが放たれウィズの顎をかち上げようとする。

 

「ちぃ!」

 

 ウィズは苛立たし気に舌を鳴らし、横殴りするように右腕を振って白髪の少年の蹴りを逸らした。

 

 再び距離が開く二人。

 

「まー、さっきよりは反応が良くなったかなー」

 

「そのナチュラルに上から目線な発言がすげえ腹立つっ」

 

 ネオの一方的な発言に青筋を浮かべながらもウィズの頭は冷静だった。

 

 事実、まだウィズは目の前の宿敵に一度としてクリーンヒットを与えていないのだ。

 

(思い出せ、そして集中しろ。俺が今まで一番鍛えてきたものをここで発揮できなくてどうする!)

 

 呼吸を整える。無駄な力は全て抜き去って、眼前の敵を注視する。

 

 前回の闘いでは前半はうまく張り合えていい勝負ができていた。

 

 しかし、後半トップギアになった怪物を前にしてからは勝負にならなかった。

 

 圧倒的な超スピードと超火力に付いて行けずに最後は殆ど何もできずに倒された。

 

 だからこそ、反射神経と動体視力を重点的に鍛えてきた。

 

 王者の速度に付いて行けるように、もう無様を晒さないために、そして何よりも、彼と対等に渡り合うために。

 

 ウィズは片時も努力を欠かさなかった。

 

「よぉし、それじゃあ次はもっと速く行くから、ね!」

 

 ニコニコと笑うネオが加速する。

 

 獣の如き俊敏さでもって左右にステップを踏みながら、距離を詰めて来る。

 

 当然ウィズも前に出る。

 

 最早後ろへ下がる選択肢は捨てた。

 

 そんな弱気な考え方では一生掛かってもこの規格外には勝てないとわかったからだ。

 

 一歩踏み込めば、死角から乱暴にそれでいて的確に急所へ向かって剛腕が襲い掛かってくる。

 

「ぐっ!」

 

 凶悪な横振りを右腕で防ぐ。いや、それでも足りずもう片方の腕で支えて何とか止めた。

 

 ズン、と凄まじい衝撃によって足が僅かに地面に沈む。

 

 ネオの攻勢が一撃で終わるわけもなく、受け止められた反動を利用して反対の腕が鎌のように鋭く放たれる。

 

 それを咄嗟にスウェーで躱す。前髪が数センチ持っていかれる。

 

(受けてるだけじゃダメだ! 反撃しろ!)

 

 心の内で自身を叱咤し、身体を動かす。

 

「おおぉ!!」

 

 受け止めていた腕を振り払い、僅かに体勢が崩れた所を追撃する。

 

 がら空きになった腹部へ拳打を叩き込む。

 

 しかし、常識外れの身体能力による素早い動きで突如下から膝が割って入り受け止められた。

 

 それでもウィズの拳の一撃に秘められた威力は伊達ではなく、ネオを後ろへ押し戻した。

 

 微かに浮いた身体が着地すると同時に、ネオは一息で踏み込み距離を埋めようとする。

 

 そこをウィズは狙った。

 

 ネオの踏み込みに合わせるように全力で拳を突き出した。

 

 顔面に突き刺さる、と確信した瞬間、ウィズは驚愕した。

 

「なっ……!」

 

 拳が届いていない。

 

 避けられる、防がれるならまだ理解できる。

 

 しかし、腕を伸ばし切った状態で相手の顔に届いてすらいないという状況にウィズは混乱した。

 

 だが、それも一瞬だけだった。

 

 ウィズは察した。

 

 ネオが踏み込んだように見えたのは自分が見せられた虚像だったのだ。

 

 簡単に言えばフェイントに引っかかった。

 

 ネオの視線、脚捌き、そして殺気によるフェイントがあまりにも真に迫っていたためにこちらへ踏み込んでくる姿が見えてしまった。

 

 実際には一歩も動いていなかったのに。

 

 相手の挙動を一挙手一投足見逃すまいと注視していたことが仇になってしまった。

 

(拙い!)

 

 ウィズは自分が大きな隙を晒してしまったことに歯噛みした。

 

 咄嗟に腕を引き戻そうとするが、この怪物がそれを見逃すわけもなく。

 

「ごはっ!」

 

 腹部にネオの蹴りが突き刺さる。

 

 その衝撃に肺から息が漏れ、身体が地面を滑って後ろへ流される。

 

 反射的に腹部を腕で抑えるが、ウィズは納得がいかなかった。

 

 確かにまともに反撃を受けてしまったが、ダメージは想定よりも少ない。

 

 ウィズは腕の一本を犠牲にする覚悟だった。先程の状況であれば腕をへし折るくらい平気でやるのがあの少年だ。

 

 それなのに実際に受けたのは腹部への蹴打。

 

 ()()()()()()()()()

 

(まさかあの野郎、この期に及んで手ぇ抜いてるわけじゃねえだろうなっ)

 

 だから、ウィズは自分が手心を加えられているのではないかと疑った。

 

 無論、そんなことはない。

 

 

 ネオの左手を漆黒の螺旋が覆う。

 

 

 確かにネオにとってあの場面でウィズの腕一本を折ることは容易かっただろう。

 

 それをしなかったのはただの気まぐれと、確実にとどめを刺すためでもあった。

 

 空いた数メートルの距離は大技を放つ()()の時間を稼ぐには十分過ぎた。

 

(ここで『螺旋』かよ!)

 

 ウィズは既に何をやっても放たれる必殺の技を止めることはできないと悟る。

 

 故に残された選択肢は二つ。

 

 回避か、迎撃か。

 

 防御という選択はない。あの技は貫くことに特化しているが故にあらゆる防御を貫いてくる。

 

(迎撃しようにも『螺旋』に対抗するにはインフィニットを撃つしかねえ、がもう間に合わん)

 

 ネオの螺旋貫手にタメがいるように、ウィズの十八番の技も僅かだがタメる間が必要だ。

 

 だが、その時間はもう残されていない。

 

(なら避けるか? いや、もう俺は何があっても退かねえって決めてんだよ!)

 

 迎撃はできず、回避を否定する。

 

 残された選択肢をどちらも選べぬ合間にも、漆黒の螺旋が集約される。

 

 そもそも前とは逆の左手で放とうとしているが、問題はない。

 

 この怪物にとって利き手という概念はない。左右の手に優先度など存在せず、どちらも平等にそして完璧に動作させる。

 

 よって僅かにも技の威力やキレが変わることはない。

 

 ウィズはギシリと歯を喰いしばって覚悟を決める。

 

 甘んじて必殺の貫手を受ける覚悟、ではない。

 

 迎撃と回避、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「クハッ!」

 

 同時に集約された螺旋の魔力が解き放たれ、神速の貫手が繰り出される。

 

 黒の螺旋が一本の槍と化し、眼前の対戦者に向かって一直線に突き出される。

 

 螺旋貫手、その破壊力は先程廃ビルを跡形もなく消し去った光景から凶悪の一言に尽きる。

 

 まともに当たればただでは済まない。

 

 全てを飲み込み微塵に砕く破壊の渦を前にして、ウィズは確と前を見据えて。

 

 

 一歩、前へ踏み込んだ。

 

 

 一見すると自殺行為に見えるだろう。しかし、活路は前にしかなかった。

 

 螺旋貫手は魔力だけではなく腕や腰の捻りを利用して放たれる奥義。

 

 重心を前にかけて腕を突き出す技を躱すために前へ出たならば行き着く先はどこか。

 

 それは相手の懐に他ならない。

 

 軌道を変えられないギリギリのタイミングを見計らって踏み込む。

 

 極限の集中状態で見極めた一瞬の刹那に飛び込んだ。

 

 ギュルオォ!! と歪で凄まじい風切り音が鼓膜を焼いた。

 

 右の聴覚が一時的に使い物にならなくなり、右肩にも鋭い痛みが走るが、全て無視して前進する。

 

 そのまま懐に潜り込み、相手の顔を見上げるように睨む。

 

 睨んだ先には意表を突かれたようにきょとんと瞳を瞬かせる白髪の少年の姿があった。

 

 この試合中、初めて笑み以外の表情を浮かばせていた。

 

 そして、その顔面にウィズの右拳が突き刺さる。

 

 螺旋貫手の上を交差するように打ち放たれた打撃がネオの頬骨を抉った。

 

 紛うことなき、王者に与えたこの試合初のクリーンヒットである。

 

「おぉらぁ!」

 

 振り抜かれた豪腕の威力によって相手の身体が大きく吹き飛んだ。

 

 ネオの身体は錐揉み回転しながら宙を舞い、硬い地面を転がった。

 

 最後は四肢を投げ出し仰向けの姿勢で静止した。

 

 地面に倒れたネオの身体はピクリとも動かない。

 

 

 

 

 

「く、く、クロスカウンターだぁ!」

 

「すごいすごーい!」

 

 観客席ではウィズの反撃を見ていたリオとコロナが手を握り身を寄せ合うようにして喜びを露わにしている。

 

 少女ら以外の人も多くが歓心を示し、一矢報いた少年を称賛していた。

 

「ほんとすごかったよね、ヴィヴィ……オ?」

 

 当然、すぐ隣の友人も歓喜していることだろうと声をかけたリオが口ごもる。

 

 その様子を不審に思ったコロナも金髪の少女の顔を覗き込む。

 

 そこには。

 

「はうぁぁ~」

 

 トロンと瞳を潤ませ、紅潮した頬を押さえながら食い入るようにモニターを見つめるヴィヴィオの姿があった。

 

 彼女の顔を見て二人は悟った。完全にトんでいる、と。

 

「あー、ダメだこりゃ」

 

「仕方ないよ、生でウィズさんのクロスカウンターを見れたんだもん」

 

 一目で友人の状態を悟った二人だったが、遅れて異変に気付いたノーヴェはそうもいかない。

 

「なあ、ヴィヴィオの奴どうしたんだよ? な、何か様子が変だが」

 

「それはですね、ヴィヴィオがウィズさんの大ファンだってことです」

 

「ファンになったきっかけが都市本戦で見せたクロスカウンターなんです」

 

 当時のことをコロナはよく覚えている。

 

 ある朝、興奮し切った様子で自分に詰め寄ってくる親友の今まで見たことのない勢いに面食らったこと。

 

 目元にうっすら浮かぶ隈を見つけて、もしや徹夜明けであるが故にこのハイテンションなのかと呆れた。

 

 HRが始まる直前までその選手の魅力を語り続けるヴィヴィオの熱意に押されっぱなしで、その後なし崩し的に一緒に試合を見に行くことになってしまった。

 

 それがきっかけで自分も彼のファンになってしまったのだが、今は置いておこう。

 

「……それでもこんな状態になるか?」

 

 こんな、と指を指してすっかり陶酔(トリップ)しているヴィヴィオの状態を訝しむ。

 

「甘いですよノーヴェさん」

 

「え?」

 

「ヴィヴィオのウィズさんへの熱狂っぷりを舐めたらダメですよ」

 

「マジか……」

 

 冗談を口にしているとは思えない二人のマジトーンの声色にノーヴェが戦慄する。

 

 その様子を見たリオとコロナは視線を交わして念話で密かに会話していた。

 

(この調子だとヴィヴィオの部屋見たらどうなっちゃうのかな?)

 

(あはは……とっても驚くのは確かだと思うよ?)

 

 コロナは穏やかな性格のために表現を控えめにしたが、率直に言えばドン引きされるだろうことは確実だった。

 

 そんな周囲の様子など目にも耳にも入っていない様子でヴィヴィオはモニターを見つめていた。

 

 金髪の少女とは別の意味で食い入るように戦況を眺めているのが碧銀の髪を持つアインハルトである。

 

 彼女は単純に感銘を受けていた。

 

 相手選手の圧倒的な実力に圧されながらも挫けず前を向き、最後は必殺の一撃にカウンターを合わせる技量と胆力。

 

 しかも数分前にその破壊力を目の当たりにしたばかりだというのに前へと踏み込んだ、その精神力は生半可なものではない。

 

(ウィズさん、やはり貴方は凄い人です。……そんな貴方だからこそ、私は)

 

 ギュッと強く拳を握り、黒髪の少年の強さを再確認した少女の心情は誰にも量れない。

 

 思い思いに試合を観戦する少女たちから少し離れた位置に居るなのはとフェイトは肩を並べて試合の行く末を見守っていた。

 

 固唾を呑んで見守るフェイトは両手を合わせるように握り締めて隣の友人に話しかける。

 

「ウィズ、血が出てたけど大丈夫かな?」

 

 反対に現職が教導官であるため冷静に試合を見ていたなのはは心配する友人を安心させるように微笑んだ。

 

「見た限りもう血は止まってるみたいだし、平気だよ」

 

 確かに鼻からの出血は止まっているようだったが、そもそもが防護フィールドを抜けてあれだけの傷を負わせていることが懸念事項だった。

 

 勿論、あらゆる攻撃を完全に防ぐことなどできないし、試合である以上怪我は付き物だ。

 

 だが、防護フィールドを突き抜けるほどの打撃が大技どころか小技とも言えるただの突きによるものだと考えると不安も大きくなる。

 

 それを素直に伝えてしまえば優しい友人が余計な心労を抱えることになるだろうと気遣い、口にはしなかった。

 

「そうかなぁ? ……ねえなのは、何だかこの試合を見てると嫌な感じがしない? 胸騒ぎというか、よくないことが起こりそうな気がして……」

 

「…………そう、だね」

 

 フェイトの憂慮を勘違いだと否定することはできなかった。何故ならなのはも全く同じ思いだったからだ。

 

 試合が始まる前から漠然と感じていた不安感。

 

 二人の闘いが進むにつれてどんどん強くなっている気さえする。

 

「でも、このままあっちの子が立てなければ試合終了だから、あんまり心配することないよ」

 

 なのはの言葉にフェイトはとりあえず笑みを浮かべて頷いた。

 

 お互いに自分の抱える不安が勘違いであること願いながら、視線をモニターへ移す。

 

 そして、観戦している集団の中で一人一歩引いた立ち位置で試合を観ていた長身の男、ジンは静かに目を伏せた。

 

(やっぱり、こうなっちゃったねぇ。ウィズ君、わかってはいたけど君は強いねぇ)

 

 ジンは素直に黒髪の少年の実力を称賛する。

 

()()()()()()()()()()()()、あの怪物が生み出す螺旋にカウンターを合わせることができる人間など世界で何人もいないだろう。

 

(これで完全に入っちゃうだろうねぇ。そうなるともう途中では止められない)

 

 これから始まる本当の意味での闘いを予見して男は小さくため息を吐いた。

 

(さて、盤外にいる自分にできることは……)

 

 チラリと手首に巻かれた腕時計の針に目を遣る。

 

 残りの試合時間はまだ半分以上も残っていた。

 

 

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