日本や海外から観光しに来た観光客でごった返している中で、建物の中は地獄絵図となっていた。
部屋の壁や畳、天井に飛び散った血液。
床に転がるズタズタに引き裂かれて死体。
その死体に食らいつく二匹の雌雄の獅子と、二匹の獅子を撫でる女神の一柱が部屋にいた。
床に散らばっている死体は、正史編纂委員会に所属していた老人。元は、日本に住んでいるカンピオーネの透に神獣擬きをけしかけたのも老人たちだった。だが、術の核としていた石板が暴走―――結果、まつろわぬ神を招来することとなり、自分たちは、まつろわぬ神の従える獅子に食い殺された。
「私を使おうとは万死にあたいするぞ、人間よ。まつろわぬ神として地上に来たならば戦うのも一興……だが、天井にいる娘よ、降りてくるがいい」
新緑色の髪の間から女神は視線だけを天井に向け、天井に息を潜めていた愛理にそう告げた。
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愛理side
あの老害共!透さんに守られておきながら裏切った挙句にまつろわぬ神を招来させるなんて、何を考えているんですか!?
あぁ、ワタシが所属していた組織は腐りきっているようです。抜けて正解でした。
守られておきながら鞍替えする程度ならまだしも、自分の地位を守るために、権力を保持するために、神獣擬きをけしかけた。
あれだけ主を裏切る行為は恥ずべきことだ、と師匠も言っていましたけど、委員会の上がこんな事じゃそのうち、透さんの逆鱗に触れて文字通り八つ裂きにされかねませんね。
……こんなの透さんにバレたらなんて言い訳すればいんですか。こんなことなら、依頼を受けるんじゃなかった。
溜息を吐き出し後悔していると、部屋の中から
「私を使おうとは万死にあたいするぞ、人よ。まつろわぬ神として地上に来たならば戦うのも一興……だが、天井にいる娘よ、降りてくるがいい」
という声が聞こえた。
天井の隙間から下を覗くと、女神の目は私を見つめていた。
…バレてる。
天井の板をクナイで外して、畳の上へと着地する。
頭を伏せることであえて視線を合わせないようにしているものの、いやにでも感じてしまう存在感。
これがまつろわぬ神。
肌で熱を感じるようにピリピリと感じる強さと人間と神という超える事の不可能な壁。
女神の機嫌を損ねれば、自分は花が毟られるように刈り取られ。
女神の機嫌を損なわなくても、気まぐれで殺される。
「いまだ幼いが、少しながら綺麗さが伺える」
親が子を慈しむように、女神が頬を撫でる。
「私のものとなれ、人の子よ。加護を与え、私に仕えることを許可しよう」
その手は、とても心地がよく。自分の全てを明け渡してしまいたくなるような心地だ。
さっきまで心にあった怒りも憎しみも初めから無かったかのように消え。女神に捧げよ、と体が、心が、魂が叫んでいるのを感じる。
きっと、委ねれば何も、不安も、恐怖も、感じることなんてなくなる。
―――でも、ワタシは主を決めているから!
パシッ!
頬を撫でていた女神の手を払いのけ、女神の目をしっかりと見つめながら叫ぶ。
「それは出来ません。ワタシはもう主を決めております。ワタシが生涯を掛けて使えるのはカンピオーネの星宮透様。ただ一人です」
女神は払われて手を撫でながら、ワタシが拒絶したことも面白いと言わんばかりに笑っていた。
「やはりか、お主の心には男の姿が見えた。親にも役立たずと捨てられた自分の手を取った男の姿が……だが、このキュベレーを拒絶した事とは話が別だ!食ってよいぞ」
女神―――キュベレーが許可を出す。床に寝そべっていた雌雄の獅子が体を上げて、ゆっくりと近づいてくる。
口の隙間から見える牙。
食い殺される事を覚悟を決めた瞬間―――ドゴン!と大きな音をたてて、障子が蹴飛ばされ、そこに立っていたのは『
「おい、女神キュベレー。俺の女に気安く触れてんじゃねえぞ!」
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透side
京都に向かっている車の中で仮眠を取っている最中、体を電流が流れるような感覚を感じた。
「三橋、車を止めろ」
「え、まだ京都まで距離がありますけど」
「まつろわぬ神が出た、車じゃ時間が掛かり過ぎる。自分で走って行くから車を止めろ」
車を道路の脇に寄せ、途中駐車した。
「【滅びの前では正義もなく、悪もない。地上を蠢く小さい生命よ、時は来た。穢れし魂よ。あるべき場所へ戻るがいい。我は滅びを招くもの、我は獣なり】」
俺が最初に倒したまつろわぬ神の名は黙示録の獣。権能の名は『
『混沌獣』は触れた動物や神獣をサンプリング。データとして蓄えて体から任意のタイミングで好きなものを選び出し体に纏うように実体化させる。
神獣擬きを相手にした時に使っていた魔獣の腕は、虎や獅子や狼など鋭い爪を持つ動物を選び、合成させて実体化させたものだ。攻撃特化に変化させた片腕に対して、今、必要なのは”速度”。
選び出したのは地上最速の動物チーター。
脚の付け根から足先までが黒く染まり赤い線が血管の如く走る。足はその形を逆関節型に変え、地面に接する面も足の指先だけとなり速く走るということに特化した形状を生み出した。
「俺は行くから、馨に連絡よろしく」
そう三橋に言って、返事を聞くことなく脚を前に出し一歩を踏み出した。
―――ヒュン!と風を切る音が耳に流れ込んでくる。移動する速度が速すぎるのか景色はボケて上手く視認できない。分かるのは、とにかく早く行かなければいけないと本能が叫んでいることぐらい。
一歩、一歩と脚を動かす度に、より形状が本物らしく微調節されていく。チーターの四足の体形ではなく、人間の二足ではチーターと同じ速度を出し切れない。だから、人という体形で早く走れるように脚が自動で最善の形へと変化していく。それに伴って、走る速度も増していく。
大切な家族を助けるために、仇敵のまつろわぬ神を倒すために。