プロローグ
時は雄英体育祭前。
雄英高校の職員室では、一人の男が、隣に座る男に分厚めの冊子を手渡ししていた。
「ほら、頼まれてたやつだ。で、なんでまた俺のクラスの名簿を?」
「悪いな」
1人は一年B組担任、
「ついさっき、マイクに体育祭の実況の補助を頼まれてな。勿論断ったが。…まぁ、念のためだ」
もう1人は一年A組担任、相澤消太。個性《抹消》を持つ抹消系ヒーロー。ヒーロー名は“イレイザーヘッド”。
相澤の言葉を聞いた菅は、得心がいったように頷く。
「なるほど。B組について無知では実況する時に苦労するな」
「話が早くて助かる」
気怠そうな声で言葉を返しながら、相澤は受け取った冊子に目を通す。
「大体の事はこれにまとめてある。あとは俺の説明でも聞いていくか?」
受け取った紙にざっと目を通すと、顔写真付きで入学以降の印象や助言のメモがされている。また、“個性把握テスト”の結果やオールマイト担当の“戦闘訓練”の結果や感想付きだ。
「…相変わらずマメだな」
「テキトーなお前よりはマシだろう、イレイザー」
顔と鍛え上げられた筋肉に似合わないこの几帳面な性格は、毎年意外に思う。お互い、今日の分の業務は粗方片付けている。管に付き合ってやる時間はある。
「まず出席番号1番の男子。
自分の受け持つ生徒を得意げに話す管を見ながら、相澤は呆れる。受け持ってまだ日が浅いというのに、かなり入れ込んでいる様子が見て取れる。ただ、相澤もその気持ちが理解できないわけでもなかった、特に今回のクラスでは。
「………はぁ」
手短に頼む、という言葉を飲み込み、管のクラス愛に付き合うことに決めた。
☆
「…………」
予想以上に一人一人の話が長く、ウンザリとした顔を浮かべ始めた相澤に構わず、菅は話を進めていく。
「ーーーー今後はこの大柄な体格を活かせるように鍛えさせる予定だ。さて…次は、18番だな」
相澤は渡されたプリントを1枚めくり、出席番号18番の少年についてのメモに目を通す。
「…ふむ」
出席番号18番、物間寧人。個性:《コピー》
触れた者の個性を5分間使い放題にできる個性。
ユニークな個性を持っているな、というのが第一印象だった。仕事柄、多種多様な個性を目にする相澤にとっても興味深い“個性”。
「初のヒーロー講義学…戦闘訓練で圧勝…か。個性把握テストの結果も中々だな」
“推薦入学者に引けを取らない程の実力者”というメモを見ながら、相澤は聞く。生徒は贔屓無しに厳しく接する“愛のムチ”のような教育方針の菅にとっては珍しいメモ書きだ。少なくとも、ここまでの評価を得ている生徒はこれまでの17人の中にはいなかった。
「随分とお気に入りなんだな?」
「優秀過ぎて困っているくらいだ」
困ったような、嬉しいような顔を浮かべ、嫌味を言うように、菅は相澤に続ける。
「入学式の日は
「…そいつは感謝しないとな」
軽く受け流すように、言葉を返す相澤。
“個性把握テスト”を入学式の日に決行したせいで、軽いお小言を言われるのは仕方ない事だろう、と自分を納得させ、
「中々に柔軟な生徒でな。協調性に乏しい点はあるが、状況を見極める力に長けている。その上“個性の扱い方”がかなり上手い」
「…“
「それもあるが…。まぁ、これに関しては実際の場面を見てもらうべきだな。俺の口からでは説明が難しい。それに…」
“実際の場面”…管が言っているのは雄英体育祭の事だろう。そう判断しながら、相澤は管に続きを促す。
「それに?」
「少々不思議に思う点もあってな。個性の使用中、新たな発見をしたように目を輝かせることが多いんだ。まるで──」
「────個性発現から間もない幼児、か」
「発現自体は、5歳に確認されているから、珍しいな、と思ってな」
「《個性》は上手く扱えていて、むしろ優秀、と。なら問題ないだろ」
物間寧人のこれまでの好成績を確認しながら、管にそう返す。俺の言葉に疲れたニュアンスが含んでることにでも気づいたのか、管は一瞬首を傾げ、すぐに答えにたどり着いた。
「あぁ、そういえばお前のクラスだったな。個性の発現が最近だった、珍しい生徒。確か名前は──緑谷出久、だったか。どうなんだ?彼の様子は」
「ま、先は遠そうだな。力の使い方に長けてるこの生徒とは真逆だ」
「はは、てことは、物間と気が合うかもしれんな。お前とマイクの凹凸コンビみたいに、な」
「…そうだな。不思議と俺も、そんな気がするよ」
そんな適当な答えを返しながら、次の生徒の説明に入ってもらうため、物間寧人のページを捲った。