注意:本日2話目
両者同時ノックダウンした鉄哲と切島については、回復した後に改めて腕相撲で決着をつける、という事になったらしい。
なるほど、引き分けの時は腕相撲なのか。
「物間さん?そろそろ控室に行かないと…?」
「あぁ、わかってる。あ、応援頼んだよ。みんな」
塩崎に急かされ、僕はB組みんなに手を振りながら、観客席を後にしようとする。
その時、B組女子生徒の1人、
彼女の視線の先には、周りの声が聞こえてない程集中している拳藤の姿があった。その姿を小大は心配しているのだろう。
まぁ、試合が近づいてる事もあって適度に緊張してる様に見える。多分悪くない状態だから、気にしなくていいと目で伝え、小大は頷きで返す。
元々無口な彼女は、喋らずとも意を汲んでくれる事が多い。そういう長所を、どこかで生かせればいいのだが…。
「ほら、今はB組の事はいいから。自分の事に集中しなよ」
気付けば先程まで集中してた拳藤が、こっちを見てニヤっと笑いかけていた。
「ーー勝ってくれるんでしょ?」
「…さぁね。どうせ勝つなら、自分の為に勝つさ」
なんだよ、思ったより元気じゃないか。心配して損した。肩を竦め、僕は試合会場へ向かった。
さぁ、いよいよ僕の試合だ。
⭐︎
『一回戦6試合目!騎馬戦1位の功労者!B組の隠れた参謀、ヒーロー科物間寧人!』
『
「う…物間さん、でしたね。お相手出来て光栄ですわ…」
「せめて光栄そうなフリをしろ、フリを」
お嬢様は演技が苦手なのか、わかりやすく嫌そうな顔をされた。先程のチア事件から、僕の評価が下がってしまっているようだったので、僕はこの機会に弁明する。
「君はさっきの件をちょっと勘違いしている」
「…と、言いますと?」
話を聞く気はあるのか、遠慮がちに続きを促される。
「僕はクラスメイトのチア姿が見たかった
「い、いやらしい…!二重の意味でいやらしい人だったんですね…!」
やれやれ、これ以上は話をしても無駄みたいだ。というより話さない方がいいな。
「…両者、準備はいいですか?」
話が終わるのを待っていたのか、審判役のミッドナイトが声をかける。
「あ、一応もう一度確認なんですが、僕が前もって誰かの個性を《コピー》するっていうのは、ルール違反なんですよね?」
「うーん、ごめんなさいねぇ。やっぱりそれは、この“ガチバトルトーナメント”の1vs1の原則に反すると思うのよね」
思う、という表現を使うって事は、恐らく細かいルールに関してはミッドナイトに一任されている可能性が高い。やりようによっては、少しのルール変更くらいなら許容してくれそうだ。
まぁ、今回は
それに、今の問答を聞いて、目の前の八百万は僕の《コピー》に警戒を強める。それも僕の狙いの1つだ。
僕と八百万は目で準備完了と伝える。それを確認したミッドナイトは手を上げ、マイクを通して宣言する。
『それではこれより、A組八百万と、B組物間の試合を始めます!ーー開始!』
開始と同時に、僕は駆け出す。勿論距離を詰めてくる事はわかっていたのか、八百万は近づいてくる僕に構わず、少し長めの刀剣を《創造》する。
「ーー安心してください。死ぬような素材で
素手で《無個性》の僕に対して、リーチ差で優位に立つ様だ。お嬢様は剣術の経験もあるのか、美しい所作で僕に牽制を入れつつ、距離を取ろうとする。
『おーっとB組物間!?思うように距離を詰められない!』
『物間に《創造》をコピーされると何をされるかわからないからな。八百万としてはこのまま仕留めたい所だろう』
相澤先生が褒める様に、八百万の“物間対策”は最適解に近かった。僕を《無個性》のまま決着をつけようとする。
『触りたい物間!触らせない八百万!ガード固ェ!!』
プレゼントマイクの解説を聞いた観客の声援が少しだけ八百万に傾き、僕に冷たい視線が注がれる。おいおい。
僕の“触ろうとする動き”にも慣れてきたのか、八百万は新たな《創造》に取り掛かる。掌から《創造》したマトリョシカを放り投げ、僕はそちらに視線を向ける。
「ーーーっ」
その瞬間、激しい光に、視界を奪われる。この感覚は先程味わったーー爆豪の“
その隙を逃さまいと、距離を詰められる。
けど、一度経験していた分、僕の視界の回復は早かった。
『ここでA組八百万!奇襲に出たァ!』
意識を刈り取ろうと、首筋に振るわれる刀剣をギリギリでのけ反って躱す。
「ーーくっ!」
この一撃で決め切りたかったのか、《コピー》を警戒し、悔しそうに距離を取ろうとする八百万。深追いはしてこないと見て、僕は思う存分反撃に出る。
ただ、僕の腕の長さも頭の中で計算済みなのか“触れられない距離”は保つーーーーーので、伸ばした腕を囮に、僕は
鋭い蹴り。これでも僕は、武術の心得もある。
元々、そう簡単に《コピー》出来るとは思ってない。
『…《コピー》するのを諦め、《創造》で造られた武器を狙ったのか、これは八百万も不意を突かれたな』
イレイザーのありがたい解説を聞きながら、僕は、思わず八百万の手からこぼれ落ちた刀剣に向かう。
カン、カラン、と地面に落ちる刀剣を中心に、僕と八百万は対面する。
八百万は拾おうとする。けど、その無駄な動きは僕の《コピー》のチャンスとなる。それをすぐ察したのか、刀剣を諦めて距離を取る。
僕は余裕を持って、八百万が《創造》した刀剣を手にする。うん、肌触りもいいーーー僕の目的だったモノだ。
「…ふぅ」
やっと、一息をつく。元々、八百万に対しては、《創造》した武器を奪う事に決めていた。《
けど、この1試合目に関しては、ただ勝つだけでは物足りない。
「…もう、勝ったつもりですか?」
「ーーーうん」
怪訝な顔をして、問いかけてくる八百万に、僕は曖昧に頷き、肯定で返す。
流石推薦入学者と言うべきか、もう一度刀剣を作り、そして僕の武器に対応する為の盾も《創造》していた。行動が早い。
「これでも、剣術の経験もありますわ。男女の差など関係無い程、鍛練を積んだという自負も!」
「ーーー2つ、自慢をするよ」
ゆっくりと、八百万を納得させるように、僕は口を開く。脈略もない発言に、困惑する彼女に剣の切っ先を向け、続ける。まず、1つ目。
「僕の剣術の師は…
僕はこの試合、個性《コピー》を使っていない。そして、これから、試合が終わるまで使わないだろう。
『ーーあとは、
心操に言った励ましの言葉を思い出す。
僕の《個性》の強さもちゃんとこの体育祭でアピールするつもりだ。
ただ、それとは別に、僕は、僕自身の強さを証明する。この大観衆の前で。そして、No.2ヒーローの前で。
僕は八百万に向かって、2つ目の自慢を告げる。薄く笑いながら。
「ーーー僕は、物真似が上手い」
見せてあげよう、個性の《コピー》じゃない。
僕自身の“
⭐︎
昔から、僕は物真似が上手かった。
見たものをそのまま再現する才能。僕にはそれが備わっていたんだと思う。
小さい頃から…《個性》が発現する前から、両親のあらゆる行動を
ただ無力な小さな身体は、視界に入った大人の行動を吸収していく。
身長や手の長さが足りず、台所に立つ事はできなかったが、母親と
父親が自慢げに見せてきた簡単な、コインが消えるマジックを、僕は種明かしをされる前に習得した。
たとえ大人の真似事だとしても、同年代の子ども達の中では群を抜いて。陳腐な表現だが、僕はすごかった。
「すごいなぁ」
「天才だねぇ」
なんて、両親や友達が僕の事を褒めてくれる事は日常茶飯事だったし、僕も当然のように受け入れていた。
ーーーあれ、もしかして僕って、天才なんじゃ?
この時は、ただ猿のように大人の真似事をするだけで、僕は強くなれる、と本気で思っていた。
けど、その瞬間も終わる。
ーーーー“超常”が“日常”になった時代に生まれ、“
それは例えば、“掌から出る爆破”。
それは例えば、“炎と氷を操る力”。
それは例えば、“自身を破壊するほどの超パワー”。
僕にはどうあがいても真似できない、常識や世界の
ただの大人の猿真似じゃ、到底太刀打ちできない存在。
「すっげぇたっくん!何その翼!?かっこいい…!」
「へへ…いいだろ?これが、俺の《個性》なんだ」
幼稚園でそこまで仲良くもない同年代が自慢している風景を見たとき、僕に雷のような衝撃が走る。
その存在を知った僕はーーーーーーー
僕が手を伸ばしても届かない、その存在は。
子どもが高校生や大人を憧れるように。
はやく大人になりたいと願うように。
自分にはできないものを、憧れる。
あぁなりたい、と心から願う。
ーー《個性》に、心惹かれる。
どんなにたっくんとやらの真似をしようとも、僕は翼を生やせない。
そんな当たり前の事実が嬉しかった。
そして僕は、周囲より遅れて発現した、自分の《個性》を知る。
自分の《個性》についての知識を深めていく。
《コピー》
そんな《個性》だと告げられたどこかの病院で、医者と向き合いながら、真っ先に質問した。
「何でも“コピー”できますか?」
「理論上はね」
その医者の言葉を聞いて、僕は天にも昇るほどの嬉しさを感じた事を覚えている。この世に無数に存在する、世界の理に反する“超常”を、僕の身に宿す事が出来る。これ以上の人生なんてあるだろうか。
「ただ、あんまり期待しない方が良い。これは恐らく、君の“想像力”に左右される」
医者は続ける。
「例えば、《犬》という異能型個性。これを完全に《コピー》するのは簡単な話じゃない。」
それは、考えてみれば当然の話だった。
《犬》という個性を持つ人に触れた瞬間、僕の姿は《犬》になるのか?答えは否。
「確かに、“触れる”という条件を満たした君は《犬》という個性をその身に宿す事はできる。5分間だけだがね」
「ーーーただ、それを発現させる必要がある。君は犬について熟知していて、“体毛がフサフサの毛”“規格外の嗅覚”などの特徴をイメージするんだ」
それは、言葉にするのは簡単だが、実際にやれと言われたら難しいものだ。
「君は人間だ。もちろん君の脳も…つまり、想像力もそう判断している」
「だから、君は自分の事を《犬》だと思い込むのは難しい。言ってしまえば、自分の脳を騙す行為だ。ーーーあぁいや、発動系の《個性》に関しては特に問題はないから、そこまで気にしなくてもーーー」
「あぁ、大丈夫ですよ」
思い込みで、脳を騙す。
厳しい事を言ってしまったと反省したのか、目の前の医者はフォローするように言葉を続けるが、僕はそれを遮って、安心させるように笑いかける。
「僕って、《犬》の真似もできると思うんです。多分僕の脳も、そう思ってます。…昔から、得意なんです、物真似は」
今思えば、4歳の僕が“昔から”なんて言ったのか、嫌な子どもだなぁ。
《個性》発現前、周囲からは“何でもできる天才”と褒めそやされ、僕自身も自覚があった。
多くは語らない僕の言葉に疑問符を浮かべる医者を見ながら、確信する。
僕は、どんなヒーローになるんだろう、と常日頃思っていた。
けど、違った。
僕は、どんなヒーローにでもなれるんだ。
これが、齢4歳にして知った、自分の現実だ。
「…まずは土台だ」
そこからは、僕自身の“出来る事”を増やしていく。自分自身が“何でも出来る器”でさえあれば、想像力も働かせやすい上に、どんな《個性》にも対応出来る。
その為に、10年近く、あらゆる分野を極めた。
基本的な身体能力は《無個性》なりに鍛え続け、空手や柔道などの武術、剣道などの剣術に関しては、パソコンで見る『~個性禁止、剣術大会~』などで事足りた。
間合い、息遣い、視線、足や腕の動かし方、果ては考え方までもを、僕は画面越しに、優れた観察眼で分析する。
日本一のあらゆる技術を、
普通に考えれば不可能だが、なぜか、出来る気しかしなかった。
それほどまでに、《個性》のコピーではない、僕自身の
《個性》を使う為に自分自身を鍛え続け、トップクラスの《無個性》になった時には、中学を卒業する直前だった。
そして僕は、雄英という、狭い門を通る。
⭐︎
「だから、正直、《コピー》に関しちゃまだ謎が多いんだよなぁ…」
自分を鍛える事に気を取られ、僕は《個性》について、あまり詳しくない。
雄英に入ってから詳しく調べようと思っていたけど、“
緑谷に関しては、恐らく僕の想像力不足だろうと予想している。緑谷が隠しているなんらかの“知識”が、僕の想像力を確固たるものにする、その時が、彼の《個性》をコピーする瞬間だ。恐らくキーワードは、“オールマイト”。
よし、だから当分は、緑谷の《個性》について探ろう。そう考えながら、僕は試合会場をあとにする。
そんな僕の横を、気絶した八百万を乗せた担架が通り過ぎる。保健室のベッドで寝かせるのだろう。
申し訳ないが、多少の心得や《個性》の小細工程度では、僕は全く負ける気がしない。《無個性》を極めた男だ、という自負がある。
もし、僕が負けるとするならばーーーー。
観客席に向かう通路の途中で、控室が連なっているスペースを通る。その時、
ガチャ、と目の前でドアが開き、少年が出てきたので、一瞬足を止める。今控室に入っていたという事は、次の試合に出る選手だ。これからトイレにでも行くのだろうか。
「……」
目も合わせず、激励も送らないまま、赤と白の鮮やかな髪色をした無愛想な少年の横を、そのまま通り過ぎる。
ーーそう、僕が負けるとするならば、
“超常”の中でもトップクラスの、圧倒的な《個性》だけだ。