強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

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敵討ちです

『見かけによらずパワー型!B組全員が認めた姉御!ヒーロー科、拳藤一佳!』

 

VS(バーサス)ぶっちゃけ強すぎるよキミ!推薦入学者の実力は伊達じゃないってか!?同じくヒーロー科、轟焦凍!』

 

「あはは…。さっきぶりだね、轟」

 

目の前の対戦相手、拳藤一佳が声をかけてくる。さっき、というのは騎馬戦の時だろうか。

 

なんだろうと、ただの世間話ならする気はない。

 

その無言の雰囲気が伝わったのか、拳藤は用件だけを伝える。

 

「…ウチの捻くれ人間が聞いてきて、って言うから聞くけどさ。なんで左の炎使わないの?」

 

捻くれ人間…誰の事だ、と数巡する。答えが出てこないという事がわかった。

 

と、同時に、質問の内容自体に苛立つ。ほぼ初対面の、伝言形式で彼女に伝える義理も無い。

 

「……」

 

が、真っ直ぐにこちらを見るその視線に観念して、吐き捨てるように呟く。B組の姉御、と呼ばれているのもわかる気がした。

 

「…ある男の野望を、ブチ壊す為だ」

「…そっか」

 

これで充分だろう、と視線だけ向ける。答えを聞いた彼女は満足げに頷き、ミッドナイトに視線を向ける。

 

準備完了、の合図だろう。同じように、俺も頷く。

 

 

『それではこれより、B組拳藤一佳と、A組轟焦凍の試合を始めます!ーーー開始!!』

 

そして、試合が始まる。

 

 

「ーーー悪ぃな」

 

氷の塊が、真正面に位置する拳藤を襲う。彼女は避けようともせず…ただ、拳を握った。

 

 

⭐︎

 

拳藤一佳は繰り出される氷結を殴り、粉々にしながら少しずつ、進む。

 

轟焦凍は動じず、ただ作業のように氷を生み出す。

 

《大拳》で大きくなった拳は、その分観客席からも見えやすい。尖った氷で傷ついて、流血した痛々しい様子も。

 

ただ、その痛みに耐えながら、拳藤は進んだ。殴り続けた。

 

そして拳藤の《大拳》が、やっと、轟本体にまで届くかという所まで近づいた時。

 

今まで拳藤が破壊してきた氷結とは格が違う、最大火力の氷結が、拳藤を襲った。

 

 

そんな試合展開を思い返しながら、僕は控室のドアをノックする。

 

『…物間?いいよ、入って』

 

許しを得た僕は室内に入って、拳藤の様子を確認する。

 

包帯を巻いた両手に、視線を向ける。その視線に気付いた拳藤は、なんでもないように手を動かす。

 

「あぁ、これ?大丈夫だよ、すぐリカバリーガールに治癒…というか、チュウしてもらったから。その分、今は身体が怠いかな、あはは」

 

「……」

 

僕は喋らない。というより、あまりにも気丈に振る舞うその姿を見て、言おうと思っていた言葉を忘れてしまった。

 

どんなに強がるな、と言っても、彼女は強がるだろう。だからこそ、B組の姉御なのだ。

 

「そうそう。ちゃんと伝言は伝えたよ。答えは、“ある男の野望を、ブチ壊す為”だってさ。満足?」

 

「…あぁ」

 

その言葉を聞いて、轟家の事情について、大まかに把握する。エンデヴァーから聞いた情報と、差はない。

 

だからこそ、僕は気に入らない。

 

わかってる、これは真剣勝負だ。別に轟が拳藤に勝ったからと言って、轟が“悪”だとは思わない。ただ勝負して、勝ち負けがあるだけ。

 

それについて、僕が何かを思うなんてお門違いだ。これは2人の試合だったのだから。

 

だから、この苛ついた感情は、はやく捨てよう。

 

「…また何か、企んでるの?」

 

僕の表情から何かを読み取ったのか、拳藤が静かに聞いてくる。

 

「…何も?」

 

まだ実行できるかどうかも定かじゃない、作戦とも言えない作戦を、ここで言う必要は無い。

 

それに、僕は少し迷っている。一家庭の事情に、他人がズカズカ入り込んでいいものか。

 

「……強かったなぁ」

 

それを察して深くは聞いてこない拳藤が、しみじみと呟く。塩崎が言っていた、何事にも相性があると。そんな慰めの言葉をかけようか、なんて事は考えない。残酷な本音を言ってしまえば、僕だって、十中八九轟が勝つと予想していた。

 

手を差し伸ばすのは簡単だ。けど、これは拳藤自身の弱さに向き合う問題だ。クラス委員長としてB組を引っ張る上でも、乗り越えて欲しい課題。

 

僕も拳藤もわかってる。だからこそ、僕は何も言わない。

 

俯いた拳藤が、呟く。

 

「…“悪ぃな”って、言ったんだ。試合始まってすぐ」

 

拳藤が言ったのだろうか。いや、口調的に轟か。

 

「最初は、よくわかんなかったんだ。けど、戦っているうちに、伝わってきた」

 

俯いたまま拳藤は続ける、表情は見えない。

 

「ーーー多分あれは……“全力”じゃなくて悪いって意味だったんだと、思う」

 

もう、限界だ。

 

拳藤は、僕の苛立ちの核心を突く。

 

実際に戦っている拳藤は気付いたのだろう、轟焦凍の弱点に。

 

拳藤は間違いなく轟焦凍に全力で挑んだ。それは会場の皆が認める。

 

僕だって声を大にして言える。言えない訳がない。

 

「……っ」

 

 

僕は無言で拳藤から視線を外し、控室を出ようと、拳藤へ背中を向ける。ドアノブを掴み、顔を合わせず僕は告げる。

 

「ごめん、さっきのは嘘。本当はちょっとだけ考えてる」

 

僕の、1つの企み。もう、なりふり構っていられるか。

 

「ーーーー全力の(アイツ)を捻じ伏せる、とびっきりの策を、ね」

 

⭐︎

 

 

会場に戻ると、所々で笑いが起きる、和気あいあいとした空気が広がっていた。

 

見ると、もう既に始まっているA組芦戸とサポート科の発目の試合が、特殊な事になっていた。

 

『どうですかこの軽やかさ!エレクトロシューズは左右の靴を電磁誘導で反発させ瞬間的な回避行動を可能にしています!』

 

コスチュームにスピーカーを内蔵しているのか、発目の声は会場に響き渡る。と、同時に、サポート科の方で歓声があがる。なんでだよ。

 

『そしてこれと同じ靴を芦戸さんにも履いてもらいました!どうです!?感想を!』

「楽チンでめっちゃいい」

『ありがとうございます!』

 

 

『それらのアイテムを開発したのはこの私発目明です!サポート会社の皆さん、発目明!発目明をどうかどうかよろしくお願いします!』

「政治家か?」

「政治家ですね」

 

僕の声に反応する、塩崎。

 

「今来たとこなんだけど、これどういう状況?」

 

「発目さんと芦戸さんによる、サポートアイテムお披露目会です」

 

そう言われて納得出来るほど、僕は素直じゃないぞ、塩崎。

 

「ミッドナイト先生は止めないのかい?この状況を」

「神聖な試合を邪魔する事はしないでしょう、教職者ですよ?」

 

さっき自分でお披露目会って言ったじゃないか。

 

「…というか、A組の芦戸もサポートアイテム付けてるのか。これ、ルールに接触しなかったのかい?」

 

確か、ヒーロー科はサポートアイテムを事前申請して使用可能になるはずだ。

 

「試合前、芦戸さんがミッドナイト先生を説得してましたよ?」

 

『発目っちはこのアピールの為にここまで勝ち上がって来たんです!それに、全部凄い性能なんですよ!?私は、それを皆に教えたい!発目っちの…発明品(ベイビー)を!』

『うーん、青春!許す!』

 

 

「…って感じで」

「軽すぎるだろう!?」

 

細かいルールはミッドナイトの匙加減とはいえ、思ったよりアバウトだった。まぁ、両者の合意が得られたからこその処置だろう。

 

「…ふむ」

「何か思いつきましたか?」

 

さっきの拳藤といい、塩崎といい。僕はそんなにわかりやすい顔をしているのだろうか。

 

「なんだか、悪巧みしてる顔してます。…子どもっぽくて、可愛いですよ」

 

そんな事は聞いてない。

 

『お次はこちら!対ヴィラン用の捕縛銃です。捕縛用ネットはカートリッジ式でなんと5発まで発射可能!』

「わぁ凄い!でも、射出音とか、気になっちゃいます!」

『よく気付きましたね、そこのB組の方!その通りなんです!そこでこちら、専用サイレンサーの出番です!!』

 

「何してるんですか…」

 

くだらない合いの手を入れた僕の隣で呆れた顔を浮かべる塩崎。

 

何、ただのお礼だよ。ルール変更の前例を作ってくれた事に対しての。

 

 

その後、サポートアイテムお披露目会は満足した発目の降参によって終幕。

 

無人の試合会場に、セメント先生が登る。何だろう。

 

《個性》を使って、小さな机を作り、満足げに去っていく姿を見て、ポン、と思い出す。

 

「…あぁ、腕相撲か」

「…忘れてたんですか?」

 

ジト目でこちらを見る塩崎に、僕はふんぞりかえって返事をする。

 

「どうでも良すぎて忘れてた」

「はぁ、全く…」

 

どうでも良い、というより、どっちでもいいが正しい。どちらが勝ち上がっても、《コピー》する個性は同じなのだから。

 

そして、後回しにされていた1回戦5試合目が再開される。

 

雄叫びをあげながら両者一進一退の攻防を繰り広げている…かどうかはわからないけど、接戦のようだった。地味なんだよなぁ…。

 

そして、戦いの末勝ったのはA組の切島だった。

 

これにて、トーナメント戦の1回戦が全て終了した。16人いた参加者は8人まで絞られる。

 

 

⭐︎

 

そして始まる、2回戦1試合目。

 

「ーーーレシプロ・バースト!!」

 

緑谷戦と同じく、開始と同時に必殺技を繰り出す飯田。そのまま猛スピードで距離を詰め、爆豪の頭めがけて蹴りを繰り出す。

 

ただ、僕の予想より爆豪の動体視力がバケモノだったのか、ただ躱すだけじゃなく、飯田の背後すらもとる。

 

「ーーーなっ!?」

 

その行動には虚を突かれたのか、飯田は反応できない。

 

右腕を振った爆破の威力が、レシプロ・バーストのスピードを後押しして、飯田を場外まで吹っ飛ばす。

 

「ーーー確かに速ェが、来るのがわかってれば反応できる。…オレと持久戦したくねぇってのもわかるけどな」

 

『飯田君場外!爆豪くん、準決勝進出!』

 

こうして、爆豪勝己が、先んじて勝ち進む。

 

「…なんだありゃ、強すぎない?」

 

隣に座る拳藤が不満そうに呟く。先程の敗戦を引きずっている様子はない。見た限りでは。

 

「あの強個性に、元々備わっていた基礎性能…1番になると宣言する程の事はあるね」

 

僕はその不満を否定しない。彼は学年でもトップクラスの実力者な事は、自他共に認める事実だろう。

 

「あんなのに勝てんの?物間」

 

純粋な疑問のように、拳藤に聞かれたので、正直に答える。

 

「今の試合を見て、“勝てそうだな”と思ったとこだよ」

「…どこにそんな要素が…?」

 

15秒ほどの試合だったが、僕にとって収穫はあった。ちょっとだけ引いた様子の拳藤を横目に、僕は観客席に戻ってきた飯田に目を向ける。

 

緑谷と麗日に迎えられ、朗らかに話す飯田。その時、唐突に彼の体が()()する。

 

「ーーーぶふぉっ!」

「!?な、何?」

 

その姿が滑稽すぎて吹き出してしまい、拳藤を驚かせてしまう。

 

気になってそのまま様子を見ていると、飯田は携帯電話をとり、緑谷達に断りを入れて会場を去っていった。やけに青い顔をしていた。

 

 

「…?」

「あ、出てきたよ茨!」

 

その様子に疑問を覚えるが、隣の拳藤が騒ぎ出し、僕は試合会場に目を向ける。塩崎と常闇の入場が始まったようだ。

 

拳藤が言ったように、塩崎が右の入場口から出てくる。そして、その反対側から出てきたのは常闇踏影。個性《黒影(ダークシャドウ)》と共に、観客に向かって一礼する。

 

両者トップクラスの強個性持ち。一体どちらが勝つのか、とっても見ものだ。

 

それにしても…!

 

「《黒影(ダークシャドウ)》…!めちゃくちゃ格好イイよなぁ。中距離までなら対応できるし、意思を持ってるから、本人が操作(コントロール)する必要も無いし…。いや、でもその分、意思疎通できなきゃ大変だよなぁ。黒色はどう思う?」

 

「……同じ闇に生きる者として、興味はある」

 

「だよねぇ。あぁ、いつか《コピー》してみたいなぁ…!あれなら、影を主成分とした生物とイメージすれば発動するだろうけど。その時は僕の《黒影》も意思を持つのかなぁ。常闇の《黒影》とは違う、僕の《黒影》ができるのかも…!」

 

「はいストップ。悪いとこ出てるよ」

 

隣の拳藤から繰り出される、手加減された控えめなチョップ。ただ不満なのは、これでも充分痛い事だ。

 

「ほら、試合に集中!あんたも応援しなって!」

 

拳藤に言われて、いつのまにか始まっていた試合を見る。

 

見れば、常闇踏影と《黒影》は2手に分かれて、塩崎を翻弄していた。《ツル》を伸ばして常闇本人を拘束しようとするが、如何せんすばしっこい。鳥のような顔をしているからだろうか。背も小さい。

 

「ーー《黒影》!」

『ワカッテルゼ!』

 

「ーーくっ。これでは2人相手しているようなもの…!」

 

常闇の背後へこっそりと忍ばせていた《ツル》を、《黒影》は迅速に処理する。その隙に常闇自身も攻め込む。見事な連携だ。

 

塩崎の弱点は機動力の高い相手に苦戦するという点だ。《ツル》を掻い潜られ、至近距離での1VS1を、塩崎は得意としていない。もしも飯田と戦う事になっていたら、勝つのは厳しいだろう。彼は“機動力”代表みたいなものだ。いや、あともう1人…。

 

塩崎のそんな苦戦してる姿に、拳藤は焦って立ち上がる。

 

「あぁ!押されてるよ、物間!」

「まぁ、押されてるね」

 

見ればわかる。ただここからは声援を送る事しかできない。焦っても状況は良くならない。

 

状況を変える事ができるのは、あの場にいる本人だけだ。

 

「ーーー閃きました」

 

そう呟いて、塩崎は目を瞑る。祈るように手を組んで集中する。

 

『どーしたB組塩崎!?動きが止まったぞ!?』

 

塩崎はどこかの硬いだけのバカと違って、考える頭を持っている。僕は頷く。

 

「ーーーそうだ」

 

相手を拘束する為に、《ツル》の“数”で対抗していた塩崎は、作戦を変えた。

 

細めの《ツル》何本かを、まるで自らの髪を結うように、纏めて、まるで1本の《ツル》のようになる。見る限り、細長い紐で作られた“縄”の構造を参考にしたのだろう。

 

「ーー手数より、力ですね」

 

その行動を何回か続け、頑丈な《ツル》が生成される。

 

細長い《ツル》で《黒影》の行動を制限する。拘束する事は難しくても、動きを制限させる事は可能だ。

 

「ーー!不味いっ、避けろ《黒影》っ!」

『無茶ッ、イウナァ!』

 

「ーーー喰らいなさい」

 

先程までとは違う、“威力重視”の攻撃に、《黒影》は大ダメージを負う。

 

「《黒影》ーーっ!」

「次は貴方です」

 

焦った常闇が声をあげる。が、その焦りを塩崎は静かに咎める。息をつく暇もなく繰り出される《ツル》に、なす術もなく拘束された常闇は、苦しそうに呟く。

 

「っ…降参だ」

 

『常闇君、降参!塩崎さん、準決勝進出!!』

 

歓声が沸く。これで、一つ目の準決勝のカードは、爆豪vs塩崎に決定だ。

 

「こ、こんなに強かったの…?あの()

 

拳藤が、唖然とする。正直言って、僕も驚いている。

 

塩崎はこの体育祭の中で、また一つ成長している。今までの塩崎なら、この試合も、自慢の“制圧力”で勝とうとしていただろう。

 

ただ、それに拘らず、《ツル》を使って“威力”に着眼点を置いた。この場でそれが《黒影》に効果的と悟って。

 

その、一工夫。

 

「こーいうのだよ、こういうの!」

 

「!?」

 

隣のビクッとする拳藤を無視し、近くで塩崎の勝利を無邪気に喜んでる男の首根っこを掴む。無様にも腕相撲で負けた男の。

 

「も、物間!やっぱ怒ってんのか!?悪い!謝る!」

「えぇいうるさい!黙ってついてこい!」

 

そのまま僕は鉄哲の首根っこを持ちながら、引きずって歩いていく。

 

途中ですれ違った塩崎に称賛の言葉を送り、僕は鉄哲と共に試合会場まで辿り着く。

 

僕と鉄哲の入場口からは、逆のーー、つまり、僕の正面の入場口から、切島鋭児郎がやってくる。2回戦の対戦相手だ。

 

「物間!よろしくな!…ってアレ、親友じゃねぇか。こんな所で何やってんだ?」

「オレにも全くわからん!」

 

 

試合開始まではまだ少し時間がある。

 

僕はフィールドに登り、ミッドナイト先生と切島に向かって、告げる。

 

「ルール違反とは承知してますが、僕はこの試合、B組鉄哲の個性、《スティール》を《コピー》して臨みたいと思っています」

 

ミッドナイト先生の目が光る。何かを期待しているように見える。

 

「理由を聞きます!」

 

「彼の…敵討(かたきう)ちです…!」

 

僕は目を伏せながら、悔しそうに、そう呟く。

 

まるでクラスメイト想いで、鉄哲の敗北を自分のことのように悔しがり、彼の為に何かをしてあげたい、鳥肌が立つような善人のように。

 

「ーーー許可します!」

 

そして、そんな青春物語を、目の前のミッドナイト先生は好む。先ほどの発目の件でわかったのだが、この人、激アツ展開が大好物なのだ。

 

そして、ここにも1人。

 

「物間…お前、良いヤツだな…!よし!そこまで言われちゃ仕方ねぇ!受けて立つぜ!」

 

…騙した僕が言うのも何だが、この2人ちょろすぎないだろうか。何はともあれ、僕の提案は受け入れられ、《スティール》の使用許可が出る。

 

じゃ、そういうことでお願いします、と言って、僕は後ろで待機している鉄哲の元へ向かう。話は聞こえていただろう。

 

「物間…、オマエ…俺の為に…!」

 

ミッドナイト先生のアナウンスによる変則ルールの説明を聞きながら、僕は呆れる。

…ここにも馬鹿が1人いたか。

 

ただ、それを否定するのも面倒なので、要点を的確に告げる。

 

「君の試合前に、僕がなんて言ったか覚えてるかい?」

 

「あー…。工夫とかなんやら、だったよな!」

 

曖昧すぎる記憶力に怒りを覚えるが、それを必死で抑える。

 

先程の塩崎は、試合の中で戦い方を変えた。その類の一工夫が勝敗を分けた。

 

その重要さを、僕は伝える。この戦いを通して。

 

「君は良くも悪くも単純だ。ただ、搦め手を覚えればもっと強くなれる」

 

鉄哲に向かって断言する。

 

だから、この試合を見て学べ。その為に、特等席まで連れて来たのだから。

 

「わかったかい?」

「オウ!期待してるぜ!」

 

本当にわかってるのかどうか怪しい鉄哲が、拳を突き出す。もうすぐ試合が始まる。そろそろ《コピー》してもいいだろう。

 

「…ふん」

 

僕は鉄哲と同じように拳を突き出し、コツンとぶつけ、《コピー》を発動させる。

 

ふと視線を感じたのでそちらを見ると、ミッドナイトがうっとりとした目でこちらを見ていた。

 

ええいやめろ、そんな『青春ねぇ…』みたいな目で見るな。恥ずかしくなる。

 

 

⭐︎

 

『それではこれより、B組物間くんと、A組切島くんの試合を始めます!ーーーー開始!!』

 

開始と同時に、僕と切島は駆け出す。お互いの距離は縮まり、拳を握る。

 

「やっぱお前、意外とアツイ男じゃねぇか!爆豪が言ってた印象とはだいぶ違うぜ!」

 

爆豪が僕の事をどんな風に言ってたのかは知らないが、ロクでもなさそうだ。僕は切島の言葉に答えず、また一段と距離を詰める。

 

お互いが勢いを殺さず、切島は右の拳を、それに対し僕は左の拳を振りかぶる。

 

「さぁ、来い!殴り合いだ!」

「ーーーそんな訳ないだろう、バカか?」

 

あんな無駄な殴り合いを延々と続ける趣味は僕にはない。

 

さっき鉄哲と拳を合わせたように、お互いの拳がぶつかる。

 

ーーーそして、切島の拳に纏う《硬化》の破片が、飛び散る。

 

その状況に、切島も、観客も、そして鉄哲も目を瞠る。

先ほどの一回戦では、“互角”だったはずが、切島は僕にダメージを与えられていない。

 

「ーーな、なんでだ!?」

 

実際に戦った切島はわかるのだろう。鉄哲の《スティール》よりも、僕の《スティール(コピー)》の方が“硬い”事を。

 

ーーー僕はその動揺を見逃さない。教える義理もない。

 

切島の崩れた体勢を見て、僕は屈みながら懐へ潜り込む。

 

『……《スティール》した部分は銀色に光る。…だからわかりやすいな。物間は拳同士がぶつかる一瞬、()()()()《スティール》を発動させた』

 

呟くような相澤先生の解説を耳にしながら、肘を切島の無防備な脇腹に突き刺す。その一瞬前、僕の()()()()銀色に光る。

 

『…金属には最大硬度がある。どんなに鍛えてもそれ以上の硬度は生み出せない』

 

脇腹の《硬化》された部分が砕け、破片が飛び散る。その破片が、痛みに顔を歪めた切島の目に入ったが、その影響はないようだ。全身の《硬化》なら、目も硬くなるらしい。

 

『だが、本来全身を覆える程の金属を、ある一部分に集中させる。それにより硬度は変わらずとも、質量や重量、密度は全身の場合より遥かに増す』

 

ーーーーだから、“全身”を覆う《硬化》を、“一部”の《スティール》が上回る。

 

《スティール》は身体を鋼のように硬くする個性。だから、僕はできると確信していた。この、“一点鋼化”を。

 

『…俺好みの、無駄をなくした《スティール》の使い方。合理的だな』

 

「ーーーげほっ!そんな簡単な事じゃねぇ…それは…!」

 

痛みに顔を歪め、脇腹を押さえながら驚きを隠さず呟く切島。まぁ、彼の言うことも一理ある。

 

戦いの最中に、あらかじめ相手がどこを狙ってくるかを予測し、そこを“一点鋼化”する。

しかも、全身を覆う量の金属を思い浮かべ、その全てを一点に集中させる、という特殊なイメージの過程を通る。戦闘中にそこまでの余裕は無いかもしれない。

 

ーーーただ、使いこなせれば強い。

 

馬鹿で単純な鉄哲と切島は、“考えながら戦う”事を苦手とする。だから《個性》を全身に使う。

 

つまり、それが出来れば格段に強くなれる。ーーーこれが、工夫だ。

 

痛みがおさまったのか、切島はまたもや拳を握って殴りかかってくる。あくまで殴り合いをご所望のようだ。

 

もちろん、それに付き合うつもりはない。

 

単純だからこそ狙いも分かり易い。顔を横にずらして拳を躱し、その腕を両手で掴む。背負い投げしようと思ったが《硬化》してる分重い。ので、背負い投げの振りをして意識を取られた隙に足払いをかける。

 

「ーーー!?」

「もう一つ、《個性》の使い方を教えてあげよう」

 

 

ガン、と硬い音を響かせながら倒れ込む切島の首に腕を回し、所謂袈裟固(けさがた)めの体勢になる。

 

「ぐっ、こんな拘束…!」

「この《個性》は殴るだけじゃないんだよ」

 

暴れ回る切島に構わず、僕は上半身に対し《スティール》をかける。僕自身の柔道の技術(スキル)に加え、《個性》の力が組み合わさった合わせ技だ。そう簡単に抜けられはしない。

 

「く…降参だ…!」

 

それを悟ったのか、悔しそうに口を開く。これで、決着。波乱が起きる余地もない、僕の完勝だ。

 

『切島君、降参!物間君、3回戦進出!!』

 

さぁ、これで僕は《個性(コピー)》を使いこなせる事を証明した。自分自身の技術(スキル)や強さも。この、一、二回戦を通して。

 

ーーーーこれでもまだ、足りませんか?()()()()()()

 

観客席のどこかでこの試合を見ていたであろうNo.2ヒーローに向かって、心の中で問いかける。

 

「負けたよ、物間。完敗だ!」

 

悔しそうにしていた切島が、僕に握手を求める。それを断るほど人としての何かを失ってはいないので、応じる。

 

「またいつか、リベンジさせてくれ!」

「…君が、もう少し賢くなったらね」

 

“考えながら戦う”力を身につけたら、また相手してもいいが、ただ馬鹿と試合するのは疲れるだけだ。

 

それを正直に言うと、意外にも切島は嫌な顔一つせず、笑顔で口を開いた。

 

「やっぱお前、爆豪の言った通りの奴だった!」

 

その内容が、ちょっとだけ気になった。

 


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