「醜態ばかりだな焦凍。左の力を使えば障害物競走も騎馬戦も圧倒できた筈だろ。ーーーー無論、一回戦の相手もな」
「いい加減子供じみた反抗をやめろ。おまえにはオールマイトを超えるという義務があるんだぞ」
「わかっているのか?兄さんらとは違う、おまえは最高傑作なんだぞ!」
「それしか言えねえのかてめぇは…!」
無視し続けるのも限界だった。思わず声が出る。
「お母さんの力だけで勝ち上がる。戦いでてめぇの力は使わねぇ」
そんな俺の言葉を聞くと、目の前の男は深いため息をついた。それが、いつものため息とはどこか違う事に気づいた。
まるで、何かを諦めたかのように、そして、何かを受け入れたかのように。
「今は通用したとしてもすぐ限界が来るぞーーーー
妙に含みのある言葉が、何故か気にかかったが、すぐに目前の2回戦に集中する事にした。
⭐︎
特に波乱もなく圧倒的な氷結で終わった、2回戦最後の試合、轟VS芦戸の試合の後。
軽く休憩を挟み、満を辞して開始された、準決勝1戦目。
塩崎茨vs爆豪勝己。これまでの功績も他と群を抜いて素晴らしい2人の対戦に、誰もが注目した。
そんな観衆の期待に応えるように、戦いは熾烈を極めた。
無数ともいえる《ツル》をフィールドに張り巡らせ、迎撃する塩崎。
縦横無尽に《爆破》で移動し、塩崎を翻弄する爆豪。
大きな《爆破》が起こる度に、観客は声をあげる、今やテンションは上がりまくっている。
その声を喜ぶかのように、爆豪は終始笑みを浮かべている。
「…最ッ高だぜ!イバラ女!」
「…っ!不愉快です…!」
元々機動力の高い相手には不利な塩崎。それでも爆豪の猛攻を何とか耐え凌ぎ、時には反撃する。そうやって、ただ時間が過ぎていく。
形勢は、爆豪に傾いている。
戦いに詳しくない観客ですら、それを察した瞬間。
「「ーーーーーなっ!」」
その姿に、僕と塩崎は声をあげる。塩崎の表情が、明らかに曇る。
心なしか威力の増した《爆破》が、完璧に《ツル》の包囲網を崩す。
爆豪は、そのまま塩崎の懐に入り込み、爆風で吹き飛ばす。
『ーーー塩崎さん、場外!よって爆豪君、決勝進出!!』
そして、会場は盛り上がる。
こうして爆豪勝己は一足先に、最終決戦への参加券を手に入れた。
⭐︎
「面目ないです…」
「いや、仕方ないって、凄かったよ茨!」
しゅん、と落ち込む塩崎を、拳藤が必死で労う。その姿に、僕は声をかける。
「いいんだよ塩崎。拳藤と鉄哲なんて一回戦負け、その他は予選落ち。誰も責めないさ」
「あ、アンタねぇ…」
まぁ、責めてるのは自分自身だろうけど。
「最後の爆豪さん…余力を隠していたのでしょうか」
塩崎には、最後のギアが上がったかのような爆豪のスピードが、そう見えたのだろう。
「えぇ…アイツも?」
「
「多分それは違うよ、塩崎」
少し困ったような顔をする拳藤とそれに疑問を呈す塩崎に対し、僕は否定の言葉を告げる。
「実は機会があって僕は《爆破》を使った事があるんだけど…。あれの源は掌からの“汗”なんだ。それがニトロみたいな役割を果たしている」
いつかのB組教室で行った“実験”を思い出し、《爆破》のメカニズムを説明する。ちなみにこの情報も、僕が《
「…なるほど、そういう事だったんですね」
さすが塩崎、察しが速い。
「…あぁ、“代謝”が良くなった、って事?」
遅れて気付いた拳藤に対し、僕は頷く。
「まぁ、そういう事だろうね。長期戦になると身体が温まる。その分掌の汗の量が増す。そういう仕組みだ」
「今思えば、飯田さんも長期戦を嫌ってましたからね…」
開始直後のレシプロ・バーストで試合を決めに行った飯田を思い出しているのだろう、納得の表情を浮かべる塩崎。
ずっとあの試合展開が気にかかっていたのか、少しスッキリとした表情を浮かべる塩崎。
「…そういえば」
「ん?」
まだ他に気になっていた事があったのか、僕に向かって塩崎は口を開いた。
「先程の物間さんの試合なんですが、どうしてわざわざ鉄哲さんの《スティール》をしたんですか?ルールを変えてまで」
…流石塩崎、鋭いな。普通は気づかないだろう、そんな細かい事。
「ーーA組の切島さんの《硬化》でも、戦えましたよね?」
「あ…。」
拳藤が、今気付いたかのように声を漏らす。
その通り。僕がただ切島に勝つだけなら、わざわざ注目を浴びてまで《スティール》に固執する必要はなかった。なぜなら、《硬化》でも勝てるから。
鉄哲に《個性》の使い方を見せる目的だったとしても、ただでさえ似ている《個性》。《硬化》でも充分に彼は学ぶ事ができる。
「…何か、理由があるんですね?」
僕の表情を見て、苦笑いしながら察する塩崎。おっと、顔が緩んでたかもしれない。悪い感じで。
当たり前だ。僕が鉄哲の為にあんな面倒くさい事する筈がないだろう。
勿論、自分のため。
もうすぐ始まる準決勝2試合目の為の、布石だ。
僕は曖昧に笑って誤魔化し、試合会場へ向かう為観客席から離れる。
答え合わせは、実際に見てもらった方が早いだろう。
⭐︎
先程の試合の熱が冷めやらぬまま、観客は興味津々の目を僕らに向ける。
『さぁ、準決勝第2試合!先程の敵討ちで評価爆上がりのB組物間
「それでは両者、準備はいいですか?」
フィールドに立った僕と轟焦凍は、向かい合う。言葉は交わさない。
ミッドナイトが僕ら2人に向かって、確認をとる。
「ーーーすいません、ちょっといいですか?」
そこを止める。タイミングは今しかない。ここからは、僕の時間だ。
観客の視線が、僕の上げた手に注目する。目の前の轟も、怪訝な顔で僕を見る。
「悪いんですけど、この試合も、ある人の《個性》で臨みたいんです。あ、勿論、轟くんやミッドナイト先生が良ければ、なんですけど」
「つまり、先程の様な変則ルール、という訳ね。となると…次は、拳藤さんの敵討ちかしら!?」
どうやら僕の事を気に入ってくれた様子のミッドナイトが、期待したような顔でこちらを見る。僕はその顔に向かって、ニッコリと笑顔を向けながら、後ろで待機してるであろう人を手招きする。
ここで姿を現すかどうかは僕にもわからなかった。ただ、これまでの試合を見て、僕があの人の《個性》に見合う存在だと、できる限りの証明はしたつもりだ。
だから不思議と“来る”確信はしてたし、実際にそうなった。
ーーーーーその瞬間、会場の雰囲気が変わった。
期待に満ちたミッドナイト先生の笑顔が、固まる。
観客席の人々は、言葉を失う。
正面にいる対戦相手は一瞬呆気にとられ、雰囲気がさらに刺々しくなる。
そう、No.2ヒーロー、エンデヴァーの存在に。
「この人です」
静まりかえった会場に、僕の声はよく響いた。
⭐︎
「ま、待って。…物間くん?流石にそれは…ねぇ?」
青春展開を期待していたミッドナイトは、冷や汗を流す。事態が
ミッドナイトの曖昧な問いかけに答えない僕を見て、彼女はターゲットを変えた。
「…エンデヴァーさんもいいんですか?彼に《個性》を貸しちゃって」
「…なに、俺は触られるだけだ。特に問題はない。…
エンデヴァーは含みを持った目をこちらに向ける。僕はその視線を受け流しながら、会場を見わたす。
事態を把握した人々が増えて、ざわつき始めた。
僕らの様子を見て、ミッドナイトはエンデヴァーが了承済みと悟る。だから、
「と、轟君はどう?彼の提案は受け入れられるかしら?」
それはそうだ、僕が言った事なのだ。ーーー轟君やミッドナイトがよければ…と。当然この提案には、轟焦凍の意志も必要だ。
念には念を入れて、僕は轟に向かって口を開く。
「…そうですね。轟くんがお父さんの《個性》とは戦いたくないって事なら、僕も諦めるよ」
猫を被りに被った、善人ぶった発言ーーのように見えて、悪魔のような挑発だ。
ーーーある男の野望をブチ壊す為だって。
ーーー右だけで1番になると言い張る、ただの反抗期だ。
拳藤が聞いた情報。エンデヴァーから聞いた家庭事情。
ーーーー知ってるかい、轟。1番になる為には、No.2を超えなくちゃいけないんだぜ?
「…オレは構わない。誰の《個性》でも」
頼みの轟も了承し、ミッドナイト先生は焦る。これで、両者の合意を得た。
本音を言えば、僕の提案は棄却したいだろう。この僕のワガママを受け入れてしまうと、この本戦の公平性が著しく損なわれる。
それなら、自分のみの判断で、提案を受け入れないと宣言するか?
「……」
だが、それは簡単にはできない。何故なら、
芦戸三奈と発目明の試合。
物間寧人と切島鋭児郎の試合。
そこで変則ルールを認め、後者に関してはこの提案と然程変わらない内容だ。ただ、《コピー》する相手が、生徒か、それ以外か。
いや、ヒーローの卵か、ヒーローか。
その微妙なラインで一方的にこの提案を切り捨てられない。
ただ、内心で焦っているミッドナイトは、気づいていない。
僕はもう一度観客を見渡し、彼女はそんな僕の行動を真似する。そして、気付く。
「………!」
そう、この迷っている間にも、状況は刻一刻と変化している。
「…なんだよ、それ、面白そうじゃねぇか!」
「親子対決ってこと!?」
「轟が苦戦する所も観れるかもな!!」
「…こういう事ですか、物間さん」
状況を完璧に理解した観客は、一部を除いて一貫している。
“見たい”。
その雰囲気になる事は、エンデヴァーがこの表舞台に姿を現した時から、決まっていた。
ここで、無理やり提案を取り消したとなると、ここまで盛り上がってきた雰囲気を壊してしまう。“前例”を使って不満をあげる人もいるだろう。
もはや、
なぁに。
「
ーーーだから、雰囲気は大事ですよね?
そんな僕の声に、観念したようにため息をつくミッドナイト。僕はその姿を見てニヤリと笑う。するとすぐ睨み付けられた。
彼女はマイクを持って、宣言する。
『ーー許可します!』
当然、観客は盛り上がる。よし。僕は隠れて拳を握る。
そんな騒がしい声に紛れて、目の前の轟が僕に向かって呟く。不機嫌な姿を、隠そうともしない。
「…どういうつもりだ」
僕は笑いながら、答える。
「親子対決ーーーいや、親子喧嘩のつもりだよ」
からかったように呟く僕を、轟焦凍は睨みつけた。
さぁ、これで役者は出揃った。僕の思い描いたシナリオ通りに。
個性《コピー》を持つ僕だからこそ、いや、僕にしか書けない台本だ。
大観衆の中行われる雄英高校体育祭、準決勝2試合目は。
この僕、物間寧人の《ヘルフレイム》