確かあれは、中学の頃だった。
高校受験の英語の勉強の片手間に、
今や平和の象徴で不動のNo.1ヒーロー、オールマイトの名前の“意味”を知った。
まさに“最強”を表すヒーロー名を、僕はおぼろげにだが、カッコいいな、と感じた。
ーーーーただそれ以上に、続けて調べたNo.2のヒーロー名について不思議な違和感を感じた事は、はっきり覚えている。
「…これでいいのか?」
そんな事を思い返しながら、僕はエンデヴァーの筋肉質の肩から手を離し、問いかけに頷く。そして、僕の中に《ヘルフレイム》が宿ったのを、なんとなく感じ取る。
ただでさえ僕の提案で待たせてしまっているのだ、あまり彼と話している時間はないだろう。
「えぇ。約束は守りますよ」
「…ふん。
「でも、現状を変えたいからここに来たんですよね?」
大の大人が高校生と“約束”というのが恥ずかしいのか、素っ気ない態度を取るエンデヴァー。
『ーーーエンデヴァーさん、もし良ければ、詳しい話を聞かせて貰えませんか?』
『…なんだ小僧。別にお前に教える義理はーー』
『僕の《個性》、知ってますよね?あぁ、そういえば、さっきの緑谷君は轟君と決勝で当たるけど、僕は順当に行けば準決勝で当たるんです』
『…何の話だ?』
『ーーー《個性》、
そんな、約束。
つまり今僕には、轟焦凍にただ勝つだけではなく、“左側”を使わせるというミッションが課されている。
まぁ、実は、このミッションをクリアさせる自信はあまりない。…というより、別にこの約束を反故にしても僕に実害は無いので、そこまで考えていない。ただ轟
ーーー僕としてはこうして《
「ただ、あぁ…拳藤にはっきり言っちゃったしなぁ…。…仕方ない」
「物間くん!そろそろ試合を始めますよ!」
「はぁ…エンデヴァーさん」
『全力の轟を倒す』…自分の言葉を思い返しながら、ため息を吐く。ミッドナイト先生が急かしてくるので、僕はエンデヴァーに向かって言い逃げする。
この言葉が、どう転がるかはわからないけど。
「もし試合が中断になりそうだったら、それを止めて下さい。…あと、父親らしく、轟君の応援でもするといいと思いますよ」
⭐︎
『
『やめてください!まだ5つですよ!』
『もう5つだ!邪魔するな!』
思い出すのは、忌まわしい幼少の記憶。
この頃からだった。母親は病院に入れられ、本格的に父親を嫌うようになったのは。
そして、俺は今、当時のように。
「………ぐっ!」
ーーー膝をついて、顔を歪めながら、燃え盛る真っ赤な炎を見上げている。
『………』
つい試合が始まる前まで騒がしかった実況も、観客席の声も無い。もはや、火の海と化したフィールドの真ん中で佇む1人の少年に、目を奪われていた。
試合が始まって2分が経った頃だろうか。
もはや勝敗は、ほとんど決していた。
「ーーーしみじみ思うよ、《個性》には相性がある。
ーーーそれ程までに、圧倒的な差。氷と炎の、相性の悪さ。
もう、何度炎をモロに浴びたかわからない。それでもまだかろうじて耐えているのは、自分の“右側”のお陰に他ならない。
だが、もはや立ち上がれない程の満身創痍だ。
「ここにいる
「けど、何故か、皆まだ何かに期待してるように見える。ここから巻き起こる、大どんでん返しに」
絶えず炎を身体に纏わせている少年ーー。
物間寧人が、両手を広げ、薄く笑う。
「さぁ、この状況を覆す事なんて、出来るのかなぁ?」
「テメェ…!」
所々痛む火傷に苦しみながら、思わず俺は苛立ちの声が出る。どんなに右側で身体を冷やしても、それを上回る熱量。火傷の痛み。
悔しいが、俺の“氷結”は、なす術もなく蒸発させられちまう。
そして薄々気付いていたが、コイツは俺に“左側”を使わせようと画策している。今のくだらない煽りも、その一種だ。
「…金でも握らされたか?ムカつくな…!」
詳しい事はわからないが、コイツはあのクソ親父の仲間みたいなものだ。そんな奴に歯が立たない自分にも、腹が立つ。
「ーーーームカついてんのはどっちだ、って話だよ」
静かに、フィールド一面を覆う炎の熱量が増す。
煽りは諦めたのか、無表情でこちらを見下ろす物間。
「この《個性》は、
「ーーーただ悲しいかな。それと同時に“弱点”もわかるんだ」
それは、《コピー》を持つ物間寧人にしか出来ない、弱点の暴き方。
「超高温の炎を連続使用すると身体に熱が篭り、身体機能が低下していく。そしてそれを今、実際に感じているよ」
どんな《個性》でも万能ではない。強い点もあれば弱い点もある。
「ーーそしてこれは、君の“右側”にも言える事だ。ウチの学級委員長は気付いたよ、君も同じ様に冷え続けた時、身体機能は低下する」
「………」
そして同時に、
「…僕はね、クラスメイトは
物間寧人は、感情を、怒りを
「そうやって辿り着いた
「ーーーあぁ、“左の力を使わずに1番になる”、だっけ?…よく言えたものだねぇ、
コイツが言ってるのは、正論だ。勝者と敗者の立場から考えても、この場において不適切なのは間違いなく俺だ。
「うるせぇ…。借りモンの《個性》の癖に…!」
そんな冷静な思考とは裏腹に、視界にどうしても映る一面の炎が、俺の感情を苛立たせる。ガキみたいな言葉が、口から漏れる。
「ーーーあぁ、その通りさ。
「だってそれはーーー、君の、《
まるで《個性》を人間とでも扱っているかのような物間の言葉。それに呼応するように、炎の勢いが増す。
俺の…《
その“何か”を否定するように、俺は首を振る。
「…ち、
「ーーーーー
俺は言葉を失う。何を問われたのか、全くわからなかった。
「あぁ、
「ーーーあぁ、本当に不愉快だ…!虚仮にされた気分だよ。ここまで来た“過程”を…!」
物間の言葉に、
「ーーーなりたい
「………!」
ーーー
何故かその言葉を、聞いた事がある。いつの間にか、忘れてしまった言葉を。
どこかで、昔。
『いいのよ、お前は』
ーーー血に囚われる事なんてない。
『ーーーーーなりたい自分に、なっていいんだよ』
あぁ、なんで忘れていたんだろう。そんな、優しい声を。
自分の、
「…説得は失敗、か。悪いね、拳藤」
そう諦めたように呟いて、物間は右の掌をこちらに向ける。炎が、来る。
未だ片膝をつき満身創痍の身体は、動く気配が無い。氷結だけじゃ防ぎ切れない。なら、どうする?
決まっている。
とどめの一撃、と言わんばかりの真っ赤な炎が、俺を襲う。
「ーーーーーッ!!!!」
瞬間、ただでさえ高まっていた会場の“熱”が、増す。温度が、上がる。
ーーーーー
そうだ。思い出せ。
「俺だって…!ヒーローに…!!」
「…はぁ。遅いんだ…よ…はは…」
相殺された炎が晴れ、俺は物間寧人と
さぁ、勝負はここからだーーー。
「……………は?」
ドサっと。
その瞬間、物間寧人は膝をついて、倒れ込んだ。
絶えず炎を身体に纏わせてーーーいや、
遅れて、俺は気付いた。先程物間が言った言葉を思い出す。
『超高温の炎を連続使用すると身体に熱が篭り、身体機能が低下していく』
『ーーー
ただ話しているだけなのに、超高温の炎を使用する必要は、無い。
それでも、思い返せば、物間寧人は炎を
それはなぜか?…考えられる理由は1つ。
ーーーー物間寧人は、《ヘルフレイム》を
物間が倒れ込んだのに関わらず、フィールドを覆う炎は熱量を増した。まるで、意思を持っているように。
⭐︎
ーーーーあぁ、マズった。
轟と会話し始めた時から、僕は《ヘルフレイム》を制御できていない。
意識が朦朧とする。もはや、轟と何を話していたのかも思い出せない。身体に溜まっていく熱が、考える事を許さない。
ここだけの話、轟に告げた言葉は全て無意識の、反射の言葉なのだ。まぁ、僕は口が回るし、実際何とかなったらしいので良しとする。
身体に鞭を打って思考を回し、なんとか現状を打開しようとする。
何が原因だっただろうか。
僕の“炎”のイメージとして、“怒り”という感情を使ったからだろうか。確かに、少し軽率だったかもしれない。
もっと冷静に、純粋な“炎”をイメージすればよかったのだろうか。
…わからない。ただ
いくら止めようと思っても、もう炎は止まらない。一度見せた隙を、《ヘルフレイム》は逃さない。
身体に籠もった熱を外に出そうと、脳が無意識に《ヘルフレイム》を発動する。ただその狙いとは裏腹に、身体は更なる熱を溜める。完全な悪循環。
あぁ、流石No.2の《個性》だ。そこら辺の《個性》とは、格が違う。僕なんかに扱えるシロモノじゃなかった。
もはや倒れ込んだ身体は動かない。
もう、僕に何とかする力はない。
あぁ、ダメだ。このままだと、戦闘不能と見なされて、試合が終わる。
それどころか、最悪、《個性》に焼き殺されるかもしれないな、なんて、あながち冗談とも言えない事を考えながら僕の身体は“燃える”。
燃えて、燃えて、燃えて、燃えて、燃える。
もはや、抗うことをやめた。
僕が《個性》を燃やしていたんじゃない。
僕が《個性》に
…なら、いい。思う存分、
ーーーーーそうして辿り着いた先に、
《個性》に燃やされ続けて、身を委ねたその先に。
“現実”の僕の身体は動かないし、“現実”の僕の目は何も見えていない。
だから、ここからは“想像”。
そんな“想像”の中で、確かに僕は手を伸ばし、感じる。
“触れた”と。
それはいつだって、僕の《個性》の
いつの時代だって仲良くなる為に必要なのは、
轟焦凍とはもう会話した。
だから、
お前を制御する為には、この“過程”が必要だ。
“《個性》と会話”。そんな荒唐無稽な話を現実にする現象を、僕は知っている。
「ーーーーー“
その瞬間、場面は切り替わる。
⭐︎
真っ黒な空間。
気付けば僕は、そこで立ちすくんでいた。
ーーーーー…は?
声を出したつもりが、出ていない。
どういう事かと自分の現状を確認する。
鼻から下の、本来あるはずの身体は影のような黒いモヤに覆われていた。先程まで籠もっていた身体の熱もない。
ーーーーーなんだ、これ。
疑問は無限に生まれてくる。けど、そんな僕に構わず、
『ーーー…誰よりも、強くなりたい』
ーーーーー誰だ、このオッサン。
見覚えがない中年の姿に、思わず“出ない声”が出る。
しかし次の場面切り替えを経て、その正体を理解する。
それは、“炎”で
No.2ヒーロー、エンデヴァーの姿だ。
今から十数年程前だろうか、それでも、まだ中年感は拭えない。
ーーーーーなるほど。
少しずつ、理解していく。僕は今、《ヘルフレイム》と“
僕はそれを、瞬きする事なく見る。《ヘルフレイム》を“知る”為に。“イメージ”する為に。
『ーーー“
五指から炎を糸状に放射し、敵を拘束するNo.2ヒーロー。
ーーーーーへぇ。
その姿を見て、僕は思わず感嘆する。そういえば、エンデヴァーは事件解決数はオールマイトを超えて、史上最多という記録を持っている。
その事実も頷けるほどの、立派な手腕だった。
そしてまた、空間は変化する。
次は、筋トレなどの風景。ただの日常的な鍛錬の姿。僕は、《コピー》する為に触ったエンデヴァーの肩を思い出す。
オールマイトに負けず劣らずの筋肉。当然、生半可な鍛錬で手に入れられるものではない。
場面は何回か、似たような鍛錬の風景を続ける。
それはまさしく、“
そして僕は、その人生を辿る。
『ーーーーー立て、焦凍』
間違った、
『立て、焦凍。お前はこの技を習得しなければならない。俺から逃げるな。
『うぅ…』
『燈矢は惜しかった。俺以上の火力を備えているのに、冷の体質を持ってしまって…。あいつは惜しかった』
『ーーーお前だ焦凍。ようやく、お前だけがこの技を!俺の野望を完遂できる!』
ーーーーーもう、いいよ。《ヘルフレイム》。これ以上は、もういい。
本心だった。もう充分だ。
これ以上、この記憶は見たくない。
だって。
ーーーーーその技は、僕が“
ーーーーーそれは、轟焦凍本人が、全てを乗り越えて習得すべき技だ。
ーーーーーだから、まず今、その一歩目を、
《ヘルフレイム》が、頷いた気がした。
そして、僕は“現実”へーーーーー。
⭐︎
倒れていた身体を、起こし、状況を確認する。
試合は、まだ終わっていなかった。というより、僕の負けを決定しようとする間際を、僕の言った通りにエンデヴァーが止めているらしかった。
『なんで止めるんですか!?エンデヴァーさん!』
「うるさい!やっと焦凍が己の力を受け入れた所なのだ!邪魔をするな!」
『いや邪魔というか…!どちらというと貴方が…!!』
「…すいません、もう、大丈夫です」
僕は苦笑いしながら、怒り心頭のミッドナイトに無事を伝え、轟焦凍に向き直る。
何とか立ち上がってフラフラの轟は、僕に心配そうな顔を向ける。対戦相手に向ける顔じゃないな、全く。
僕はそれに、フィールドと僕、それぞれを暴走するように覆っていた炎を、自分の意思で消す事で応えた。
もう、心配はいらない。
「……試合、続けます」
『え、えぇ!?』
轟が、ミッドナイト先生に告げる。轟本人が認めたのだ、当然試合は続行。
ただ、僕も轟も、満身創痍。
だから、考える事は同じだった。
ーーーありったけの全力の、一撃を。
僕らは同時に、大技の準備を始めた。
今の満身創痍の僕の全力は、
それはつまり、手加減なんて出来ない状況を意味する。好都合だ。
僕は自身の熱を、
足りない。もっと、燃やせ。己を燃やせ。
燃やされるんじゃない、
ーーーーー力を貸してくれ、《ヘルフレイム》。
僕はあの“
ーーーーー認めないと、ダメだよな。
中学の頃、英語辞典で見たあのページ。
Endeavor《ɪndévɚ》
その意味に、違和感を覚えていた。
ーーーーーそれが、“主”を馬鹿にされたように感じたんだろ?
大丈夫、お前のお陰でわかったよ。ただ、
そして、多分これからも。
ーーーーーこれは、轟焦凍を救う為の戦いじゃない。
ーーーーー自分を見失った
だから、力を貸してくれ。
ーーーー不思議と、周りの様子が確認できた。
「そうだ!ここからがお前の始まり!俺の血をもって俺を超えて行き俺の野望をお前が果たせ!!」
僕の言葉通りに、息子に声援を送っているのだろうか。いや、あれはただの歪んだ親バカだな。
「ーーーー負けるな!轟くん!」
轟家の家庭事情を知っているであろう、緑谷の声。おや、僕に味方はいないのか?
「物間さん……!」
「アツくなれぇぇぇぇェエ!!」
「物間っ…!ぶちかませっ!!!」
そう少し悲しんでいると、聞こえてくる。騎馬戦を共に乗り越えた、僕の親友らの声。
あぁ、最高だ。
その声援に応える為に、僕は更に自分を燃やす。
身体に、熱を溜め続ける。歓喜を、怒りを、哀しみを、感情を、自分のありったけを燃やし続ける。
ついにそれも、
ーーーーーまだ、だ。《ヘルフレイム》。
ーーーーーウチの学校の“校訓”、知ってるかい?
ーーーーー…“大嫌い”って。はは、確かに、言いそうだ。
ーーーーーそれじゃあ、君は?
僕は、《ヘルフレイム》との最後の会話を終えて、体勢を変える。
両腕を十字にクロスさせ、両手両足を大の字に開く。
「ーーーーーありがとう」
「ーーーーーありがとな、物間」
僕と轟の感謝の言葉が重なり。
轟焦凍の“
そして、決着がつく。
⭐︎
『……轟君、場外!ーーーよって物間君、決勝戦進出!!!』
そんなミッドナイトの声と、怒号のような歓声を聞きながら、僕は再度倒れ込む。
意識を失う間際、ストン、と何かが抜け落ちた感覚が僕を襲う。
あぁ、5分経ったんだなと思いながら、目を閉じた。