目が覚めると、知らない天井。
「……」
落ち着いて、順を追って理解していこう。
まず、さっきまで僕は轟焦凍と激闘を繰り広げ、ハプニングに見舞われながらも無事勝利を収めることができた。そして
倒れ込んだ理由に予想はついている。
《ヘルフレイム》の最大火力を
“1人の男の人生を辿る”というその感覚に、脳が耐えられなくなったのだろう。
つまり、ここは保健室のベッド。
バッ、と身体を起こす。決勝戦が控えているのに、どれくらい時間が経ったかわからないのは不安だ。最悪、体育祭が終わっているかもしれない。
焦りからか、身体が妙に火照る。
痛みはない。リカバリーガールの治癒を受けたからか。
ただ、特有の気怠さと目眩が僕を襲う。
「……大丈夫か?」
その時、横から声がかかる。
見れば、僕と同じようにベッドで上半身を起こしている轟焦凍の姿があった。怪我した様子は見られないから、彼も治癒して貰ったのだろう。
「…決勝戦は?」
「まだ始まってない。あと20分後ってとこだ」
簡潔に、聞きたいことだけを聞くと、轟はすぐに答えてくれた。どれくらい気を失っていたかはわからないが、決勝戦には間に合う事に安心する。
「そっか。ありがとう」
「…………」
そこからは、気まずい時間。
参ったな。試合中は色々余裕が無くて何を言ったかは覚えてないけど、結構過激な事を言った自覚がある。そういう面で、僕は自分を信頼していない。
謝ろうか、と一瞬迷ったが、わからないまま謝っても失礼だろう。そう考えた僕は、轟の事を気にせずさっきの試合ーーーー“
今までの“同調”は僕にとって“なんとなく個性主の考え方がわかる”…という認識だった。
心操のがいい例だ。確かあの時は、“心操が言いそうな事”が《個性》を通じて伝わったのだ。
『お誂え向きの《個性》に生まれて、望んだ場所へ行ける奴らにはさぁ!』
ただ、今回は違う。
あの黒い空間。声も出せない実態のない僕。個性主の“人生”を辿る“同調”ーーーーーー“
心操とエンデヴァー。その違いは?
真っ先に思いつくのはーーーー。
「…“
「口を開けば失礼な事を言うな、小僧」
「やぁ、物間少年、轟少年!ワタシ達が来たぞ!」
「あ、オールマイト。良い筋肉してますね、触らせて下さい」
「エンデヴァーを無視してまで触りたいのかい!?…いや、もうこの心配はいらないんだったか…?」
2人の来客に、僕は一旦“
そんな中、エンデヴァーに向かって問いかける。少し気にかかっていたのだ。
『…なに、俺は触られるだけだ。特に問題はない。…
試合前のあれは、《コピー》に対して、僕が《ヘルフレイム》を扱えるわけがないと見据えた発言。エンデヴァーは、どうしてわかったのだろうか。僕はそれを質問する。
「当たり前だ。ただの小僧がこの俺の《個性》を使えるはずがないだろう」
「…偉そうに」
「何か言ったか?焦凍」
「…………」
無視はやめてやれよ、無視は。息子にされて1番傷つく事だぞ。
ふむ、つまりただの勘か、という事を踏まえると。
「…自尊心が異常に高い男…って違いもあるか」
「エンデヴァーに恨みでもあるのかい、君ら!?」
馬鹿言え。それは息子の方だけだ。
途中危なかったが、最後には《ヘルフレイム》も僕に力を貸してくれたのだ。あながち間違いでもあるまい。
エンデヴァーは謙虚かつ野心に満ち溢れている。心操とは雲泥の差だ。こうして見ると、僕は心操の事が随分と気に入っている。謙虚ではなく自己意識が低いが正しいかもしれないが。
ただ、この説はあまり僕にとってしっくり来ない。多分違うだろう。
そうなると、やはり“年齢”ーーー、いや、“人生”か?
エンデヴァーの“人生”を辿った感覚を思い返しながら、僕はさらに考察を進めていく。
過酷な経験や長い時間、それを経て
その複雑化した《個性》を“過去視”で人生を辿り理解した。その理解を元に、改めて《個性》をイメージ。
そうして初めて、《ヘルフレイム》を制御できた。いや、それどころか…。
「…僕の予想より、炎の勢いが増した…?」
そんな感覚があった。“借りていた”《個性》なはずが、あの最後の瞬間だけは“まるで僕の《個性》”かのように扱えた。
いや、当然か。《コピー》のイメージの質が高まったのだから。
《
つまりあの“
“人生”を通して複雑化した《個性》を理解し、本来より《個性》の力を引き出す手段。
こう考えると、納得ができた。
というより。《個性》が“人生”という説が、なんだか僕好みだ。
いや待て、何にしろ、まだ仮説。何回かの対照実験で明らかにする必要がある。
僕は辺りを見回して、壮絶な“人生”を送った人を探す。これでエンデヴァーの時のように“
「………?」
…ピッタリな実験対象、
だが、僕自身、何か
何があったかは知らないがこれまでの毎日とは違って、今のオールマイトは隙だらけだ。僕でも触ることくらいなら簡単にできる。《コピー》を試せる。
これは、今までの僕には無かった感覚。“同調”についての“理解”が僕の《コピー》の新しい感覚を生み出したのか。
僕と《コピー》の“会話”での、
別にまだ《コピー》出来るかどうかも確証はない。
だが、僕の中の何かが警報を鳴らす。
オールマイトの“人生”を辿ること自体が危険かのように。僕の身体が追いつかないかのように。
それはまるでーーー。
「時に物間少年…。体調はどうだい?」
「なんだ、貴様もその用件だったのか」
僕の思考はつゆ知らず、目の前のNo.1とNo.2は口を開く。僕はそんなオールマイトの問いに正直に答える。
「……最ッ悪ですね」
「だろうな」
僕の言葉に、フンっ、とエンデヴァーが鼻を鳴らす。
実は今の僕の状態は、かなり悪い。薄々気付いてたけど、これ《治癒》の影響じゃないな。
「今の君は《ヘルフレイム》の最大火力を使いすぎた影響で、身体に異常をきたしている。…わかりやすく言うならば、“体温調節機能がバグっている”。慣れない熱に、身体が混乱してしまっているんだ」
その説明は、わかりやすかった。今僕の身体は目眩や頭痛に加え、身体が
「貴様…!なぜそこまで俺の《個性》に詳しい…!」
「何故って…。ワタシの
「なっ…!」
好敵手と書いて“とも”と呼ぶ。そんなベタな当て字するんだなぁ、オールマイトも。そして呆気にとられているエンデヴァーを見ながら、僕は思う。
ーーーーーそんな当たり前の、何気ない事を見落としてきたんだろうなぁ、この人は。
「ふ、フンっ!…それはともかくだ、小僧。まぁ一晩寝れば身体は元通りになるだろうから、安心しろ」
「いや、今すぐ治したいんですけど」
「諦めろ、俺も若い頃通った道だ。大事を見て決勝戦は辞退した方がいい。安心しろ、代わりに焦凍が出れば解決だ」
こ、この野郎…!先程までの慈愛の表情から一転、僕はエンデヴァーを睨み付ける。
こいつ、轟の“左”を使ってる所を見たいだけだ…!
だが、この“慣れ”による不調はリカバリーガールの治癒の範囲外だ。もうどうしようもない。僕は絶望する。
「…なぁ物間。《
物間寧人の《半冷半燃》
僕は一瞬、「それだっ!」と言いかける。けど、我慢して首を振る。その提案自体は嬉しいのだが。
「いや、それはダメだ。そうなると、僕は1回戦以外、全部他人の力で優勝する事になる。…それは
「そうだろう!さぁ焦凍!準備するぞ!」
「ーーーいや、今の俺はこの体育祭に相応しくない。その前に“やるべき事”がある。…お前が教えてくれた事だ、物間」
「…どこ見てるんだ、っていうお前の言葉通り。俺はあの時、なりてぇモンが見えてなかった。お前のお陰で気付けたーーーーありがとう」
…申し訳ない事に全く覚えてないが、僕の言葉は轟の心に響いたらしい。そして今、真摯に僕の目を見つめ、感謝の言葉を紡ぐ。
いや、なんで今言うんだよ。さっきの気まずい時間に言ってくれ。…じゃないと、何故かこっちが恥ずかしくなる。
丸くなった態度の轟に目を瞠るエンデヴァーと、普段より数段ニッコリな笑顔を浮かべるオールマイトを見ながら、僕は咳払いをして調子を戻す。
「…そもそも、僕は出ないとは言ってないし。今回は誰の《個性》もコピーしない」
「しかし物間少年。その体調ではとてもじゃないが爆豪少年には…」
僕はオールマイトの言葉に首を振る。
確かに状況は最悪だ。あのセンスの塊少年に勝つのは至難の業だ。ただ、だからこそ。
「ーーー僕が狙うのは、完膚なきまでの一位なんですよ」
この逆境を乗り越える事で、それを証明してみせる。
⭐︎
『さぁ雄英高体育祭もいよいよラストバトル!1年の頂点がこの一戦で決まる!いわゆる決勝戦は、ヒーロー科物間寧人VSヒーロー科爆豪勝己!』
『しかも!!入試1位と2位がここでバトル!!特に物間には準決勝と同様ドデカイので下克上を期待されてるゾォ!?』
『…《コピー》するにしても、爆豪には触る事すら困難だ。そこをどう攻略するかだな』
観客からの期待の声を聞きながら、僕と爆豪は向かい合う。目眩がする…そして寒い、いや、熱い。
そんな絶不調な身体に鞭打って、B組の皆に手を振る。そういえば、僕はB組の為にも戦ってたんだっけなぁ、なんて、おぼろげに思い出す。頭が回らない。
ミッドナイトが口を開く。
「両者、準備はいいですか?……物間くん、本当にいいですか?」
どうやら、さっきの僕の大立ち回りがトラウマになっている様子のミッドナイト。そんな彼女に苦笑いを向けながら、頷く。あとでちゃんと謝らなきゃなぁ。
「はい、
我ながら、演技は上手いと思っている。というより、“
身体の不調を一切悟らせず、僕は煽るような笑みを爆豪に向ける。
「…俺
霞む視界で、怒りを燃やす爆豪を見ながら僕は心の中で否定する。
ーーいいや、ただ、自分の力で勝ちたいだけさ。
『それでは決勝戦!A組爆豪君と、B組物間君の試合を始めます!!ーーー開始!!』
試合開始と同時に僕は走り出す。
さぁ決勝戦に相応しい、
僕は回らない頭で、これまでの爆豪の戦いを思い返す。
1回戦、爆豪
ーーーーー《
ーーーーー
つまり今《コピー》の為触れようとする僕に対しても、逃げる事なく、迎撃態勢をとる。
それを確認しながら、僕はーーーー
「ーーーーあぁん?」
「ーーーーまさか、」
最初に違和感に気付いたのは、同時に2人。
目の前の男、爆豪勝己と、観客席で察した緑谷出久だった。本人は何故かは知らないが、今この会場に
「ーーーそりゃ気づくか。“体験してるもんな”」
そう呟きながら、僕は“走る”。
スピードはそんなに出ていない。体調が悪いから遅いまである。けど、何故か、
確信をもった緑谷が驚きのあまり声を張り上げ、その声が僕の耳にも届く。
「ーーー“レシプロ・バースト”!!」
緑谷
たった2回。観客席から見た飯田天哉の“必殺技”の走るフォームを、完璧に再現する。不可能に近い芸当を、僕の“
緑谷戦で見た1度目で、僕はその構造を理解した。
《エンジン》のトルクの回転数を操作して、爆発的な加速を可能にするーーー1分もすれば行動不能になる、誤った使用法。そのせいか、脚が先走るような走り方となる。
2回目の爆豪戦では自分が使っている所を完璧にイメージした。あとは今、それを再現するだけ。
「ナメてんのか…!!」
ただ、スピードまでは再現できない。《
実際にその速さを体感しーーそれを破った爆豪には通用する筈もない。
だが、それでも構わないという風に、僕は2回戦を再現する。
2回戦と同様に距離は詰められ、僕の右足の蹴りが、爆豪の首を襲う。と同時に、当然、
ーーーー爆豪にとっての“勝ち筋”を再現され、思わず同じ回避行動……僕の背後を取るという行動に出る。僕の誘導した通りに。
「ーーーーっ!」
想定通り、空を切った僕の蹴り。その反動を利用して後ろに向き直る。しまった、という顔をする爆豪と目が合う。
そして、そういう切羽詰まった爆豪の動きを、予選も含めた全てを以って予測する。
ーーー
「…捕まえた⭐︎」
無防備な右腕を左手で掴み、右手の《
場外にはならなかったものの、僕と爆豪の間には試合開始前くらいの距離が再び開く。
ただ、状況はもう違う。僕は先程とは違い掌で小さな《爆破》を発動させながら、爆豪に告げる。第一難関はクリアした。
「さぁ、第2ラウンドと行こうか」
「チッ、クソが!この俺が…!」
僕の思い通りに誘導された。その事実が、爆豪を苛立たせる。
その戦法で“勝ったことがある”という
だが、そんな苛立ちが治まったのか、爆豪は一転、悪どく笑う。
「ーーーへっ、イラつくが、これはこれで構わねぇ。《無個性》のカスをぶっ潰しても1番とは言えねぇからな」
「俺が目指すのは、ただの一位じゃねぇ。
どこかで聞いたフレーズを口にしながら、自信満々に笑う爆豪。
「…へぇ、そんなに自信があるんだ」
「ーーーあぁん?どんなにお前が《
ーーーそれは俺だけの《個性》だ。
「…はは。1つ、良い事を教えてあげよう」
自分が“1番”、“オンリーワン”だと口悪く笑う爆豪に向かって、僕も笑う。あぁ、本当に滑稽だ。
目眩でふらつきそうになる足に意識を集中させながら、僕は爆豪に向かって、告げる。掌を《爆破》させながら。
「ーーーーこの世に僕がいる以上、
誰にも、“超常”を独り占めなんてさせない。
お望み通り見せてあげよう。
物間寧人の“全力”を。