ファントムシーフ
「それでそれで、決勝でのあの動き。相手の爆豪くんって子みたいだったよね?狙ってやったの?どうやるの?」
「波動さん…用があるのはミリオだ。あと、物間くんも嫌そうだ」
体育祭から1週間と少し。優勝の熱も落ち着き始めた頃、僕は食堂で昼食を食べていた。いつもはB組の愉快なクラスメイトと食べるのだが、今回はまた特殊な状況だ。
「それに……俺達の前に先客がいるようだ」
「いえ、オレは別に。蕎麦食ってるんで」
「……はぁ」
僕の正面の3つの席を埋める偉大な先輩方の1人、
「見れば見るほど不思議な子だね。ミリオが気にかけるのもわかるかも」
「サーが気に入ってた子だからね!そりゃ勿論、俺も気になるさ!」
正面で質問攻めしてくる波動ねじれとその横で笑顔を浮かべる通形ミリオの姿を見ながら、僕は天井を見上げ、どうしてこの状況になったのかを思い出していた。
『…物間。これから昼飯か?もしよかったら、一緒に食わねぇか?』
そんな、轟の一言から始まった筈だ。何か話があるのは雰囲気で悟ったし、断る理由もない。話の内容も予想できていたが。
それぞれの昼食を注文する為少し別れ、僕はグラタンと共に空いている席へ座ろうとした。轟もその後蕎麦を持って僕の正面へ向かおうとした所だったが、それより先に席を埋めた人がいた。正面の女性が口を開いた。
『君が物間寧人くん?だよね。今年の1年の体育祭の話は有名だから、顔はわかるんだ』
『…物間、この人は?』
取ろうとした正面の席を諦め、僕の横に座った轟が、当然の疑問を僕に向ける。
『波動ねじれ。3年の体育祭で見事準優勝を飾った先輩だよ』
『あれ、不思議。なんで知ってるの?』
『録画してたので』
先日行われた雄英体育祭はド派手に全国放送されている。それは学年問わず同じだ。3年の体育祭もある程度僕は見ている。準優勝という功績ならば、記憶にも残りやすい。
『そっかそっか。じゃあ話が早いね。…あ、ミリオ!環!こっちこっち』
だから、続いて波動の両横に座った2人の先輩についてもある程度知識はあった。勿論初対面だが、波動の口ぶりだと僕に用がある事はわかる。ただ、何の用かはわからなかった。
『初めまして、だね!3年B組、通形ミリオ。よろしく!』
『どうも。それで、どうして3年のトップの通形先輩がここに?』
『珍しくサーが興味を持った生徒だからね!俺も気になっているのさ!』
その言葉を聞いて、納得がいった。プロヒーロー、サー・ナイトアイと繋がりがあるのなら僕に話しかけるのは不思議な事じゃない。
『わかりました。とりあえず、轟との話が終わったらでいいですか?』
どんなに偉大な先輩方であろうとも、先約は轟だ。順番は守ってもらおう。
『勿論大丈夫さ!…俺はね』
『…俺、
『それで、私の《個性》も使えるの?ちなみに《波動》はね、威力はあるんだけどねじれちゃうから速さはないんだ。なんでかな?』
そんな僕の願いは叶わず、正面に座る波動ねじれの口が開いた。そして全く閉じない。好奇心旺盛なその性格で、会話のペースが独特だ。
こうして轟焦人と僕、そしてビッグ3との奇妙な昼食が始まった。
⭐︎
「轟、話を聞こうか。用があったんだろう?」
「いいのか?」
「いい。どうせ職業体験の話だろう?」
いい加減話を進めないと不味い。未だ興味津々の視線を向けてくる波動ねじれを無視し、僕は強引に轟に会話を促す。
当然だが、昼食時の食堂には生徒が多い。その多くの生徒はこの異色なメンバーでの食事に奇怪な視線を向けている。目立ちたくない訳でも無いが、見世物のような扱いをされるのは困る。
さっさと話を切り上げたい気持ちが生まれてくる。恐らく2人とも同じ用件なのだ、結局はまとめて話す事になるだろうが。
「今回の職業体験で、オレは親父から指名を受けた。そして確認なんだが、お前も指名されたよな?」
「まぁね」
「えー。やっぱ凄いんだねぇ、物間くん。エンデヴァーとの繋がりもあるんだ」
「…あの有名な“親子対決”の一端を担ったんだ。不思議な事じゃないよ、波動さん」
轟の言葉に肯定し僕は先輩方の反応を見る。どうやら、僕とエンデヴァーはそれなりに深い関係だと勘違いされているようだ。
エンデヴァーの、息子への歪んだ固執について詳しくない一般人には単なる興味湧くイベントのように感じたのだろう。
実際はその轟焦人に対する執着を利用し、《ヘルフレイム》を僕が使う状況まで持っていっただけなのだが。まぁ、人様の家庭事情など知る由もない。
…そんなこんなでエンデヴァーと関わりを持った僕だが、何故か彼には嫌われていない。寧ろ気に入られている方だ。
その証拠に指名が来た。あのNo.2から。
「…オレは、親父の指名を受けようと思ってる。父親の下じゃなく、No.2まで登り詰めたプロヒーローの下で学ぶつもりだ」
以前の…僕と轟の準決勝よりも迷いがない顔つき。体育祭のあと、何か気持ちを切り替えるきっかけを得たのだろう。そういえば、“しなきゃいけない事”があると言っていた。それを終えたのだろう。
そんな轟は言葉を続ける。
「それで正直、物間にも来てくれると助かると思ってる。やっぱアイツと2人きりってのは慣れねぇから。それにお前とも仲良くしていきたい」
…どうやら、僕は轟父子に随分と気に入られているらしい。意外な高評価に僕は内心で驚いていた。
No.2ヒーロー、エンデヴァー。そこでの職業体験で得るものは少なくない。それは考えるまでもない事だ。
No.1のオールマイトは雄英教師なのだから当然だが、僕が受けた指名の中では最もヒーローチャート…順位が高い。
断る理由など無いに等しい。だが。
「悪いね、轟。もう行く所は決めてるんだ」
そう言って僕は轟に向けていた視線を、左斜め前に向ける。
通形ミリオ。個性《透過》を駆使し3年雄英体育祭の優勝を飾った、トップクラスの実力者。恐らく、この高校で彼に敵う生徒はいない。僕ですらも。
そして先程から一方的に話す波動ねじれから聞いた情報では、現在サー・ナイトアイの下でヒーローインターンを行なっている。
僕はオールマイトのように常に笑顔を浮かべる先輩へ向かって、頭を下げる。
「少しの間ですが、お世話になります。通形先輩」
それは僕が、サー・ナイトアイの指名を受け入れる事の表明だった。
僕の中に、迷いはなかった。
⭐︎
職場体験。
その説明は、先日のヒーロー情報学の授業で詳しくされた。我らの担任ブラド先生の説明はいつもわかりやすくて助かる。
体育祭の結果や個人のコネクションで全国のプロヒーローから指名が来る…というより、来た事。
本格的な指名は即戦力となる2・3年生からであり、ここでの指名は将来性に対する興味に近い事。
そして、ハイテクな黒板に表示されたB組の指名件数は、1位が僕、次点で塩崎、鉄哲、拳藤。あとは騎馬戦で派手に《個性》を見せた骨抜や凡土などがチラホラと。
「あぁ…!!やっぱダメかー…」
「そりゃそうだ。障害物競走では《個性》を温存して、騎馬戦でも見せ場無かった奴に指名なんか来るわけないよな…」
多くのクラスメイトが憂鬱な気分になるが、当然とも言える結果だった。今回B組で目立ったのは本戦のトーナメントに参加した物間騎馬の4人だ。
鉄哲が1回戦負けにも関わらず少し指名数が多いのは、2回戦の僕の戦いが影響してるだろう。《スティール》の可能性を広げた戦い方は、僕の評価を上げると共に鉄哲の潜在能力に気付かせる。
拳藤も騎馬戦での咄嗟のサポート力、短所長所がはっきりしている《個性》なので育てやすい。そんな観点から指名数を少し伸ばしているのだろう。
塩崎に関しては言わずもがな。3位という記録は伊達じゃない。
とりあえず、僕が目をつけた3人に関しては心配いらないだろう。職場体験を終えた頃には更に強くなって帰って来る事を確信した。
その他の生徒に関してはどうするか……そんな事を思案しながら、僕は自分を指名したプロヒーローの一覧に目を通していた。
「No.9のリューキュウ…No.5のエッジショット…No.4のベストジーニスト……」
今や名高いプロヒーローが名を連ねているのを見ながら、更に目を通していく。不思議なことにNo.4のベストジーニストに指名を貰った事は素直に喜べなかった。
No.2ヒーロー、エンデヴァーの名前を見た時は思わず二度見したものだ。指名が来るとは思っていなかった。
そんな中僕は、“サー・ナイトアイ事務所”の文字を見つける。
「…………」
個性《予知》の存在を噂程度に知っていた僕は、思わず笑みを溢した。
もはや、ヒーローチャートの上位に名を連ねるプロの事など、頭から消え去っていた。どうでもいいとすら言える。
期待はしていた。優勝という箔がついた僕になら、可能性はあるんじゃないかと。
個性《予知》ーーーー“超常”の中の“超常”に
⭐︎
そんな先日の事を思い返しながら、僕は下げていた頭を上げ、通形ミリオに向き直る。
「うん。歓迎するよ、物間君」
笑顔で応えてくれる通形先輩。僕は同じように笑顔を返しながら、質問する。
「ちなみに、ナイトアイが僕を気にかける理由って知ってますか?」
ナイトアイがこの様な形で生徒を指名するのは珍しいとブラド先生から聞いている。目の前の通形ミリオの様な潜在能力を認められた生徒が指名されるので、ナイトアイのお眼鏡に僕は適ったという事だ。
その理由。いつ、どの戦いから僕の実力を認めたのかを問う。
「やっぱり、僕と…この横にいる轟との準決勝ですか?」
僕に断られたが表情は変わらない轟を親指で指差しながら、続けて聞く。
僕と轟の“擬似親子喧嘩”。No.2ヒーローのエンデヴァーが間接的にだが雄英体育祭に参戦、しかも相手は実の息子となると、話題になるのは当然だった。今年の1年体育祭が例年よりも目立っているのは、この事が大きい。
その戦いぶりから僕の強さ…一部では《ヘルフレイム》の強さと噂されているが、普通科のやっかみとして気にしないことにしている。
それはそうと、あの準決勝で僕の実力を認めた人は多い。
ナイトアイもその中の1人だろうか、と予想を立てた。だが、通形先輩は首を横に振る。
「いいや、違うさ。サーは決勝…爆豪君との戦いを見て君に指名を入れたんだ。興味を持ち始めたのは、たしかに準決勝だったらしいけどね」
僕が体育祭に臨んでいる間、この人も体育祭の真っ只中だ。恐らく、後にナイトアイの相棒から聞いた情報だろう。
「サーはこう言っていたらしいんだ。……
正直に言えば、ある。
僕の全力を以てしてやっと発揮できる大技。長い時間をかけ戦いの中で相手を理解…“
僕が確実に“
情けない事だが、爆豪戦ではそれまでの負担に身体が耐えきれなかったのであと一歩及ばなかった。
どうやら、ナイトアイはその動きに興味を持ったらしい。画面越しでもそんな事がわかるナイトアイの観察眼には驚く。…だが、本当にそれだけだろうか?確かに僕の“未来視”はナイトアイの《予知》に似ているかもしれない。そこに興味は生まれるだろう。
けど、イマイチ納得がいかない。それだけの事で態々職場に一生徒を招き入れるだろうか。モヤモヤする。
だが、この事を口頭で説明するのは難しい。“未来視”の概念も、僕の懸念も。
「えぇ、まぁ」
だから曖昧にその辺は誤魔化して、僕はこの食堂を後にする事に決めた。また近い内に通形先輩とは会う事になるのだから、今人目が多いこの場所で懇切丁寧に説明する必要はない。
轟に別れの言葉を告げ、僕は食堂を出て教室に戻る。長話しすぎたせいで、昼休みはもうすぐ終わりだ。
「ところで轟くん。その火傷の跡ってどうしたの?」
何やら地雷を踏みに行った波動ねじれの言葉を薄らと聞きながら、 B組に向かう廊下に向かい、歩く。
「あ、物間くんや」
「昼休みはあと僅かだ!速やかに教室に戻った方がいいぞ!」
そんな廊下で、A組のよく見る三人衆。飯田、麗日、緑谷と遭遇した。それぞれ、手には教科書とノートを持っている。
「やぁ。移動教室かい?」
「うん。今日は13号先生の救助訓練講座なんだ。大きいモニターがある2階の教室じゃないとダメらしいよ」
「なるほど」
波動ねじれに捕まった轟は大丈夫だろうか、と少し心配しながら緑谷に声をかける。僕が心配に思ったのは轟だけじゃなく、緑谷もだ。
「それで、そのボロボロな姿は喧嘩でもしたのかな?」
「…あはは」
苦笑いを浮かべる緑谷の姿は腕や脚、顔に多少の傷を浮かべたものだった。大方、《個性》の扱い方に苦戦しているのだろう。
…まだ使う使わないのスイッチに囚われているって所だろうか。
何はともあれ、僕からのヒントを得て小さな一歩を踏み出したところだ。これ以上僕が口出しする必要もない。
なので、職場体験に話題を変える。
「ところで、君はどこで職場体験するんだい?」
「えーっと…グラントリノって方で、もう引退してるけど雄英教師だった事もあるらしいんだ。知らないよね?」
「へぇ、知らないな。そっちの2人は?」
グラントリノ…僕には聞き覚えがない名前だ。一応頭の片隅に入れておき、緑谷の両端にいる2人にもどこにいくかを聞く。
麗日がバトルヒーロー、ガンヘッドの事務所。そして飯田がノーマルヒーロー、マニュアルの事務所。
「…へぇ」
それを聞きながら、僕は飯田に目を向ける。飯田天哉の兄…プロヒーローインゲニウムの話は噂として耳に入っている。巷で噂のヒーロー殺しの件だ、話題性は高い。
「どうした?物間君。…って、あと1分で授業開始だぞ、行こう2人とも!」
「あ、うん!」
「またね物間くん!」
生憎飯田天哉に詳しい訳ではないが、いつも通りA組委員長としての責務を全うするような態度、兄の件を引きずっている様子はないように思える。
部外者の僕が口出しするわけにもいかない。A組の3人をそのまま見送って、僕はB組の教室へ戻った。
あぁ、僕はオールマイトの元
…体育祭を通して、A組の数人と軽く話す仲にはなった。轟や緑谷には僅かに尊敬されている気がするし、2回戦で戦った切島とも廊下で声をかけられる。
あと、コスチュームの件で八百万の手も借りたっけな。顔見知りになっておいてよかった。
「あ、いた物間。さっきミッドナイト先生が呼んでたよ」
そんな事を思い返しながら教室に入るや否や、拳藤がそう声をかけてくる。
「…ミッドナイト先生?何かしたっけ?」
「アンタねぇ…。ヒーロー名、B組の中で決めてないのアンタだけよ?多分その件」
………ヒーロー名?初耳だ、ヒーロー名を決める話なんて僕は聞いてない。だが、プロヒーローの下で職場体験する上で僕らヒーロー志望も名前があった方が都合が良いのは確かだ。話の流れとしては納得がいく
ということは。
「職場体験の説明の後、ミッドナイト先生がヒーロー名考案の時間取ってくれたでしょ?」
…その時間は、僕が《予知》に心奪われている時間だ。どうやら、上の空でヒーロー名の話題が耳に入っていなかったらしい。これは失態だ。
「ヒーロー名…か」
しかし参った、思いつかないのだ。本名でもいいが、エンデヴァーのような深い意味のヒーロー名に憧れる気持ちはある。適当につけるのは気が進まない。
「…拳藤は何にしたんだっけ?」
「バトルフィスト、わかりやすいでしょ?」
「確かに」
《大拳》を使ったパワー、それがヒーローとしての拳藤の魅力だ。女の子っぽいかどうかはともかく、名前と特徴が繋がっている。
オーソドックスな名前の付け方と言える。
…けど。
「僕の《個性》だと、そういうのはできないな」
「あー、確かに。イメージが定まらないよね」
僕の《個性》コピーはそう単純にはいかない。確固たるイメージは無く、臨機応変に適応していくヒーローになる事は間違いないだろう。
そうなると神出鬼没や、曖昧なイメージをヒーロー名に取り込むのも手だろう。
授業が始まったので、拳藤は僕から離れて席につく。ヒーロー情報学の授業が始まって数分、僕は自身のヒーロー名について真剣に考えていた。
「…
幻のように曖昧な存在。それが僕のヒーローとしての方向性、それが変わることはない。強さも弱さも状況によって常に変動する。
そして、他人の《個性》を使うという僕の戦い方も考慮するなら。
「“ファントムシーフ”…か。悪くないな」
幻の泥棒。怪盗のようなヒーロー。“正義”とは少しズレている気もするが、そもそも僕に“正義”は似合う気がしない。
何にでもなれる、幻のようなヒーロー。
これから一生付き合っていくであろうヒーロー名を数回反芻し満足した後、僕は数日後始まる職場体験に思いを馳せた。