「ーーーぐっ!」
《透過》の応用ワープで背後を取られた。それは予測出来たが、ガードのため組んだ腕をすり抜け、僕の腹に拳がめり込む。普通に痛い。
「また負けた…」
「まだまだ甘いね!いくらなんでも、一年坊に遅れは取らないさ!」
ナイトアイ事務所での職場体験が始まって1週間。もはや日課と化している早朝のミリオ先輩との1vs1を終え、朝日を眺めながら会話する。
まぁ、僕は腹パンされてうつ伏せになってるから朝日は見えないんだけど。
「ぐ…わかっちゃいたけど強過ぎる…」
僕とミリオ先輩との相性が悪いのを抜きにしても、ミリオ先輩の積み重なった経験での予測は凄まじいものだ。
悉く動きを読まれて、躱される。
それに、《透過》を《コピー》するにも触る為の手はすり抜けてしまうのでどうしようもない。こうしてなす術なく腹パンされるまでがいつもの流れだ。
一度だけミリオ先輩の油断から《透過》をコピー出来たこともあったが、その時は着ていた服が脱げるというハプニングもあったものだ。勿論露わになった僕の腹には容赦なく拳が飛んできた。圧倒的屈辱。
以降、こっそり夜中に《透過》の練習をしたりしている。
《透過》は思っていたより調整が難しい個性だ。ワープやすり抜けなどはまだ形にもなっていないが、今日では何とか服を着たまま発動させる事ができるようになった。
まぁ、それでもミリオ先輩には敵わない訳で。
「流石、雄英のトップ…。3年生の中じゃ敵無しじゃないですか?」
それどころかこの人、プロも含めてもトップクラスのヒーローじゃないか。
「いいや?決勝で波動さんとは良い勝負だったし、環も俺と同じくらい強いのさ!」
「天喰先輩…ねぇ」
「おや?あんまり環の事強くないと思ってる?」
「いや、そこまでは言ってませんけど」
なんだろう、あの人についてはまだ底が見えていない。
雄英体育祭という大観衆の中だったからか、ベストを尽くしていなかった印象を持っていた。それでも結果は3位というのだから、充分強いとも言えるわけで。
「知ってるかい?環のヒーローネームは、
「太陽…」
ミリオ先輩の眩しい笑顔を見ながら、呟く。
…本当にこの人、オールマイトの隠し子なんじゃないかってくらいヒーローに向いてるよ。
⭐︎
「次はこっちだ。ついてこい」
「…はぁい」
早朝のミリオ先輩の訓練を終えると、昼前にはナイトアイと2人でのパトロール。僕は常時生意気モードだ。
そんな感じで険悪な雰囲気にはなってしまう。たまに体育祭優勝を祝う声がかかるが、その時は僕も悪い気はしないので、少し明るくなる。
ミリオ先輩…ルミリオンとバブルガールはペアで別の地区へパトロールに向かっている。
…パトロールするならバブルガールとが良かったな。
この1週間、特に事件は起きておらずただナイトアイと2人並んで散歩する事を続けている。
どうしてこんな長身細身メガネと横に並んで街を歩かなければならないのか。
「………はぁ」
思わずため息。
その理由はわかっているが、簡単に受け入れは出来ない。近くにいた方が観察しやすいのだろう。
「……む」
「ん?」
そのまま足を進め、角を曲がる。すると赤いショートカットの少女が蹲っていた。5歳くらいで、膝を丸めているから表情はよく見えない。
僕とナイトアイは駆け寄り少女に話しかけた。
「どうしたんだい?」
「…えっと…その、ママがいなくて…」
迷子、か。これはまた一種のヒーロー活動だ。
母親とどこかで逸れて途方に暮れていた所だったのだろう。
さて、どうするか。
涙目の少女から一瞬目を離し、僕とナイトアイは視線を交わす。
「………」
“お前がやれ”と言わんばかりの視線を向けるナイトアイ。あぁ、子ども苦手そうだもんな。
…いや、違うか。
僕の力量を見極める為、か。
この職場体験で、ナイトアイは僕を試し続けるのだろう。僕の実力を知る為に。
…やれやれ。本職が職場体験に来た生徒に仕事を任せるとは、場合によってはヒーロー失格じゃなかろうか。
職場体験っていうのは僕らヒーロー志望がプロヒーローの仕事ぶりを見て学ぶって行事だったはずなんだが。
まぁ、今だけは上司命令。
僕なりの“迷子の対処法”を見せてあげよう。
「ーーー
「…!?」
僕は
後ろにいるから見えないが、呆気に取られたナイトアイの表情が目に浮かんだ。
⭐︎
「…ふぅ、一件落着、と」
あの後自己紹介を軽く済ませ、これまで母親とどうやって来たのかを聞き出し、先ほどまで居たという商店街まで戻って右往左往した母親を見つけた。
何の工夫もなく、普通に迷子のトラブルを対処した。
そして、僕とナイトアイは何事も無かったかのようにパトロールを再開した。
「…………」
…なのだが、ナイトアイからの視線がやけに痛い。
何故、しっかり解決したのに。
そう思いながらナイトアイの怪訝な顔を見る。すると、口を開いた。
「さっきのアレはなんだ?正直、鳥肌が立ったぞ」
「アレって…あぁ、僕の笑顔の事ですか?良い笑顔だったでしょう?」
僕は得意げに笑う。
「
言うなよ。
そう抗議する僕に構わず、ナイトアイは続ける。
「貴様は卑屈に陰湿に捻くれた笑顔がお似合いだろう。今のような。それが何だ、あの…まるでミリオの様な顔は」
殴ってやろうか、この男。その言葉は飲み込んだ。
「…あぁ、正解ですよ」
「は?」
「ミリオ先輩なら、ああやって迷子に対処するでしょう?」
深くは語らない。恐らく、この言葉だけでナイトアイには伝わるだろう。僕の“
不本意だが、僕はナイトアイの言う通り笑顔が得意ではない。ミリオ先輩とも話した事だ。
だが、迷子で困っている少女に向かって、“卑屈に陰湿に捻くれた笑顔”を向けるのはヒーローらしくない。
例えば、怪我などを負っていて救助が必要な子どもや老人が居たとする。そこに辿り着いたヒーローの第一声が、「うわぁ、大変だ!」だと、要救助者に不安を与える。
だから、オールマイトはこう言うのだ。
「ーーー大丈夫!ワタシが来た!」
つまりはそういう事だ。
ヒーローは強さだけで成り立つモノじゃない。このような明るい印象が必要な場合もある。
だから、僕はミリオ先輩の笑顔を“
あの少女を安心させる為に。
「呆れたな。自分の笑顔で安心させようとは思わなかったのか?」
「今出来ない事を無理にはしませんよ」
人に倣う事が、悪い訳はない。
「…なるほど。それが最善だと思ったら、貴様は自分を殺すんだな?」
そんな、意味深な事を告げるナイトアイ。
少し大袈裟な言い回しだが、内容は的確だ。僕は頷く。あの場では僕の笑顔ではなく、ミリオ先輩の笑顔が最善と判断したのだから。
「まぁ、そうですね」
「…その言葉を覚えておけ」
そう言って、ナイトアイは歩きを進めた。
うーん、やっぱりこの人はよくわからない。
⭐︎
「はぁ、歩いた歩いた」
「おつかれ〜、物間君。はい、お茶」
「どうも。バブルガールさん」
昼休憩。
ナイトアイ事務所で昼食を取り、少しの間の休みを満喫する。
ソファに座りながら、テレビを見て時間を潰す。
ふと周囲を見渡すと、ナイトアイとルミリオンだけがおらずバブルガールが僕と同じように休んでいた。
「あれ、あの2人は?」
「サーとミリオ君?2人は今出た所だよ。明日は商店街でお祭りをするからね。その関係で」
「お祭り?」
「うん。といっても、食べ物の屋台が並ぶだけだけどね」
そういえば、さっきの迷子の子を連れて商店街に行った時はやけに騒がしかった。なるほど、祭りの準備でもしてたのか。
「祭りの間には事件が起きてもおかしくないから巡回を強化するんだ。君も、これまで以上に歩くよ?」
「へぇ、この地区は今そんな時期なんですね。…あれ?ならなんでセンチピーダーさんは出張に行ったんですか?」
僕を迎え入れた先週、確かもう1人の相棒、センチピーダーという方が“保須”に向かった筈だ。
人手が足りなくなりそうなこの時期に、どうして彼をここから離れさせたのだろうか。
「あれ、聞いてない?ヒーロー殺しの話」
ヒーロー殺し、ステイン。
その名は最近よく耳にするし、知人の兄が被害に遭ったとも聞いている。
…あぁ確か、インゲニウムが襲撃されたのはーーー。
「そうか、保須か」
「そういう事。付け加えて言えば、奴はこれまで出現した7か所全てで必ず4人以上のヒーローに危害を加えている。保須ではまだインゲニウムしか襲われていないからね。サーの読みでは、まだ保須で犯行を続けるってさ」
「へぇ、意外と考えてるんですね、あの人」
人間性に難あるというか、僕個人として気に入らない人ではあるけど、プロヒーローとしては実績を持つようだ。
そんな僕の心情を察したのか、バブルガールは笑う。僕とナイトアイの仲の悪さは事務所内で有名だ。
僕は気まずい気持ちから口を開いた。
「…それなら、こっちのお祭りよりも保須に向かわせた方がいいんじゃ」
単なる商店街の祭りより、危険性の高いヒーロー殺しに着目すべきだろう。ナイトアイ本人が保須に向かっても良さそうなモノだが。
「あぁ、それなら心配いらないってさ。ヒーロー公安委員会に連絡した所、保須にはエンデヴァー事務所も向かってるらしくてね。これ以上の戦力は不要なんだ」
エンデヴァーも保須へ、か。ナイトアイの予測と同じ判断を、No.2も下したという訳だ。
こう考えると、ナイトアイは《予知》ではなく予測が得意なヒーローとも言えるだろう。
「そういえば、あの人いつも資料室に篭ってるな」
「あぁ、あそこにはこれまでのヴィランの資料が残ってるんだ。サーはそこから事件を予測するんだよ」
資料、か。情報から予測、そこからヴィランを退治する。
これがナイトアイのヒーロー活動の流れなのだろう。
「あれ、興味ある?」
「まぁ、少しは。…ナイトアイの仕事ぶりを見る機会があんまり無かったので。資料室を見学してみたいですね」
「え?あんなに2人一緒にいるのに?」
ナイトアイの仕事ぶりを見るどころか、僕の仕事ぶりを見られてばかりだ。
そう言う訳にもいかないので、誤魔化しながら資料室に入る。初日の最悪の顔合わせのイメージが無ければ、ファイルに囲まれた普通の部屋という印象を持っただろう。
続くように資料室に足を踏み入れたバブルガールがご丁寧に解説してくれた。
「こっちの棚は有名なヴィランのデータね。学校でもやってるでしょ?犯罪者学で。異能解放軍指導者デストロ、稀代の盗人、張間謳児とか」
「いや、それは2年からのカリキュラムだったような?でも、名前は聞いた事ありますよ」
「へぇ、そうなんだ。こっち側は指定敵団体のファイルだね。指定敵団体っていうのは敵予備軍みたいなものでヒーローとしても監視下において警戒してるんだ」
へぇ、ヴィランの中でもそんな区分があるのか。
そう思いながらファイルの表紙に目を向ける。『死穢八斎會』…聞いた事ないな。
僕はまた別のファイルを手にとる。
「あ、そっちは特に徒党を組んでないヴィランのファイルだね。ほとんどソロで、各地を転々としてるんだ」
「へぇ…」
そう呟きながら、僕はペラペラと流し読みする。
『連続失血死事件』
『連続焼死体事件』
少し昔の話の前者に関しては容疑者は存在するようだが、未だ逃亡中。名前や顔写真なども無かった。小さくメモで、“未成年の為メディア等へは非公表、調べる場合は警察署本部のデータベース”と書かれている。
最近の事件らしい後者に関しては目撃者も証拠も出ていないのか、犯人の情報は無い。“炎”の《個性》…か。
ある一家が頭をよぎったが特に関係ないだろうと思い直す。
「それにしても、一口にヴィランと言ってもそれぞれ規模が違うものですね」
「まぁね。大物のデストロからその辺のチンピラの類まで、多種多様だね」
「そして今勢いのあるヴィラン連合…。嫌な世の中になってきましたね」
バブルガールが思い出したように手を叩く。
「あぁ、USJの!大変だったよねぇ、雄英も。オールマイトが撃退したんでしょう?」
「えぇ。僕はその場にいなかったので詳しくは知りませんが」
ここにA組の生徒でもいれば、詳細を知れるんだけどな。
「この辺の結構凶悪なヴィランが、ヴィラン連合とかの1つの団体としてまとまると厄介ですね」
「確かにねぇ…」
うんうん、と頷くバブルガール。
未だソロで活動しているヴィランが異能解放軍やヴィラン連合に入る可能性は充分あるだろう。
ヴィラン連合の目的は世間から見てもまだ明かされていない。どんな思想のもとで犯罪を行なっているのか。
それを踏まえてヴィランは集まってくるのだ。チンピラ程度ではない、“我”を持った凶悪なヴィランが、思想の実現を求めて。
今後世間に向かって明かすであろうヴィラン連合の目的によっては、更に勢力を伸ばす可能性もある。
このように超人社会は、少しずつ闇に飲まれていく。
どうして今、状況は悪化しているのか?要因はいくつかあるだろう。
その一つにオールマイトがヒーロー活動のみでなく、雄英教師の業務をこなしているというものがある。
当然教師を兼任する事によって、以前よりヒーロー活動は“少し”減った。その“少し”が、ヴィランの精神的な付け入る隙なのだろう。
それ程までに、平和の象徴の影響は大きい。
気付けば僕はナイトアイの資料室で、そんなことを再確認していた。
⭐︎
翌日。
コスチュームを着た僕とナイトアイは、普段と同じようにパトロールをしている。
普段と違う事と言えば、街の騒がしさだろう。祭りが始まり活気付いている。
「おぉ、来たな優勝の兄ちゃん!コスチューム似合ってるぜ!」
「おい無視するな。相手してやれ」
「あー、どうもー」
「あ、お兄ちゃん…!」
そして、絡まれる事も多くなった。ナイトアイに強いられ精一杯の愛想笑いで対応していると、見知った少女がこちらを見ているのに気付く。
昨日会ったばかりなのだ、勿論覚えている。
今はしっかりと母親と手を繋いで祭りを楽しんでいる。僕は手を振って“ミリオ先輩の笑顔”を浮かべる。少女は嬉しそうに手を振り返した。
「………」
そんな僕の姿を、ナイトアイは無言で見つめる。まるで責めるように。
なんだよ。その辺のおっさんと少女なら対応が変わってもいいじゃないか。というか当たり前だな。
そんな無言の抗議の視線を送ろうとした時だった。怒号ともとれる声が耳に届く。
「虫が入ってたんだっての!ダンゴムシ!見ろや!」
「そ、そんな…!何かの間違いじゃ…!」
どうやらトラブル発生のようだ。僕とナイトアイは現場に向かう。
すると、2人の男性が言い合っているようだった。
1人はたい焼き屋の店主。もう1人は単なるクレーマーってとこだろうか。
よく見ると、たい焼き屋の左隣の屋台の店主がニヤニヤと笑っている。
ふーん…?
「どうやら、たい焼き屋の売り上げに嫉妬して無理矢理クレームを入れたようだな。あのチンピラはただの雇われだろう」
「《予知》で視たんですか?」
「いいや。だが2つの店の仲が良好では無いのは調査済みだ」
「どこまで調べてるんですか…」
ヒーロー活動と言えるのか?それは。
僕とナイトアイが少し会話してる間にも、状況は進んでいく。
「ま、待ってくれ!」
「こんな屋台、ぶっ壊してやるぜ!」
そう言ってチンピラは足を《結晶化》させて屋台に蹴りを繰り出そうとした。《硬化》や《スティール》の類か。
まぁ、それは流石に見逃せない。
ナイトアイが瞬時に動き、チンピラの肩を掴む。
「これ以上くだらない事をするな。見苦しいぞ」
「あぁん?誰だテメー?」
「…どうりで見たことない顔だ。最近引っ越してきたのか?」
「だったらなんだってんだ?」
「いいや、無知ほど恐ろしいモノはないな」
なるほど。この辺りのヒーロー事情を知っていればクレームをつけるなんて事はしなかっただろう。ここが、サー・ナイトアイの管轄だと知っていれば。
元来喧嘩っ早い性格なのか、チンピラがターゲットを変えナイトアイと向かい合う。数秒後には、乱闘が始まるだろう。
「テメ…さっきからうるせぇ、な…、あ?」
その時、ピンク色の小さな煙が顔を覆い尽くし、
それを確認し、少し遠くに待機していた僕も現場に駆け寄る。
「……む?」
「ナイトアイ、とりあえず警察に引き渡しましょうか。
「…貴様か?」
「やだなぁ。仮免もない僕が何出来るって言うんですか」
仮免も持ってない者は《個性》を使ってはいけない。当たり前の話だ、それを破るつもりはない。
そう惚ける僕に厳しい視線を向け、到着した警察にチンピラを引き渡す。事情を説明し終えた後、路地裏に移動した僕はナイトアイの目の前で正座していた。
反省…する気は無いぞ。
「何をした?言え」
「…これを使いました」
そう言って僕はコスチュームの裾に隠していた、ピンポン玉サイズのカプセルを差し出す。
ファントムシーフのサポートアイテムその1、《
ミッドナイト先生の《眠り香》を衝撃で水風船のように割れるカプセルに入れるだけ。
そう言うと、ナイトアイは更に顔を顰めた。
「雄英の教師がこんな危険なサポートアイテムを許可したのか…?」
ミッドナイトの《眠り香》は香りを嗅いだ者はすぐに眠りにつかせる《個性》だ。使い方を一歩間違えれば大惨事にもなりうる強力な《個性》。
それを単なる生徒の僕に預けるなんて言語道断。ナイトアイはそう考えているのだ。
「やだなぁナイトアイ。僕の《個性》忘れちゃったんですか?」
では次に、
まずミッドナイトにこっそり触り、《
これで完成だ。
ちなみにカプセルに関してはサポート科に頼む線も考えたが、あれは教師を通さなければいけないので諦めた。ミッドナイトに見つかれば一発でアウトだ。
『八百万、頼みがあるんだけど…いい?』
『物間さんが…!ワタクシに…!?ひ、引き受けましょう!』
と、2つ返事で了承してくれた八百万には感謝しかない。…今思い返せば、妙な反応だったな。僕の悪巧みにも気付かず、カプセルを造った訳だが…。
まるで、自分を頼られるのが嬉しいような…?
まぁ、今はいいか。
頭を切り替え、目の前のナイトアイの顔を見る。呆れと納得と感心が入り混じったような表情。
「はぁ…なるほど…さっきの
“指弾”。僕の技術の一つ。大雑把に言えば、片手でするデコピン銃のようなものだ。勿論弾は《
「えぇ、ちゃんと《眠り香》の量も顔を覆う程度に調整しましたから」
「威張るな、阿呆め」
お叱りを受けたが、僕は少し不満の声を漏らす。
「いやぁ、僕の《個性》は使ってないからいいじゃないですか…」
「間接的には使ったのだろう。しかも学校の許可も無く…黒に近いグレーゾーンだ」
僕の予想よりだいぶ黒かった。緑谷のデラウェア・スマッシュとやらから得たアイデアなのだが、少々思い切った事をし過ぎただろうか。確かに反省。
「一応、ナイトアイがあのチンピラをやっつけたように見えるタイミングでぶつけたんですよ?」
実際、
「そう、これで証拠はナシ!感謝してください!」
そう言って再び威張る。諦めたようにナイトアイはため息をつく。
「何故ワタシが感謝する必要がある。あの程度のチンピラに負ける筈がーーー」
「ーーーでも、店に被害が出る確率は高かった」
僕がそう言うと、ナイトアイは口を閉じた。先を促すように僕を見る。
「《結晶化》の個性の特徴は“倒れにくい”こと。短期決戦でのノックダウンはあまり期待出来ません。加えてナイトアイの身体能力は高いと言っても無個性レベル」
「ーーーナイトアイが勝ったとしても、あのまま続けていれば祭りの雰囲気が損なわれる」
それが、《眠り香弾》を使った理由だ。
「…はぁ。今回は不問にしといてやろう。次はちゃんと教師の許可……いや、仮免取ってからにするんだな。これは没収だ」
「…あぁっ!」
そう言って僕が差し出した《眠り香弾》を懐にしまうナイトアイ。どこかで処分されるのだろう。
強い衝撃で破裂するので、扱いは当然慎重になる。なので、在庫は2つしかないのだ。
つまり、今の僕の手持ちはゼロ。…仕方ない、諦めよう。
「今日はもう貴様のパトロールは終わりだ。ここからはワタシとミリオが引き継ぐ。事務所で反省するついでに休んでるんだな」
メインが反省なのは納得いかないが、上司の命令は絶対だ。渋々頷き、僕はナイトアイ事務所へ帰っていった。
⭐︎
そこからは特にハプニングも無く、ただただ時間が過ぎていった。早朝のミリオ先輩との特訓の回数も増えーー。
そして気づけば、職場体験最終日を迎えていた。
僕の、ここに来た目的が達成される日だ。
結局、この2週間でした事といえば迷子の保護とチンピラ退治程度だ。
これで、ナイトアイは満足だろうか。
「…………」
「…………」
パトロールを普段より早く切り上げ、事務所に戻ってきた僕とナイトアイ。ルミリオンとバブルガール、そして3日ほど前に帰ってきたセンチピーダーはまだ帰ってきてない。
僕はテレビを見ながら、どう話を切り出そうか迷っていた。
とりあえず僕の目的は《予知》をコピーする事。2週間滞在すればこの目的は達成できる事になっているので、ソワソワしてしまう。
…だが、心のどこかでナイトアイ自身の話に興味を持っている自分がいる。
どうして僕を呼んだのか。どうして僕の実力を知りたかったのか。
だが、これらを話すかどうかはナイトアイの判断に一任されるのだ。あまり期待しない方がいい。
そう思いながら、僕はソファに座ってテレビを見る。
『巻いて…巻いて…巻き切れる?ヘアスプレー“UNERI”』
「な…」
唖然。
君らは、ふと目にしたCMで同級生が映っていた経験があるだろうか?僕は今そんな貴重な経験をした所だ。
あとで電話してからかってやろう。
CMが終わると、ニュースが始まる。今世間を賑わせている……いや、賑わせていた話題を、今日も報道するのだろう。
そうぼんやりと考えていると。
「ーーーまず、オールマイトの《個性》について話そう」
そう、ナイトアイが切り出した。部屋の空気が緊迫する。
テレビを消そうか迷ったが、面倒なので消さない事にした。
「…オールマイトの《個性》?それが関係あるんですか?」
「尤も、貴様はあの人が何の《個性》なのか、察しが付いているのだろう?」
僕の質問には答えず、そう確信した風に話すナイトアイ。どうやら、随分と僕の事を高く評価してくれているようだ。
僕はナイトアイの言葉を受けて、真剣にNo.1ヒーローの《個性》について考える。
雄英に入ってからの生活、その中でのオールマイトとの関わり。
それを辿ると、必ず1人の少年に辿り着く。
オールマイトが《コピー》を警戒しなくなったのは、あの少年の《個性》を《コピー》出来ないと判明した時だ。
憎むほどNo.1への想いを燃やしていたエンデヴァーは、あの少年とオールマイトの《個性》が似ていると言った。
あの少年はまるで高校から《個性》を使い始めた僕のように、自分の《個性》に無知だった。
どうして、僕は
《個性》とは“人生”。《個性》を通して過去視した《ヘルフレイム》から学んだ事だ。
もしその“人生”が、僕1人のモノでは受け入れ切れなかったら?
僕1人の“器”に収まりきらなかったとしたら?
当然、容量を超えた“
これらの事実から導かれる結論。それはーーー。
「ーーー受け継ぐ《個性》。物間寧人、
「…は?」
そんな僕の予想の斜め上を行く提案を、ナイトアイは当然のように告げた。
オールマイトの意思に逆らう。
そんな提案を。