「…敵情視察?」
「オゥ!体育祭も近ぇし、A組を見に行こうぜ!」
放課後、未だ慣れぬ授業を終えて、帰り支度を整えていた頃、クラスメイトに声をかけられた。銀色に光る身体が教室の照明に反射して目がチカチカする。一瞬目を細めながらも、声をかけた少年の姿を確認する。
性格は一言で言えば単純。感情が行動に直結するタイプで、クラスでも最も熱血系に属する。先日の戦闘訓練でタッグを組んでから気に入られたのか、話しかけられることが多い。…まぁ、シンプルな個性という事もあって、
「…ま、見るだけならね。無駄足だろーけど」
「オォ!サンキューな!早速行こうぜ!普通科のヤツらも今日行くって食堂で聞いてっから、早く行かないと席取られるぜ!」
「まてまて」
…コイツは敵情視察の言葉の意味をわかってないんじゃなかろうか。コンサートじゃあるまいし。
思わず不安になり鉄哲を引き止める。そして振り返り、もう一人の親しい友人に声をかける。
「拳藤。一緒に来てくれない?この馬鹿が暴走したら手に負えないし」
「…いや、私も鉄哲は手に余るけど…?」
「鉄哲係は正式に拳藤って決まったじゃないか、昨日」
「それ、聞いてないんだけど?本人ナシで正式に決まっちゃったんだ?」
「まぁ、決まっちゃったねぇ」
出席番号5番、
B組のクラス委員長でもある彼女は、鉄哲の暴走を抑止する役を受け持ってくれるからとても助かる。…入学してまだ日が浅いんだけどなぁ。鉄哲の多少のヤンチャに対応できるのは、クラスでも限られてくる。
ため息をつきながらも了承してくれる拳藤に感謝しながら、僕らは歩き出す。
A組へ向かう短い道中、拳藤は何度も鉄哲に念押しをしていた。
「ほんとに暴力沙汰とかやめてよ?」
「わかってるって!」
誤解のない様に言っておくが、鉄哲は特に野蛮な奴ではない。まぁ、クラス野蛮さランキングがあったら1、2を争うだろうけど。
僕らが鉄哲の暴走を心配しているのは“ある事件”があったからだ。世間にも衝撃を与えた大事件。
先日あった“USJ襲撃事件”。あれ以降、一年A組を
「君はA組?」と聞かれて「…B組です」と答えた時の記者のガッカリしたあの顔は何度思い返しても殴りたくなる。顔は覚えた。
その上、スタートは同じだったA組とB組で大きな差が開いてしまったような感覚を味わっている事が、鉄哲の
いや、これに関しては鉄哲に限った話ではない。筆頭が鉄哲というだけで他にもA組を快く思ってない奴はB組にはいる。むしろ多いだろう。勿論この事には、拳藤も気付いている。
雄英体育祭でもB組が埋もれてしまうという結果になると、クラスの雰囲気がさらに悪くなってしまうだろう。
間違いなく、数人の不満が爆発する。最悪の事態だ。
「良くないな…」
前で念を押し続ける拳藤に目を向ける。
クラス委員長の彼女にも大きな負担がかかる事になるだろうし。
――どうやら雄英体育祭は、
なんて、ため息をつきながら考える。まぁ、準備が無駄になる事は無いと思うけど。
気付けば僕ら3人は、A組の教室前に到着していた。
「うげぇ…。人多っ」
「普通科の人が結構来てるっぽいね」
「――――
予想以上の人の多さに辟易していると、そんな騒がしい声が気にならなくなるほどのオラついた発言が聞こえてくる。
なんとか人混みをかき分け、声の主の姿を確認する。ツンツン頭で目つきも悪く、
そんな彼の姿には見覚えがあった。1年前のヘドロ事件の被害者として聞いた名前であり、同年代だったことから記憶に残っていた。
一年A組、爆豪勝己、個性は《爆破》。
「!このヤロ───」
「ちょっと!」
そんな爆豪の物言いにこれまで溜まっていたイライラが抑えきれなくなったか、左隣にいた鉄哲が怒鳴り散らそうとする――所を、なんとか拳藤が食い止めていた。やはり拳藤を呼んでよかった。
そんな風に安堵していると、鉄哲のいる僕の左隣とは逆、右にいた少年が口を開く。紫の派手な髪色に加え、気怠そうな声色。普通科の生徒だろうか。
「──噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだよなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんなんなのかい?」
B組含むヒーロー科全体を煽るような言葉に、思わず苦笑する。まさかの風評被害だ。
当然そんな僕に構う事なく、普通科の少年は続ける。
「知ってた?俺ら普通科の人も、体育祭の
気怠げな目、薄く笑った、煽るような表情。そんな少年の隣で俯きながら、僕の口元も緩む。
「敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ調子に乗ってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しに来たつもり」
ふと、教室内を見やる。普通科落ちは誰もが避けたいのか、A組の数人は少しだけ不安げな表情を浮かべているのを見て、思わず感心する。これほど自信満々な宣戦布告ができる奴が普通科にいたとは。
―――ちょっとだけ、君の《個性》に興味が湧いたよ。
「オゥオゥ!隣のB組のモンだがヨ―――――」
普通科の少年の宣戦布告を聞いて火が点いたのか、拳藤を振り払った鉄哲もついに口を開く。
――――のを遮って、
「中々言ってくれるじゃないか、普通科くん」
隣で鉄哲と拳藤が目を瞠る。矢面に出る事を良しとしない僕の行動に、驚く。そんな2人を安心させる為目配せしておく。
「…アンタは?」
まさか隣にいる奴が喋りだすとは思ってなかったのか、微かに動揺した普通科の少年が僕に尋ねる。
「
僕を鋭く睨みつける爆豪を一瞥しつつ、さらに奥のA組の教室内を見下すように目を向ける。
「──この程度の言葉に動揺してる臆病者も、B組にはいないからね。だからまぁ、訂正してくれると嬉しいよ、普通科くん」
「…お前」
不快そうに顔を顰める普通科の少年。何が気に障ったのかはわからない。ヒーロー科志望の彼を普通科と呼ぶことか、宣戦布告をたいしたことないと評したことか、はたまた名前を聞かれないほど、眼中にないことか。
「はン。一部同感だ。オレを他の雑魚どもと一緒にすンじゃねぇ」
「お、気が合うじゃないか」
爆豪が悪態をつきながら歩き始めた。ここにいる意味がないと思ったのだろう。僕はそのまま横を通り過ぎようとする爆豪に向かって手を差し出す。
「君もよろしく。もちろん、僕も本気で勝ちに行くからさ」
「…言ってろ、雑魚が」
口は悪いが、握手を無視する程の無礼では無いのか、バシッと手を払いのけるような扱いをされる。いや、無礼か。
爆豪が去り、残るのはA組の面々の困惑した顔。
険悪で気まずい空気の静寂の中、僕は2人に声をかける。
「…それじゃ、僕らも帰ろっか」
☆
そうして僕らは帰路についた――訳でもなく、僕ら以外にいないB組教室で、ある実験をしていた。
「…なるほど手のひらから出る汗がニトロの役割を果たしてるのか。これ、多分汗だけでも充分起爆剤の扱いになるんじゃ?ていうか汎用性高いな、やっぱイメージ重視で結構…」
「あーあ、また
「おいおい、病気みたいに言わないでくれよ、拳藤」
特別なコツは無さそうだし、使いやすい部類に入る発動系個性だな。こういうタイプの個性は専用の耐性をもっていて、今回の場合は手のひらが火傷することないような爆破耐性ってとこか。
「言っとくけど、僕にとっては死活問題なんだからな」
「だからって、初対面で名前より先に聞くかなぁ、個性を」
「あー、そうだっけ?」
はて、そんな一か月以上前のことは忘れたな。
「そんなに楽しみだったんだな!俺たちの個性が!」
「アンタ、B組の個性はもう大体把握してるんでしょ?」
嬉しそうな鉄哲と、あきれた様子の拳藤を見ながら、僕は手のひらを天井に向ける。威力を抑える代わりに、爆破時に生じる閃光にイメージを寄せる。
「仕方ないだろう?面白い個性を求めて、
興味深い個性があると、すぐ試したくなる。これは僕の
「──まぶしっ!?」
「
「ちょっと物間!」
「いやぁ、ごめんごめん」
当然、被害を受けた拳藤が僕を叱り始める。そんな説教を聞きながら、僕はこれまでの、そしてこれからの日々に思いを馳せる。
こうやって今日みたいなヤンチャをして、呑気に色んな個性を試す、楽しい日々。そろそろオールマイトの《個性》でも突き止めて、試してみたいな、なんて考えながら過ごす日々だ。
───少なくともこの時までは、そのオールマイトの《個性》に深く関わることになるとは、全く思ってなかったんだ。当然、彼らと共に巨悪と対峙することも。
きっと話を進めるとしたら、雄英体育祭からになるのだろう。緑谷出久、彼を知ったあの日から、僕のヒーローアカデミアは始まる。