強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

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“超常”に抗う

“その《個性》じゃスーパーヒーローにはなれないよ”。

 

そんな事、言われなくてもわかっている。ずっと昔から。

 

ーーーけど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

これは正真正銘、僕の言葉だ。

この言葉()は僕を蝕む。

 

そう、まるで呪いのように。

 

 

⭐︎

 

 

時は職場体験最終日。

場所はナイトアイ事務所の一室。

 

そこでナイトアイと顔を合わせながら、僕は先程のナイトアイの言葉の意味を考える。

 

『貴様を後継者として育てる』

 

不動のNo.1ヒーロー、オールマイトは緑谷出久を後継に選んだ。

そんな彼の元相棒(サイドキック)…サー・ナイトアイは物間寧人を後継に選んだ。

 

「…まさか、僕に声がかかるとは思ってませんでしたよ」

 

そう呟く僕に対しても、ナイトアイは無言。

 

僕は続ける。

 

「そういう話なら、ミリオ先輩が適任だと思ってたので」

 

これは僕の本心だ。オールマイトの後釜として相応しい人を挙げろと言われたら真っ先に思いつくのはあの人、ルミリオンだ。

 

だからこそ僕を後継にするという考えは思いつきもしなかった。

 

「…そうだな。ミリオ以上の適任はいない。…いや、()()()()()

 

諦めたように話すナイトアイ。

 

つまり、状況が変わった、と。

 

ナイトアイは随分と前からミリオ先輩に目をつけていた。その理由として、オールマイトを受け継ぐ器に育てるというものがあったのだろう。

 

なら、何故“今”はミリオ先輩より、僕の方が適任なのか?

 

「ミリオは自慢の弟子だ。ワタシを慕い、努力を怠らず、雄英のトップに辿り着いた男。誇りに思う。…だが、ミリオはどこまでもヒーローだった」

 

師匠という立場からミリオ先輩を深く知るナイトアイがそう言う。短い付き合いの僕でも、ミリオ先輩の人柄はわかっている。

 

彼はヒーローだ。

 

「…そういう事か」

 

ナイトアイの言葉で、僕は答えに辿り着く。

 

そうだ、状況は変わった。

仮に、オールマイト本人がミリオ先輩を後継に選んだとしたら、彼は快く引き受けただろう。平和の象徴という重荷すら。

 

けど、今は違う。

元は“無個性”の緑谷出久からNo.1ヒーローの《個性》を奪う。それは、1人の少年の夢を奪う事を意味する。

 

“どこまでもヒーロー”。

 

その言葉は的確だった。通形ミリオという理想主義者(ヒーロー)は、緑谷出久から《個性》を受け取らない。断言出来る。例えオールマイトを説得したとしても、通形ミリオが納得しない。

 

緑谷(ヒーロー志望)が《個性》を譲渡し無個性に戻るとなったら、ミリオ先輩はそれを拒否する。「いらないです」と真顔で言う光景が容易に想像出来る。

 

この結論に、ナイトアイは一足早く辿り着いた。愛弟子の性格を知り尽くしているのだろう。だからこそ絶望した。

 

「ミリオとは違い、貴様はそんな事気にしないだろう?貴様はワタシと似ている」

 

だからわかる、と言った風にナイトアイは僕を見つめる。

この流れだと、僕が“少年の夢を奪っても何とも思わない冷酷な奴”になってしまうな。

 

…あぁ、()()()()()

 

「貴様はワタシと同じ…現実主義者(ヒーロー)だ」

 

考えるまでもない。オールマイトも、緑谷出久も、通形ミリオも、間違っている。

 

この場合での最善は、通形ミリオが後継者になる事。だが、通形ミリオはヒーローには向いてるが緑谷出久の後継者には向いてない。

 

ならば、通形ミリオの説得。あるいはーーー僕が後継者になる事。選択肢は2つしかない。

 

「…ナイトアイと同じ、ですか」

 

同族嫌悪。感情より理論。僕がナイトアイに反抗してしまう理由が、少しわかった気がする。

 

全てを見透かしたような目でナイトアイは僕に問う。

 

「それとも何だ。ミリオのように、貴様も緑谷に譲るのか?それが間違った選択だとしても」

 

僕はそう言われて、緑谷の姿を思い浮かべる。体育祭では酷かったな。《個性》のコントロールは全く出来ていなかった。オールマイトとの関連性を見つけ出すのが難しいほど。

 

『その、僕の《個性》をどうすればいいか考えて欲しいんだ!見ての通り、まだ制御出来てなくて…』

 

『それで、そのボロボロな姿は喧嘩でもしたのかな?』

『…あはは』

 

だが体育祭以降、その欠点を克服する為の努力はしている。体育祭後の僕のアドバイスから、“全身へ行き渡らせる超パワー”の特訓をしている。

 

案外、この職場体験で扱えるようになっているかもしれない。けど100%では無いだろう。少しずつ、彼は成長していく。そう確信があった。

 

廊下で会った、ボロボロの緑谷出久。No.1ヒーローの期待に応える為に努力をしている彼の気持ち。心打たれる感情はある。素晴らしい向上心だと。

 

「ーーーでも、()()()()()

 

それとこれとは話が別だ。

緑谷が絶望に陥ろうとも、もっと大事な事がある。緑谷の選択は、最善ではない。

 

生憎、僕らにはそう時間が残されてないのだから。

 

状況は悪化している。刻一刻と。

 

『ーーーその男の逮捕とあって、日本中には安堵の声が広がっています』

『彼は、何のために犯罪を繰り返して来たんでしょうね…ヒーローの殺害という犯罪を』

『その件ですが、専門家をお呼びしています』

 

テレビから聞こえるニュースの声。3人が今話題の事件について語っている。

 

ヒーロー殺し、ステイン。

 

数々の波紋を呼んだ彼の悪行は、5日程前に終わりを迎えた。No.2ヒーロー、エンデヴァーの手によって。

 

『ーーーステインの主張は“ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない”と言ったモノなんです』

 

“贋作が蔓延る世界の粛清”。そう称して犯行を続けてきたステインの理念が、逮捕後メディアによって報じられた。

 

そして今、『英雄回帰』と呼ばれているこの理念がそのまま“ヴィラン連合の理念”として扱われている。

 

5日前の保須襲撃事件。三体の脳無。ステインの路地裏での犯行。全てが繋がり、その思想は蔓延する。

 

「この事件をきっかけに、ヴィラン連合は勢力を増す」

 

ナイトアイはテレビに目を向けながら、そう告げる。テレビの画面は事件解決を成し遂げたエンデヴァーの紹介に入っている。

 

「不相応な子どもの夢に付き合う時間は無い」

 

そう、バッサリと切り捨てるナイトアイ。

 

だから、緑谷とも、ミリオ先輩とも違う。第三の後継者が欲しかった。

 

「それで、僕、ですか…。緑谷みたく、制御出来ないかもしれませんよ?」

 

僕も緑谷も同じ人間。《個性》発動時に自身を破壊する可能性もあるだろう。

 

仮に《個性》を受け継いだとしても、制御できるという保証はない。

 

「逆に聞こう。ーーー()()()()()()()?」

()()()?」

 

売り言葉に買い言葉…ではなく。単なる事実だ。

 

僕なら必ず、緑谷以上に扱える自信はある。

仮に今この瞬間、受け継いだとしても。

 

その根拠を、僕とナイトアイは持っている。

 

「毎朝、ミリオと特訓を続けているようだな」

「あれ、バレてたんですか」

 

この2週間日課となっていたミリオ先輩との1vs1。結局僕が勝つ事は無かったが、収穫はあった。

 

「貴様の事だ。《透過(コピー)》の特訓をしていたのだろう?」

 

夜中にこっそり起きて《透過》を練習してる事もバレてたか。

 

「…それで、進捗はどうだ?」

 

ナイトアイの言葉の意味を瞬時に汲み取り、僕は口を開く。

 

「壁のすり抜けが出来た所です」

 

《透過》の応用で、移動に便利な“すり抜け”と“ワープ”。これが中々難しい。

全身に《個性》を発動すると、何も見えない。何も聞こえない。呼吸さえもできない一時的に完全な無感覚状態へと陥る。

 

身体の部位一つ一つを《透過》させる“すり抜け”とは違い、1度地面に沈むワープのその無感覚状態には慣れるのが難しい。

 

…逆に言えば、()()()()()()()出来るという訳だ。

 

「本来《個性》というのはその者にしか与えられていない唯一の特徴だ。自己同一性(アイデンティティ)と言っても良い」

 

それは僕の、《個性》は“人生”という考え方によく似ている。

 

「ミリオの場合、発現から15年ほどの馴染んだ《個性》を鍛え続け、雄英のトップに辿り着いた」

 

僕は無言で先を促す。

 

ナイトアイの言いたい事はよくわかる。僕の“超常”…いや、“異常”について、彼は言及する。

 

「貴様は2週間で、ミリオの数年分を“真似(コピー)”した。…残酷な話だな。ミリオじゃなかったら心折れてるだろう、貴様の才能にな」

 

「才能…ですか。それだけじゃありませんよ」

「何だと?」

 

僕は首を振って、ナイトアイの言葉を否定する。

 

「…これが、僕の生き方なので」

 

だって僕には、“コピー”しか無かったのだから。そんな“人生(個性)”を歩んできたのだ。

 

ーーー()()()()()()()()

 

ナイトアイは僕の表情を見て一瞬戸惑ったが、すぐに話を戻した。僕もいつもの表情に切り替える。

 

「オールマイトは受け継いだ当初から、《個性》を制御出来ていた。これはあの人の“才能”が為せた業だ」

 

流石、ナチュラルボーンヒーロー。緑谷が悪戦苦闘している“超パワー”を早い段階で使いこなしていたらしい。

 

そしてそれは、僕にも同じ事が言える。僕の才能ーーー《個性》に適応する“才能”があれば。

 

「納得は出来ました。僕がここに来た理由」

 

ミリオ先輩以外の後継者候補が欲しかった事。

僕の“才能”を求めている事。

感情に左右されない現実主義者の、緑谷にとって残酷でも、最善を尽くす賢い頭脳を求めている事。

 

あぁ、確かにこれは。

 

物間寧人以外の適任はいない。ただ一つを除いて。

 

「僕が《個性》の後継者に相応しい事は理解しました。ーーーけど、“平和の象徴”の後継者には、相応しくありませんよね?」

 

今は叶わない理想となったが、ミリオ先輩は適任だった。平和の象徴のイメージにぴったりだった。

 

「見たでしょう?僕の笑顔」

 

ーーー卑屈に陰湿に捻くれた笑顔。ナイトアイは僕の笑顔をそう揶揄(やゆ)した。不本意だが僕もそれは認めている。

 

「オールマイトの様に明るく元気に振る舞え、とでも言うんですか?」

 

ナイトアイはこうも言った。僕とナイトアイは同じ現実主義者だと。ミリオ先輩ほど、理想に心を売ってない人種だ。

 

言うなれば、作り笑顔に疲れる人種だ。

 

「そこで、貴様の“真似(コピー)”の出番だろう」

「…はは」

 

心のどこかでその返答を予期していたのか驚きはなく、ただ乾いた笑いをしてしまう。

 

『それが最善だと思ったら、貴様は自分を殺すんだな?』

 

物間寧人を殺して、オールマイトを真似(コピー)しろと。

 

「1年…いや、半年もあれば真似(コピー)は済むだろう。違うか?」

 

そう問われても僕は答えられない。それほど大掛かりな真似(コピー)はした事ない。他人に成り代わる事は。

 

…はは。

 

この男が僕と同じ現実主義者?冗談じゃない。

僕なんかよりずっと冷酷に、緑谷を切り捨て、僕を利用する。

 

()()の為には手段を厭わない、異常者(サイコパス)だ。

 

「貴方はNo.1のファントムシーフを求めているんじゃない。2代目のオールマイトを求めている」

 

「それが不満か?」

「そりゃあ、良い気はしませんよ」

 

当然だ、ヒーローの物間寧人を否定されたようなものなのだから。不服ではある。

 

「ーーーーだが貴様は断らない。それは先日の迷子の一件で理解した。貴様は先を見据え、感情に左右されない」

 

1週間前に僕が手掛けた迷子の解決。

 

僕はあの時、少女を安心させる為に“通形ミリオ”を装った。それが最善だと思ったから。

 

そして今、多くの人々を安心させる為に“オールマイト”を装えと言われている。

 

そしてその提案も正に最善。スケールが違うだけの話だ。

 

「それにこの2週間で判断した。貴様は他人の“真似”を当然のように受け入れている。言わば貴様はーーー空っぽな人間だ」

 

「…………」

 

僕は無表情でナイトアイを見る。当然の事実を告げたと思っているのだろう、彼も無表情だ。

 

ーーーナイトアイの推測は、()()()()()()()

 

なら、結論はほぼ決まったようなものだ。

 

「…けど、まだ話していない事があるでしょう?」

 

だがここで、僕の中で疑問が湧き出る。サー・ナイトアイの目的だ。物間寧人に対する異常な執着。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

2週間前の資料室でも思った疑問。ステイン事件が発生する以前から、どこかナイトアイは焦っている。

 

緑谷出久の成長速度を見限り、比較的直ぐに平和の象徴として機能するであろう僕を後継者にしたがっている。

 

…そんなに、時間の猶予が無いのだろうか。僕以上に、ナイトアイは焦る。何かの結末を恐れている。

 

そもそも、どうしてここまでナイトアイが尽力する理由…行動理念がまだ見えない。

 

心から平和を願うガラでも無いだろうに。平和の象徴の後継を求めている。

 

「全部、話してくださいよ」

 

僕の問いに、ナイトアイは悔しそうに呟く。自分ではどうにも出来ない問題で、何も出来ないことが歯痒いのだろう。

 

「貴様なら…少し時間があればあの《個性》を…《ワン・フォー・オール》に適応出来る…!オールマイトと遜色ない人柄にもなれる…。そうすれば、あの人も納得して…!」

 

「ーーー納得して、“引退”出来る?」

 

第2のオールマイトが完成すれば、オールマイト本人が心置きなく引退出来る、と。

 

「…そうだ。緑谷が一人前になるまで、オールマイトはヒーロー活動を続けてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!だが、()()()()()()()…!」

 

「…あぁ、そういうことか」

 

僕はその言葉を聞いて、ナイトアイの行動理念を理解する。

 

よく考えれば、ポスターに囲まれたこの部屋を見渡せば一目瞭然の事だった。

全部、オールマイトだ。

 

オールマイトを引退させる為に、ナイトアイは僕を利用する。僕に、平和の象徴という責務を背負わせようとする。

 

ーーーだから、ナイトアイが何を恐れているのか察しがついた。

 

オールマイトがこのまま引退しなければ、どうなってしまうのか。

 

僕はただオールマイトは《個性》…《ワン・フォー・オール》の力が衰えてしまったので後継を選んでると考えていた。その答えは間違いではないだろう。

 

ただナイトアイの理由はそれだけでは無い。オールマイトとナイトアイでは、視えてるモノが違ったのだ。

 

正確に言うならば、ナイトアイは“視た”のだ、結末を。

 

なら丁度良い。僕の本来の目的を達成するとしよう。

 

「約束です。避けないでくださいよ?」

「…」

 

僕はナイトアイの近くまで歩き、肩を触る。ナイトアイは目を瞑り、抵抗する素振りも無かった。

 

《予知》が、僕を受け入れる感覚。

 

同調(シンクロ)”が始まった。

 

ふぅ、と一息ついて僕は呟く。

 

「ーーーー“同調・過去視(リコール)”」

 

《ヘルフレイム》以来の、意識が遠のく感覚。精神が、沈む。

 

ーーーナイトアイが未来を視るように、僕は過去を視る。

 

 

 

⭐︎

 

暗闇の中に僕は立っていた。顔の上半分以外の感覚はない。黒いモヤが僕を覆う。

 

過去視は2度目なので特に慌てる事もなく、移り変わる空間を見る。記憶を、覗く。

 

だがその瞬間雑音(ノイズ)が響き、僕は顔を顰めた。羽虫のような、耳障りな音。

 

ーーーーなるほど、思い出したくない記憶って事か。

 

その僕の推測が正しかった事を、ナイトアイの記憶は証明する。

 

『ーーや、逃ーーーー!グラントリノ!』

『ーーー俺より自分の事気にしてろ!走れ!すぐに追いつく!』

 

所々であがる悲鳴、叫び声。まさに阿鼻叫喚。

 

『ぐっーーーっ!』

 

悲惨。その言葉でも表せない状況だった。雑音が空間に響く。まるで思い出したくない記憶のように。

 

抉れた地面、倒壊した建物。ボロボロな背の小さな老人。黄色いコスチュームを身に纏い、足裏から噴射された空気で移動している。

 

()()()()()()。ナイトアイの口から出た、恐らくこの老人のヒーロー名。

ほんの2週間前に聞いた名前だ。確か、緑谷出久の職場体験先。

 

だが僕の意識はグラントリノではなく、ある一点に引き寄せられていた。

 

 

化物。

 

 

瓦礫の山の上で佇む“異形”。脚や腕などの人のパーツはある。だが、人間とは思えない“何か”があった。

 

ーーーーーーー…。

 

息が、出来ない。

 

口の感覚も無いのだから、呼吸という概念すらないこの空間でも。気付けば息を止めてしまっていた。その場にいない僕でも威圧されるほどの、純粋に歪んだ悪意。

 

『フフフ…また逃げられてしまったか。全く、残念だ』

『くっ…グラントリノ、必ず!』

 

全く残念そうに見えないヴィランから視界を外し、ナイトアイは走り出し、逃げる。ナイトアイはこのヴィランをもう見ていない。

 

なので、当然場面は変わる。これ以上ナイトアイの記憶にあのヴィランは映らない。

 

その感覚もした。空間が歪み、また次の記憶へと。

 

『ーーーーーん、おや…?そこに誰か…?』

 

場面が切り替わる瞬間ヴィランのそんな声が聞こえたが、それを疑問に思う前に次の空間へと姿を変えた。

 

また新しい登場人物が現れたのか、もしくは。

 

⭐︎

 

 

次の場面は、病院の廊下だった。

 

『待ってくれオールマイト…!』

 

手すりを掴みながら苦しそうに足を引きずるオールマイトを呼び止めるナイトアイ。

 

包帯を腕に巻いていて、心なしか普段より痩せて見えるオールマイトは、背後のナイトアイに振り向かない。

 

ナイトアイの横にはグラントリノ、リカバリーガール、根津校長が並んでいた。

この面々が、《ワン・フォー・オール》について認知しているのだろう。

 

『無茶だオールマイト。もう引退すべきだ』

『みんなが私を探している…。待っているなら、行かなきゃな…』

 

フラフラな足取りで進むオールマイトの背に、ナイトアイは声をかける。

 

『その体でヒーローを続けてもみんなが辛くなるだけだ。あなたの願う平和のためにも伝説のまま引退すべきだ』

『後継者ならウチでいくらでも探すといい。君は十分に頑張ったさ』

 

励ますように、根津校長とナイトアイは説得を続ける。

 

『もうフカフカのベッドで安眠をとっていいんだ。明るく強く親しみのある人間、あなたのような人間を見つけ託そう』

『その人間が見つかるまでの象徴は?オール・フォー・ワンがいなくなってもすぐ後釜が現れるぞ』

 

オール・フォー・ワン。それがあのヴィランの名前だと瞬時に理解した。

 

反論したオールマイトの足が崩れる。倒れないようナイトアイは背中から支える。

 

『象徴論はわかる!敬服している!…けれど…当の貴方が、全然笑えてないじゃないか!』

 

もう苦しんでる姿は見たくないと、ナイトアイが声を荒げるが、すぐに息を吸って冷静に告げる。

 

『…もう一度言う。引退すべきだ』

 

『これ以上ヒーロー活動を続けるなら私はサポートしない。できない。したくない』

 

その言葉を聞き、今この瞬間、この2人はコンビを解消したのだと悟る。5、6年前の話だ。

 

『“視た”のか?私のことは視なくてもいいって言ったはずだろ』

 

『あなたが引退しても次のNo.1は現れる!少しの間荒れるかもしれないが”避けられる”かもしれないんだ!』

 

『その少しの間にどれだけの人々が脅えなければならない?』

 

強い眼力で、ナイトアイを睨むオールマイト。ナイトアイが一瞬たじろぐ。

 

『それに君の予知が外れたことはないだろう』

『前例が今まで無かっただけだ!未来など私が変えてやる!』

 

その会話を聞いて少し驚く。《予知》で視た未来は変えられない。変わった事がない。“超常”が、そう造られている。

 

『このままじゃ予知通りになるんだよ!それではダメなんだ!』

 

『………』

 

『ーーー私はあなたの為になりたくてここにいるんだ!オールマイト!』

 

『私は世の中のために…病院(ここ)にいるべきじゃないんだ、ナイトアイ』

 

そうしてナイトアイの腕を振り払い、オールマイトは歩き出す。

 

遠ざかっていく背中に向かって、ナイトアイは苦痛に歪んだ表情で叫ぶ。

 

僕の、外れてほしかった予想を裏付ける言葉を。

 

『オールマイト!このままいけばあなたはヴィランと対峙し、言い表せようもないほど凄惨な死を迎える!』

 

 

⭐︎

 

気付けば、ナイトアイ事務所に居た。

だが、“同調”が終わった訳ではなく、まだ僕は過去の中にいる。

 

ナイトアイが携帯電話を手に取り、声を荒げている。通話中のようだ。

 

『無個性の中学生に《ワン・フォー・オール》を譲渡しただと!?』

 

電話の相手は、予想するまでも無かった。オールマイトだ。恐らく最近の話だろう。

 

『…人を助けられる人間になりたがっている』

 

聞こえにくいが、オールマイトの静かな声が僕の耳に届く。

 

『志だけでは務まらない!相応しい人間なら他にいくらでもいるだろう!』

『だが、無個性の中学生だって相応しい人間だ』

 

『……っ!馬鹿げている!』

 

そう言ってナイトアイは電話を切る。苛立ちを隠さず、デスクを拳で殴った。

 

『どうしてわかってくれないんだ……!』

 

数分後には深呼吸し少し落ち着いたのか、“雄英生徒ファイル”を手に取り、ペラペラとめくる。

 

付箋が貼ってあるページに辿り着くと、そこには通形ミリオの顔写真が。

この電話の頃から、後継者候補を育てていたのだろう。いつか緑谷とオールマイトを諦めさせる為に。

 

だが、遅れてナイトアイは気付くのだ。

 

通形ミリオは、《ワン・フォー・オール》が無くとも“最高のヒーロー”になる事に。

 

緑谷を切り捨てられない程の、理想主義者(ヒーロー)だった事に。

 

 

 

⭐︎

 

“過去視”を終えた僕に、全身の感覚が戻ってくる。

 

「…………?」

 

その時、何か違和感があった。前回の“過去視”とは違う何かが。だが、体に異常があるわけではない、気にせず話を続けるべきだろう。

 

「《予知》で見た未来は、変わらないんですか?」

「………あぁ」

 

5、6年前にナイトアイは前例が無いと言った。それは今も。

 

《予知》で視た未来は変えられない。的中率100%と言えば聞こえはいい。

 

だがそれは時に、残酷な事実を突きつける。

 

ーーーーオールマイトの死は変えられない。

 

「…そう、ですか」

 

なんだか、実感が湧かない言葉だ。不動のNo.1ヒーローが死ぬ、だなんて。

 

体勢を変えて、ソファを全て使って寝っ転がる形になる。消耗した体力を回復する為だ、態度が悪いと怒らないで欲しい。

 

「…それで、結論は?」

 

そんなだらしない体勢の僕に答えを促すナイトアイ。おいおい、そんなに焦るなよ。

 

「貴様にとっても悪い話じゃないはずだ。オールマイトの《個性》が手に入るんだ、No.1ヒーローへの近道の切符だ」

 

平和の維持、ファントムシーフ、ナイトアイ、オールマイト。どの視点から見ても、この提案はメリットが大きい。それは間違いない。

そう、僕にもメリットがある。

 

“スーパーヒーローになれる”

 

陳腐な表現だが、その一言に尽きる。

 

《コピー》を使いこなす“才能”も備えている僕は強い。これからもその事実は変わらないだろう。

 

トップクラスのヒーローにはなれる。

 

けどスーパーヒーロー…そう、オールマイトのようにはなれない。

 

1人では何も出来ない《個性》。周りに仲間がいないと力が発揮できないヒーローが、平和を維持する大きなピースになるなど不可能に近い。他力本願なNo.1ヒーローなどいない。

 

“スーパーヒーローにはなれない”

 

それは僕が《コピー》を手にした、4歳の頃から変わらない事実。

 

ーーー()()()()()()()()

 

()()、そうだ。《ワン・フォー・オール》を継承すれば、貴様は間違いなくトップヒーローにーーーーー」

 

 

 

 

 

「ーーー貴様は、No.1ヒーローになれる」

 

 

 

 

 

……()()

 

 

 

前途あるヒーローの卵誰もが憧れる夢。誰もが()()()()()()()()()()。そのレールを敷いてくれる目の前の男の提案。

 

それに対し、僕が下した決断とはーーー。

 

 

 

「流石にこんな大事(おおごと)を即決は出来ません。少し…いや、結構時間を貰ってもいいですか?日を改める形で」

 

“保留”である。

 

そんな僕の煮え切らない返答に納得したのか、先程の焦りを落ち着かせ頷くナイトアイ。

 

「…オールマイトの説得材料を集めるにも時間がいるから構わない。貴様がイエスと言えばすぐに取り掛かる準備のな」

 

「えぇ。貴方も手応えあるでしょうが、前向きに検討してますよ」

 

これは本音だ。

この瞬間、仮ではあるが物間寧人とサー・ナイトアイは結託し、オールマイトと緑谷出久と対立する。

 

「…もうすぐミリオ達が帰ってくる。ここで一度話を打ち切るぞ。質問があったら状況を見計らって聞け」

 

当然、《ワン・フォー・オール》の件は内密に、ということか。ナイトアイの個人的な連絡先を聞き、話は終わる。

 

ナイトアイはお気に入りの資料室へ向かい、ソファーに座った僕は事務所の一室に1人取り残される。

 

 

この内に、話をまとめよう。

 

ナイトアイの目的。それはオールマイトを引退させ、彼の死という未来を捻じ曲げる事。

それにうってつけなのが僕、物間寧人だったという事。だから彼は僕を利用する。第二のオールマイトとなれば、オールマイトは素直に引退するだろう。

 

全てはオールマイトを救う為に、ナイトアイは行動している。

 

対して僕の目的は?

No.1ヒーローの《個性》を手に入れる事が出来て、平和の象徴という重荷を背負う事にはなるだろうが、そこはナイトアイのバックアップや“真似”で何とかなる気もする。

 

僕へのメリットは大きい。No.1ヒーローへの最短距離の近道を示されているようなものだ。

 

だから僕は殆ど、ナイトアイの提案を受け入れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けど、“物間寧人は《ワン・フォー・オール》を受け継がない”。何故かそんな確信があった。

 

 

僕は今どんな顔で、ナイトアイが入った資料室を見ているだろうか。僕という存在に期待し縋るナイトアイに向かって。“過去視”で視たナイトアイの強い想いを知りながら。

 

ただ一つ言える事と言えばーーーそんなナイトアイの希望を打ち砕く事に、特に罪悪感は無い。

 

保留と答えた理由は当然ある。

 

確かに僕が関わればナイトアイの目的は果たされ、オールマイトは死を免れるかもしれない。寧ろ、その可能性ーーー勝算があってナイトアイもこの提案をしたのだ。

 

僕だってオールマイトが死ぬのは嫌だ。

 

提案を受け入れるのが“最善”。ファントムシーフを捨てるのは気に食わないが、《ワン・フォー・オール》を受け継ぐ事には乗り気だった。

 

だが、1つの事が引っかかっていた。

 

個性《予知》で視た未来は絶対に変えられない。変える事が出来ない。

 

つまりオールマイトの死という台本(シナリオ)に、第二の物間寧人(オールマイト)という登場人物は居ない可能性が高い。

 

つまり《予知》が、“超常”が、後継者は物間寧人ではないと判断を下した。

 

勿論別の可能性はある。僕が《ワン・フォー・オール》を受け継いでもオールマイトの死は変えられないのかもしれないし、不測の事態があるかもしれない。

 

最悪、《ワン・フォー・オール》を受け継いだ僕がヴィランに殺され、オールマイトは引退せず殺されるかもしれない。

 

けど、《予知》での未来に、《ワン・フォー・オール》を受け継ぐ僕はいない可能性が高い。それは僕が第二のオールマイトになれるという絶対的な自信ではなく。

 

サー・ナイトアイはオールマイトの死を避ける為に、“未来を変える”為に奔走している。そんな彼が《予知》の台本通りに動くとは思えない。

 

つまりナイトアイは物間寧人という存在を未来を変える為に利用する訳で、《予知》での未来に物間寧人がいない可能性が高い。

 

「“超常”に抗う事を躊躇する…それがこの提案を蹴る理由か?」

 

僕は自問自答する。いや、僕の中にある《予知》に聞く。

 

心のどこかで僕は“超常”に屈していて、《予知》で視た未来を変えることは不可能と断じている?だから《ワン・フォー・オール》は受け取らない?

 

……もしくは。

 

僕にとって譲れない“何か”を、この保留期間に見つけるか。そういう台本になっているのかもしれない。

 

ナイトアイがオールマイトの為にファントムシーフを殺すように。

 

僕が“何か”の為に()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…はは。それじゃあ、人の事は言えないな」

 

先程僕はナイトアイを異常者と称した。けどこの仮説が合っているとしたら、僕も立派な同類だ。

 

サー・ナイトアイはオールマイトの為に行動する。

 

僕は一体、何のために行動するのか。

その答えは考えても出なかったし、《予知》も教えてはくれなかった。

 

だからこそ()()()()。空っぽな僕を、自分の事を知りたい。

 

だからこそ僕は台本にーー《予知》に抗わない。

 

だからこそ“保留”と答えた。

 

そもそも未来を変える事は不可能だ。僕は僕らしく、こんな深読みして“保留”と答える事も《予知》のお見通しなのだ。

 

ただ、いつも通りにいればいい。

 

だって何をしようとも《予知》の未来は変わらない。

 

ーーーそれでオールマイトが死んでしまったとしても、それは運命(さだめ)だったと受け入れよう。

 

その結末は悲しいけど、()()()()()()()()()

それは“超常”に囚われ、呪われ続けている僕らしい結論だった。

 

“その《個性》じゃスーパーヒーローにはなれないよ”。

 

ーーーあぁ、その通りだな。

 

こんな決断を下す僕は、ヒーローに向いてないのかもしれない。

何度交わしたかわからない“会話”を今日も終え、僕は“過去視”で疲れた頭を癒す為目を瞑る。

 

ーーーおやすみ、《コピー(僕の呪い)》。

 

返事は返ってこなかったが、構わず僕は眠りについた。

 


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