強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

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林間合宿編
恐ろしいな


週明けのA組の教室、2週間の職場体験を終え日常に戻ったその日の朝、HR前の爆豪勝己の周りは騒がしかった。

 

「アハハハ!マジか爆豪!」

「クセついちまって洗っても直んねぇんだ。おい笑うな!ブッ殺すぞ!」

「やってみろよ8:2坊や!」

「んだとコラ!!」

 

No.4ヒーロー、ベストジーニストの下で職場体験を終えた爆豪の頭髪はセットされまくり、真面目さや清潔感を嫌でも感じさせた。

切島、瀬呂…そして僕が立て続けに爆笑し、爆豪が不満を爆発させた所に、僕は口を挟んだ。スマホで実物の画像を見せながら。

 

「それなら、是非おすすめのヘアスプレーがあるんだけどさ。ほら、CMで見ない?プロヒーローウワバミの…」

「いるかボケ!」

「何A組に馴染んでんのアンタ…。あと“その話”は勘弁して…私と八百万の為にも」

 

自分の教室ではないからか、控えめな手刀で済ませてくれた拳藤。B組教室に僕がいない事に気付いて今来たところだろう。件の八百万の方をチラリと窺うと、俯きながら「私はヒーロー…ヒーロー」と唱えていた。

 

「これはこれは皆さん、有意義な職場体験だったようで」

「爆豪や八百万に喧嘩売らないの。代わりに私が買うからさ」

「お、それは勘弁」

 

A組の教室内で、普段のように会話を続けるB組の僕らにも特に奇異な視線は向けられない。職場体験終わりともあって、浮き足立ってるのもあるだろうが。

 

「で、なんでA組に来たの?珍しくない?」

「別にいいじゃないか、他クラスと交流を深めても」

「物間ちゃんはたまに爆豪ちゃんを揶揄いに来てるわ」

「蛙吹ーーーあ、梅雨ちゃん。そうだったね。暇な時に限るけど」

「ふーん、そうなんだ」

 

以前来た時は「梅雨ちゃんと呼んで」と言われたのを思い出し、呼び方を訂正しながらも同意する。僕、拳藤、梅雨ちゃんの珍しい3人で話している間にも、僕はA組面々の“変化”に興味津々だった。

 

「お茶子ちゃんはどうだったの?この1週間」

「ーーーとても有意義だったよ」

「…目覚めたのか」

 

謎のオーラを出しながら問いに答える麗日。全く麗かではない、武術の極意でも学んできたのだろうか。そういえば彼女はガンヘッドの下だったか。

 

「たった1週間で変化すげぇな」

「変化?違うぜ上鳴。女ってのは元々悪魔のような本性を隠し持ってんのさ…」

「Mt.レディのとこで何見た!?」

 

比較的近くにいる峰田と上鳴の会話が聞こえてくる。その様子を横目に見ながら、僕は口を開く。

 

「まあ一番変化というか大変だったのは彼ら3人だろうね」

 

そう言って、件の3人ーーー緑谷、轟、飯田に目を向ける。

 

「そうそうヒーロー殺し!」

「心配しましたわ」

「エンデヴァーが助けてくれたんだってね」

「すごいね。さすがNo2ヒーロー!」

 

ヒーロー殺し、ステインとの保須での邂逅。そしてエンデヴァーによって救われた3人。…という事になっている事件で、周囲のクラスメイトは心配の声をかける。

 

「そうだな…。救けられた」

 

事実をしみじみと実感するように轟が呟く。芦戸や八百万などのクラスメイトが安心する姿を見ながら、僕は目を細めて3人を見る。

 

ーーー世知辛いね。功績が讃えられないってのは。

 

ステインとの邂逅。そして退治。詳しい経緯までは知らないが、“エンデヴァーが退治した事になった”とは聞いている。勿論この事は当事者や重要関係者にしか知られていない。それはA組の様子を見ても判断できるだろう。

 

何故僕が知っているかと言うと、サー・ナイトアイから流される情報だ。あの日、“増援”という形でセンチピーダーさんを送っていたナイトアイ事務所にも情報が伝わる。それを僕に言ったというだけの話だ。

 

勿論、他言無用という条件はある。

 

「…ちょいちょい、何で緑谷睨んでんの?」

 

拳藤が僕の様子を不審に思ったのか、小声で聞いてくる。ステインの件の3人を見ていると自分でも思っていたのだが、側からみればそうじゃなかったらしい。

 

「睨んでなんかいないさ。無事で良かったという気持ちで一杯だよ」

「…善人ぶる時のアンタって、ホント怪しいよね」

 

高校入ってから長い時間を共にしてきた拳藤からの言葉に、僕は苦笑いを返す。でも、そうか…無意識に緑谷の方を見ていたか。

 

まぁ、仕方のない事だ。

 

ーーー僕はもう《ワン・フォー・オール》と無関係ではいられない。

 

最終日でのナイトアイの提案に僕は“保留”と答えた。その後職場体験が正式に終わり、ナイトアイとは今後の方針について話し合った。

 

『やっぱりまだ時間をください。自分の気持ちの整理と…あと、緑谷が後継者に相応しくないかどうかも確認したいので』

『最終的な決定権は貴様にある。私は私なりにオールマイトの説得の為に動くからな。準備は進めておく』

 

説得の準備。後継者を物間寧人にする件で、緑谷の説得に必要性を感じていないのだろう。緑谷出久はオールマイトの事を、“夢を見させてくれた恩人”だ。そんな恩人から諦めろと言われれば従わざるを得ない。

 

だが、緑谷の説得もオールマイトの説得も簡単な仕事じゃない。

 

『…程々に。本業はヒーロー活動ですから』

 

僕はそう言ったが、この件を無理にでも進めるのが万人を救う(ヒーロー)活動だとなんとなくわかっていた。

 

かくして、僕とナイトアイは仮の協力体制となる。

 

当面の目標として、()()()()()()()()()。たとえ《ワン・フォー、オール》を受け継がないと予感していても、手を抜いていい理由はない。

 

僕が納得して受け継ぐか否かは決める。それで《ワン・フォー・オール》を得る結末になったのなら、未来は変わったと言えるが。例えば緑谷が全く平和の象徴に相応しくないと、僕が心の底から思った時とか。

 

ナイトアイとは今後も定期的に連絡を取り合う予定だ。緑谷、オールマイトに関する情報は、ナイトアイが明かしていいと判断したものだけ僕に伝わる。

 

今後幾つか僕も要求する事になるだろうが、彼は出来るだけ僕に力を貸してくれるだろう。サー・ナイトアイは情報通のヒーローだ。ここのコネが出来たのは収穫と言える。

 

そうして、物間寧人&サー・ナイトアイvs緑谷出久&オールマイトという奇妙な対立が出来上がる。そういえば、物間寧人を後継者にするという考えはオールマイトに伝えているのだろうか。隠れてコソコソと説得材料を集める感じの言い回しだったが。まぁ、あとで聞いてみればいい事だ。

 

仮の協力体制。ナイトアイはナイトアイなりに説得の準備を進め、僕は僕なりにオールマイトの“真似(コピー)”の準備、緑谷との接触を続けていけばいい。

 

《ワン・フォー・オール》とは関わる。僕の意思が固まるまでは後継者候補として。…それに、まだ後継者は緑谷か僕という2択な訳じゃない。

 

それが僕の当面の考え。

 

ナイトアイの準備が終わり次第僕は決断しなければならない。だが、彼は「決断は急がなくていい」と言った事が気にかかる。この話の流れなら誰もが出来るだけ早く結論が欲しいと思うものだが。

 

「もうすぐHR始まるから、行くよ。じゃあね八百万」

「えぇ。物間さんも、また」

 

職場体験で仲を深めたのか手を振り合う2人を横目に僕らは教室を出る。最後に飯田天哉と笑い合っている緑谷の姿を見て、僕と拳藤はB組への廊下を歩く。と言ってもすぐ近くな訳だが。

 

「にしても、ヒーロー殺しと会うなんて災難だよねぇ。さすがトラブルメーカーA組って感じ?」

(ヴィラン)に遭遇した割には、大した怪我じゃなかったようだね」

「…そ、そう?飯田が結構重症って聞いたよ?後遺症が残るとか」

「?…あぁ、緑谷の話だよ」

「緑谷?」

 

疑問を持つ拳藤に、僕は答える。

 

「彼の《個性》じゃ、どこか大怪我してるもんだと思ったけどね」

「…いやいや。ヒーロー見習いは《個性》で危害加えちゃダメってなってるじゃん。危なくなる前にエンデヴァーが来てくれたんじゃない?」

 

一瞬納得したがすぐに否定する拳藤には曖昧に誤魔化す。交戦してないと認識している拳藤にはわからない事実だ。

 

ーーー少しは使いこなせるようになったかな。

 

果たして現後継者に未来は有るのか…無いのか。近くで見させてもらおうか、緑谷出久。

 

 

⭐︎

 

その日の昼休み。僕は廊下を歩きながらA組担任の相澤先生を探していた。痛む背中をさすりながら不在と告げられた職員室を出て、適当に歩く。

 

「……やっぱ機動力が問題だよなぁ」

 

1時間目のヒーロー基礎学。オールマイトが主催した救助訓練レースで5人中4位という結果に終わった訳だが、その途中に足場にしていた鉄パイプから落下してしまったのだ。

 

一位だった塩崎は《ツル》と入り組んだ鉄パイプを絡めて移動するのに対抗し、僕も自身の両手両足でターザンのように移動した。出し惜しみもなく全力だ。その結果中盤までは塩崎と一位争いができたものの、差は徐々に広がり焦った所で落下。

 

痛みに呻く間に抜かされてしまった始末だ。

 

『?…いつもの物間さんなら、レース前に私の《ツル》を《コピー》するのでは?もしくは宍田さんの《ビースト》か』

 

レース後、塩崎にそう聞かれたことを思い出す。

 

『いや、いいんだ。今回は良い機会だし、自分の力だけでやりたくてね。…いてて』

『大丈夫ですか?』

 

心配そうに背中をさすってくれる塩崎は、続けて僕に問いを投げかける。

 

『それにしても、“良い機会”とは?』

 

ーーー僕に《ワン・フォー・オール》が必要か否か再確認する為。

 

そう伝える訳にもいかないので、塩崎には適当にお茶を濁した。

 

そんな事を思い返しながらも、廊下をふらふらと歩く。…ここまで見つからないとなると、心操の捕縛布レクチャーでもしてるのかもしれない。僕も混ぜろ。

 

「…まぁ、林間合宿もあるし。焦らなくてもいいか」

 

そう呟き、B組の教室へ引き返す。“機動力”や“無力化”の手段となり得るイレイザー・ヘッドの捕縛布は、近い内に“真似(コピー)”する時間もあるだろう。普通科の手の届かない場所で。

 

B組に向かう道中、会議室に入る緑谷とオールマイトを目撃した。

 

…隠す気あんのかな、あの2人。

 

なんか心配になって助言したい気もするが、「僕知ってます」とわざわざ今言う必要もない。ここはスルーを決め込むべきだろう。

 

先程のオールマイトと緑谷出久の姿を思い返す。《ワン・フォー・オール》の性質を聞いた僕は、《コピー》と《ワン・フォー・オール》が相容れない存在だとはっきり理解した。

 

僕という(コップ)の容量を超えた、複数人の“人生()”。受け継ぐ《個性》。

 

他人の《個性》を宿し、《個性(コピー)》に干渉する《個性》。…自分で整理してもややこしいな、僕の《個性》。

 

だが、《ワン・フォー・オール》に関しては宿す事すらままならない。僕の器が耐えられないのだろう。“宿す(コピー)”と“発動(ペースト)”の工程の内、前者でつまずいているのだから話にならない。

 

僕自身、本当になんとなくだが《コピー》が《ワン・フォー・オール》を否定する感覚がある。さっきの2人の姿からぼんやりと圧力がある感じだ。

 

それはもはや嫌悪感に近い。恐らく性質上相性が悪いのだろう。

 

そして、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確に言うならば、()()()()()()

 

これが何を意味するかは、正確には分からない。

 

ただ一つ言える事としては。…まぁここまで相性が悪い悪い言ってきた身だが。

 

ーーー僕が《ワン・フォー・オール》を《コピー》する日は、そう遠くない。

 

普段なら嬉しい結論が、何故か今だけは悲しかった。

 

 

⭐︎

 

「えー。期末テストまで残すところ一週間。ちゃんと勉強してるだろうな?テストは筆記だけでなく演習もある。頭と体を同時に鍛えておくように、以上だ」

 

そう言って帰りのHRを締めくくるブラド先生。各々が帰り支度を始め、自由な放課後を迎える。

 

「知ってる?演習試験って入試の時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ。先輩から聞いたんだけどね」

 

隣の席の拳藤が鞄に教科書を詰めながら声をかけてくる。話題は先程の期末試験について。

 

「へぇ、そうなんだ。…ちなみに全員一斉にやるかな、それ」

 

先輩に聞く、その発想は無かった。ミリオ先輩からでも聞いとけばよかったなと思いながら、僕は拳藤に問う。

 

1人であのロボットと対するのなら少々面倒だ。

 

「あはは。そう言うと思ってそこも聞いたけどね。去年は2人一組だったらしいよ」

 

なんと僕を想って詳しく聞き出してくれていた拳藤。女神か?

 

「んー…ま、なんとかなるかな」

「そかそか。よかった。補習ってなると合宿で時間潰されちゃうからね」

「あ、合宿自体は行けるのか。優しいね」

 

そんな適当な事を話しながら、僕も帰り支度を終えるが、まだ席を立たない。

 

「あれ?帰らないの?」

「ちょっとコスチュームやらサポートアイテムやらで用があってね。サポート科に寄ってくよ。先帰ってていいよ」

「ん、そっか。じゃ、また明日」

 

そう言ってドアに向かう拳藤を、ふと呼び止める。

 

「あ、そういや拳藤って八百万と仲良かったよね?」

「?…うん、まぁ。職場体験同じだったし、それなりに。あ、何?勉強教えてほしいの?」

「馬鹿。こちとらB組5位だぞ。いらないよ。…じゃなく、また手を借りるかもって言っといて」

 

まぁ、誇れるような順位でもないけどさ。

こっそりサポートアイテム作るには八百万の《創造》がとても便利だ。…まぁ僕の《創造(コピー)》でも代用は出来るけど…。そうなるとボディータッチが激しいスケベ男という称号を貰いかねない。難儀なものだ。

 

そして、言葉を付け足す。

 

「…やっぱ、八百万に勉強教わろうかな。ついでに()()()()()()()。拳藤も一緒にどうだい?」

「え、どしたの。珍しくない?…別にいいけどさ」

「ん。じゃあよろしく〜」

 

軽く拗ねた様子の拳藤を手を振って見送る。今の問答では八百万との勉強会に拳藤が来るかはわからないな。

 

拳藤は前回の中間テスト、B組内で2位だったから教わる必要が無いのだろうし、恐らく来ないだろう。

 

思い返せば八百万は“眠り弾(スリープバレット)”を頼んだ時は元気が無かった。正しく言えば、僕に頼られるまで元気が無かった。

 

体育祭で僕に敗北し、自信喪失。他人に、特に勝者である僕に頼られる事が嬉しかったのだろう。端的に言えば、自分を見失っていたのだ。

 

そんな理由が今だからわかった。いや、ずっと前からわかっていたのかもしれない。何故なら僕も同じだから。

 

救助訓練レースで自身の限界を確認し。

対ロボで共に戦う仲間の有無を不安に思い。

今もサポートアイテムに頼ろうとする自分。

 

『“良い機会”とは?』

 

塩崎の問いに再び心の中で答える。

 

ーーー僕に《ワン・フォー・オール》が必要か否か再確認する為。

 

そして、その結論は出た。

 

拳藤も帰ったので教室には僕しか残っていない。無気力に椅子にもたれ、顔を出し始めた夕焼けを一枚の窓を通して眺める。

 

「……本当に、“良い”機会(チャンス)だよ」

 

誰もが欲しいと願う《個性》。No.1ヒーローの《個性》。オールマイティーに応用できる“超パワー”は、僕に安定感をもたらす。

 

今日一日だけでも、理解できる。

 

やっぱり僕には《ワン・フォー・オール》が必要なんだ。

 

その事に納得はしてるし、それが正解だということもわかる。けどそれと同時に、僕はいつか間違うのだろう。

選択を誤り、僕は《ワン・フォー・オール》を受け継がない。

 

「…馬鹿だなぁ」

 

誤った選択を嫌うのなら、今すぐにでもナイトアイに承諾の意を伝えれば良い。けど僕はそうしない。それは何故か。()()()()()()()()()

 

何に悩んでいるのかもわからない。緑谷を思いやる気持ちは最初から無い。理論的に考えて断る理由は無い。

 

ただ一つ有るのは、間違うという未来だけ。

 

間違う事を知っていながら間違うというのは、存外難しい。さらに言うならば、性質(タチ)が悪い。

 

僕は鞄を持って、無人の教室を出る。

 

ーーーこの好条件の中でも間違うのなら、まだ殺したくない“自分”がいる事に他ならない。

 

それを知りたい。

 

結局はそれに尽きるのだろう。本当に、浅はかな考えだ。馬鹿だなと自分でも思う。真剣なナイトアイに失礼ともとれる。

 

けどそれでいい。損は無い。

 

ナイトアイが僕を利用するように、僕もナイトアイを利用する。僕という希望に縋らせる。その台本の中で、僕は間違う理由を見つけるという目的を達成する。

 

いや、未来が変わるというケースなら僕はオールマイトの真の後釜として《ワン・フォー・オール》を受け継ぐから、ある意味でスーパーヒーローになるという目的は達成される。

 

うん、損は無い筈なんだ。

 

そう自分に言い聞かせながら、足を動かしサポート科の教室に向かう。いつものように、他人に頼る為に。

 

 

⭐︎

 

それから一週間と少し。3日間の期末テストを終え、演習試験の日を迎えた。試験内容を前もって聞いているB組の面々は余裕の表情で、やけに多い教員の姿を見ていた。

 

「残念!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

そんな根津校長の言葉に、B組の面々は騒つく。それもそのはず、拳藤から伝えられたロボットとの対戦ではなくーーー。

 

「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ!

というわけで諸君らにはこれから2人1組でここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 

雄英教師兼プロヒーローとの対戦。そう聞かされれば、驚きの声があがるのも当然。不可能と嘆く声も当然だった。僕はB組より先に演習試験を終わらせたA組の様子がおかしいな、とは思ってたから納得が大きかった。試験内容を聞くのは一種のカンニングだからやめておいたが。…カンニング云々の前に両クラス試験は同時にやるべきだが、教員の数的に叶わなかったのだろう。

 

面々の不安などを意に介する事なく、根津校長は淡々と説明する。

 

「試験の制限時間は30分!君達の目的はこのハンドカフスを教師にかける or どちらか1人がステージから脱出することさ!」

 

僕はぼんやりとルール説明や重りなどのハンデを聞きながら、対人に備える試験に変更した事に思いを巡らす。

 

…どう考えても、ヴィラン連合の対策だよなぁ。納得納得。寧ろそれを思いつかなかった自分に驚く。普段なら気付くまでは行かずとも視野には入れている筈だ。…疲れてんのかなやっぱ。最近学校中を歩き回っているから見えないところで疲れが溜まってるかもしれない。3年生の階はやはり緊張してしまう。

 

「そして最後に、物間くんと拳藤さんの相手はーーー」

 

自分の名前が呼ばれ、意識を現実に引き戻す。辺りを見渡してもそれぞれのペアの正面に教師が佇んでいる。9人の教師がそれぞれの場につき、僕と拳藤の前には無人。

 

ーーーだった空間に勢いよく着地してきたNo.1ヒーローの姿に、思わず拳藤と共に息を呑む。

 

「ーーーワタシが、する!」

 

合宿中の肝試し、楽しみだったんだけどなぁ…。A組をこの手で驚かせたかった…。

 

密かに期待していたものを諦め、僕は止めていた息を深く吐いた。

 

 

⭐︎

 

「ーーーまぁ勝ち筋はあるんだけどね」

「え、ホント?ハッタリじゃなくて?」

「超ガチ。めちゃくちゃ薄い可能性だけど一応ある」

 

ちなみに今は先ほどから場所を変え、20分間の作戦会議タイムである。目を丸くした拳藤に僕は自分の作戦を説明する。

 

「…とりあえず、僕と拳藤がオールマイトを倒すっていうのは不可能だ。これだけは譲れない」

「うん、まぁ確かに。そんなはっきり断言されると困るけど」

 

馬鹿言え。現実を知るってのは超大事なんだ。うっかり後継者を無個性の少年にしちゃう理想を追い求める人だっているんだぞ。

 

ちなみに僕がオールマイトの《個性》をコピー出来ないっていう事実は結構前に世間話として伝えた筈なので、この絶望的な戦力差は拳藤も充分にわかっている。

 

「つまり、あの人を倒すって線は論外。なら、道は1つしかない」

「“ハンドカフス”ね」

 

その通り。一瞬の隙を見てオールマイトに手錠をかける。この道しかない。

 

「でも、そんな事できるの?…そりゃまぁオールマイトから逃げて脱出ってのは無理だろうけどさ。手錠かけるのも同じくらい無理じゃない?」

 

「……これは拳藤にしか言わないんだけど」

 

意味もなく耳打ちするように拳藤に近づく。少し驚いた様子だったが、彼女からも耳を近づけてくれる。いや、そんな大層な内緒話じゃないんだけど、“こういう話”は慎重になっておいて損は無い。

 

「オールマイトは長期戦に弱いんだ。将棋やチェスとかでも、終盤は集中力が続かないらしい」

「…は、何それ?どこ情報?」

「隣のクラスのオールマイトファン」

「なるほど」

 

適当な嘘に納得する拳藤を横目に、僕は先程更衣室から持ってきた携帯を見る。メッセージアプリを開き、新着メッセージに目を通す。つい先程送ったものに対する返信だ。

 

“今なら時間が取れる。電話でいいか?”

 

そこに承諾と感謝の意を返し、僕は拳藤に大まかな作戦を手短に伝える。

 

「とりあえず、僕が時間稼ぎ担当を受け持つから…拳藤は気絶してて」

「いや、意味全くわかんないけど」

 

怪訝な顔をする拳藤に知人と電話をすると言ってその場を離れる。説明は後回しだ。1人手持ち無沙汰になった拳藤は、鉄哲と宍田獣郎太の元へ向かった。彼らの相手は確かセメントス先生だったな。

 

周りにクラスメイトがいない場所まで行き、電話をかける。

 

『この時間は授業中、正確には期末の演習試験の筈だが…緊急か?』

 

そんな電話の始まりを聞きながら、僕はサー・ナイトアイに応える。僕の授業時間まで把握してるのは普通なのか判断に悩むところだ。

 

「まぁ、いくつか質問がありまして」

『あと少しでパトロールの時間だ。手短に頼むぞ』

 

まぁこちらも、サー・ナイトアイ事務所はこの時間で昼休憩というのを知っていて電話しようと思った訳だけど。

 

「まず、僕が後継者候補である事をオールマイト本人に言っても問題ありませんか?」

 

これが質問の一つ目。

 

『それは前も言っただろう。その点に関しては貴様が思うようにすれば良いと』

「…わかりました。貴方の計画に支障が出ないなら構いません。時間稼ぎのネタとしておきます」

『…時間稼ぎ?一体何の話をしている』

「肝試しの話です」

『本当に何の話をしているんだ』

 

OK、これで時間は稼げる筈だ。オールマイトなら《ワン・フォー・オール》の話に食い付くに違いない。

 

それにしても、この話での僕の行動でサー・ナイトアイの『物間寧人後継者計画』には影響は出ないらしい。もしくは僕ならそれほど大きなヘマはしないと信頼されているか。

 

「もう一つ質問…いえ、確認したい事があります」

 

なら、その『物間寧人後継者計画』はどんなものなのか?勿論本人に聞いた事はある。

 

だがその時の返答はどれも曖昧なもので、核心を突こうとしない。適当なユーモアで誤魔化されてしまう。

 

そんな意味の無い会話は、言外に“事前に教え行動が少しでも変化してしまう事を恐れている”と告げている。端的に言えば、「気にせず普段通りの行動を心がけよ」だ。

 

僕はそれを察し、ナイトアイは僕が察したことを察する。それ以降特にそれを聞く事はなかったが、あえて僕はここで踏み込む。

 

「ーーー貴方の説得材料の1つは、実行の“タイミング”ですか?…例えば、()()()()()()()()()()()()()()、とか」

『………』

 

無言は肯定。そう義務教育で習ったので僕の推測は正解だと悟る。

 

『…本当に恐ろしいな、貴様は』

 

ナイトアイの口ぶりから、僕の例え話も正解だとわかる。それならば、と僕は更に口を開く。が、それを遮るように携帯から無機質な声が届いた。

 

『“己の不甲斐なさに心底腹が立つ。彼らが必死で戦っていた頃ワタシは…半身浴に興じていた”』

 

「…なんですか、それ」

 

『ワタシの《予知》で見た事柄の一つだ。貴様ならこれだけでも充分だろう?』

 

そう一方的に言って、ナイトアイは電話を切る。

 

3分にも満たない通話時間を表示している携帯を眺めながら、僕は先ほどの言葉について思いを巡らす。

 

《予知》は直近の未来ほど鮮明に、先の事になるほど曖昧になる。5、6年前がオールマイトを《予知》した時期なので、この発言も曖昧に視えた未来の1つなのだろう。途切れ途切れ、ズタボロに切り裂かれた映画のフィルムのように。

 

オールマイトへの《予知》以降、ナイトアイは人生を視るような大きな《予知》はしていない。僕から見れば情けない事だが、酷く臆病になっている。憧れの男の死という心的外傷(トラウマ)が彼を蝕んでいる。

 

なので、彼もこの時期の詳しい展開はわからない筈。だが、断片的なオールマイトの言動から予測出来たものがあったのだろう。

 

そしてそれが、物間寧人を後継者にする為の手札。

 

そこから1分、ナイトアイの視点から考える。これは僕の得意分野だ。

…そうして出た結論に、思わずため息をついてしまう。

 

「…恐ろしいのはどっちだって話だよ」

 

 

⭐︎

 

 

今現在、バスの後ろ座席でぐだーっと座る僕は、前方で世間話に花を咲かせているオールマイトと拳藤の姿を見ている。

 

演習場に着くまでの僅かな時間だ。…いや、学校の敷地内でバスとか使うのおかしいな?よく考えろ?

 

「それにしても、なんでオールマイト先生が私達の相手なんですか?さっき物間が言ってたんですけど、テキトーなペアや相手じゃないんですよね?」

「フムフム。物間少年は何故そう思ったんだい?」

 

唐突に後ろを振り返り、僕に問うオールマイト。

 

「鉄哲と宍田のペア、相手セメントス先生だったでしょう?」

 

うん、と頷く拳藤を見ながら、僕は続けて口を開く。

 

「もし今回の試験のテーマが“2人で協力”なら鉄哲と骨抜を組ませる。頑固&柔軟、この組み合わせの化学反応がB組では1番大きいと思うし」

 

案外、あの2人がチームになればA組の主力にも勝てるかもしれないな、なんて。意味ない妄想を膨らませる事なく、僕はさらに言う。

 

「そうじゃないって事は、あと考えられるのは“弱点の克服”」

正解(ビンゴ)だよ、物間少年!」

 

そう褒められてつい浮かれた僕は、更に喋ってしまう。

 

「セメントス先生には“頭の悪いパワー型”を当てるって感じですかね。A組なら、切島と…砂糖、一応飯田かな」

「せ、正解だよ物間少年…。A組は切島少年と砂糖少年さ…」

 

教師っぽく生徒を褒めたつもりが、予想以上に的確に答えられ立場を見失っているオールマイト。だが、コホンと咳払いをし、僕と拳藤を見る。

 

「それじゃあ、何故君ら2人の相手はワタシなんだと思う?」

 

そう問うオールマイト。残念ながら、僕はその正解にまだたどり着いていない。

 

「“弱点の克服”…かぁ。私達の弱点って何だと思う?物間」

「オールマイトを相手にすりゃ弱点なんて無限にあるさ」

 

いくらハンデがあろうとも無理ゲーなのは変わらない。弱点云々の話じゃなくなってるんだよなぁ、この人の場合。

 

「…つまり、僕らに弱点なんてない、無敵な存在」

「物間は何でも出来るけど何でもできない器用貧乏で…私は《大拳》で出来る事を増やす…って感じかな?」

「……まぁ、合ってんじゃない?」

 

何か釈然としないけど、拳藤の答えは僕の考えていたものと全く同じだった。

 

まぁ、少し特殊な僕の《個性》を相手するとしたら…相澤先生か根津校長みたいな更に特殊な《個性》で相手するのも当然だろう。

 

僕のオールマイティさとオールマイトのオールマイティさは全くの別物だが、そこを鍛えろという事だろう。多分、知らんけど。

 

…いや、今日戦ったらいよいよガチで《ワン・フォー・オール》欲しくなっちゃうんじゃないのこれ。無い物ねだり的な、ナイトアイの策略か?

 

そんな僕の思考は露知らず、オールマイトは笑顔で応える。

 

「やはり君も賢い、拳藤少女!…だが、もう一つ理由があるんだ。これは、弱点関係なしにね!物間少年はわかったかい?」

 

僕は直感で答える。

 

「A組の時に相手したのが飯田と八百万なら、クラスのリーダーって所ですかね」

「?…あぁ、アンタ副委員長だもんね。全然仕事しないから思いつかなかった」

「なんてこと言うんだ拳藤。全部君1人でやってしまってるからこっちに仕事が回ってこないんだ」

 

そもそも学級や委員会での副委員長ってのは肩書きのみの事が多い。それなら書記の方が大変だろうと断言出来る。要所要所での呼びかけ等は委員長の拳藤がしてくれるので、全くする事がない。

 

そう思うと本当に委員長にならなくて良かったと思う。まだクラスメイトからの評価も定まっていない中、入試次席として始業式で適当なスピーチをした僕に注目が集まったのは仕方ない事だが。

僕が極限まで委員長を渋ると、気を利かせた目の前にいる少女が名乗り出て、その感謝を込めて副委員長の座についたというのが経緯だ。

 

…入試次席な事は隠そうと思えば隠せた事だし、主席の爆豪が始業式をサボったのが原因じゃないだろうか。うん、やっぱ爆豪が全部悪いわ。

 

そんな意味のない結論にたどり着いた僕に、オールマイトは首を横に振る。

 

「まぁその推測は良いセンいってるが…残念。ワタシの相手は…緑谷少年と爆豪少年さ」

「…それ、ただ仲悪いってのが弱点なんじゃ」

「拳藤の言う通り。オールマイトの事で拗らせ2人組じゃないですか」

 

「ぐ…君らもよく見てるな…!」

 

君ら“も”…か。つまりこのペア分けを考えたのは僕らの事をよく見ているそれぞれの担任って所だろうか。だとすると……。

 

あと少しで答えに辿り着けそうといったところで、僕ら3人が乗っていたバスは停車する。演習場に着いた僕らはバスから降り、オールマイトが時間切れと告げる。

 

「答え合わせは試験の後と行こうか!さぁ、あと数分で試験は始まるぞ!」

 

1時丁度にそれぞれ全員の試験が始まる事になっている。今僕は時計を持っていないが、12時56分といった所だろう。この場を離れて仕切り直し、試験開始のブザーを待つ運びだ。

 

答え合わせは試験の後、と言ったオールマイトに告げる。たった今たどり着いた僕の答えを、嫌そうに。

 

「…背負う期待と責任が重すぎる」

 

そんな僕の答えに、オールマイトはニヤりと笑う。正解のサインだ。

 

疑問符を浮かべている拳藤と、苦い顔をしている僕。両方を視界に入れ、オールマイトはいつもの笑顔で口を開いた。

 

「ーーー守るものが多いからこそ、ヒーローは負けないんだよ」

 

1年A組を例に出そう。クラスをまとめるでもないし中心にいるわけでもなく、おまけに仲は最悪。だが、いつの間にかその熱がクラスに伝播するという存在がある。ーーーそんな事実は今は無くとも、今後そうなると担任の相澤先生は確信しているのだろう。だから、あの2人を選んだ。

 

クラスを纏める学級委員長等ではなく、()()()()()()()()()()()()2()()だからこそ、ここでオールマイトに勝てればクラスへの影響力、勢いも増すだろう。

 

負けた時の事は知らないけど…まぁ相手がオールマイトならいくらアイツらでも仕方ないかとなるだろう。まぁ勝敗でそんな責任を負う事はないから別にいいか。

 

まぁつまり、僕と拳藤がクラスを底上げをしてくれ、オールマイトにすら勝つ可能性を秘めているとブラド先生に期待されているのだ。

 

期待の教え子だからこそ、良い経験としてNo.1ヒーローを相手させる。

 

…ナイトアイもブラド先生にも言える事だが、僕はそんな期待されるような存在じゃないんだけどな。…ブラド先生は親馬鹿の類、生徒馬鹿だからなぁ。教え子好き過ぎだろあの人。

 

まぁ、その信頼や期待を“守る”為に、精一杯頑張らせて頂きますけども。

 

僕と拳藤はオールマイトの元から離れる。それぞれ市街地の構造を小走りに確認しながら身を隠す。

 

「拳藤、目的のトコ見つけたらすぐ言って」

「りょーかい…あ、アレは?」

 

そんな中、僕と拳藤はある建物の前で足を止めた。雄英側が作った市街地ステージを構成する1つである事務所のようなものだ。

 

なんとなく僕が2週間滞在していたサー・ナイトアイ事務所の面影もある。似てるってだけだけど。

真っ白なペンキが塗られて清潔さを持ち、かつ頑丈な新築物件。うん、良い物件だ。

 

「よし、ここにしよう。ーーーそれじゃあ、早速()()()()

 

僕と拳藤は同時に《大拳》を発動する。

 

そんな時、ビーっと無機質なブザーが鳴る。かくれんぼでいう鬼が動き出す。オールマイトというヴィランが。

 

 

 

 

その20分後には、僕の計画通り、目の前にオールマイトが姿を現す。

ーーー平和の象徴の本当の姿(トゥルーフォーム)で。

 




今話から期末試験編か林間合宿編にしようか迷いましたが、期末試験で“過去視”する《個性》はない上、話の展開上林間合宿にそのまま繋がっていく部分も多いので林間合宿編とさせて頂きます。長編になるので2つ過去視します。

というわけで、林間合宿・過去視《ワープゲート》・《ワン・フォー・オール》編です。

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