学期末実技試験。ヒーロー役2人の生徒に対しハンデ付きのヴィラン役教員1人で、僕らが条件をクリアする。出来なければ赤点で先の林間合宿で補習という運びとなる。
B組より一足先に試験を終えたA組の話を聞くに、赤点だと林間合宿にも行けないと聞かされているらしいが…。あれはイレイザーの合理的虚偽ってやつだろう、僕らのブラド先生に聞くと全員必ず行くと教えてくれた。
絶望してた上鳴と不安に思ってた瀬呂とは軽く話した訳だが、何となく面白かったのでこの事は伝えなかった。
だが、結果に関わらず合宿に行けるとはいえ、赤点を取るとレクリエーションの一つである肝試しの時間が削られる事になるらしい。それは嫌だ、絶対嫌だ。
「ーーーというわけで絶対勝とう、拳藤」
「うん。まぁ、モチベーションあるのは良いことだけどさぁ…」
呆れた顔の拳藤に向かって、僕は確認をとる。肝試し抜きにしても、合宿中僕の時間が制限されるのは好ましくない…
「それじゃ、作戦通りに行こうか」
「りょーかい……負担がアンタに偏りすぎてる気するけどなぁ…この作戦」
「散々言ったじゃないか。これがベストだって」
変に曲解すれば嫌味とも取れる僕の発言も、真っ直ぐな拳藤は受け入れる。釈然としないながらも僕の事を信じてくれるらしい。こればかりは、4月から築き上げてきた信頼関係の賜物だろう。
倒す事が勝利条件じゃないのだから僕らにも勝機はある。そう考えてる間にも僕の《
⭐︎
「ウウム…やはり、戦力差がありすぎるのでは…?」
試験開始から5分経った頃だろうか、脱出ゲートの前でワタシ…オールマイトは依然佇んでいた。緑谷少年と爆豪少年のように仲の悪さは見受けられない…寧ろ仲が良すぎるとすら思える2人だが、機動力や純粋なパワー比べとなると、ワタシが負ける事は有り得ないだろう。
ワタシを除いた10人の教員で試験させるべきでは…とB組担任、菅くんには申告してみたが聞く耳を持たずあの2人…。
物間寧人と拳藤一佳を熱烈に推していた。
物間少年と拳藤少女の名は職員室でもよく聞いていた。問題児の多いA組とは違い、“優等生”のB組代表2人組だ。
ワタシのイメージでは物間少年が学校内をフラフラ歩き回り普通科、サポート科…最近では職場体験から通形少年とも関わりを作っているようだった。それは我ら教員にも同様で…特に相澤君とよく話している姿を見かける。
だが、いくら世渡り上手とはいえ大小の問題は生まれてしまう。誰彼構わず…かどうかは知らないが、多種多様に人との繋がりを作る場合に相手を不快にさせる事は少なくない。
そこで出番となるのが拳藤少女だ。
先日…普通科のリーゼント頭の少年に言いがかりでもつけられたのか軽い口論となった事件があった。
『はいはい。すーぐ煽るんだから…。あ、ごめんな?』
ワタシが現場に向かった時には気絶している物間少年を手馴れた様子で引きずる拳藤少女の姿があった。
その後聞いた話に寄ると、口論となった遠因はリーゼント少年のヒーロー科に対する嫉妬の類だったそうだ。ヘラヘラと気さくに話しかけてくるヒーロー科…しかも体育祭優勝の物間少年の存在に苛立ったとか。
『
ワタシと一緒に現場に赴いたミッドナイトは恍惚な表情でそう呟いていた。視線は目を覚まして気兼ねなく言い合っている物間少年と拳藤少女に向いている。確かに側から見れば痴話喧嘩のように見える光景だ。
そんな感じで、2人の名前は一緒に聞く事が多い。恋仲云々の話は職員室では1名しか主張しておらず、B組を代表する2人として名が挙がるし、ワタシの彼ら2人の印象も同じようなものだ。
あと気になる事といえば、物間少年の職場体験先がワタシの元
確かに先のバスでの会話の節々から2人の頭脳面での賢さは見受けられたが…やはり純粋な戦闘力では相手にならない。唯一の頼みの綱である物間少年も、《ワン・フォー・オール》を《コピー》出来ない。《個性》としての相性に恵まれなかったのだ。
恐らく、この唯一の脱出ゲートの前にいるだけで彼らは何も出来ない。だが、30分という時間は残念ながらワタシにとって長い。
「ーーーやはり、授業ともなると時間ギリギリか…」
《ワン・フォー・オール》の灯火は今も弱くなっている。マッスルフォームを維持できる時間は普段の授業時間…1時間弱のようなものだ。演習試験というのもあり延びる分も生徒だけの作戦会議時の休憩で補えていれば良いのだが…。
恐らく、今からマッスルフォームの維持はもって20分といった所だろうか。30分の時間切れを待っていたらトゥルーフォームの姿になる事は避けられない。
そうなると、今現在のかくれんぼの立場が逆転してしまう。それは避けたい事態だ。やはり短期決戦が望ましい。
足に力を入れ、身体を動かす。
「やっぱ重っ…。いや、ワタシの体重が悪いのか…」
ハンデとして体重の半分の重りをつけているワタシは、思わず呟く。マッスルフォーム時は200Kgなので…。
だが、慣れるのも一瞬だった。重りの負担を帳消しにするほどのパワーを身体に纏うように《ワン・フォー・オール》を調整し、平常時と変わらない動きでーー“走る”。
とりあえずこの市街地を
「ーーーーほう」
轟音が響く。感覚だけだとプレゼントマイクの個性《ヴォイス》と言った所だろうか。
そういえば最近物間少年がサポート科の発目少女と研究室に入り浸っているとの話を妙に嬉しそうなミッドナイトから聞いた。となると彼考案のサポートアイテムだろうか。
数瞬意味を考える。ワタシをおびきよせる為の罠と考えるのが妥当だが…。生憎、サポートアイテムを囮に2人がその隙に脱出、というシナリオは叶わない。ゲートに戻ってくるまで、ワタシなら10秒もかからないからだ。
「ワタシの力を見誤ったか…?」
そう疑問に思うが、策に乗った振りをするのが最善と理解。そして実行する。
無駄足になるだろうと踏んではいるが音の向かう方へ行き、他方で出た2人の尻尾を捉える。
そう考えていたものだから、辿り着いた先、目の前にいる拳藤少女の姿に困惑してしまう。
「わ、ホントに来た…」
不思議な事に、拳藤少女もワタシの姿を見て驚いている。この明らさまな罠にかかるとは思ってなかったのだろう。だが、ワタシの事情から短期決戦が好ましい。それを知る由もない彼女は、ワタシ相手に戦闘態勢をとる。
ここで流石に、おかしいと悟る。
「ーーーむ…?拳藤少女が時間を稼いでいる間に、物間少年が脱出する作戦かね?」
この試験の勝利条件は「教員にハンドカフスをかける」あるいは「生徒どちらかが脱出」だ。なら拳藤少女が囮となり物間少年が逃げる…作戦としては成り立っている。
ーーーひどく杜撰で、甘い見通しな事を除けば。
「…ッ!?」
そんなワタシの“威圧”に目の前の拳藤少女は後ずさる。
「ーーーやだなぁオールマイト。レディーにヴィランを任せて逃げる訳ないじゃないですか」
その声の主を探す為、上を見上げる。門番のように佇む拳藤少女のその後ろ。柱や壁がやけにボロボロで、廃屋と言われてもおかしくない事務所の2階から手を振っている物間少年の姿を目に入れる。
冷静に周囲を見渡すと、近くのレストランや一軒家も同じように、“誰かが故意に傷つけたように”ボロボロになっている。
「…どういうつもりかね?」
「すぐわかりますよ。…拳藤!」
名前を呼ばれた拳藤少女は少し大きめのハンカチを口につけ、マスクのように息を無駄に吸い込まない工夫をする。
と同時にワタシに当てないように、そして囲うように狙われた複数のビー玉のようなものが地面に衝突し、毒々しい紫色の煙が辺りを覆う。
直感で…いや、先ほどの拳藤少女の様子から吸ってはいけないと頭が理解する。
そして身体でーー、拳一振りで煙を払う。天候を変える程のパワーではなく手加減したものだったが、煙で覆われた視界は一瞬で晴れ、目の前には小さな拳。
「ーーー“双大拳”!」
着撃の瞬間に拳を巨大化させる事で、威力を増やす技だろうか。そういえば物間少年が鉄哲少年の《スティール》で似たような事をしていたか。
そんな事を思い出しながら、大きくなった拳をガッチリと難なく受け止める。いや、ちょっと痛い。その様子は表に出さず、巨大化した薬指を掴む。
「…っ!」
全く通用しなかった事に驚き…そして理解した拳藤少女は退くべきだと判断。ワタシに掴まれた拳を元の大きさに小さくし、生まれた隙間で手を引き抜き距離を取ろうとする。
「ーーー同じパワー型《個性》なら戦いになると踏んだのかい?」
この煙が晴れた一瞬の奇襲で大ダメージを負わせようと思っていたのかは知らないが、やはり杜撰な計画。この試験でワタシに正面戦闘を臨むこと事態がミステイクだ。
「…っ!?は、はやーーー」
「ーー遅い」
拳藤少女にはない機動力。一瞬で距離を詰め、チャイナ服コスチュームで露わになっている右手首を掴み捉える。そのまま流れるような動作での手刀で意識を刈り取り、拳藤少女はそのまま地に伏せる。
…さて。
「相方が倒された訳だが…君はそこから動かないのかね?」
事務所の2階部分の窓から顔を出し、事態を静観している物間少年に問う。物間少年の“指弾”
これがB組代表の2人が知恵を絞って編み出した作戦なのならば、期待外れと言わざるを得ない。
「まさか。まだまだ策はありますよ」
そう顔を歪め笑う物間少年は、その場から動く様子がない。それを見て悟る。
ーーーあのボロボロの事務所の一室で、ワタシと対するつもりだろう。
事務所にサポートアイテムを散りばめ、無数の罠があるのだろう。だが、それにわかっていて乗るほどワタシも馬鹿ではない。
「この試験の設定を覚えているかね?君タチはヒーロー役、そしてワタシはヴィランだ。ヒーロー側の篭城戦に付き合ってくれるヴィランがどこにいる?」
ドラマでよく見る、人質をとる犯人が篭城し、その周囲で説得を試みる警察のシーンを思い浮かべる。この状況と立場が逆だ。
その指摘を、物間少年は笑って受け流し、白々しく、今思いついたようにおどける。
「そうですねぇ…ーーー《個性》に
「……まさかキミは、」
ーーー知っているのか?
困惑する中で脳裏に思い浮かぶのは元相棒、サー・ナイトアイの姿。だとしても、一体何故この子に、という疑問が残る。
「ーーー積もる話でもしましょうよ。この距離で話してると、拳藤が起きた時に察してしまう。彼女、僕らが思ってるよりずっと賢いので」
その口振りから、“秘密を握っている”と断言している。
「まぁ信じて貰えないと思うけど、階段や廊下に罠とかはつけてません。安心してここまで来てください。…あぁ、
気絶している拳藤少女をここに放置する事に抵抗は覚えたが、こうなると連れて行く訳にもいかない。
事情が変わった。いや、物間少年によって変えられた。これこそが彼の望んだ状況なんだろう。
ゆっくり歩き、階段を上り、そのままドアを開く。彼の言う通りここに来るまで罠は無かった。とすると、この一室に罠がある。
その部屋に足を踏み入れると、無防備な様子で椅子に背もたれを預けている物間少年の姿。
「“ワタシが来た”…って言わないんですか?楽しみにしてたのになぁ」
「今はヴィランだからね」
そう口では返すものの、ヴィランがヒーローの誘いにホイホイ乗る訳がない。なら何故ワタシはここに来たのか。当然、《ワン・フォー・オール》の話をしに来た。
どういう経緯でーーー彼はどこまで知ってるのか。そしてこれからどうするのか。見極める為に。
5秒程の静寂の中、先に口を開いたのは物間少年だった。
「まぁ、結論から言えば全部知ってますよ。貴方の個性《ワン・フォー・オール》についても。緑谷出久を後継者に選んだ事も。サー・ナイトアイと喧嘩別れした事も。そしてーーー」
「ーーー貴方を待ち受ける結末も」
ワタシの死すらも、ナイトアイは彼に告げたのか。あのナイトアイがそこまで気を許し、信用しているとは驚きだ。
「…そこまで知っているのなら話が早い。口止めはナイトアイからされているのだろう?一体ここで何を話すのかね?」
緑谷少年にも言ったように、ワタシの《個性》に関する話は口外厳禁。平和の象徴はあくまでも象徴であり、その実態は明らかにするべきではない。聡い彼なら、当然その事も理解している筈だ。
「いえ、貴方の意志を確認しておこうと思いまして」
「ワタシの意志?」
疑問の声に応えるように、物間少年は口を開く。
「ーーー“後継者”緑谷出久を諦める気はありますか?」
「ーーーないね」
即答だった。そんなワタシの答えに、物間少年は目を細める。冷たく見下ろすような視線、期待外れだと言外に話すその態度に、空気がピリつく。
「物間寧人を《ワン・フォー・オール》の後継者にする。ーーーこれがサー・ナイトアイの意向です」
その言葉に目を見開く、が、納得も大きかったので取り乱しはしなかった。ナイトアイが彼を職場体験に呼んだ意図が理解できたからだ。
だから、気になる事を聞く。
「ナイトアイの意向…という事は、君の考えはまた違う、と?」
「………」
妙につまらなそうに、だが無言を貫く物間少年に、ワタシは更に疑問を抱く。
「君は、乗り気じゃない、と?」
「まぁ、
そんな曖昧な言葉でお茶を濁す物間少年の姿に、ちぐはぐさを感じてしまう。まだ彼の意志が固まっていないようで、彼の、
「僕としては、通形ミリオ先輩に受け継いで貰った方がベストだと思ったりもしますねぇ」
のほほんと、世間話をする様に新しい名を出す物間少年。聞くだけで耳が痛くなる名だ。ナイトアイが育成していた後継者の名前。
「…はっきりしないな、君は一体何がしたいんだい?」
困ったように頬をかきながら笑う物間少年。
「何がしたいかは、まだ決まってません。ーーーーけど、
ひどく歪んだ笑顔で続ける物間少年に、何故か鳥肌が立った。両手を広げ、爽やかに主張する。
「心操人使の《洗脳》。僕の《
「違うね。《ワン・フォー・オール》を譲渡するという意志が無ければ儀式は成立しない」
「なら、緑谷出久に“その意志を持ち、血を通形ミリオにあげろ”と《洗脳》する」
矢継ぎ早に、改正案を提示してくる物間少年にワタシもすぐに首を振る。
「心操少年の《洗脳》は“頭を使う行為”には適用されない。君も知っているんだろう?諦めるんだね」
相澤君が興味深そうに心操少年のデータを見ていたので、ワタシもそれを覗き見した事が幸いした…!心操少年はこれまでの試験や授業態度でも、特に体育祭以降優秀な成績を残している、その点からヒーロー科編入も視野に入れていると相澤君が言っていた。それが無ければ《個性》の詳細を知る事は無かっただろう。
「…はは、ですよね。やっぱりその意志とやらをクリアする必要があるか。…逆に言えば、そこをクリアする
「…ッ、君は、本気なんだね」
薄く笑いながら、ワタシの目を見る物間少年。
「まぁ、微妙な認識の違いはあるとはいえ…僕とナイトアイの根幹は同じです。ーーー緑谷出久以外が後継者をやるべきだ」
そして、ワタシの判断を否定する。緑谷少年を否定する。
「冷静になって考えてくださいよ。No.1の《個性》を手にしながら体育祭では1回戦負け、身体を破壊しながら戦うヒーローに平和を任せてなんていられませんよ」
「いや、それは違う。彼は職場体験以降、力の扱いに慣れてきている。5%の力を保つ事で体育祭の彼とは見違えるほどに強くなっている」
古豪グラントリノの教えが活きたのだろう、緑谷少年の危なかっしさは格段に鳴りを潜めている。
「…5%、か。じゃあ正直に答えてくださいよ。
思わず口を閉じてしまう。それはいけない、と思いながら口を開くが、その先に続く言葉をワタシは持っていない。この口ぶりなら彼も知っているのだろう、ワタシが譲渡された時には大して苦労せず、すぐに扱えた事を。
「ーーーほら、やっぱり
ワタシは目を伏せる。その言葉はワタシに酷く突き刺さった。
先日ーーー、
だが結局、オール・フォー・ワンや《個性》のルーツを告げただけで、ワタシの話は出来なかった。
『君はいつか奴と…巨悪と対決しなければならない…かもしれん。酷な話になるが…』
『頑張ります!オールマイトの頼み、何が何でも応えます!』
『ーーーあなたがいてくれれば僕は何でもできる!できそうな感じですから!』
そう純粋に、まっすぐに見つめる緑谷少年の目を、思わず逸らしてしまった。言わなければいけないとわかっていたのに。
…すまない、緑谷少年。その時にはもうワタシは、君のそばにはいられないんだよ。
そう、
「ーーー僕の《コピー》とナイトアイの《予知》。出来る事はきっと多いし、さっきの会話で分かる通り、僕らは本気です」
《洗脳》云々の会話から充分に伝わってきた意志が、彼らの宣戦布告を後押しする。手段を選ばず、半強制的にでも《ワン・フォー・オール》を奪う事も視野に入れると。
「…それは、恐ろしいな」
思わず呟いてしまう。意外すぎる組み合わせだが、2人が協力すれば出来ないことはないのではないか。そう錯覚してしまうほど、恐ろしい2人だ。
現に、物間少年は職場体験が終わってもまだ通形少年とコンタクトを取り合っている。彼の考え、通形ミリオを後継者にするという準備を着々と進めているのだろう。
「ーーーま、話はこれで終わりですね。それじゃ、試験に戻りましょうか」
そう言われ、我に返る。しまった、ただでさえ時間が無いのに、物間少年と話しすぎた。今は演習試験の最中と強く自覚する。
「……ふぅ」
物間少年は姿勢良く立ちながら、その目はワタシの一挙一動を観察する。それに呼応するようにワタシも動き出す。“会話”という時間稼ぎの第一ラウンドはワタシの負けだと認めよう。
だが、第二ラウンドの“戦闘”での勝敗は見るまでもない。
そう自分の勝利を確信しながら、ワタシは彼に向かって腕を伸ばしたーーー。
⭐︎
「お、白い煙…時間切れのサインですか?」
僕の呟きに、目の前のオールマイトは反応しない。
迫りくる手のひらを屈んで躱し、流れるように繰り出された蹴りは半歩ずらして避ける。最小限の動作で回避行動を続け、反撃は行わない。
一度でも触れられたらゲームオーバー。そんな無理ゲーに、僕は今挑戦している。
大きく、ハンデ付きの身体で繰り出される猛攻には多少の予備動作が伴う。そこから
その作業をひたすら続けていた。
「ーーーこの動き…!ナイトアイの…!」
従来の僕の回避とは違い、わかっているからこそ無駄のない動き。特に目線だ。「この行動をした以上あの未来通りになる」と確信する為の、予備動作の確認。その視線が顕著に現れている。
「にしても、よくわかりましたね。ナイトアイの動きだって」
「これでも…彼には近くで助けられた事も多かったから、ねっ!」
そんな会話を続けながらも、オールマイトは猛攻の手を緩めない。僕を確保しようと手を伸ばし続ける。
そういえば、早朝の1vs1。ミリオ先輩の動きとナイトアイの動きは似ていると感じた事がある。やはり、師弟関係ともなると似てくるのだろうか。
ーーーなら僕の師匠は、優に100人を超えている。
「…くっ…!やりにくいな!」
吹き出す白い煙の量が多くなってきたオールマイトがそう非難の声を告げる。が、僕はさらりと受け流し、そっぽを向く。
オールマイトにとって今の状況は芳しくない。正しく言うのならば…“全力を使わせない状況”だ。
この、狭い事務所の一室。
それだけで彼の力は制限される。まず前提条件として、《ワン・フォー・オール》で常時100%というのは
下手をすれば天気すら変えてしまう程の超パワー。少し走るだけで暴風大災害が発生してしまう。なので、もし100%を使うにしてもそれなりに広大な土地が必要となる。
こんな単純な事に緑谷が気付いているかどうかは、置いておくとして。
やけにボロボロなこの事務所、周囲にある建物にも影響が出る程の超パワーを出そうものなら、辺りは為す術もなく崩壊する。
そして、そうなると。
「僕も大怪我してしまうだろうし…それに、真下にいる拳藤が1番危ない」
手刀で昏倒された拳藤に被害が出る。様々な要因が重なり合って、オールマイトは全力を発揮できない。「ヴィラン…いや、悪魔め…!」と悪態をつくオールマイトは無視する。
「く……!ならーーーっ!」
更に《ワン・フォー・オール》の発揮%を上げ、先ほどまでとは違いこの一室を兎を連想されるような髪型のようにピョンピョン跳ねるように飛び回るオールマイト。建物が崩壊しない程度の勢いで、僕を撹乱する。
《予知》の過去視で見た、グラントリノの動きに似てる。オールマイトも師匠の動きに似せてるのかもしれない。
ーーーだが、それも躱す。
制限に制限を重ねたオールマイトと、ナイトアイを“真似”し回避に徹した僕。この事務所の一室で、触れるか触れないかの戦い。
それは、緑谷出久とナイトアイの攻防に等しい。
「…なんだ、余裕じゃないか」
そう考えればなんて事はない。その自信が僕の動きを後押しする。躱して躱して躱し続ける。
そして間もなく…僕の“時間稼ぎ”は完成する。
ーーー
先ほどから湧き出る白い煙が、一層大きくなる。その煙が晴れた時、僕は前もって用意していた言葉を告げる。
「ーーー
「…………」
身体は痩せ細り、No.1ヒーローの面影など微塵もないその姿を、僕は笑顔で迎え入れる。
ーーー勝った…!
あとは単なる作業、すぐさま単なる“煙幕弾”を用意し、“指弾”技術で打ち込む。…本音を言えば“眠り弾”が良かったのだが、学校の特許がまだ得られそうもない上、秘密裏に作っても使ったら必ずバレてしまうので妥協の目眩しだ。
この試験の為に用意したサポートアイテムは2つ。プレゼントマイクご愛用の指向性スピーカー付きパーティー用クラッカーと、“眠り弾”の要領で作った“煙幕弾”。
前者は
そして今使う後者が、この作戦の仕上げの役割を果たす。ただ煙幕を撒き散らすだけの存在だが、この狭い1室では両者の視界を曇らせる。そのてんやわんやな状況で、僕がオールマイトにハンドカフスをかける。
拳藤にはこの紫色の毒々しい煙は、“有毒である”と嘘を告げている。なので、最初のオールマイトと拳藤の邂逅の時、拳藤は煙を吸わない様に振る舞った。そんな自然な演技を目の当たりにしたからこそ、オールマイトも警戒し、息を止め、焦りを見せる筈だ。
ーーーそんな
「………は?」
至近距離、速度も威力も申し分ない。僕の最高熟練度の“指弾”技術を、真正面から見切った。その事実を理解するのに、数秒はかかった。その数秒が命取り。
「教師としても、平和の象徴としても君は恐ろしい存在だったがーー安心したよ。まだワタシにも教えられる事はありそうだ」
気付けば僕は地に伏していて、その無防備な両手首にハンドカフスがかけられる。腹がジーンと痛む。この感覚…2週間喰らい続けた腹パン…。
「今試験では、君の方がよっぽどヴィランっぽかったからね」
思考停止状態に陥っていた僕は、笑う痩せ細ったオールマイトの姿を見ながら、悟る。
ーーー僕らは
否。例えばオールマイトが勝利を目指すのなら、この事務所の一室のように狭い空間を破壊するべきだ。建物が倒壊して拳藤や僕が大怪我を負おうが、
極論、全力を出せない狭い空間を嫌うのなら、この市街地を破壊し尽くし荒野にすればいい。その方がヴィランっぽいし小細工も何もない真っ向勝負で僕らが勝つ事などないのだから。
でも、それをしなかったのは何故か。僕の甘い見通しでは《ワン・フォー・オール》の話で動揺し、そこまで気が回っていないんだと思っていた。けど、違う。
演習試験という名目上、僕らのステージで戦ってくれてたんだ。特に
「君は作戦を立て、その通りに実行するのが得意だろう?人を使い、自分を使い、技術を使い、知識を使い、あらゆる手段を用いて目的を達成しようとする。うん、その精度はワタシも驚いた。現に、さっきまで君が思い描いていた
今は見る影もない平和の象徴としてではなく、雄英教師として、僕に教える。
「だからこそ勝利を確信した。無個性同士の戦い、加えて
だが、そう言葉にされると僕の甘い見通しが痛い程理解できる。
「《ワン・フォー・オール》の力を譲渡後すぐに引き出せる男だ。…ヤワな鍛え方じゃないよ」
そう、優しく告げるオールマイト。
そうだ。この男は、世界で1番高い壁だ。絶対勝てる作戦も保証も全て無に帰す、絶対的な力を持つ器の男だ。
一瞬の油断を完全に見据えられていた。
だからこうして、負けた。
「はは…遠いなぁ」
画風の違う鍛え上げられた筋肉も無いのに、今の僕と同じ無個性なのに、こんなにも遠い。凄い。敵わない。敗北を認め、ポツリと呟く。
僕は倒れた体勢のまま、オールマイトを見上げる。目が合ったオールマイトは、いつもの面影のある笑顔で、優しく問う。
「君も、ワタシのようになりたいのかい?」
その問いは、僕が《ワン・フォー・オール》を受け継ぐか否かを問う。
ーーー確かに、《ワン・フォー・オール》を受け取れば、貴方のようになれるだろう。
「緑谷少年と初めて会った時にね、彼はこう言ったんだ」
昔を懐かしむように、1年前の出来事を話すオールマイト。
『ーーー《個性》の無い人間でも、あなたみたいになれますか?』
「ーーーだが、
オールマイトが、確信をもって口を開く。
なら、両方違う。
「ーーー
僕は一瞬、言葉を切る。もう少しで、僕の結論に辿り着きそうな感覚。
「ーーーけど、
それは、オールマイトを真っ向から否定するような言葉で。それでも優しい笑顔で受け入れるオールマイトに、僕は言う。
「僕が憧れたのは、
ーーー僕の求めるスーパーヒーローは、
『ーーー拳藤・物間チーム。条件達成』
無機質な音声に僕の言葉は遮られ、オールマイトは目を丸くする。僕が辿り着いた答えも、結局言わずじまいだ。その事を残念に思うよりも早く、試験に合格した事を喜ぶ。
「…間に合ったか、拳藤」
その言葉で、オールマイトは悟る。ハンドカフスではない勝利条件、“生徒どちらかの脱出”が達成された事を。たった今拳藤は、脱出ゲートを通過した。
「ハッハッハ!やられたな…君が囮だったとはね」
「いや、どう考えても貴方の自滅でしょ。僕如きにこんな時間稼がれて、拳藤が目を覚ます事を考慮しなかった筈がない」
言外に、結局手を抜いてくれたんでしょう?と責める。15分弱足止めされたんだ、僕の苦肉の策も看破していただろう。そう思っていたのだが、オールマイトは目を丸くして呟く。
「確かに」
「…ホントにわかってなかったのか」
意外というかなんというか。そこまで頭が回らなかったのは驚きだ。
「いや、普通相方がヴィランに襲われていたら救けに来るだろう?だから思いつかなかったんだ。…緑谷少年も爆豪少年を救いつつ脱出したし」
理想主義的なヒーロー観がその可能性を除外したと言い訳するオールマイト。先入観に囚われ過ぎだろそれは。呆れながら、口を開く。
「残念。僕は貴方が思ってるより優しいんですよ。その
僕の言葉に一瞬呆けたオールマイトは、すぐさま吹き出した。
「フフ…そうか、そうだな。ヴィラン役のワタシですら救う対象だったか。これは一本取られた」
別にそこまで考えてやった訳じゃないんだけど…まぁいいか。勝ちは勝ち。本当にギリギリの及第点ではあるが、林間合宿での補習は免れた。
そんな良い気分な僕は、オールマイトに一つ助言をする。表情は真剣だ。
「えぇ、僕は優しい。けど、ナイトアイは優しくないですよ」
「…知ってるさ」
オールマイトは沈痛な表情を浮かべ、悔しそうに呟く。
あぁ、本当にナイトアイは優しくない。
『“己の不甲斐なさに心底腹が立つ。彼らが必死で戦っていた頃ワタシは…半身浴に興じていた”』
試験開始前の電話でナイトアイから教えてもらった、オールマイトの未来の言葉。そこから推測出来た事実は、僕を震え上がらせた。
オールマイトがここまで憤慨し、自身の無力を嘆く。その正確な時期やタイミングはわからない。…が、理由だけはわかる。
“彼ら”が必死で戦う。つまり命をかけて戦っている時に、その場に居合わせなかった事を悔やんでいる。なら、現雄英教師のオールマイトがそこまで感情を露わにする程の、“救うべき対象”とは誰か?
ーーー当然、
何故ならオールマイトが無力感と危機感、そして絶望感で心が折れた瞬間こそ、“
あえてこの事実を僕に伏せようとした理由も納得できる。物間寧人、ひいては僕が大切にしている友人にも危害が及ぶから、余計な事はするなと言外に告げていた。その事件を未然に防ぐような行動はするなと。
まぁ、《予知》で起きた事柄なら、僕が知っていたとしても変えられない未来なんだろうけど。
これらの事から考えて、危害が及ぶ雄英生徒。その中でも1番可能性が高いのはやはり…1年ヒーロー科。
それがわかっているのに救おうとも動かず、ナイトアイはただ事態を静観する。いや、全てを利用するのだろう。
40人いる1学年ヒーロー科も、
全てを利用し、
その歪んだ愛を理解した時、恐ろしいと素直に感じた。その感想は今も変わらない。
ーーーあぁ、本当に恐ろしい。
だが、全てを利用してまで手に入れたい、捻じ曲げたい未来がある。その覚悟と手段は、僕の納得に値する。
「オールマイト。僕は多分、《ワン・フォー・オール》を受け継ぎません」
「……うん」
唐突な僕の独白にも、真摯に頷くオールマイト。
「けど、緑谷が後継者に相応しいかはまだ判断がついてない。というか否定的です」
「そうか…残念だが、仕方ないね」
オールマイトも茨の道だとわかっているのだろう。目を伏せて頷く。だが、それは悪手だ。やっぱり貴方は、緑谷出久を信じ切れていない。
「だから、陣営的にはナイトアイ側につきます。僕とナイトアイの力を合わせれば、第3の選択肢…通形ミリオに受け継がせる事も出来ると思うので」
ナイトアイの手となり足となるように《コピー》が働けば、できる事は格段に増える。ふと、第2の選択肢だったミリオ先輩が、今や第3の選択肢になっている事が少し気にかかった。
僕の思考とナイトアイの思考は似ている。理想主義者に現実を見せる為、絶望させて心を折る。それが説得のタイミングだと。
その考えで行くと、理想主義者である通形ミリオの心を折ればいいのではないかと。思いつきで、突拍子の無い話をするならばーー彼を無個性にすれば、《透過》で積み重ねた努力を水の泡にすれば。馬鹿げている発想だが、それに近しい事なら、
愛弟子だから愛着が湧いてしまい、心を折るような事はしたくないのかもしれない。或いは、その程度でミリオ先輩は絶望しないと知っているか。
何の生産性もない推測だ、これ以上は考える意味もない。ただ
サー・ナイトアイは物間寧人を後継者にする為、
オールマイトは緑谷出久が後継者だと信じ、間違い続ける。
緑谷出久は自身が後継者だと責を負い、
物間寧人は緑谷出久を見定め、通形ミリオを後継者にする未来を探る。
整理してみると、なんとも歪な関係だ。
「うん。まぁそんな感じなので、頑張ってください。応援だけはしてますよ」
適当に話を打ち切り、僕は外に目を向ける。脱出ゲートを通った拳藤が引き返し、こちらに戻ってくる頃だと判断したからだ。
その僕の視線を悟り、オールマイトは近くにあったロッカーに入りすっぽりと隠れる。おぉ…細身の身体が役に立っている…。
謎の感動を味わっていると、その2秒後に、バン!とドアが開かれる。
「ーーー物間!無事!?…って、逆に手錠かけられてる!?」
目立った外傷はないものの、手首を拘束され地に伏している僕の姿を見て困惑の声をあげる拳藤。そんな狼狽してる彼女に笑いかけながら、僕らの演習試験は幕を閉じた。