時間切れギリギリ、長期戦となった僕&拳藤vsオールマイトが終わり、拳藤と2人で最初の集合場所に戻った時にはB組全員が集結していた。落ち込んでいる様子の生徒がいないということは…つまりはそういう事だ。
僕らの姿を見るなり真っ先に2人の男女が向かって来た。
「おっせーよ、物間!てか、どうやって勝ったんだよあのオールマイトに!」
「うっさい泡瀬…。なんでそんなテンション高いの?」
B組出席番号1番、
「なんでって…試験クリアしたからに決まってんじゃん!なぁ小大!?」
「……ん」
泡瀬と組んでいたのであろう、B組女子小大唯が呼びかけに応える。普段は無表情で感情が読めない彼女だが、今日は何故か喜んでいるように見える。確か…2人の相手は根津校長だったか?
「さては…校長に何か褒められた?」
「…そう」
「よくぞ聞いてくれた物間!試験終わった後、こう言ってくれたんだよ根津校長!」
『ーーいやはや、まさかあそこまで冷静に対処されるとはねぇ。実は結構焦って、途中からA組の上鳴君と芦戸さんより厳しく妨害したのさ!』
「…うん、まぁどんな状況かどうかはわかんないけど、つまり」
僕の言葉を最後まで言わせず、ウズウズとした様子の2人は喜びを表現する。
「これって、俺らがA組に勝ったって事だよな!」
「…ん!」
珍しく感情を表に出す小大唯の姿は普通に可愛かったので、脳に焼き付けておくとして。泡瀬?この天使の隣にそんな男はいない。
はいはい、とあしらって2人の拘束から抜け出す。だがすぐにまた別の2人に囲まれる。なんでだよ。いや、落ち込んでる人いないんだし、全員クリアしたのはわかってるよ。逐一僕らに報告いる?必要性を全く感じない。
「流石ですな物間殿。オールマイトすら退けてしまうその手腕、感服致しました…!」
「え、見てたの?」
新しい来訪者、宍田獣郎太のその言葉を驚きながら聞き返す。僕らの戦い方を見てるなら、オールマイトの
「いえ、試験を早めにクリアした我らはモニター室で他のクラスメイトの試験を見学出来たのですが…途中から同席していたリカバリーガールに追い出されてしまって…」
「めっちゃ躱してた所までは見たぜ、物間!」
宍田と鉄哲の言葉に思わず一安心。オールマイトの
「ところで、件のオールマイトは?先ほどから姿が見えませんが…」
「あ、物間が言うには…」
拳藤が遠慮がちに僕を見る。僕は頷き、拳藤の言葉を引き継ぐ。
「僕と拳藤に負けた事がショックだったのか、一足先に学校帰って屋上で黄昏てるってさ」
「お、オールマイトがそんなに落ち込んでるんか…」
姿を現せない事情があるので、僕が勝手に作った嘘に鉄哲が珍しく同情の表情を浮かべる。僕がオールマイトをこてんぱんにして心を折ったとでも勘違いしてるのだろうか、残念。それは僕じゃなくナイトアイの仕事だ。
「それで、そっちはどうだったの?相手セメントス先生でしょ?」
「ま、結果は見えてるけどね」
これ以上オールマイトの話をされるのは都合が悪いな。そう考えていたら、上手く拳藤が話を変えてくれたのですぐさま乗っかる。
「危なかったですが、ワタシの機動力で上手く脱出…という感じですな」
「宍田の背中、乗り心地めっちゃ良かったぜ!」
その言葉で、なんとなく試合展開を悟る。彼ら2人の弱点は“冷静さを失いがち”という点だ。宍田の個性《ビースト》は獣化して身体能力を上げるメリットのかわりに、テンションがハイになってしまうというデメリットがある。鉄哲に関しては言うまでもない事だが。
そんな2人なら、セメントス先生の《セメント》に真っ向から対抗していくかもという危惧はあったのだが、そんな僕の予想は良い意味で裏切ってくれたらしい。
『戦闘ってのは、自分の得意を相手に押し付ける事だが…うん。言葉にせずともわかっていたようだね。流石B組だ』
そんなセメントス先生の講評を頂いたらしい宍田と鉄哲は、僕に対する報告を終えて満足気だ。いや、試験クリアや先生に褒められたり、A組に勝ったりと、嬉しいのはわかるけどさ…。
何か妙だなぁ、と不思議に思っている僕の脇腹を、コツンと拳藤がつつく。視線を向けるとやけにニヤニヤしてる姿。なに、なんなの。え、ホントに何。
そんな懐疑的な視線を送ると、突然拳藤が顔を近づけてくる。一瞬ぎょっとしたが、目が「耳を貸せ」と言ってるのでそれに従う。小声で、そして嬉しそうに拳藤が言う。
「ーーー“常に冷静に”。“自分の得意を相手に押し付ける”。いつもアンタが言ってる事じゃない?特に鉄哲に」
「…は?いや、言ってないし」
そんなはっきり、教師面して指導した事なんて無い。そんな器でもないし。確かに僕が言いそうな事ではあるけど。だが、拳藤は不満気に僕に言い返してくる。
「そりゃ言ってないけどさ。…
僕の戦い方……。直近の対オールマイトでは、時間稼ぎの為に狭い空間に誘い寄せ、《ワン・フォー・オール》に関する“会話”という僕の得意分野で勝負した。確かに、自分の得意を押しつけてはいる。
珍しく言葉に詰まった僕に、拳藤は小声で更に揶揄ってくる。耳がくすぐったいからそろそろやめてほしい。
「みんな、アンタを参考に…アンタの
「はーーー」
絶句。だが、拳藤の追い討ちは止まってくれない。不味い、耳打ちが心地よくなって来た、癖になりそう。新たな扉を開きかけた僕に、拳藤はニッと満面の笑みを浮かべる。
「ほら、皆頑張ったんだから。少しは褒めてあげたら?」
「………」
「あ、私茨のとこ行ってくる。じゃ、試験お疲れ様。ーーーー
そう言って、上機嫌のまま、口笛を吹きながら立ち去っていく拳藤。クラスの雰囲気が史上最高に良いこの状況、1番喜んでるのはクラス委員長の彼女だろう。体育祭の件で思い悩んでいた頃とは見違えるほどに、明るくなった。
それはそうとして、拳藤がその場を離れて残ったのは宍田と鉄哲と僕というむさ苦しい男3人。一刻も早く立ち去りたいというのが、本音だが、たった今一つ仕事が出来た。
こう改まると気恥ずかしいというかなんというか。だがいつものように捻くれた言葉だと誰も得しないツンデレみたいになってしまう。いや、いかん、もう考えすぎだ。率直に言ったほうがいいこうなると。拳藤も気を利かせて離れた訳だし。
照れ臭いけど今だけは“誰か”の言葉じゃなく、“僕の”言葉で。
「…ま、よくやったんじゃないの」
そっぽを向きながら、何とか褒める僕に、奇妙な視線が2つ注がれる。どんな顔かは予想がつくので絶対にそちらを振り向かないと決意。言い逃げしてその場を離れようとする僕に、鉄哲の声がかかる。
「オウ、サンキューな!まぁ、オレは真っ向勝負しようぜってずっと言ってたんだけどな!!」
おいコラ。台無しじゃねぇか。
僕は鉄哲の肩に触れ、流れるように《
⭐︎
「えー、気になる期末試験の結果だが…。筆記、演習共に赤点0。特に演習は例年と違う試験だったが、無事全員クリアできた事を、俺は誇りに思う…!」
帰りのHR、そう言って涙を呑むブラド先生の姿を見ながら、皆呆れながらも笑顔を浮かべる。そんな朗らかな雰囲気を味わいながら、僕は溜息をつく。
目下の懸念は2つある。僕は皆に悟られないよう笑顔を浮かべながら、その懸念に思いを巡らす。
まずB組での僕の立ち位置だろう。先の一件でわかったが、気付けばクラスの中心になりつつあるようだ。目の前のブラド先生の思惑通り、クラスを牽引する立場を引き受けなければいけないらしい。
A組という競争相手もいるし、雄英高校の設備はかなり良い。クラスを底上げする要素は十二分に揃っているし、僕と拳藤の手腕で出来る事は確かに多い。4月以降ぼんやりと考えていたベストなB組クラス体制としても概ね変わらないのだが…。
懸念の2つ目、《ワン・フォー・オール》の件が気がかりだ。緑谷出久、オールマイト、サー・ナイトアイの動向、通形ミリオの資質。後継者候補として関わる以上、この4人とは常にコンタクトを取っておきたい。いつか僕らに及ぶであろう“危害”も視野に入れる必要もある。
これらの懸念を同時並行で解決していくとなると…ちょっと忙しすぎる。端的に言って荷が重い。こういう時に協力相手となるナイトアイにヘルプを頼むべきなのだが、そうもいかない事情が出来た。
表面上僕とナイトアイは協力してるが、きっとナイトアイは僕を敵と認識している。彼が推す後継者候補の物間寧人ですら。
だが、それは仕方のない事だと理解もできる。だって僕は後継者にならないとほぼ意志が固まっているからだ。多分ナイトアイもそれを察している。だからこそ。
「ちょっとまずいな…」
誰にも気付かれないほどの声量で僕は呟く。状況はあまり芳しくない。というか、本来協力相手であるナイトアイにも迂闊に頼れない以上僕への負担が大きい、大きすぎる。
なら、どうするべきか。
僕としては《ワン・フォー・オール》の件に集中したいというのが本音だ。B組の牽引よりも重要なのは明らか。
そんな僕の思考は露知らず、帰りのHRも終えて和気あいあいとした様子のB組の面々が騒いでいた。
「あ、そーいや明日休みだしさ。B組みんなで買い物行かない?」
「お、いいんじゃね」
取蔭の思いつきの提案に、骨抜が柔軟に対応している。それに続くように鉄哲等の面々が賛成の意を唱える。どうやら、明日ショッピングモールに行く計画を立てているようだ。
そして、拳藤が僕に声をかけてくる。
「明日、1時に駅集合だってさ。夜ごはんどうする?」
もはや、誘われずとも行く前提である。そこまでの信用を勝ち取った気は無かったのだが、クラスでの僕の評価はかなり高いらしい。そして親しみやすい存在らしい。
「んー、ごめん。明日は用事あるからさ、僕はパスで」
「え、そーなの…なんか最近物間忙しそうだよね、急に3年生と絡んだり」
「職場体験通して仲良くなってね。君と八百万みたいなものさ」
「ふーん…」
微妙な嘘を並べるのも都合が悪いので、僕はすぐに次の話題を切り出す。
「あ、でも明日電話は大丈夫だからさ。
「…あー、なに、結局寂しいんだ?可愛いトコあるじゃん」
「…ま、そんな感じ。ほら、みんな待ってるよ。行ってあげな」
断じてそんな感じでは無いのだが、そういう事にしておく。結局嘘をついてしまうのだから、余計な事だったかと後悔する。
僕を除いたB組の輪に戻った拳藤を見届けながら、僕は1人頷く。
この状況でB組内の僕の地位を上げるのは避けたい。《ワン・フォー・オール》に関わる以上、B組の手助けに手が回らなくなる可能性が高い。というわけで、僕は一旦フェードアウト。当初の予定通りクラス代表の拳藤に任せていこう。
だが、ナイトアイの示唆する“危険”にはB組が巻き込まれる可能性も高い。その危険がいつ、どのタイミングで、どの規模で。それを調べる必要がある。
最悪、明日ショッピングモールで買い物中のB組が襲われる可能性だってある。流石に考えすぎ、過保護だと思われるかもしれないが、あくまで可能性の話。
とりあえず拳藤と定期的に連絡を取り合う事でB組の様子は確認する。B組の事は拳藤に任せている間に、僕は《ワン・フォー・オール》の件に集中できる訳だ。拳藤の負担は少し増えてしまうが、今の勢いのあるB組なら大して苦労しないだろう。
僕を除いた19人が明日出掛けるのに対し、僕は1人で《ワン・フォー・オール》の件で動く…と。そう思うとなんとも言えない感情が渦巻く。ま、《個性》に振り回される学校生活ってのも悪くないか。
⭐︎
「おー、物間くん歌うまいねー?本家のPVみたいだった…不思議!」
そうして迎えた翌日、僕はカラオケルームの1室で雄英ビッグ3の波動ねじれ先輩にお褒めの言葉を頂いていた。キラキラとした視線が眩しい。どうもこの人とは相性が悪い。逆に僕の“
「まぁ、“
僕は今日誘ったもう1人、天喰環先輩に声をかける。なんとも異質な3人でのカラオケだが、僕がこの状況にしたのはこの天喰先輩と話す為である。
「いや、いい…。帰りたい…!あ、水なくなった」
「あ、じゃあ私歌うー!いいよね?」
そんな目的の先輩はマイペースに席を立ち、ドリンクバーに向かった。ううむ、やはりカラオケと天喰先輩は相性が悪いよなぁ。実際、この3人で出掛けようと提案したのは僕でも、カラオケを提案したのは今歌い出した波動ねじれ先輩なのだ。
天喰先輩と2人で出掛けるのは恐らく彼の精神的ハードルが高い。得体の知れない物間寧人という印象を払拭する為に3年生の教室に行く頻度を多くしたのだが、あまり効果は得られなかった。残念。
というわけで3人目、波動ねじれの出番である。頼んでいる立場の僕が彼女の提案を蹴る訳にも行かず、場所はカラオケに決定。橋渡し役の彼女には感謝してるが、この選択は天喰先輩には酷じゃないだろうか。
そんな僕の憐みの視線を受け、波動先輩は歌うのを中断してニッと笑う。
「いーのいーの!ノミの心臓直せって、ファットガムさんから散々言われてるから!」
天喰先輩のお母さんのように告げる波動先輩に、思わず苦笑する。メンタルが弱い天喰先輩にとってはカラオケも訓練の一つらしい。この口振りだと天喰先輩は無理矢理連れてこられたんだろう。
「そのプレッシャーが俺を更なる低みへ導く…。あの人はいつもこうなんだ…パワハラだ…」
ファットガム。個性《脂肪吸着》の、ふくよかな体型が特徴的なプロヒーローの元で、インターンを続けている天喰先輩は、中々の期待を背負っているようだ。まぁ、なんにせよ今は話が出来る状況じゃない。
そう判断した僕は、そのまま波動先輩と順番を回し、1時間弱歌い続けた。
お互い休憩を挟もうと提案し、隣の部屋の歌声が耳に届く。常に騒がしいのがカラオケという施設な訳だが、話をするのに不都合というわけではない。
「…それで波動さん。なんでこの3人でカラオケ…?ミリオを呼ばないのかい?」
「んー。私も不思議なんだよね。ミリオは呼ばないようにって物間くんに言われててさ」
「…君が?」
そうして、僕を見ながら目を丸くする天喰先輩。不思議がる波動先輩の為にも、そろそろ嘘の本題を切り出した方がいいだろう。
「その、15日ってミリオ先輩の誕生日ですよね?プレゼント何にしようかなって迷ってて」
悩む素振りを見せながら頬をかく僕の姿に、波動先輩が目をキラキラと輝かせる。天喰先輩は拍子抜けしたような顔をしている。得体の知れない後輩から、先輩思いの後輩と思ってくれれば御の字だ。
今日は7月8日。通形先輩の誕生日である7月15日までちょうど1週間である。プレゼントに悩んでいるという理由は自然だろう。拳藤や塩崎が今の僕の姿を見たら不自然すぎて鼻で笑う所だろうが、生憎物間寧人について詳しくない2人だ。結構自然に演じられたと思う。
「えー、すごい!ねぇ聞いた?ミリオにこんな良い後輩出来たんだねぇ、いいなー」
「…そういう事なら協力できるかもな。俺達ならミリオの好みも少しは知ってるし。それを教えればいいのか?」
そう話す2人に、僕は頷く。掴みは上々なので、さりげなく本題を切り出す。
「はい、好みとか…。あとこれを機に、ミリオ先輩についてもっと知りたいですね…。天喰先輩って、ミリオ先輩の幼なじみなんですよね?」
そう言って天喰先輩に目を向ける。以前の職場体験の時、ミリオ先輩の口振りからして天喰先輩と仲が良いのはわかっている。
今日僕が知りたいのは通形ミリオの情報。
昔を懐かしむように、僕が望む情報を多く持っているであろう天喰先輩は呟く。
「そうだな…。アイツとは小学生からの付き合いだ。ミリオは昔から明るくて…太陽みたいで、誰よりもヒーローを目指してる。そんなヤツだったよ」
「確かに、想像つくなー」
のほほんと相槌をうつ波動先輩も気にせず、天喰先輩は薄く笑う。思い出話を続ける。
「…の割には体育が苦手でな。《個性》使っていい時にはいつも最下位。《透過》の扱いには笑いながら苦しんでたな」
《透過》のコントロール。確かにあの《個性》の強さは熟練度に左右される。一朝一夕で扱えるような《個性》ではなく、日々の鍛錬が重要となるだろう。
「んー。まぁミリオは根っからのヒーローだし。ファンからのプレゼントなら何でも喜ぶよねー?」
「…確かに、そうだな。君も、特に気負う必要はないよ」
「…そう、ですね。ありがとうございます、先輩方」
僕の悩みは解決、という事で一区切りつく。大した情報は得られなかったが、大体の方針は固められそうだ。ーーー通形ミリオを後継者にする方法の、方針を。
「あ、そーだ。これから3人で買いに行かない?誕生日プレゼント。私まだ買ってないんだよね」
「…ここを出られるなら何でも大賛成だ」
「物間くんも、もうすぐ林間合宿で忙しいでしょ?なら早めに買っておいて損ないよ!」
今日は7月8日な訳だが、林間合宿は7月20日から始まる夏休みの序盤だ。充分に時間はあるが、断る理由もない。虫除けスプレーとかも買わなきゃいけないし。僕は波動さんの提案を承諾する。
ついでに気になった事を聞く。
「ちなみに、1年生の林間合宿ってどんな感じでした?」
「んー?例年通り、ちょっと遠いとこにあるキャンプ場で、ひたすら《個性》伸ばしって感じだったかな?あんま覚えてないや」
「…肝試しは気をつけた方がいい。あの廃墟は…」
思い出すだけでトラウマなのか、天喰先輩がブルブルと震える。例年通り、か。合宿場は一年毎に変える訳じゃなく、毎年同じらしい。なら、対策を立てることはできそうだ。
僕はすぐにマップアプリを開く。波動さんから詳しい地名を聞きその周辺をズームする。地形情報を頭に叩き込み、肝試しのステージとなった廃墟を調べる。と同時に、僕らB組が驚かせる側と仮定しB組の面々を頭の中で配置していく。
ーーーヴィランに襲撃されたとして、僕が全員を救えるように配置していく。
「…はぁ」
だが、ため息と共にその作業を打ち切る。やめた。過保護すぎる気もするし、肝試し、ひいては林間合宿中に襲われるとも限らない。狙ってくるなら昼より夜とはいえ、無駄な労力になる可能性が高い。
「ーーーどしたの?行くよー?」
「…あ、すいません」
スマホと睨めっこしていた僕を不思議に思ったのか、波動さんが声をかけてくる。天喰先輩の姿は見えないが、もう会計に向かったのだろう。
僕ら3人は会計をさっと済ませ、今後の予定を確認し合う。
「それじゃ、ミリオのプレゼントを買うとして…どこで買う?近くにデパートとかあったっけ?」
ふと、今B組が行っているであろうショッピングモールを思い出す。それを提案しようと一瞬考えたが生憎ここから遠い場所にある。何か緊急事態があったら連絡はしとくよう拳藤にも言ってあるし、問題は無いと思うが…。
2人に電話する旨を伝え、了承を得たのを確認した僕は携帯電話を再び開き、拳藤一佳に電話をかける。彼女が出たのは3コール目だった。
『もしもし?どーしたの?』
そんな拳藤という女子の声が聞こえたのか、波動先輩がこちらに顔を向ける。僕の電話相手に興味を持ったのか、キラキラとした視線を向ける。僕は念の為少し離れた。
そうして電話に集中すると、何故か電話の奥が騒がしい。拳藤の声は問題なく聞きとれる事から、彼女の周囲に多くの人がいる様子だと判断する。
「いや、どうって事はないんだけど…。そっち、何があった?買い物は?」
何か非常事態が無かったかを問う。返ってきたのは困惑の声だった。
『えーっと…。私も詳しくはわかんないんだけど、ヴィランがここに居たらしくてね?今は避難っていうか、警察の指示に従って移動してる感じ』
「ーーーすぐ行く」
『え?』
僕は拳藤との通話中のまま波動先輩と天喰先輩の元へ向かう。気付けば拳を握っていて、掌に爪が食い込んでいた。
「すいません。これから急用が出来てしまって…買い物はまた今度でいいですか?」
「そーなんだ!じゃあ仕方ないね。いいよね?」
「…俺達は全然大丈夫だが……君は大丈夫か?」
何が、とは聞けなかった。今僕がどんな顔してるのかは自分ではわからないから。2人に一礼して改めて謝罪し、僕は拳藤との電話を再開しながら駅に向かう。
「ーーー場所と、何があったかを詳しく教えて」
『…今、波動先輩といたの?』
波動先輩はあれほどの美人だから有名なんだろうか、という僕の思考と同じくらいどうでもいい事を聞く拳藤。いや、今そういうのいいから。ちゃんと天喰先輩もいたから。
⭐︎
緑谷出久を《ワン・フォー・オール》の後継者として見定める日々が続く中で、気付いた事がいくつかある。
爆豪勝己や、轟焦凍などの
No.1の《個性》、
そして今日、ヴィラン連合の中核である死柄木弔との接触、因縁。
それらを身近に感じた僕は、こう思った。
ーーーまるで僕が憧れたスーパーヒーローのように、緑谷出久は誰よりも主人公だ。
きっと彼が主人公の物語は、憧れの人から授かった強大な《個性》を徐々に扱えるように成長し続け、最高のヒーローとなる…そんな物語だろう。
本来、ナイトアイの計らいが無ければ僕はきっと彼の人生に深く関わる事のない存在だ。彼が主人公のように、僕は
ーーーそんな脇役は、
⭐︎
陽もすっかりと落ち、電灯のみが辺りを照らす警察署の前に僕は立っている。携帯電話を操作しながら、目的の人物を待つ。
夏休みが近いこともあり、冷たい夜風が蒸し暑かった僕の身体を丁度良いくらいに冷やしてくれる。なので、待つ事は苦じゃなかった。本来苦しく思うべきなのは、これから僕がする事だ。
「………物間くん?」
「ーーーやぁ、緑谷くん」
警察署から出てきた緑谷出久に、声をかける。彼と話すのは久しぶりだ、一番最後に話したのは…職場体験前、“
「出久、この子は?」
「あ、えっと…。B組の物間寧人くん。ほら、体育祭で優勝した」
緑谷の隣にいた優しそうな雰囲気の女性ーーー緑谷出久の母親だろう、その母親に緑谷が僕の事を紹介してくれる。僕は会釈と軽い挨拶を交わす。そうして目を合わせていると、緑谷の母親が目をうっすらと赤くしているのに気付いた。その涙の跡は、息子への心配を表している。
「突然すいません、お母さん。この後緑谷君と話してもいいですか?…少し長くなりそうですけど」
そんな緑谷の母親にこのお願いは酷だろうな、と話してて気付く。こんな日くらいは息子と2人で帰りたいだろう。だが、それより早く緑谷が口を開いた。
「うん、僕も、君と話したかったんだ。…ごめんお母さん、ちょっと行ってくるね」
「出久…」
「
家へ送り届ける役の警察官に母親を任せ、僕と緑谷は警察署から離れる。何か言いたそうな、不安気な緑谷の母親に向かって心の中で謝罪した。
無言で緑谷と2人、横に並んで歩き続ける。
そうして、舞台は海浜公園に移り変わる。時刻はもうすぐ6時。僕と緑谷は向かいあって、お互い何から話そうか迷う。
その迷っている間、暗い中でもうっすらと見えた空き缶のゴミが目に入る。4月や5月の頃はゴミ一つなかった綺麗な砂浜が、段々と汚れているようだった。
「…昨日、オールマイトから聞いたんだ」
緑谷が、そう切り出した。表情は暗くてよく見えない。僕が先を促すように無言を貫くと、緑谷は更に続ける。
「オールマイトの元
「ーーーそして、君も。通形ミリオ先輩を後継者にする気…なんだよね?」
小さく頷く。その首肯に緑谷出久は一瞬何かの反応を見せた。ショックだったのか、悲しかったのか、裏切られたと思ったのか。…全部同じか。
オールマイトが昨日の演習試験の話を、緑谷に伝えている可能性は考慮していた。だが、結局は昨日の話、すぐに咀嚼できるようなものではない。
ーーー自分を完全否定する、僕とナイトアイの存在は。
その痛ましい姿に、僕は一瞬目を逸らしたくなった。これから僕が話す事は本当に正解なのか、迷った。これ以上緑谷出久を傷つける必要があるのかと躊躇した。
「ーーー
「…え?」
緑谷の呆けた反応からそう確信した僕は、少し感情を込めて切り出した。
「君が今までのようにオールマイトの後継者でありたいのならーーー覚悟を見せてくれ」
ーーー僕がこれから出す試練を乗り越えてくれないか、主人公。
月夜に照らされた緑谷の顔は、呆然と、そして困惑している。それに構わず、僕は決定的な言葉を口にする。
「
「なーーーー」
オールマイトが緑谷出久に言わないようにしていた事実、《予知》で定められた変えられない未来を、僕の口から緑谷に届ける。残酷な事実に目を白黒させる緑谷を眺めながら、僕は新たな来訪者を歓迎する。
6時丁度、海浜公園。送った連絡通り。
「こんばんは、オールマイト」
ただならぬ雰囲気を察したのか、“ワタシが来た”といういつもの口上は、聞けなかった。
⭐︎
「これは…。物間少年、一体何を?」
さぁ、全部話せ、緑谷出久。
「オ、オールマイト…。死ぬって…?《予知》されたって事です、か?」
「そうか…知ってしまったか」
この事だけは言わないように、隠して、騙して、偽っていたのだろう。その苦労を僕が全て壊してしまった。その負い目から僕は一歩足を引き、2人の様子を静観する。
「…なんで、言ってくれなかったんですか」
俯きながら緑谷は呟く。その拳は強く握られていて、今にも血が出てきそうだった。オールマイトも目を逸らし、お互いに顔を合わせない状況が続く。
静寂は、オールマイトの小さな言葉が破った。
「…言う必要、あったかな」
「ーーーあるでしょ!」
ガバっと顔をあげて、怒鳴るように口を開く緑谷。それでも、未だ目は合わない。
「新事実ばっかりでなんかよく分かんないまま否定されて!何よりオールマイトの意図が分からなくて!秘密にする意図が分からないからモヤモヤする!」
堰を切ったように叫び出す緑谷。昨日話された僕とナイトアイの意向、今日話されたオールマイトの死。その情報量が、緑谷を追い詰める。
ーーーいや、僕が緑谷を追い詰める。
「ごめんな…。君には言いたく無かったんだ。君は、ワタシのファンだから」
自身の死を秘密にした理由は、緑谷が悲しむと思ったから。オールマイトはそう口にした。
「ーーーーいや、
ただでさえ重苦しい空気の中、僕は口を開きオールマイトを糾弾する。その逃げ場を塞ぐ。
「ファンだから?何
「ーー待て。物間少年。それは違う」
「いいや、違わない。結局は貴方は、緑谷を信頼してないから自分の事を言わなかった。自分の事をこの未熟者に任せられなかった」
オールマイトの目を真っ直ぐに見つめ、逃げ道を無くす。
「ーーーファンだから言わなかったんじゃない、後継者として緑谷出久が未熟だったから、これ以上の負担にならないようと、貴方が、他ならぬ貴方が
そんな歪な師弟関係を、僕はこれ以上許容出来ない。
僕は一旦言葉を切る。言葉を失ったオールマイトを一瞥し、呆然と僕の言葉を咀嚼している緑谷に視線を向ける。
その顔は、段々と歪んでいく。納得、理解、不甲斐なさ、屈辱。一体どの感情を持ってるのか、僕には計り知れない。
それでも僕は、彼を追い詰める。
「そもそも緑谷。君は被害者面できる立場じゃない。根本を辿れば、君が《ワン・フォー・オール》を…オールマイトの後釜になれる素質が無かったから、こんな結末になってるんだ」
「………」
俯き、僕の言葉を静かに聞く緑谷。だが、僕の口はまだ閉じない。
「君がさっきお母さんに言った言葉を覚えているかい?ーーー“大丈夫”。…逆に聞くよ、一体何が大丈夫なんだ?今の君が、
体育祭で1回戦負け、職場体験まで《個性》を使う度に身体を壊し続けた、そして死柄木弔との邂逅。母親が心配で涙を流すのも仕方ない、親心として当然の涙だ。けど、その涙を拭える力を君はまだ扱えていないだろ。
「君の“大丈夫”じゃ誰も安心させられない。救えない。だから、オールマイトも安心させられないし、救えない」
お互いが言わないようにしていた事実。目を逸らしてきた現実。それを、僕ははっきりと言葉にする。
「ーーーオールマイトは君に何も言わず、そのまま朽ちていくつもりだったんだ。他ならぬ、君のせいで」
「ーーーそんな」
僕の言葉に、緑谷が縋るようにオールマイトを見る。その目は、違うと言ってくれと懇願しているようだった。
緑谷が、震えながら口を開いた。
「嘘でしょ…そんな…なんで…。嫌だよオールマイト。生きててよ。体育祭で、覚えてますか?約束!」
オールマイトは、まだ緑谷と目を合わせない。その事実に更に顔を歪めながら、緑谷は続ける。
「僕…果たせなかったんだ、約束。果たせるまで生きててよ!“僕が来た”って言うところ、生きて見ててよオールマイト!」
数秒の静寂。
唯一の灯りだった月は一時的に雲に隠れ、この場にいる全員の顔すらも暗闇で隠す。そんな暗闇で、オールマイトの声だけが耳に届く。
「ーーー緑谷少年。ワタシね 《予知》を聞いて割とすんなり受け入れたんだ。ゴールが…終わりが見えたのならそこまでひた走ろうって」
僕は目を瞑る。きっとここが、まだ引き返せるチャンスだった。今からでも緑谷を信じるとはっきり告げる事で、この歪んだ関係は修復される。緑谷は勿論、僕も心のどこかでそれを望んでいた。
けど、その望みは潰えた。オールマイトは
「最早今は、ただそれだけの存在だ。終わりの近い男が、君の重荷になってしまう事が耐えられなかったんだ。…すまない」
「違う、違うよ…!重荷なんかじゃない!《予知》の未来なんて、僕がどうにかするから!…だから生きてよ、オールマイト!」
ーーー無駄だよ緑谷。今の君じゃ、その声は届かない。積み重ねてきたものがあまりにも無さすぎる。
もしも、緑谷が大きな成果を残せている時期だったら、“仮免取得”等のわかりやすい成長が、オールマイトを安心させられていたら。
ーーーそんな仮定は、最早意味を成さない。
僕は結局1度も目を合わせる事の無かった2人を見届け、海浜公園を出ようとその場を離れる。暗闇のまま歩く途中、空き缶のゴミを数本蹴ってしまう。僕はそれを一瞥し、拾う。近くにあったゴミ箱に捨てたが、きっとまだゴミは残っている。
そう確信しながら、通話中だった携帯電話をポケットから出す。画面上の通話時間は15分弱を表しており、電話の奥の人物が僕に問いかける。
『…どういうつもりだ?』
何の説明もなく、通話中のまま放置されていたナイトアイからしてみれば当然の疑問。
「ーーー貴方の望む展開にした。《予知》で視たヴィラン襲撃の時期、タイミング、人員、《個性》、目的。ーーーもし林間合宿中なら、その場所も。出し惜しみする事なく全て教えてください」
緑谷出久と死柄木弔の接触。USJ含め雄英生徒とヴィラン連合の邂逅は2度目。演習試験も例年と違ったことから、毎年同じという合宿場も変更になる可能性が高い。
「緑谷とオールマイトの関係はこれで更に不安定になった。あとは貴方の考えてるであろう一押しで、僕らの目的は完遂される」
物間寧人とナイトアイの共通の目的。それは“緑谷出久を後継者から引きずり下ろすこと”。その事前準備として、緑谷、オールマイトの心を折る必要があった。
先程の口論で、緑谷とオールマイトの関係性は修復不可能な程に揺らいだ。それはナイトアイにとって好都合な展開だ。
「オールマイトを説得させる為、貴方はオールマイトを絶望させ、失望させる。緑谷出久の未熟さを更に突きつけるつもりでしょう。もしくは、オールマイトの全盛期並の後継者が直ぐに必要な状況を作るか」
そうして焦ったオールマイトは、自ら緑谷出久を諦める。
「そのお膳立ては充分でしょう、だから、今僕が望む情報を教えてもらいます」
これは取引、交渉の類だ。それも僕がかなり不利な。ナイトアイから教えてもらう情報が全てとは限らないし、都合の良いように改竄する可能性だってある。
けど、それでもいい。今僕に足りないのは情報。先手に回る力だ。今の後手後手に回る状況が気に入らない。
これ以上はもう、たくさんだ。
『…解せないな。確かに貴様は期待以上の働きをした。ワタシの意図を読み取り、ワタシの為に動いた。ーーーだが、それは貴様の義務ではなかった』
僕の苛立ちに気付かず、冷静にナイトアイは分析する。利害が一致してるとはいえ、オールマイトの心を折る事に関してはナイトアイに一任されていたし、今日の僕の行いはお節介、余計なお世話とも取れる。
では、そうまでして緑谷出久とオールマイトの関係性を壊したのは何故か。明確な悪意を持って、ナイトアイの手助けをしたのは何故か。
『“今日というタイミング”…。緑谷と死柄木が接触したらしいな?“ワタシがチラつかせたヴィランの影”…。今日がその日だと勘違いでもしたか?ーーーそれで、
あぁ、
ーーーこれ以上、《ワン・フォー・オール》のいざこざに僕の大事な
ナイトアイ、貴方の考えは非人道的だとしても利益が最も大きい合理的な正解だ。それに僕も理解も納得も出来る。たとえ15歳程度の子どもがヴィランに襲われようとも、オールマイトを説得させる事でそれ以上に救える命がある。
だからそれは否定しない。けど、僕だって見過ごせないものだってある。
今勢いのあるB組に被害が及ぶ事で、曇ってしまう笑顔がある。ありがとね、と小さな声で彼女は言った。ヴィランの存在を予め知っていて、何も動こうとしなかった僕に。感謝を受け取る資格なんてない僕に。
だからせめて、守らせてくれ。
その為なら僕は緑谷とオールマイトの関係にヒビだって入れるし、必要ならば粉々にしたっていい。
『…?…まさか、図星だったのか?』
「ーーー僕の要求する情報はメールで」
自身の予想が的中した事が意外だったのか、驚いたような声。僕にそんな温かい思いやりがある事自体が奇妙だというように。それを遮り用件を告げ、僕は一方的に電話を切った。
ナイトアイの作戦、考え方は否定しないし邪魔はしない。僕ら生徒がヴィランに襲われる事でオールマイトへの揺さ振りとなり得るなら、その事件とやらを邪魔する気は無い。ただ、僕の
そう決意した時携帯が小さく振動し、メールの受信を僕に伝える。それは、取引成立の証明だった。
ナイトアイからのメールを開き、4行程の文をざっと流し読みする。そして最後の1行を見て、小さく呟く。
「《予知》の未来は変えられない、か…」
目的:爆豪勝己・物間寧人の拉致。
その結末を、僕は一足先に知る。
これが本当の情報かは確かめる方法もない。けど、この情報だけで出来る事は格段に増えた。それだけで充分。
舞台は林間合宿、タイミングは肝試しの途中。
ヴィラン連合の手によって、物間寧人は敗北する。そんなバッドエンド。
ーーーその
小難しい話になってしまった気がするので、質問があれば随時答えさせて頂きます…!
あと、お褒めの言葉等の感想はしっかりと目を通し励みになっております!最近は返信まで手が回らず申し訳ない…。