強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

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他人事とは思えない

緑谷とオールマイトの関係にヒビを入れたあの日から2週間。つつがなく終えた終業式、そして始まる夏休み。その間にも“通形ミリオ誕生日会”に誘われたが、何分忙しく、祝いの場に参加することは叶わなかった。

 

そう、忙しかったのだ。この林間合宿に備えて。

 

「筋繊維は酷使することにより壊れ強く太くなる。《個性》も同じだ。使い続ければ強くなる。でなければ衰える」

 

先導するブラド先生に率いられ、“魔獣の森”で精神、体力共に摩耗した僕含めるB組面々は森を抜ける。そうして目の前に広がった広大な土地で、先に向かっていたA組の姿が視界に入る。

 

「ーーーすなわちやるべきことは一つ、限界突破!!さぁ行け、我が教え子達!」

 

地獄絵図と言っても差し支えない光景を眺めながら、僕らはその試練に足を踏み入れた。

 

 

⭐︎

 

林間合宿。夏休みの序盤、7月25日から始まったこの一大行事の目的は“個性伸ばし”。(のち)にイレイザーから聞いた話によると仮免取得を前倒しする為の措置ということ。

 

中々の大所帯かつハードワークになる事も予想されるのだが、雄英高校側としてはヴィラン連合の動きを警戒、生徒の安全を憂慮しこの合宿場に関しては限られたメンバーしか教えられていない。

 

ヒーロー科の生徒は当日まで何も聞かされていないので、今ここにいる場所の正確な位置はわからない。それらを知っているのは同行したイレイザー、ブラドキング含めた教員、そして少人数で僕ら生徒を管理する4人組ヒーロー、“ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ”……そして()だ。

 

例年と違う合宿場、その情報だけでは飽き足らず()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()知っている。

 

極少数に限られた情報網、雄英高校側はヴィラン連合に気取られないよう出来る限りの処置を取った。では、何故その結末になってしまうのか。

 

 

「ーーーおい、集中しろ馬鹿」

 

「……はい?」

 

捕縛布で見事に捕縛され、簀巻きにされた状態で地に転がされる。顔をなんとか動かして呆れた顔で僕を見下ろすイレイザーを見る。

 

その顔を見てハッと気付く。

 

「何ボーッとしてんだお前。…昨日以上に無駄な動きが多いぞ。…疲れてるのか?」

 

「え、えーっと…」

 

あはは…と苦し紛れに頬を掻こうとするも、布で拘束された腕が動かないので断念。

 

しまったな。今はイレイザーとの“捕縛布特訓”の時間だった。

 

昨日から始まった林間合宿、他の生徒が各々“個性伸ばし”に集中する中、僕だけは“個性伸ばし”と並行してイレイザーとの個人授業に励んでいる。

 

実際に体験してみた方が合理的だろうと告げられ、捕縛してくるイレイザーとそれを躱す僕という構図が主な個人授業。躱すという行為の前段階として相手の動きを予測しなければいけない。その動きを見て学べという魂胆だ。

 

結果から言えば、昨日に引き続き今日も進捗は芳しくない。というのもこれは僕の方に問題がある。

 

ため息をついてイレイザーが口を開く。

 

「…今朝ラグドールから報告があった。朝4時半に宿に()()()()()B組生徒が居たってな。随分と早い散歩のようだな、物間」

 

げ、と思わず声が出そうになる。プッシーキャッツの1人、ラグドールの個性《サーチ》に引っかからないようにした僕の努力は無駄だったようだ。ラグドールは4時半に起床したのか、早起きすぎる…。僕は言葉を慎重に選んで返す。

 

「明日の肝試しの作戦を練ってたんですよ…。どうやってB組を配置しようかなと思いまして」

 

苦し紛れの嘘のように思えるが、嘘ではない。出来る限り肝試しの舞台である森の構造は予習してはいたが、その確認を怠る理由もない。

 

「それで寝不足になってたら世話がない。…その調子で続けるのは合理的じゃないな。“個性伸ばし”に入れ」

「……ふぁい」

 

当然寝不足を指摘され、自然とあくびを噛み殺していた。少し睨まれたので、そそくさとその場を離れる。目の隈は朝見た鏡では確認出来なかったから、僕の寝不足はイレイザー以外にわからないだろう。

 

そして、僕に絶えず襲いかかる心労は誰にもわからない。

 

イレイザーに呆れられて折角の個人授業を打ち切られた僕は、A組B組が入り混じり狂ったように“個性伸ばし”に集中している広場に向かう。

 

僕の“個性伸ばし”がてら、クラスメイトの様子でも確認しようかな。

 

その広場も、伸ばす《個性》によって大まかに2つに区分されている。

全体的に発動型は《個性》上限アップ。異形型その他は基礎体力向上を目的に組まれている。

 

後者の基礎体力向上組の方に目を向ける。

 

「さぁ撃ってこい!」

「ーーー“(アーム)解放(ファイア)”!」

「ーーー5%デトロイトスマッシュ!」

 

B組出席番号10番、庄田二連撃(しょうだにれんげき)。個性《ツインインパクト》ーーー打撃を与えた箇所に任意のタイミングでもう一度打撃を発生させる。二度目の打撃は数倍の威力となる。

 

予め右肘に与えておいた1度目の打撃。そして相手を殴る直前に“解放(ファイア)”する事で威力を増す必殺技で、緑谷と共にプッシーキャッツの1人、虎に襲いかかる。が、《軟体》で華麗に躱され流れるような反撃で撃沈。地に転がされた緑谷が歯軋りする。

 

「ーーーくそっ!」

 

あの海浜公園での夜以降、緑谷とは話していない。だが、気持ちの切り替えは恐らくまだ出来ていないのだろう。未熟な自分はオールマイトから充分な信頼を得られていない。期待されているとしても、オールマイト自身の事を任せて貰えない。そう理解したのだろう。

 

鬼気迫る表情で鍛錬に励む緑谷の姿を見ながら、そのオールマイトへの一種歪んだ執着とも言えるそれはナイトアイに通じるものがあるな、と思った。

 

そんな事を考えながら、僕は緑谷の隣で倒れている庄田の元へ向かう。緑谷がこちらを見て一瞬表情を変えたが、気にせず悔しそうな庄田に手を差し伸ばし、引っ張り起こす。

 

「流石プロ、一撃与えるのも難しそうだ…大丈夫かい?」

「…腕が耐え切れる2回目の威力だと大した打撃にならない。今は実践ではなく身体を鍛えるべきだろうか?」

 

小さく丸い身体で反省する庄田に対し、僕は笑う。本当に、向上心が立派なたくましい級友(クラスメイト)を持った。

 

「人間の限界を突き詰めていったところでたかが知れてるさ。この超人社会、《個性》の応用に目を向けた方が良い」

「というと?」

「今は超人社会と同時に科学が発達した社会だ。僕から出せるヒントはこれだけ。合宿中の《軟体》の攻略はまた別の視点から考えるんだね」

 

庄田は「そうか、サポートアイテム…!」と呟いたのを見て、その場を離れる。腕の限界に不安があるのなら、不安を取り除くようなサポートアイテムを腕に取り付ければ良い。腕への衝撃を効率よく吸収・放出してくれるアイテムとか。

 

庄田にそんなヒントをあげその場を離れる。用件は終わったし、緑谷と顔を合わせるのはいくら僕でも気まずい。憧れの人との関係を壊した張本人がここに居るべきではないのは重々承知している。

 

次はどこへ行こうかな、と考えながら僕は足下にあった小石を拾う。手慣れたように“指弾”技術で弾き飛ばし、すぐさま《ツインインパクト》を発動させる。空中で加速した小石は正面の木にめり込んだ。ギリギリ貫通とまではいかなかったものの、凄まじい威力。

 

「…うん、問題ないな」

 

僕は両手を握っては開きを繰り返して調子を確認する。《個性(コピー)》に異常はない、問題なく使える。そんな僕に声がかかる。

 

「?…相澤先生のトコはもういいのか?物間」

 

声をかけられ、姿を確認する為後ろを振り返る。ジャージを羽織った轟焦凍に向かって返事する。

 

「…ん。ただの休憩さ。そっちこそ、ドラム缶風呂はもういいのかい?」

 

派手な強個性故に鍛え方も派手だなぁ、と初日に思ったから印象に残っていた。

 

「こっちも休憩だ。あの鍛え方し過ぎると風邪引いちまうからって相澤先生が」

「はは。違いない」

 

身体を急激に冷ましたり熱したりするのは危険でもある。そこの所を考慮するイレイザーはやはり合理的…いや、当然か。

 

「そっちの“個性伸ばし”の進捗はどうなんだ?」

「んー…。まぁ、見て貰った方が早いか」

「?」

 

問われた僕は轟の肩に触れ、《半冷半燃》を《コピー》する。そしてーーー。

 

先程見せた“指弾”と《ツインインパクト》の合わせ技を見せる。木に石がめり込むのを見て轟が「おー」と間の抜けた声を出したのを聞きながら、《半冷半燃》を発動する。

 

右半身を凍らせ左から炎を放出する。その状態を5秒間キープし、左の炎を操作して右半身を覆った氷結を溶かしていく。そんな軽いパフォーマンスに轟はぱちぱちと拍手をした。

 

僕は自慢気に胸を張って言う。

 

「ふふん。どうだい?」

「やっぱスゲェな。もう左右を同時に使えるなんて」

「そっちかー」

「?」

 

いやぁ、そっちかー。僕が褒めて欲しかったのは“《個性》の保有数(ストック)が増えた事”なんだけどなぁ。

 

昨日の林間合宿初日、“個性伸ばし”を強いられた僕が真っ先に向かった先はこの轟焦凍の所だった。

 

《半冷半燃》。母親の“氷”と父親の“炎”を合わせたハイブリッド《個性》。それは見る人が見れば“個性2つ持ち”とも言われてしまうチート個性だ。

 

だからこそ、僕の目的であった保有数(ストック)の上限突破には最適の《個性》だった。自身に2つの《個性》が宿っているというイメージの取っ掛かり。

 

これは僕の勝手な予想だが、きっと僕の身体はとっくに《個性》2つなら受け入れられる器に成長していたんじゃないだろうか。勿論そう考えていた理由はある。

 

体育祭準決勝でのエンデヴァーの過去視。それ以降、僕の保有(ストック)量を超えた存在…緑谷とオールマイトに対する嫌悪感を感じる、謂わば第六感が備わっていた。僕の《コピー》に対する理解が深まったからこその現象だろう。

 

なら、2回目の過去視。サー・ナイトアイの時点で更に理解は深めていると予想していた。若しくは《コピー》の使用数での慣れか。以前も言った通り高校から本格的に使い始めた《個性》だ。数をこなしていれば僕の中に宿る《個性》の数が増えていく可能性もあるだろう。

 

ま、過程はともかく僕の“個性伸ばし”は昨日の時点で達成していた。目の前の轟焦凍には感謝しかない。

 

「オレは同時に使うのはまだ慣れないな。先に氷の方が出ちまう。なんかコツとかあったりするのか?」

 

…感謝の代わりにささやかなアドバイスでもしておくか。それにしても、先に氷が出る、か。ふむ。

 

「左を使う意志と父親への反抗心がぶつかってるんじゃない?こればっかりは今すぐどうにか出来るもんじゃないけどさ」

「そうか。…お前、結構ズケズケ言うよな。家庭の事情とか関係無しに」

 

轟に苦笑いしながら言われて、僕は思わず口を噤んだ。確かに、今の発言は軽率だったかもしれない。

 

「まぁ、別にいいんだけどな。親父とも繋がりあるんだし」

 

そうふっと笑う轟を見ながら、僕は自分で自分に困惑していた。おかしいな、確かに僕にしては他人の家庭事情に首を突っ込み過ぎだ。デリカシーが欠けている。

 

けど何故か、()()()()()()()()()()()()()

 

「おーい轟ィ!オレの“個性伸ばし”に付き合ってくれねぇか?…って、オウ!物間もいたか、丁度いいな!」

「…鉄哲?」

 

叫びながらやって来た鉄哲が、僕と轟の前で立ち止まる。鉄哲は切島と殴り合ってた筈だが。

 

「ラグドールさんに教えて貰ったんだけどよ。オレの《スティール》は《硬化》と違って熱や冷気に耐性が付くらしい!っつー訳で2人の出番なんだ!轟が燃やして物間が冷やす!どうだ!?」

 

ラグドール発案という事もあって、発想も着眼点も悪くない。鉄哲のくせに。

 

「僕はめんどいからパス。自分の“個性伸ばし”の為に色んな人のトコ回んなきゃいけないし」

「そうか!じゃあ轟頼む!」

「…わかった。両方同時には使えねぇから、交互でもいいか?」

 

そんな2人の交流を眺め終え、僕はその場を離れる。基本スタンスは林間合宿なので、こういうクラス間を超えての交流はそれっぽい。意外にもそこまで2人の相性が悪くないらしい。

 

2人から離れて皆の様子を見ても、そのAB交流はチラホラと確認できた。

 

その一つである小大唯と八百万百の組み合わせに向かう。2人はヒーロー科でも有数の美少女なので、自然と足が向いていた。いやぁ、欲求ってのには勝てないね。

 

「あら、物間さんも“個性伸ばし”ですか?」

「…ん」

「ケーキ美味しそうだなぁ。食べてもいい?」

「どうぞどうぞ」

 

口元についていたケーキを拭い、そう声をかけてくる八百万。そして八百万が《創造》を中断したように、小大がマトリョシカを大きくする作業も中断する。八百万が創ったモノを小大が《サイズ》で調整する。中々効率的だ。

 

苺だけつまんで口に入れ、逆の手で八百万の肩に触れる。そして2人に何も持っていない掌を見せ、キザなマジシャンのように手を合わせる。その一瞬後にはプラスチック製の小さな白い鳩が僕の開いた手から姿を現した。生き物は創れないので飛び立つ事はない。

 

「まぁ…。まるで熟練のマジシャンのようでしたわ。流石怪盗(ファントムシーフ)ですわね」

「はは、茶化すなよ。君の《創造》だからこそ出来る事だよ」

「いえいえ。思わず見惚れてしまうほど手馴れてましたわ。マジックの経験がお有りで?」

「…まぁね」

 

《個性》というものが存在するこの超人社会で、手品なんてものが流行る訳もない。それでも一定数の支持によって一個のジャンルと成立してるので、その熟練者(プロ)も当然いた。僕もそれを経験済みだ。

 

「それじゃそろそろ行こうかな。あ、小大も《個性》借りるね」

「…ん」

 

上限数を増やす“個性伸ばし”の為、僕は小大の肩にも触れる。これで今僕の身体には《サイズ》と《創造》が宿ってる事になる。

 

「…ん?」

「?」

 

だが、そう小大に近付いた瞬間彼女が首を傾げた。何がおかしい事しただろうかと僕も自身の行動を振り返るが、特に異質な所はない。はて?

 

すると、彼女の方からグイッと身体を寄せてくる。「まぁ…!」と目を輝かせた八百万を横目に、僕も困惑、そして焦燥する。学年1のミステリアス美少女と謳われてる事を見聞の広い僕は知ってるので、きっと出来てるであろうファンクラブに殺されるのは避けたい。多分この娘そんなんじゃないし。

 

「…な、なに」

「ん。…あっちに一佳いる」

「拳藤?」

 

考えの読めない普段の無表情が少し変化し、困ったように眉を下げた。その可愛らしい仕草を見て、1学年で最も可愛いと噂されるだけの事はあるなぁとしみじみ思う。そんな小大はどこかを指差し拳藤の所在を伝えてくる。いや、聞いてないんだけど…?

 

そしてもう満足したのか八百万に“個性伸ばし”を再開しようと声をかける小大。訳もわからないまま僕は2人の場所から離れてーーー人目のつかない森の木の影に隠れる。

 

そこで幾つか、“ある物”を《創造》し、小さいと言っても差し支えないモノが出来たが、念の為《サイズ》で更に小さくして目立たないようにしておく。

 

「大きいモノを作るのは時間がかかるけど…。複雑なモノも時間がかかるんだよな」

 

そう呟きながら、僕は深く息を吐いた。気付けばその場に座り込んでいた自分に驚き、しっかりしろと自身を叱咤した。

 

 

⭐︎

 

「あら物間ちゃん。…ってどうしたのかしら」

「フラフラですぞ?物間殿」

 

「いや、脂肪使うってすっかり忘れてた…」

 

…めちゃくちゃお腹減った。あとでもう一回ケーキ貰いに行こ。

 

それにしても蛙水梅雨と宍田獣郎太の組み合わせも珍しいな。《個性》がお互い異形型だから気が合うのだろうか。

 

「で、君ら2人はどんな鍛え方してるの?」

「自身の《個性》の身体能力を使ってこの崖を登る訓練ですぞ!我は獣、蛙水殿は《蛙》ですな」

「2人で競争したりもしてるけど、やっぱり宍田ちゃんには敵わないわね。物間ちゃんも混ざる?」

 

さっきの鉄哲のように、個性《コピー》なら色んな訓練に参加できる可能性を秘めている。こうやって誘われる事もしばしばだ。

 

「異形型の《コピー》かぁ…。出来なくは無いんだけど、ちょっと不格好になるんだよなぁ」

「あら、難しいのね」

 

「まぁね。…一回実践してみようか。宍田、借りるよー」

 

宍田が了承したのを確認しながら、個性《ビースト》を《コピー》する。雄英高校指定ジャージと半袖シャツを脱ぎ、僕の上半身が露わになる。というのも、《ビースト》で獣化すると人間サイズに設定されている僕のジャージが破れてしまうのだ。ちなみに宍田はそれを見越して大きめのサイズのジャージを着ている。

 

唐突に脱ぎ出した僕に梅雨ちゃんは特に動揺は見られない。それどころか首を傾げ疑問を浮かべた。

 

「…上半身だけなのかしら?」

 

…下半身も脱げと?そんな冷や汗が流れかけたが、当然の疑問ではある。《ビースト》を発動させるのなら全身を獣化させる事になる。衣類を気にするのならば全部脱ぐのが正しい判断だろう。

 

説明するより実践した方が早いと判断した僕は、《ビースト(コピー)》を発動させる。

 

ーーーそして、僕の右腕が獣化する。

 

他は人型を保っているが、僕の右腕だけが獣特有のフサフサの毛を纏う。触り心地がいいので、僕の《コピー》が五分で終わってしまうのが残念でならない。これを枕にすると快眠できる気がする。

 

「…驚いたわ。私達みたいな異形型を“一部”だけ発動させるのね」

 

流石A組、ご名答。《硬化》や《スティール》でも見せた、全身ではなく一点にする方法だ。

 

「ま、全身の《ビースト》も出来なくはないと思うけど…。僕の《個性》はイメージに左右されるからさ、完全に獣に成り代わるってのは難しいんだ。つまりこれは妥協案、だね」

 

異形型の《個性(コピー)》はやはり特殊だ。丁度いい機会なので、僕の《コピー》についておさらいしてみようか。

 

以前、サー・ナイトアイは僕の《コピー》はこう称した。『触れた者の《個性》を自身に宿し、干渉する《個性》』この表現はかなり正解に近い。体育祭を見ただけでこれに気付くとは彼の観察眼には驚かされるばかりだ。

 

干渉云々は“同調・過去視”の話に関連してくる訳だが…今注目すべきは前半の《個性》を宿すという表現。

 

言葉の通り、今現在僕の身体には《ビースト》が宿っている。“宿す(コピー)”の状態が完了した訳なのだが、異形型となると“発動(ペースト)”に苦戦してしまう。

 

《爆破》などの発動型に関しては特に苦労しない。“掌からの汗がニトロの役割”という知識と視覚からの情報で僕の《コピー》のイメージは成立している。

 

だが、《ビースト》や《蛙》にはそのイメージの構築に大きな壁がある。

 

「…物間ちゃんは人間ってトコね。確かに、自分が動物になるイメージは難しい気がするわ。でも、一部だけ動物っていうのも難しくないかしら?」

 

その通り、今の僕のように片腕だけが“人間じゃない”状態も同じくらいイメージが難しい。全身よりかはイメージしやすいとはいえ、だ。

 

「まぁ、それはその通りなんだけどね」

 

僕はここで一旦言葉を止め、ニヤリと笑う。梅雨ちゃんが首を傾げる。そんな彼女に、自慢げに言ってやった。

 

「ーーーたとえ全身じゃなくても、僕に《コピー》出来ない《個性》があるという事実よりかはかなり現実的で、有り得るんだよ(イメージしやすいんだよ)

 

だって、僕に《コピー》出来ない個性なんて無いんだから。

 

そう自信満々に告げる僕に梅雨ちゃんはクスっと笑う。

 

「物間ちゃんは、自分の《個性》が大好きなのね」

 

まぁね、と頷く僕を宍田が横からじっと見つめていた。

 

 

⭐︎

 

「オイ、A組のやつら《個性》で火ィ点けてんぞ!ずるくねぇか!?」

「こら鉄哲、余所見してないで人参切って」

「小森ー。《個性》でキノコつくってー」

「はい、アンタも希乃子を利用しない」

「ふふ、怒られてやんの。やっぱ鉄哲と物間を制御できんのは拳藤しかいないねぇ」

 

2日目の夜からはカレーくらい自分達でつくれと言われたので、満身創痍の身体に鞭打って動く。料理自体は苦手じゃないが、寝不足や疲れも相まって単純に億劫だった。

 

この状態で包丁という刃物を持つのは逆に危険ではないだろうか。うん、きっとそうだ。

 

サボる為の理由付けは完了、包丁の扱いは鉄哲に任せよう。コイツなら怪我とかしないし。

 

うんうんと頷いてた時、A組方面から声が聞こえる。

 

「えぇっ!?爆豪くん包丁うまっ!?意外やわ…」

「意外ってなんだコラ!!包丁に上手い下手なんざねぇだろが!」

「わっ!?余所見しないで!?」

「出た出た…才能マン」

 

「鉄哲ー?切るの代わってやろーか?」

「オウ、助かるぜ!」

 

 

⭐︎

 

「またお前らは…。ハァ…B組は真面目な奴らが多いと聞いてるんだがな」

「いやぁ…B組は補習者ナシですから、そこは合ってますよ(笑)」

「馬鹿っ物間。相澤先生になんて口の利き方…」

「…それほどの元気があるんなら、明日からの昼の特訓をもっと厳しくできそうだな」

「はは…お手柔らかに」

 

夜10時。B組男子一同の寝床となる畳の敷かれた大部屋で、僕ら男子は正座で相澤先生の説教を受けていた。理由は騒ぎすぎ。

 

「昨日に続いて枕投げ…か。恥ずかしいと思わないのか?物間」

「わかってませんね。男のロマンってものを。なぁ骨抜?」

「…オレ?まぁ旅行の夜だし、ハメ外すのもいいかと」

 

流石の柔軟な対応。僕の無茶振りにも的確に応えてくれる。

 

「…ならトランプでもしてろ。オレはこれから補習で手が離せん。大人しくしてろよ」

 

はーい、と声を揃えた僕らを一瞥した後、ピシャリと扉が閉められる。

 

「さて、枕投げは禁止された訳だけど…誰かトランプとか持ってる?」

 

問いかけてはみたものの、どうやら誰もカードゲームの類は持ってないようだった。13人もいて誰も持ってないのか…。

 

「うーん…する事もないし、寝る?」

「ーーー馬鹿野郎!」

「お前は何もわかっていない!」

 

「び、B組常識人4人組!?」

 

僕の至極もっともな提案を却下する泡瀬と円場、その後ろで回原と鱗の2人が頷いている。そんな意外な展開に僕は驚く。僕の中々の常識発言を否定されるとしても、この4人にだけはされないと思っていたからだ。

 

泡瀬洋雪、円場硬成、回原旋、鱗飛竜。このメンバーはB組常識人男子4人組だ。ちなみに個性はそれぞれ《溶接》《空気凝固》《旋回》《鱗》と有能なものが揃っている。

 

A組に負けず劣らず個性的なメンバーが連なるB組とはいえ、真面目という評価を保てているのはこのツッコミ4人の活躍に他ならない。

 

そんな彼らが拳を握って、何を熱弁しようと言うのか。

 

「俺達は今からーーー女子部屋に行く。そして一緒に遊んでこようと思う」

 

代表して告げた泡瀬の言葉に、僕含めたB組の面々がざわつく。宍田獣郎太が焦ったように諭す。

 

「あ、泡瀬殿…。先生方がそんな破廉恥な事を見過ごす訳もありませぬぞ」

「破廉恥て」

 

少々照れながら言う宍田に苦笑いするも、今度は円場が口を開いた。

 

「まぁ思い出せよ宍田。さっきの相澤先生の言葉を」

「さっきのイレイザーの…?ハッ!?」

 

宍田、そして他のB組の面々も遅れて気付く。円場はニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 

「そう!この時間帯からは相澤先生とブラド先生は補習!つまりA組の馬鹿どもに付きっきりって訳だ!」

「な、なんと…!?ですがここにはプッシーキャッツもいる。そもそも女子が男子の参加を断ったら…!?」

「プッシーキャッツとはいえ乙女!俺達の気持ちを汲んでくれればそこまで大きな罰は下さないだろう。…それに、俺達には言い訳もあるんだからな!」

「い、言い訳…!?」

 

円場と宍田の話がヒートアップし、他の男子も話にのめり込んでいく。

 

「ーーートランプだよ。トランプを借りに行くという名目で女子部屋に行き、そこから何とか一緒に遊ぶ方向に持っていくんだよ!これで途中で見つかっても言い訳が利くだろ?」

 

確かに、相澤先生が自分から言った事でもあるし(?)説教に口答えする材料にはなりそうである。

 

「ーーー俺達はな。女子と仲良くなりたいんだ」

 

引き続き円場が拳を握りながら呟く。その熱意に宍田が思わず後ずさる。言葉自体は純粋な願いのように思えるが、10時を過ぎたこの時間に女子部屋に向かうとなると深読みしてしまう。

 

「…エロい事を期待してるんじゃない。ただ、眠くてウトウトしてる小大を目に収めておきたい。あわよくば距離を縮めたい!」

 

…思ったより純粋な男だったが、泡瀬がそれに続く。

 

「忘れてないか?今は夏休みなんだ。お前ら、このイベントを逃していいのか?女っ気のない1年を過ごす事になるぞ?」

 

その泡瀬の視線は黒色支配に向かった。その視線に本人も気づいたのか、照れ臭そうにそっぽを向いた。だが、泡瀬がそれを逃さない。

 

距離を縮め肩を組み、小声で何事かを話している。…大方、黒色の想い人…小森希乃子と仲良くするチャンスだぞ、とでも言ってるのだろう。

 

ここまでの議論を経てB組全員が妙なテンションになっているのか、どうやら女子部屋突入に乗り気なメンバーが増えているように思える。たった今黒色も陥落した。

 

「ーーーさぁ行くぞ物間!女子との交渉はお前に任せたぞ……って、いない!?」

 

いざと言う時にプッシーキャッツを言いくるめる要員として僕に声がかかる気はしてたので、さっさとこの場はおさらばしよう。

 

まぁ成功する訳もないし、罰として明日の特訓が過酷になるのはちょっときつい。これ以上イレイザーを怒らせるのはまずいんでね。

 

骨抜の言う通り…イベントの夜っていうのは皆羽目を外すんだなぁとしみじみ思う。真面目なB組がこんな馬鹿馬鹿しい事をするとは驚きだ。まぁ今日は僕がいない事でこの作戦を諦める可能性もある。何故ならまだ2日目、チャンスはいくらでもあると、彼らは思うからだ。

 

 

「ーーーーーーーーッ!ォ゛エッ゛!………ァ」

 

 

そんな事を考えながら男子の大部屋を離れーーーーーー男子トイレで皆の力を合わせ作ったカレーを吐いた。呻きながら嘔吐した。

ずっと頭の中にこびりついている不快感と嫌悪感を思う存分吐き出し、ポケットに入れていたハンカチで口を拭う。

 

目の前にある鏡で自分の顔を確認し、酷い顔だな、と笑う。あぁ、全然楽しくない。ストレスと不安と嫌悪が一斉に、絶えず押し寄せてくる。特に酷いのはーーークラスメイトが笑った時。

 

明日もまた平和に過ごせると当然かつ能天気な考えを垣間見る度に僕の精神はすり減って行く。ハメを外した馬鹿な男子を見るたびに、それを心の底から楽しめない自分が居る。元来捻くれた人間だと言うのに、更に拍車がかかってしまった最悪の気分。

 

頼むから、僕の前で楽しそうにしないでくれ。

 

僕らの林間合宿は明日で終わると言うのに。

 

時刻は10時30分前、僕は男子トイレから出て、玄関に向かう。時間も時間なので人気(ひとけ)はない。広めの玄関で、ここにはほぼ全員の靴が揃えられている。スマートフォンの灯りで靴のデザインを確認しながら目的の何足かに、僕が昼《創造》した発信器を靴裏につける。

 

「……よし」

 

あとはカバンに入れてある受信機を使えば、この3人ーー緑谷、爆豪、拳藤の位置は特定できる。爆豪は勿論、万が一未来が変わり、緑谷や拳藤に危機が及んだ時のための予防策と言ったところだ。特に緑谷の《ワン・フォー・オール》は狙われてもおかしくない。雄英ジャージに付けようとも思ったが、訓練で汚れたので替えの服を代用する可能性もある。そういう理由で靴裏に仕込んだ。

 

「…物間?」

「ーーーーッ!?」

 

任務を終え、部屋に戻ろうとしたその時、声をかけられる。明かりのない暗い廊下から姿を現したのはーーーB組クラス委員長、拳藤一佳だった。

 

僕は動揺を押し殺し、何気ない風を装う。今の僕の行動を見られていないという前提で話すしかないだろう。

 

「あぁ、拳藤か。外に用事かい?もう暗いし、オススメはしないかな」

「あー…えっと。ラグドールさんが、ここに物間いるって教えてくれてね」

「…個性《サーチ》か。でもなんで拳藤が?」

 

大丈夫、《サーチ》で僕の場所を見られていたとしても細かい情報は得られない筈。せいぜい誰かの位置がわかる程度。僕は心の中でほっと一安心する。

 

「な、なんでだろうね!?委員長だからじゃない!?」

 

顔を赤らめて妙に動揺している拳藤が不思議だが、僕はそっかと受け流す。話を変えて欲しそうだったので微妙に話題をずらす。

 

「ラグドール…プッシーキャッツがそっちにいるんだ?」

「う、うん。お風呂上がってから女子会って感じかな」

「へぇ。楽しそうだね。女子会かー…」

 

女子会…女子会か。何するんだろう、お菓子を持ち寄ったりトランプしたり…あぁ、恋バナとかもするのかな。赤くなっていた頬も落ち着き、拳藤がポケットから折り畳まれた白い紙を出し僕に渡す。

 

「あ、これ。皆にも言っておいたよ。明日の肝試しの配置ね」

「おっけー、ナイス」

 

僕は紙を受け取り、ハンカチの入ってないポケットに仕舞う。

 

「アンタほんとに楽しみなんだね、肝試し」

「え?」

「え?」

 

一瞬思考停止し、間抜けな顔を見せてしまう。だが、確かに以前は肝試しを楽しみにしていた事に気付く。しまった、ここにきて失態。

 

「あ、あぁ!?まぁね?一応これもA組とB組の勝負だからね。全力で勝ちに行くさ」

「…………」

 

そう取り繕った表情も、声色も、拳藤は真っ直ぐに受け入れる。そして、悲しそうに笑った。

 

「玄関出てすぐのとこに、ベンチがあるんだよね。一回座らない?」

「…?ま、いいけどさ。ラグドールさんに叱られない?」

「あぁ、それは大丈夫。逆に楽しんでくれると思う」

 

…?よくわからないけど、拳藤が大丈夫ならいいか。拳藤の話が終わるまで、この寝不足に耐えるとしよう。

 

「わ、綺麗な月…!」

 

先程発信器を付けられた靴を履きながら、拳藤が外に出る。僕も後に続いて、近くのベンチに2人で腰掛ける。ほぼ無風で、肌寒さは感じない。いい夜だ。

 

「そーだ。円場達がそっちに行かなかったかい?トランプ借りたそうだったんだよな」

「え?来てないかな。入れ違いになったのかも」

 

ヘタれたか、明日以降に引き伸ばしたか。まぁどちらでもいいか。今夜で終わりだ。そう考えれば考えるほど、吐き気が僕を再度襲う。

 

ーーー罪悪感が、僕を襲う。

 

「ーーーねぇ物間。無理、してない?」

 

隣の少女からそう言われた瞬間、思わず唇を噛み締めた。やめろ。B組の何人かには気付かれているとは薄々感じていた。小大や宍田の反応からして、僕が普段より変なのはバレていたのだろう。

 

同じように拳藤はそれに気づき、僕を気遣う。無理してないかと。

 

そうだ、そうなんだ。

 

無理なんだよ。明日僕らはヴィラン連合に負ける、その未来を変えることは出来ない。理に反するとも言える。

 

未来というのは、予め決まっているんだと思う。これは僕なりの《予知》の見解だが、恐らく当たっている。

 

並行世界の内の一本の線。あらゆる分岐も終え、決まった物語を辿っている。それは所謂、この世界の人生。

 

世界の物語(人生)

 

個性《予知》は一つの物語を覗き見する権利。だが未来を変えられないという事は、その物語を書き換える事が出来ないという事。

 

仮にナイトアイが《予知》で先の展開を視て有利に立ち回る事は出来る強キャラであっても、そもそも視た未来そのものでナイトアイは強キャラとして位置している。ただ台本を読んだ強い演者(キャラ)という事だ。ナイトアイが強い台本(物語)に予め仕上がっているんだ。

 

台本に逆らう事で自身にかなりの不利益が生じる。だからこそ台本通りに動かなければいけない。それが、変えられない《予知》の正体。

 

当然選択肢が複数生まれる場合もあるだろう、どちらをとっても不利益が生じない、自由な状況が。ジャンケン勝負などの場合なら、手を変える事で未来を変えられるかもしれない。だが、恐らくその場合は《予知》されないのだと思う。小説でいう行間、空白だ。風景は映らない。

 

物語に影響する未来が、《予知》で視える未来が変わった事は未だかつてない。

 

『ヴィランの数、《個性》は不明…。襲撃タイミングは3日目の肝試し、目的は僕と爆豪の拉致…。最初の情報こそ大事でしょ、ふざけてるんですか?』

『ワタシから見れば貴様には攫われて欲しいからな。念の為伏せておこうと思ってな』

『…ヒーローとは思えない発言ですね。訴えれそう』

『オールマイトを救う事で、救われる命が幾つもある。それに貴様も爆豪も殺されたりはしない、安心しろ』

『でしょうね。そうじゃなかったらガチで訴えてますよ』

 

ナイトアイは僕と爆豪が拉致される事でオールマイトと緑谷の問題に関して解決できると考えている。尚且つ変えられない《予知》の未来で僕の安全は確保されたも同然。

 

発信器等の小細工や肝試し配置で()()()()に編成という過保護な行動が無くても、B組に危害が加わる事なく僕と爆豪が攫われ事件は解決するかもしれない。

 

けど、僕には何もしないなんて出来なかった。今この場で、僕だけが知ってるんだ。林間合宿が最悪の形で終わる事を。目の前の少女を不安で苦しめる事を。楽しそうに馬鹿しているB組男子も、プッシーキャッツと女子会しているB組女子も。全員苦しめる。

 

僕だけがこのバッドエンドを知っている。

 

ここまで聞けば、そもそもの襲撃を回避するという案も出てくるだろう。僕がなんとか口を回して林間合宿を中止にする。そして高校に帰ればバッドエンドは免れる。

 

ーーーだが、ナイトアイの目的は達成されない。僕が攫われなければ、彼は悲しむだろう。

 

緑谷から《ワン・フォー・オール》を剥奪するというナイトアイの計画を尊重したい。

B組をヴィラン連合の魔の手から遠ざけたい。

 

僕はそんな相反する想いを兼ね備えてこうして中途半端に妥協し、勝手に罪悪感に潰れ、ヴィラン連合に攫われて何らかの形で救われるという、物語を構成する1人の演者(キャラ)

 

考え事を止め、現実に戻る。

 

「……うーん」

 

拳藤にそんな僕の胸の内を吐露する訳にもいかないので、なんて言い逃れようか迷う。そんな時、僕の両頬を拳藤が両手で挟む。パチンと小気味いい音が響き、僕と拳藤は至近距離で向かい合う。

 

流石の僕も目を白黒させて焦る。何この状況、え、ちょっと?拳藤さん?

 

「悩んでるならちゃんと言って。なんでも1人で背負い込まなくていいから。私を頼って」

「…何言ってるんだ、拳藤。僕は君に頼りっぱなしだろう?」

「それは《個性》の話でしょ」

「……もしかしてこの前の演習試験の話かい?あれは君のお陰で勝てたようなものじゃないか」

「オールマイト相手に時間稼ぐなんて、アンタの負担が大きいに決まってる。それにあの時、受け身を意識して上手く倒されてくれ、なんてーー」

「悪かったよ。あの作戦しか思いつかなかったんだ。一回拳藤とオールマイトの一騎討ちを挟まないとあの人の油断を突けないーーー」

 

「ーーーほら、アンタは一度、私とオールマイトが交戦しない作戦を考えたでしょ?」

 

「……」

 

僕は視線を外そうとするも、拳藤の両手で姿勢を変える事すら阻まれる。作戦を練る上で、拳藤の負担が最小限になるものを考えた事は事実だ。

 

「…ごめん。あの時はアンタのお陰で勝てたのに、今無茶苦茶な我儘言ってる」

「…はは。そーだね」

 

少し伏せられた目に、僕は力無い声をかける。拳藤が言いたい事はなんとなくわかる。何もオールマイト戦の時に限った話じゃない。これはこれまでの謂わば僕の過保護な態度が原因。

 

顔を上げ、凛々しいとすら思える表情が僕の視界に入る。思わず見惚れてしまう程の。

 

「私は守られるだけのヒロインになりたい訳じゃないよ、物間」

「…そう、だね」

 

ここは天下の雄英。目指すものは殆ど同じ。そんな事はわかっている。わかっていたのに、こうして拳藤を傷つけていたんだ。

 

「今アンタが何に悩んで苦しんでるのかはわかんないけどさ。それがもし私達の為なら本当にやめて。そして、私達を頼って欲しい」

 

そうして両手を離し、僕も自由になる。僕と拳藤はそれぞれ正面を向きながらベンチに座る。

 

正直、その言葉を全部受け入れるのは難しい。勿論意味は理解出来るし彼女の意見を尊重したいとも思っている。だが今この状況で言い換えるなら…ヴィラン連合と拳藤が相対する事を受け入れるという事。僕はそれに耐えられるだろうか?結論はすぐに出た。ーーー無理だ。

 

どうして無理か、なんて考えるだけ時間の無駄だ。

 

それに、今更僕の行いを改めるには遅すぎる。襲撃は明日までに迫っていて、もう回避出来ない。物語は止まる事を知らない。

 

明日の夜、一体どんな過程を経てバッドエンドを迎えるのかはわからない。けど、拳藤の望みが叶わない事だけはなんとなくわかる。

 

林間合宿そのものを中止させればナイトアイ以外の多くの人間がハッピーエンドを迎えられる。その手段を取らないというのは紛れもない僕の過ちだ。《ワン・フォー・オール》の件が解決する…正確にはナイトアイが解決させる…だが、そのメリットを差し引いてもあまりに人道に反する。

 

この僕の不用意な決断でB組に予想以上の危害が加えられる…その可能性が高いと判断した時は。

 

僕が責任を持って、爆豪勝己と自分の身をヴィラン連合に差し出す…事も視野に入れる。勿論さりげなく、だが。そうすれば目的を達成したヴィラン連合がB組を標的にする事はない。あとは僕らがプロヒーローに救出されるだけだ。

 

この筋書きでも一応、ナイトアイから告げられた物語に適している。

 

当然進んで取りたくはない選択肢。横にいる彼女が嫌う自己犠牲の頂点のような考え方だ。

だけど悲しいかな。この奥の手が僕に安心感を与える。夜、寝れない時はいつもこれを想う。

 

そして。

 

気付けばいつものようにその安心感に身を任せーーー瞼が閉じてしまっていた。

 

⭐︎

 

「…物間?」

 

突如カクンと俯き、隣の少年が小さく寝息を立てた。整っていると言える横顔を眺めながら、どうしようかと悩む。私に寄り掛かろうともせず、独りで眠りに入ったこの少年を。

 

「と、とりあえず…」

 

寝るにしては苦しそうな体勢なので、腕を伸ばして彼の顔を自分の方に引き寄せる。そのまま自分の膝に上半身を倒させる。

 

膝枕の体勢になった事で一息つき、ここからどうすべきかと再度悩んだ。思考を巡らせている間に自身の右手が無意識に真下で眠っている少年の髪に触れた。そのまま優しく撫でる。

 

思わず頬が緩んだ。この状況をラグドールに見られたらまたからかわれてしまう。…そうか、ラグドールに見つけてもらえれば楽かな。まぁいざとなったら自分で連れて帰るけど、それで目立ってまた噂されるのは避けたい所だ。

 

「…何背負ってるかは知らないけどさ」

 

サラサラな髪を撫でながら思わず漏れた呟き。当然物間寧人の耳には入らない。それでもいいと口を開く。

 

「いつか、救けてみせるからね」

 

まだ彼の隣に並べるほど強くはないから。きっと彼は皆が思ってるよりも強くて、優しいから。なのに1人では戦えなくて、独りで苦しんでるから。

 

いつか隣で胸を張って立てるように。この膝枕みたいに、頼ってもらえるように。

 

ーーーだから見ててね、物間。

 




荼毘を掘り下げたくて本誌を待ち望んでます。
あとややこしくて疑問とかあればお答えします。

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