強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

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わからなかった

自身の足元から吹き出されていく紫色のガスが、広範囲にまで満ちていくのを感じる。ガスを吸って気を失う者、異常に気付き逃げ惑う者。反応は様々だが、我々…開闢行動隊の奇襲は成功と言っていいだろう。

 

「…こちらマスタード。荼毘か?」

『様子はどうだ』

 

毒ガスから感知できる情報を確認しながら、たった今繋がれた連絡を返す。こちらの問いに構わず荼毘が雑に様子を聞いてくる。

 

…なぜこいつがリーダーで僕がその部下になるのかは甚だ疑問だ。会話もままならない精神的異常者よりかはマシだが。

 

「問題ない、出入口は塞いでる。そっちこそ教師の足止めはどうなんだい?」

『チャレンジ1回目だ。時間稼ぎくらいにはなるだろ』

 

僕の役目は肝試しの出入口付近の空間に毒ガスを充満させる事。これで生徒と教室や引率のプロヒーロー共を隔離させる。

対して荼毘とトゥワイスはイレイザーヘッドとブラドキングの足止めの役割を担っている。そう長く保つとは考えにくいが。

 

『対象を回収したら連絡する。集合場所はわかってるだろ?』

「そこまで馬鹿じゃないんでね。確認ならムーンフィッシュにした方が良いんじゃないか?」

『馬ァ鹿。話になんねぇよ』

 

尤もだ、と鼻を鳴らして通話を切る。初手は順調。さっさと対象を回収してトンズラしたいところだが…。

 

ズレそうなガスマスクを整え、その方向に目を向ける。

 

「鼠が1匹…か」

 

1人、まっすぐこちらに向かってきている。

 

台風のように渦状に充満する毒ガス。その濃度の差を見て中心に向かってくる輩がいるとは予想していた。一つ気にかかるのはーーーそれが早すぎること。

 

つい先ほど受けた奇襲から僕の存在に気づき《個性》の分析まで終えているとは…いやはや。

 

「さすがは名門校だよなぁ。中々賢いネズミみたいだ」

 

でもね、残念だ。

 

「このガスはさぁ僕から出て僕が操ってる。君らの動きが揺らぎとして直接僕に伝わるんだよ。つまり筒抜けなんだって」

 

センサーとしての役割を果たしたガスに、奇襲は通用しない。距離が近づく。毒ガスで両者視界を塞がれているが、ここは僕の戦場(フィールド)だ。

 

腰元から拳銃を取り出し、紫に染まった空間に向ける。あと数秒で顔が見える距離まで辿り着く。死に際の顔だけ見させて貰おうか。対象じゃないとも限らないし。

 

3、2、1と心の中でカウントダウンする。僕に向かって走って来ているシルエットがぼんやりと見えて来た瞬間、ニヤリと笑う。

 

「さようなら。エリート雄英生ーーー!?」

 

紫の奥、人の形をしていた影が大きく変化する。正確に言うならば変化したのは一部…両手だ。()()()()()()が横薙ぎに払われ、風で毒ガスが勢いよく飛ばされる。

 

僕と侵入者を挟んでいた毒ガスが姿を消し、黒いシルエットだった人物が露わになる。自身のジャージで応急処置的に口元を隠しているものの、すぐに名前は思い浮かんだ。

 

ーーーリストにあった名前だからだ。

 

「…っ、物間寧人!」

 

無表情を浮かべながら冷めた視線を向けてくる目の前の男に、思わず憤る。握っていた引き金を引き、銃声音が辺りに響く。

 

それと同時に、甲高い金属音が響く。肩を狙った銃弾は確かに命中してーー物間の足元に落ちた。物間の勢いは止まらない。

 

効いてない…!?いや、この《個性》…体育祭で見た…!

 

「ーークソっ!《硬化》か!」

 

相性が悪い…!ガスでの窒息を狙おうにも風を起こされたら回復されるし、《硬化》で拳銃は通用しない!ダメだ、一旦逃げーーー。

 

「ーーーーは?」

 

逃げようとするのも織り込み済みだったのか、走ろうとした瞬間足をかけられ、転ばされる。仰向けに転んだ僕の腹に跨るようにマウントを取った物間が拳銃を奪い、そのまま僕の顔に向ける。

 

《硬化》で少し重量が増した分が、僕の腹に重くのしかかる。

 

物間寧人は無表情のまま、口を開いた。

 

「そのガスマスク…自分もガスを吸ったら影響があるのか。ーーー外せ。そしたらガスを止めざるを得ないだろう?」

 

ガスマスクを外さなければ撃つ、というニュアンスを込めて銃口を近づける物間。

 

もはや、選択肢など無いに等しかった。恐怖で震える身体を抑えようと努めるも、効果は無い。このガスマスクを外して仕舞えば怯えた表情をこの男に晒す事になる。身近に感じた死への恐れが、その屈辱を上回った。

 

ガスマスクを外し、毒ガスも止める。

 

話が出来る環境になったのを確認して、物間は冷たく見下ろしながら口を開く。

 

「このガスの効果、仲間の配置、仲間の《個性》。全部言え」

 

ガスの効果は気絶するだけ。その情報だけなら言ってもよかったが、あとの2つは言いたくなかった。その考えがわかったのか、物間は顔を歪めた。

 

「仲間を庇ってるのか?ヴィラン連合と聞いてたけど、醜い仲間意識だけはあるのかい?ステインの信徒か?」

 

「…うるさいな」

 

思わず口から出た反抗の言葉に、更に顔を歪める物間。それに構わず感情のまま続ける。

 

「僕だってあんな頭のおかしい奴ら仲間だなんて思ってないさ。ステイン派なんかでもない」

 

全く、本当に頭のおかしい奴らばかりなんだ。今作戦のリーダーで気に入らない荼毘。会話の通じないトガやマスキュラー。ステインシンパのスピナー。数えていたらキリがない。目的も思想もバラバラでイカレた奴らが集まった集団だ。

 

それでもたった一つだけ、共通している意思がある。

 

この気に入らない社会をぶっ壊したい。生きづらい世の中を失くしたい。

 

その一点だけを見るならば、目の前の気に入らない男に歯向かう勇気が自然と出てくるものだった。

 

「ーーーーっおかしいんだよ大体!このヒーローがチヤホヤされてる社会がさぁ!エリートの雄英生徒(きみたち)にはわかんないだろう!?いくら凡人がヒーローを目指したところで結局どこかで躓く!素晴らしくて誇れて恥ずかしくない学歴を持たない奴らは結局どこかで割りを食う!平等じゃないんだよこの社会が!!」

 

歪んだ顔が無表情に戻り、冷たい視線が僕を襲う。

 

「体育祭1位だっけ?益々気に入らない!その蔑んだ目も、エリート街道まっしぐらのその立場も!!」

 

「お前程度のヤツどうにでも出来たんだ!偶々僕の《個性》と相性の良い《個性》を持ってただけで…僕をそんな目で見るな!!」

 

あぁクソ…!あの筋肉ダルマが僕の護衛につく手筈だったのに…!つまんないからってどっか消えやがって!

あいつがいれば、この男にも勝てたのに…!

 

「ーーー悪いね、君の《個性》を完封出来たのは偶然じゃないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な…!?」

 

唖然とする僕に構わず、物間寧人は告げる。

 

「目的は生徒の拉致。そして襲撃が肝試しの時って事は…教師と生徒が1番離れるタイミングだ。なら森への入り口に近いこの場所に、隔離できるようなヴィランが来ると踏んでいた」

 

確かに、さっきの奴の問いにヴィラン連合の目的は含まれて無かった。こいつは今日の襲撃を知っていて、それに対応して来ていた。つまりーー。

 

「だから僕の班は森の入り口付近に配置させて貰った。みんなを逃がすって時に、君の存在は邪魔だからね」

 

自身が扱う《個性》もコイツが配置した通りに。あらゆる範囲攻撃に対応できるような仲間を揃えていた…!

 

「なんで…ッ」

 

なんで知ってる。そしてーーー何故知ってるのにこいつは何もしなかったのか。

 

その問いに、物間寧人は笑う。哀しそうな表情だが、見方によっては嬉しそうにも見える。

 

「これは茶番なんだ。君らが必死になろうと僕らが必死になろうと結末は変わらない。決まってるんだよ。()()()僕らの負けだ。そこから爆豪も僕も無事救けられて、次は勝つ。多分オールマイトが来るんだろうな」

 

「ただね、今回負けるとは言ってもタダで負けてやる訳じゃない。出来るだけそっちの戦力を削いで、次に活かす負け方をしてやる。そう決めたんだ」

 

「僕の最初の目標は仲間達全員を逃す事。それが終わったらーーー僕らの思い出を奪った分くらいは、償ってもらう。どうせ負けるのは決まってるんだ、せいぜい抗ってみせるさ」

 

ーーー()()()()()()()()()()()()

自分には理解できない言葉をつらつらと並べられ困惑した様子の僕に、物間は哀しそうに笑った。

 

「オイ物間!この辺にヴィランいなかったか!?…ってなんだソイツ?誰だ?」

「ガスが消えてる…物間、もしかしてそいつ…」

 

そんな纏まらない思考をかき消すように、誰かの声が耳に届く。首だけを動かして姿を見るとどこかで見た顔が並んでいた。確かテレビで見た、こいつのクラスメイトだった筈だ。

 

「…これは貰うよ。脅しくらいにはなりそうだ」

 

僕にしか聞こえない小声でそう呟いた物間は拳銃を腰元に隠し、デコピンのような動作をする。額に小さな衝撃があるのを最後に、段々と瞼が重くなっていった。

 

 

⭐︎

 

「物間!もしかしてそいつ…」

 

そう言って駆け寄ってきたのは拳藤で、後ろに続いたのは鉄哲だった。どこから持ってきたガスマスクかは知らないが、それを付けてきたという事はこのヴィランを倒しにきたんだろう。

 

「なんだコイツ、寝てるぞ?物間の知り合いか?」

「そいつがヴィランね。殴りたいなら殴っていいよ。あ、起こさないようにね」

「なんだと!?」

 

ぎゃあぎゃあと煩い鉄哲にヴィランを任せて、拳藤に話しかける。というか弁明する。

 

「気付けば居なくなってると思ったら…」

「そこでたまたま出くわしたんだ。大して強くなかったのはラッキーだったよ。鉄哲と拳藤が来るんなら僕が頑張んなくても良かったかもね」

 

実際、僕は《スティール》と《大拳》でヴィランを完封出来た訳だし、この2人なら遅かれ早かれ倒していたかもしれない。ただ、あまり危険な目にはあって欲しくないのも事実だ。

 

拳藤がため息をついた。

 

「はぁ…アンタは…とりあえず無事で良かった。そのヴィランも先生達に引き渡したいし、一旦森の外に出ないと。今ガス吸っちゃった庄田とレイ子を唯が介抱してくれてるから」

「わかってる。でも一回この辺でみんなを待とう。待機だ」

「待機って…ガスが消えたってわかった他のヴィランが、こっちに向かって来るかもしれないじゃん」

 

「それもそうだけど…正規ルートで森の外に出たところで、ヴィランと戦ってるプッシーキャッツと出くわすだけだ。邪魔になりかねない」

 

今僕らがいるのは肝試しの舞台である森の出入り口付近。つまりA組ペアが出発してすぐ脅かす役割を受け持っていたのが、この物間班である。メンバーは僕と拳藤、鉄哲に加え、小大唯と柳レイ子、庄田二連撃だ。

 

位置関係を説明すると、ここから1番遠いのが“宿舎”である。今現在はA組問題児の補習の為ブラド先生やイレイザーがいる筈で、この宿舎まで行けば安全と言える。

 

宿舎からかなり離れた所で“肝試し準備広場”である。A組が順番に出発する時の待機場所のようなものだ。ここにはプッシーキャッツとA組のペア数組がいるのだが、マンダレイからのテレパスを聞くに2人のヴィランに襲撃されているようだ。

 

そこから比較的近い所が僕らのいる森の出入り口付近。教師と生徒を隔離するには絶好の場所だからこそ、ここが狙われると確信していた。

 

「ってことは…。広場を迂回して宿舎に向かうって事?」

「それが安全だろうね。こっちは6人中2人がダウン。寝てるとは言えヴィランも抱えないといけない。少し人手が欲しい」

「うーん…。それはわかるけど…」

 

さっさとここから離れたいのか、拳藤が唸る。僕は彼女を安心させるようにきっぱりと断言する。

 

「この非常事態だ。みんなで固まって動いた方がいい」

 

我らが物間班はさっきも言った通り森の出入り口に近い。なら、宿舎や広場に向かう時にここを通るのは必然。最大の鬼門だった毒ガスは消えた上にーーー。

 

ここには頼れる拳藤(リーダー)と、ついでに僕がいる。

 

クラスメイトの合流場所としては真っ先に思いつく場所になる筈だ。

 

そんな僕の考えを裏付けるように、背後の草むらがガサリ、と鳴る。拳藤がそれに反応する前に、見知ったクラスメイトが顔を出した。

 

「あ、いたいた。ほらね、言ったじゃん?」

「ケンドー!!よかったデス!」

「切奈!ポニー!」

 

まず姿を現したのは取蔭切奈と角取ポニー。その後ろに凡土固次郎と吹出漫我が不安そうに顔を出す。

 

女子2人への対応は拳藤に任せつつ、僕は男子の方に向かう。

 

「よかったよ、凡土、吹出。4人全員無事みたいだね。流石だよ」

「ん〜。僕らっていうより、切奈のお陰かな。変なガス吸わないようにって指示くれたのも彼女だし。よかったよかった」

 

凡土の言葉に、後ろでうんうん、と頷く吹出。2人の様子から見るに、頼りになる取蔭切奈のお陰でパニックにならずに済んだようだ。

 

「それは何よりだ。向こうに鉄哲と小大、気絶中の庄田と柳がいるからそっちに向かってくれるかい?あとヴィランもいるから…凡土、腕と足を身体にくっつけておいてくれ」

「擬似拘束ね、おっけー」

 

B組出席番号17番、凡土固次郎。黄土色の肌をしており、がっちりとした体格を持つ。1年ヒーロー科の中では最も高身長を誇るが、性格はのんびりとしていて話し方も子どもっぽいのが印象的だ。

そして個性《セメダイン》で、接着剤のような粘着性を持つ液体を出す事が出来る。ヒーローネームは“プラモ”。

 

「じゃあそっちは任せた…取蔭!ちょっといいかい?」

「ん〜?いいよっ。物間にお礼も言いたかったしさ」

「お礼?」

 

拳藤と角取ポニーから離れて、こちらに向かってくる取蔭。ニヤニヤとした顔で近寄る取蔭が首を傾げた。

 

「え?所々に道案内の矢印があったから、助かったって言いたかったんだけど…。あれ?物間じゃないんだ?」

「矢印?何の事だかさっぱり。まぁその話は後にしようか。頼みがある」

「お、なになに?言ってみ?」

 

興味津々、といった表情で先を促す取蔭に、僕は上を指差す。予め木の表面に彫っておいた道標は触れられたくない話題だ。僕としてはシラを切るしかないので、さっさと本題へ移る。

 

「ん?空?」

「そう。“目”だけを切り離して空から様子を見てほしい。さっきからやけに焦げ臭いし、多分どっかでーーー」

「あ、ホントだ。奥の方、結構な大火事っぽい。んーと、青い…炎?」

「青い炎…か。轟の仕業とかじゃ無さそうだな。ヴィラン側にそういう《個性》があるって事か」

 

《トカゲのしっぽ切り》で身体の部位、“目”を切り離して宙に浮かばせる取蔭。森とは言え火事などの目立った状況を把握しやすい。上空から見える情報量は少なくない。

 

「あ、近くに骨抜達いるよ。もうすぐここに着く。塩崎達は見えないなぁ…。木に隠れてこっからじゃ難しそう」

 

今回の肝試しの班分けは僕が予め決めていたものだ。入り口付近には僕達6人が位置していて。

 

その少し奥には取蔭、吹出、凡土、角取の4人グループ。

 

さらに奥には骨抜、円場、泡瀬、回原、鱗の男子5人グループ。

 

そして最後に塩崎、宍田、鎌切、小森の4人グループだ。

 

勿論、僕は肝試しで勝てるようにこのグループ分けにしたのではない。結論から言えば、頼りになるリーダーがいるように編成している。

 

言い換えるならば拳藤班、取蔭班、骨抜班、塩崎班という風に、各班1人だけリーダー性を持つ人物を取り入れている。実際問題、僕1人でバラバラに配置された19人を守り抜くのは難しい。だからこその処置だ。

 

さっきの取蔭班のように頼りになる人間がいるだけで緊急事態でも冷静さを損なわずに済む。取蔭は普段はちゃらんぽらんという言葉が似合うような性格だが、これでも推薦入学者の1人。轟や八百万と肩を並べる人材だ。

 

そしてもうじきここに辿り着くという骨抜班。リーダーである骨抜柔造も同じく推薦入学者。この場所まで撤退する位なら何という事はないだろうと、僕は考えていた。

 

だから、その予想が覆された時は少しだけ驚いた。

 

「悪い物間…!円場と途中で逸れたみたいだ!」

 

話を聞くに、どうやら僕が思ってたよりガスは広範囲に広がっていたようで、骨抜達の元まで届いていたらしい。取蔭同様警戒するように指示した骨抜は、そのまま出入り口付近…僕らのいる場所まで突っ切ろうとした。ガスマスクもなく無我夢中で走っていたのだが、そこで段々とガスが薄まっているのに気付いた。この時僕があのヴィランを倒したのだろう。

 

ガスが無くなってお互いの無事を確認しようと辺りを見回すとーーー。

 

円場だけがいない状況だったと。

 

「話はわかった。きっとどこかでガスを吸い込んで倒れてるんだろう。…うん、大丈夫」

「…物間?」

 

落ち着いて話してくれ、と座らせた骨抜に合わせるように膝をついていた僕はすっと立ち上がる。見上げるような骨抜に、僕は笑いながら告げる。少し離れた所にいるみんなには聞こえない声量で。

 

「ーーー円場は僕が助けに行く」

「な…!?いや、オレも行く。気付いた時にはここが近かったから一旦立ち寄っただけだ。元々オレが助けに行くつもりだった」

 

「駄目だ。骨抜はここに残っててくれ」

「は…!?」

 

僕の言葉に目を丸くする骨抜。そして焦る彼に僕は説得の言葉をつらつらと並べる。

 

「今ここには14人集まってる。この大人数を守り切れるのは骨抜の《柔化》が必要不可欠だ」

「いや、それは駄目だろ。これはオレのミスで起こった。これ以上オレの所為で友だちに迷惑はかけられない」

「ーーー珍しく頭が固いな、骨抜」

 

譲りそうもない骨抜を見下ろしながら、僕は怒りを込めて静かに呟く。

 

「円場の件で責めてる訳じゃない。いつ誰が君の責任だって言った?君が先導しただけで、リーダー的責任を負えなんて誰も言ってないだろう?」

 

僕の言ってる事は間違いではない。自分のミスだと悔やむ骨抜は、あくまで肝試しで脅かす班の一員であり、決して対ヴィランのリーダーではない。何故ならーー。

 

「そもそも、誰もヴィランが来るなんてわからなかったんだ。円場の件は君の所為じゃない」

 

自分で言ってて吐きそうになる言葉だ。それでも僕はこう言わなければいけない。誰にも責任なんて負わせない。誰も傷つけさせない。

 

それが、僕の間違った選択の償いだ。

 

「骨抜。ーーー皆を任せた」

 

ギリギリ納得した様子の骨抜に僕はそう言って、森の奥に足を踏み入れようとする。

 

「ーーー物間!」

「……拳藤」

 

僕を呼び止めたのは拳藤だった。胸元で手をぎゅっと握り、拳藤は口を開いた。

 

「私も行く」

「駄目だ。行くのは僕一人だ」

 

僕ははっきりと、拳藤を拒絶する。彼女がこう言うのはわかっていた。だからこそ即答できた。

 

「ヴィランも1人で倒して…また1人で行くの…?」

 

記憶に新しい昨日の夜。彼女は自分を頼れと言った。1人で解決しようとするな。過保護すぎる態度はやめろ、と。

 

そんな彼女にかける言葉は、きっとどれを選んでも間違いになるんだろう。たった一つの正解は彼女と共に森の奥へ進む事。その行動だ。

 

だけど、その行動だけは出来ない。

 

「……」

 

やっぱり僕は過保護なんだろうな、と再確認する。

 

だって、ヴィランが狙っているのは僕と爆豪だから。僕の側にいるということはヴィランが必ず寄ってくるという訳だ。そんな所に彼女を置いておけるかと言われれば、答えは決まっている。

 

「…塩崎達が来たら宿舎に向かう事。あの人数を纏めきれるのは拳藤しかいない。…あぁ、近くに八百万がいるんだっけ?なら彼女とも合流した方がいい」

 

口から出るのはこじつけにも近い言い訳。それを聞いて拳藤が辛そうに顔を歪める。当然僕も心が痛む。

 

ーーー無理だ。誰も連れて行けない。そして僕は今すぐにでもここから離れないといけない。

 

いつ僕を狙ったヴィランが来るかわからない。やっと集まれたみんなの為にも、僕はここにいてはいけない。

 

僕は拳藤から目を逸らし、今度こそ森の奥へと足を進める。

 

きっと、円場が行方不明になるのも最初から決まっていたんだろう。だからこそ僕は宿舎に向かわず、森の奥へと向かうんだ。

 

そしてヴィランの手によって拉致される。そのバッドエンドが分かっているのにも関わらず、僕は引き返そうとしない。クラスメイトを危険に晒さぬ為に、安全地帯から離れていく。

 

まるで決まった台本をなぞる役者(キャスト)のように、バッドエンドへと向かっていく。

 

その感覚に、思わず鳥肌が立つ。

 

“未来は変えられない”。

 

その言葉の本当の意味を、今初めて理解した。

 


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