強キャラ物間くん。   作:ささやく狂人

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ーーーおかしい。

 

拳藤達から離れて数分。円場を探して森の奥へと進み続けていた僕は足を止める。ヴィラン連合の目的は僕と爆豪の筈なのに、未だ僕の所にヴィランが来ない。それだけ見れば嬉しいことのように思えるが、裏を返せばこの襲撃が終わらないということだ。

 

1人で敵地へと向かう僕の姿はヴィラン連合にとって絶好の鴨だろう。それにも関わらず人の気配もなく、拉致される気配も殆どない。

 

「これは一体…?」

 

木々が連なる森の中、足を止め辺りを見回しながらそう呟いた。ーーーその瞬間。

 

「ダメですよ。ボーッとしちゃ」

「ーーーーッ!」

 

背後から聞こえた声。そこから逃げるように咄嗟に前に転がる。刃物が肩を掠めたようだが、幸い浅かったようで痛みはそれほどない。

 

…誰もいないところから、突然現れた…!?

 

肩に手を当て傷を確認し、膝をついた体勢。そのままヴィランの姿を確認しようと顔を上げる。

 

ーーーが、そこには誰も居なかった。

 

「わぁ。すごい反射神経です。すごいなぁ、綺麗な血だなぁ」

 

っ、また背後…!

 

すぐさま立ち上がり、先程とは違い今度は応戦。聞こえた声目掛けて最速で蹴りを放つ。手応えなし。

 

片足を軸にしていた分不安定になっていた重心が崩される感覚。まずい、転ばされる。バランスを崩しながら腰元の拳銃に触れる。

 

背中を地面にうち仰向けに転がった僕の腹に跨るヴィラン。この状況になってやっと姿を確認する。

 

ベージュ色のセーターを着て、髪型は両サイドに作られたお団子が特徴的な女子。黄色い瞳が嬉しそうに揺らいでいた。口元に付けられた歯の模様のマスクは恐らく毒ガス対策のものだろう。

 

つい先ほどの毒ガス男とは真逆の体勢。僕が圧倒的に不利な状況だ。腰元に隠しておいた拳銃を取り出すも彼女の華奢な左腕が振るわれ拳銃は手元から離れていく。地面を転がる拳銃を回収するチャンスは作れそうにない。

 

「へぇ…マスタード君の拳銃だぁ…。倒されちゃったんだ」

 

そう呟いて首を傾げるヴィランに、僕は顔を歪める。

 

ーーーまずいな、この状況。

 

思っているよりピンチだ。今僕の中にある《個性》はゼロ。手持ちの武器は先程失った空の拳銃と“眠り弾”のみだ。

 

実弾が入っていた拳銃はしっかりと空にしておき、殺傷能力を予めゼロにしている。誤射も怖い上に、人を殺す道具の扱いに関してはヴィランの方が得意な事から、奪われて利用される方が厄介だと思ったからだ。

 

だから拳銃は偽工作(ブラフ)。拳銃を取り出しそれを対処されると同時に、逆の掌に“眠り弾”を仕込ませておいた。こうなると厄介なのは彼女の付けているガスマスクだ。何とかして外させないといけない。

 

兎に角時間稼ぎしつつ誘導させてみるしかない、か。

 

「あれ?貴方、私とどこかで会いました?」

「……。見覚えがあるって話なら、体育祭とかで覚えられたかな」

「…あぁ!思い出しました!リストに合った顔です…物間、物間寧人君、だよね?…あれ?」

「悪いけど、一方的に名前を知られてるのは不快でね。一旦自己紹介を挟まないか?」

 

リストとやらが何を指すかは知らないが、僕のふざけた提案にきょとんと目を丸くするヴィラン。だがそれも一瞬で、すぐさま笑顔を見せる。

 

「トガです!トガヒミコ!よろしくね、寧人君!」

「…話好きならもっと教えてくれないか?そうだな…。君の《個性》についてとか」

「好きなモノは血です!寧人君の血は好みだから持って帰るね!いいよね?」

「いや、だから話を…」

 

僕の血、か。最初に肩を切られた時に回収されたのかもしれないが、今そんな事はどうでもいい。この状況を打破するには…。

 

「ーーーもしかして、消える《個性》だと思ってる?」

「……」

 

トガヒミコは今僕に跨っている体勢だ。距離は必然的に近くなり、僕が彼女に触れることも容易くなる。僕は時間稼ぎの間、何度も《コピー》を試みていたが発動しない。《透過》寄りの消える《個性》ならこの体勢から抜け出せるかもしれないと期待していたが…。

 

トガヒミコは僕の首元にカッターナイフを押し当てながら、顔を僕の耳元に近づけ、囁く。

 

「違うよ。これは技術。相手の目と耳から私の存在を逸らすの。その瞬間息を止めて何も考えず潜み紛れるの」

「…へぇ。それは便利な技術(スキル)だね」

「ふふ、コツを知りたい?」

「そりゃあ勿論」

「いいけど…その代わり、もっと知りたいなぁ。君のコト」

「…参ったな」

 

正直打つ手が思いつかない。目の前のヴィラン、トガヒミコは刃物の扱いに長けているし、その気になれば僕を傷つける事を厭わないだろう。

 

その瞬間。途方に暮れながら呟いた言葉に呼応するように、辺りに轟音が響き渡った。

 

「……?」

 

トガヒミコと顔を見合わせ、お互いが疑問の表情を浮かべる。

 

重く鈍い音が絶え間なく続く。それはまるで巨大な怪獣が森の木々を薙ぎ倒して進んでいるようで。

 

ーーーそして、僕に覆いかぶさるような体勢だったトガヒミコの後ろに、“黒い影”が蠢いたのを見た。ーーーこれは攻撃だ。

 

『ーーーーガアァァァッッ!!!』

「ーーーっどけろ!」

 

トガヒミコを蹴り飛ばし、自由を得た僕もすぐさま跳び退く。その一瞬後、僕とトガが居た空間は黒い影に押しつぶされ、地面が深く抉れる。

 

「んー…痛いのはヤです。寧人君」

 

蹴られた腹をさすりながら、こちらを睨むトガヒミコを横目に、僕は黒い影の主を視界に入れる。

 

「ーーー俺から…離れろ!!」

 

肥大化した自らの個性、《黒影》に呑み込まれつつある常闇踏影の姿を見て、僕は即答する。

 

「ーーー了解!」

 

助けてあげたいが先程の《黒影》の攻撃をモロに受けたら死ぬ危険すらある。ここは一旦退いて態勢を整えーーー。

 

「あれ?私のことは助けたのに、あの人は助けてあげないの?寧人君」

 

いつのまにか隣に居たトガヒミコが僕にそう問う。心臓に悪いから気配を消すな。

 

「あのままだったら僕も巻き添えだったからね。君を助けた訳じゃない。それにーーー」

 

トガヒミコと共に暴走した《黒影》の攻撃を大きく跳んで躱しながら、言葉を続ける。

 

「ーーー万が一死んでたら、常闇も後味悪いだろうし」

 

顔見知りが人殺しなんて笑えない冗談だ。

 

無様にも転がりながら着地した後、やけに無反応なトガヒミコの顔を見て、キョトンとした表情を浮かべている事に気付いた。目で訝しむとニヤッと笑顔を浮かべてきた。

 

「なるほどねぇ。それが君の理由なんだ。もっと知りたいなぁ、君のコト」

「…コイツを抑えてくれたら、たくさん教えてあげるんだけどな」

「協力しろ、ですか?それはヤです。その後2人がかりで倒されちゃうので」

「そりゃ残念ーーーッ!」

 

…なんかさっきから、僕ばっか狙って来てないか…!?

 

再び繰り出された攻撃は横っ跳びして躱し、そのまま木の影に隠れる。トガヒミコは僕とは反対方向に跳んで、距離を離した。

 

「殺されるのはヤだから…バイバイ」

 

トガヒミコはそう言って森の奥へと消えていく。深追いできる状況でもない、諦めるしかないな。

 

「ーーー常闇!しっかりしろ!」

「ーーー物間…か?俺の事はいい!他と合流し、他を救い出せ!…鎮まれ、黒影!!」

 

常闇の苦しそうな声に構わず、《黒影》が僕を狙う。僕はすぐさま走り出してまた別の木の影に隠れる。轟音と共に振り返ると先ほどまであった木がへし折られている。なんて攻撃力…!

 

そのパワーに息を呑んでいた時、《黒影》の黒い爪が僕の頭部を狙ってる事に気付いた。しゃがんで躱したものの、今度は全身を押しつぶすような攻撃。後ろに跳んでそれも避ける。

 

「ーーー防戦一方じゃ埒が明かないな」

 

後ろに跳びながら左手に握っていた《眠り弾》を“指弾”技術で放つ。狙いは本体である常闇踏陰だが、彼に届く前に《黒影》の鋭い爪で弾かれてしまう。くそっ…!

 

と、その時。《黒影》の攻撃の余波で根元を破壊された一本の木が、僕のもとへ傾いている事に遅れて気づいた。体勢を崩してしまっていたのですぐに回避行動に移れそうにない。僕はかなりの痛みを覚悟して目を瞑る。

 

「ーーー大丈夫か、物間」

「あー…えっと、大丈夫。ありがとう」

 

目を開いて状況を理解した僕は、左で3本、右で2本の合計で5本の腕を駆使し木を難なく支えた男に感謝を述べる。

 

「《複製腕》…障子くん、だっけ?助かったよ」

「…お前は名前より先に《個性》が思いつくんだな。まぁいい、動けるな?」

 

僕は頷き、《黒影》の攻撃を障子目蔵と共に躱す。2人並んで回避行動を続けながら、僕は彼に事の詳細を尋ねる。彼は常闇と肝試しペアだった筈だから、何が起きたか知っているだろう。

 

「マンダレイのテレパスでヴィラン襲来、そして交戦禁止を受けすぐに厳戒態勢をとった。直後、背後からヴィランに襲われた。咄嗟に常闇を庇ったが…」

「…!その腕…」

 

僕は障子の一本の右腕の先が切断されている事に気付いた。かなりの切れ味を持つ刃物で襲われたことが窺える。

 

「傷は浅くないが失ったわけじゃない。この腕なら後で複製できるからな。…だがそれでも奴には堪えられなかったのか…抑えていた奴の《個性》が暴走を始めた」

「君の怪我が引き金で、本来の獰猛な性格の《黒影》が暴れ出した、ってことか」

「あぁ。それに恐らく奴の義憤や悔恨が意識の乱れとなって抑えることに集中できていない」

 

なるほどね。トガヒミコではなく僕ばかり狙われた理由がやっと分かった。トガに初撃でつけられた肩の傷。そこから垂れる血に《黒影》は反応していたってことか。

 

「ーーー話はわかった。常闇が抑え切れないなら別の奴が抑え切るしかないな」

「それはそうだが…具体的にはどうするんだ?」

「そりゃまぁ…頼りになるクラスメイトの出番、かな」

「……?」

 

「少しの間、時間稼ぎを頼めるかい?」

 

障子は迷いもなく頷いた。

 

 

⭐︎

 

「こっちだ!!常闇!《黒影》!」

 

障子が声を張り上げ真正面から姿を現したのと同時に、僕は《黒影》の背後に回る。そのまま深呼吸し、口を開き、彼の名前を呼ぶ。

 

ーーー正直、これは計算内だったし計算外でもあった。

 

肝試しの前、僕はあるクラスメイトに特別な指示をしていた。

 

『ーーー自由行動?』

『そうだ。君はどのグループにも属さなくていい。その代わり、ある男に対してアクションを起こして欲しい。ーーー自分の《個性》が言うことを聞かなくなったらかなり肝が冷えると思わないかい?』

『…………』

『あぁいや、君をハブいてるとかじゃないんだ。敵を騙すなら味方からって言うだろ?君には僕らを驚かせるくらい自由に動いて欲しいんだ』

 

ーーー得意だろう?闇に紛れるのは。

 

《黒影》の背中から、クラスメイトが姿を現す。

 

「ーーーすまない。俺の《黒》じゃ抑え切れなかった…!」

「君が謝ることじゃない。何回か動きを鈍らせてくれてるのはなんとなくわかってる。よくやってくれたよーーー黒色」

 

多分、彼がいなければ《黒影》の攻撃をトガヒミコもろともくらっていた。黒色はトガから僕を救う為、丁度いい攻撃になるように調整してくれていた。

 

本当に謝るべきは僕の方だ。黒色支配と常闇踏影の《個性》。2人が組み合わさればB組のメンバーと固めるより強いと思ったから単独行動してもらったが…かなり負担を強いてしまった。

 

黒色支配。個性《黒》ーーー“黒”に溶け込む事が出来る。今回の“個性伸ばし”で溶け込んだ物は動かす事が可能になった。

 

肝試しの夜という時間帯から常闇の《黒影》がかなり強力になる。中途半端にB組と組ませるよりかは安全と考えていたが計算が狂った。

 

膝をつき、荒い呼吸を繰り返している黒色の肩をポンと叩く。

 

「もう大丈夫だ。…僕がいる」

 

黒色の足りない“黒”は僕が補おう。その為の僕の《個性(コピー)》だ。だから、もうひと頑張りしてくれないか?

 

僕の意図を察した黒色は頷き、立ち上がる。肩を並べて足を踏み出しーーー。

 

 

ーーー僕らは《黒影》の闇と同化していく。

 

 

⭐︎

 

ーーーつっかれた…!

 

なんかもう、元気すぎる赤ん坊をあやす感覚だ。じゃじゃ馬すぎて黒色と2人がかりで抑えるのも一苦労だった。身体の痛みは無いものの、精神的に何かがゴリゴリと削れる。

 

どれくらいの時間が立ったかはわからない。荒い息を整えながら、落ち着いた様子の常闇踏陰を見る。

 

一度落ち着いたら問題ないのか、息を整えた常闇は悔しそうに呟いていた。

 

「俺の心が未熟だった。怒りに任せダークシャドウを解き放ってしまった…黒色と物間がいなかったらどうなっていたかわからない…すまない」

 

「闇の深さ…そして俺の怒りが影響されヤツの狂暴性に拍車をかけた。結果収容も出来ぬほどに増長し障子を傷つけてしまった」

 

そんな常闇に、障子と黒色が声をかける。

 

「そういうのは後だ。…とお前なら言うだろうな」

「ヒ…その闇には付き合うな。いつか身を滅ぼすぞ、宿敵」

「障子、黒色…ありがとう」

 

常闇はもう問題ないと判断したのか、障子が僕に問う。

 

「…それで、これからどうするんだ?物間」

 

なぜ僕に聞くのか、という疑問は呑み込む。それに僕に判断を仰ぐなら好都合だ。僕はこれからの方針を告げる。ここからは別行動だ。

 

「常闇を2人で宿舎まで連れ帰ってくれ。僕は1人でこのまま進む」

 

トガヒミコを追うつもりはない。先に片付けるべきなのは円場の救出だ。

 

そう言っても、当然賛同する者はいなかった。真っ先に反対したのは障子だ。

 

「無茶を言うな。お前もかなり消耗している。全員で宿舎に向かった方がいいだろう」

「……ヒ。円場を闇から救い出すならオレも向かうぞ」

 

後に続いて黒色が主張するも、僕は首を横に振る。

 

「これくらい大したことない。…それに、常闇がまた暴走したら黒色の存在が必要になる。山場を超えた今の《黒影》なら、黒色1人で充分だろう?」

「物間。ならこの4人で先に進むのはどうだ?情けない話だが、たとえ暴走しても…お前らがいてくれたらかなりの戦力になると思う」

 

常闇が真剣な表情で新たな提案をしてくる。だが、僕はそれにも首を横に振る。

 

「奥でかなり大規模な火事が起きてる。轟や爆豪と合流するかもしれないってなると、黒色や常闇の《個性》は相性が悪い」

「…戦力にならない、ということか」

 

常闇が悔しそうに俯く。だが、残りの2人は納得していない。

 

当然だ。僕がそれっぽく言い訳しているだけで、この3人から距離を取ろうとしているし、それが正解とは言い難い。だが、僕の近くにいるだけで危険なのだ。《黒影》の強大な力に気付かれ常闇がヴィラン連合のターゲットになる可能性もある。

 

なんて説得しようかーーと。よく回る舌を動かそうとしたその時だった。

 

マンダレイの《テレパス》が脳内に響く。

 

『ーーーA組B組総員!プロヒーロー、イレイザーヘッドの名に於いて戦闘を許可する!繰り返すーーー』

 

僕らは顔を見合わせる。イレイザーヘッドが僕らに戦闘許可を出した。仮免資格のない未熟者でも《個性》を使うことを認めたという事だ。この非常事態、遅かれ早かれそうなるとは思っていた。 

 

「…?」

 

ここまでは考えていた通りの内容だったが、何故か、無性に嫌な予感がする。なんだ、この感覚は。

 

テレパスが引き続き脳内に響く。

 

『ヴィランの狙いの1つが判明!狙いはーーー』

 

思わず舌打ちをした。まずい。僕が狙われてると目の前の3人に伝わると尚更別行動を取りにくい。最悪のタイミング、絶対反対される。…どうする、逃げるか?

 

そう考え動き出そうとしたが、当然テレパスが言葉を紡ぐ方が早い。

 

『生徒の“かっちゃん”!かっちゃんはなるべく戦闘を避けて!単独では動かないこと!わかった!?かっちゃん!』

 

…え?

 

面白いくらい連呼された“かっちゃん”は気になる。呼び方的に緑谷が関わってることも理解は出来る。だけど理解できない事が一つだけある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

いや、待て。そう決めつけるのはまだ早い。よく思い出せ、考えろ。

 

僕が頼りにしていたのはナイトアイの情報だ。つまりナイトアイが僕に間違った情報を敢えて伝えた?それも一つの可能性だ。

 

そもそも緑谷が聞き出せなかっただけで僕が狙いの可能性も捨て切れない。

 

だが、考えてみれば妙だった。最初に接触したマスタードも先程会ったトガヒミコも、僕を見て意外そうな表情を浮かべていた。誘拐対象にする反応にしては不自然じゃないか?

 

待て、あの時。トガヒミコはなんて言っていた?

 

『ーーーリストにあった顔です』

 

“リスト”。リストって何だ…?あぁくそ、何だ、何かが噛み合わない。

 

…考えるのは後だ。今はとにかく、円場を救けることに集中しよう。

 

なんであれこのテレパスは好都合だ。狙いは僕じゃない事から、円場を救けるだけだから問題ないという言葉は一応信用される。

 

黒色達を渋々納得させ、無理矢理別行動をとる。

 

3人は宿舎へ。僕は森の奥へと足を進める。

 

骨抜がどこで円場と逸れたのかはわからないが、骨抜班担当の場所まで引き返せばどこかで会えるとは思っていた。

 

僕はその道を小走りに、先程の不可解なテレパスに頭を巡らせながら進んでいく。

 

その数分後、思惑通り僕は円場を見つける。やはり途中で毒ガスを吸ってしまったようで気絶していた。

 

そして。

 

その場にいたのは円場だけではなかった。僕の代わりに円場を回収してくれてたのだろう、円場を背負っている轟、普段通りイライラしている爆豪。

 

さらにーーー口元から鋭い刃物を繰り出すヴィラン。

 

「ーーー不用意に突っ込むんじゃねぇ!」

 

爆豪の特攻を妨げつつ、氷結の壁でヴィランの刃から爆豪を守る轟。だが続けて繰り出される刃が氷結を貫通し、爆豪はそれを持ち前の反射神経で躱す。

 

「肉、肉…!駄目だぁ…!だめだだめだゆるせない…!」

「だぁクソ!きめぇな!!」

「一旦下がれ爆豪!さっきの聞こえてたか?お前狙われてんだぞ!」

「クソデクが何かしたなオイ…!戦えっつったり戦うなっつったりよぉ…!?クソどうでもいいんだよ!」

「だからさっさとさがれーーー次来るぞ!」

 

口元から何本もの刃を繰り出し、それで身体を支えて地の利を得ている。空中から雨のように降り注ぐ鋭い刃を、轟は氷結、爆豪は小さな爆破で対応している。あのヴィラン…個性《歯刃》ってところか。あの2人がかなり防戦一方だ。

 

一度木陰に隠れて様子を窺っていたが、その時轟の背後を狙った刃に気付いた。爆豪は先行してるし、轟本人も気付いていない。あのままだと背負っている円場諸共串刺しだ。

 

「…ッ!借りるぞ轟!」

「ーー物間!」

 

僕は全速力で駆け出し、轟の肩を叩き《半冷半燃》を発動する。僕の右足から伝播する氷結で刃を防ぎながら、爆豪に指示を出す。

 

「下がれバカ!君ごと凍らすぞ!」

「ーーー俺に命令するんじゃねぇ!」

 

僕の登場に動揺もせず、そう反抗しつつも《爆破》で僕らの後ろまで下がってくる。よし、あとでいい子いい子してやろう。

 

背後にいる爆豪を守るように、僕と轟が並ぶ。

 

「轟、手加減しなくていい。ーーー同時に行くぞ」

「…!」

 

僕の意図を察した轟は頷き、お互い右脚に力を込める。

 

轟の氷結だけじゃあのヴィランを攻めきれなかったのなら、2人分の氷結で決める…!

 

体育祭で見せた“最大火力の氷結”を、僕と轟が同時に繰り出す。単純計算で2倍。凄まじい氷の圧がヴィランを襲う。

 

ーーーなのに。

 

「肉…足りないなぁ…!もっと、もっと…ぁぁあ!」

 

全ての氷結を砕き、捌き切ったヴィラン…(ヴィラン)ネーム“ムーンフィッシュ”の姿に、僕は思わず顔を顰めた。コイツ、強い…!

 

「何呆けてやがる!さっさと次に備えろや!」

「おい爆豪!ここででけぇ火使って燃え移りでもすりゃ火に囲まれて全員死ぬぞ。わかってるな?」

「喋んな!わぁってら!」

 

勝てない理由の大部分がそれだ。森という状況から火の類の《個性》はどうしても制限されてしまう。かといって氷結だけでは火力不足だとついさっき思い知らされた。

 

「ゆるせなぁ…ぁあ…!ゆるせない…ぃ!」

「ーーーだからボーッとしてんじゃねぇ!何の為に来たんだテメェ!」

 

気付けば爆豪に後ろから首根っこを掴まれ、そのまま引っ張られる。後ろに吹き飛び尻餅をつき、轟と爆豪、そして救ける対象の円場の背中を見上げる。

 

何の為って…そんなの円場を、大事なクラスメイトを助ける為に決まってる。いや、今はそこじゃない。僕がこの戦場に来て、何が出来るかを考えろ。僕がこの場にいる意味は何だ?

 

再び雨のようにムーンフィッシュの刃が僕らを襲う。僕と轟の氷結で自分含め4人を守る。そのまま攻勢に出ようと爆豪が《爆破》で攻撃しようにも無数の歯刃を掻い潜らないといけない。その大立ち回りの過程で恐らく《爆破》が森に引火してしまう。

 

逆に言えば、最短距離かつ最小火力での“爆速ターボ”なら、森に引火せずムーンフィッシュに攻撃出来る。

 

「待て…それなら」

 

「物間!危ねぇぞ!」

「コイツの邪魔すんな半分野郎!どうせくだらねぇ悪知恵があんだよ!」

「いや、くだらねぇなら邪魔するだろ」

「いいから黙ってコイツ守ってろ!」

 

気付けば何やら喧嘩してる様子の2人に、僕は声をかける。

 

「非常に不本意だけど…あのヴィランには力を合わせないと勝てない」

「何不満そうな顔してんだテメェ!思いついたんならさっさと話せや!」

「何か考えがあるのか?物間」

 

いつも通り怒鳴り散らしてくる爆豪と、何故か期待に満ちた表情を浮かべてこちらを見る轟。

 

僕は頷き、作戦を手短に説明する。作戦としては単純だが、難易度はかなり高くなる。けど、この2人になら託せる。

 

「フィニッシュは爆豪。君が決めろ」

「あぁん!?言われなくても決めてやるわ!」

「轟、かなり繊細な調整が必要になる。出来るな?」

「あぁ」

 

「ーーーよし。それじゃあ1年トップ3の力、あのヴィランに見せてやろう」

 

⭐︎

 

隣で、轟が目を瞑って集中している。

 

『爆豪の“爆速ターボ”で止めを指す。僕と轟であのヴィランまでの道を作る。基本はコレだ』

『俺と物間で、か。そうなるとあの刃が厄介じゃねぇか?』

『まぁね。だから体育祭で見せた君の大技…アレを使う。あぁ、名前があるなら後で教えて』

『?でもアレ使うにしても少し時間がかかっちまうし…爆発で森に引火するんじゃねぇか?』

『それなら、程々の威力に抑えればいい。これで邪魔な刃を蹴散らせるだろう?…はは。そんな難しそうな顔をするな』

『右ならともかく、左はそんな繊細な調整出来ねぇぞ…あ』

 

『言っただろ?僕と君であの技をするんだ。調整も時間も大した問題じゃないさ』

 

 

轟が右手を地面に付ける。そしてーーー氷結を通して()()()()()()。僕はそれを肌で感じて、思わず笑みが溢れる。扱いに長けている右側のその冷気の調整は、完璧だった。

 

「“膨冷”ーーー」

 

轟の口から出た言葉に応じるように僕の左半身が燃える。懐かしい感覚、体育祭で味わったあの高揚感が僕を襲う。身体が、熱い。なのに全く悪い気分ではなく…かなり調子が良い。

 

左手を突き出し、冷やされた空気に向かって調整された熱量の炎を放つ。()()()。あの頃は知らなかった技名の続きを引き継ぐ。

 

「ーーー“熱波”!」

 

冷やされた空気が膨張し、爆風を引き起こす。体育祭の時ほどの威力ではないものの、それでいい。それがいい。

 

土煙が僕らの視界を塞ぐ。刃を破壊できたか、道が作れたかはわからない。それに構わず轟は叫んだ。

 

「ーーー行け!」

 

同時に、僕と轟の間を突風が駆け抜ける。僕らの“膨冷熱波”で邪魔な刃を蹴散らしていると確信した爆豪が、爆速ターボで土煙に飛び込んだ。

 

その一瞬後に、僕も“爆速ターボ”で爆豪を追う。こういう時、コピーストックを2つに増やしておいて良かったとしみじみ思う。

 

「ーーーヘマしたらフォローするか」

「あん?なめんなボケ」

 

僕が爆豪に追いついた時には、全てが終わった頃だった。爆豪は気絶したムーンフィッシュを抱えながら、僕を見下ろしている。

 

「…はっや。何したの?」

「あ?その小さい脳ミソで考えろや」

「…痙攣してる?あぁ、至近距離で“閃光弾(スタングレネード)”を撃ったのか。君なりに山火事の心配もしてたんだね」

「……キメェ」

「おいコラ」

 

僕と爆豪はそんな言い合いをしながら轟の元へと戻る。爆豪の手腕を褒めようと思ったがイラついたのでやめた。

 

「…倒したか」

 

安心した様子の轟に笑顔を返し、僕は手を上げる。一瞬首を傾げた轟はすぐに察し、同じように手を上げ僕らはハイタッチを済ませる。

 

「…コイツきめぇ。真似野郎、お前持て」

「…へいへい」

「物間、これからどうする?」

「…狙われてる爆豪は宿舎まで送り届けないとな」

「あ、おい!オレを守るように歩くんじゃねぇ!」

 

茶番を見たって顔をしてる爆豪は僕にムーンフィッシュを投げてくる。僕だってキモいやつは持ちたくないんだけど…。まぁ、仕方ないか。

 

念の為最後の1つの眠り弾をムーンフィッシュの口の中で砕く。これで当分起きないだろう。このヴィランとはもう2度と戦いたくない。そう思うほど強かった。相当な場数踏んでる、それも悪い道で。

 

ハンデがあったとは言え僕と爆豪、轟の3人がかりで何とか倒した相手だ。かなりの強敵と言える。

 

ーーーそんな強敵を倒したからこそ、気が緩んでしまったんだ。

 

「ーーーかっちゃん!」

 

正面から緑谷が走ってくる。それを支えるように両端に梅雨ちゃんと麗日がいて…。よく見たら緑谷の両腕がどす黒く変色している。一体何が、いやそもそも何故ここにいるのかという問いが頭に浮かぶ。

 

その頭の中での問いは、緑谷の焦った声にかき消された。

 

「ーーー()()()!かっちゃん!」

 

 

 

正直、少し考えればわかることだった。今日だけで何度も戦いに身を投じた疲れと、強敵を倒したという気の緩みがこの最悪の事態を引き起こした。

 

最初に轟と同時に放った大氷結と、さっきの“膨冷熱波”に“ゼロ距離閃光弾”。

 

ーーーあれだけ派手な戦いをしておいて、ヴィランが来ないはずが無いのに。

 

迂闊な自分を悔やみながら振り向く。僕の後ろに居たはずの爆豪は忽然と姿を消し、入れ替わるように姿を現した人物がニヤリと笑う。

 

「ーーー()()()()()()()。これより帰還する」

 

ヴィランの言葉が言い終わる前に、僕と轟は同時に氷結を繰り出す。

 

ーーー手応えは無かった。


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